話し合いの結果、作戦へ参加する戦力は大きく三つに分けられた。
第一次突入部隊は、ヴァレリウスを始めとするアスタルテス全員に、ブレイズとAceを加えた突破戦力である。航空攻撃によって混乱した敵防衛線へ最初に突入し、固定砲台と重装部隊を排除しながら、後続が進入するための経路を確保する。
第二次突入部隊は、ロドスのオペレーターを中心とした大規模部隊となる。ドクター、アーミヤ、ケルシー、ロスモンティス、治療を終えたハルトを含む中核戦力が所属し、第一次突入部隊が確保した経路を通ってチェルノボーグ内部へ進入する。戦線を維持しながら中枢区画を目指し、一次突入部隊と共に都市の制御奪還を行うことが主な任務だった。
後方支援及び予備戦力には、レイディアンを中核とする情報支援部隊が置かれた。ヴァロクスはサンダーホークによる航空攻撃を終えた後、後方支援へ合流する。各部隊への通信中継、敵戦力の位置特定、負傷者の回収、必要に応じた予備隊の投入も、全てこの部隊が管理することになった。
作戦開始まで一時間を切った頃、前進拠点となったロドス本艦の格納区画では、参加するオペレーターたちが最終準備を進めていた。
整備班が装備の作動を確認し、補給担当者が部隊ごとに弾薬と医療物資を振り分けている。床には色の異なる誘導線が引かれ、第一次突入部隊、第二次突入部隊、予備隊の集合位置が分けられていた。
その中を、様々な種族のオペレーターと、異世界から来た巨大な戦士たちが行き交っている。
これまでにも彼らは同じ戦場で戦ってきた。だが、作戦の全行程を通じて一つの部隊として行動するのは、今回が初めてだった。
ロドス側には、アスタルテスが実際にどのような戦い方をするのかを正確に把握していない者が多い。アスタルテス側も、オペレーター一人ひとりの力量や、アーツによって可能となる戦術を十分に理解しているとは言い難かった。
そのため、各員は装備の調整と並行し、共に戦う者との情報交換を行っていた。
格納区画の中央では、ヴァレリウスとAceが携帯式の戦術投影装置を挟んで向かい合っている。
表示されているのは、チェルノボーグ外周部に築かれたレユニオンの防衛線だった。障害物、固定火器、術師部隊の推定配置が色分けされ、第一次突入部隊の進路が青い線で示されている。
「正面の障害物は、私とアイゼンヴァルトで破壊する」
ヴァレリウスが防衛線の中央を指した。
「その後、ストーンファングとブレイズが左右へ展開する。ダキール、トゥシャンは両側面を保持。ヴェイルは敵術師の無力化を担当する」
「突破するところまでは、それでいい」
Aceは地図を見たまま答えた。
「問題はお前たちの速度だ。アスタルテスだけで先へ進めば、後続との間に隙間ができる」
「故に、汝には突破口の維持を任せたい。私は奥の重火器を引きつける。汝は後続への射線を遮り、ブレイズが左右を制圧するまで入口を保持してくれ」
「それなら、最初の障害物までは俺も一緒に出る」
Aceは地図上へ短い線を加えた。
「敵がお前へ火力を集中させたら、俺が左の射線を切る。その間にお前が右の重火器を潰す。二つ目の障害物へ到達したところで、俺は突破口へ戻る」
「往復することになる」
「それくらいなら間に合うさ。ロドスの重装エリートオペレーターを足の遅い壁だと思わないでくれ」
ヴァレリウスはAceの盾と、その表面に残された無数の損傷へ視線を向けた。
「……了解した。最初の障害物までは、汝と私が同時に前進する」
「それでいい。あと、後ろの連中が通れる程度には道を残してくれ。お前たちの突破は時々周りの建物まで消し飛ばす」
「必要以上の破壊は避けよう」
「その言葉は、アイゼンヴァルトにも聞かせておいてくれ」
Aceが視線を動かした先では、黒いパワーアーマーを纏ったアイゼンヴァルトが、若いオペレーターたちに囲まれていた。
最初に彼へ近づいたのは、予備隊に配属された一人のオペレーターだった。
アイゼンヴァルトがチェーンソードを点検している姿を興味深そうに眺め、武器と腕を繋いでいる鎖について質問した。それに本人が短く答えたところ、近くにいた者たちまで集まってきたのである。
「その鎖、格好いいですね……どうやって巻いてるんですか?」
