『作戦開始』
定刻と同時に、ロドス本艦の全区画へ短い号令が響いた。
格納区画の固定装置が次々と解除され、サンダーホークの機体を支えていた牽引架が床下へ収納される。推進器の出力が上昇するにつれ、重い機体の周囲で大気が震え、開放された大型扉の向こうへ白い排熱が噴き出した。
整備班と誘導員が退避を完了したことを示す信号を送る。
『発進経路上の障害なし。第一次突入部隊、発進を許可します』
アーミヤの声を受け、ヴァロクスが操縦席の制御盤へ両手を置いた。人間の指では扱いきれない数の操作を、機械化された指先と接続端子が同時に処理していく。
「発進許可を確認。機体拘束、完全解除」
サンダーホークが床を離れた。
機体下部から噴き出した推進炎が格納区画の床を白く照らし、直後、急激な加速が搭乗者たちの身体へ加わる。重量のある機体とは思えない勢いで格納庫を飛び出すと、そのままロドス本艦の上空を掠め、夜の荒野へ向けて機首を巡らせた。
兵員区画では、第一次突入部隊が降下に備えていた。
ヴァレリウスを始めとするアスタルテスは床と装甲靴を磁力で固定し、壁面に沿って立っている。彼らの間にはAceとブレイズが座り、それぞれの体格に合わせて調整された固定具で身体を座席へ繋いでいた。
機体が大きく旋回すると、ブレイズの身体へ横向きの荷重が加わる。
「これ、輸送機の動きじゃないでしょ……!?」
「アスタルテスを戦場へ運ぶ機体だ。民間の輸送機とは異なる」
正面に立つストーンファングが、当然のように答えた。
「この程度で音を上げるな。まだ戦場へも着いておらんぞ!」
「音を上げてない! 先に言っておいてほしかっただけ!!」
「今、教えただろう!」
「飛んだ後じゃ遅いの!」
二人の声を聞きながら、Aceは座席脇の戦術表示へ視線を落としていた。サンダーホークの現在位置とチェルノボーグまでの距離が表示され、その周辺にはヴァロクスが探知した敵の反応が次々と追加されている。
朝の地平線に、チェルノボーグの巨大な姿が浮かび上がった。地平線に浮かぶ朝日が、荒野を進む都市の輪郭を照らしている。幾つもの都市構造物を載せた巨大な基盤が地面を踏み砕きながら龍門へ向かっていた。
距離が縮まるにつれ、兵員区画の戦術表示へ新たな警告が現れる。
「敵対反応を複数検出。チェルノボーグ中枢区画北部、推定対空陣地七か所。前回偵察時の観測情報と一致しない。敵対勢力は対空戦力を増強している」
ヴァロクスの声が機内へ流れた。
「兵器の種類は判別できるか」
ヴァレリウスが尋ねる。
「アーツを使用する術師及び大型射撃兵器を確認。後者の一部はレユニオンの既知装備に該当せず。詳細走査を継続する」
サンダーホークが高度を上げた。
機体はチェルノボーグへ正面から接近せず、都市の進行方向と速度を計算しながら、北側から大きく回り込む航路を取っている。ヴァロクスは外壁上に設けられた監視所と、建物の屋上に集まり始めたレユニオン兵の位置を照合し、降下地点までの進入経路を組み立てていった。
『ヴァロクス、聞こえるか』
ケルシーの声が通信回線へ入る。
「明瞭に受信している」
『航空攻撃を許可する。ただし、攻撃範囲は中枢区画北部に限定しろ。都市の動力機関、移動制御設備、構造支持部へ影響を及ぼす火力行使は認めない』
「攻撃禁止区域を受領。動力系統及び都市基盤との接続状況を照合する」
『チェルノボーグを止めるには、制御を奪う必要がある。移動機能を破壊すれば、進路を変更する手段まで失う。敵陣地を排除するために都市全体を行動不能にすることは避けろ』
「了解。射線及び着弾後の二次被害を再計算。許容範囲を超える兵装は使用しない」
ヴァロクスが兵装制御を戦闘状態へ切り替える。
機体各部で機械音が連続し、装甲内部へ格納されていた砲身が展開された。弾薬供給装置が作動し、重い炸裂弾が給弾経路へ送り込まれていく。
テラへ到達してから、サンダーホークが武装を使用したことは一度も無かった。
だが今回は違う。
これから機体が進入するのは、アスタルテスを迎え撃つために築かれた防衛線であった。人類の帝国において、サンダーホークは兵士を運ぶだけの輸送機ではない。敵の航空機を撃墜し、要塞を破壊し、地上部隊へ火力支援を与えながらアスタルテスを戦場の中心へ送り込む強襲揚陸艇である。
その本来の力を、テラの者たちは今から初めて目にすることになる。
「敵術師、攻撃動作へ移行」
ヴァロクスの報告とほぼ同時に、チェルノボーグの屋上から眩い光が立ち昇った。
複数の術師が一つの大型アーツユニットを囲み、杖の先端から放った光を中央へ集中させている。収束したエネルギーは青白い光線となり、夜空を切り裂きながらサンダーホークへ向かった。
