作戦開始から、三時間余りが過ぎていた。
チェルノボーグの空には、すっかり昇った朝日を遮るように黒煙が流れている。北部地区を貫く大通りには砕けた障害物と焼けた車両が折り重なり、その間を、ロドスのオペレーターたちが負傷者を乗せた担架と共に行き来していた。頭上ではサンダーホークが緩やかに旋回し、地上からの回収要請を受けて高度を下げつつあった。
最後まで抵抗を続けていた防衛拠点は、貨物集積所の高架下に設けられた重装兵の陣地だった。
その正面を塞いでいた鋼鉄の扉には、いまやヴァレリウスの巨体が通れるほどの穴が開いている。内側の大型弩砲は旋回機構を断たれ、遮蔽物として積み上げられた貨物の陰から、武器を捨てた兵士たちが一人ずつ出てきていた。
「両手を見せろ。そのまま右の壁に沿って進め。負傷している者は、歩ける奴が支えてやってくれ」
Aceが盾を下ろし、後続のオペレーターへ捕虜の受け入れを引き継いだ。彼の盾には折れた矢柄と焼け焦げた繊維が付着し、縁を覆う金属にも新しい傷が幾つも刻まれている。それを一度だけ見下ろしてから、Aceは集積所の入口へ向かった。
ヴァレリウスはそこで、アイゼンヴァルトから最後の掃討報告を受けていた。
「西側の倉庫に残っていた射手も沈黙しました。逃走した者はいますが、こちらへ攻撃を続けている敵影はありません」
「深追いは不要だ。上階の通路を確認した後、合流地点へ戻れ」
「承知しました」
アイゼンヴァルトが階段へ向かうと、入れ替わりに東側の路地からブレイズとストーンファングが現れた。ブレイズは回転を止めたチェーンソーを肩へ担ぎ、もう片方の手で額に貼りついた髪を払っている。隣の巨人が纏う毛皮には、崩れた壁の粉が白く積もっていた。
「東側も終わり。奥の連中は武器を置いたから、後ろの班に任せてきたよ。これで本隊を通せるはず」
「最後の重火器も潰しておいた。あの細道にあれだけ詰め込むとは、余程ここを通したくなかったらしい」
ストーンファングが親指で背後を示す。路地の先には横倒しになった弩砲の砲架が見え、その向こうから、敵がいなくなったことを確認するオペレーターの声が届いていた。
ヴァレリウスは各班の位置を照合し、ドクターへの回線を開いた。
「北部の防衛線は全て突破した。第一降下地点から貨物集積所まで、部隊の通行を阻む拠点は残っていない。集積所を前進集結地点として確保する」
『了解。こちらは第二検問跡を通過したところだ。間もなく到着する』
第二次突入部隊は、最初の降下地点へ到着して以来、先行する巨人たちが開いた道を追っていた。残敵の掃討に加え、投降者の拘束や負傷者の回収、後方へ通じる経路の警備を引き受けながらの前進だった。先頭が突破する速さと、部隊全体が安全に通過できるようになるまでの時間には、どうしても差が生じる。
その間を埋めていた後続が、ようやく第一次突入部隊へ追いつこうとしていた。
高架の向こうから、ロドスの紋章を付けた盾が姿を現す。続いて射撃隊、医療班、装備を抱えた技術担当者たちが集積所へ入り、各分隊長の指示で周囲の警戒へ散っていった。
アーミヤはドクターと共にその中央を歩いていた。頭上の高架を見上げて狙撃位置を確認した後、入口に立つヴァレリウスを見つけ、足を速める。
「ヴァレリウスさん。こちらの先頭部隊は全員、降下地点を離れました。負傷者の搬送も、確保していただいた道を使って進めています」
「よく来た。集積所の南側はまだ警戒を解いていない。休息と再配置は高架の内側で行うよう伝えてくれ」
「はい。各分隊へ共有します」
ドクターが戦術端末を開き、その隣へケルシーが立った。ロスモンティスは少し遅れて集積所へ入り、周囲を見回してから、浮遊させていた大きな戦術装備を入口脇へ下ろした。重い金属板が路面へ触れると、付着していた粉塵が薄く広がる。
「ロスモンティス、南側を見てもらえるか」
「うん。建物の向こうに何人かいる。まだ遠いから、近づいてきたら教えるね」
ドクターへ答えた彼女の視線が、ヴァレリウスの肩を越え、集積所の奥へ向いた。
そこではダキールとトゥシャンが、ロスモンティス隊のエンジニア二人と共に、壁際の設備を調べていた。開かれた制御盤の下には配線の切れ端が散らばり、ラバカが片膝をついてその一本を持ち上げている。ブリッシュシルバーは少し離れた場所に測定器を置き、表示が落ち着くのを待っていた。
「ラバカ。何か壊れてるの?」
呼びかけられたリーベリのオペレーターが顔を上げた。
「はい、隊長。ここの中継設備を調べていたのですが、少し気になることがありまして……ドクターにも見ていただけますか」
ドクターとケルシーが近づくと、ラバカは立ち上がって場所を空けた。盤の内側では何本もの通信線が切断され、接続端子ごと引き抜かれた部品が、奥の床へ投げ捨てられている。
「この設備は、集積所と周辺の監視所を繋ぐ中継器です。電源は生きていますが、外へ出る回線が全て切られています。予備の回線も同じ状態でした」
