オペレーター・スペースマリーン   作:Sanctum

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第三話時点で原作死亡キャラ生存タグを追加しました


お互いの世界

 

 オナーガードとハルト伍長と向かい合うアーミヤ。

 彼女は青い巨人の放つ異様な雰囲気に気圧されつつも、自分の後ろに並べてある、様々な異物(・・)と、二つの遺体袋に目を向ける。

 

 これらはハルト伍長が荒野に倒れていた際に周囲に散乱していたものだという。

 具体的には、複数の傷ついた軍用ケースに大小様々な薬莢、そして遺伝子構成不明の肉片、いくつかの瓦礫や破片、そして二人の兵士らしき人間の遺体。

 

 Aceとオナーガードの話と辻褄を合わせると、これらはハルト伍長と共に別の世界からテラへ転移してきた、ということになる。

 

「……まず確認させてください」

 

 アーミヤは顔を上げる。

 

「これらは全て、あなた達の世界から来たものなんですね?」

 

「その通りだ」

 

 オナーガードは即答した。

 

「そして、その遺体も」

 

 彼は遺体袋へ視線を向ける。

 

「我らが帝国の兵士である」

 

 ハルト伍長の表情が曇る。転移の混乱の中で忘れかけていた現実が蘇ったのだろう、だがその表情には悔みだけではなく、僅かな恐怖心が混ざっていた。

 

 アーミヤもまた黙祷するように目を伏せる。

 

「……お悔やみ申し上げます」

 

 ハルト伍長は静かに目を瞑り、頷いた。

 一息置いてから、再びアーミヤが口を開く。

 

「一つ聞いてもいいでしょうか」

 

 慎重に言葉を選ぶ。

 

「あなた達は何度も『帝国』と言っています」

 

「そうだな」

 

「それは国家ですか?」

 

 少しの沈黙の後、オナーガードは答える。

 

「国家という表現は、些か正確ではない」

 

 アーミヤが首を傾げる。

 

「では?」

 

「人類の文明そのものだ」

 

 部屋が静まり返った。

 ハルト伍長ですら当然のように頷いている。

 

「帝国は銀河に存在する無数の人類世界を統治している」

 

「無数……?」

 

「百万を超える惑星だ」

 

 誰も言葉を発しなかった。

 アーミヤも例外ではない。

 

 百万。

 

 それはテラに生きる者には想像すらできない数字だった。

 

「そんな……」

 

 思わず声が漏れる。

 

「それだけの人々がいるんですか?」

 

「いるさ」

 

 今度はハルト伍長が口を開く。

 

「俺の故郷――マクラーグにも数百億人の人間が居た。俺は見たことないが…俺達の宇宙には巣窟都市(ハイヴ・シティ)というものがあるんだ」

 

「ハイヴシティ、ですか……?」

 

 聞き覚えのない単語に首を傾げるアーミヤ。

 ハルト伍長は続ける。

 

「惑星の地表を、地層になった都市が覆い尽くしているんだ。上は大気圏まで、下は地殻付近まで、夥しい数の人間がいると聞いた。俺の学校では数兆~数十兆の住人がいると習った」

 

「ち、兆って……」

 

 天文学的な数字に唖然とするアーミヤ、Aceも困惑した表情を浮かべている。

 ロドスは移動都市一つを維持するだけでも莫大な労力を費やしている。

 

 国家ですら天災や戦争、感染症に振り回されているこの世界で、惑星規模の都市など想像もつかなかった。

 

「……その」

 

 アーミヤは恐る恐る口を開いた。

 

「そんなに多くの人々がいて、食糧や水はどうしているんですか?」

 

「輸送だ」

 

 オナーガードは即答した。

 

「帝国には農業を専門とする惑星が存在する」

 

「農業だけの惑星?」

 

「そうだ。食糧生産を担う農業惑星。工業製品を生産する工業惑星。帝国の信仰を象徴する神殿惑星。様々な役割を持つ世界が存在する」

 

 アーミヤは目を見開く。

 一つの都市ですら役割の分担に苦労しているというのに、彼らの世界では惑星そのものが役割を持つ。

 

 あまりにも桁違いの話だった。

 