回避は間に合わず、アーツの光線が機体左側面へ直撃する。
兵員区画の照明が一瞬だけ明滅し、金属を擦り合わせたような音が外部装甲を通じて響いた。Aceとブレイズの身体が座席ごと揺れ、天井から細かな埃が落ちる。
しかし、機体の進路はほとんど変わらなかった。
「左側面装甲へ被弾。外装温度上昇。装甲表面の損耗、許容範囲内」
「今のでそれだけ?」
ブレイズが機内の戦術表示へ目を向けた。
直撃した光線は、ロドスの一般的な航空機であれば飛行機能を失わせてもおかしくない威力を持っていた。だが、サンダーホークの装甲には黒く焼けた痕跡が残っただけで、内部へ損傷は届いていない。
「本機の装甲は、歩兵用火器を基準として設計されていない。対戦車兵器、航空兵装及び大口径砲弾の直撃を想定している。現在の攻撃出力では貫通不能と判断する」
ヴァロクスが平然と答える。
「敵術師の位置は特定できたか」
ヴァレリウスが問う。
「発射時のエネルギー反応から逆探知を完了。距離、千八百。方位、前方左十二度。建造物屋上に複数の生体反応を確認」
サンダーホークが僅かに機首を下げた。
「連装ヘヴィーボルター、旋回。射線上に都市動力設備なし。周辺構造物の崩落範囲を算出」
『攻撃を許可する』
ケルシーの声が届く。
「射撃開始」
機体側面で二門の砲身が術師のいる屋上へ向いた。
次の瞬間、夜空を引き裂く轟音が連続した。
アイゼンヴァルトが携行するボルトピストルも、通常の小火器とは比較にならない破壊力を持つ。だが、サンダーホークに搭載されたヘヴィーボルターはそれよりさらに大口径の自己推進炸裂弾を歩兵が扱うことを想定していない速度で撃ち出す兵器であった。
二門の砲身から吐き出された発射炎が明滅し、曳光を伴う弾道が屋上へ伸びる。
最初の数発が術師たちの展開していた防壁へ命中した。
着弾の度に炸裂弾が内部へ食い込み、僅かな遅延を挟んで爆発する。石材と金属で補強されていた遮蔽物が内側から砕け、アーツユニットが部品と共に空中へ吹き飛んだ。
それでも砲撃は止まらない。
連装されたヘヴィーボルターが屋上の端から端までを横断し、術師が身を隠していると思われる位置を正確に掃射していく。床面が抉れ、支柱が折れ、炸裂によって舞い上がった破片と黒煙が建物全体を覆った。
射撃が終了した時、そこには術師の陣地と呼べるものは残っていなかった。
戦術表示から敵対反応が一斉に消える。着弾地点で何が起きたのか、機内にいる誰も確認しようとはしなかった。建物の原形さえ崩れた状況で、その場にいた者たちがどのような状態になったのかは想像するまでもない。
Aceが表示から目を離さず、低く息を吐く。
「……確かに、俺たちが使っている火器とは規模が違うな」
「敵中へ降下するには、地上へ到達する前に対空戦力を沈黙させねばならぬ。この機体は、それを成し遂げるだけの火力を備えている」
ヴァレリウスが答えた。
サンダーホークは砲撃によって生じた黒煙の上を越え、降下予定地点へ接近していく。
「敵術師陣地、沈黙。次の対空反応を――」
その時、警告音が機内へ響き、ヴァロクスの報告が途中で止まった。
「大型飛翔体を検出。下方より急速接近」
直後、機体全体を激しい衝撃が襲った。
サンダーホークが左へ大きく傾き、Aceとブレイズの固定具が軋む。磁力で床へ装甲靴を固定していたアスタルテスの身体も僅かに揺れ、兵員区画の壁へ赤い警告表示が走った。
機体左翼の装甲を掠めた巨大な物体が、回転しながら夜空へ消えていく。
それは砲弾ではなかった。大型車両ほどの長さを持つ、鋼鉄製の大矢だった。矢尻には源石を用いたアーツユニットが組み込まれ、飛翔中も赤い光を放ち続けている。
「左翼外装へ損傷。推進及び姿勢制御に異常なし」
ヴァロクスが機体を水平へ戻す。
「飛翔体の速度及び運動エネルギーは、通常の弩弓兵器から算出される値を超過。アーツによって加速及び貫通力を強化されている」
「発射地点を出せ」
ヴァレリウスの命令を受け、戦術表示が切り替わった。
中枢区画北側にある軍事施設跡。その中央に設けられた低いバンカーの上へ、巨大な弩弓型兵器が展開されている。複数のレユニオン兵が巻き上げ機へ取りつき、次の大矢を射出軌道へ載せようとしていた。別の術師たちが兵器の周囲に配置され、矢へアーツを付与する準備を進めている。
それは長期間放置されていた設備には見えなかった。機関部へ動力が供給され、照準装置も正常に作動している。発射台の周辺には予備の大矢が並べられ、レユニオン兵たちは訓練を受けた兵士のように分担して装填を行っていた。
「ロドスのデータバンクを元に兵器の情報を照合、ウルサス軍が移動都市防衛用に配備する固定対空弩砲と推定。チェルノボーグ放棄時に機能停止措置が行われた記録がある」