「戦闘で損傷したのか」
ドクターの問いに、ラバカは首を横に振った。
「周囲の機器には大きな損傷がありません。切断面も揃っていますし、内部を開けて必要な線を選ばなければ、こうはならないはずです」
「……切られた位置が、全て留め具の手前にある」
その時、徐にトゥシャンが盤の奥を指した。
「配線を纏めて引き千切った痕跡も、爆発で巻き込まれた痕跡もない。工具を入れられる場所で、一本ずつ処理している。設備を知る者の仕事だろう」
ダキールは壁に残った別の配線を目で追っていた。通信用の線が失われた一方、照明や扉の開閉に使われる系統は、そのまま奥の区画へ続いている。
「陣地として使うための機能は残してある。ここを放棄する際に全てを壊した、という状況ではないな」
「はい。私たちもそう考えています」
ラバカが応じたところで、測定器を見ていたブリッシュシルバーが立ち上がった。
「ケルシー先生、もう一つあります。無線側の不調はこちらが原因です」
彼女は床へ這わせていた測定線を手繰り、隣の整備室へ繋がる入口を示した。厚い扉は開け放たれ、その奥には古い資材箱と廃材が積まれている。箱の間から覗く黒い結晶の表面を、微かな光が走っていた。
「あれは……源石ですか?」
アーミヤが足を止める。
「近づかないでください。活性化しています」
ブリッシュシルバーは声を掛けながら、入口へ立入制限用の標識を置いた。
「周囲の通信へ強い干渉を起こしています。通りを一本離れると受信状態が変わるのも、この結晶の影響だと思います。先ほど別の分隊から送られてきた画像にも、同じような結晶が映っていました」
彼女の端末には、道路の排水口脇や監視所の裏手で撮影された写真が並んでいた。いずれも黒い結晶が瓦礫や廃材の陰へ置かれ、その下には運搬に使ったらしい金属製の受け皿が残っている。
「自然に生えたものを避けて通っているだけだと思っていましたが、配置を重ねると、中継所や部隊の合流地点を覆う形になります。ロドスの通信だけでなく、この辺りの一般的な無線も影響を受けます」
ケルシーは写真を順に確認し、捕虜を誘導していたAceへ視線を向けた。
「守備兵は、いつから連絡が取れなくなったと言っていた」
「ここの連中が言うには、俺たちが空から来る前だ。夜のうちに通信が切れて、伝令が来たらしい。復旧するまで持ち場を維持しろ、タルラからの命令だとな」
Aceは拘束区画の方へ一度顔を向けた。
「後退の許可を求めても返事が来なかったそうだ。弩砲を壊した後まで射手が残っていたのも、それで説明はつく。隣の陣地がいつ落ちたかも知らなかった」
ドクターは端末の地図へ、途絶した回線と結晶の位置を重ねていった。北部の防衛拠点が幾つもの小さな範囲へ区切られ、それぞれの間で連絡を取るための手段が、初めから削り取られていたことが見えてくる。
「タルラの中にいる者は、自分の兵が互いの状況を知ることまで妨げている」
ヴァレリウスが言った。
「陣地へ兵を置き、退く判断を奪い、隣が失われた後も同じ場所で戦わせている。あの者にとって必要なのは、彼らが生き残って次の戦線を築くことより、ここで我々の時間を奪うことなのだ」
「これまでの疑いが、設備の壊し方にまで表れている」
ドクターの指が、地図の北端で止まった。
「フロストノヴァたちを切り捨てたのと同じだ。今度は、この都市に残った部隊を使っている。誰がどの作業を実行したかは調べる必要があるが、レユニオンを何のためにここへ残したかは、もう明らかだ」
アーミヤは整備室の暗がりへ目を向けた。そこに置かれた源石は、すぐ隣で何人の兵士が倒れようと、変わらず淡い光を滲ませている。
「助けを呼ぶ声も、逃げてくださいという連絡も、届かなくなるんですね」
「こちらから投降を呼びかけても、離れた部隊には伝わらん。戦う理由を確かめる機会まで奪われている。捕らえた者から得られる情報は必ず記録しておけ。先へ進んだ時に、同じ命令を受けている部隊と出会うだろう」
ヴァレリウスが答えた。
ドクターは頷き、分隊長たちへ記録の共有を指示した。これまで証言とタルラの行動から組み立ててきた疑念が、切断された線と、意図して運び込まれた結晶によって裏づけられていた。レユニオンは、自分たちの指導者に消耗させられている。その確信を得たところで、ケルシーが地図を中枢側へ動かした。
「それと同時に、こちらの作戦も修正しなければならない」
表示された中層の防衛拠点には、依然として敵の反応が残っていた。北部の指揮所が失われても、奥にいる部隊の動きには、まとまった退却や混乱の兆候が見られない。
「我々は指揮拠点と通信設備を破壊し、敵の統制を崩したところへ主力を入れる計画だった。しかし、敵は元から区画ごとに分断されていた。上位の指揮所を失ったことが、他の部隊へ与える影響は小さい。各守備隊は、最後に受けた命令に従って、その場に留まり続けている」