「それで成り立っているのか?」

 

 今度はAceが尋ねる。

 

「惑星一つが食糧生産だけに依存するなんて、輸送路が止まれば終わりだろ」

 

 ハルト伍長は苦笑した。

 

「終わるさ」

 

「……何?」

 

「実際に終わる」

 

 部屋の空気が少し変わった。

 ハルト伍長は遠い目をした。

 

「輸送艦隊が来なくなれば飢える。敵に包囲されれば飢える。反乱が起きれば飢える」

 

「なら何故そんな仕組みに」

 

 アーミヤが問いかける。

 今度はオナーガードが答えた。

 

「効率だ」

 

 短い一言。

 

「帝国は銀河全域に広がっている」

 

 彼は静かに続ける。

 

「個々の世界が全てを賄う必要はない」

 

「……」

 

「帝国は一つの惑星ではなく、一つの文明だ」

 

 アーミヤは言葉を失った。

 

 移動都市。

 国家。

 天災。

 

 そんな概念が急速に小さく思えてくる。それほどに、目の前の男が語る世界はあまりにも巨大だった。

 

 だからこそ、彼女は次の疑問を口にした。

 

「そんな大きな文明なら……」

 

 少しだけ期待を込めて。

 

「きっととても繁栄していて、皆さんが前に向けて進めているんでしょうね」

 

 確かに、彼女の考えは正しい。

 銀河全域に広がる統一文明、星間国家なりの効率化されたシステム。

 

 何も事情の知らぬ者が聞けば、さぞ多くの民族・種族が共に繁栄し、大いなる文明を築いているのだと思うだろう。

 

 だが、その瞬間。

 

 オナーガードとハルト伍長が同時に沈黙した。

 部屋に奇妙な静寂が訪く。

 

 Aceが眉をひそめる。

 

「……違うのか?」

 

 ハルト伍長は乾いた笑みを浮かべた。

 

「嬢ちゃん」

 

 そして静かに言う。

 

「俺が生まれてから今日まで」

 

 彼の表情は当たり前、といった具合だった。

 

「人類が平和だった日は一秒として無い」

 

 アーミヤが息を呑む。

 

「え……?」

 

「人類同士で。異星人と。化物と。反逆者と」

 

 ハルト伍長の表情が暗くなる。

 

「我々の世界に於いて、平和や休息は存在しない。帝国の全ては人類のため、そして皇帝陛下の為に捧げられる」

 

 今度はオナーガードが続けた。

 

 その声音に誇張はない。

 ただ事実を述べているだけだった。

 

 あまりにも次元の違う、想像の及ばない話。

 

 見かねたAceが、一つづつ縫い目を解くように質問していく。暮らしや生活のことはハルト伍長に、戦争や政治のことはオナーガードに。

 やがてそれらのやり取りから、彼らの暮らす世界の大まかなことは理解できた。

 

 そこは、長い歴史の中で戦争のみが残った世界。

 

 人命は資源に等しく、彼らの根本的な思想は暴力的なまでに排他的且つ保守的であり、日々の終わらない異端審問(魔女狩り)や戦争、飢餓により天文学的数の人命が失われていく。

 彼らの故郷の平均寿命は30歳程度、これでも帝国の中では長い方であるという。

 

 価値観も思想も、根本的に異なるまさに『異世界人』。

 

 これまで幾らか言葉を交わし、感じてきた違和感はこれだったのだ。

 

 この残酷な地で、それでも希望を捨てず、必死に足掻くテラの人々。

 だが、彼らは希望や救いなどはそもそも存在しないに等しい。あるのは凄惨な戦争と絶望のみ。誰が何を足掻こうと、まっているのは暗黒の未来だけなのだ。

 

 アーミヤはすっかり意気消沈してしまい、もはや問答を出来る状態ではなかった。

 

「お前達の世界がどれだけ酷いことになっているか理解できたよ。これじゃあ、まるで小さい世界でどうこう言っている俺達が馬鹿みたいじゃないか」

 

「……いいや、それは違うな」

 

「何?」

 

 Aceの言葉に、ハルト伍長がしっかりとした口調で返す。

 

