龍門での協議を終えたヴァレリウスたちは、一度ロドス本艦へ帰還していた。
着艦甲板では、龍門から送り返された負傷者と物資の搬入が続いている。サンダーホークが着地すると、周囲で待機していた整備オペレーターが直ちに機体へ集まり、損傷箇所と残存燃料の確認を始めた。その傍らでは、感染者居住区から移送された住民や投降者が医療区画と臨時収容区画へ振り分けられている。ウェイ・イェンウとの合意は既に実行へ移されていたが、混乱の収束にはまだ時間を要するだろう。
ヴァレリウスはサンダーホークを降りると、迎えに来ていたドクター、アーミヤ、Aceへ、チェルノボーグ周辺で〈帝国〉の識別信号が二系統確認されたことを伝えた。一つはアデプトゥス・アスタルテス、もう一つは異端審問庁に属する秘匿信号であり、両者は同一地点から発せられている。異端審問庁について詳しく知らないロドスの者たちにも、その名がヴァレリウスとケルシーを警戒させるだけの存在であることは理解できたらしい。
「龍門での作戦に関する後処理は、汝に任せたい」
ヴァレリウスはドクターへ告げた。
「投降者の収容、感染者居住区への医療班派遣、ウェイ・イェンウとの連絡を優先してくれ。フロストノヴァとスノーデビル小隊については、一般の収容者から隔離し、事情聴取を開始する。ただし、彼女の体調を考慮し、無理に証言を引き出すことは避けるべきだ」
「分かった。異端審問庁の信号は?」
「先に我々だけで検討する。接触するか否かを決める前に、相手の正体と危険性を可能な限り絞り込まねばならない」
ドクターは短く頷いた。これ以上の説明を求めなかったのは、ヴァレリウスが情報を伏せようとしているからではなく、異世界の組織について判断するには、まず同じ世界から来た者たちの知識を集める必要があると理解したためだろう。
それから間もなく、ロドス艦内の大型貨物区画にヴァレリウスの呼び出した者たちが集まった。通常の会議室では、複数のアスタルテス、特にカタフラクティ型ターミネーター・アーマーを纏ったトゥシャンを収容できないため、整備用機材を退けた貨物区画が臨時の会議場として選ばれている。
ヴァレリウスの正面にはダキール、トゥシャン、アイゼンヴァルトが並び、その傍らに赤い外套を纏ったヴァロクスが立っていた。治療を終えたハルトも招集されていたが、胸部にはまだ医療用の固定帯が巻かれ、呼吸の度に僅かな痛みが残っているらしい。彼は椅子へ座るよう勧められていたものの、アスタルテスたちが立っている前で自分だけ腰を下ろすことを拒み、壁際で姿勢を正していた。
区画中央では、ヴァロクスのサーボスカルが荒野の立体映像を投影している。チェルノボーグから離れた地点に二つの識別信号が重なり、その周囲には天災によって変形した地形と、広範囲に及ぶ源石反応が表示されていた。
「先ほど伝えた通り、この地点から異端審問庁の識別信号が発せられている」
ヴァレリウスが口を開くと、ダキールとトゥシャンの纏う空気が僅かに変わった。両者とも武器へ手を伸ばしたわけではないが、兜の奥にある視線が立体映像へ固定され、沈黙の中へ明確な警戒が混じる。
アイゼンヴァルトも反応を見せていた。ただし、ブラックテンプラーである彼の内にあるのは警戒と同時に、異端と反逆を裁き皇帝の敵を帝国内部から摘発する者たちの権威への畏敬と、彼らがこの異世界で何を見つけたのかを知りたいという期待が隠しきれない形で表れていた。
ハルトだけは、周囲の反応を見ながら困惑している。
「異端審問庁については、名前を聞いたことがある程度です。反逆者や異端者を取り締まる帝国の組織だと教えられましたが……それほど警戒する必要があるのですか?」
「その説明は間違っていない」
ダキールが低く答えた。
「だが、あまりにも足りない。奴らは異端者を取り締まるだけではない。異端の疑いがある軍、都市、惑星そのものを処分する権限を持つ。必要と判断すれば、アスタルテスへさえ命令を突きつける者たちだ」
「全ての異端審問官が同じ思想を持つわけではない」
トゥシャンが補足する。
「帝国を守るために理性と節度を保つ者もいれば、疑念を抱いた時点で処刑を命じる者もいる。問題は、信号だけではどちらに属する者か判断できないことだ」
「分析結果を提示する」
ヴァロクスが立体映像を拡大した。