ヴァロクスの機械眼が高速で明滅する。
「レユニオンが修理した可能性は?」
Aceが尋ねる。
「否定はできない。ただし、起動にはウルサス軍の認証情報及び専用動力系統への接続が必要。既知のレユニオン技術者のみで再稼働させた可能性は低い」
何故、放棄されたはずのウルサス軍の兵器が完全な戦闘状態で稼働しているのか。
その疑問へ答える時間はなかった。
「再装填完了まで、推定十二秒」
大矢が発射台へ固定される。
術師たちの杖から赤い光が伸び、矢尻と矢羽根へ組み込まれた源石装置が起動した。兵器全体を支えるバンカーの基部が震え、弦へ相当する機構が後方へ引かれていく。
「ツイン・ラスキャノンの使用を提案。攻撃地点は都市基盤の上層部。移動機能への影響なし」
『許可する』
ケルシーの返答は早かった。
「出力を最大へ設定。目標、固定対空兵器及び基部構造」
サンダーホークが旋回し、機首下部へ搭載された二門の砲身が対空弩砲を正面に捉えた。
ラスキャノンは、歩兵を攻撃するための兵器ではない。異種族の要塞や、大逆者が操る重装甲車両を遠距離から撃ち抜くために作られた高出力レーザー兵器である。その照射を受ければ分厚い装甲板であっても瞬時に融解し、内部の乗員ごと焼き尽くされる。
レユニオン兵が固定具を外し、二射目の準備を終える。
「――発射」
二条の光が夜の市街地を白く染め、雷鳴にも似た音が遅れて響く。
高温の光線は大矢が放たれるより早く弩砲の中央へ命中した。
鋼鉄製の本体が赤熱する時間さえほとんどなかった。照準装置、巻き上げ機、射出軌道、アーツユニットが一瞬のうちに白い蒸気と化し、兵器の輪郭が光の中から消失する。
二条のレーザーはそのまま直下のバンカーへ食い込んだ。外壁が融解し、内部の弾薬と源石機器が連鎖的に爆発する。地面が持ち上がり、次いで巨大な圧力に押し潰されたように崩れた。
バンカー全体が粉々に砕け、炎と破片が周囲の建造物より高く噴き上がる。
衝撃波が北部地区を駆け抜けた。周辺の建物では窓ガラスが一斉に砕け、看板や外壁材が通りへ降り注ぐ。路上に放置されていた車両が横転し、爆発地点を中心として立ち昇った黒煙が夜空を覆った。
サンダーホークの兵員区画にも、遅れて低い振動が届く。
ブレイズは戦術表示に映る巨大な火柱を見つめたまま、暫く言葉を発しなかった。
「……あれ、こっちへ撃たれた武器より、下の建物の方が大きかったよね?」
「当然だ、地上砲台を潰すならば土台ごと砕くのが確実だからな!」
ストーンファングが愉快そうに笑う。
「そういう意味で聞いたんじゃないんだけど……!?」
ロドス本艦の指揮区画でも、サンダーホークから送られた映像が表示されていた。
二条の光が対空兵器を呑み込み、その下にあったバンカーまで消し飛ばす光景を目にしたオペレーターたちは、一様に息を呑んでいる。
兵器の破壊力だけならば、ロドスにも大規模な攻撃手段は存在する。だが、巨大なアーツ設備も長時間の準備も必要とせず、航空機一機が旋回の途中でこれほどの火力を投射したことは、彼らの常識を大きく超えていた。
「これが異世界の兵器……」
エンジニアの一人が小さく呟く。
「現在使用した兵装も、搭載火力の一部に過ぎない」
通信回線から届いたヴァロクスの声に、周囲の者たちが再び沈黙した。
ケルシーだけは表情を変えず、表示された被害範囲を確認している。
「都市基盤への影響は」
『移動機能、動力供給及び制御回線への損傷なし。破壊範囲は北部軍事施設内に限定されている』
「なら、予定通り第一次突入部隊を降下させろ」
『了解。降下経路上に残存する敵対反応を排除する』
サンダーホークは低空へ移った。
連装ヘヴィーボルターが短い射撃を繰り返し、建物の屋上や交差点へ展開していた残りの対空部隊を沈黙させていく。反撃として放たれた弩やアーツが装甲を叩いたが、機体を止めるには至らない。
やがて、降下予定地点となっている大通りが機体前方へ現れた。
複数の建造物が崩れ、道路上には放棄された車両と即席の障害物が並んでいる。レユニオン兵は航空攻撃を避けて建物内部へ退避しつつあり、その一部が武器を構え直して通りへ集まり始めていた。
「中枢区画北部、指定降下地点へ到達。進入経路上の対空戦力は完全に排除。第一次突入部隊を投入する」
ヴァロクスが機体の速度を落とす。
『報告を確認した』
ドクターの声が返ってくる。
彼は第二次突入部隊を搭載する予定ヘリの内部から第二次突入部隊の配置を示す戦術表示へ視線を移した。
「第二次突入部隊、突入準備。第一次部隊が経路を確保し次第、北部地区へ進入する。各班は通信回線を維持し、先行部隊との距離を開けすぎるな」
