地下の別働隊が保守区画を進んでいた頃、地上ではロドス本隊が、中層へ続く緩い坂道を上っていた。
通りの両側には窓を失った建物が並び、その間を抜ける風が、路上の灰を低く運んでいる。北部で聞こえていた絶え間ない砲声は遠ざかり、代わりに都市基盤の駆動音が足元から伝わってきた。頭上の連絡橋には誰も見えなかったが、ドクターはその下を通過するたびに後続を区切り、射撃分隊が上階を確認してから次の班を進ませていた。
謎の感覚は、広場へ近づくほど強くなっていた。
「……この先です」
アーミヤが通りの奥を見た。建物が途切れた向こうから、淡い赤色の光が漏れている。火災の明かりとは異なり、壁面へ映る色はゆっくりと強まり、また薄れることを繰り返していた。
ロスモンティスも同じ方角を見つめている。浮遊する戦術装備の一枚が彼女の前へ回り、残る装備は主力の両側を覆う位置へ広がった。
「人がいる、それもたくさん。それと……真ん中に、すごく重いものがある」
「ヴェイルの報告した地点と一致する。前衛、その場で待機」
ドクターの指示を受け、ヴァレリウスが先頭の隊員を止めた。その隊員は後続へ停止を伝え、術師部隊が建物の角へ散る。ヴァレリウスはアイゼンヴァルトとストーンファングを伴い、三人で広場の入口へ進んだ。
広場は都市の上層と下層を結ぶ大きな階段の前に設けられていた。
中央には水の枯れた噴水があり、その周囲へ幾重もの盾が並んでいる。前列の重装兵は膝を僅かに曲げ、盾の縁を重ねすぎない間隔で立っていた。後方の射手は前列の肩越しへ弩を向け、左右の通路にも同じ装備の兵が配置されている。こちらの姿を認めても、怒号も、慌てて武器を取り上げる音も起こらなかった。
盾列の中央に、角を持つ巨体が立っていた。
白く褪せた装甲を覆う傷と、各所へ食い込む黒い結晶。地面へ立てられた大盾の上には、ウィンディゴの長い角が突き出している。傍らの槍は石突きを路面へ置かれ、その穂先だけでも、並ぶ兵の武器とは隔絶した大きさを持っていた。
「……パトリオット」
アイゼンヴァルトの声が低くなった。チェーンソードの柄を握る指へ力が入り、ヴァレリウスも前方の巨体から目を離さずに頷く。
「遊撃隊だ。全隊、不用意に間合いへ入るな」
ストーンファングは初めて間近に見る老戦士を、兜の奥から見据えていた。盾の置き方と、槍へ添えられた腕の位置。重い装備を纏いながら、足の置き方には僅かな無駄もない。
「あの老人か。立っているだけで、近づける場所を選ばされる……相当に戦ってきた奴だな」
彼は斧を肩から下ろした。
「龍門では、私と打ち合った」
「ほう。ならば、こちらも挨拶には気を遣わねばな」
声にはいつもの大きさが戻っていなかった。ストーンファングは左右の兵の配置へ一度視線を巡らせ、ヴァレリウスの後ろへ半歩下がった。
パトリオットは、まだ彼らを見ていなかった。
槍から離した右手の指先に、小さな護符が載っている。表面には細い亀裂が走り、縁の一部も欠けていたが、二つに割れることなく形を保っていた。彼はその亀裂を、装甲に覆われた指の腹でなぞった。
最後に娘から報告を受けてから、長い時間が過ぎている。通信は繋がらず、戻るはずだった者たちの足音も聞こえてこなかった。それでも、手元の護符は砕けていない。
生きているのか。少なくとも、その可能性は残っている。
パトリオットは護符を掌へ包み、胸元の内側へ収めた。それから槍を取り直し、青い装甲の戦士へ顔を上げた。
「また、会ったな」
「ああ。今回は、汝に聞いておきたいことがある」
ヴァレリウスが一歩前へ出た。
パトリオットの背後、枯れた噴水の基部に、赤く光る鉱石の塊が据えられていた。いびつな結晶の表面には幾筋もの線が刻まれ、台座を囲む地面にも、同じような文様が続いている。その外側を遊撃隊の盾兵が守り、誰も文様の上へ足を置こうとはしなかった。
ヴァレリウスは兜の感覚器を鉱石へ向けた。
光の変化と周囲のエネルギー反応が記録され、パトリオットの装甲から得られる微かな生体情報と重ねられていく。赤い光が強まるたび、老戦士の身体にも同じ周期の反応が現れていた。鉱石から周囲へ広がる力は、その巨体のある位置でひときわ強くまとまっている。
術式そのものは読み取れない。だが鉱石が光を増すたび、周囲の反応はパトリオットの身体へ集まり、そこから再び地面の文様へ広がっていた。彼の巨体が、力の巡る経路の中心にある。