「検出された信号は二系統。第一信号はアデプトゥス・アスタルテスの遺伝子認証及び戦団識別規格と一致する。ただし、戦団名を示す情報は高位暗号によって秘匿され、現有する照合記録では解読不能。第二信号は異端審問庁の識別規格と一致し、発信地点の誤差は第一信号と三十七メートル以内である」
荒野の映像上に二つの光点が現れ、ほぼ重なる位置で明滅する。
「信号の移動速度及び方向も一致している。以上から、二つの発信源は敵対状態を含め、相互を認識したうえで行動している可能性が高い。推定可能な状況は二つ。異端審問庁との関係が強い戦団に所属するアスタルテスが、審問庁の識別信号を同時に使用している。あるいは、異端審問庁の人員とアスタルテスが同一戦場で共同作戦中に転移へ巻き込まれた」
「どちらにせよ、偶然同じ場所へ現れた可能性は低いということか」
アイゼンヴァルトが尋ねる。
「肯定。二つの信号は発信開始時刻もほぼ一致する。独立した転移が同一地点、同一時刻に発生したと仮定するより、転移前から同一の艦艇または戦場に存在していたと考える方が合理的である」
「異端審問庁と行動を共にしていた戦団か」
ダキールは腕を組み、ヴァレリウスへ顔を向けた。
「この中で帝国の行政機関や諸軍について最も多くの知識を持っているのは、貴官だ。何か心当たりはあるか」
ヴァレリウスはすぐには答えず、二つの識別信号へ視線を向けた。
異端審問官がアスタルテスを従えて行動すること自体は珍しくない。デスウォッチ、異端審問庁と長く協力関係を築いてきた戦団、あるいは特定の審問官へ恩義を持つ個人が同行している可能性もある。しかし、ヴァロクスが検出した信号には、それらでは説明しにくい特徴が含まれていた。
「第二信号は、通常の異端審問官が身分証明として用いる個人識別符号とは異なる。インクイジター・ストームトルーパーを含む配下の戦闘部隊が使用するものでもない。暗号階層が高く、発信者の個人情報より、所属する秘匿組織の権限を示す構成になっている」
「では、誰が発している」
トゥシャンの問いに対し、ヴァレリウスは一同を見渡した。
「断定はできない。だが、条件に該当する存在を一つ知っている」
貨物区画の空調装置が低く唸り、沈黙の中へ機械音だけが流れた。
ヴァレリウスはこれから口にする情報の重さを理解していた。本来ならば、ハルトはもちろん、ヴァロクスやアイゼンヴァルトにさえ知らされるべき内容ではない。知識を得たという事実だけで記憶を奪われ、場合によっては命まで奪われる秘密だった。
「かの名はグレイナイト。アデプトゥス・アスタルテス第666番目の戦団だ」
最初に反応したのはアイゼンヴァルトだった。
「第666戦団……そのような戦団は、記録に存在しません」
「存在を記録から消されている。彼らは一般のアスタルテス戦団とは異なり、異端審問庁――特に悪魔と混沌の脅威を扱う
ダキールも、明確な情報として聞いたことはなかったらしい。彼は立体映像からヴァレリウスへ視線を移し、低い声で問い返した。
「戦団一つの存在を、帝国全体から隠しているのか」
「そうだ。悪魔の存在に関する知識そのものが汚染と崇拝を広げる可能性を持つため、彼らの作戦は徹底して秘匿される。戦場でグレイナイトを目撃した民間人と一般兵は、原則として生かされない。共に戦った帝国軍の部隊も任務後に処分されることがある。アスタルテスであっても例外ではなく、必要に応じて記憶処理を施される」
ハルトの顔から血の気が引いた。
「共に悪魔と戦った兵士まで、ですか?」
「秘密を知ったまま銀河へ戻せば、悪魔についての知識が広がる。グレイナイトと異端審問庁は、その危険を一人の功績や忠誠より重く見る」
「戦い抜いた者へ死で報いるのか」
ダキールの声には、抑えきれない怒りが混じっていた。
龍門で黒蓑が感染者を殺害していた光景を見たばかりであるため、帝国でも同様の論理によって無辜の者が処分されてきたという事実を、平静に受け入れることは難しいのだろう。
「彼らは、その選択によってさらに多くの世界が守られると考えている」
ヴァレリウスは擁護も非難もせずに答えた。
「悪魔の知識は、ただの軍事機密の範疇を超える危険なものだ。知った者の恐怖、興味、憎悪を通じて精神へ根を下ろし、やがて現実へ扉を開くことがある。グレイナイトが行う処分には、それだけの理由が存在する」
トゥシャンは暫く沈黙した後、重々しく頷いた。
「……噂だけなら聞いたことがある。ディーモンが現れた戦場へ、名も紋章も記録されぬ銀の戦士が降り立つと。生還した者がいないため、確かめる術もなかった」