「分かりました」
アーミヤが答え、周囲のオペレーターへ向き直る。
「前衛、重装オペレーターは先頭区画へ。狙撃、術師オペレーターは指定された輸送位置へ移動してください。医療班は負傷者の受け入れ準備をお願いします」
ロスモンティスの戦術装備が固定架から外され、彼女の周囲へゆっくりと浮かび上がる。ハルトもラスガンを手に取り、胸部の治療痕を一度だけ確認してから部隊の列へ加わった。
発進区画で、第二次突入部隊の移動が始まる。
同じ頃、サンダーホークの兵員区画では警告灯が赤く点灯していた。
「降下まで十秒」
Aceとブレイズが固定具を外して立ち上がる。
機体後部のハッチへ伸びる床面に誘導灯が灯り、アスタルテスたちの装甲へ戦術情報が送られた。
ヴァレリウスが全員を見渡す。
「降下後、予定通り部隊を四つに分ける。私、アイゼンヴァルト、Aceは正面から敵防衛線を突破する。第二次部隊が使用する進路を最優先で確保せよ」
「承知しました!」
アイゼンヴァルトが鎖で繋がれたチェーンソードを起動する。刃が唸りを上げ、狭い兵員区画へ荒々しい駆動音が満ちた。
「ストーンファング、ブレイズは東側から敵の背後へ回れ。正面へ戦力が集中した時点で挟撃を開始する」
「ようやく暴れられるな!!」
「そっちこそ、私に置いていかれないでよ!」
ストーンファングとブレイズが並んでハッチ前へ進む。
「ダキール、トゥシャンは西側面を保持。正面突破班と第二次部隊の間へ敵を侵入させるな」
「了解した」
「側面は我々が維持する」
二人のサラマンダーがそれぞれの武器を構えた。トゥシャンのヘヴィーフレイマーへ燃料が送られ、ダキールはアサルトキャノンの装填を確認する。
「ジャスティカール・ヴェイル、敵術師の位置はヴァロクスから共有される、部隊から離れてよい。術者を優先して無力化しろ」
「承知した。敵のアーツを我らの進路へ届かせはせぬ」
ヴェイルはネメシス・フォースハルバードへ両手を添えた。刃の根元に組み込まれた回路へ青白い光が走り、装甲へ刻まれた祈祷文が僅かに輝く。
「降下地点へ到達」
後部ハッチが開き、冷たい朝気と推進器の轟音が兵員区画へ流れ込み、眼下にチェルノボーグの市街地が広がる。高度は急速に下がっていたが、それでも地上までは二十メートル近く残されていた。
「第一次突入部隊、降下せよ」
最初にヴァレリウスが飛び出した。青い巨体が空中から落下し、装甲靴から路面へ着地する。衝撃によって舗装が砕け、円形の亀裂が周囲へ走った。
続いてアイゼンヴァルトが降り立つ。着地と同時に片膝をつき、立ち上がる動作のままチェーンソードを構える。その傍へAceが盾を下に向けながら落下し、路上へ降り立つと即座に前方から飛来した弩を受け止めた。
ストーンファングは着地直前に身体を捻り、パワーアックスを振り上げる。ブレイズもほぼ同時に路面へ降り立ち、衝撃を脚で吸収すると、そのままチェーンソーを肩へ担いだ。
「どう? まだついてきてる?」
「地面へ降りただけで勝ったつもりか!」
ストーンファングが笑い声を上げる。
「敵の背後へ着くまでが競争だ!」
「それなら負けないよ!!」
二人は合図を待ち、東側の路地へ向けて身体を低くした。
ダキールとトゥシャンも路上へ降下し、西側から接近してくる敵へ武器を向ける。
最後にヴェイルが降り立った。彼は他の者と共に前方を見ず、建造物の上層部へ顔を向けている。装甲の感覚器と精神を同時に広げ、周囲でアーツを発動しようとしている術師の位置を探っていた。
「北東、三百。建造物の五階に術者が四名」
ヴァロクスから情報が届く。
「把握した」
ヴェイルはそれだけを答え、崩れた建物の内部へ一人で入っていった。
サンダーホークが上空を離れる。推進器から吹き下ろされた風が路上の砂塵を巻き上げ、その向こうから数十人のレユニオン兵が姿を現した。航空攻撃による混乱から立ち直りきれてはいないが、盾を並べ、弩とアーツユニットをヴァレリウスたちへ向けている。
大通りの奥には、車両と瓦礫を重ねて作られた障害物が三重に築かれていた。その背後では大型弩砲が旋回し、重装兵たちが路上へ展開し始めている。
ヴァレリウスはパワーソードを抜いた。
青白い破壊力場が刃を包み、周囲の大気を震わせる。
「正面突破班、前進」
「ようやくだ!」
アイゼンヴァルトがヴァレリウスの右側へ並ぶ。
Aceも左側で盾を構え、地面へ深く足を沈めた。
「射線は俺が切る。二人とも、後ろの道まで壊すなよ」
「努力しよう」
「異端者の防壁を残す理由があるのか!!」
「後続が通るんだ!」
Aceが言い返した直後、レユニオン兵の弩とアーツが一斉に放たれた。