「アンタ達の惑星も、普通じゃないんだろう。この施設内で度々見かける病人や、武装した職員を見るだけでわかるさ」

 

 一息付いて、彼は言った。

 

「教えてくれ、アンタ達の世界について」

 

 そして、Aceの口からテラの事について語られる。

 

 源石(オリジニウム)という未知の物質に、それによって引き起こされる感染症――源石病(オリパシー)。更には、それが原因で蔓延する感染者への差別や天災。

 

 どれもが帝国には存在しない新しいモノ。

 

 ハルト伍長はマクラーグ以外の惑星を知らないため、新しい環境や概念にはとても興味深そうに話を聞いていた。オナーガードは様々な惑星を転々としているため、彼よりは冷静である反面、オリジニウムについては興味を示していた。

 

 特に、それらを媒介として引き起こされる、物理・精神への干渉、アーツ。

 

 彼等からすればそれは〈歪み〉の力を利用しないサイキックパワーのようなものであり、自分の身体に負荷が掛かるというだけ(・・)で多種多様な能力を行使できるのは非常に魅力的に感じた。

 

 そうして簡単な質疑応答が一段落した頃、オナーガードの視線がふとアーミヤへ向けられた。

 正確には、その頭上へ。

 

「以前から気になっていた」

 

「え?」

 

 アーミヤは思わず自分を指差した。

 

「私ですか?」

 

「その耳だ」

 

 アーミヤの長い耳がぴくりと動く。

 

「ああ……これですか」

 

 何度も受けてきた質問だった。

 彼女は落ち着いた様子で答える。

 

「私はコータス族です」

 

「種族名か」

 

「はい」

 

 オナーガードは僅かに頷く。

 

「すると、この艦にも複数の人種が存在するのだな」

 

「ええ」

 

 アーミヤは周囲を見回した。

 この部屋には自分達しかいないが、壁の向こう、この巨大な艦の中には様々な種族の職員が働いているのだ。

 

「フェリーン、ループス、フォルテ、サンクタ……他にも沢山います」

 

 オナーガードは静かに聞いている。ハルト伍長は感嘆したように頷き、彼女の話をききいっていた。

 その反応は、勿論アーミヤが予想していたものとは違った。

 

「なるほど」

 

 彼が発したのは、それだけだった。

 困惑したのはむしろアーミヤの方だった。

 

「……驚かないんですか?」

 

「何故だ?」

 

 逆に聞き返される。

 

「その……私達の見た目とか」

 

「耳や角のことか?」

 

「はい」

 

 少し言いづらそうにアーミヤは答えた。

 

「軽微な変異の範疇だな」

 

 オナーガードは数秒間を置き、そのように結論付けた。

 アーミヤの顔が困惑の色で塗り潰され、Aceも変異、という言葉には馴染みがなさそうにする。

 

「変異?」

 

 Aceが眉をひそめる。

 

「そうだ」

 

 オナーガードは当然のように続けた。

 

「骨格構造も内臓配置も人類とほぼ同一だ。耳の形状や角程度であれば、〈歪み〉の影響で変異した人間と大差はない」

 

「……」

 

 アーミヤは沈黙する。

 

 無論、本来であれば歪みの影響で変異した者達は異端審問の対象となる。軽微な変異すらも、〈歪み〉の領域に棲まう悪魔達の影響であると疑いが掛けられる。

 

 ここが帝国内であれば、まずはオナーガードはアーミヤ達に混沌の穢れを疑っていただろう。だが、この異世界ではそうした変異は外的要因ではなく、人類、アエルダリ、オルクのように種族的特徴として捉えられていた。

 

 彼は根本的に概念が異なる可能性を考え、そのような行動を起こさなかったのだ。

 

「一つ、良いか?」

 

 すると、ハルト伍長が恐る恐る質問をする。

 

「先ほど、オリパシーという感染症について話していたな。その病気に罹ると人はどうなるんだ?」

 

 彼の質問に、アーミヤは俯きながらゆっくりと答える。

 

「感染者は、最終的には死に至ります」

 

 先ほどから続く質疑応答の中で、話題は自然とオリパシーへ移っていた。

 ハルト伍長は腕を組みながら俯く。

 