「格好のためではない、戦闘中に武器を手放さぬためだ」
「じゃあ、本当にずっと繋いだまま?」
「戦闘中はな」
「食事の時も?」
「外す」
「……寝る時は?」
「外すに決まっているだろう!」
「いや、アイゼンヴァルトさんなら剣を抱えて寝てそうだから」
周囲から小さな笑い声が上がった。
アイゼンヴァルトはゆっくりと顔を上げたが、笑った者を特定する前に別の質問が飛んでくる。
「この紙みたいなのは何ですか?」
一人が肩部装甲から垂れている純潔の証へ手を伸ばす。
「触れるな!」
アイゼンヴァルトの怒声が格納区画へ響いた。
手を伸ばしていたオペレーターは慌てて腕を引っ込め、その隣にいた者が肩を小突いた。
「だから、勝手に触るなって言っただろ」
「いや、紙に見えたから……すみません。これ、大事なものなんですね」
「戦いへ臨む際に立てた誓約の証だ。故に唯の装飾ではない。破損させることも、許可なく触れることも認められぬ」
アイゼンヴァルトは努めて声を抑えた。
「見るだけならいいですか?」
「一歩以上離れろ」
「分かりました。ほら、全員一歩下がれって」
「はぁ!? お前が一番近かっただろ!」
距離は取ったものの、立ち去ろうとはしなかった。
今度は別のオペレーターが、胸部装甲に刻まれた十字章について尋ね始める。さらにその隣では、チェーンソードの刃が交換可能なのかという話が始まっていた。
「質問は一人ずつにしろ!」
「じゃあ、順番を決めよう」
「作戦前の質問会だな」
「一人一問なら、俺は剣の重さを聞きたい」
「じゃあ、俺はその肩の髑髏」
若いオペレーターたちは、その場で勝手に順番を決め始めた。
アイゼンヴァルトは暫く耐えていたが、やがてヴァレリウスへ顔を向けた。
兜に覆われているため表情は見えない。それでも、その視線が何を求めているのかは明らかだった。
「……尊厳の守り手よ」
「何だ、イニシエイト・アイゼンヴァルト」
「この者たちを別の準備区画へ移動させる許可を求めます」
「彼らの所属は予備隊だ。集合位置に誤りはない」
「質問によって、装備点検が妨げられています」
「手は止まっていないようだが」
実際、アイゼンヴァルトは質問へ答えながらも、チェーンソードの刃と駆動部の確認を続けていた。
「共同戦線を構成する兵士の疑問を解消することも、作戦準備の一部だ。回答可能な範囲で続けろ」
「……承知しました」
「許可が出たぞ」
「よし、次は俺だな」
「好き勝手にして良いとは許可されていない!!」
だが助けが得られないと悟ったアイゼンヴァルトは、正面へ向き直った。
「……質問がある者は一列に並べ。同時に話すな、一人につき一つだ」
「……本当に質問会になったな」
「並べって。怒らせたら終わるぞ」
「もう怒ってるだろ」
小声で話しながらも、若いオペレーターたちは素直に列を作った。
「何故、貴方は先頭に立とうとするんですか?」
「敵がいるからだ」
「答えが短いですね……じゃあ、怖くないんですか?」
「質問は一つだけと──もうよい。……恐怖が存在しないわけではない。恐怖によって、なすべき務めを変えぬだけだ」
「作戦が終わったら、その剣を動かして見せてもらえますか?」
「……勝利後であれば検討する」
「じゃあ、ちゃんと戻ってきてくださいよ。楽しみにしてるんで」
アイゼンヴァルトは返答する前に、質問したオペレーターを見下ろした。
「軽率な生還の約束は行わないぞ」
「そこは普通に約束してくれてもいいと思うんですけど!?」
「我々は第一次突入部隊だ。必ず戻ると断言できる戦場ではない」
砕けていた若者たちの表情が、僅かに引き締まった。
「だが我々が諸君の進路を切り開くことは誓おう。諸君が戦場へ到達する前に、立ちはだかる敵は可能な限り排除する」
「……分かりました。じゃあ俺たちも、後ろで止まらないようにします」
「その意気を忘れるな」
アイゼンヴァルトは再びチェーンソードの点検へ戻ったが、先ほどまでのように彼らを追い払おうとはしなかった。
少し離れた場所では、ダキールが両腕に大型の装備箱を抱えて歩いていた。