「首を落としたことが、末端へ伝わらんか」
ヴァレリウスは集積所の外を見た。すでに敵の姿が消えた北部の通りと、その向こうに重なる都市中層の構造物が、煙を挟んで並んでいる。
「その通りだ。君たちの突破によって本隊の進入路は確保できた。だが、斬首による混乱が次の防衛線へ波及する効果は、想定より小さい。一つの経路へ全員を進ませれば、独立した陣地を順に潰すたび、後続まで足止めされる」
「ならば、複数の経路から同時に進もう」
ドクターが地図へ三本の線を引いた。
「敵同士の連絡が切れている間に、こちらは別々の入口から中枢へ到達する。どこかで強い抵抗に遭っても、他の部隊まで待たせずに済む。各隊が確保した設備と経路を繋げれば、最後には互いを支援できる」
「ああ。そのための再編をここで行う」
ケルシーが周囲の分隊を見渡した。
「主力は地上の大通りから中層へ向かう。ドクター、アーミヤ、ロスモンティスを含むロドス本隊に、ヴァレリウス、アイゼンヴァルト、ストーンファングが同行しろ。Aceとブレイズは前後の隊列を維持する。私もこの隊に加わる」
「承知した。敵の重装部隊は我々が引き受けよう」
ヴァレリウスの返答を受け、ケルシーは二本目の線を拡大した。地上道路の下に、昇降機と整備用の連絡路を結ぶ複雑な構造が現れる。
「別働隊は地下の保守区画を通れ。ロスモンティス隊のブリッシュシルバーはエンジニア小隊を率い、経路の確認と設備の確保を担当してもらう。ダキールとトゥシャンはその護衛だ」
「中枢側の整備昇降機まで、旧い保守図面には経路が残っています。現地の状態を確認しながら進みます」
ラバカが端末へ図面を取り込み、続いてブリッシュシルバーが通信機器の一覧を開いた。
「予備の中継器も持っていきます。ただ、妨害の強い場所では、一度地上側へ戻らなければ連絡できないかもしれません」
「経路ごとに連絡地点と報告時刻を定める。定時連絡が途絶した場合は、最後に確認できた場所から調べる。地上へ抜ける保守口も、使用できるものは記録しておけ」
「承知しました」
ブリッシュシルバーは頷き、小隊の隊員へ予備機材の携行を指示した。
「都市機関への影響は我々も確認しよう。戦闘になった場合も、配管と制御設備を守れる位置を選ぶ。専門の知識が必要な箇所では、遠慮なく我々を止めてくれ」
トゥシャンが図面へ身を寄せた。
「ありがとうございます。お二人にも分かるよう、重要な系統は図面へ印を付けておきます」
ラバカが操作を始める間、ダキールは画面に記された通路の幅と高さを確かめていた。
「整備資材を運ぶ主通路なら、我々も通れる。途中で崩れていれば除去するが、支柱まで巻き込む場所は先に知らせてもらいたい」
「はい。構造を確かめてからお願いします」
ロスモンティスが二人のエンジニアへ近づいた。ラバカの肩口を一度見てから、ダキールとトゥシャンを順に見上げる。
「二人とみんなのこと、お願い」
「……必ず中枢へ連れていく」
トゥシャンが答えた。ロスモンティスは小さく頷くと、ブリッシュシルバーが持つ予備の通信機へ視線を落とした。
「聞こえなくなっても、待ってるだけにはしないから。危なかったら、すぐ知らせてね」
「はい。こちらからもきちんと連絡します。隊長も、どうかお気をつけて」
ブリッシュシルバーが柔らかく答え、彼女の腕に付着していた細かな瓦礫を指先で払った。
その傍らで、ケルシーはヴェイルへの回線を開いていた。
「ヴェイル、君は引き続き単独行動を継続して欲しい。各隊の進路上にいる術師と、通常の偵察で確認できない脅威を調べてもらう。主力との位置関係を保ち、異変を認めた場合は接触する前に知らせてもらいたい」
返答までに、僅かな間があった。
『了解した。ちょうど、報告すべきものを捉えたところだ』
通信へ混じる風の音が小さくなった。ヴェイルがどこかで立ち止まったらしい。続いて聞こえた声からは、戦闘中の息遣いも、敵へ告げる時の強い調子も消えていた。
『中層の東寄りに異常な精神反応がある。複数の気配が一つの場所へ引き寄せられ、同じ変化を繰り返している。誰かが術を組み、儀式を行っているようだ』
「……敵の術師が集まっているのか」
ヴァレリウスが通信へ加わった。
『通常の攻撃を準備する者たちとは様子が異なる。離れた位置からでも周辺の気配が内側へ引かれているのが分かる。まだ術の全体は捉えていないが、何かを中心に据え、繰り返し働きかけている』
ヴェイルは一度言葉を切った。
『〈混沌〉との繋がりは感じない。私が知る悪魔の召喚とも一致せぬ。この世界の術によるものと考えられるが、集まっている力の性質は未確認だ』
アーミヤが胸元へ手を添えた。
合流してから、耳の奥に細い音が残るような感覚があった。砲声が遠ざかっても消えず、静かな場所へ入るとかえって意識へ触れてくる。周囲の疲労や痛みを感じ取っているのだと思っていたが、ヴェイルの言葉を聞きながら東へ顔を向けると、その感覚が一つの方角へ繋がった。
