fragments of “HEART” 作:ladybug
一緒に泣いて
一緒に笑って
一緒に悩んで
一緒に歩んで
夜通し歩き、夜が明けて。
それでも世界は変わらなかった。
翌早朝、どこへ行くとも知らない船に忍び込み、少年は背中を丸める。
泥のように眠り、起きた時には知らない港に着いていた。
辺りはまだ雪に包まれており、そう離れた場所に移動できたようでもないと知る。
冷たいばかりで刺すような痛みをもたらすペンダントを握りしめ、少年はわけもわからず進んだ。
どうすればいいかわからない。何をしたいのか色々浮かぶのに、そのどれもが悍ましくて、何もかもが恐ろしくて仕方なかった。
それから、どれくらい歩いただろうか。
彷徨い続けた先、不思議なことに、雪の中で小さな白クマを見つけた。
白クマは雪に埋もれており、その周りでは二人の子どもが罵声をあげている。
白クマに当たり散らす子ども二人を見た少年は、何を考えたわけでもなく、ただ惰性で暴行を止めた。
本当に何も考えていなかったため、無意識に能力を使ってしまっただけだった。
白クマは何やら飛び跳ねて喜んでいるが、糸の繭に固められた二人の子どもは青褪めている。
出会い頭に蜘蛛の捕食さながら糸で雁字搦めにされたのだ。当たり前の反応だろう。
「おまえ、すごいね! 能力者ってやつ?」
人間繭玉を二つ引きずる少年に、小さな白クマは何度も話しかけてきた。
鬱陶しいとすら思わない。頭が麻痺したように回らず、心がぴくりとも動かないのだ。
近くの洞窟に腰を落ち着け、四人で火を囲む。
白クマが身の上を話す内に繭玉二つはすっかりしおらしくなり、謝罪を述べ始めてしまった。
終いには能力で拘束した張本人へ礼を言う始末だ。
二人もまたここに至るには経緯があったそうで、事情と共に胸の澱みを吐き出したペンギン帽の子どもが頭を下げる。
「あんたがいなかったら、おれ達は最低なことをし続けてた。自分達に行き場がないからって、八つ当たりして……でも、でもさ」
そう言って、ペンギン帽の子どもは涙ぐんだ。
「おれ達もう、どこに行ったってまともには生きていけねェんだ。家族もいない。奴隷みたいにこき使われて、人間扱いもされねェ」
「……こんなんじゃ、生きてても」
キャスケット帽の子どもがぼんやりと呟く。
「ごめんな、白クマ。お前、頑張ってたのに」
「おれ達なんかが邪魔してごめん。ごめんな」
「えっ、ええ? 大丈夫だよ。こんなの痛くもないし、助けてもらったから大丈夫! だから泣かないで、ね?」
力のない声で謝り続ける子ども二人を前にして、白クマがオロオロと手を振り回した。
つぶらなその目には涙が浮かんでいる。
思考が鈍っているにしてもどこか腹が立ち、少年は吐き捨てるように尋ねた。
「おい白クマ、何でお前が泣いてんだ」
「こいつらにも色々あったんだなって思ったら、なんか……それにさ、こいつら、おれに話しかけてくれたんだ」
涙声の白クマは両手を振り回して二人を庇う。
何が『話す』だ。
皆そうやって騙して、そして。
滴る赤が脳裏をちらつき、少年は歯を食いしばった。
「そりゃインネンつけるためだろ。お前を傷付けようとして近付いてきたんだ。どんな事情があろうとかわいそうだろうと、こいつらは悪い奴だ」
正論で叩き切る少年に対し、白クマは、しかし、真っ向から反論する。
「違うよ! 確かに、こいつら、おれをいじめたけど、ちゃんと謝ってくれた。話したらわかるやつらだ。だから、だから、きっと」
ぼろぼろと泣いてえずき、言葉に詰まりながらも、白クマが言った。
「おれ達、ともだちになれるよ!」
「ともだち?」
「うん、ともだち」
「……なんだ、それ」
「え? ともだち、知らないの?」
確かに少年に友達は一人もいない。だが、さすがに意味くらいは知っている。
馬鹿にされたのかと思い口をへの字に曲げると、白クマは何を誤解したのか抱きついてきた。
「一緒に笑って、泣いて、ケンカもしてさ。でも困ったときはたすけるんだ。それがともだち」
頬を擦り寄せてくる白クマに困惑する。
ふわふわとあたたかな感触が不思議で、思わず声が溢れた。
「なんだ、これ。何の意味があるんだ」