「私も姿を見たことはない。存在を知らされているだけだ」
ヴァレリウスは自らの肩部に刻まれたウルトラマリーンの紋章へ一度だけ視線を向けた。
「ウルトラマリーン戦団のオナーガードは戦団長及び第一中隊と行動を共にし、帝国の高位組織と接触する機会が多い。混沌による脅威へ対応するため、必要最低限の情報としてグレイナイトの存在を知らされていた。戦団の本拠地、指揮系統、所属者の名、具体的な作戦記録までは開示されていない」
「その情報を、私たちへ話してよかったのですか」
ハルトが恐る恐る尋ねた。
「私も同じことを考えていました」
アイゼンヴァルトが続ける。
「帝国が秘匿を命じた存在であるならば、知る資格のない者へ明かすこと自体が禁じられているはずです。私とハルトは、その条件から外れているでしょう」
「本来ならばな」
ヴァレリウスは否定しなかった。
「だが、我々は帝国から切り離され、〈歪み〉もアストロノミカンも存在しない世界にいる。テラの住民は人類に近い姿を持つが、帝国臣民ではなく、その法と常識も我々とは異なる。この状況で帝国の機密規定だけを機械的に適用し、利用できる情報と人員を減らし続ければ、元の銀河へ帰還する可能性を自ら捨てることになる」
ヴァレリウスはハルトとアイゼンヴァルトの双方を順に見た。
「私は秘密の価値を軽視しているのではない。秘密を維持する目的と、それによって生じる損失を比較している。今は異端審問庁と接触する危険を全員が理解し、無用な行動を避ける方が重要だ。開示の責任は、命じた私が負う」
「ならば、実務上の危険性を確認する」
ヴァロクスが機械眼を明滅させた。
「仮に信号発信者がグレイナイト戦団所属者であった場合、ヴァレリウスは高位情報への接触資格を持つため、即時処分対象となる可能性は低い。トゥシャン、ダキール、アイゼンヴァルトについてはアデプトゥス・アスタルテスとして記憶処理を受ける可能性が存在する」
立体映像の傍らへ、それぞれの所属と推定危険度が表示されていく。
「一方、スキタリ・レンジャーである当機、惑星防衛軍の元兵士であるハルト、ロドス及び龍門に所属する現地住民には同等の保護または配慮が適用される保証が存在しない。彼らがグレイナイトの存在を目撃した場合、生存を許可される確率を算出可能か」
「算出に足る情報がない」
「では、保証の有無を回答されたい」
「保証できない」
ヴァレリウスの返答は明確だった。
ハルトは無意識に胸部の固定帯へ手を添えた。ようやく異端審問庁という名に周囲が緊張した理由を理解したのだろう。帝国の救援が現れたと喜ぶだけでは済まない。相手がグレイナイトなら、味方として迎える以前に、自分たちが知ってはならないものを目撃したと判断される可能性がある。
「接触するならば、人数を最小限に留めるべきだ」
ヴァレリウスは続けた。
「私、あるいはトゥシャンが適任となる。私はグレイナイトの存在を知らされており、彼らと交渉するために必要な地位を持つ。トゥシャンもサラマンダー戦団の古参兵であり、ターミネーター部隊の中でも名誉ある立場にいる。少なくとも、説明を聞く前に処分してよい相手とは見なされにくい」
「……二人で向かうつもりか」
ダキールが問いかける。
「まだ決定した訳ではない。信号源を監視しながら、チェルノボーグへの対応を優先する選択肢もある」
「本音を言えば、そうしてもらいたい」
トゥシャンの声は低く、慎重だった。
「龍門との問題を収めたばかりで、四十八時間後にはチェルノボーグが衝突する。タルラの中にいる存在の正体も判明していない。この状況で異端審問庁を迎え入れれば、対処すべき問題がさらに増える可能性が高い」
「だが、放置する方が危険ではないか」
アイゼンヴァルトが立体映像へ一歩近づいた。
「相手が帝国の敵であれば、早急に排除しなければなりません。真に異端審問庁の者なら、この世界に存在する異常を既に調査している可能性がある。どちらであっても、何をしているか確認せずにおくべきではないでしょうか」
「異端審問庁の人間が単独で移動都市へ到達すれば、何を行うか予測できない」
ダキールも不満を残しながら同意した。
「ロドスの住民を異種族と判断し、感染者を混沌の汚染と誤認すれば、問答無用で攻撃を始めるかもしれん。龍門やウルサスが反撃すれば、奴らはこの世界全体を帝国への敵性勢力と見なすだろう」
「その場合、戦力規模が一名または少数であっても被害は拡大する」
ヴァロクスが補足する。