「……私も、感じます」
ドクターが彼女を見た。
「アーミヤ、場所が分かるのか」
「正確には分かりません。でも、同じところから何度も押し寄せてきます。そこにいる人の感情だけでは、こんなふうには……」
アーミヤは言葉を探すように目を伏せ、それから再び顔を上げた。
「ヴェイルさんが言った、内側へ引き寄せられるという感じは分かります。何かが重なって、うまく聞き取れないんです」
「私も、少しだけ」
ロスモンティスが東側の建物を見ていた。足元に下ろしていた戦術装備の一枚が、彼女の視線に合わせて僅かに傾く。
「ぼんやりした気配がある。遠いのに、ときどき近くにいるみたいに感じるの。でも、見ようとすると、どこにあるか分からなくなる」
ケルシーは二人の様子を確かめた後、通信へ向き直った。
「その場から、発生地点を絞れるか」
『すでに位置を変えて確認している。感知した方向が交わるのは中枢区画付近の広場だ。都市の構造図との照合も終えた。座標を送る』
ヴァレリウスの視界へ受信表示が浮かび、数値と高度情報が都市図へ重なった。彼が主力の回線へ転送すると、ドクターの端末にも同じ地点が現れる。中層へ向かう予定経路から、一街区ほど東へ外れた広場だった。
ドクターはその周囲の道を拡大した。建物の南には中枢方面へ続く連絡路があり、放置して先へ進めば、異様な術が行われている場所を主力の背後へ残すことになる。
「主力はこの地点へ向かう。ヴェイル、引き続き監視を頼む。中で何が行われているか分かり次第、知らせてほしい」
『承知した。近くまで移動する』
「アーミヤ、ロスモンティス。無理に気配を追うな。変化があれば、感じ取れた範囲で伝えてくれ」
ケルシーが告げると、二人は頷いた。
ヴァレリウスは都市図を閉じ、パワーソードを腰の固定具へ収めた。周囲では分隊長たちが部下を集め、休ませていた隊員へ出発を知らせている。ハルトも新たに受け取った予備のパワーパックを装具へ差し込み、射撃分隊の列へ戻っていった。
「アイゼンヴァルト、ストーンファング。前へ出るぞ。Ace、先頭との間隔を保ってくれ」
「ああ、医療班も準備できてる。いつでも動けるぞ」
「了解した。ダキール、トゥシャン。中枢側で会おう」
「地下からの経路は我々が確保する」
トゥシャンが答え、その隣でダキールがアサルトキャノンの給弾を確認した。後方から運ばれてきた弾薬への交換は終わり、重い装甲の各所から短い作動音が響く。
主力部隊が集積所の南へ進み始めた。ロスモンティスの戦術装備が一枚ずつ路面から浮き上がり、アーミヤとドクターの進む列を追っていく。その姿が高架の向こうへ消えるのを見届けてから、ラバカは小隊へ声を掛けた。
「こちらも出発します。工具と中継器の固定を確認してください。地下へ入った後は、前の方を見失わないようお願いします」
隊員たちから返事があり、携行灯が順に点灯した。
集積所の片隅で、大型の保守扉がゆっくりと開く。奥から吹き出した湿った空気には、油と熱せられた金属の臭いが混じっていた。
地下へ続く緩い坂を下りるにつれ、頭上の砲声は遠ざかっていった。
代わって大きくなるのは、壁の向こうで働き続ける機関の音だった。低い振動が靴底から伝わり、ときおり配管の内側を何かが流れる音がする。都市の進行に合わせて構造材が軋むたび、天井の照明が取付金具ごと微かに揺れていた。
そこは整備員と資材搬送車のために設けられた、一般市民の立ち入らない区画だった。通路の両側には交換用の部品や大型の弁が並び、壁の案内表示には住宅や店舗の名前に代わって、機関番号と保守用の区画記号が記されている。途中で枝分かれする人員用の狭い階段を避け、エンジニア小隊は幅のある搬送路を進んだ。
先頭を歩くトゥシャンの後ろへ、ラバカが図面を手に続いていた。中央にはブリッシュシルバーと機材を運ぶ隊員たちが入り、ダキールが最後尾から通り過ぎた交差点を警戒している。
「次の分岐は左です。右側は冷却設備の作業区画へ繋がっていますが、その先の通路が崩れています」
「……新しい損傷か?」
トゥシャンが尋ねると、ラバカは壁際のひしゃげた支柱を見た。
「こちら側から見える範囲では、かなり前のものだと思います。危険を知らせる標識も置かれていますし、補強作業を途中で放棄したのかもしれません」
「上の支えもずれている。この先を通るなら、別の場所へ荷重を逃がす必要があるだろう。今は図面にある経路を優先しよう」
トゥシャンが天井へ目を向け、動きかけていた補強材を指した。ラバカもその位置を確かめて図面へ印を残し、後続が入り込まないよう通路の入口へ標識を立てた。
「先ほどの通信設備も、すぐに壊し方を見抜いていらっしゃいましたね。お二人とも、こうした整備にはお詳しいのですか?」