「治療法は?」

 

「根治療法はまだ確立されていません」

 

 ハルトの表情が少し曇る。

 

「そうか……」

 

「ただし、進行を抑制する治療法は存在します」

 

 だが次の瞬間、アーミヤはそう続けた。

 

「適切な治療を受ければ長期間の生存も可能です。実際、私たちロドスは感染者達の治療を行っています」

 

 ハルト伍長は感嘆する。死に至る病を患った人々へ、見返りも求めずに手を差し伸べる組織。彼等の常識では到底理解できたものではなかったが、彼はその姿勢を尊敬に値すると考えた。

 

 続いてハルト伍長が再び問う。

 

「どれくらいだ?」

 

 何気ない質問だった。

 アーミヤも何気なく答える。

 

「種族や個人差はありますが、十数年ほど生存する方もいらっしゃいます」

 

 彼女の言葉に、彼は直ぐに反応しなかった。

 ハルトが瞬きを繰り返し、聞き返す。

 

「……今、何年と言った?」

 

「十数年ですが」

 

「十数年?」

 

「はい」

 

 再び沈黙。

 

 そして。

 

「十年も生きられるのか!?」

 

 彼は思わず椅子から身を乗り出した。

 アーミヤがびくりと肩を震わせる。

 

「えっ?」

 

「十年だぞ!?」

 

 今度はAceまで困惑した顔になる。

 

「何をそんなに驚いてる」

 

「何をって……」

 

 ハルトは逆に驚いた顔をした。

 

「病気なんだろ?」

 

「そうだ」

 

「死ぬんだろ?」

 

「……そうですね」

 

「それで十数年生きられるんだろ?」

 

「だから何だ」

 

 Aceの問いに、ハルトは思わず頭を抱えた。

 彼は呼吸を落ち着かせ、謝罪する。

 

「いや、すまない。ここは価値観も世界も違う場所だったな。興奮しすぎてしまった」

 

 帝国の一般臣民の寿命は極端に短い。惑星にもよるが、全体的な平均で言えば30〜40歳になれれば良い方、巣窟都市(ハイヴ・シティ)の下層ともなれば平均寿命は10歳程度になることすらある。

 

 そしてそれは民間人の話。

 

 激戦地の惑星防衛軍や、戦地を転々とする帝国防衛軍(アストラ・ミリタラム)ともなれば、更に平均値は下がる。

 

 有名な揶揄として、“ミリタラムの兵士の平均寿命は15時間”というものがある。全ての部隊がそうでなくとも、そう揶揄されるくらいには長く生きることができないのだ。

 

 そうした環境で生きていれば、十数年も延命できると聞き衝撃を受けるのは当然だった。

 

 だからこそ、理解できなかった。

 

 感染者差別。

 

 そのような病気であれば、適切な処置と隔離を行えば恐れる必要は全くない。触れただけで即座に感染することもなければ、理性を失って暴れるわけでもない。

 

 どうして差別し、恐れる必要があるのか、と。

 

 これはテラの国家や種族の複雑な関係を理解していなければ分からない問題であった。だが、ハルト伍長は理解できなかったし、深掘りをするつもりはない。

 

 アーミヤ達が感染症で深く苦しんでいることを分かっていたからだ。

 

 こうして簡単な問答が終わった後、話題は共に転移してきた様々なものに移っていた。

 

「これらはあなた達の世界のものの筈です。私たちも適切な扱い方が分かっていません。良ければ、それぞれの物について教えて頂けませんか?」

 

「構わない」

 

 アーミヤの要求をハルトは快諾する。

 彼の机の上に、まず載せられたのは既に亡くなっていた二人の兵士が持っていたラスガンだった。他にも、数個の手榴弾や医療キットが並んでいる。

 

「これはお前達の世界の一般的な兵士の装備、ということで間違いないか?」

 

 Aceがハルトにそう質問する。

 彼は少し難しい顔をしながら答えた。

 

「あー…標準的、という訳でもない。惑星の豊かさや文化・伝統で装備は変わるし、他の組織もあるからな。だが、少なくとも俺の故郷の部隊の装備はこれが標準だ」

 