「グレイナイトであれば、通常のアスタルテスを上回る対混沌装備とサイキック能力を有すると考察できる。異端審問庁の権限を背景として行動する場合、現地住民との交渉より浄化を優先する可能性を排除できない」
会議に参加した者たちの結論は、既に同じ方向へ傾いていた。
チェルノボーグへの対処だけを考えれば、異端審問庁との接触は後回しにしたい。しかし放置した結果、彼らがロドスや龍門を独自に調査して敵と判断すれば、より大きな混乱が生じる。接触を避けることは危険を消すことにはならず、誰にも制御できない場所へ移すだけだった。
「……私が行こう」
トゥシャンが告げた。
「サンダーホークは元々サラマンダー戦団の機体だ。私なら操縦と識別信号の管理を行える。相手がグレイナイトであった場合も、ヴァレリウス一人より、別戦団の古参が同席した方が状況を客観的に説明しやすい」
「私も同行します」
アイゼンヴァルトが即座に申し出たが、ヴァレリウスは首を横へ振った。
「必要ない。ブラックテンプラーと異端審問庁の関係が常に良好とは限らず、相手の素性も判明していない。今回は戦力より、刺激を避けることを優先する」
「しかし、異端の可能性がある者と接触するなら――」
「汝の剣が必要になれば呼ぶ。今はロドスに残り、ドクターの指揮下で収容区画の警備を担当せよ」
明確な命令を受け、アイゼンヴァルトは反論を止めた。
「……承知しました、尊厳の守り手よ」
「ダキールも本艦へ残れ。フロストノヴァとスノーデビル小隊の周辺には、龍門での出来事を理由に彼らへ敵意を持つ者もいる。彼女たちを守ると同時に、再武装や逃走を許すな」
「承知した。だが相手が本当にグレイナイトなら、ロドスへ連れてくる前に必ず連絡してくれ。何も知らないオペレーターの前へ突然銀色の巨人を連れてくれば、混乱では済まん」
「そのつもりだ」
ヴァレリウスは最後にヴァロクスへ向き直った。
「サンダーホークの観測装置を再調整しろ。接近前に信号源の外見、装備、生体反応を可能な限り確認する。汝はロドスに残り、遠隔通信とチェルノボーグの監視を継続せよ」
「命令を受領。信号源との接触中に通信が途絶した場合は」
「敵対行動が確認されない限り、増援を送るな。相手がグレイナイトなら、人数を増やすほど目撃者と処分対象を増やすことになる」
「了解した」
方針は決まった。
ヴァレリウスとトゥシャンは、会議後にドクターとケルシーへ接触の危険性と目的を説明した。ケルシーは異端審問庁の秘匿性を理由に強い警戒を示したものの、彼らを放置する危険が上回るという判断には同意し、ロドス側の者を同行させないことを条件として飛行を認めた。ドクターも帰還予定時刻と通信手順を確認した後、龍門での作戦処理へ戻っていった。
整備を終えたサンダーホークは、二人のアスタルテスだけを乗せてロドスの甲板から飛び立った。機体が上昇するにつれて巨大な陸上艦の輪郭が遠ざかり、その周囲を走る輸送車両の灯火も暗闇へ紛れていく。トゥシャンは操縦席へ収まり、ターミネーター・アーマーの大きさに合わせて調整された補助操縦装置を用いながら機体を北西へ向けた。
ヴァレリウスは副操縦席で信号源とチェルノボーグの位置を確認していた。二つの識別信号は依然として同じ地点に留まり、周囲に別の帝国軍反応は存在しない。艦艇やドロップポッドの信号もなく、広大な荒野の中で、二名分の反応だけが孤立していた。
「……移動していないな」
トゥシャンが言った。
「周辺を捜索した後、救援を待つことにしたのだろう。あるいは移動方向を決める情報がない」
「我々が最初にテラへ現れた時と同じか」
「ああ。彼らも転移の原因や現在地を把握していない可能性が高い」
サンダーホークが龍門周辺の航空圏を離れると、眼下の景色は急速に荒涼としていった。移動都市が通過するために整備された経路も途絶え、地表には天災によって抉られた巨大な窪地と、風化した岩山が続いている。黒い源石結晶が地面から突き出し、雲の奥で発生する光を受けて、橙色の輝きを不規則に返していた。
「目標まで百二十キロメートル。光学観測を開始する」
ヴァレリウスが操作すると、機体下部に搭載されたカメラが信号源へ向けられた。最初に映し出されたのは、岩山と荒野へ散らばる金属片だった。拡大を続けるにつれ、二つの人影が岩山の上に立っていることが確認できる。
片方を見た瞬間、ヴァレリウスとトゥシャンはその所属を理解した。青灰色の装甲、狼の頭部を象った肩部紋章、獣皮と牙による装飾、手にした片刃のパワーアックス。それらはスペースウルフ戦団の特徴と一致している。
