オペレーター・スペースマリーン   作:Sanctum

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Flesh is Weak

 

 その頃、ヴァレリウスとアイゼンヴァルトを東部第三区へ降下させたサンダーホークは、近衛局本部へ向けて進路を変えていた。

 

 機内に残っているのは、操縦を担当するシグマ=17・ヴァロクス、エドワード・ハルト、そして龍門の地理と通信網を把握するために同乗していた三名の近衛局隊員である。

 

 赤い非常灯に照らされた兵員区画では、ハルトが固定座席へ身体を預けながら、近衛局から送られてくる通信へ耳を傾けていた。龍門各地でレユニオンの攻撃が続いているため、通信回線には銃声や爆発音、複数の部隊が交わす報告が絶え間なく重なっている。

 

『近衛局本部より緊急通信! 地下搬入口と東側連絡通路が突破された!』

 

『三階西区画で敵を確認! 負傷者を医療区画へ移送中!』

 

『屋上への連絡が途絶しています! 監視設備も応答しません!』

 

 報告を聞く限り、近衛局本部は組織的な強襲を受けていた。

 市街地へ大部分の部隊を出動させ、守備が薄くなったところを狙われたらしい。敵は正面玄関だけでなく、地下の搬入口や職員用の連絡通路からも侵入し、建物内で守備隊と交戦している。

 

「本部を落とすつもりか」

 

 ハルトが呟く。

 

「指揮所を失えば、龍門各地の部隊は連携できなくなる。敵の狙いとしては分かりやすいが……」

 

「合理的な戦術だ」

 

 操縦席からヴァロクスの機械音声が返ってくる。

 

「通信、指揮、情報集積の機能を一箇所へ集中させた施設は、戦略的価値と同時に明確な脆弱性を持つ。制圧に成功すれば、龍門防衛部隊の指揮効率は大幅に低下する」

 

「……感心している場合じゃないだろう」

 

 ハルトは座席の固定具を締め直し、足元に立てかけていたラスガンを取った。

 蓄電池の残量を確認し、出力調整器を戦闘用へ切り替える。腰には予備の蓄電池とフラググレネードが装着され、防具の上からロドスの識別章が取り付けられていた。

 

「本部まで、あとどれくらいだ」

 

「現在速度を維持した場合、百十七秒」

 

「屋上へ着陸できるのか?」

 

「発着場の構造は、前回の着陸時に記録済み。機体重量を支える強度は確認されている」

 

 ヴァロクスは複数の操縦桿を操作し、サンダーホークの高度を下げる。

 

 夜空を進む機体の前方に、近衛局本部の巨大な建物が見え始めた。

 外壁の各所では非常灯が赤く明滅し、下層階の窓からは黒煙が漏れている。正面玄関前の広場には近衛局の車輌が並べられ、その陰から守備隊が建物内へ侵入しようとするレユニオン兵へ攻撃を加えていた。

 

 上層階でも幾つかの窓が破壊され、内部で戦闘が行われていることが分かる。

 サンダーホークが近づくにつれ、機体のセンサーが建物上部の熱源を捉え始めた。

 

「屋上に複数の人影!」

 

 操縦席近くにいた近衛局隊員が叫ぶ。

 

「発着場が占拠されています!」

 

 ハルトも側面の小窓から屋上を確認する。

 近衛局本部の屋上には、白いローブを身を包んだレユニオン兵が布陣していた。

 

 その数は少なくとも十名。

 さらに奥には、周囲の兵士とは異なる白い衣服を身につけた小柄な人影が立っていた。

 

「敵が待ち構えているぞ!」

 

「視認済み」

 

 ヴァロクスの機械眼が青く明滅する。

 サンダーホーク機首下部に搭載されたターボレーザー・デストラクターが動き、砲口を近衛局本部の屋上へ向けた。

 

 照準器が複数の敵を捕捉する。

 攻撃範囲や推定熱量、目標消滅率、建造物への損害などヴァロクスの視界へ、演算結果が次々と表示されていく。

 

 ターボレーザー・デストラクターは、装甲車輌や要塞施設を破壊するための重火器である。発射すれば、屋上にいるレユニオン兵を遮蔽物ごと消滅させられる。敵の抵抗を受けることなく着陸地点を確保できる、最も迅速で確実な方法だった。

 

「ターボレーザー、充填開始」

 

 サンダーホークの動力炉から砲塔へ膨大なエネルギーが送られ、機体内部へ低い振動が広がる。

 

 近衛局隊員の一人が顔色を変えた。

 

「待ってください! それを本部へ撃つつもりですか!?」

 

「肯定。屋上の敵戦力を排除し、着陸可能な状態を確保する」

 

「屋上ごと吹き飛びます!」

 

「敵戦力の消滅率、九十九・七パーセント。発着場の一部崩落率、八十一・二パーセント。下層への貫通被害も予測されるが、敵を残した状態で強行着陸するより人的損害は限定的」

 

「限定的って……下に味方がいるんだぞ!」

 

 ハルトが操縦席へ身を乗り出す。

 ヴァロクスは照準を維持したまま、砲撃に伴う損害を再計算していた。

 

 近衛局本部の屋上、そこへ布陣する敵、その下にいる味方は彼にとって、いずれも数値として比較すべき要素だった。

 

 何人が死亡するか、建物の機能がどの程度失われるか、敵を排除することで、作戦全体がどれほど効率化されるか。

 

 そこへ個人的な感情が入り込む余地はない。

 だが、砲撃命令を確定する直前、ヴァロクスの記録領域からスワイヤーの指示が再生された。

 

『龍門の建物を壊さないように戦いなさい』

 

『あの機体の武器は、市街地では勝手に使わないでよ』

 

 ブリーフィングルームと出撃直前に受けた命令。

 ヴァレリウスもまた、龍門側の許可なくサンダーホークの重火器を使用することを禁じている。

 

 ヴァロクスの義指が、発射制御装置の直前で止まった。

 

「砲撃中止」

 

 ターボレーザーへ送られていたエネルギーが遮断される。

 機体内部の振動が収まり、砲口に集束していた光も消えた。

 

「最上位命令との不一致を確認。屋上への火器使用は実行不能」

 

 近衛局隊員たちが安堵の息を漏らす。

 ハルトは操縦席の背もたれへ手を置いたまま、ヴァロクスを睨んだ。

 

「命令を思い出さなかったら、本当に撃つつもりだったのか」

 

「肯定。屋上の敵戦力を最短時間で排除する方法だった」

 

「下にいる味方が死んでも?」

 

「予測される損害は、着陸を断念した場合に発生する近衛局本部の陥落と比較して許容範囲内だった」

 

 ヴァロクスは何の躊躇もなく答えた。

 

 ハルトは何かを言おうとしたが、言葉が出なかった。

 