――依り代にしているのか。
ヴァレリウスは鉱石と老戦士を交互に見た。ヴェイルが捉えた精神反応も、この巫術に由来するのだろう。破壊すれば何が起こるかまでは、今の観測から判断できなかった。
「その先へ、行くつもりか」
パトリオットが先に問うた。
「この都市の制御を取り戻す。龍門へ到達する前に進路を変え、衝突を阻止せねばならん」
「諸君らなら、タルラを止めることも、できるだろう」
意外な言葉に、後方のアーミヤが顔を上げた。パトリオットはヴァレリウスから視線を動かさず、傷んだ喉で言葉を繋いだ。
「だが、その時。諸君らは、誰を倒す。あの娘を、取り戻すのか。それとも、危険な敵として、殺すのか」
ヴァレリウスはすぐには答えなかった。
龍門で告げた、タルラの内側に別の存在がいるという話を、この男は忘れていない。現在のタルラへ疑いを抱きながら、なおここを守っている。主人の命令に従うだけであれば、今の問いは必要なかったはずだ。
タルラが倒れた後のことを考えているのだろう。指導者を失い、各地で連絡を絶たれた感染者たちが、それぞれの場所で潰されていく。その事態を恐れているのならば、道を開けるという判断は容易には下せない。
「彼女を救う手段を探す。ロドスも同じ考えだ」
「手段が、なければ」
「都市を止める。そのために必要な戦いを避けるつもりはない」
パトリオットの盾が、僅かに傾いた。
「ならば、答えはまだ、出ていない」
ヴァレリウスは外部音声を切り、ケルシーとの回線を開いた。アーミヤとドクターが入口から進み出る間も、彼の視線は老戦士を捉え続けていた。
「ケルシー。広場にパトリオットと遊撃隊がいる。背後の鉱石を中心に巫術が行われており、彼自身の身体がその依り代となっている可能性が高い」
『ボジョカスティが……そうか』
通信の向こうで、足音が止まった。
「フロストノヴァへ繋げられるか。本人の声を聞かせられれば、こちらの話へ耳を傾けさせる助けになる」
『今は難しい。彼女は保護された後、体調を崩して病棟で処置を受けている。蓄積した疲労と負傷に、鉱石病の進行が重なった。会話をさせるために処置を中断できる状態ではない』
ヴァレリウスの視界で、生体反応の表示がまた一度揺れた。
『生存していることは伝えて構わない。ただし、回復について安易な約束はするな。私がそちらへ向かう。それまで持ち堪えてくれ』
「承知した」
短く答え、ヴァレリウスは回線を戻した。
アーミヤは彼の隣に立っていた。向かいの盾列から数多くの視線を向けられながらも、杖を下げたまま、パトリオットへ顔を向けている。
「フロストノヴァさんは、生きています。スノーデビルの方たちも、ロドスで保護しています」
槍を握るパトリオットの指が、僅かに動いた。
「……娘は、どこにいる」
「ロドス本艦の病棟です。今も治療を続けています。すぐにお話しできる状態ではありませんが、出発前にも、医療班から彼女の状態を聞いています」
「我が同胞が龍門で保護し、医療班へ引き渡した。彼女たちは、指定された撤退路で待ち伏せを受けている」
ヴァレリウスは続けた。
「この都市でも同じことが行われていた。部隊間の通信は切られ、退却の判断を求める連絡さえ届かない。タルラの内側にいる者は、レユニオンを使い潰そうとしている。汝が守ろうとしている兵も、その対象に含まれているのだ」
遊撃隊の中に僅かな動きが生じる。
「聞きたいことがあれば、記録も渡せる」
ドクターが端末を下げたまま告げた。
「だが、ここで戦えば、君たちを切り捨てようとしている者に時間を与える。都市を止めた後で、フロストノヴァに会ってほしい」
パトリオットの胸元で、装甲に隠れた護符の紐が揺れた。
「娘が、生きているならば。そのことには、感謝する」
声は低く、僅かな息がその後へ漏れた。
「だが、あの子の命と、ここを通すことを、引き換えにはできん」
「引き換えにするつもりはありません」
食い気味にアーミヤが答えた。
「治療は続けます。皆さんが私たちを通してくれなくても、それは変わりません。だから、今この都市で起きていることを、一緒に止めてほしいんです」
パトリオットは初めて、アーミヤを正面から見た。
小さな身体は盾の高さにも届かない。それでも、目の前にいる者の力を承知した上で、彼女はその場を動こうとしなかった。
