バスケットボールは何色か。 作:バレテーラ
朝、真新しい水色の制服に袖を通す。
新品の匂いと使われてない硬さを感じ、俺はもう帝光の生徒じゃないことを実感させられる。
着替え終わって部屋を出ると、先日からうちで住み始めた千夏先輩と鉢合わせた。
「おはよう。うちの制服だね、似合ってるよ」
「おはようございます。なんだか着させられてる感が否めないですけど……」
「慣れだよ慣れ。私も最初のとき同じこと思ってたし」
微笑ましそうに笑う千夏先輩。
そんな先輩も制服姿だった。
「先輩も今日は学校に行くんですか?」
「うん。といっても、クラス案内とHRだけなんだけどね。その後は体育館の片付けが終わり次第部活だよ」
「なるほど」
さすがスポーツ強豪校だけあってストイックだ。
そんな風に会話をしていると千夏先輩がふいに「あっ」と何かを思い出して、
「それはそれとして、入学おめでとうっ」
……と祝いの言葉をくれて俺は思わず苦笑い。
「まだ早いですって。入学するのは、これからなんですから」
そう、今日は入学式。
本日をもって俺は帝光中の茶城颯人ではなく、栄明高校の茶城颯人となるのだ。
*
千夏先輩がうちで居候することが決まってから、話はトントン拍子に進んでいった。
先輩のお母さんである春香さんが「じゃあさっそくお父さんに話して、荷物もこっちに運ばないと!」なんて準備を始めて、一週間もしない間にうちに千夏先輩の部屋が構築された。
場所は俺の隣の部屋。
壁はそんなに薄くないらしいが、先輩の迷惑にならないことを祈るばかりである。
ちなみに引っ越しの際、千夏先輩のお父さん――冬樹さんとも話をした。
……したというか、自分の娘が厄介になるということで母さんたちに菓子折り持って挨拶にきて、俺とは顔を合わせただけなんだけども。
パッと見の印象は厳格な父親って感じで、正直よく同年代の男子がいる家に暮らすことを許したなって思った。
実際、帰り際にこっちに「何もするなよ?」的な目を向けてきたし。
まぁ、するもなにも俺には警戒されるようなことをする度胸もないし、そもそも千夏先輩がそういったことには目もくれなさそうだから全然安心できるんだが。
そんな風に千夏先輩がうちで暮らし始めてから、早数か月。
先輩がうちでの生活に順応していく一方で、俺は俺とて新しい学校生活を迎えることとなる。
「(えっと、俺のクラスは………1ーBか)」
校内の玄関に張り出されているクラス案内で自分のクラスを確認し、教室へと足を向ける。
千夏先輩にも案内されたのもあって迷いなく辿りつけた。
教室には半数ほどの生徒が。
……当然といえば当然だが、俺と同じ中学の奴はいない。
俺みたいに他所から入ってくる人は少なからずいるが、大体が栄明の中等部から上がってくる人たちばかり。
「……まずは友達づくりからだなぁ」
なんて思っていたのだが、
「――――颯人?」
「ん?」
名前を呼ばれて振り向くと、そこには黒髪短髪の男子がやや懐疑的な顔でこっちを見ていた。
その隣には赤髪の女子と眼鏡の男子。
「やっぱり颯人じゃん! 久しぶり!」
「大喜、知り合い?」
「ああ、小学校の頃に何度か遊んだことがあるんだよ」
「そのわりに当の本人は全然ピンときてないようだけど」
俺の前で盛り上がる三人。
二人はともかく黒髪の方は俺と面識があるようだが、正直心当たりが……いや待て。小学校の頃に遊んで、名前が大喜って……。
「もしかしてお前、ウリ坊か? あの、チームワーク皆無で突っ走ることしか能にない “ウリ坊” 大喜か!?」
「一言どころか二言余計だ!!」
記憶にあった人物と照らし合わせてみると、たしかに当時の面影が残っていて俺の知っている大喜だと確信できた。
――猪俣大喜。
母さんつながりで小学校の頃に何度か遊んだことのある友達だ。
中学に上がってから遊ぶどころか連絡すらとってなかったせいかすっかり忘れてた。
「……お前、完全に俺のこと忘れてただろ」
「いやー、そんなことはー、……あるな」
「そこは取り繕えよ!?」