「鍛冶と装備の整備は、我が戦団の者が学ぶ務めの一つだ。自ら身に着ける物を作り、損傷を確かめ、修復する。使われている技術が違っても、力が加わった場所や金属の傷から分かることはある」
「……そうだったのですね。でしたら、構造の確認をお願いすることもあると思います。私たちだけで判断しきれない箇所では、お力を貸していただけると助かります」
「無論だ。そのために共に来ている」
トゥシャンの答えに、ラバカは少し表情を和らげた。隣を歩くには大きすぎる装甲の肩を見上げてから、再び携行灯を前方へ向ける。
最初の攻撃は、その先の交差点で受けた。
小隊が曲がろうとしたところへ、搬送用の台車の陰から弩が放たれた。先頭のトゥシャンの肩で矢が砕け、続く数本が壁へ当たって乾いた音を立てる。
「止まれ。壁の窪みへ入るのだ」
トゥシャンは歩みを止めると、ラバカの前へ腕を出して射線を遮った。ほとんど同時に、その前腕へ矢が命中する。硬い音と共に折れた矢柄が足元へ落ちたが、彼は腕を動かさず、もう一方の手で配管の保護壁を示した。
「奥まで入れ、機材も壁の陰へ寄せろ」
「はい!! 皆さん、こちらへお願いします。前の方から順に、姿勢を低くしてください」
ラバカが後続へ声を掛け、機材を抱えた隊員を窪みへ誘導する。その間にダキールが列の横を通って前へ出た。通路を照らす携行灯の光が、緑の装甲とその腕へ据え付けられたアサルトキャノンの輪郭を浮かび上がらせる。
敵は数人だった。横倒しにした搬送用の台車へ鋼板を立て掛け、そこから弩を撃ち込んでいる。次の矢を装填する者と、退路を気にして通路の奥を見る者が、狭い遮蔽物の後ろへ重なっていた。
ダキールは砲口を持ち上げ、通路の中央で足を止めた。束ねられた砲身が、射手たちへ向く。
アサルトキャノンは、車輌の砲塔や航空機の武装架へ据え付ける重火器に匹敵する大口径のガトリング砲だった。複数の砲身を回転させ、一本の砲身では到底処理しきれない発射速度で砲弾を送り出す。その重量と反動を受け止める役目をダキールの纏う重厚な装甲と強化された肉体が担っていた。
給弾機構が低い音を立て、太い弾薬が連なった弾帯を引き込んでいく。ラバカは保護壁の陰へ身を屈めながら、その動きへ一瞬だけ目を奪われた。砲口は彼女たちのすぐ前にあり、狭い通路の先へ向けられている。地上で聞いた時よりも近い距離にその兵器があった。
「全員、頭を下げて耳を塞げ。これから撃つ」
ダキールの声に、ブリッシュシルバーが端末を胸元へ固定し直した。
「耳を保護してください。合図があるまで、こちらから顔を出さないようお願いします!!」
自分も両手で耳を覆い、保護壁へ肩を寄せる。ラバカは最後尾の隊員が身を隠したことを確かめてから携行灯を足元へ置き、その隣で頭を下げた。窪みの入口にはトゥシャンが立ち、隊員たちへ通じる射線を装甲で塞いでいる。
帝国の艦艇内や要塞の深部で、
幅の限られた通路では、敵が散開できる範囲も狭まる。ダキールの正面にいる射手たちは、台車の裏へ身を寄せるほど、同じ射界の中へ収まっていた。
敵の一人が鋼板の上へ弩を載せた。狙いを定める間もなく矢を放ち、すぐさま頭を引っ込める。ダキールの胸部で矢尻が砕け、装甲の表面を細かな火花が走ったが、彼は肩を動かすことさえなかった。
砲身の回転が速まり、駆動音が甲高く変わる。台車の向こうで、次の射手が肩を乗り出した。
ダキールが引き金を引いた。
最初の発砲音が通路へ叩きつけられ、その余韻へ次々と続く砲声が重なった。回転する砲口から発射炎が噴き出し、天井も、壁も巨人の背後で身を縮めた隊員たちの顔も、激しく明滅する橙色の光に照らされる。通路の奥へ伸びた弾道には曳光が混じり、台車の前で鋭い火花を散らした。
「ッ……!!」
ラバカは耳を塞ぐ手へ力を込めた。轟音が手の内側まで押し入り、胸の奥が震える。床へついた膝にも、背を寄せた保護壁にも、発砲の振動が途切れず伝わっていた。狭い空間で反響する砲声は一発ごとの区切りを失い、頭上の配管を吊るす金具までが激しく鳴っている。
ダキールの肩と肘で装甲の駆動機構が働き、連続する反動を受け止めた。大きく開いた足が床を捉え、砲口は敵の遮蔽物へ向いたまま僅かな角度だけを変えていく。
鋼板の中央が内側へ大きく凹み、そこを砲弾が突き破った。破れた金属の縁がめくれ上がり、続く着弾がその穴を横へ押し広げる。射手たちを覆っていた一枚の板には瞬く間に幾つもの裂け目が繋がり、裏面から剥ぎ取られた破片が台車の陰へ降り注いだ。
先頭の射手は弩を引き戻す途中だった。鋼板を抜けた砲弾が胸部の防具へ食い込み、留め具と装甲片を散らしながら胴を貫く。身体が崩れ落ち、手を離れた弩が台車の縁へ引っ掛かったが、その弩も次の瞬間には着弾で砕け、血飛沫と共に奥の壁へ叩きつけられた。