 人類帝国の軍隊が兵士の命を資源として扱うことは知っている。

 マクラーグでも、部隊を救うために別の部隊を切り捨てる命令は何度も下された。ティラニッドの進撃を遅らせるため、帰還できないと分かった上で防衛線へ送り込まれた兵士も少なくない。

 

「屋上への安全な着陸は不可能、代替着陸地点を検索する」

 

 ヴァロクスは二人の反応を気にすることなく、機体を旋回させる。

 サンダーホークが近衛局本部の周囲を大きく回り、センサーが道路と建物の配置を走査する。

 

 正面玄関前は戦闘中で、東側の道路は幅が足りない。西側には複数の高層建築物が並び、主翼が接触する危険がある。

 

「本部南側、地上駐車場を確認。面積は着陸に必要な最低基準を満たす」

 

「車が残っているぞ」

 

「機体損失より優先度は低い」

 

「それはそうだが……」

 

「進入を開始する。衝撃に備えろ」

 

 ヴァロクスはサンダーホークの機首を大きく傾けた。

 

 巨大な機体が左へ旋回しながら急降下する。

 損傷した外板が風圧によって軋み、機内の警告装置が一斉に鳴り始めた。固定されていない装備が床を滑り、近衛局隊員たちは慌てて座席へ身体を押しつける。

 

「急すぎるぞ!」

 

 ハルトが固定具を掴む。

 

「着陸地点周辺で敵を確認。通常経路では対空攻撃を受ける可能性が高い。急速降下が最適」

 

「先に言え!」

 

 サンダーホークは建物の間を抜け、近衛局本部南側の駐車場へ接近した。

 

 地上にいたレユニオン兵が機体の接近に気付き、クロスボウとアーツを上空へ向け、矢と火球が飛来する。

 

 数本の矢が機体下面へ当たって砕け、火球が右翼付近で炸裂した。爆炎が装甲を覆うが、対空兵器としては威力が足りず、サンダーホークの降下を止めることはできない。

 

「着陸脚展開」

 

 機体下部から三基の着陸脚が伸びる。

 破損している一基の代わりに補助支持装置が作動し、姿勢制御用スラスターが一斉に点火した。

 

 噴流が駐車場へ叩きつけられる。

 並べられていた小型車輌の窓が次々と砕け、幾つかは風圧だけで横転した。地面へ残されていた荷物や看板が周囲へ吹き飛び、近くにいたレユニオン兵が地面を転がる。

 

 サンダーホークは大きく傾いたまま着地した。

 

 凄まじい衝撃が機体を揺らし、着陸脚の下で舗装が砕ける。右翼が駐車場の照明設備へ接触し、金属柱を途中から折ったが、機体そのものは転倒せず停止した。

 

「着陸完了」

 

 ヴァロクスの声は、着陸前と変わらない。

 

「機体損傷度、許容範囲。右翼外装へ軽微な追加損傷を確認」

 

「これを軽微と言うのか……」

 

 近衛局隊員が、折れた照明柱を映す外部映像を見ながら呟く。

 

「下船しろ」

 

 ハルトは固定具を外し、ラスガンを手に立ち上がった。

 

「ここから本部まで走る。三人はどうする?」

 

「この機体を守ります」

 

 近衛局隊員の一人が答える。

 

「周辺の部隊にも連絡します。敵に機体へ取りつかれたら、動かせなくなるかもしれません」

 

「適切な判断」

 

 ヴァロクスは操縦席から立ち上がると、複数の接続端子を制御盤から外した。

 

 赤い外套の下には、木製の銃床を持つガルバニックライフルが固定されている。腰部には歯車と電極を組み合わせた長いテイザーゴードが吊り下げられ、その先端では青白い電流が細く走っていた。

 

 ヴァロクスは機体の制御盤へ手を触れる。

 

「機械霊へ休息祈祷を実行。外部認証を遮断。登録されていない者が操縦系統へ接触した場合、全制御機能を封鎖する」

 

「俺たちが守っている間、勝手に触る者はいませんよ」

 

「信用の問題ではなく、確実性の問題だ」

 

 後部ハッチが開くと外から銃声と熱気が流れ込み、近衛局本部周辺の戦闘音が機内を満たした。

 

 ハルトが先に地上へ降り、周囲を確認する。

 

 駐車場の北側では、近衛局の小部隊が横転した車輌を遮蔽物として戦っていた。サンダーホークの降下によってレユニオン兵の隊列が崩れたこともあり、敵は一時的に後退している。

 

「近衛局本部からの増援です!!」

 

 同乗していた隊員が叫ぶ。

 

「この機体は味方だ! 二人を本部まで通せ!」

 

 近衛局隊員たちが応じ、ハルトとヴァロクスのために通路を開く。

 

「行くぞ」

 

 ハルトが走り出すとヴァロクスも赤い外套を翻し、その後へ続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 近衛局本部正面には、破壊された車輌と即席の防壁が築かれていた。

 

 正面玄関のガラス扉は既に砕け、床には近衛局隊員とレユニオン兵の双方が倒れている。壁面にはアーツによって生じた焦げ跡が残り、天井の散水設備から落ちる水が、血液と煤を混ぜながら床を流れていた。

 

 守備隊は玄関ホールと外部の二箇所に分かれ、再び侵入しようとするレユニオン兵を押し返している。

 

 ハルトとヴァロクスが近づくと、正面を守っていた近衛局隊員が一瞬だけ武器を向けた。

 

「待て、味方だ!」

 

 別の隊員が叫ぶ。

 

「スワイヤー警司が話していた兵士だ!」

 

「……青い巨人たちじゃないのか?」

 

「こっちは普通の大きさだぞ」

 

「普通なのは一人だけだ。赤い方は半分以上機械に見える」

 

 ヴァロクスは周囲から向けられる視線を無視し、機械眼で建物内部を走査していた。

 

「スワイヤー警司はどこへ?」

 

 ハルトが尋ねる。

 

「一階の中央ホールです。地下から上がってきた敵を押し返した後、負傷者と部隊の再編成を――」

 

「ここよ!」

 

 玄関の奥から声が飛ぶ。

 

 スワイヤーが複数の近衛局隊員を伴い、二人の方へ歩いてきた。

 制服の一部は破れ、髪や頬には煤が付着している。手にした武器にも血が残っていたが、通信で告げていた通り、大きな負傷はしていない。

 

「思ったより早かったわね」

 

「屋上へ着陸する予定だったが、敵が布陣していた」

 

 ハルトが答える。

 

「南側の駐車場に機体を降ろした。近衛局の三人と周辺部隊に守らせている」

 

「……屋上はやっぱり敵に取られていたのね」

 

「ヴァロクスは砲撃で掃除しようとしたが、あんたの命令を思い出して止めた」

 

 スワイヤーの目がヴァロクスへ向けられる。

 