「ロドスは、何人を、救える」
「救える人を増やしていきます」
「収容しきれぬ者は。諸君らの艦へ、辿り着けぬ者は。次の街で、武器を向けられた者は、誰を頼る」
アーミヤは息を吸い、答えようとした。パトリオットはその声を待たず、背後に立つ兵たちへ僅かに顔を向けた。
「彼らは、自ら立った。守られるのを、待つことをやめた。私は、その者たちを、ここまで連れてきた」
大盾が地面から持ち上がった。長く使われた留め具が軋み、左腕の装甲へ重い荷重が掛かる。
「タルラが倒れ、レユニオンが、崩れれば。残された者は、再び一人ずつ、狩られる。諸君らの、救助が、届くまで、生きてはいまい」
「その瓦解を進めているのが、今の指導者だ」
ヴァレリウスが言った。
「汝なら、残された者をまとめられる。ここで道を塞ぐために使っている力を、彼らを生かすために使え。我々の前に立ち続ければ、最後には汝の部下を失うことになる」
「私が、退いた後を、諸君らは、引き受けると、言うのか」
「少なくとも共に戦い、守ることはできる」
「それを、決めるのも、諸君らだ」
パトリオットの槍が、静かに下がった。穂先は地面に触れる手前で止まり、ヴァレリウスとアーミヤの間を指している。
「私は、感染者たちが、自ら立つ場所を、守る。娘が生きていても、死んでいても。この戦場の勝敗が、どちらへ傾こうとも」
後列の射手が、弩を肩へ引きつけた。盾兵たちの姿勢が低くなり、広場の左右で、槍の穂先が一斉に前へ出る。
「レユニオンの自壊と、我々の闘争の、終わりを、ここで見届ける、つもりはない」
「パトリオットさん。まだ話せます。フロストノヴァさんも、あなたに――」
アーミヤの声を遮った言葉には、怒鳴るような響きはなかった。それがかえって、彼の決意を明らかにしていた。
「生きている、全ての、感染者のために。諸君らの価値は、私を殺してのみ、証明される!!」
長槍の石突きが路面を打つ。その音を合図に、遊撃隊が前進した。
「アーミヤ、下がれ。前衛は左右へ展開、射撃隊は盾の後ろへ!」
ドクターの声と共に重装オペレーターが前へ出た。ロスモンティスの戦術装備が回転し、放たれた弩を受け止める。金属板へ矢が食い込む音が重なる中、アイゼンヴァルトのチェーンソードが唸りを上げた。
「ならば、今度こそ――!」
「アイゼンヴァルト。彼は私が受け持つ」
飛び出そうとした黒い巨人の前へ、ヴァレリウスが腕を出した。
「ストーンファングと共に盾列を押さえろ。ロドスへ近づけるな」
返答を待つ間に、背部へ固定していたストームシールドを外す。右の前腕を内側の支持具へ通すと固定装置が深く噛み合い、装甲を介して防御用の力場へ出力が送られた。左手は腰の剣を抜き、光を纏わぬ刃を盾の陰へ置く。
パトリオットは中央を進んでいた。自分の左右へ部下を分け、槍を構える位置を少しずつ下げている。盾の上端を越えた赤い光が青い戦士の胸元へ向いた。
ヴァレリウスが三歩進んだところで、老戦士の踏み込みが始まった。
その巨体が、見かけの重さを感じさせぬ速さで距離を詰める。長槍が盾の陰から伸び、ヴァレリウスの喉元へ向かった。ヴァレリウスは右肩を前へ送り、盾の外縁で穂先を受けた。
白い閃光が弾け、衝撃が装甲の内側まで通った。
槍を正面に受け止めれば、次の動きが遅れる。ヴァレリウスは盾を傾けながら半歩進み、突き抜ける力を外へ逃がすと、左手の剣を低い位置から振り上げた。狙いは槍を支える前脚の膝だった。
パトリオットの腕が引かれ、柄が短く持ち直される。剣の軌道へ槍の根元が差し込まれ、そのまま下へ押し流された。大盾の下端が続けて迫り、ヴァレリウスが脚を引いた場所へ叩きつけられる。
敷石が割れ、噴き出した破片が足元を通り過ぎた。
ヴァレリウスは引いた足を軸に身体を回し、右腕の盾をパトリオットの守りへ押し込んだ。装甲の駆動機構が唸り、大盾同士が正面からぶつかり合う。パトリオットは片足を引いて重さを受け流しながら、空いた外側へ槍を回した。
穂先を外された直後の武器が、柄の一端を使ってヴァレリウスの左肩へ迫る。
それを剣の根元で受けたヴァレリウスは衝撃へ逆らわずに肘を引いた。金属の軋む音が短く響き、その動きで生まれた隙間へもう一度盾を差し込む。パトリオットの上体が僅かに傾き、二人の足が同時に横へ動いた。
槍と剣が交差した跡に火花が散り、その下では盾が互いの進路を押し潰していた。