「……フェンリスの息子か」
トゥシャンの声に僅かな驚きが混じった。
「異端審問庁と穏やかな話をしていたとは思えんな」
「周囲にある残骸の損傷状態から見ても、戦闘中だった可能性がある」
もう一人は、同じ灰色でも銀に近い装甲を纏っていた。全身へ祈祷文と護符が刻まれ、胸部には開かれた書物と剣を組み合わせた紋章がある。両手で構えた長大なハルバードには精神反応が確認され、装甲から発せられる識別信号は、異端審問庁のものと一致していた。
「条件は合致する」
ヴァレリウスは映像を見つめながら告げた。
「だが、まだグレイナイトとは断定できない。私は彼らの姿を記録映像でしか知らず、映像自体も装備の細部を隠したものだった。異端審問庁に属する別のアスタルテスである可能性は残る」
「少なくとも、通常の戦団所属者ではないな。あの装甲には防護祈祷が多すぎる」
「サイカーであることも間違いないだろう。ハルバードの精神回路が起動している」
二人の接近に気づいたらしく、岩山の上にいる戦士たちは武器を構え、互いの死角を補う位置へ移動した。直前まで敵対していた可能性が高いにもかかわらず、外部から現れたサンダーホークへ対しては即座に共同戦線を組んでいる。ヴァレリウスは武装照準を解除し、サラマンダー戦団の識別信号と暗号化された通信要求だけを送信したが、返答はなかった。
「着陸する」
トゥシャンが推進出力を下げる。
「距離は百メートル以上を保て。機首と武装を二人から外し、後部ハッチを向ける。攻撃の意思がないことを示す」
「了解した」
サンダーホークは岩山の周囲を一度旋回した後、比較的平坦な地面へ降下した。推進器から噴き出す熱風が砂塵を巻き上げ、地面へ突き出していた細かな源石結晶を震わせる。装甲脚が荒野へ接触すると機体全体に重い衝撃が走り、やがて機関音が低い待機状態へ落ち着いた。
トゥシャンは操縦席を離れ、ヴァレリウスと共に兵員区画へ移動した。二人とも武器を携帯していたが、抜くことはせず、手も柄から離している。後部ハッチが開くと、外から吹き込んだ乾いた風が区画内へ砂を運び込んだ。
先に地面へ降りたのはヴァレリウスだった。青い装甲に覆われた巨体が砂塵の中から現れ、その数歩後ろを、サラマンダーの紋章を刻んだカタフラクティ型ターミネーター・アーマーのトゥシャンが進む。
岩山の上にいた二人は、ヴァレリウスたちの姿を確認した瞬間、武器の切っ先を僅かに下げた。完全に警戒を解いたわけではないが、少なくとも正面から攻撃を仕掛ける意思は失われている。
「ウルトラマリーンとサラマンダーか」
狼の毛皮を纏った戦士が先に口を開いた。
「その紋章が偽物でなければ、ようやく話の通じる相手が現れたようだな」
「偽装を疑うのは正しい」
ヴァレリウスは二人から十分な距離を保って足を止めた。
「故に、先に名乗ろう。私はウルトラマリーン戦団オナーガード、アウルス・ヴァレリウス。こちらはサラマンダー戦団の古参、カール・トゥシャン。このサンダーホークを用いて、汝らの識別信号を確認しに来た」
「サラマンダー戦団、カール・トゥシャンだ」
トゥシャンも自らの名を告げる。
「我々は汝らと交戦する意思を持たない。所属と現在の状況を確認したい」
狼の戦士は二人を暫く観察した後、パワーアックスの破壊力場を停止させた。
「ハルヴァル・ストーンファング。スペースウルフ戦団のグレイ・ハンターだ。俺たちは敵艦の中で戦っていたはずだが、爆発に巻き込まれ、気づけばこの荒野にいた」
「敵艦ではない。貴様が我が艦へ不法に侵入したのだ」
隣にいる銀灰色の戦士が低く訂正した。
「異端審問庁の殺し屋を乗せた船なら、敵艦で間違いない!」
「今は争いを再開する時ではないぞ」
銀灰色の戦士はストーンファングを制し、ネメシス・フォースハルバードを地面へ向けた。兜の赤いレンズがヴァレリウスとトゥシャンを順に見据え、その背後にあるサンダーホークへ移る。
「グレイナイト戦団第六騎士団、ジャスティカールのアカスティアン・ヴェイル。貴官らの魂と装備から混沌による明確な汚染は感じ取れぬ。ひとまず同胞として扱おう」
名乗りを聞き、ヴァレリウスは推測が正しかったことを確信した。
存在を知ってはいても、実際のグレイナイトと対面するのは初めてだった。装甲に刻まれた聖句、精神力を増幅する武器、周囲へ漂う冷たく研ぎ澄まされた気配は通常のライブラリアンとも異なる。ヴェイルは既にサイキック能力によって二人の精神を探り、悪魔や混沌の痕跡がないかを確認したのだろう。