「だって忘れてたのは事実だし。それに大喜相手に変に気を遣うのなんか違うかなーって」
「ったく」
と、そこまで話したところで大喜の傍にいる二人へ目を向ける。
さすがにこの二人とは面識はないと思うけど……。
「で、そっちの二人は大喜の友達?」
「あ、そうだった。こっちは「私は蝶野雛! こっちの眼鏡男子が笠原匡くんだよ!」――おい! 人が紹介しようとしてるのにかぶせるな!」
「大喜がのろのろ話してるから代わりに教えてあげたんです~、むしろ感謝しなさいウリ坊くん」
「恩着せがましいにもほどがあるだろ!? というか、そのあだ名で呼ぶな!」
「え~? 良いと思うけどな~。チームワーク皆無で突っ走っちゃって、友達に忘れられててショックを受けてるウリ坊の大喜くん?」
「新しい要素を付け足すな!」
「あ、俺は茶城颯人。よろしく」
「笠原匡。匡でいいから。こっちこそ、よろしく」
「「って、こっちを放置して仲良くすんなーっっ!!」」
「この二人っていつもこんな感じ?」
「……まあ」
それはなんとも毎日が賑やかそうなことで。
その後、蝶野とも自己紹介をすませて。
「へー! 颯人くんって地元はこっちじゃないんだーっ」
「元々は東京で、親父の仕事の都合でこっちに引っ越してきたんだよ。大喜とはお互いの母親が学生時代のチームメイトってことで、小学校のときに知り合ったんだ」
「っていっても年に一、二回遊んでたぐらいだったけどな」
「成程」
話を聞くと、蝶野と匡はどっちも中学から大喜と友達になったらしい。
入れ違いだし、そりゃ俺とは面識ないわけだ。
「中学に入ってからは部活があって、会うどころか連絡先すらお互い交換してなかったもんな」
「……そりゃ三年も顔を合せていなかったら覚えてないのも仕方ない、か」
蝶野と匡は一応納得したみたいだが、一方で大喜は「ぬぬぬ……!」と顔を顰めてどこか腑に落ちないご様子。
だから俺が悪かったって。
「よーし、みんな一度席につけー。この後すぐ入学式だから確認していくぞー」
四人で話を続けているとだんだんと教室内にいる生徒が増えていき、最後にクラス担任であろう先生がやってきた。
「先生も来たし、とりあえずここまでだな」
「またあとでね~。大喜は式の最中に寝ないように~」
「それはお前だろ!」
先生が来たのを見計らい、三人が席へと戻っていく。
それにしても、まさか大喜とこうして再会できるとは思わなかった。
おかげで蝶野や匡と友達になれたし。
幸先の良さに安堵し、このまま今日一日乗り越えられればなと思いながら、俺は先生の話に耳を傾けて、その後クラス総出で体育館へと足を運んだ。
**
「終わった~っっっ!!」
「お前寝てただけじゃん」
「だって挨拶だけなのに一時間近く座りっぱなしなんだよ? 話が長いのが悪い」
「校長の話が長いのって、やっぱりどこも同じなんだな」
「まぁ、あっちも立場上言わないといけないこともあるだろうし、そんなもんじゃないか」
入学式は恙なく終わり、晴れて正式に栄明生徒になった俺。
教室に戻り、先生からの軽い説明を受け、解散となる。
「さて、と……じゃあ、この後はそれぞれ部活だな」
「その前に体育館の片づけがあるけどな」
「……そうでした」
「私、少し遅れていこうかな」
「おい、サボんな。体育館利用者」
「あはは、冗談だって!」
逃がさないぞという目を向ける大喜と、けらけら笑う蝶野。
決めつけはよくないけど、隙を見てサボってそうなイメージがあるんだよなぁ。
「話の流れ的にみんな運動部なのか?」
「ああ、俺と匡がバド部で」
「私が新体操部っ」
「へぇー」
「こいつ、これでも全中四位に入って新体操の期待の星って言われてるんだよ」
「おい、“これでも”は余計だろ」
さっきのお返しなのか、大喜がそんなことを言い、蝶野から小突かれる。
「颯人は部活どうすんの? やっぱりバスケ?」
……と、大喜からふいにそんなことを聞かれた。
そっか、こいつは俺がバスケをやってることを知ってるんだっけ。
「颯人くんバスケ部だったの?」
