fragments of “HEART” 作:ladybug
何もかもを失った幼き少年ドフラミンゴ。
これは、少年がいかにして、“怪盗”と呼ばれるに至ったかを描く欠片の物語。
本シリーズは『“怪盗”ドンキホーテ・ドフラミンゴ』の外伝・補遺です。
原作とは異なり、ドンキホーテ兄弟とトラファルガー兄妹の立場・年齢・役割が大きく入れ替わった特殊設定IFとなります。
『“怪盗”ドンキホーテ・ドフラミンゴ』本編で、ばらばらに掲載されているIFドフィとIFコラさんの旅をちょこっと書き足し、時系列順に並べてみました。
本編未読でも全然大丈夫。前日譚として読めます。
なんなら時系列順な分、本編より親切です。
再編版という性質上、最終話まで大体書き終えているので未完になることもありません。
強いて問題をあげるなら、過去真相編に接続する話ゆえ「本編に続く!」みたいな最終話をむかえることでしょうか。
始まる前から打ち切りオチみたいですが、実は本編も完結済みですので、お気に召された方はどうぞのぞいてやってください。
では、若き海賊“怪盗”ドンキホーテ・ドフラミンゴの日常からご覧くださいませ。
世はまさに大海賊時代。
新聞社各社は海賊達の引き起こす騒動を連日報じていた。
なかでも近年は王下七武海を巡る報道の慌ただしさが目立つ。
ここ数日、一面記事を飾っているのは、例に漏れず王下七武海の二名だった。
一人はトラファルガー・ロー。
七武海随一の穏健派として知られる男だ。災害救助に戦乱の仲裁など世界各国の治安維持に奔走しているため、自然と報道される機会も多い。
もう一人はドンキホーテ・ドフラミンゴ。
最近七武海入りした最年少の新人である。“怪盗”の二つ名を轟かせ、派手に世間を騒がす若手海賊だ。
タイプは違えど何かと名の知れた二人の海賊。
遠い過去、一人の女海兵を通じて、彼らの歩みは交差していた。
そのことを知る者は少ない。
だからこそ、誰にも予想できなかったのだ。
彼らが愛憎を抱えて相対し、全てをかなぐり捨てて激突する未来など。
◇
浅い眠りの底、呼び声が聞こえる。
扉の向こうから何度も何度も呼んでいる。
起きなければ。
そう思う一方で身体は動かない。感じるのは、目蓋を開けることすら億劫に感じるほどの疲労と、心地良い暗がりの気配。
「キャプテン! もう夕方だってのに、いつまで寝てるんですか!」
扉の撓む音がした。
ペンギンが蹴り開けたのだろう。彼は昔から足癖が悪い。
足癖そのものはともかく、両手に物を抱えすぎることが問題だ。悪い癖だと指摘すれば、『どの口が』とへらへら笑われた。
「まったく、明かりもつけずに新聞なんか読んで。また視力落ちますよ」
灯りを灯しながら、ペンギンが小言を言う。机の上に並べていた資料でも目にしたのか、彼は盛大な溜息を吐いた。
「勉強も研究も大事、それはわかります。だからといって三日完徹して丸一日寝るってのはどうなんですかね」
わざとらしく足音を立てながら接近してきたペンギンが立ち止まる。
仁王立ちのまま顔を覗き込んでくる気配に、堪えきれず忍び笑いが溢れた。
「こら、ドフィ。笑ってないで起きな」
「悪い。お前の説教が心地良いもんで、つい」
顔に被さっていた新聞を摘み上げ、傍らに放り投げる。
のんびりと欠伸をこぼし、ドンキホーテ・ドフラミンゴはソファから身体を起こした。
サイドテーブルの上に置いていたサングラスをかけ、凝り固まった身体を整えるべく伸びをする。
身体を傾けた拍子に胸元から溢れた金のチェーンに指を絡め、ドフラミンゴはもう一つ欠伸をした。
「よく寝た。もう夕方と言ったか?」
「そうそう、なんなら夕飯の時間です。だから起こしにきたんじゃないですか」
首を傾ければ骨の鳴る音が響く。変な体勢で寝ていたとは言え、身体が鈍っているのかもしれない。
つい一週間前のことだ。
ドフラミンゴは“怪盗”らしく悪徳商人宅に忍び込み、金品やら奴隷やらを盗み出した。