「本部を吹き飛ばすつもりだったの?」

 

「屋上の敵戦力排除において、最も効率的な手段だった」

 

「撃たなくて正解よ。もし本当に撃っていたら、アナタごとあの機体を差し押さえていたわ」

 

「機体の接収は認められない」

 

「そういう話をしているんじゃないわよ!」

 

 スワイヤーは頭を押さえかけたが、今は言い争っている時間ではないと思い直し、二人へついてくるよう手を動かした。

 

「歩きながら説明するわ。地下区画と一階は制圧したけれど、上の階にはまだ大量のレユニオン兵が残っている」

 

「敵の数は」

 

「侵入を確認しただけでも五十以上。後から入ってきた連中を含めれば、もっといるかもしれないわ。地下搬入口と正面は封鎖し直したから、新しい敵は入ってきていないと思う」

 

 三人は玄関ホールを抜け、建物の奥へ進む。

 廊下の左右には負傷者が並べられ、近衛局の医療班が応急処置を行っていた。担架へ乗せられた隊員の間には、拘束されたレユニオン兵も混ざっている。

 

 その多くは通常の負傷者とは様子が違っていた。

 

 腕を折られているにもかかわらず、痛みを訴えないばかりか、深い傷から血を流しながら、焦点の合わない目で天井を見つめている。中には意識を失っているように見えながら、指先だけを不規則に動かしている者もいた。

 

「……こいつらは何だ」

 

 ハルトが足を止めかける。

 

「それが分からないのよ」

 

 スワイヤーは歩みを緩めずに答えた。

 

「敵は痛みをほとんど感じていない。脚を折られても立ち上がろうとするし、身体に矢が刺さったまま突っ込んでくる。意識があるのかどうかさえ怪しいわ」

 

「精神刺激薬か?」

 

「最初は私たちもそう考えた。でも、興奮しているわけじゃない。むしろ逆よ、意識は朦朧としていて、命令を理解しているようにも見えない」

 

 角を曲がった先に、複数のレユニオン兵が倒れていた。

 いずれも拘束されているが、互いの方向へ手を伸ばし、低い呻き声を漏らしている。一人は隣にいる仲間の腕へ噛みつこうとし、近衛局隊員によって床へ押さえ込まれていた。

 

「敵味方の識別もできていないのか?」

 

 ハルトが眉を寄せる。

 

「ええ、戦闘中に仲間へ襲いかかった者もいた。私たちを狙っているというより、近くで動くもの全てへ反応しているようだったわ」

 

 ハルトの脳裏に、チェルノボーグで見た光景が浮かぶ。

 傷ついたレユニオン兵が痛みを無視して立ち上がり、壊れた身体のままロドスへ襲いかかってきた。

 

 そして、その中心にいた白髪の少年。

 

 だが記憶を確かめるより早く、隣を歩いていたヴァロクスが立ち止まった。

 

「未知粒子を検出」

 

 彼の機械眼が細かく明滅する。

 頭上を飛んでいたサーボスカルが下降し、空気を採取するための細い管を伸ばした。

 

「粒子?」

 

 スワイヤーが振り返る。

 

「本部周辺より継続して検出されていた。建物内部では濃度が上昇。通常の粉塵、燃焼物、既知のオリジニウム微粒子とは組成が異なる」

 

 ヴァロクスは義手の指を開き、掌に収められた小型分析装置へ大気を取り込んだ。

 赤い光が走り、複数の数値が彼の視界へ表示される。

 

「質量変動あり。粒子の一部は物質として存在しながら、測定周期によって消失と再出現を反復。微弱なエネルギー反応を確認。既知の放射線、化学的電荷、熱エネルギーのいずれにも完全には一致しない」

 

 ヴァロクスの機械音声へ、僅かな高揚が混ざり始める。

 

「極めて興味深い」

 

「興味深い?」

 

 スワイヤーが怪訝な顔をする。

 

「こっちは、その粒子のせいで部下が危険に晒されているかもしれないのよ」

 

「故に解析する価値がある。構成、発生源、人体への作用、拡散範囲、維持に必要なエネルギー、全てが未知」

 

 ヴァロクスは倒れているレユニオン兵へ近づき、その身体へ機械眼を向けた。

 

 首筋と腕から、黒い源石結晶が露出している。

 呼吸は浅く、脈拍も不安定。それでも筋肉の一部は断続的に収縮し、拘束具へ抗うように動いていた。

 

「粒子濃度と、対象の異常行動に相関が存在する可能性あり」

 

「つまり、この粉がレユニオン兵を操っているのか?」

 

 ハルトが尋ねる。

 

「現時点では仮説。だが、粒子が神経系または意思決定へ干渉している可能性は高い」

 

「それなら、どうして私たちや近衛局の隊員には影響が出ていないのよ」

 

 スワイヤーが反論する。

 

「私たちも同じ空気を吸っている。地下や一階にいた隊員は、もっと長い時間この粒子に晒されていたはずだわ」

 

「その点も興味深い」

 

「だから、興味深いで済ませないで」

 

 スワイヤーの苛立ちを無視し、ヴァロクスは分析を続ける。

 

「ロドス本艦への帰還時、アーツという現象について基礎説明を受けた。オリジニウムを媒介として物理現象、生命活動、精神状態へ干渉する能力。術者ごとに効果と発動条件が異なり、既知の物理法則だけでは完全な説明が不可能」

 

「それが何よ」

 

「この粒子が自然発生した物質ではなく、レユニオン幹部または術師のアーツによって生成されていると仮定する」

 

 ヴァロクスの義指が、拘束されたレユニオン兵の体表に露出する源石結晶を指した。

 

「感染者の体内にはオリジニウム結晶が存在する。粒子そのものが全ての人体へ作用するのではなく、体内源石を受信器、増幅器、あるいは起動鍵として利用しているならば、非感染者へ影響が現れないことを説明可能」

 

「感染者だけを選んで操っている、ということか?」

 

「可能性は高い。粒子が体内源石と共鳴し、神経伝達または精神へ干渉していると推測する」

 

 ハルトは倒れているレユニオン兵を見た。

 焦点の合わない目や痛みに反応しない身体、仲間と敵の区別を失い、それでも何かに動かされ続けている姿。

 

「……白髪の少年だ」

 

「なんですって?」

 

 スワイヤーがハルトを見る。

 

「チェルノボーグにいたレユニオンの幹部だ。名前までは知らなかったが、白髪の少年が傷ついた兵士へアーツを使っていた」

 

 ハルトは記憶を辿りながら言葉を続ける。

 

「あの時も、倒れていたレユニオン兵が突然立ち上がった。痛みを感じなくなり、身体が壊れても襲ってきた。今と同じだ」

 

「その少年がこの本部にいるって?」

 