「まぁ、一応は……」
「ミニバスからやってたんだよな。おかげで昔は何度も付き合わせられてさ。確か中学は、帝光ってとこに行ったんだっけ?」
「……帝光って、あの帝光?」
帝光、それを聞いてバド部のはずの匡が目を見開いた。
「匡くん知ってるの?」
「バスケ部じゃない人でも知ってる、めちゃくちゃ有名なバスケの超強豪校だよ。しかも、去年一昨年一昨々年で全中三連覇を果たしてる」
「三連覇っっ!!?」
「なんでも、十年に一人の天才が同時期に集まったみたいで……たしか『キセキの世代』って呼ばれてるらしい」
「あっ! それは聞いたことあるかも!」
まさか!? と蝶野と大喜が、匡も二人ほどじゃないけど興味を含んだ目を向けてきて、俺は苦笑いを浮かべて否定する。
「残念だけど、俺じゃないよ。俺なんかと違ってアイツらは次元が違うし」
「でも、そんな奴らと一緒のチームで活躍してたんだろ? 充分すげぇじゃん!」
……なんて、ちょっと自虐めいたことを言うと大喜がそれを否定する。
こういう真っすぐ他人を認めて誉めるところとか、昔と変わってないんだな。
「そうだよね~、大喜だったらチームプレイなんてできないもんね~」
「体育の授業でバスケやったときは、パスも出さずに一人で突っ走ってたもんな」
「そこも変わってないのか……」
「何で俺が貶されてるんだよ!!」
「まあまあ、そんな大喜よりもバドでがむしゃらにラケット振ってる大喜の方が似合ってると思うよ?」
「それは褒めてるんだよな……?」
たしかにチーム競技よりも、自分一人で集中して臨む方が大喜には性に合ってるかもしれない。
「……で、結局颯人はバスケ部に入るの?」
「あー、それは……」
匡に聞かれて、どう答えるか迷う。
正直なところ、千夏先輩のおかげでバスケへの気持ちが再燃したとはいえ、まだ完全に立ち直ったというわけではない。
ランニングやボールハンドリングなんかの基礎トレなんかは始めたものの、よしじゃあ入ろう! と行動に移せるほどの決心まではつかないでいた。
「……まぁ、別に中学と同じにしないといけない決まりなんてないし。このあと部活見学する奴らもいるだろうから、いろんなとこを見て決めてもいいんじゃないか」
そんな俺の様子から何かを察して、匡はそう言ってくれた。
優しいな匡は。
「そうだな。今日はいろいろ見て回ることにするわ」
今回だけは、その優しさに甘えることにした。
三人が部活に向かい、俺も一人部活を見て回るために教室を後にする。
とはいえ、体育館は片づけがあるからまだ見学はできない……となれば、先に文化部だな。
体を使う方が好きだけど、授業やイベント以外でちゃんと見たことはなかったからか、少なからずワクワクしている俺だった。
***
――なんて、いろいろ見て回っていたら結構な時間が経ってしまっていた。
けど、そのぶん知らないことを知れて、なんだったら少しだけ体験させてもらえたし、有意義な時間だったと思う。
……本物の抹茶って、あんなに苦いのな。
文化部はあらかた見終わり、残すは室内の運動部のみ。
すでに片づけは終わっているはずなので、今行けばちょうど活動している真っ最中だろう。
吹奏楽部の奏でる曲を聞き流しながら、体育館へと向かうことに。
「お、やってるやってる」
体育館の前までくると、ボールの弾む音、シューズの擦れる音、活気ある声援が聞こえてくる。
いろんな部が見れるように二階へと上がると、すでに結構な人数の生徒が見学していた。
俺もそれに紛れて、眼下の部活を眺める。
「(バスケ……バレー……バド……新体操……演劇もここでやってるのか)」
それだけの部活がこの体育館一つで活動してる様子を見ると圧巻としかいいようがない。
――で、少しの間バスケの方を眺める。
スポーツ強豪校なだけあって、栄明のバスケもそれなりに上手い印象が窺えた。
「(そういえば大喜と匡はバドで、蝶野は新体操だったよな)」
視線をバド部の方に向ければ、休憩中なのか二人で話をしているところを見つける。