本来は運搬用の台車へ載せる大きさであり、内部には重装オペレーター用の交換装甲と予備のアーツユニットが収められている。その箱を運ぼうとしていたフェリーンの女性オペレーターを見つけ、代わりに引き受けたらしい。
「一箱だけでよかったんですけど……」
女性オペレーターは、さらに別の箱まで持ち上げたダキールを見上げた。
「目的地は同じなのだろう」
「そうですけど、重くありませんか?」
「問題ない」
ダキールにとっては、両腕に積み重ねた装備箱も大した重量ではなかった。歩調だけは後ろをついてくるオペレーターへ合わせ、指定された整備区画まで運んでいく。
「ここでお願いします」
「この位置でよいか」
「はい、ありがとうございます! ダキールさん」
「礼は不要だ。戦う前に物資運搬で身体を痛める必要はない。次からは一人で持ち上げず、周囲へ声をかけるとよい」
ダキールは床を傷つけないよう、箱を一つずつ静かに下ろした。
女性オペレーターはもう一度礼を述べ、物資の確認へ戻っていく。
その様子を、近くで武器の整備を行っていたトゥシャンが眺めていた。
「四箱目だ」
トゥシャンがヘヴィーフレイマーの機関部を確認しながら言った。
「……何がだ」
「お前が運んだ箱だ。格納区画へ来てから、既に四つ運んでいる」
「運搬を必要としている者がいた」
「一つ頼まれる度に、周囲の箱まで全て持っていく必要はない」
「私が一度で運べば、その者は自らの準備へ戻れる。戦力全体の準備時間も短縮される。何か問題があるか」
ダキールは当然のことのように答えた。
「ない。ただ、お前らしいと思っただけだ」
「其方の装備はどうだ。補助が必要なら手を貸そう」
「不要だ。整備まで任せれば、私の行うことがなくなる」
トゥシャンは燃料タンクを装着し、作動確認を終えたヘヴィーフレイマーを腕に装着した。
「次の箱を探す前に、自分の装備を確認しておけ」
「既に終えている」
「……そうだろうと思った」
トゥシャンの言葉に呆れが混じっていることを、ダキールが気にする様子はなかった。
格納区画の反対側では、ヴェイルが複数の術師オペレーターを集め、アーツに関する情報を聞き取っていた。
本人にとっては調査の一環だったが、ネメシス・フォースハルバードを携えた銀灰色の巨人に圧倒され精神状態や能力の発動条件について尋ねられる側は、落ち着いていられなかった。
「アーツを行使する際、術者の意識へ外部から何らかの声が届くことはあるか」
「……外部からの声、ですか?」
「自らの思考ではない言葉、命令、囁き、あるいは意思の侵入だ」
「少なくとも私はありません」
術師オペレーターは慎重に答えた。
「集中している時に、周りの声が聞こえにくくなることはあります。でも、知らない何かから話しかけられるという意味なら経験はありません」
「悪夢は」
「それは普通に見ることはありますけど……」
「その内容に、反復される人物、記号、数列、未知の言語は含まれるか」
「……これは本当に、アーツについての質問ですか?」
「汚染の可能性を排除するために必要な確認だ」
ヴェイルは一歩近づいた。
サルカズの女性術師オペレーターが反射的に一歩下がる。
「ち、近いですっ!!」
ヴェイルは動きを止めた。
「……威圧する意図はない」
「そ、その武器を持ったまま言われてもあまり安心できません!!」
ヴェイルは数秒考えた後、二歩後ろへ下がった。
「……この距離ならばよいか」
「先ほどよりは……」
「では続ける。アーツユニットを介さず、同様の現象を発生させることは可能か」
今度は別の術師が答えた。
「人によります。源石を直接媒介にする人もいれば、アーツユニットがなければ制御できない人もいます。同じ火を扱う術師でも、発動する時の感覚まで同じとは限りません」
「能力を使い過ぎた場合は」
「疲労、意識の混濁、アーツユニットの損傷。感染者の場合は、鉱石病への影響も考えられます」
「精神または魂を、外部領域へ接続している感覚はないのだな」
「魂と言われても、私たちには判断できませんから……」
ヴェイルは得られた回答を装甲内部の記録へ保存する。
彼の知るサイキック能力と、テラで用いられるアーツには類似点がある。だが、術者たちからは〈歪み〉へ接続した痕跡も、悪魔による干渉も感じられなかった。