「可能性はある。ヴァレリウス閣下も、あの術のせいで敵を無力化しにくくなったと言っていた」

 

「情報整合性を確認。未知粒子、体内源石、精神及び肉体への干渉。単一術者による現象である可能性、上昇」

 

 ヴァロクスの機械眼が強く光る。

 

「嬉しそうに言うことじゃないだろう」

 

「単純な感情から発した発言ではない。未知情報の獲得に伴う認識効率の上昇を伴うものだ」

 

「……それを普通は嬉しそうと言うんだが」

 

 その時、廊下の奥から一人の近衛局隊員が走ってきた。

 

「スワイヤー警司!」

 

「何があったの?」

 

「一階管制室を制圧しました! 監視設備の一部を復旧させ、建物内と屋上の映像を確保しています!」

 

「敵の指揮官は確認できた?」

 

「屋上に、それらしい人物がいます。周囲の兵士とは服装が違う白髪の少年です」

 

 ハルトとスワイヤーが顔を見合わせる。

 ヴァロクスは既に歩き始めていた。

 

「映像確認を要求する」

 

「ちょっと、勝手に先へ行かないで!」

 

 三人は近衛局隊員の案内を受け、管制室へ急いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 近衛局本部の管制室には、建物内外の監視映像を表示するための画面が並んでいた。

 

 扉と壁の一部は戦闘によって破損し、床には砕けた機器と空薬莢が散乱している。室内では近衛局の技術担当者が生き残った設備を操作し、途絶していた監視カメラの映像を一つずつ復旧させていた。

 

「屋上の映像を出して」

 

 スワイヤーが命じる。

 

「はい!」

 

 正面の大型画面が切り替わる。

 映像には雑音が混ざり、時折大きく乱れていたが、屋上の発着場を確認することはできた。

 

 周囲へ配置されたレユニオン兵、その中央には白い衣服を身につけた少年が立っている。淡い白色の髪、特徴的な杖らしき物体、周囲の戦闘を楽しんでいるような笑み。

 

「こいつだ」

 

 ハルトが画面を睨む。

 

「チェルノボーグで見た少年と同一人物だ、間違いない」

 

「やはり、あの者が粒子の発生源か」

 

 ヴァロクスは屋上の映像より、管制室に並ぶ機器へ視線を向けていた。義手を端末の近くへ伸ばし、画面の構造や制御盤を複数の機械眼で観察している。

 

「映像伝送方式は有線と無線を併用。小型化された表示装置、操作系統も帝国標準技術と異なる。記録媒体の構造を確認したい」

 

「今は監視設備の研究をしている場合じゃないわ!」

 

 スワイヤーが端末へ伸びた義手を叩くように押し戻す。

 

「敵の指揮官を見つけたのよ。そちらへ集中して」

 

「同時処理は可能」

 

「こっちの神経が持たないの!」

 

 ヴァロクスは僅かに首を動かし、屋上の映像へ機械眼を向け直した。

 

「……屋上の人物が現象の中心であるならば、排除すべきだ」

 

「ええ。これ以上、部下を操らせるわけにはいかない」

 

 スワイヤーは通信機を取り出す。

 

「動かせる隊員を集める。屋上への階段を二方向から上がって――」

 

「不要」

 

 ヴァロクスが遮り、スワイヤーの眉が動く。

 

「……何が不要なの?」

 

「大規模な攻撃部隊の編成についてだ。屋上の存在については、私が解決する」

 

「アナタ一人で屋上へ行くつもり?」

 

「ハルト伍長を同行させる。戦力として十分だ」

 

「屋上には十人以上いるのよ」

 

「確認済みだ」

 

「しかも、その少年が建物中のレユニオン兵を操っている可能性がある――少数で行く理由がどこにあるの?」

 

「第一。階段と屋上出入口は狭く、大人数での同時展開に不向き。第二。敵が感染者の肉体を操作する能力を持つと仮定し、意図的に感染者を増加させる手段が存在した場合、大部隊を投入すれば、戦力として利用される危険が存在する」

 

 ヴァロクスは義指を一本ずつ立てるように、理由を挙げていく。

 

「第三。敵術者は生体及び精神干渉能力を保有すると推測される。非感染者であるハルト伍長と、身体の大部分を機械化した私であれば、影響を受ける可能性は低い。第四。屋上にいる敵の武装はクロスボウと術具が中心。現有装備で対処可能」

 

「随分自信があるのね」

 

「感情的な慢心ではなく、戦力比較に基づく結論である」

 

 スワイヤーは画面に映るレユニオン兵と、ヴァロクスの機械化された身体を交互に見た。

 

「本当に二人で片づけられるの?」

 

「可能だ」

 

「ハルトはどうなの?」

 

 突然話を振られ、ハルトは僅かに顔を顰めた。

 

「楽な相手ではないと思う。だが、あの少年のアーツを止めなければ、本部内の戦いは終わらない。行く必要はある」

 

 スワイヤーはすぐには答えなかった。

 

 ヴァロクスが説明した理由には筋が通っている。

 狭い階段へ大人数を投入すれば、待ち伏せを受けた際に被害が拡大する。敵の幹部が感染者を操れるなら、それこそ不足の事態が起きたときに、狭く逃げ場の少ない屋上では混乱を誘発する恐れがある。

 

 だが、何かが引っかかった。

 

 ヴァロクスは敵の指揮官を排除すると言いながら、その機械眼には戦闘を前にした緊張も、仲間を助けようとする焦りも見られない。それに、大人数での混乱を危惧するのだとしても、わざわざヴァロクスとハルトだけじゃなくても良い。

 

 彼の声は機械処理され裏を読むことこそ難しいが、それでも未知の現象を目前にした研究者のような高揚が感じられた。

 

「……アナタ、何か別の目的があるんじゃないでしょうね」

 

「質問の意図が不明」

 

「さっきから、粒子やアーツを調べることばかり気にしているでしょう。敵を倒すより、そちらが目的に見えると言っているのよ」

 

「敵の能力を解析することは、排除効率の向上へ繋がる」

 

「答えになっていないわ」

 

「両目的は競合しない」

 

 ヴァロクスは平然と答えた。

 

 実際、彼の目的はメフィストの排除だけではなかった。

 

 未知の粒子や感染者の体内源石を介した精神及び肉体への干渉に、致命傷を負った人間を強制的に動かし続けるアーツ。その発動原理を至近距離で観測し、可能ならば術者と被験者から生体情報を回収する。

 

 ヴァロクスにとって、それらは龍門近衛局本部の防衛と同等か、それ以上の価値を持っていた。

 

 多数の近衛局隊員を屋上へ投入すれば、混戦によって術者が早期に死亡する可能性がある。さらに、敵兵の状態を詳細に観察する前に制圧されれば、アーツ発動前後の変化を比較する機会も失われる。

