fragments of “HEART” 作:ladybug
雪原に
錆びた歯車
一人きり
今思えば、それは決して偶然などではなかった。
彼女はずっと、ドフラミンゴを探し続けていたのだろう。
コラソンとの旅から十二年の時が流れ、ドフラミンゴは随分と大きく育った。
あの日、スワロー島で出会い互いを抱きしめ合った三人からは、『いくらなんでも育ちすぎだろう』と手痛い評価を受けている。
しかし、それも仕方がない一面はあった。
何せ身の丈三メートル超え。立場にしても大海賊、泣く子も黙る王下七武海の一員である。
立っても座っても悪目立ちするのに、二つ名は“怪盗”。しかし、やっていることは義賊活動とアパレル業。
あらゆる意味で人目を引く妙な悪党。それが今日のドンキホーテ・ドフラミンゴの評価なのだ。
そんなドフラミンゴが町を歩いていたある日、背後から呼び止める声があった。
どこか懐かしいその声に振り向く。
声の主は呼び止めたことを後悔したような、過去を懐かしむような不思議な表情で、苦しげに笑った。
「久しぶり」
豊かな黒髪に丸い瞳。修道女のような黒く清廉なワンピースにメイド調のエプロン、そして仕事用のゴーグル。歪なようで調和した佇まい。
ファミリーを訪れたはじまりの日、扉を開けてくれた少女。幼い頃の面影を残し、美しく成長した女性がそこにいた。
ワンピースの裾を皺になるほど握りしめ、ベビー5は緊張に震える声で告げた。
「少し話せる?」
◇
場所を変え、カフェに入る。
感じるのは適度な騒がしさと薄暗い照明、最近開発されたというTDから流れる音楽。柱時計が時を刻む音。
その全てが上滑りしているように思え、ドフラミンゴ自身もまた緊張しているのだと気付いた。
「紅茶でいいか?」
「え。うん、それでお願い」
「ここ、ケーキが美味いらしいぞ」
「ケーキ……いいわ、いらない」
共に過ごしていた頃は変に遠慮する傾向があり、砂糖もミルクも断っていたベビー5。しかし、ドフラミンゴが思うに彼女は甘党である。
とはいえ、年月も経過しており、嗜好が変わっているのかもしれない。ドフラミンゴはさりげなくベビー5の動きを観察する。
ゴーグル越しの視線がメニューを彷徨い、苺のケーキの辺りで止まった。瞳孔に僅かな変化、興味を隠せていない。
変わらないもんだな。
そんなことを思いながら、ドフラミンゴは店員を呼ぶ。紅茶と苺のケーキを頼むと強烈な視線を感じたが、ここではあえて応えない。
またしばらく無言が続き、頭の後ろが擽ったいような妙な感覚を覚えた。
自分で思っているよりも緊張しているのだろうか。ドフラミンゴは首の後ろを揉み、そこでようやく気付いた。
いや、違う。
これは実際感じる視線の圧だ。
肩を解す動作を装い、後方を確認する。
ペンギンとシャチを模した帽子と、明らかに目立っている白クマ。
忍ぶつもりの全くない三人がじっとこちらを見ていた。
あいつら、保護者か?
デートについてくる保護者。
どう考えても最低である。
「えっと、ドフィ?」
「何でもねェ」
ベビー5の呼び声にさらりと返答してしまったが、よく考えれば、愛称で呼び合う仲でもない気がする。
過去ならばともかく、今は。
口をへの字にしたドフラミンゴを見つめ、ベビー5は視線を落とした。
「呼び止めたりしてごめんなさい。迷惑というか、私の顔なんて見るのも嫌なのは分かってたんだけど、あなたを見たらつい」
「気にするな」
感情面ではまだ収まりが効かないものの、コラソンの件も『組織としては』仕方なかったと理解している。
ドフラミンゴとて、組織と構成員の思考を切り離して考えることができる程度には歳を重ねてきた。
そもそもだ。頂上戦争の際、嫌と言うほど仇の面を拝まされた上、妙な訓練まで積まされているのだから今更というものだった。
頬杖をついたまま、横目でベビー5を観察する。
昔はすぐに泣き出し、そのくせ果敢に話しかけてきていたベビー5。
過去泣かせた理由の大半はドフラミンゴ自身の至らなさにあることは置いておくとして、今、二人の間に流れる沈黙は何なのだろうか。
「話があるみてェだが、せっかく会えたんだ。まずは落ち着いてからにしねェか? ほら、ケーキだ」
「そう、そうよね。いえ、待って。私、頼んでないわよ」
「それはまァ、おれが頼んだからな。いらなけりゃ残せばいい。その場合はおれが食う」
「……いただくわ」
ケーキのついでに砂糖壺とミルクを彼女側に押しやり、自分もカップに口をつけた。まずまずの香りだ。
