fragments of “HEART”   作:ladybug

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大丈夫
ずっとそばで見守るから



cross my heart

 

 振り返ってみれば、コラソンとの旅の途中、幾度も気恥ずかしい思いをしてきた。

 

 何せ元天竜人と頭お花畑のピエロ女である。

 ドフラミンゴは息を吸うように善悪の境界を踏み誤って他人の顰蹙を買い、コラソンはコラソンで詐欺師に騙され悪徳業者に粗悪品を掴まされ道端の孤児を助けては素寒貧になる。

 

 互いに互いの行動を矯正し合い、歪み合い、時に行き過ぎて笑い転げながら、二人は旅を続けていた。

 

 愉快なことはいいことだ。

 それはそれとして、問題は山積みだった。

 

 何が言いたいかと言えば、現実的な話。二人ともに世の常識に欠けており、さらにいえば金がなかった。

 毎晩宿に泊まる余裕はなく、当然ながら野宿の夜も少なくないのである。

 

 その日は晴れた星の日で、満天の空広がる大地は貧乏旅二人組を快く受け入れてくれた。

 

 一枚しかない毛布に二人で包まり、身を寄せ合って焚き火を囲む。

 ドフラミンゴを後ろから抱きしめ、コラソンが鼻歌を歌っていた。

 

 それはいつか聞いた子守唄。

 

 読み聞かせや歌が必要な年齢では断じてない。しかし、薪の爆ぜる音を消してくれる歌の響きに、ドフラミンゴは確かな安堵を感じていた。

 

 コラソンの亜麻色の髪が帷のように炎を視界から遮り、仄暗い光と背中の温もりだけを伝えてくれる。

 石鹸の香りだろうか。焚火の煤けた匂いを隠すように花の香がふわりと香った。

 

 歌が途切れる。眠ったのかと様子を窺えば、覗き込む飴色の光と目が合った。

 コラソンが囁く。

 

「あのね。やっぱり、ドフィもお兄様も難しく考えすぎなのよ」

「何だよ、唐突に。どういう意味だ」

「ほら。人間、自ずと他人に良いことをしちゃうわけじゃない?」

「はァ? そんなわけねェだろ」

 

 毒づくドフラミンゴを見下ろし、彼女は柔らかに微笑った。

 

「そうかな。たとえばの話、私が転んだら、ドフィは助けてくれるでしょ」

「そりゃまァ、横を歩いてる奴に転ばれたら面倒だからな」

「ほら、ね?」

 

 ね、ではない。

 

 何の説明にもなっていないし、ドフラミンゴにとってコラソンは既に他人ではない。

 だが、それを口に出すのはどうにも気恥ずかしく、ドフラミンゴは口をへの字にして黙り込んだ。

 なかなか同意が得られないことに困惑した様子ながら、めげずにコラソンは続ける。

 

「だからさ。皆、隣にいる人には優しく出来るんだから、つべこべ考えずに助け合えば良くないかなってことなんだけど」

「兄妹揃って宗教がかったこと言ってんじゃねェよ」

「違う違う。これは宗教じゃなくて正義の話だと思うのよね」

 

 立てた人差し指を振り、したり顔を晒すピエロ女を見つめ、ドフラミンゴは鼻で笑った。

 

「正義? そんなもん知らねェな」

「まさか! 正義を知らないですって⁉︎」

 

 目を丸くしたコラソンはやや大袈裟に声を震わせながら、驚愕を全身で表した。

 抱きしめられている身で言うのもなんだが、頭が揺れるのでやめて欲しい。悪酔いする。

 ドフラミンゴが渋い顔をしているのにも構わず、彼女は何かを思案し始めた。

 

「ドフィ、それって由々しき事態だわ。いえ、でも待って。これは満を持して海ソラ布教チャンスなのでは……?」

「またか。だからそれ、何なんだよ」

 

 コラソンがたびたび口にする謎の単語。どうやらそれは彼女にとって伝家の宝刀並みに強い概念らしい。

 

「なんと、海ソラをご存知ない? ふっふっふー、ならば教えてしんぜよう! 北の海っ子はヒーローから正義を学ぶのだ!」

 

 コラソンは大仰に身振り手振りを付け加え、鼻息も荒く謎の高笑いを始めてしまった。

 二人の距離が縮まってからというもの、彼女のテンションは鰻登り。この性格でよく潜入捜査官などできていたなと呆れるばかりだ。

 

 しかしながら、彼女は確かに海兵で。

 ドフラミンゴとはかけ離れた存在なのだった。

 

 ヒーロー。正義。

 無邪気に語られる美しくも遠い絵空事。

 否、コラソンにとってはそれが日常なのだろう。

 

 こんな時、彼女と自身の違いを思い知る。

 