広場の入口にいたオペレーターが思わず息を止めた。最初の槍が外れたと思った時には、二人はすでに立つ場所を変えている。刃を追って視線を動かしても、目に入るのは打ち合った後の腕と足元から飛び散る石の欠片ばかりだった。
「中央へ入るな。二人の間を横切る射撃も止めろ」
ドクターは直ちに命じ、戦闘区域を左右へ分けた。
アイゼンヴァルトも、隣の通路へ向かう直前にその攻防を見ていた。
龍門でパトリオットと打ち合った時、彼は自分の速さと踏み込みを使い、相手の守りを押し開こうとした。盾を動かし、槍を引きつけ、次の斬撃が通る場所を作る。その一つ一つへ老戦士が応じ、双方とも決定的な一撃を入れきれずに終わっている。
今、ヴァレリウスとパトリオットの間では、同じ応酬が遥かに短い間隔で行われていた。打ち込んだ刃を戻すより先に足が次の位置へ入り、まだ届いていない攻撃へ盾が向く。僅かな重心の移動が、次に使える武器と間合いを同時に変えていた。
戦団の中でも選び抜かれた戦士が、長い修練と実戦の中で磨き上げた技。その一手先へ、数百年を戦い続けた老戦士の槍が置かれている。
アイゼンヴァルトは前を向き直り、迫る遊撃隊の盾へ肩を叩きつけた。
中央ではヴァレリウスの剣がパトリオットの右腕へ伸びていた。老戦士は槍を引き、剣を追わせたところで盾を押し出す。ヴァレリウスはそれを自分の盾で受け、左へ抜けようと足を動かした。
その動きを待っていたように、パトリオットの槍が跳ねた。
顔面へ向かった穂先に合わせ、ストームシールドの上端が僅かに上がる。だが槍は突き切られず、老戦士の手の内を滑りながら下へ落ちた。同時に、大盾の角がストームシールドの縁へ掛かり、その向きを外側へ押し開いた。
ヴァレリウスは腰を捻った。
槍の穂先が青い胴鎧へ食い込み、重なった装甲板を斜めに削り取った。鋭い金属音が鳴り、腹部へ叩き込まれた衝撃で視界の警告が明滅する。内側へ伝わった痛みと共に、ヴァレリウスの片足が後方へ滑った。
パトリオットの踏み込みは、そこまで届いていた。
ヴァレリウスは退いた一歩で姿勢を立て直し、槍が引かれる位置と、老戦士の肩が戻る角度を記録した。裂けた外装の下から、少量の血が滲んでいる。直撃を完全に避ける余地を奪われた瞬間、彼は残る動きを身体の回転へ使い、穂先が深く入るのを防いでいた。
「ヴァレリウスさん!」
「動ける。各隊、聞け」
アーミヤへ短く答え、ヴァレリウスは共通回線を開いた。再び伸びた槍を盾の中央で弾き、横へ移動しながら声を続ける。
「遊撃隊の抵抗を潰せ。可能な限り死者を出すな。武器を失った者と戦えぬ者への追撃は禁ずる。拘束と治療を、戦闘と並行して行え」
『……この相手に、捕縛をお望みですか』
アイゼンヴァルトの声の背後で、盾を打つ音が響いた。
「彼らを生かし、もう一度話す余地を残す。ロドスが感染者を救うと言った言葉を、我々の行動で示せ」
『承知しました』
『難しい注文をする。だが、やってみよう!』
ストーンファングが応じ、ドクターもすぐに医療班と重装オペレーターへ指示を出した。
ヴァレリウスは回線を閉じ、老戦士の盾を見た。
パトリオットをここで殺せば、黒蛇は自らの手を汚さずに最も危険な内部の敵を失わせることができる。彼が生きていれば、遊撃隊も、いま孤立している感染者の兵たちも、別の命令へ耳を傾ける可能性が残る。
その存在は、中枢での戦いを大きく変え得る。
とはいえ、説得のために武器を下ろせる相手ではなかった。これ以上の損傷を許せば、自分の方が先に戦えなくなる。
パトリオットが槍を引いた瞬間、ヴァレリウスは前へ出た。右の盾を突き出し、次の刺突が通る場所を狭める。左手の剣は上段へ回され、老戦士の頭部へ向かって振り下ろされた。
パトリオットの盾が、その軌道へ上がった。
先ほどまでの剣ならば、厚い盾で逸らして伸びた腕へ槍を返せる。老戦士の右脚が動き、反撃のための重心が作られる。その時、剣の刃元に組み込まれた発生装置が起動した。
次の瞬間、刃を青白い力場が刃を包んだ。
盾の上部へ触れた剣は、ほとんど速度を落とさずにその内側へ入っていった。強固な金属を形作る分子の結合が接触面から破壊され、幾重にも補強された盾板が斜めの切断面を残して分かれていく。
パトリオットは腕を引いた。反応が僅かに遅ければ、刃は肘の内側まで届いていただろう。引かれた盾から大きな上端部が離れ、続く斬撃が左前腕の外側を、装甲服ごと削り取った。