追手を撒くのに一日、帳簿付けや収穫物の分配に奔走して三日。状況が落ち着いたところで情報整理に没頭し始めたら止まらなくなり、この有様である。
鍛錬どころか寝食までもサボっていたわけで、当然のツケが回ってきただけの話だ。
数日間自室に篭りきりの船長に対し、幼馴染兼古参クルーの目は冷たい。
「覚悟してくださいよ。お寝坊さんにはきついお仕置きが待ってますからね」
「勘弁してくれ」
「はいはい。今日の料理当番、シャチが代わったんで後で労ってやってくださいよ」
部屋を出ていくペンギンを追いかけて、ドフラミンゴは船内を進む。
船の名はポーラータング号。とある老人の手によって造られた潜水艦だ。
旗揚げをしたばかりの青年期には大きく思えたこの船も今となってはやや手狭。だからといって新調する気にもなれず、少しずつ手直しをして乗り繋いできた愛機である。
海底は静かで暗い。窓のない潜水艦にあってその暗闇を目視することはないが、それでも閉塞感は感じる。廊下を歩いていると妙な気持ちになることもあった。
ドフラミンゴは頭を振って気分を切り替える。小刻みに揺れる灯りを頼りに進めば、ボイラーなど機器の駆動音に人の声が混じり始めた。
「おい皆、キャプテン起きたぞ!」
ペンギンが正面のドアを蹴り開けた途端、ざわめきが大きくなる。
「おそーい! おれハラ減った!」
「よし来た! ロブスター入りとはいかねェけど、しっかり煮込んだシャチ特製ブイヤベースを召し上がれ!」
行儀悪くスプーンを振り回すベポと、大鍋を掴んで舞うシャチ。歓声を上げてドフラミンゴを迎える男達に、遠慮なく先に酒を煽り始めているイッカク。食堂兼談話室には、揃いのつなぎに身を包んだ面々が集まっていた。
ハートの海賊団、クルー総員二十名は今日も賑やかだ。
操舵や警戒などの関係で席を外している者もいるため全員ではないが、大方のクルーがここに顔を出している。
一気に明るくなった視界と相まって、なんとも眩しい光景だ。
目を細めたドフラミンゴの背を押し、ペンギンが笑う。
「なに黄昏てるんですか。出遅れると食いっぱぐれちまいますよ」
肩を竦めて席へ進めば、ジャンバールが椅子を引いてくれた。
「徹夜もほどほどにな。ベポ達が心配していたぞ」
「諸々任せて悪かった。あんたがいてくれて助かるよ」
ドフラミンゴの肩を叩いて自席へ戻るジャンバール。彼の頼もしい背中を見送っていると、隣席のベポが机を叩いて不平を訴え始める。
「キャプテンは仕事サボりすぎ! いくらトラファルガーの記事が出たからって、三日もこもる必要ねェと思う!」
「だよなァ、おれ達さみしい。構ってくれよー」
給仕をウニに代わってもらったらしく、シャチが逆隣の席に滑り込んできた。
ドフラミンゴはウニから皿を受け取りつつ、なんとも言えない半笑いを浮かべる。
「後でな」
「ええー、今! 今構って!」
「フッフッフ……これ以上どうしろと?」
両手を広げて困惑を表せば、シャチもまた困惑の表情で首を傾げた。
「さあ? 昔はこう、四人で身を寄せ合って駄弁ってるだけで良かったんだけどな」
「今でも距離は充分近いだろうが」
「え、何? 離れろっての? ひどーい! ペン、ドフィが素っ気ないー」
今度はペンギンに絡み始めるシャチだったが、ものの見事にスルーされていた。しょぼくれて端の席に座るその背を眺めていると、イッカクが割り込んでくる。
「キャプテン達って、旗揚げ前から四人で暮らしてたんだっけ?」
ワイングラス片手にほろ酔いのイッカクが身を乗り出す。興味津々なのは構わないが、放置すると転びそうだ。肩を掌で支えてやりつつ、ドフラミンゴは過去を振り返る。
スワロー島での生活、そして旗揚げ。実に色々あったものだ。
「いや、正確には五人だな。世話役がわりの爺さんが一人いた」
「ああ、ポーラータング号のお父さんか。ベポから聞いたよ、なんでも毎日叱られてたらしいね」
賑やかなテーブルの端で酔いどれていたシャチがとぼけた声で呟く。