 

 ハルトと自分だけならば、状況を制御しやすい。

 敵へ能力を使わせ、効果を観測し、その後に排除することができる。

 

 だがスワイヤーへ、その考えを説明する必要はない。

 

「……分かったわ」

 

 スワイヤーは疑念を完全には消せないまま、通信機を握り直した。

 

「私は管制室に残って、建物全体の指揮を執る。屋上まで近衛局の一個分隊に案内させるわ。ただし、危険だと判断したら無理をせず戻りなさい」

 

「受諾」

 

「それと、敵の能力について何か分かったら全部報告すること。勝手に持ち帰って隠すのは禁止よ」

 

「情報の軍事的価値を評価後、開示可能な範囲で報告する」

 

「全部と言ったでしょう!」

 

「出発する」

 

 ヴァロクスはスワイヤーの抗議を無視し、管制室の出口へ向かった。

 ハルトは苦い顔をしながら彼の後を追う。

 

「本当に大丈夫なのかしら、あの機械男……」

 

 スワイヤーの呟きに、近くの隊員は返事をしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 屋上へ向かう階段と廊下には、戦闘の痕跡が残されていた。

 

 破壊された扉。

 壁へ突き刺さった矢。

 床へ落ちた武器と、乾き始めた血液。

 

 ヴァロクスとハルトの前後を、八名の近衛局隊員が警戒しながら進んでいる。先頭の二人が盾を構え、残りがクロスボウや鉈を左右の通路へ向けていた。

 

 だが、上層階へ進むにつれて、敵の攻撃は不自然なほど少なくなった。

 

 五階の廊下に、レユニオン兵が立っている。

 

「敵だ!」

 

 近衛局隊員がクロスボウを構える。

 

 しかし、レユニオン兵は反応しなかった。

 壁へ身体を預け、頭を垂れたまま動かない。武器は手にしているものの、握る指に力がなく、刃の先端が床を擦っている。

 

「死んでいるのか?」

 

「生命反応を確認、心拍数低下。呼吸は浅く、意識水準は著しく低い」

 

 ヴァロクスが即座に答える。

 

 別の角を曲がると、さらに三人のレユニオン兵がいた。

 一人は床へ座り込み、焦点の合わない目で宙を見つめている。残りの二人は互いに背中を預けたまま、低い呻き声を漏らしていた。

 

 近衛局隊員たちが慎重に近づき、武器を蹴り離す。

 

 それでも反応しない。

 

「さっきまで、こいつらは暴れていたはずです」

 

 隊員の一人が言う。

 

「急に意識を失ったのか?」

 

「術者が能動的制御を一時停止している可能性」

 

 ヴァロクスのサーボスカルが兵士の周囲を回り、白い粒子を採取する。

 

「待機状態と推測。体内源石への干渉は継続中だが、運動命令は送られていない」

 

「人間を機械みたいに言うな」

 

 ハルトが低く言う。

 

「現象の説明として適切」

 

「こいつらは人間だぞ」

 

「人間であることと、外部から制御されていることは両立する」

 

 ヴァロクスは床に座る兵士の眼前へ義指を動かした。

 

 瞳孔はほとんど反応しない。

 次に体表へ露出している源石結晶を走査し、粒子の濃度と結晶内部のエネルギー変動を記録する。

 

「興味深い。休止状態でも、源石結晶内部では周期的な出力変動が継続している」

 

「先を急ぐぞ」

 

 ハルトは意識を失っている兵士から視線を逸らした。

 

「屋上の術者を止めなければ、こいつらも戻らない」

 

 ヴァロクスは答えず、収集した情報を記録領域へ保存した。

 

 一行はさらに階段を上がる。

 六階、七階と屋上へ近づくほど白い粒子の濃度は高くなり、空気中にはリーベリの羽毛に似たものまで漂い始めた。

 

 だが、その羽は床へ落ちる前に薄い光となって消えていく。

 

「物質形成と消失を反復。発生源まで残り僅か」

 

 ヴァロクスの声には、隠しきれない高揚があった。

 

 最上階へ到達する。

 屋上へ続く防火扉の前には、複数のレユニオン兵が倒れていた。全員が武器を握ったまま意識を失い、身体の一部だけを不規則に痙攣させている。

 

 近衛局の分隊長が扉の制御装置を確認した。

 

「この先が屋上です」

 

「ここからは我々二人で進む」

 

 ヴァロクスが告げる。

 

「ですが、スワイヤー警司から護衛を命じられています」

 

「屋上には敵術者の影響が集中している。感染者が含まれるなら同行は危険。非感染者であっても、敵の射線を増やすだけとなる」

 

 分隊長は部下たちを見た。

 近衛局隊員は感染者ではないものの、既に戦闘で疲労し、負傷している者もいる。

 

「……分かりました。自分たちは階段を確保します。屋上から敵が降りてきた場合は、ここで食い止めます」

 

「適切」

 

 ハルトがラスガンの蓄電池を確認する。

 

「扉を開けたら、すぐに左右へ分かれる。正面に立つな」

 

「了解」

 

 近衛局隊員が制御装置を操作する。

 重い防火扉の固定が外れ、外から冷たい夜風が吹き込んできた。

 

 白い粒子と羽が、開き始めた隙間から廊下へ流れ込む。ハルトとヴァロクスは互いに目を合わせ、屋上へ踏み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 屋上には、先ほど監視映像で確認した通り、複数のレユニオン兵が布陣していた。

 入り口にはクロスボウと槍が向けられており、中には近衛局の設備を破壊して作った即席の遮蔽物もあり、正面から侵入する者を迎え撃つ準備は整っていた。

 

 中央には、白髪の少年が立っている。

 その周囲では白い粒子と羽が舞い、少年の衣服と髪を揺らしている。

 

 ハルトとヴァロクスの二人だけが扉から現れたことを確認すると、メフィストは僅かに目を見開き、やがて愉快そうな笑みを浮かべた。

 

「へぇ……たった二人で来たんだ」

 

 少年の声は、戦場に似つかわしくないほど軽かった。

 ハルトはラスガンを肩へ当て、銃口をメフィストへ向ける。

 

「周りの兵士に武器を下ろさせろ。今すぐアーツを止めるんだ」

 

「嫌だと言ったら?」

 

「力ずくで止める」

 

「怖いなぁ」

 

 メフィストは口元へ手を当て、大袈裟に怯えたような仕草をした。

 

「でも、君たちも噂になっている人たちだよね。突然別の世界から来た、変な武器を使う兵士たち」

 

 彼の視線が、ハルトのラスガンからヴァロクスへ移る。

 

「チェルノボーグで会った青い巨人や、報告にあった緑色の化け物とは違うみたいだけど……君は何なのかな。人間? それとも機械?」

 