黒い結晶の欠片と血が散り、切り離された盾の一部が路面へ落ちて重い音を立てた。パトリオットは槍を水平へ振るって追撃を阻み、半歩下がる。左腕から流れた血が残った盾の内側を伝っていた。
――あの剣には、この力が隠されていた。
パトリオットは傷より先に、青白い刃を見た。幾度も槍と打ち合わせることで、鋼の剣として受ける判断を誘われていたのだ。さらに先ほど胴を捉えた一撃の時、青い戦士は退き切るための動きを途中で変え、槍の届く最も深い位置に身体を残していた。
受けた傷を代価に、老戦士がどこまで踏み込み、どの位置から盾を戻すのかを見ていた。
青い胴鎧の傷からは、まだ血が滲んでいた。その痛みを姿勢へ表すことなく、異邦の戦士はすでに次の踏み込みへ脚を移している。
「……見事だ」
老戦士の盾が、再び持ち上がった。
「私が、これまで、刃を交えた、者の中でも。貴殿は、五指に入る」
ヴァレリウスは答えず、剣を低く構えた。傷を負った左腕で盾を支え続ければ、次の動きには必ず遅れが出る。その腕を押さえ、槍を持つ手へ届く位置を取ろうとした時、彼の感覚器が新たな変化を捉えた。
裂けた前腕の内側で、黒いものが動いた。
露出した傷口から源石の結晶が伸び、血に濡れた断面へ枝を広げていた。割れた装甲の間を埋め、離れた肉を繋ぐように絡み合い、その上へさらに細かな結晶が重なっていく。
パトリオットが指を握り込んだ。失われかけた腕の形が、黒い鉱物によって支えられていた。流れていた血が塞がれ、残った盾が先ほどと同じ高さまで上がる。背後の鉱石が赤く輝き、老戦士の装甲に食い込む結晶も、その光を深く映した。
「傷が……」
アーミヤの声が止まった。ドクターも端末へ触れていた指を止め、広場の中央を見たまま言葉を失っていた。
盾列を押していたアイゼンヴァルトが、兜を僅かに向ける。ストーンファングの笑い声も途切れた。戦場で数多くの異様な生命を見てきた彼らでさえ、血を流していた腕が目の前で源石に埋められていく光景には息を詰めた。
ヴァレリウスの踏み込みが、一瞬だけ浅くなった。
その僅かな間へ、パトリオットの槍が来た。ストームシールドの力場が激しく明滅し、受けた衝撃が右腕から肩へ突き抜ける。ヴァレリウスは盾を支え、剣を外へ開いて次の突きに備えた。
槍の重さが、先ほどより増していた。
そして、広場の両側でも遊撃隊とロドスの前衛がぶつかり合っていた。
アイゼンヴァルトはチェーンソードの駆動を止め、左手のボルトピストルを装具へ戻していた。前へ出た盾兵へ肩から当たり、盾の上端を空いた手で掴む。装甲の駆動音と共にその盾を下へ捻じり、開いた隙間へ剣の護拳を打ち込んだ。
兜を強打された兵が膝をつく。その身体が崩れるより早く、後列から別の盾が出た。倒れた者を足元へ引き込み、アイゼンヴァルトの腕へ槍を突き出してくる。
黒い巨人は上体を捻って刺突を外し、さらに一歩を踏み込んだ。
「道を開けろ!」
低く構えた盾へ蹴りが入り、金属の縁が石畳を削った。支えていた兵が後方へ押し込まれる。だがその兵は倒れず、隣の者が差し出した盾の内側へ体重を預けて踏み止まった。
アイゼンヴァルトは間を与えずに追った。止めた鋸歯を相手の武器へ噛ませ、横へ引きながら体当たりを重ねる。盾の裏側から伸びた腕を捉えると、手首を折り曲げて剣を落とさせ、その兵ごと隣の隊列へ押し込んだ。
前列に僅かな乱れが生まれた。
「ロスモンティス。今だ、左の二枚を開かせろ」
「うん」
ドクターの声へ答えた少女が手を上げた。
大きな戦術装備が路面すれすれを走り、重なり合う盾へ正面から衝突する。鈍い金属音と共に一枚が横へ弾かれ、支えていた兵の足が石畳を滑った。もう一枚の戦術装備が縦に回り、その背後で振り上げられた槍を遮る。
「そこから手を離して」
ロスモンティスは盾を押し続けながら、相手の身体を見ていた。抵抗する兵の肩が上がり、肘が動かなくなる寸前で力の向きを変える。盾だけが留め具を引き千切って外れ、噴水の脇へ転がっていった。
無防備になった兵へ、ストーンファングが踏み込む。
斧の力場はすでに落とされていた。彼は太い柄を横にして相手の胸へ押し当て、突き出された槍を脇へ払いながら、その身体を後ろの兵へ押し返す。続いて振るった斧の頭が隣の盾の上端を捉え、外へ大きく跳ね上げた。