「現段階では、アーツをサイキック能力と同一に扱うべきではないと判断する」
ヴェイルが告げると、術師たちの間に僅かな安堵が広がった。
「ただし、能力行使中に自らのものではない声を聞いた場合、直ちに報告せよ」
「ヴェイルさんにですか?」
「ああ」
「報告したらどうするんですか?」
「隔離し、精神汚染と憑依の有無を調べる」
安堵はすぐに消えた。
「……まず医療部へ相談してもいいですか?」
「私にも情報が届くならば認める」
ヴェイルにとっては譲歩した返答だったが、術師たちは不安そうに顔を見合わせていた。
それらの光景から少し離れた場所で、ストーンファングはブレイズと数名の重装オペレーターに囲まれていた。
アイゼンヴァルトの場合とは異なり、こちらは本人も交流を楽しんでいる。
「お前の戦い方を確認しておきたい」
ストーンファングはブレイズが肩へ担いだチェーンソーへ目を向けた。
「その武器を使う以上、近接戦を得意としていることは分かる。だが、単に敵へ斬り込むだけではないのだろう」
「もちろん!」
ブレイズはチェーンソーを肩から下ろし、起動させないまま両手で構えた。
「私の役目は、敵が一番多いところへ飛び込んで隊列を崩すこと。正面から思いっきり目立って、逃げ道も射線も私の方へ向けさせるの」
「敵中へ単独で入るのか」
「味方がついて来られない場所ならね。中途半端なところで止まったら、敵の遠距離部隊にずっと狙われちゃうでしょ? だったら迷わず一気に懐まで入った方が安全なこともあるよ」
ストーンファングの兜が僅かに動く。
「……続けろ」
「私はアーツで周りの空気を一気に加熱できるの。温度を急激に上げれば爆発も起こせるから、それで敵の視界と陣形をまとめて崩す。そしたら間を空けずにチェーンソーで切り込む」
「爆発の中へ自ら進むということか!」
ストームファングが興味深いとばかりに聞く。
「そういうこと! 敵が熱と衝撃で怯んでるなら、その隙を逃す理由なんてないでしょ? 反撃される前に一気に片付けちゃえばいいの」
「味方を巻き込む危険はないのか?」
「そこはちゃんと考えてるよ。アーツを使う方向も範囲も調整できるし、みんなが近過ぎる時は先に合図するから、ちゃんと離れてね? 状況によっては爆発させないで、温度だけ上げて敵を追い出すこともできるし」
ブレイズはそこで一度言葉を切り、周囲にいた重装オペレーターたちへ視線を向けた。
「まあ、『熱くなるから離れてね』って言ってるのに、時々そのまま近くに残ってる人がいるんだけど」
「誰かがアンタの後ろを守らないと、退路が消えるだろう」
一人の重装オペレーターが返した。
「それは嬉しいよ? 嬉しいんだけど……私のすぐ隣で盾を構えたまま焦げそうになってるのは、ちょっと違うんじゃない?」
「先に爆発の範囲を教えてくれれば離れる」
「戦ってる間に変わることもあるの。だから、私が合図したら迷わず離れて。そこは任せてよ」
「大胆な戦法だな」
ストーンファングが口を挟んだ。
「だが、ただ無謀という訳ではない。敵の中央へ踏み込み、アーツで陣形を壊し、混乱の中でその鎖刃を振るう。貴様が前へ出るだけで、敵は退くか貴様を止めるために戦力を集めなければならなくなる」
「分かってるじゃん!」
ブレイズは得意そうに笑った。
「私が派手に暴れてる間に、みんなには側面を取ってもらうの。敵が私に集中してくれれば、それだけみんなが動きやすくなるでしょ? だから遠慮しないで、私が道を開けたら一気に行って。後ろのことは信じてるから」
「気に入った!!」
「戦い方が?」
「その戦い方も、それを実行する胆力もだ」
ストーンファングは肩を揺らして笑った。
「吠える鎖刃を持ち、炎と爆発の中へ自ら飛び込む。貴様ならフェンリスの戦士たちとも酒を酌み交わせるだろう」
「ふふっ。じゃあ、褒め言葉として受け取っておくね?」
「最大限の賛辞だ」
「それなら決まり。作戦中もちゃんと私の速さについてきてよね?」
「フェンリスの狼を置き去りにできると思うな」
「言ったね? じゃあ絶対についてきてよ。あとで『速すぎる』なんて言っても待ってあげないんだから!」
ブレイズが挑むように笑うと、ストーンファングも牙を剥くような笑みを返した。