「ガルチューだよ。助けてくれてありがとう」
「ガルチュー……?」
「あいさつみたいなものかな。大好きって意味。大人は確か、あいしてるとかいってた」
白クマのたどたどしい言葉から思い出す。
もういなくなってしまった彼女の言葉を。
愛してる。
彼女の声。
彼女の言葉。
彼女の『愛してる』はもう二度と聞けない。
もう、二度と。
そう気付いた瞬間、耐えられなくなってしまった。
瞬く間に視界が滲む。
胸が痛い。熱い塊が喉を迫り上がってきて、苦しくてたまらない。身体を折って歯を食いしばっても辛さは増すばかりで、耐えることができなかった。
「えっ、ど、どうしたの? 痛かった? ごめん! おれ力が強いから、ごめんね」
「あれ、糸が解けた……? えっと、大丈夫か?」
「本当は怪我とかしてる? 痛いのずっと我慢してたのか?」
白クマも帽子の子ども達も少年の肩を撫でたり背をさすったり、よくわからないことをしてくる。
彼らの行動が意味するものを少年はもう知っていたし、理解したつもりでいたのに、溢れる涙が思考をとかしていく。
止まらない涙をそれでもなんとか堪えようとして、胸を押さえた。
手のひらに伝わる硬い感触でまた思い出す。
ペンダント。幸せを祈る言葉。
コラさん。
大好きだった。
本当に、大好きだった。
それなのに、もういない。
どこにもいない。
そこで初めて、ドフラミンゴは声を上げて泣き出した。
自分でも何を言っているかわからない。
何度も何度も彼女の名前を呼ぶ。答えは返ってこないと知っていて、それでも何度も繰り返した。
寂しい。
淋しい。
さみしい。
痛くて、辛くて、苦しい。
身体が空っぽになったようだった。
そのくせ全身が鉛のように重く、もうどこにも行けないのだと気付いてしまう。
泣き声は言葉を失い音になり、音を失ってもまだ涙は枯れず、喉が張り裂けるほどに叫んでもまだ叫び続けた。
突如泣き喚きはじめたドフラミンゴを囲み、白クマと少年らはおろおろと顔を見合わせていた。
背中をさすろうと、慰めようと、まったく留まる気配のない悲しみの波。
それに呑まれた子ども達は一人、また一人とつられて泣き出してしまう。
終いには四人全員が泣き喚く事態へと陥り、最後は嗄れてくぐもった声で囁き合った。
「泣かないでよ。大丈夫だから。ぜったい一人にしないから、ね?」
「うそだ。みんなうそつきだ。おれを置いて、どこかに行っちまうんだろうが」
「嘘じゃねェよ。おれ達、あんたのおかげで、クマへのひどいことを止められたんだ。ここで恩返ししなきゃ、本当に人間じゃなくなっちまう」
「そうだ。おれ達、あんたのおかげで変われそうな気がするんだよ。一緒に見ててくれよ」
互いに名も知らぬ三人の子どもに抱きしめられ、ドフラミンゴは重たい頭でぼんやりと考える。
どうして助けようなどと思ったんだったか。
涙に濡れてぐっしょりと重たい頬の毛を擦り付けてくる白クマに応えながら、何度も何度も考えた。
ガルチュー。大好き。
愛してる。
ああ、と。
ドフラミンゴは気付く。
きっとそれは。
きっと、コラさんならそうするから。
コラさんは、良いことをすると喜んでくれる。
だから。
ドフラミンゴは教えてもらった。
正義とは、悪を退治する力ではない。
困っている誰かを助けるための力だ。
コラソンはやり方も教えてくれた。
子どもっぽい絵物語を二人で並んで覗き込んで覚えたのだ。
一緒に笑って、泣いて、怒って。
そばにいて。
それで。
約束。
そう、約束をした。
変わる。変わっていく。変わり続ける。
ずっとそばにいてくれる。
そう、彼女は言ってくれた。
浮かぶのは笑顔。
“コラさん”は、ここにいる。
ドフラミンゴの中にいる。
未だ頬を濡らす涙を拭い、ペンダントを握りしめた。
ドフラミンゴも白クマも、帽子の子ども達も、皆体温が高い。四人の温もりから伝う熱が、冷たく凍えたペンダントをあたたかく輝かせる。
また、歩く理由をくれる。
名前も知らない子ども達。
洞窟の中、泣き疲れた四人でだんごになって眠った。
どこにも居場所などない、ただそこにいるしかできない子ども達四人で。
それは、彼女の遺してくれた旅の続き。
ドフラミンゴの新たな始まりだった。