ダキールは引き金を戻すと、発射炎が消えた後も砲声の反響は通路を往復した。やがてそれが薄れると、回転を落とす砲身の駆動音と床を跳ねる薬莢の金属音が聞こえ始める。排莢口から吐き出された大きな薬莢はダキールの足元へ散らばり、緩い床の傾きに沿って転がっていた。
射撃自体はごく短い連射だった。台車のあった場所には折れた車軸と歪んだ荷台が残されている。遮蔽物の形は崩れ、鋼板の裂け目から漏れる照明が粉塵の中へ細く差し込んでいた。その上方を走る配管は位置を保ち、表面へ積もっていた埃だけが細かな筋になって落ち続けている。
「もう大丈夫だ、耳から手を離せ」
トゥシャンが隊員たちを振り返った。
ラバカはゆっくりと手を下ろし、伏せていた顔を上げた。通路には火薬と熱い金属の臭いが広がり、先ほどまで矢が放たれていた場所もまだ煙で霞んでいる。傍らのブリッシュシルバーも息を整え、胸元の端末を外す前に、窪みへ入った隊員を一人ずつ確かめていた。
階段を駆け上がる足音が、上階へ遠ざかっていく。
ダキールは最後の一人が曲がり角の向こうへ消えたことを確認し、銃口を僅かに下げた。砲身から立ち昇る熱で、彼の前の空気が揺らいでいる。
「負傷者はいるか」
「こちらは全員、無事です」
ブリッシュシルバーが答えた。隣でラバカも頷き、足元の携行灯を拾い上げる。隊員たちは壁際へ置いた機材を引き寄せ、緩んだ固定具を締め直していた。
「ありがとうございます。先へ進んでもよろしいでしょうか」
「少し待て。次の角を確認する」
トゥシャンが遮蔽物の先へ進み、放棄された弩と階段の入口を調べた。その間にブリッシュシルバーは主力へ短い報告を送り、地下でもまだ通信が通じることを確認した。
二度目の接触では、敵は二人の装甲を見て早々に退いた。狭い横道から数本の矢が飛んできたものの、こちらが隊列を整える間に足音が遠ざかっていった。トゥシャンは追撃を控え、小隊がその横道を通過するまで入口を塞ぐように立った。
散発的な抵抗を退けながら、一行はさらに深い保守区画へ入っていった。
周囲の設備は古びていたが、都市を動かすための幹線には電力が供給されている。照明が生きている場所と消えている場所が交互に続き、暗い区間では二人の巨人の影が携行灯に照らされ、壁から天井へ大きく伸びた。
ラバカが足を止めたのは、作業台と部品棚の置かれた保守室の前だった。
「トゥシャンさん、少しお待ちいただけますか。棚の下に何かあります」
灯りを向けると、工具箱の陰に銀色の破片が光った。しゃがみ込んだ彼女が台の下を覗くと、その奥にも潰れた金属片と細かな基板の残骸が、まとめて押し込まれていた。
ラバカは手袋を確かめ、長い工具で一片を引き寄せた。平たく潰れた外装に、裂けた被覆線が絡みついている。隣の破片には、根元から折れた端子が幾つも並んでいた。
「……これを見ていただけますか。これは、通信機の部品に見えるのですが……」
「……拝見します」
ブリッシュシルバーが機材を隊員へ預け、ラバカの横へ膝をついた。二人が破片を並べ始めると、トゥシャンもその前で身を低くし、ダキールが入口から室内へ視線を巡らせた。
残骸は一台分ではなかった。同じ形の取付金具や電源部の欠片が幾つも混じり、押し潰された外装には、重い工具で繰り返し叩いた痕がある。元の形を確かめようとしても、筐体は割れ、内側の部品までほとんど原形を失っていた。
「この小さな金属部は、信号を扱う部分だろう。こちらには外部の線を繋ぐための固定箇所が残っている」
トゥシャンが装甲の指先で破片を指し示した。
「通信装置だと思われるが、我々の知る規格とは異なる。携行する物なのか」
「おそらく、そうです。部隊で使う携帯型の中継機を含んでいた可能性があります。受話器の部品らしいものも、こちらに残っています」
ラバカが小さな破片を持ち上げる。その傍らで、ブリッシュシルバーが折れた接続端子を灯りへ近づけた。
「この形は……少し待ってください。手元の整備資料に、似たものがあったはずです」
彼女は端末に保存されていた部品図を呼び出し、端子を回しながら見比べた。画像を一枚進め、もう一度戻したところで、僅かに眉を寄せる。
「製造元まで分かるか」
ダキールが尋ねた。
「メーカーの刻印は残っていませんが、系列は絞れると思います。ウルサスを中心に広く使われている通信機のものです。ただ、この接続部の構造ですと……最新型のモデルかもしれません」
「新型、ですか」
ラバカも端末の画像へ目を寄せた。
「はい。以前のものより端子が小さく、固定具も変わっています。図面と一致するのは、この部分です。残っている物が少ないので断定はできませんが、古い機種の部品とは合いません」
ダキールは床へ散らばった残骸を見下ろした。破片の端には薄い油膜が残り、叩き潰された内側の金属も、長く湿気へ晒された物ほどには腐食していなかった。
「長年ここに捨てられていた物でもない。使える装置を纏めて壊したようだな」