「確認を受け入れる。我々も汝の所属を断定できずにいた。グレイナイト戦団の存在は知らされていたが、直接会うのはこれが初めてだ」
ヴァレリウスは動じずに答えた。
「貴官が我らを知っている理由は後で聞こう」
ヴェイルは周囲の荒野へ視線を向けた。
「それより先に答えよ。ここはどこだ。帝国の星図、艦隊通信、アストロノミカンのいずれも確認できぬ。〈歪み〉の気配さえ消えているにもかかわらず、我がサイキック能力は失われていない。貴官らは、この異常について何を知っている」
「説明には時間を要する」
「時間ならある。数時間も砂と結晶しか見ていない。俺たちがどの惑星へ落ちたのか、早く教えろ」
ストーンファングが口を挟む。
「この世界の者たちは、自らの住む大地をテラと呼んでいる」
ヴァレリウスの言葉を聞き、ストーンファングの兜が勢いよく持ち上がった。
「テラだと?」
「ホーリー・テラではない。〈帝国〉の玉座世界とは一切関係のない、同じ名を持つ別の世界だ」
「別の星がテラを名乗っているということか」
「それだけではない」
ヴァレリウスは意図的に言葉を区切った。最初から全てを一度に話せば、現実離れした説明として退けられる可能性がある。彼自身もロドスへ収容された直後、同じ事実を理解するまで時間を要していた。
「我々はこの惑星を、帝国領内の未開拓世界とは考えていない。既知の恒星配置は存在せず、アストロノミカンも帝国の通信も確認できない。何より、汝が感じ取った通り〈歪み〉そのものが存在しない。それにもかかわらず、サイキック能力に相当する現象はこの世界にも存在する」
ヴェイルの手がハルバードの柄を僅かに握り直した。
「この世界にも、サイカーがいるのか」
「彼らは自らの力をアーツと呼ぶ。源石と呼ばれる結晶を介し、炎、氷、電撃、精神干渉を含む様々な現象を引き起こす。だが、その力から〈歪み〉の反応は確認できない。少なくとも、我々が知るサイキック能力とは異なる原理で動いている」
「この結晶が源石か」
ストーンファングが地面から突き出した黒い結晶を見た。
「そうだ。高密度のエネルギーを内包し、この世界の工業、武器、都市機関の動力として使用されている。同時に生体へ侵入すれば鉱石病と呼ばれる感染症を引き起こす。症状が進行すると肉体の内部で結晶が増殖し、最終的には死に至る」
「都市が移動していた理由は」
ヴェイルが尋ねた。
「この世界では天災と呼ばれる大規模災害が頻繁に発生する。巨大嵐、隕石、地殻変動、源石結晶の大量発生――それらを避けるため、多くの都市は巨大な移動基盤の上に築かれ、予測された災害区域から離れるように動き続けている」
「……私が感じたのは、本当に都市だったのか」
ヴェイルは僅かに独り言のように呟いた。
「数万の魂が同じ速度で移動していた。軍隊でも艦艇でも説明できぬ規模だったが、都市そのものが移動しているなら辻褄は合う」
「汝は既に周辺を精神探査したのか」
「人類の痕跡を探すため、広範囲へ意識を伸ばした。獣に似た特徴を持つ人間と、源石に侵された魂を確認している。混沌の気配はなかった」
ヴァレリウスはその情報へ内心で注意を向けた。ヴェイルはロドスや龍門の住民を直接目にしていない段階で、既に彼らの身体的特徴と鉱石病を把握し、そのどちらも混沌由来ではない可能性を認識している。グレイナイトがテラの住民を見た瞬間に異端や変異体と決めつける危険は、想定していたより低いかもしれなかった。
「……待て」
ストーンファングが片手を上げた。
「つまり、ここは帝国の星図に存在しない惑星で、〈歪み〉も皇帝の光も届かず、獣の特徴を持つ人間が結晶で動く都市に乗って荒野を移動している。貴様らは、それが俺たちの銀河とは別の世界だと言うつもりか?」
「その可能性が最も高い」
「馬鹿な!」
ストーンファングは即座に切り捨てたが、次の反論は続かなかった。
兜の視覚装置を通して空を見上げ、地面の源石結晶と周囲へ散らばる艦艇の残骸を順に見る。帝国の信号はなく、〈歪み〉もアストロノミカンも感じ取れない。何よりグレイナイトであるヴェイル自身が、未知の移動都市と混沌に属さない異形の人類を確認している。
「異なる世界への転移など、ワープの異常としても聞いたことがないぞ」
「我々もだ」
トゥシャンが答えた。