彼は大型盾を正面へ構え、左側から集中する攻撃を受け止める。矢が盾へ突き刺さり、炎と電撃が表面へ広がった。
その陰からヴァレリウスが踏み出す。
一歩ごとに路面が砕け、青い巨体が急速に加速する。敵の次弾が放たれるより早く最初の盾列へ到達すると、パワーソードを横薙ぎに振り抜いた。
重装盾が装備者ごと切断され、防衛線の中央が大きく開く。
「
アイゼンヴァルトがその空間へ飛び込んだ。チェーンソードが唸り、ヴァレリウスの一撃を辛うじて逃れた重装兵を斜めに切り裂く。続けて振るわれた刃が隣の盾へ食い込み、回転する刃が金属を噛み砕きながら装備者を後方へ押し倒した。
敵の攻撃が三人へ集中するのを確認したストーンファングが、パワーアックスを持ち上げた。
「今だ、小娘!」
「言われなくてもッ!!」
二人が東側の路地へ駆け込む。
ブレイズが先行し、行く手を塞ぐ瓦礫へチェーンソーを叩き込んだ。回転する刃が柱を削り、切断された障害物をストーンファングが片手で掴んで路地の外へ投げ飛ばす。
「良いぞ、そのまま敵の横腹へ食らいつけ!!」
「分かってる! でも、私のアーツを使う時は離れてよね!」
「炎程度でフェンリスの狼が退くと思うな!」
「そうやって近くに残る人がいるって、さっき話したばかりでしょ!」
二人の声が路地の奥へ遠ざかっていく。
西側ではダキールとトゥシャンが交差点を確保していた。
正面防衛線を迂回しようとしたレユニオン兵へ、ダキールのアサルトキャノンが正確な射撃を加える。先頭の兵士が倒れ、後続が建物の陰へ退いたところへ、トゥシャンがヘヴィーフレイマーを向けた。
火炎の帯が路面を横切り、進路を塞ぐ。
「この線より先へは通さぬ。後退し、武器を捨てろ。そうすれば追撃は行わない」
トゥシャンが炎越しに告げるが、返答の代わりに弩が放たれた。
矢が肩部装甲へ当たり、砕けて地面へ落ちる。
「――警告は行った」
ダキールが再びアサルトキャノンを構え、銃身が回転を始めた。
さらに離れた建造物の内部では、アーツユニットを起動していた術師たちが突然、背後から響いた金属音へ振り返っていた。階段を上ってきた者はいないが、破壊された外壁の向こうに銀灰色の巨人が立っている。
ヴェイルは隣の建物から跳躍し、五階の外壁を破って室内へ進入していた。
術師の一人が杖を向けるが、アーツが発動するより先にネメシス・フォースハルバードの石突きがその胸部へ叩き込まれた。術師の身体が壁際まで吹き飛び、アーツユニットが床へ転がる。
残る三人が一斉に術式を展開する。
「未知の力を用いる者たちよ。その術が混沌に属さぬことは既に確認した。故に、武器を捨てるならば命までは取らぬ」
ヴェイルのハルバードへ青白い光が宿る。
直後、一人が炎を放った。ヴェイルはハルバードを振るい、正面へ形成した力場で炎を左右へ押し分ける。
「――拒絶と判断する」
銀灰色の巨体が、燃え上がる室内へ踏み込んだ。
北部地区の各所で戦闘が始まる。
正面ではヴァレリウスとアイゼンヴァルトが防壁を打ち砕き、Aceが後続部隊のための進路を維持する。東側ではストーンファングとブレイズが敵陣の背後を目指し、西側ではダキールとトゥシャンが迂回する敵部隊を押し留める。術師がアーツを発動しようとする度、その陣地へヴェイルが現れた。サンダーホークは上空を旋回しながら各班へ敵の位置を送り、第二次突入部隊が到達するまでの空路を監視している。
「第一次突入部隊、全部隊の展開を確認」
ヴァロクスがドクターへ報告する。
「北部降下地点を確保。正面防衛線への攻撃を開始した。第二次突入部隊の進入経路は、三分以内に確保されると予測する」
『了解。第二次突入部隊、発進する』
ドクターの命令が全ての回線へ届くと、ロドス本艦から第二次突入部隊を載せたヘリコプターが発進する。
今ここに、チェルノボーグ中枢区画を巡る戦いが始まった。
チェルノボーグ中枢区画、その最深部。都市の移動と進路を管理するコントロールルームには、北部地区から届く戦闘の振動が断続的に伝わっていた。
大型観測窓の向こうで、夜明けの薄明かりに浮かぶ市街地から黒煙が立ち昇っている。先ほどまで対空陣地のあった場所には大きな炎が残り、その上空を重厚な航空機が旋回していた。遠目にも分かる巨体が建造物の陰へ隠れると、少し遅れて重い発砲音が窓硝子を震わせた。
タルラの姿をした黒蛇は、操作卓へ届いた監視映像を眺めていた。
固定対空弩砲を呑み込んだ二条の光が、記録の中でもう一度、市街地を白く染める。鋼鉄の射出機構と、それを支えるバンカーの輪郭が崩れ、噴き上がった炎と粉塵が監視装置の視界を覆った。次の映像では、北部の大通りへ降下した青い巨人が剣を振るい、重装兵の防衛線を切り開いている。