「中心にある部品ほど強く潰している。整備の途中で廃棄したのなら、再利用できる部品をここまで壊す必要はあるまい。使用を終えた後、他の者に渡ることを避けたのだろう」
トゥシャンが別の外装片を拾い、内側へ大きく食い込んだ打痕を見せた。
ラバカは工具を握る指へ力を込めた。地上では守備兵の通信が奪われ、その下で、比較的新しい通信機が複数まとめて処分されている。
「この設備を使っていた人たちだけは、別の手段で連絡を取っていたのでしょうか」
「その可能性はある。だが、ウルサスで使われる品というだけで、持ち主までは決められぬ」
トゥシャンが部品を戻した。
「現物と位置を記録しよう。先へ進めば、他にも残っているものがあるかもしれん」
「承知しました。分かる部分を撮影して送っておきます。資料との照合は、後方の皆さんにもお願いした方がよさそうです」
ブリッシュシルバーが破片と発見位置を記録し、主力側へ送信した。しばらくして受領表示が返ると、彼女は端末を閉じ、採取した小さな部品を工具鞄の保管袋へ収めた。
小隊は再び隊列を整え、保守室の奥へ続く搬送路を進んだ。
通路は緩く曲がり、その先で広い機材搬入区画へ出た。頭上には荷物を吊るための走行架が渡り、壁際には大型ポンプと制御盤が並んでいる。床の中央に残った車輪の跡は、正面の搬送扉と、脇に設けられた人員用の出入口とを結んでいた。
先ほどまでの区画と比べ、足元に散らばる廃材が少なかった。
ラバカは通路の縁で立ち止まり、壁際へ灯りを向けた。古い油汚れの上に、長方形の明るい跡が幾つも並んでいる。重い箱を置き、最近になって持ち去ったらしい。その脇には切り落とした梱包帯が集められ、壁に打ち込んだ仮設の留め具だけが残されていた。
「ここで物資を広げていたようです」
トゥシャンが灯りの先を確かめる。
「箱を積んだ場所と人が通る場所を分けているな。奥はどうなっている」
「休憩に使える小部屋があります。図面では作業員の待機室です」
ラバカは扉の横から室内を覗いた。簡易寝台は壁に沿って畳まれ、毛布も同じ向きに積まれている。椅子と机は通路へ張り出さない位置へ寄せられ、食事をした痕跡は一か所へ纏められていた。
床に残った汚れと物の置き方から、ここを使った人数は少なくなかったと分かる。しかし、地上のレユニオンが占拠していた倉庫で見たような、私物と食料、武器が入り交じる様子はなかった。持ち去った物と残した物が、同じ基準で選び分けられている。
「壁のこちらも見てください」
ブリッシュシルバーが携行灯を持ち上げた。
入口の脇には新しい配線の跡があり、細い固定具が等間隔で残されていた。線そのものは取り外されているが、通されていた方向を辿ると、廊下の両側を見渡せる小さな窪みへ行き着く。そこだけ床の埃が薄く、腰を掛けるために使ったらしい箱の跡があった。
「この位置に連絡用の端末を置けば、出入口を見ながら室内と話せます。取り付け方も揃っていますし、複数の人がばらばらに作業したようには見えません」
「哨兵の位置だ」
ダキールが言った。彼は待機室へ入らず、搬入区画の中央から周囲を見ていた。
「こちらにも一つある。二か所で通路を見張り、待機する者を奥へ置いている。物資を運び出す時にも、警戒している者の前を塞がずに済む」
トゥシャンは畳まれた寝台と、入口に残った固定具を見比べた。野営の手順を共有する兵が使った場所には、装備が違っても共通する整え方がある。すぐに武器を取れる位置、交代する者の動線、退去の際に回収する物の順序。ここには、それらが揃っていた。
「正規の訓練を受けた部隊が、一定期間ここを拠点にしている。通りがかった者が一晩休んだ程度の使い方ではない」
「レユニオンにも、軍隊にいた方はいますが……」
ラバカは部屋の中へ目を戻した。
「それでも、ここまで装備と作業の仕方が統一されているのは、これまで見た場所とは違います。先ほどの通信機も、ここの方たちが処分したのでしょうか」
「その可能性は高い」
トゥシャンが答えると、ブリッシュシルバーは端末を開いた。
「主力へ報告します。この先へ進む前に、図面にない部隊がいたことを共有しておきたいです」
「頼む。小隊は一度、壁際へ集まれ。奥の扉を確認する」
ダキールが隊員たちへ手で合図を送り、正面の搬送扉へ視線を向けた。その両脇には整備用の機材が置かれていたが、足元の床だけはきれいに空いている。重量物を動かした跡が、壁際から扉の内側へ続いていた。
ブリッシュシルバーは主力の呼出符号を選び、通信を開いた。
「こちら地下別働隊、破損した通信機の発見位置から中枢側の搬入区画へ到着しました。複数の兵員が継続して使用していたと思われる――」
耳元で、鋭い雑音が弾けた。
ブリッシュシルバーはフェリーンの耳を伏せ、受信機へ指を当てた。先ほどまで表示されていた接続状態が失われ、予備回線へ切り替えても雑音は途切れない。すぐ傍にいる隊員の通信機からも、同じ音が漏れ始めた。