「だが、事実は否定できない。我々も別々の戦場からこの世界へ転移した。サンダーホークと僅かな装備だけが同時に運ばれ、元の艦隊や戦団との通信は全て失われた。他にも他戦団のアスタルテスがそれぞれ異なる場所と時点からテラへ現れている」
「……複数の転移が起きているのか」
ヴェイルの声にも、僅かな動揺が表れていた。
「ああ。発生地点の周辺では、いずれも大規模な源石反応と天災の痕跡が確認されている。転移と天災のどちらが原因で、どちらが結果なのかは判明していない。元の銀河へ帰還する方法も、今のところ見つかっていない」
ヴェイルは暫く何も言わなかった。グレイナイトとして数多くの悪魔と対峙し、現実を捻じ曲げる混沌の力を見てきた彼にとっても〈歪み〉を介さず別世界へ転移したという説明は受け入れ難いのだろう。それでも、感情だけを理由に否定することはなかった。
「荒唐無稽ではある」
やがてヴェイルが口を開いた。
「だが、現状を説明できる別の仮説も存在せぬ。〈歪み〉から完全に途絶していること、既知の星々が存在しないこと、源石と呼ばれる未知の物質、そして移動する都市。貴官らの説明が虚偽ならば、これら全てを偽装した目的も示されねばならぬ」
「俺にはまだ信じられん」
ストーンファングは苛立たしげに言った。
「だが、グレイナイトが悪魔の罠ではないと判断し、ウルトラマリーンとサラマンダーまで同じ説明をするなら、少なくとも話を聞かずに斧を振るうほど愚かではない」
「それを聞けて安堵した」
ヴァレリウスは率直に告げた。
「正直だな、グィリマンの息子よ」
「グレイナイトが異端審問庁の規定を理由に、この世界の住民を即座に処分しようとする可能性を考慮していた。汝が状況を確認せず武力を行使する者でないなら、対話の余地はある」
「我らを何だと思っている」
ヴェイルの声が僅かに低くなる。
「悪魔狩りを生業とする者だ。故に、汝らが混沌の可能性を最優先で疑うことも理解している」
ヴァレリウスは一歩だけ前へ進んだ。
「ロドスへ案内する前に、この世界の住民について説明しておく。汝が精神探査で確認した通り、テラの人類は我々と異なる身体的特徴を持つ。頭部に獣の耳を持つ者、角や尾、鱗、羽毛を有する者もいる。中には身長や筋力が通常の人間を大きく上回る種族も存在する」
ストーンファングが低く笑った。
「フェンリスにも、余所の世界の者が見れば怪物と呼ぶ生き物はいくらでもいる。耳や尾程度で斧を振り回すつもりはない」
「汝については心配していない」
「……どういう意味だ」
「そのままの意味だ」
ヴァレリウスはストーンファングの反発を流し、ヴェイルへ視線を向けた。
「彼らの特徴は遺伝によって受け継がれ、この世界では正常な生体的差異として扱われている。帝国における変異体と外見上は似ていても、混沌の影響を受けた形跡は確認されていない。源石による鉱石病も同様だ。肉体の結晶化を伴うが、悪魔や〈歪み〉との繋がりは見つかっていない」
「判断は私が行う。〈歪み〉に由来する変異であるならば、一目見れば分かる。魂に悪魔の爪痕が存在し、混沌へ繋がる反応があるなら、その者は即座に処刑する。穢れが拡大する前に、汚染源も排除せねばならぬ」
ヴェイルは静かに答えた。
トゥシャンの巨体が僅かに動いたが、ヴァレリウスは片手を上げて制した。
「混沌の穢れが実在するなら、我々も排除へ協力する。だが、反応が確認されない者へ外見だけを理由に攻撃することは認めない。ロドスは我々を保護し、元の世界へ帰還する方法を共に探している。艦内での武力行使は、彼らだけでなく我々との敵対を意味する」
「反応が存在せぬなら、処刑する理由もない」
ヴェイルの返答に迷いはなかった。
「その場合は、この惑星に固有の生体的特徴であると判断する。私は悪魔とその穢れを狩るために存在している」
「ならば問題はない」
「ただし、貴官らが見落とした汚染を私が発見した場合、交渉によって処分を遅らせるつもりはない」
「証拠を示せ。事実であれば止める理由はない」
二人の間に短い沈黙が生じた。互いの立場を譲ったわけではないが、少なくとも判断基準は共有された。ヴェイルはテラの住民を無条件に受け入れたわけではなく、ヴァレリウスもロドスへの配慮だけを理由に混沌の可能性を否定していない。相手がグレイナイトである以上、それ以上の合意をこの場で求めることは現実的ではなかった。
「話はまとまったようだな」
ストーンファングがパワーアックスを腰へ固定した。