「……戻ってきたか、青い巨人よ」
口元へ浮かんだ笑みは、映像の中で盾列が崩れた後も変わらなかった。
龍門へ向かうチェルノボーグは、その移動に合わせて進路を修正し続けている。衝突を避けながらウルサスとの全面戦争を防ごうとすれば、ロドスは都市の制御を奪いに来る。ヴァレリウスたちがそれに同行することも、黒蛇は初めから計算へ含めていた。
ただし、北部の抵抗が崩れる速さは、その計算へ修正を求めていた。
黒蛇は映像を止め、コントロールルーム後方の扉へ顔を向けた。
「こちらへ来るといい。見ての通りだ」
厚い隔壁の施錠が外れ、左右へ開いた扉の向こうから、黒い装甲を纏う戦士たちが現れた。異様な仮面に覆われた顔は室内へ向けられているが、その視線がどこを捉えているかは窺えない。一定の間隔を保って進む彼らの足元へ、装甲の隙間から漏れた黒い靄がまとわりついていた。
皇帝の利刃。
先頭の一人が操作卓の前で足を止めると、後続もそれぞれの位置で立ち止まった。薄く広がりかけた靄は機器へ触れる手前で動きを変え、持ち主の周囲へ戻っていく。黒蛇もまた、彼らの接近へ炎を向けることなく、北部地区の映像を全員から見える位置へ移した。
卓上の都市図には、レユニオンの配置に重ねて、ウルサス軍の秘匿された展開位置が記されていた。そのすべては、彼らが入室する以前から黒蛇の把握するところにある。潜入部隊への命令、対空設備の再稼働、外部との連絡経路に至るまで、ウルサス軍の動きに黒蛇が知らされていないものはなかった。
第3軍に与えられた役割も、既に双方の間で定まっていた。レユニオンの部隊間の連絡と合流を妨げ、命令への不信や離反を誘発して組織を分断する。同時に、ロドスの進軍と後方連絡を阻害し、救助、避難、医療活動へも支障を生じさせる。レユニオンがまとまって黒蛇の意図へ逆らうことも、ロドスがその内側へ手を伸ばして協力者を得ることも、容易にはさせないための介入だった。
その配置図の北端で、敵の進出を示す印がまた一つ更新された。
「あの航空機の火力は、従来の評価を超えている。対空弩砲の直撃に近い一射を受けても飛行を継続した。続く反撃では固定陣地を基部ごと破壊している。北部の防空戦力を基準とした迎撃計画では、撃墜までの見通しが立たぬ」
先頭の利刃が、停止した映像の中の火柱を見て言った。
「そして、あれだけ焼き払っておきながら都市の足は動いている」
黒蛇の指が、操作卓の端に並ぶ機関表示へ触れた。動力供給、駆動系統、進路制御。数値にはいずれも、作戦を妨げる異常が出ていない。
「砲台の下には、動力線と整備区画がある。あの攻撃はその手前で収まった。操縦している者は、何を壊せばこの都市を止める手段まで失うか、心得ているようだ」
「火力を制御できるということだ」
「今まで見せていなかった火器まで使ってな。あれで全てかどうかも、まだ分からん」
黒蛇は映像を進めた。
航空機は対空陣地を排除した後も北部上空に留まり、地上の戦闘へ短い射撃を加えていた。大通りに集まろうとした兵が散り、別の通りでは建物の陰へ入った巨人の姿が見えなくなる。各地の映像を並べると、守備側が増援を動かすたび、その先で敵の配置が変わっていた。
「地上の者たちへ、こちらの動きを伝えている。このままでは、兵を集めた場所から狙われる。分散させれば、各拠点が巨人どもと個別に戦うことになる」
別の利刃が言った。
「龍門でも同じことをしていたが、今回は空から援護が可能だ。あの機体が残る限り、地上で一人を追い詰めても、援護と回収が来るものとして考えるべきだろう」
黒蛇は青い巨人の映る画面を拡大した。破れた盾列の向こうへ進んだヴァレリウスが、横合いから向けられた大型弩の射線を外れ、その射手へ一気に距離を詰めている。
「以前、私はこの男を一度、動けなくなるまで追い込んだ」
「記録にはある」
「ならば、その時に何が必要だったかも覚えておくといい。奴はロドスを逃がすために退路へ残り、私の炎を受けながら、フロストノヴァの氷と周囲の兵を相手にしていた。最初に現れた時から装甲は傷んでいたが、それでも剣を手放さなかった」
仮面が映像の中の青い装甲へ向けられる。そこには、当時の記録に残る焼損や、動作の不調は見られなかった。
「今の奴には、同じことをさせる仲間がいる。一人を炎の中へ留めている間に、別の一人がこちらへ来る。周囲の兵を使って退路を塞ごうにも、その兵を砕く者が左右にいる。以前の戦いで動きを止められたという事実だけを今回の見積もりへ持ち込むのは危険だ」
黒蛇は続けた。
「六体を、同一の力量とも見ていない」
利刃の返答は静かだった。