「……通信が切れました。全回線に干渉が出ています」
その声と同時に、頭上で駆動機が唸った。
通ってきた搬送路の天井から、厚い隔壁が下り始める。正面では別の扉が閉まり、脇道の照明も、金属板に遮られて細い線へ変わっていった。トゥシャンが振り向いた時には、後方の隔壁はすでに人の背丈まで下がっている。
「扉から離れろ。中央へ戻るのだ!!」
最後尾にいた隊員が慌てて足を止め、抱えていた機材を身体へ引き寄せた。その背後で隔壁が床へ落ち、固定機構が深く噛み合う音が響く。床から伝わった衝撃に、壁際の空き箱が幾つも跳ねた。
ラバカは図面へ目を落とした。進路と退路の表示が、いずれも閉鎖状態へ変わっている。閉じた扉を順に見回したところへ、ダキールの声が飛んだ。
「前方から来るぞ!」
正面の搬送扉の左右で、人員用の小扉が開いた。
白い仮面を付けた兵が姿を現し、その後ろから重装盾を構えた者が続く。さらに機材棚の向こうで別の出入口が開き、弩を持つ兵が壁沿いへ広がった。上階の点検歩廊にも人影が並び、手摺の隙間から小隊を見下ろしている。
数十人のレユニオン兵が、搬入区画を囲む形で現れた。
ラバカは無意識に一歩下がり、肩に掛けた工具鞄を押さえた。小隊の中でも息を呑む音が重なり、背後を確認しようとした隊員の携行灯が、閉じた隔壁を白く照らす。
「待ち伏せ……!?」
ブリッシュシルバーの受信機へ添えた指が動き、復旧用の設定を呼び出そうとして一度、隣の項目へ触れた。彼女は唇を引き結び、正しい表示へ戻す。
ダキールとトゥシャンは、敵の姿より、その配置を見ていた。
先ほどの通路では、巨人を見た射手が互いの前へ重なり、追いつめられた者から先に逃げ出していた。今、扉から出てくる兵には、その乱れがなかった。盾を持つ者は決められた位置で止まり、後続の射手がその隙間を通して弩を向ける。歩廊の兵も、床にいる味方と射線が重なる場所を避けていた。
最初から、この区画で敵を迎える訓練を積んでいたような動きだった。
「……ブラザー」
「分かっている」
トゥシャンはダキールへ短く答え、すぐに小隊を振り返った。
「全員、我々の後ろへ。ポンプの基台と壁の間へ入れ。上の歩廊から見えぬ位置まで下がるのだ」
彼はラバカの前へ身体を入れ、太い腕を広げて小隊の移動方向を示した。ダキールも反対側へ動き、射手の前を横切る隊員たちへ装甲の背を向ける。二人の巨体の間を、機材を抱えたエンジニアたちが次々と通り抜けた。
「こちらです。荷物は奥へ寄せてください。通る場所を空けましょう」
ラバカは声を出しながら、重いケースを抱えた隊員の腕を支えた。携行灯を基台の上へ置き、最後の一人が隙間へ入ったことを確かめてから、自分も壁際へ身を寄せる。
鋭い風切り音がした。トゥシャンの胸部装甲へ矢が当たり、砕けた矢尻が床を跳ね、もう一本がダキールの肩を掠めて背後の壁へ食い込む。二人は姿勢を変えず、エンジニアたちの前に立ち続けていた。
「ブリッシュシルバー、主力との通信を復旧してくれ。通常の回線が使えぬなら、持ってきた機材を使うのだ」
トゥシャンが言った。
「はい。ただ、妨害が強くて……少しお時間をいただくかもしれません」
「時間は我々が作る。落ち着いて作業せよ」
ブリッシュシルバーは彼の背中を見上げた。目の前を覆う装甲には矢が当たった痕が残っていたが、その声には急かす響きがなかった。
「……分かりました。こちらは、お任せください」
彼女は膝をつき、予備中継器のケースを開いた。ラバカもその隣へしゃがみ込み、端末を接続するための線を工具鞄から取り出す。
「私も手伝います。壁に保守用の接続口がありますから、使える線が残っていないか調べてみます」
「お願いします。私は妨害の範囲を確認します。予備機をこちらへ渡していただけますか」
二人の声が、作業のための落ち着いた調子へ戻り始めた。
ダキールはその声を背後で聞きながら、敵の盾列へアサルトキャノンを向けた。正面の射手が弩を僅かに下げ、脚部と腕の関節へ狙いを変えている。上階の兵は、トゥシャンが一歩動けば背後のエンジニアへ射線が通る場所を押さえていた。
「装甲の薄い箇所を探っている。こちらを動かして後ろを狙うつもりだ」
「ならば、ここからは退かぬ」
トゥシャンが足を開き、基台の前で構えを整えた。頭上には冷却用の配管が走り、すぐ背後ではエンジニアたちが通信機を広げている。彼はヘヴィーフレイマーの砲口を下げたまま、もう片方の腕を持ち上げた。
パワーフィストへ出力が送られ、厚い指を覆う金属の上で青白い光が弾ける。ゆっくりと握り込まれた拳の周囲で大気が歪み、漏れた放電が手首の装甲を這った。
隣ではダキールのアサルトキャノンが低く唸り始めていた。給弾機構が作動し、束ねられた砲身が回転を速めていく。
敵の盾列が小さく間隔を詰めた。トゥシャンは踏み出しかけた重装兵へ拳を向け、ダキールの銃口が、その隣で弩を構え直した射手を捉えた。