「そうそう、怒られてはむくれてさ、あの頃のドフィは可愛かった。お前らにも見せてやりたかったなァ」
これに反応したのが旗揚げ組以外のクルー達である。シャチの惚気にも似た言いように反発してか、彼らは口々に文句を言い出した。
「何が『見せてやりたい』だ! 顔がニヤけてんだよ!」
「古参マウント反対! 羨ましいぞ!」
やいのやいのと盛り上がるクルー達に囲まれ、ドフラミンゴはにやりと笑う。
「よせよせ。お前らにゃ今のおれがいるじゃねェか」
「「キャプテーン♡」」
黄色いというより野太い悲鳴を一身に浴び、満更でもないドフラミンゴである。
上機嫌のままスープに舌鼓を打っていると、クルー達が残念そうに囁き合う声が聞こえた。
「格好良いキャプテンも最高だけど可愛いキャプテンもみたかったよね」
「今でも可愛いところはあるけどな」
「でも笑顔は怖いだろ」
「言っちゃ駄目だって」
やや悪口寄りの野次が混じっている気もする。
密かにショックを受けていると、ペンギンが思い出したように声を上げた。
「ガキの頃と言えばですよ。キャプテン、アレをやってあげたらどうです?」
「アレ?」
「ほら、分裂して小さくなる技があったでしょ。アレです、アレ」
アレとは、日々鍛錬に勤しむドフラミンゴが最近開発した技のことだ。糸で分身を作り出し、その分身をさらに数体に分けて一括管理する、情報収集用の特殊技である。
ただ、開発したばかりということもあって精度が低い。他者に披露できるかどうかは要審議段階なのだ。
「いやあれはまだ練習中で────」
「キャプテンが増えるだって!? そんなのもうラフテルじゃねェか!」
「宴だ! 宴の準備をしろー!」
言い訳を探すドフラミンゴの声は、クルー達の大歓声に押しつぶされた。
こうなっては仕方ない。煽られて乗らぬはキャプテンの名が廃るだろう。
ドフラミンゴは再び気をよくして口の端を吊り上げた。
「仕方ねェなァ、ほらよ」
「キャプテンかわいいー♡」
「『『フッフッフ、褒めろ褒めろ』』」
少年サイズから手乗りの妖精サイズまで。数体に分裂したドフラミンゴの分身達が声を揃えてふんぞりかえる。
本体もワイン片手に上機嫌であった。
「また調子乗ってる」
「まァいいじゃないの。最近煮詰まってたみたいだし、たまには息抜きしてもらわねェとな」
白い目をしたベポの肩を抱き、シャチが笑う。
ハートの海賊団は今日も平常運転だ。
騒ぎ囃し立て盛り上げてドフラミンゴと共にある、それが彼らの日常なのである。
盛り上がりも最高潮に達した食堂、その片隅に押し除けられていた新聞を拾い上げる手があった。
新聞を手にした少年、否、ドフラミンゴの分体が囁く。
『ボス……いや』
分体が手にしたニュース記事、その一面を飾るのは黒衣の男だ。
大規模災害に襲われた国で人道支援を行うトラファルガー・ローの姿。写真で見るその姿はやはり昔と変わっていないように思えた。
トラファルガー・ロー。
救国の英雄。人命救助のスペシャリスト。王下七武海随一の穏健派。
世間はそう呼んでいる。
彼は海賊の一人でありながら、世界にとって欠かすことのできない要となっていた。
だが。
かつて、その男は一人の女性を殺した。
血を分けた実の妹を。
ドフラミンゴの心を救ってくれた、かけがえのない恩人を。
彼女のコードネームは“コラソン”。
名を、トラファルガー・ラミという。
『待っていろ。かならず、おれが──』
記事の中で薄く笑む黒衣の男。その微笑を冷たく見下ろし、ドフラミンゴの分体が口の端を吊り上げる。
足跡を追い続けた十年余り。
ただの一度たりとも、彼の名を見逃したことはない。
トラファルガー・ロー。
彼は恩人の兄にして、その仇だった。
“怪盗”ドフラミンゴ、いかがでしたか?
もし、この世界線の行末を見届けてもいいと思っていただけたなら光栄です。
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