 ハルトの答えに、Aceは納得したような表情を浮かべる。

 確かに、銀河規模の文明ならば文化や環境も多種多様、全て統一するというのは難しいだろう。

 

 彼はそう結論付け、アーミヤと共に装備のことを聞き出していく。

 

 いくらかの質問をしたところで、一番二人が衝撃を受けたのはやはりラスガンなどの火器だろう。

 アーツを使わずに高温の熱線を光速に近い速度で飛ばし、人間程度であれば容易に無力化することができる。

 

 戦術に精通しているオナーガード曰く「ラスガンの本領が発揮されるのは量が揃った時」らしいが、これが大量に並べられた時の威力は想像すらできない。

 

 他にも鎮痛効果と興奮効果を併せて付与する医療用スティムや各種応急処置品など、医療品は比較的テラと似ているものが多く、そこは安心できた。

 

 他にもフレイマーと呼ばれる火炎放射器やメルタガンと呼ばれるとんでもない兵器、各種雑用品など。

 

 どうやら転移したのは補給基地の一角だったようで、多くの備品が揃っていた。

 

 その中に、箱に詰め込まれたいくつかの缶詰をアーミヤが見つけ、手に取る。一つは蓋が半分ほど開封されていて、彼女が顔を近づけて匂いを嗅ぐと、僅かな穀物のような香ばしい匂いと少しばかりの不快な鼻を刺す匂いが漂っていた。

 

「食料、でしょうか……?」

 

 缶の表面には読めない文字列が刻まれている。おそらくは帝国の言語なのだろう。

 傍らにいたハルト伍長が缶詰へ視線を向けた。

 

「ああ、コープススターチだな」

 

「コープススターチ?」

 

 聞き慣れない単語にアーミヤは首を傾げる。

 Aceも興味深そうに缶詰を覗き込んだ。

 

「保存食の一種ですか?」

 

「まあそんなところだ」

 

 ハルトは気軽に答えた。

 本来ならハイヴ・シティでしか流通しないものだが、保存食として各惑星には備蓄・もしくは製造するための施設が存在している場合があり、多くの場合は惑星が敵によって封鎖されたりして、物資が不足した時に配布される。

 

 マクラーグの戦いでは要塞での籠城戦により、多くの物資が不足していたため、例外的にコープスターチの缶詰が一部の部隊に配布された。

 

「味はどうなんです?」

 

「ほぼ無味だな。泥を啜ってる感じだ」

 

 即答だった。

 

「そ、そうなんですね……」

 

「不味いが腹は膨れる。兵隊は味なんて気にしないからな」

 

 ハルトは肩を竦めながら言う。

 

 アーミヤは苦笑しながら缶を観察した。

 確かに長期保存食らしい見た目だ。

 

 だが妙に気になることがあった。

 

「何で出来ているんですか?」

 

「死体だ」

 

「――は」

 

 アーミヤが声を漏らす。

 Aceも唖然とし、思わず聞き返す。

 

「……なんだと?」

 

「死体だよ。死んだ兵士や市民のな」

 

 部屋が静まり返り、アーミヤは瞬きを忘れたように固まった。

 

 理解が追いつかない。

 いや、理解したくなかった。

 

 先ほどまで顔を近づけていた缶詰。匂いまで嗅いだ缶詰。その事実が脳裏で結び付いた瞬間――

 

「っ……!」

 

 彼女の顔から血の気が引いた。

 慌てて缶詰を机の上へ置き、数歩後ずさる。

 

「うっ……」

 

 喉がひくりと震える。

 鼻腔に残るあの匂いを思い出した途端、胃の奥が激しくせり上がってきた。

 

「アーミヤ?」

 

 Aceが声を掛けるが、返事はない。

 

「おぇっ……!」

 

 アーミヤは口元を押さえて俯いた。

 吐きはしなかったが、堪えきれない嗚咽が漏れる。

 

「う、ぅ……っ」

 

 肩が小刻みに震える。

 目にはうっすら涙まで浮かんでいた。

 何故そんなものを自分は平然と手に取り、匂いまで嗅いでしまったのか。その衝撃が大きすぎた。

 

 ようやくアーミヤが震える声で口を開く。

 