その時、彼の視界の端を一人の少女が横切った。
白い髪を持つ、ひときわ小柄なフェリーンの少女だった。
大型の戦術装備が固定された架台の傍で端末を確認し、自らの配属位置を探している。周囲には重装備を整える成人のオペレーターが多く、その姿は格納区画へ迷い込んだ子供のようにも見えた。
「……嬢ちゃん」
ストーンファングが呼びかけると、少女が足を止め彼を見上げた。
「ここは突入部隊の装備区画だ。連絡員なら、第二次部隊の集合場所は向こうだぞ」
「私は連絡員じゃない」
少女は平坦な声で答えた。
「第二次突入部隊に参加する。ロスモンティス」
「ロスモンティス?」
「その子もエリートオペレーターだよ」
ブレイズが補足した。
「私と同じ。見た目だけで判断しない方がいいよ」
ストーンファングは改めてロスモンティスを見た。
驚きはしたが、疑うような反応は見せなかった。
「……エリートか。それほど若くして称号を得たなら、相応の力を証明したということだな」
ストーンファングはロスモンティスの後ろに固定されている大型の戦術装備へ視線を移した。
「あれが武器か?」
「そう。私が動かすの」
「腕で持つようには見えんな」
「アーツで動かす。押し潰したり、壁を壊したり、遠くにいる敵を攻撃したりできる」
「良い力だ。今回のような攻城戦には向いている」
ストーンファングは素直に感嘆した。
「どの程度の装甲まで破壊できる?」
「試したことがないものは分からない。でも、普通の建物なら壊せる。もっと硬いものでも、何度かぶつければ壊れると思うよ」
「ならば、敵の重装部隊をまとめて吹き飛ばせるな。第二次部隊にそれだけの戦力がいれば我々が前方へ進んだ後も心配は少ない」
ロスモンティスはストーンファングの顔を暫く見上げていた。
「あなた、不思議な人」
「何故だ」
「私が戦うと聞いた人は止めようとするか、かわいそうだと思うことが多いの。でもあなたは、私が何を壊せるかしか聞かなかった」
「戦場へ出ることを許され、エリートの称号まで与えられた者を姿だけで止める理由はない。無論、力を制御できぬというなら話は別だ。だが貴様の仲間はそれができると認めたのだろう」
ストーンファングは平然と答えた。
「危ない力だとは言われてる」
「強い力が危険なのは当然だ。斧も狼も同じだ。危険であることと、扱えないことは別の話だろう」
ロスモンティスは僅かに首を傾けた。
「やっぱり、不思議」
「フェンリスでは、貴様ほどの歳で狩りへ出る者もいる。もっとも、エリートと呼ばれる者は多くない。そこは誇ってよいだろう」
「誇る……」
ロスモンティスはその言葉の意味を確かめるように、小さく繰り返した。
やがて彼女の視線が、ストーンファングの肩と腰へ掛けられている毛皮へ移った。
装甲には太い牙が幾つも吊るされ、肩部には灰色の毛皮が掛けられている。遠くから見れば装飾にも見えるが、近くで確認すれば、人工物でないことは明らかだった。
「それ、本物?」
「どれだ」
「牙と、毛皮」
「もちろん本物だ。偽物を身につける理由がない」
ロスモンティスは毛皮の端をじっと見つめた。
「狼のもの?」
「ああ。フェンリスの狼だ」
「あなたが殺したの?」
「この毛皮の主は、私が若い頃に仕留めた」
ストーンファングは肩へ掛けられた毛皮を片手で示した。
「フェンリスでは、狼は強さの象徴でもある。戦士が自ら仕留めた獣の牙や毛皮を身につけることは我が戦団の伝統であり、故郷の文化だ」
「なんで殺したものを身につけるの?」
「その強さと戦いを忘れぬためだ。どのような獲物だったか、どのように追い、どのように倒したか。それを語り継ぐ」
ロスモンティスは毛皮から、ストーンファングの兜へ視線を戻した。
「でも、狼から見たら、あなたは悪い人かも」
ストーンファングは答えなかった。
周囲で話を聞いていた重装オペレーターたちも、僅かに表情を固くする。ブレイズだけは口元を押さえ、笑いを堪えていた。
数秒の沈黙の後、ストーンファングは肩の毛皮を見た。
そして、大きな笑い声を上げた。
「ガハハッ! なかなか手厳しいな、嬢ちゃん!」
ロスモンティスは笑わず、真剣な表情のままだった。