「分類:アデプトゥス・メカニカス所属、スキタリ・レンジャー」

 

 ヴァロクスは質問へ答えながら、戦場の走査を続けていた。

 

 屋上の大気構成。

 粒子の濃度。

 遮蔽物の材質と配置。

 レユニオン兵の人数と武装。

 メフィストを中心として広がる微弱な源石エネルギー。

 

 さらに屋上の奥の給水設備と通信アンテナの間に、視覚情報と熱分布が周囲から僅かにずれている領域が複数存在する。

 

 肉眼では何も見えないが、空気の流れは人型の何かを避け、床面にはごく小さな圧力変化が生じている。源石反応も完全には消えておらず、数名の人間が光学的に隠蔽されていることは明らかだった。

 

 その中心には、他よりも大きい弩弓を持つ一人のフィディアがいる。

 

 ヴァロクスは彼らの存在を認識したが、ハルトへ警告しなかった。

 

 隠蔽部隊の役割が判明していない。

 メフィストのアーツを増幅する術師なのか、逃走を補助する部隊なのか、あるいは単純な護衛なのか。現段階で刺激すれば、観測前に配置を変える可能性がある。

 

 役割を確認するには、相手が自ら動くまで待つ方が効率的だった。

 

「質問がある」

 

 ヴァロクスがメフィストへ呼びかける。

 

「何だい?」

 

「大気中へ散布されている白色粒子の生成原理を説明せよ」

 

 メフィストが瞬きをする。

 

「……は?」

 

「粒子は体内源石と共鳴し、感染者の神経系または精神へ干渉していると推測。非感染者へ影響が認められないことから、源石結晶が起動鍵として機能している可能性が高い」

 

 ヴァロクスの機械眼が、メフィストの身体を頭部から足元まで走査する。

 

「傷ついた肉体を強制的に動かす際、損傷した神経伝達を代替しているのか。苦痛信号を遮断しているだけか。あるいは、対象の意思を上書きしているのか」

 

 メフィストの表情から、軽薄な笑みが一度消えた。

 

「君……さっきから何を言っているんだい?」

 

「源石に身体を侵食された者だけへ作用する妖術は、極めて興味深い」

 

 ヴァロクスは一歩前へ出る。

 

「術式、粒子、生体組織、体内源石の反応を調査する。抵抗せず、検体採取に応じることを要求する」

 

 数秒の沈黙の後、やがてメフィストの口元が歪み、大きな笑い声が屋上へ響いた。

 

「あははははっ!」

 

 少年は腹部を押さえ、本当に愉快そうに笑っている。

 

「君、頭がおかしいんじゃないか? 僕を倒しに来たんじゃなくて、調べさせてくれだって?」

 

「両目的は競合しない。必要な情報を取得した後、排除は可能」

 

「やっぱり気狂いだ!」

 

 メフィストは笑いながら、周囲の兵士へ手を振った。

 

「みんな、この変な機械を壊していいよ。もう一人の方もね」

 

 レユニオン兵たちが一斉に動く。

 彼の脇に居たクロスボウ兵が動き出し、前列の兵士が剣と槍を手に突進した。

 

「来るぞ!」

 

 ハルトがラスガンの引き金を引き、赤い閃光が夜の屋上を走った。

 光速で放たれたヒートレーザーが、先頭を走るレユニオン兵の右脚へ命中する。衣服と防具が一瞬で焼け、膝から下が血液を沸騰させながら吹き飛んだ。

 

 兵士が絶叫し、前のめりに倒れる。

 

 ハルトは銃口を横へ動かし、二発目を放つ。

 別の兵士が剣を振り上げた腕を肘から失い、焼け焦げた切断面から煙を上げながら地面へ転がった。

 

 三発目、クロスボウ兵の肩が弾け、武器と腕が後方へ飛んでいく。

 

 ラスガンはボルト兵器ほど派手な爆発を起こさないが、集中された高熱は人体を容易に焼き抜き、出力を上げれば四肢を一撃で破壊できる。

 

「左から来る」

 

 ヴァロクスが告げる。

 

 ハルトが振り返るより早く、二人のレユニオン兵が遮蔽物を乗り越えて接近していた。近距離では長いラスガンを取り回しにくい。

 

 ヴァロクスが前へ出る。

 腰部からテイザーゴードを引き抜き、先端の電極を起動させると、青白い電流が対の刃を走る。

 

 一人目が槍を突き出した瞬間、ヴァロクスは上半身を僅かに傾け穂先を回避した。義手で槍の柄を押し上げ、そのままテイザーゴードを兵士の脇腹へ叩き込む。

 

 接触と同時に、破壊的な電撃が肉体へ流れ込んだ。

 

 兵士の身体が大きく反り返り、筋肉が意思とは無関係に収縮して背骨と関節が不自然に曲がった。神経と筋繊維が内部から焼かれ、口と鼻から煙を漏らしながら地面へ倒れる。

 

 二人目が短剣を振るう。

 

 ヴァロクスは義足を軸に身体を回転させ、テイザーゴードを顎へ打ち上げた。

 骨が砕け、電撃が頭部へ流れる。兵士の眼球が白く濁り、全身を激しく痙攣させながら後方へ倒れた。生命反応は残っているが、神経系と筋肉の損傷は回復可能な範囲を超えている。

 

 テイザーゴードは相手をただ気絶させる道具ではない。

 接触した肉体へ過剰な電気エネルギーを送り込み、生命活動を破壊するための殺傷武器なのだ。

 

 ハルトが援護射撃を続ける。

 

 接近する兵士の脚を焼き、クロスボウ兵の腕を吹き飛ばし、ヴァロクスへ背後から近づく敵の胸部を打ち抜く。ヴァロクスはハルトが狙いにくい近距離の敵を受け持ち、機械化された身体で正確に打撃を加えていった。

 

 数十秒後も経てば、メフィストの周囲にいた兵士の多くが、屋上へ倒れていた。

 脚を失った者に腕を吹き飛ばされた者、テイザーゴードによって神経を焼かれ痙攣を続ける者。

 

 ハルトはラスガンの銃口から立ち昇る熱を確認し、メフィストへ再び狙いを定めた。

 

「終わりだ。アーツを止めろ」

 

「うわ、惨いなぁ」

 

 メフィストは周囲へ倒れた兵士たちを見回す。

 

「みんなやられちゃった」

 

 声には悲しみも焦りもない。

 少年はわざとらしく肩を落とし、頬を膨らませた。

 

「これじゃあ、もう計画は全部駄目だね。タルラ姉さんに怒られちゃうなあ」

 

「ふざけるな」

 

 ハルトが引き金へ指をかける。

 

「……ふざけてなんかいないさ」

 

 メフィストの笑みが深くなる。

 

「だって、みんなはまだ元気だもの」

 