遊撃隊員の上体が露出し、アーミヤの放った黒いアーツがその腕へ絡んだ。槍を振り下ろそうとした動きが止まり、重装オペレーターが盾を押しつけるようにして彼を隊列の外へ引き離した。
「武器を離してください。今、治療できる場所へ運びます」
アーミヤの声に兵は歯を食いしばって抗った。二人のオペレーターが腕を押さえても、立ち上がろうとする力が止まらない。複数人が間へ入って肩を支え、ようやく膝が地面へついた。
ドクターはすぐに拘束班を増やし、医療班をその後ろへ移した。
倒せば次の者が立つ。盾を外しても、その下から伸びる腕が巨人の動きを捕らえようとする。ウルサスの軍隊で鍛えられた熟練兵を核とする遊撃隊は、崩れた箇所を補う手順を身体で覚えていた。
ストーンファングが正面の盾へ斧を振り下ろした時、その強さはさらに明確になった。
盾を持つ大柄な兵が片脚を引き、斧の落ちる方向へ盾面を傾けた。刃が縁を削りながら食い込み、盾板が深く歪む。それでも兵の膝は折れず、斧の重みを受けた身体が低く沈んだ。
次の瞬間、その脚が伸びた。盾と共に押し上げられた斧がストーンファングの腕を戻す。彼の後ろ脚が石畳を擦り、踏み締め直した装甲靴の下で砂が散った。盾兵の肩と背が盛り上がり、巨人を押す勢いはなお止まらない。
ストーンファングは斧を握る手へ力を込め、装甲の補助機構が唸る。互いの足元で石が軋み、斧の柄と盾の留め具へ重い荷重が掛かり続けた。
「ははっ……!」
彼は笑った。片腕だけで押し切ろうとする構えを改め、もう一方の手を柄の下へ添える。
「良いぞ! そのまま押してみろ!」
盾兵は返事をせず、歯を剥いた。その脇から別の兵の槍が差し出され、ストーンファングの腹部を狙う。
彼は押し合う力を残したまま身体を横へ開いた。盾の圧力を斜めへ流し、すぐ横を通り抜けた槍を柄で弾く。踏み込みすぎた盾兵の足へ自分の足を掛け、体重を浴びせると、二人の重みで石畳が低く鳴った。
倒れた兵はなお盾を離さず、その下から腕を伸ばしてくる。ストーンファングは盾を足で押さえ、首を動かした。
「アイゼンヴァルト! 此奴ら、強者ばかりではないか! ただの一振りで道が開くと思うておったら、押し返されるぞ!!」
「笑っている暇があるなら、その者を押さえろ!」
アイゼンヴァルトは苛立った声を返し、二本同時に伸びた槍を剣の腹で逸らした。
「……だが、脆くはない。腕も、胆力もな」
彼の前にいる兵も黒い装甲へ剣を当てただけで満足しなかった。刃が通らぬと分かれば関節へ狙いを変え、掴まれれば隣の兵が腕を取り戻す。力を競り合わせる一瞬には、アスタルテスに拮抗する者さえいた。
強引に押し潰せば、その下にいる者も死ぬ。生かして隊列から切り離すには反撃を受ける距離で彼らの守りと連携を一つずつ崩す必要があった。
「右の槍兵を押さえる。ストーンファングさん、左からお願いします!」
「任せろ、嬢ちゃん!」
アーミヤのアーツが盾列の間へ入り、槍を持つ腕の動きを鈍らせた。ストーンファングが斧の柄を差し込んでその武器を跳ね上げ、ロスモンティスの戦術装備が隣の盾との間へ割って入る。三人の動きが重なり、ようやく一人が隊列の外へ押し出された。
医療班の前へ負傷した遊撃隊員が運び込まれた。そのすぐ隣には、肩へ矢を受けたロドスの隊員も座らされている。医療オペレーターは二人の状態を確かめ、流れる血の多い方へ先に手を伸ばした。
運ばれてきた兵はその手を振り払おうとした。しかし持ち上がった腕は途中で力を失い、差し込まれた包帯へ落ちた。仲間を連れ戻そうとしていた遊撃隊員がその光景を盾越しに見て、ほんの一瞬だけ足を止めた。
広場の中央から轟音が届き、皆の足元へ新たな振動が走った。
パトリオットの槍がヴァレリウスの盾を打っていた。右腕で受けた衝撃を逃がすため、ヴァレリウスは足を斜めに運んだ。その移動先へ老戦士の盾が回り、残された逃げ場を狭める。ヴァレリウスは剣を返し、大盾の縁へ切っ先を向けた。
パトリオットは盾を引いた。
力場を纏った刃との接触を避けながら空いた位置へ槍を通す。ヴァレリウスが斬撃を続ければ、その腕へ穂先が届く間合いだった。彼は剣を途中で止めて盾で槍を逸らすと、その動きのまま相手の正面へ肩を入れた。
二人の大盾がぶつかり、足元の敷石が割れた。