白く、微かに震えていたベビー5の指先が少し赤みを取り戻したのを確認する。緊張すると末端が冷え、さらに精神の安定感を損なって諸々良くないものだ。
「美味いか?」
「ええ、あなたも食べる?」
フォークに乗せられたケーキを見つめ、ドフラミンゴは動きを止めた。
確かにファミリーにいた頃は大皿で料理を分け合ったこともあった。だが、これはどうなのか。
一瞬迷いをみせたドフラミンゴに対し、自分の行動を振り返ったベビー5がそろそろとフォークを戻そうとする。
その落ち込んだような顔が良くない。
ベビー5の手ごと引き込み、ケーキを口に運んだ。なるべくフォークに接触しないように気を付けたつもりである。
「ごめんなさい」
「いや? 確かに悪くねェ味だ」
背後からぎりぎりと歯をすり潰すような音が聞こえた。
保護者云々というより、これはもはやただの嫉妬なのではないだろうか。こちらの気も知らないで愉快な仲間達だ。
だが、そのおかげで肩の力が抜けるのも事実。何より、彼らが見ている前ではドンキホーテ・ドフラミンゴらしくあろうとする意志が強く働く。
ドフラミンゴは変装用に大人しいデザインにしたサングラスを持ち上げ、ベビー5の様子を透かし見た。
少しは落ち着いてきた様子だ。
目が合った瞬間、ベビー5が僅かに眉を顰める。
「ねえ、ドフィ。聞いてもいい?」
「何だ?」
「海賊は分かる。あなたの立場なら仕方がないもの。でも、どうして七武海になったの? まるで、私達を追うみたいに」
「…………」
「あなた、若様をどうするつもりなの」
ぽつりと呟いた彼女は、大事なものを抱えるようにカップをその指で包み込む。
視線は合わない。
「それを知って、お前はどうするんだ?」
「どうって。私は何があっても若様のおそばにいたい。だから、あなたがもし、若様を害するなら……」
彼女は迷うように言葉を切った。
伏せられた目はミルクティーの表面を彷徨い、開きかけた唇が引き結ばれる。
頬杖をついて続きを待っていると、彼女は意を決したように顔を上げた。
「私が若様に助けていただいてファミリーに入ったのは、あなたも知ってるわよね」
「ああ。散々聞かされたからな」
「ドフィ、あなたにとってのあの人は、私にとっての若様なの」
「ああ、理解してる」
『あの人』と名を濁したのは、コラソンへの嫌悪からではなく気遣いだろう。
それが分かるからこそ、ドフラミンゴは目を眇めて声に力を込める。
理解している。
トラファルガー・ローに対峙するということは、ベビー5やファミリーの面々を敵に回すということ。最初から分かり切っていた。
「仇を討つつもりなのね?」
真っ直ぐに見つめてくるベビー5。その目にはうっすらと涙の膜が張っている。
少々ネジが外れてはいるが、情の深い彼女のことだ。随分前にファミリーを離れたドフラミンゴのことも気に病んでいるのだろう。
心の片隅で嘲りの声がする。
片や大切な人を殺された者、片や下手人の身内。その天秤を突き崩したくはないかと嗤う声。
内なる声を振り切るため、頭を振る。
背後の気配に集中し平静を保ちながら、ドフラミンゴは慎重に口を開いた。
「信じてもらえるとは思っちゃいねェが、おれは……」
「あなたは間違ってる」
遮るように被せられた言葉に、呆気に取られる。
間違っている?
必死に抑えているこの感情が、間違っている?
大切な恩人を殺された。
兄が妹を殺すなどありえない。まして、妹を愛していたあの男が手を下すはずがない。
そう信じていたのに、トラファルガー・ローはコラソンを殺したのだ。
以来、ドフラミンゴはあのおとこへの煮えたぎる殺意を必死に押し殺してきた。
コラソンは復讐など望まないと分かっていたから、ずっと堪え続けてきたのだ。
それが、間違っているだと?
「ベビー5、お前、何が言いたい」
「あなたには知っておいてほしい。もし、私があなたの立場なら耐えられないから。これは、ドフィが知るべきことなのよ」
「──何を!」
曖昧な言葉の連続で頭に血が上り、言い返そうとして、そして言葉に詰まった。
ベビー5の目。決意に満ち、強く開かれたその目。そこには何か、己の知らない真実が浮かぶようで。
「お願い、聞いて」
気圧されたドフラミンゴの手を握り、彼女は言う。
「あの人を殺したのは────」
続く言葉を聞いた時、ドフラミンゴは目を見開いた。
当時知る由もなかった真実の欠片。それらが集まり、新たな地図を描き始める。
そして、歯車は動き出した。
外伝完結です。続きや真相は本編にて。
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