「違うの?」
「否定はできん。あの狼の物語では、俺が凍原へ現れた怪物だったかもしれんな」
「物語?」
「我々はサーガと呼ぶ。戦った者、死んだ者、成し遂げたことを忘れぬために語る物語だ」
「記録みたいなもの?」
「似たようなものだ。記録より幾分、大げさに語られることもあるがな」
ロスモンティスは手にしていた端末へ目を落とした。
「私は忘れることがある。だから、覚えていたいことは記録する」
ストーンファングの笑い声が止まった。
彼はロスモンティスが何を忘れ、何故記録を必要としているのかまでは知らない。だが、それ以上を軽々しく尋ねようとはしなかった。
「ならば、その端末には貴様のサーガが入っているのだな」
「私のサーガ?」
「ああ。貴様が会った者、守った者、戦った相手。その全てが記されているのだろう」
ロスモンティスは暫く端末を見つめた後、小さく頷いた。
「まだ、途中だけど」
「ならば続きを書け。今日の戦いも、生きて戻った後で加えればよい」
「あなたも?」
「俺か?」
「あなたも戻ったら、今日のことをサーガにするの?」
ストーンファングは牙を剥くように笑った。
「語るに値する戦いであればな。動く都市へ乗り込み、炎を操る敵の首領と戦う。悪くない題材だ」
「じゃあ、私のことも記録して」
「俺のサーガにか?」
「同じ戦場にいたから」
「よいだろう。ただし、聞く者が退屈しない程度には敵を倒しておけ」
「分かった、あなたの仕事がなくならない程度に残す」
ロスモンティスは真剣に頷いた。
ストーンファングは再び笑い、ブレイズが呆れたように肩を竦めた。
その時、格納区画全体へ短い警告音が響いた。
『作戦開始まで、残り十五分』
アーミヤの声が各区画の拡声装置から流れる。
『第一次突入部隊は、装備の最終確認を終了後、指定された発進区画へ移動してください。第二次突入部隊は待機位置へ集合。各予備隊は通信回線を確認してください』
それまで各所で続いていた会話が止まり、格納区画の空気が一斉に変わった。
ヴァレリウスとAceは戦術投影装置を閉じ、互いの役割を最後に確認する。ダキールはトゥシャンの傍へ戻り、自らの武器を手に取った。トゥシャンも立ち上がり、装着した弾倉を再度確認する。ヴェイルは術師たちから得た情報を保存し、ネメシス・フォースハルバードを構え直した。アイゼンヴァルトを囲んでいた若いオペレーターたちも、それぞれの持ち場へ向かう。
「約束、忘れないでくださいね!」
一人が振り返りながら声を上げた。
「私の誓約を疑うな!」
アイゼンヴァルトは不機嫌そうに返したが、もう彼らを追い払おうとはしなかった。
ストーンファングもパワーアックスを肩へ担ぎ、第一次突入部隊の集合位置へ向かう。
「狼のおじさん」
ロスモンティスが彼を呼び止めた。
「何だ、嬢ちゃん」
「狼の話、まだ全部聞いていない」
「作戦が終わったら聞かせてやる。フェンリスには狼の話だけで百夜を越えるサーガがある」
「全部は長い」
「ならば、一番血の多い話を選んでやろう」
「……それは少し嫌かも」
「注文の多い嬢ちゃんだ!」
ストーンファングは笑いながら歩き出した。
ロスモンティスも彼の背中を暫く見送った後、第二次突入部隊の集合位置へ向かう。
短い交流によって、互いの価値観の違いが消えたわけではない。
帝国のために数え切れない犠牲を受け入れてきた戦士たちと、可能な限り生命を救おうとするロドス。戦争を生きるために育てられた者と、それでも戦争以外の道を探し続ける者たち。
彼らの間には、容易に埋めることのできない隔たりが残っている。
それでも、共に戦う者の名と声、守ろうとしているものを知ることはできた。
格納区画の大型扉が開き始める。
外から冷たい風が流れ込み、遠方を進むチェルノボーグの巨大な構造物が暗い空の下へ浮かび上がった。
第一次突入部隊の先頭に、ヴァレリウスが立つ。
その左右へアスタルテスが並び、Aceとブレイズが武器を構えた。
後方では、ドクターを中心として第二次突入部隊が配置につき、アーミヤとケルシー、ロスモンティス、ハルトを始めとするオペレーターたちが出撃の時を待っている。
『作戦開始まで、残り五分』
アーミヤの声が再び響いた。