一方で蝶野は……
「……おお、すご」
すぐに見つかった。
というか、練習なのに明らかに纏う雰囲気が他と違う。
しなやかな体の動き、スムーズな足運び。
新体操のことは何も知らないド素人の俺から見ても、思わず感嘆の声を漏らすほど綺麗だった。
全中四位っていうのは伊達ではないらしい。
「……あ、先輩だ」
そんな折、視線がバスケ部……正確には女子バスケ部、もっといえば千夏先輩に目が向いた。
コート内を走り回り、味方へとパス。
「お、上手い」
ノーマークで相手との1on1。
左へのフェイクを入れて右へ……と見せかけて相手がディフェンスに入ったところを、クロスオーバーで切り換えしての左ドライブ。
そのまま千夏先輩はシュートを決め、監督からも「今のプレイは良かったぞ鹿野ー!」と褒められていた。
「やっぱ、鹿野先輩っていいよなぁ……キレイだし、カッコいいし」
「バスケ部のエースだもんな~、雑誌にも載ったことあるみたいだぜ」
「マジかよ!? 可愛くてカッコよくて、スター性もあるとか、もう雲の上の存在じゃね!?」
「バスケ部に入ったらお近づきになれねぇかなぁ」
「入れるのは男子の方だけどな」
近くにいた男子たちが千夏先輩を見て盛り上がっていた。
……いや、そいつらだけでじゃなく、他の見学に来ていた男子たちまでも千夏先輩に見惚れていた。
まぁ、綺麗な人だとは思うけども。
なんて周りに呆れながら、再び千夏先輩に目を向ける。
――と、そこで偶々千夏先輩と目がった。
先輩が小さくこっちに手を振ってきたので、軽く頭を下げて挨拶しておく。
「おいっ鹿野先輩と目が合ったぞ!」
「しかも手まで振ってくれたし!」
近くにいた男子たちがやいのやいのと騒めき立つ。
……恥っず。俺じゃないじゃん。
恥ずかしくなって目線を他所へ向け、同時に大喜がコートに立って練習を始めたのが見えたため、大喜の方を見ることに。
小さな枠の中で機敏に動き回る大喜の姿。
バスケをやっているときよりドタバタしている感じはなく、慣れた動きでラケットを振るっている。
アイツも、自分に合ったスポーツを見つけたんだな。
バドをやっている大喜は心底楽しそうに見える。
「…………あ、こけた」
汗で滑ったのか、すてんっと盛大にすっころぶ大喜。
締まんないなぁ……。
それから少しして、休憩に入った大喜と匡に一声かけるため二人の下へ。
「よ、お疲れ二人とも」
「颯人、来てたのか」
「見学しにな。二人のことも見てたぞ。……大喜がすっころんでるとこも」
「よりによってそこかよ!」
「そりゃ、あんな盛大にこければ目につくだろ」
「おやおや、お三方お揃いで~」
と、そこに蝶野もやってくる。
「雛も休憩か?」
「そうだよ~、動きの確認もかねてね」
「お疲れ蝶野。練習してるとこ見てたけど、素人目でもスゲェ綺麗に見えた」
「にひひ、そうでしょうそうでしょう。なんたって私は容姿端麗、頭脳明晰、眉目秀麗と三拍子そろった新体操のニュースターだからね!」
「うん。そこまでは言ってない」
「てか、容姿端麗と眉目秀麗ってほぼ同じじゃね?」
「頭脳明晰じゃないのも自分で立証してるな」
「そこ! うるさいっ!」
どうやら蝶野はすぐに調子にのるタイプらしい。
けど、そこまで嫌味に感じないのは蝶野さんの人柄の良さからだろうか。
「で、颯人はどうだった? 部活見学してたんだろ、どこか良いところあったのか?」
「ああ、そうだな。俺は――「あ、ここにいた!」――え?」
突然、大喜と匡と蝶野、そして俺しかいなかったこの場に四人目の人物が入ってくる。
目を向ければ、そこには練習していたはずの千夏先輩が。
そして先輩はとことことこっちに歩いてきて、ぐいっと俺の袖を掴む。
「「「え」」」
「ぅえ?」
「もう、どこ行ってたの。もう部活は始まってるよ」
「え、や、ちょ――」
大喜、匡、蝶野が驚きで固まり。
俺も俺で困惑するものの、千夏先輩に「ほら早くっ」と引っ張られ、抵抗することすらできず体育館の中へと連れていかれた。
でも、まだアニメが……!!!!