パトリオットは槍の石突きを地面へ置き、それを支点に身体を回す。押し合っていた盾の面が突然消え、ヴァレリウスの横へ老戦士の巨体が移った。戻ってきた槍の穂先を青い戦士は姿勢を低くして躱した。
背後の石柱が中ほどから砕ける。倒れてくる装飾柱の一部を盾で押し退けながら、ヴァレリウスはパトリオットの前脚へ剣を振った。老戦士は脚を引き、切っ先が空いた場所を通過する間に、槍を短く握り直している。
すでに互いの武器が振り切られるのを待つ余裕はなかった。攻撃を受ける位置を誤れば、その場で次の二手まで奪われる。ヴァレリウスは肩、腰、膝の動きを同時に追い、パトリオットは剣と盾の間にある僅かな隙間へ槍を送り続けた。
赤い光が強まった瞬間、パトリオットの踏み込みがまた一段深くなった。ヴァレリウスが盾を構え直すより先に穂先が届き、防御用の力場が甲高い音を発した。右腕の内側に負荷の警告が現れ、胴の傷へ痛みが走る。
ヴァレリウスは姿勢を崩さず、相手の身体から得られる情報を確かめた。
動きは速くなり、武器へ込められる力も増している。その一方で生きた組織の反応として識別できていた微かな変化が少しずつ失われていた。呼吸は浅くなり、装甲の隙間を埋める結晶の反応だけが強くなる。
傷を塞いだ源石は、腕の形に収まらず、肘の内側へ伸び始めていた。
――このままでは、巫術に身体を費やし尽くす。
ヴァレリウスは盾を押し出し、一瞬だけ槍との間隔を広げた。術が続けば、さらに重くなる攻撃を受け切れなくなる恐れがある。ここを突破できたとしても、深い損傷を負えば中枢で待つ敵と戦う力が残らない。
何より、説得するべき相手がその前に失われる。
「……ドクター。鉱石の発光に合わせて、パトリオットの力が増している。生体反応は逆に弱まっている」
『こちらでも見えている。アーミヤも感じる気配が先ほどから変化していると言っている』
「はい、パトリオットさんの感情が遠くなっています。ここにいるのに、あの石の方へ引かれて……」
アーミヤの声の途中で槍が再び盾へ当たった。ヴァレリウスは衝撃を受け流し、左へ回って老戦士の向きを変えた。
「石を破壊する。あれを通じて力が流れ込むたび、身体の侵食が進んでいる」
鉱石を砕いた時にどのような反動があるかまでは分からない。それでも、観測を続けるほど生体反応は減り続けていた。剣で彼の動きを止めるより先に増殖を促す術を断たねばならなかった。
「ストーンファング、ボルトガンで噴水の鉱石を砕け。私はパトリオットをここへ留める」
『了解した。少しだけ足場をもらうぞ』
ストーンファングは眼前の槍を斧の柄で上へ払い、伸びた腕へ肩を押し込んだ。体勢を崩した兵を駆けつけた重装オペレーターへ引き渡すと、噴水の方へ目を向ける。
赤い鉱石の周りには、まだ盾兵が残っていた。前方で隊列が押されても持ち場を離れず、ロスモンティスの戦術装備が近づけば盾を重ねて台座へ続く場所を塞いでいる。
その配置を見たストーンファングは、すぐ傍の少女へ顔を向けた。
「ロスモンティス。あの盾を動かせるか。石まで、銃弾一本分の道が欲しい」
「みんなが持ってるから、一度には動かせないと思う」
「一瞬でよい。こちらへ出てくる隙を作れれば、それで撃てる」
ロスモンティスは盾兵たちを見てから、小さく頷いた。
「……うん、分かった。右側へ向かせる。おじさんは反対に回って」
「任せた」
ストーンファングは斧を腰の固定具へ収め、背部に吊っていたボルトガンを外した。トリガーに指を置きながら、共通回線へ声を送る。
「アイゼンヴァルト、アーミヤ! しばらく前を頼む。あの石を片づけてくる!」
「行け。こちらへ戻る道は残しておく」
「私も支えます。お二人とも気をつけてください!」
アーミヤが前進し、アイゼンヴァルトの後ろへ位置を変えた。黒いアーツが彼の左右へ広がり、槍を構え直した兵の足元を捉える。アイゼンヴァルトは正面の盾へ剣の柄を叩き込み、ストーンファングを追おうとした兵を隊列へ押し戻した。
次の瞬間、ロスモンティスの戦術装備が動いた。
最初の一枚が噴水を守る盾列へ斜めから突き当たった。三人の盾兵が足を揃え、衝撃を受け止める。装備が引かれた直後には別の一枚が反対側から迫り、そちらへ盾を向けた兵の横を最初の一枚が再び押した。
金属板同士の衝突が、立て続けに広場へ響く。