「重い装甲の二体、鎖で剣を繋いだ一体、青い指揮官。それぞれに交戦記録があり、行動にも差がある。だが、いずれも通常の兵で包囲を維持するには損害が大きい。そこへ未確認の二体が加わった」
別の画面には、狼の毛皮を纏った巨人が、ロドスの女戦士と共に路地へ入る姿が残されていた。その隣の映像では銀灰色の装甲が建物の外壁を破り、術師たちのいる階へ消えている。
「装備だけを替えた可能性は」
「既知の四体も同時に確認されている。増援と見る」
「……そうだろうな」
黒蛇は銀灰色の巨人の映像を少し戻した。長柄の武器と、装甲を覆う細かな意匠が拡大されたが、荒れた画質では刻まれた文字の形まで読み取れなかった。
「こちらへ現れてから、奴らは仲間を増やし続けている。出現の間隔も、次に現れる者の数も読めん。六体で終わると考える根拠は、我々にはない」
「その二体の能力は、今の映像からでは判定できぬ」
「銀色の方は、術師のいる場所へ向かっている。役目として任されるだけの適性はあるのだろう。確認できたことは、それだけでよい。知らぬ力を知ったつもりで迎え撃つ方が、損害は増える」
利刃は僅かに顎を引いた。
新たな爆音が遠くから届いた。窓の外で黒煙が傾き、北部の映像が一枚、通信途絶の表示へ変わる。黒蛇はその画面を閉じ、都市中層の地図を呼び出した。外周から制御区画へ続く道の一つに、遊撃隊の配置が示されている。
「もっとも、青い巨人については兵器の話だけでは足りん」
「……大尉のことか」
「あの男は一度、遊撃隊との戦闘を終わらせている。その後にはフロストノヴァを生かし、ロドスへ連れ帰った。今度も同じことを試みるだろう」
「ボジョカスティ大尉は娘の生存を聞いた程度で持ち場を捨てる戦士ではないぞ」
「無論だ。だからこそ、話す内容を選ぶ」
黒蛇は遊撃隊の印へ指を置いた。
「フロストノヴァがどこへ送られ、どの道から撤退するよう命じられ、その先で何に出会ったか。ロドスは本人から聞ける。彼女と共に生き残った者もいる。青い巨人はそれをボジョカスティへ伝える機会を得ているのだ」
タルラの顔に浮かぶ笑みが薄れた。代わって現れたのは、手元の配置を吟味する時と同じ、静かな眼差しだった。
「ボジョカスティは感染者を守るために戦う。自分の部下を誰のために死なせるかについては、最後まで考え続ける男だ。ロドスを敵とする理由よりこの都市を動かしている私へ問いを向ける理由が多くなれば、その槍の向きも変わり得る」
「交渉の間も、都市は進む」
「話が長引けば、それでよい。だが、必ず長引くとは限らん。フロストノヴァの死を告げる場合と、生きている彼女の言葉を届ける場合とでは、あの老人の聞き方も違う」
利刃は遊撃隊の位置と、その先にある制御区画とを順に見た。
「青い巨人は遊撃隊を倒すための損害と時間を省ける可能性がある。そのまま協力を得れば、後方の安全まで確保できる」
「そういうことだ。第3軍によって裂かれたレユニオンの一部が、ロドスを介して結び直されること、彼らへ向けるはずの不信が命令を出した者へ戻ってくること――あの男が誰を生かしたかは、何人殺したかと同じ程度によく見ておく必要がある」
黒蛇は卓上に置かれていた龍門からの報告へ目を落とした。
感染者居住区からの黒蓑の撤収。ロドスによる投降者と住民の収容。その外周を近衛局が管理し、フロストノヴァと同行者の身柄はロドスへ残されたこと。報告に記されているのは、いずれも市内で確認された動きだった。
「龍門でも、厄介な結果を残した」
「黒蓑との交戦はこちらも把握している。黒装甲の一体が、ウェイ・イェンウの直轄兵を殺害した」
「それでも、ロドスと龍門は決裂していない」
黒蛇は報告を利刃の側へ滑らせた。
「配下を殺され、処分するはずだった感染者を生かされながら、ウェイは奴らと協力を続けている。ヴァレリウスはドクターと共に長官の執務室へ入り、その後で黒蓑への命令が変わった。あの部屋で交わされた言葉まではこの報告にはない。だが、外へ現れた結果は十分に読める」
「チェルノボーグへの対処が優先されたのだろう」
「その必要性を他の争いを収めるためにも使ったのだ。ウェイ・イェンウにとって、奴らと争い続ける損失が大きくなる形へな」
黒蛇は観測窓へ視線を戻した。
かつて長い年月を費やして知った男の判断を、遠い市街地に立つ異邦人が、僅かな時間のうちに変えさせている。その事実は、固定対空弩砲の破壊とは別の重みを持っていた。
「ロドスが感染者を救おうとすることも、ウェイが龍門を守ろうとすることも分かっていた。互いの守るものがぶつかれば、協力はそこで滞る。私はそのように見ていたし、実際、奴らは武器を向け合った」
黒蛇の指先が、青い巨人の姿を映す画面の縁へ触れる。