 少年が両腕を広げ、白い粒子が一斉に輝き始める。

 彼の背後から無数の羽が舞い上がり、屋上を吹き抜ける風に乗って倒れたレユニオン兵へ降り注いだ。粒子は血液と傷口へ吸い込まれ、体表に露出している源石結晶が淡い白光を放つ。

 

 倒れていた兵士の指が動いた。

 一人、二人、三人と死体のように横たわっていたレユニオン兵たちが、次々と身体を起こし始める。

 

「何だ……!?」

 

 ハルトが息を呑む。

 

 ラスガンで脚を吹き飛ばされた兵士が残った両腕を使って地面を這い、片腕を失った者は噴き出す血を気にすることなく立ち上がった。

 

 テイザーゴードによって神経と筋肉を焼かれた者も、関節を不規則に痙攣させながら身体を起こす。損傷した神経ではまともに歩けないはずだが、体内の源石結晶から白い光が走る度に、筋肉が外部から引かれるように動いていた。

 

 彼らの瞳に理性はない。

 口から呻き声を漏らし、壊れた身体を引きずりながらハルトとヴァロクスへ向かってくる。

 

『ハルト! 機械男!』

 

 二人の通信機へ、スワイヤーの声が入った。

 

『建物内で意識を失っていたレユニオン兵が、一斉に動き始めた! 拘束を破って近衛局の隊員へ襲いかかっているわ!』

 

「こいつのアーツだ! 屋上にいる白髪の少年が、建物中の感染者を動かしている!!」

 

 ハルトは通信機にそう叫びながら、接近する兵士の肩へラスガンを撃ち込む。

 

『コッチも監視映像でも確認したわ! 白い粒子の光が強くなった直後、全員が立ち上がってる!』

 

 通信の向こうから銃声と怒号が聞こえる。

 

『ロドスへ要請した増援がもうすぐ本部へ到着するわ! 屋上の奴を止めるまで持ち堪えて!』

 

「了解した!」

 

『死なないでよ!』

 

 通信が切れる。

 ハルトはラスガンを連射し、這って近づく兵士の両腕を焼いた。それでも兵士は、肩と顎を地面へ押しつけながら前へ進もうとする。

 

「ここまで壊れても動くのか……!」

 

 ヴァロクスは戦場を観察していた。

 

 感情のない赤い機械眼が、立ち上がった兵士たちを一人ずつ走査する。

 体表に露出した源石結晶や粒子を受けて増大するエネルギー反応。果ては損傷した神経を無視して生じる筋収縮。

 

「予測を確認」

 

 ヴァロクスが呟く。

 

「全対象の体表に大型源石結晶が露出。粒子との接触後、結晶内部のエネルギー出力が平均四百二十七パーセント上昇」

 

「今それを調べている場合か!」

 

「源石が起動鍵及び伝達経路として機能している。術者は粒子を介して体内源石へ命令を送り、肉体を外部から制御していると推定」

 

「人間を無理矢理動かしているのか?」

 

 ハルトの問いに答えたのは、メフィストだった。

 

「無理矢理だなんて酷いなあ」

 

 少年は舞い上がる羽の中で笑っている。

 

「僕は治療してあげているだけだよ。痛みを忘れさせて、もう一度立てるようにしてあげる。みんな僕のおかげで戦い続けられるんだ」

 

「脚を失った奴まで這わせて、それを治療と言うのか!」

 

「生きているなら戦えるじゃないか。僕の家畜は、とても丈夫なんだよ」

 

 メフィストは当然のことのように答えると、ハルトの顔が怒りに歪む。

 

「……クズが」

 

 ヴァロクスはメフィストの言葉にも、兵士たちの姿にも反応を示さなかった。

 

 接近してきた一人へテイザーゴードを振るい、胸部へ電極を叩き込む。再び破壊的な電撃が流れ、兵士の身体が大きく痙攣した。

 

 だが、倒れない。焼かれた筋肉を源石の光が強引に動かし、テイザーゴードの柄へ手を伸ばそうとする。

 

「電気的神経破壊後も、運動を継続」

 

 ヴァロクスはテイザーゴードを腰部の固定具に戻し、後方へ距離を取った。

 そして、腰部の逆側にある固定具からガルバニックライフルを外す。

 

 古風な木製銃床を備えた長銃。内部へ装填されているガルバニック弾は、対象の生体電気と電気化学的エネルギーを利用し、命中後の破壊力を増幅させる特殊弾薬だ。

 

 ヴァロクスが引き金を引く。

 

 乾いた発砲音と共に弾丸が兵士の腹部へ命中し、体内へ食い込んだ。直後、ガルバニック弾が肉体の電気化学反応へ干渉する。

 

 兵士の全身が激しく収縮した。

 血管、神経、筋繊維、臓器が内部から同時に損傷し、口と目から血液が噴き出す。皮膚の下では複数の筋肉が不自然に隆起し、骨の折れる音が連続した。

 

 兵士は数歩よろめき、その場へ倒れる。体表の源石結晶は白い光を放ち続けたが、肉体は再び動かなかった。

 

「運動停止を確認」

 

 ヴァロクスは倒れた兵士へ銃口を向けたまま、反応を記録する。

 

「源石エネルギーは、生物学的及び電気化学的エネルギーとは別系統で存在。しかし、外部命令を実行するには、対象の筋肉と肉体構造が必要。ガルバニック弾による全身組織破壊は有効」

 

 メフィストの笑みが僅かに引きつった。

 

 彼は常人が自分の家畜を見た時に示す反応を知っている。

 嫌悪や怒り、恐怖、哀れみ――ハルトは期待通りの反応を示した。

 

 だが、赤い外套の機械男は違う。

 家畜にされた兵士を哀れむことも、術を使うメフィストへ怒りを向けることもない。倒した兵士を人間として見ず、武器の効果とアーツの性質を確かめるための材料として扱っている。

 

 メフィストには、その無関心が気に入らなかった。

 

「ファウスト!」

 

 少年が叫ぶ。

 

 その名が発せられた刹那、ヴァロクスの視界に屋上奥の隠蔽領域から急激なエネルギー変化が表示された。

 

「――射撃反応」

 

 二本の矢が放たれる。

 

 通常のクロスボウとは比較にならない速度。源石エネルギーを纏った矢が、夜の空気を切り裂きながらハルトとヴァロクスへ襲いかかった。

 

 ヴァロクスは発射より僅かに早く身体を動かしていた。

 機械化された脚部が地面を蹴り、赤い外套が翻る。矢は彼の胸部があった場所を通過し、背後の金属板へ深く突き刺さった。

 

 ハルトは反応が遅れた。

 

「な――」

 

 振り向いた時には矢が目前まで迫っており、直後、胸部へ衝撃が叩き込まれた。

 フラックアーマーの装甲板へ矢が正面から命中し纏っていたアーツエネルギーが爆発する。

 