 楽しげに肩を揺らす彼女から視線を切り、ドフラミンゴは俯いた。夜の闇が胸の内で揺れるようで、足下から冷たい何かが押し寄せてくる。

 

「コラさん、おれには正義なんて向いてねェよ。無理なんだ。だっておれは────」

 

 続く言葉を不安がかき消した。

 いつの日か、善悪の差は大きな溝になる。それを目の当たりにし理解した時、恩人はドフラミンゴの元を離れてしまうだろう。

 

 だから、もう少し。

 せめてあと少しだけでいい。

 

 気付いてほしくなかった。

 隣にいる子どもがただのバケモノだということに。

 

 父親殺しの元天竜人。

 罪悪感さえ感じない、自己中心的な性格。

 コラソンと過ごす内に、ドフラミンゴは気付いてしまった。

 彼女と、ドフラミンゴは違う。

 根本的に違うのだ。

 

 きつく閉じた瞼を細い指が撫でる。

 その指はドフラミンゴの額にかかる髪を優しく梳き、柔い唇が額へと落とされた。

 

「大丈夫だよ」

 

 ひどく優しく無責任で、そのくせ慈しみに満ちた声が降り注ぐ。

 恐る恐る瞼を開けば映るコラソンの顔。滲む視界の中、彼女は目を細めた。

 

「ドフィなら大丈夫」

 

 コラソンがドフラミンゴを見る目。

 その目はまるでたまらなく愛おしいものをみるように、どうしようもなく満ち足りている。

 

 思い出すのは幼い頃、父母の目に湛えられていたあたたかで懐かしい光。

 ドフラミンゴは今、その光の中にいた。

 

 コラソンは抱きしめる腕の力を強め、歌うように繰り返し囁く。

 

「大丈夫だよ。だって、ドフィは優しい子だもの」

「嘘つけ。何を根拠に、そんな」

「ペンダント、見つけてくれたでしょ。言ったじゃない。誰かの大切なものが分かる人はね、人に優しくできる人なのよ」

「────……」

「大丈夫。ドフィならできる。今は難しくても、いつか必ず変わっていけるよ。ずっと、そばで見守ってあげるから、ね?」

 

 嘘吐き。そんなこと出来るわけがない。いつまでもそばにいられるわけがない。

 癇癪を起こしかけ、そう言おうとして、ドフラミンゴは言葉を飲み込んだ。

 

 ずっとそばで。

 彼女の言葉を嘘にしないために、自分に出来ることは何だろう。

 

 ややあって、ドフラミンゴは口を尖らせ、胡乱げな目で恩人を睨み上げた。

 

「ずっと見守るって言えば聞こえはいいけどな。要は監視じゃねェか」

「うわ、捻くれてる。こんな時は素直に頑張るって言ってみるのもありだってコラさん思うな。ほらほら、何と言ってもヒーローは拳一発ストレートなんだから」

「意味わかんねェよ、コラさん」

 

 忍び笑いが漏れる。つられて恩人も笑い、互いの身体を伝う振動はゆりかごのようだった。

 

 本来、ただの逃避で始まったはずの誘拐劇は、いつのまにか二人が歩みを正しあう自己形成譚へと、その姿を変え始めている。

 

「最近はさ、お兄様にも何か理由があるんだろうなって思うんだ」

「ワケもなく暴れるタマじゃねェだろ。スパイだったくせにその目は節穴か?」

「なによ、その呆れ顔。だって、私の知ってるお兄様とは全然違うんだもの。戸惑うくらい普通じゃない」

「むしろ、昔と違ったら何かあったと思うのが普通だろうが」

「そんなこと考えられないくらい違ったの! だって、お兄様、根っからのソラ派なのよ? 私がジェルマを褒めるとガン責めして泣かせるくらいの強火なんだから」

「何から何まで知らねェよ」

 

 いつか終わりはくるのだろう。

 

 最終的にファミリーに戻ることになるのか、別の場所へと進むことになるのか、ドフラミンゴには分からない。

 ただ、ドフラミンゴは世の中のことを少しだけ知り、“正義”とやらの方法を覚えた。そして、コラソンの目は輝きを取り戻し、自身の目で見て考える力をつけた。

 

 道を戻ろうが進もうが、以前と同じ過ちを犯すことはない。自然にそう思えるようになっている。

 

 

 今は、ただ。

 ただその時がくるまで、もう少し。

 もう少しだけ、二人で旅していたかった。

 





 タイトルは英語圏(キリスト教圏かも)の約束の誓いから。
 元々は「cross my heart and hope to die」で「命をかけたっていい」というニュアンスがあったようです。
 日本だと「ゆびきりげんまん」、「嘘ついたら針千本飲ます」がポピュラーですね。
 
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