「青い巨人はその後も話を続けさせた。今では近衛局がロドスの収容区域を守っている。奴らを争わせた感染者が、協力を続ける理由にもなっているのだ」
「……異邦人自身にも、それだけの発言力を支える武力があると」
「そうだ。ドクターが提示する案を実行できるものにしている。ロドスだけでは守りきれぬ者を、あの巨人たちが守る。逆に奴らだけでは得られぬこの土地の知識と協力を、ロドスが与える。その結果が今、北部からこちらへ向かっている」
利刃はしばらく言葉を発しなかった。仮面の下から聞こえる呼吸と、操作卓の小さな機械音だけが両者の間に残る。
「ウルサスにとっての危険は、この一戦を越えるという判断か」
「奴が同じことを、別の土地でも行えるならばな。強い戦士を抱えた組織はこの大地にも存在する。だが、あの男は戦士を率いて技術者を働かせ、敵対した者からも協力を取りつける。利害の異なる連中を一つの目的へ向けて動かすことに慣れている。今の人数だけで測ると、その先を見誤る」
黒蛇は答えた。
「技術の再現については不明だ。装備を維持できることと、この地で同じものを製造できることには隔たりがある」
「そこは同意する。だが航空機を再び飛ばし、損傷した装甲を直した者はいる。こちらの設備を理解するのにどれほどの時間が必要なのか。あの武器を他者へ渡すつもりがあるのか。確かめる前に、問題は数人で終わると決めつけるべきではあるまい」
「……故に、航空機を扱う技術者も評価へ含める」
「その方がよい」
黒蛇は短く応じ、報告書から手を離した。
互いの言葉へ含まれた留保を、どちらも聞き落としてはいなかった。黒蛇にはこの計画を完遂する理由があり、利刃にはウルサスへ及ぶ脅威を見定める務めがある。相手の判断へ全てを委ねるつもりは双方になかったが、北部へ現れた者たちについては認識を揃えておく必要があった。
「青い巨人らを排除する機会は逃せん」
利刃が言った。
「ただし、一体を追うために他を自由にすればこちらが各個に拘束される。交戦する際には航空支援と周囲の巨人を含め、同時に対処する必要がある。未確認の二体については、遭遇した者から観測を共有する」
「私の炎が届く場所で戦うなら、互いの攻撃範囲を先に合わせておこう。奴は一度見た攻撃に、二度目には対処してくる」
「こちらの力についても同様だ。不用意な接近は避けてもらう」
「承知している」
利刃はそう答えた。
都市図へ、北部から進入する新たな航空機の反応が加わった。先行する重厚な機影の後を、小型の機体が追っている。地上の巨人たちが開いた進路へ、ロドスの後続が到着しようとしていた。
黒蛇はその表示を見つめたまま、利刃たちへ告げた。
「奴らが何をできるか、まだ見えていない部分がある。分かったことは互いに伏せずに伝えよう。判断が遅れれば、次はこの部屋から見物している余裕もなくなる」
「同意する」
利刃が踵を返した。後続も静かに続き、重い装甲の足音がコントロールルームから通路へ移っていく。黒蛇はそれを見送った後、再び北部の監視映像へ手を伸ばした。
最後の一人が扉を越え、背後で隔壁が閉じる。その利刃は、数歩進んだところで足を止めた。
装甲の裾から流れていた黒い靄が、靴先へ届く途中で薄らいでいた。普段ならば石の継ぎ目へまとわりつき、歩みに遅れて床を這う力が、形を保つ前に解けている。利刃が意識を向けると、残った靄はゆっくりと装甲の隙間へ引き戻されていった。
体内に封じられたものの気配はある。外へ滲み出ようとする圧力も、身体の奥へ食い込む重さもよく知るものだった。しかしその力を引き出そうとした途端、内側から抵抗が返った。
悪魔が、さらに深く身を縮めている。
利刃は手を閉じ、力の流れを確かめた。敵を前にした時の猛りも、封じられたことへの憎悪も、その奥へ押し込められていた。代わりに伝わってきたのは外から触れられることを恐れて自らの気配を小さくしようとする動きだった。
仮面の下で、呼吸が一度だけ深くなる。通路に敵の姿はなかった。先へ進む同僚たちの背中が見え、閉じた隔壁の向こうでは、先ほどまでと同じように都市の機関が動き続けている。遠い北部からの砲声も、厚い壁に遮られて低く響くばかりだった。利刃はその方角へ顔を向けた。
――何かを、恐れている。
そう判断した瞬間にも、体内の悪魔は外へ漏れる力を抑え続けていた。何を感じ取り、いつからその存在に気づいていたのか、封じる側にいる彼へは伝わってこない。
利刃は、閉じていた手をゆっくりと開いた。足元の靄は靴底へ薄くまとわりつき、その向こうに床の継ぎ目が透けて見えていた。その細い線をしばらく見下ろした後、彼は同僚たちを追って歩き出した。北部から爆音が届くたび、身体の奥に潜むものが、僅かに身を固くした。