「なら、そのロドスとやらへ案内してもらおう。水と食料、それから可能なら酒が欲しい。この世界へ来てから、灰色の騎士の説教と砂しか口にしていない」
「貴様は何も口にしておらぬ」
「比喩だ! いちいち訂正するな!!」
ヴェイルはストーンファングを無視し、ヴァレリウスへ尋ねた。
「そのロドスとやらは軍事組織なのか?」
「感染症の治療と研究を目的とする組織だが、武装部隊を保有し、現在は龍門という移動都市と協力してレユニオンと交戦している。龍門へ衝突しようとしている別の移動都市を止めるため、四十八時間以内に作戦を開始しなければならない」
「レユニオンとは何者だ」
「鉱石病の感染者を中心として組織された武装勢力だ。差別と迫害への抵抗を掲げているが、指導者の一部は都市への無差別攻撃を行っている。現在、その最高指導者の人格が別の存在によって支配されている可能性を調査している」
「悪魔憑きか?」
「現時点では断定できない。〈歪み〉の反応はない」
「ならば、本人を見なければ判断できぬ」
ヴェイルはハルバードを背部へ固定した。
「貴官らに協力すると約束したわけではない。だが、この世界の状況と我々の転移が無関係である保証もない。情報を得るため、ロドスへ同行しよう」
「俺も行く。だが、こいつと同じ区画へ閉じ込めるな。数時間の停戦で十分だ。これ以上顔を突き合わせていれば、ロドスへ着く前に先ほどの続きが始まるぞ」
ストーンファングが続ける。
「それはこちらの台詞だ、狼よ」
「二人とも、サンダーホーク内での交戦は禁止する」
トゥシャンが重々しく告げた。
「この機体はサラマンダー戦団の資産だ。内部で刃を交え、装甲や機関を損傷させる者は所属にかかわらず私が制圧する」
カタフラクティ型ターミネーター・アーマーを纏ったトゥシャンが一歩前へ出ると、二人とも反論を止めた。グレイナイトとスペースウルフであっても、狭い兵員区画でターミネーターを相手に争いを続けることが賢明でないことは理解している。
「乗れ。飛行中に、この世界で確認された勢力、源石、鉱石病、天災について追加情報を共有する。ロドスへ接近する前には武装を起動せず、我々の指示へ従ってもらう」
ヴァレリウスはサンダーホークへ向き直った。
「了解した」
ヴェイルが短く答える。
「命令されるのは好かんが、操縦席を奪うつもりはない」
ストーンファングも渋々同意した。
四人は荒野へ散らばった艦艇の残骸を後にし、サンダーホークへ向かった。ヴェイルは搭乗する直前、地面から突き出した源石結晶を一度だけ振り返り、兜の走査装置へ観測情報を保存する。ストーンファングはサンダーホークの装甲に残された改修跡を眺め、サラマンダーの機体へ異なる技術が組み込まれていることに気づいたらしい。
「随分と機体へ手を加えたな」
「テラで運用を継続するため、スキタリが現地の部品と回路を組み込んだ」
トゥシャンが答えた。
「……スキタリまでいるのか」
「一名だけだ。他にも、マクラーグ惑星防衛軍の下士官が転移に巻き込まれている」
「ウルトラマリーン、サラマンダー、ブラックテンプラー、スキタリ、惑星防衛軍の下士官、今度はスペースウルフとグレイナイトか。別世界へ放り出されたにしては、随分と騒がしい集まりになったものだな」
ストーンファングは兵員区画へ入りながら、呆れたように言った。
「その騒がしさが、帰還の手掛かりとなる可能性もある」
ヴァレリウスが最後に乗り込み、後部ハッチを閉じる。
トゥシャンが操縦席へ戻ると、サンダーホークの機関が再び出力を上げた。推進器から噴き出した熱風が荒野を覆う砂を吹き飛ばし、散乱していた艦艇の残骸と源石結晶を灰色の雲の中へ隠していく。
機体は地面を離れ、ゆっくりと高度を上げた。
兵員区画の左右には、グレイナイトとスペースウルフが互いから可能な限り距離を取って座っている。武器は停止していたが、両者の間に残る敵意まで消えたわけではない。アルマゲドンから続く争いは、異世界へ移った程度で終わるものではなかった。
それでも今は、ヴァレリウスとトゥシャンの指示に従い、同じ機体へ身を預けている。
サンダーホークは進路を南東へ変え、ロドスの現在位置へ向けて加速した。
その先で待つ者たちは、悪魔の存在を秘匿するために同じ人類さえ処分してきた灰色の騎士を知らない。
ヴェイルもまた、獣の特徴を持ちながら人として生き、混沌とは異なる力を操るテラの住民を知らなかった。
互いの世界が初めて向き合うまで、残された距離は僅かだった。