「す、すみません……」

 

「いや、こちらこそ悪かった。少し表現を誤魔化してでも配慮すべきだったな」

 

 オナーガードもハルト伍長も、自分達の世界とこの世界の価値観の違いの程度は気付いてきていた。その矢先、まだ幼い少女の心を傷付けてしまったのではと少し反省する。

 

 重苦しい沈黙が部屋を支配していた。アーミヤはまだ少し青い顔をしている。

 結局、その空気を破ったのはAceだった。

 

「……よし」

 

 彼は大きく息を吐く。

 

「その話は一旦終わりだ」

 

 全員の視線が向く。

 

「アーミヤ、大丈夫か」

 

「は、はい……」

 

 少し時間はかかったものの、何とか立ち直ったらしい。

 Aceは頷いた。

 

「なら本題に戻る」

 

 そう言って、今度はオナーガードとハルト伍長へ向き直る。

 

「俺達が今考えなきゃならないのは、お前達の食文化じゃない。お前達をどうするかだ」

 

 その言葉に、部屋の空気が少し変わった。

 アーミヤも表情を引き締める。

 

 文化や歴史の話は興味深い。だが現実問題として、目の前の二人は正体不明の異邦人だ。しかも一人は大型オリジムシの群れを単独で殲滅できる怪物じみた戦闘力を持っている。

 

「確認ですが」

 

 アーミヤが口を開く。

 

「お二人とも、この世界で頼れる相手は居ないんですよね?」

 

「いないな」

 

 ハルトは即答した。

 オナーガードも頷く。

 

「少なくとも現時点では確認できていない」

 

「元の世界へ帰る方法も?」

 

「不明だ」

 

 短い返答、嘘は感じられなかった。

 Aceは腕を組む。

 

「ロドスとしては、お前達を放り出すつもりはない」

 

「本当か?」

 

「ああ」

 

 Aceのその言葉にハルトが信じられないと言った様子で言葉を漏らす。

 陰謀や悪意のない、純粋な救いの手を未だに理解できていないようだった。

 

「ただし条件はある」

 

 今度はオナーガードが反応した。

 

「聞こう」

 

「お前達が危険じゃないと確認できるまでは、勝手な行動は控えてもらう」

 

 それは極めて妥当な要求だった。

 そもそも素性も真意も分からない、それも戦争しかしてこなかった連中を自由にさせるほど愚かな人間は居ないだろう。

 

「監視下に置くということか」

 

「そういうことだ」

 

 オナーガードはAceの返答を聞き、即座に受け入れる。

 

「合理的だ」

 

 予想外の反応だったのか、Aceが僅かに眉を上げる。

 

「構わないのか?」

 

「立場を入れ替えて考えれば当然の処置だ」

 

 オナーガードは静かに答える。

 

「正体不明の武装勢力を無条件で信用する組織など存在しない」

 

 その言葉にAceは思わず笑った。

 

「それもそうだな」

 

 ようやく少しだけ、互いの間にあった警戒が薄れた気がした。

 

 アーミヤはそんな様子を見ながら小さく息を吐く。

 少なくとも今夜、彼らを荒野へ放り出さずに済みそうだった。

 





・ラスガン
帝国軍が大々的に運用するエネルギー兵器。集束したヒートレーザーを光速に近い速度で射出し、標的にダメージを与える。単体での火力は乏しいが、ラスガンの真の脅威は数が揃った時にある。大量に発射されたレーザーは装甲車の装甲はもちろん、要塞の壁すらも溶解させる。これは人海戦術を是とする帝国軍にとってうってつけなのだ。

帝国防衛軍(アストラ・ミリタラム)
スペースマリーンが帝国軍の主力だと思われがちだが、本当の主力はミリタラムである。ミリタラムは謂わば歩兵や機甲部隊、砲兵、戦闘機で構成された「ザ・軍隊」であり、圧倒的な物量で敵を押し返す。まるで兵士を肉壁として使うような容赦のない戦力投入は大量の死傷者を出すが、人口が無限に近い帝国にとっては痛くも痒くもないのである。

・コープスターチ
私 で 作 り ま し た (原材料の声)
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