盾兵たちは容易に崩れなかった。先頭の者が押されれば後ろから肩が添えられ、横へ弾かれた盾の隙間には別の盾が入る。ロスモンティスはその動きを見ながら、装備を当てる位置を少しずつ変えていった。
一度目は盾の中央、次は上端。その次は盾そのものを避け、踏み込もうとする足の前へ装備の縁を落とす。
進路を塞がれた兵が半歩戻り、その分だけ隣の盾へ肩を寄せた。すかさず上から別の装備が押し掛かり、盾の向きが高くなる。
「……そっちを見てて」
ロスモンティスが呟いた。
彼女の注意は向こうにいる一人一人の身体へ向けられていた。倒れかけた者へは圧力を弱め、代わりに支えへ入った者の盾を押す。立ち直るための動きが、そのまま隣の兵を動かしていく。
ストーンファングは崩れた欄干の陰へ入り、低く身を屈めてボルトガンを構えた。照準の先では上下に動く盾の間から赤い光が現れ、すぐに隠れている。
兵の身体が射線を横切っている間、引き金には触れなかった。噴水の右側で戦術装備が一枚、盾へ密着したまま横へ滑った。盾を持つ兵が踏み止まり、もう一人が背後へ回って支える。そこへ上から加わった圧力が二枚の盾を同時に傾けた。
そして鉱石の下部が露出した瞬間、ストーンファングの銃口が僅かに動いた。
初弾が放たれた時には、守備兵はまだ右側を向いていた。ボルトガンの轟音が広場へ響き、自己推進する弾体が盾の脇を抜けた。赤い鉱石の下部へ深く食い込み、その内部で炸薬が作動する。刻まれていた文様が内側から断ち切られ、鮮やかな光と共に亀裂が走った。
続く二発が、同じ場所へ叩き込まれた。
鉱石の基部が砕け、支えを失った上部が傾いた。次の爆発がその内側を押し広げ、赤い破片が噴水の縁へ弾け飛ぶ。ロスモンティスは押していた戦術装備を引き、回転させながら守備兵と鉱石の間へ差し込んだ。
飛び散った欠片が金属板を打ち、乾いた音を立てた。
広場を覆っていた赤い光が、一度だけ強く膨れる。アーミヤが息を詰め、ロスモンティスの装備が僅かに傾ぐ。何かに引かれ続けていた感覚がそこで途切れた。台座から伸びていた光の筋は順に消え、鉱石のあった場所には割れた石と細かな粉だけが残った。
次の瞬間、パトリオットの槍がほんの僅かに鈍った。
ヴァレリウスはその変化を右腕で感じた。盾を押していた圧力が途切れ、老戦士の装甲にまとわりついていた赤い光が薄れていく。左腕を覆う結晶の増殖も止まり、肘の内側へ伸びていた尖端が形を変えなくなった。
兜へ浮かぶ生体情報は依然として弱い。それでも、段階を追って失われていた反応の減少は収まりつつあった。
ヴァレリウスは盾を引き、次の刺突に備えた。
巫術が全身を呑み込む前に力の流れを断つことはできた。黒い結晶に支えられた前腕は、いまも重い盾を握っている。その動きには僅かな硬さが現れ、肘を曲げるたび裂けた装甲の縁から細い欠片が落ちた。
「――大尉!」
噴水を守っていた兵の一人が叫んだ。
パトリオットは鉱石の残骸へ顔を向けた。足元には切り落とされた盾の上部も転がっている。彼はそれらを短く見た後、槍の石突きを路面へ置き、片足を踏み直した。
遊撃隊の間で、短い命令が交わされた。
砕かれた台座を囲んでいた兵が、互いの盾を確かめながら前へ出る。術を守るための陣形は解かれたが、武器を下ろす者はいなかった。倒れた仲間を後ろへ引き込み、空いた場所を別の兵が埋めていく。
「……止まる気はないようだな」
ストーンファングがボルトガンを下げた。
「まだ、みんな立とうとしてる」
ロスモンティスが答え、戦術装備を自分の前へ戻した。その向こうでアイゼンヴァルトは剣を構え直し、アーミヤも息を整えながら倒れた兵が踏まれぬようアーツを広げていた。
ドクターは医療班への通路を指し示した。
「前衛は位置を維持、負傷者を先に下げる。押し返す時も中央へ近づきすぎるな」
ヴァレリウスの前で、パトリオットが大盾を持ち上げた。
削り取られた上部から左肩が見え、黒い結晶で塞がれた腕の内側には、乾きかけた血が付着している。老戦士はその腕で盾を身体へ引き寄せ、右手の槍を水平へ戻した。
「盾を、上げろ。私はまだ、斃れん!」
その声は、なお広場へ届いた。
ヴァレリウスは右腕の固定具へ力を掛け直した。腹部の傷が痛み、装甲の内側で止血の状態を示す表示が変わる。左手の剣には青白い力場が残り、その光が向かいの盾に刻まれた新しい切断面を照らした。
パトリオットの前脚が動いた。ヴァレリウスも足を運び、再び槍の届く距離へ入った。