「ぐあッ!」

 

 ハルトの身体が後方へ押し飛ばされた。

 

 背中から屋上へ倒れ、ラスガンが手を離れて地面を滑る。

 矢そのものはフラックアーマーを貫通していない。だが、装甲を通して伝わった衝撃が胸部を強打し、肺から空気を押し出した。

 

 ハルトは胸を押さえ起き上がり、激しい痛みに顔を歪めながら片膝をつく。

 

「ハルト伍長、生存状態を報告せよ」

 

「生きている……!」

 

 苦しげに息を吸い、胸部装甲を確認する。

 命中箇所には大きな亀裂が走っていたが、血液は流れていない。骨が折れている可能性はあるものの、戦闘を続けられないほどではなかった。

 

 メフィストは驚いたように目を見開いていた。

 

「……避けた?」

 

 ヴァロクスは、矢が飛来した屋上奥へ機械眼を向けた。

 

「隠蔽された戦力は、アーツ増幅装置ではなかった。術者護衛及び狙撃による予備攻撃手段、仮説の不一致を確認」

 

 その声には、僅かな落胆が混じっている。

 

「お前……最初から、あそこに誰かいると分かっていたのか?」

 

 ハルトが痛みを堪えながら顔を上げる。

 

「肯定」

 

 短い返答に、ハルトの表情が固まった。

 メフィストも笑うことを忘れ、ヴァロクスを見ている。

 

「……いつからだ」

 

「屋上侵入直後だ。空気流動、床面圧力、熱分布、源石反応の不整合から、隠蔽された人型対象を複数確認していた」

 

「なら、何で教えなかった!」

 

「役割が不明だった」

 

 ヴァロクスは淡々と答える。

 

「敵術者のアーツを増幅する補助要員、逃走経路を維持する部隊、攻撃開始条件を待つ狙撃兵。複数の可能性が存在した。存在の把握を伝えれば、敵が配置または行動を変更し、役割の特定が困難になる」

 

「だから黙って、俺が撃たれるまで待ったのか!」

 

「攻撃対象及び攻撃方法の観測により、役割は判明した。加えて、フラックアーマーの防御性能と弩弓の射撃エネルギーから、致命傷となる可能性は低いと予測していた」

 

「低いと予測していた、だと……?」

 

「結果として予測は正しかった。貴官は生存し、戦闘継続能力を維持している」

 

 ハルトは言葉を失った。

 

 胸部には焼けるような痛みが残り、呼吸をする度に鈍い痛みが走る。ヴァロクスはそれを見ても、自分の判断に問題があったとは考えていない。ハルトが負傷する可能性と隠蔽部隊の役割を知る価値――その二つを天秤にかけ、後者を優先した。

 

 彼にとっては、それだけのことだった。

 

 これまで、ハルトはメカニカスについては信用できない奇妙な連中、程度の認証で、詳しく知らなかった。

 帝国の機械を管理し、兵器を整備し、機械神へ奇妙な祈りを捧げる者たち。軍の装備を支える一方で、一般兵には理解できない慣習を持つ集団。

 

 今になって、普通の人間と違う理由が少し分かった気がした。

 彼らが信用されにくいのは、身体の多くを機械へ置き換えているからではない。思考の中から、人間の命や痛みに対する感覚まで削り落としているからだ。

 

(これだから機械教団は信用できないんだ……!)

 

 ハルトは胸中で毒づき、地面へ落としたラスガンへ手を伸ばした。

 

 屋上奥の何もない空間から、再び矢が放たれる。

 ヴァロクスはガルバニックライフルを持ち上げ、飛来する矢を回避しながら声を発した。

 

「質問。現在使用している隠蔽は、光学迷彩装置か、アーツによる認識及び光学情報への干渉か」

 

 返答はなく、代わりに三本の矢が飛来した。

 ヴァロクスは一歩横へ移動し、一本目を回避する。二本目は赤い外套を掠めて背後へ通過した。

 

「非協力的態度を確認」

 

 機械眼の奥で、複数の照準情報が更新される。

 

「何故だ……」

 

 透明化したまま遮蔽物の陰へ移動していたレユニオン兵が、低い声を漏らした。

 

「何故、俺たちの位置が分かる」

 

 ファウストの部隊は、彼のアーツによって視覚的に隠蔽されている。

 これまでも多くの敵が、姿の見えない狙撃手から一方的に攻撃され、反撃することさえできずに倒れてきた。

 

 視認できない者を狙うことはできない。攻撃の瞬間に僅かな気配を察知できても、矢が放たれてから射手の位置を探したのでは遅い。

 

 そのはずだった。

 

 だが、赤い外套の機械男は、最初の射撃を完全に回避した。今もこちらが位置を変える度に、複数の機械眼が正確に追ってくる。

 

「ファウスト。あの機械男を先に排除するべきだ、奴は俺たちを見えている」

 

 部下の一人が囁く。

 

 ファウストはクロスボウへ新たな矢を装填し、ヴァロクスの動きを観察した。

 冷静な表情は崩れていないが、状況が自分たちにとって不利であることは理解していた。

 

「……ああ」

 

 彼は短く答えた。

 

「同じ場所から続けて撃つな。位置を変えながら攻撃する。周囲の遮蔽物を利用しろ」

 

「了解」

 

 透明化した狙撃兵たちが、複数の方向へ散ろうとする。

 

 その瞬間、乾いた銃声が屋上へ響く。ファウストの右側にいた兵士が、何もない空間から突然血を噴き出した。

 

「ぐあああッ!」

 

 透明化が崩れたレユニオン兵の身体が屋上へ現れ、胸部を押さえながら膝をついた。

 命中したガルバニック弾が体内の生体電気へ干渉し、筋肉と神経を内側から破壊していく。全身が不規則に痙攣し、眼と鼻から血を流しながら地面へ崩れ落ちた。

 

「なっ……!」

 

 周囲の兵士が息を呑む。

 ヴァロクスのガルバニックライフルから、僅かな煙が立ち昇っている。

 

「隠蔽効果は視覚情報を中心としている」

 

 彼は狙撃兵たちがいる方向へ機械眼を向けた。

 

「赤外線分布の補正は不完全。対象周辺の大気流動、床面荷重、呼吸に伴う微細振動、体内源石のエネルギー反応も隠蔽できていない」

 

 義手がガルバニックライフルの機関部を操作し、次弾を薬室へ送る。

 

「全対象の位置は、侵入直後よりリアルタイムで追跡済みだ」

 

 照準が別の透明なレユニオン兵へ重なり、青い機械眼が夜の闇へ鋭く光る。

 

「――肉体は弱さなり(Flesh is Weak)

 

 その言葉と同時に、ヴァロクスは引き金へ指を掛けた。

 

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