fragments of “HEART”   作:ladybug

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幸せの指先

 

 民衆から逃れたドフラミンゴが、わけもわからず逃げ込んだ先。

 そこは、“ファミリー”と呼ばれる組織だった。

 

 ファミリーは、はみ出し者に荒くれ者など、世間を憚る落伍者共を寄せ集めた、なんとも薄暗い集団である。

 主な目的は世界の破壊。

 そのためには悪行も辞さない悪の組織だ。

 しかしながら、構成員らの暮らすアジトの雰囲気はといえば、意外にも退廃的な空気とはほど遠い。昼は明るく賑やかで、夜は静かで穏やかな空気が流れる、世間一般と比較しても健康的な空間だった。

 アジトには数え切れないほどの老若男女が暮らしている。みるからに個性的な彼らは、しかし、皆一様にある程度の清潔さを保ち過ごしていた。

 

 悪の組織らしからぬ健全さ。

 それはどうやら、ボスの意向でつくりあげられたものらしい。

 ファミリーのボスはあの夜一言も発さず民衆を殺した男。名をトラファルガー・ローといった。

 

 あの日以来、ボスはアジトを空けている。聞けば、最高幹部とやらを引き連れ、どこぞの国を潰しにいったらしい。

 事情を教えてくれたのは、あの日、ドフラミンゴをファミリーのアジトに迎え入れてくれた少女だ。

 名前はベビー5。変な名前だと言ったら泣かれた。

 ファミリーにつけてもらった大切なコードネームだったそうで、以来、彼女とはなんとなくぎこちない関係になっている。

 

 そもそも、ドフラミンゴは元より気難しい性格。さらに言えば元天竜人だ。

 久しぶりに衣食住が整った空間で過ごせる日々が続けば気も緩み、傍若無人さが露わになるのも当然と言えよう。

 

 ファミリーに拾われてから数週間。

 ドフラミンゴは見事に浮いてしまっていた。

 

 構成員らから遠巻きにされるのは気に入らない。下々民のくせに生意気だと憤る一方で、子どもながらにこのままではまずいとも感じていた。

 分かってはいるのだ。ファミリーに馴染めなければ外に追い出される。そうなっては地獄の再来だ。

 かといって、どうすればいいかは分からない。

 当然だった。

 いくら観察眼に長けていようが、ドフラミンゴは生粋の世界貴族。

 地位と家族を失った後とて孤独に逃げ惑っていたわけで、いかんせん集団生活の基本を知らない。

 

 そんなわけで、ドフラミンゴはファミリーにおいても一人きり。その日も不貞腐れて談話室のソファに踏ん反り返っていたわけだ。

 

「……なんだえ?」

 

 ソファの隙間に金の輝きを見つけたドフラミンゴは、興味のままに光を引っ張り出した。

 光の正体は燻んだ金のコイン二枚。それぞれ四葉のクローバーと天道虫のチャームがついており、細いチェーンでまとめられている。

 留め金が一部壊れていた。恐らく、チェーンが外れて落ちたのだろう。

 

 一目で子ども用と分かるアクセサリを見つめ、ドフラミンゴは首を傾げた。

 同世代の子どもはファミリーに幾人もいる。ただ、記憶にある限り持ち主と思しき者はいない。

 とりあえずペンダントをポケットに突っ込んで談話室を去り、自室に戻る道すがら、持ち主は誰かと思考を巡らせる。

 

 ペンダントヘッド自体は子ども用。ただしチェーンは長い。

 怪しいのはセニョール・ピンクにジョーラ、あとは……。

 ポケットから零れ落ちる音に気付き、持ち主に思い当たる。

 

 コラソン。ボスの妹。

 彼女はいつも金属が擦れる小さな音を響かせていた。

 

 陰気な女だ。

 目元を長い前髪で隠し、そのくせ頬と口元に派手なメイクを施した道化。口数が少ないながら孤児院の子ども達とは仲良くやっており、パントマイムや戯けながらのマジックを得意としている。

 外とは一転、アジトでは遠巻きにされているようで、団欒にも加わらず壁際で一人タバコを吹かしている姿をよく見かけた。

 彼女もまた、最高幹部らしい。そのわりに、誰かに頼られることもなく常に暇を持て余している。

 ベビー5の言によれば、基本的に重要任務からは外されているらしい。今回も『アジトの護衛』を言い渡され、留守番をさせられているとかなんとか。

 つまりは、ドフラミンゴ以上の逸れ者だ。

 

 ただし、兄、つまりボスは彼女のことを気にかけているようで、時折ぼそぼそと話す二人の姿を見かけた。

 能面のような顔のボスが、その時ばかりは緩く笑み、時折心配そうな顔をのぞかせる。

 『やっぱりニセモノより本物の家族なんだえ』などと言ったがために、若き幹部ら数名からしこたま殴られたのは苦い思い出だ。

 

 そう、苦い思い出なのだ。

 彼女のせいで殴られた。

 ドフラミンゴはそう認識していた。

 

 ポケットの中を指で確かめる。

 何度か補修したことのあるチェーン、コインの燻み具合やデザインの古さから考えるに、子ども時代から大事にしてきたであろう物。

 

 壊してやろうか。

 

 一瞬そう思うが、ボスの寵愛めでたき彼女の所有物に危害を加えるのはまずいと判断。面倒なので早く手放そうと姿を探す。

 基本的に一人で過ごしているコラソンはベランダなど外が見える場所で過ごすことが多い。いくつか思い当たる部屋を巡り、やっと見つけた先で彼女は俯いていた。

 

 手間をかけさせやがって。

 

 苛立ちと共にペンダントを投げつけようとし、ふと小さな音に気付く。

 それは鼻を啜る音に似ていた。

 壁に隠れて様子を窺うが他に人がいるわけでもない。つまり、コラソンが泣いているのだ。

 

 面倒くさい。

 

 そう思ったドフラミンゴは彼女に駆け寄り、勢いもそのままに全力で脛を蹴り付ける。

 ドフラミンゴの登場に驚いたコラソンが顔を跳ね上げ、その拍子に泣き腫らした目と崩れたメイクが目に入った。

 

「これお前のだろ。めそめそするくらいならちゃんと仕舞っとくんだえ!」

 

 有無を言わさず腕を引いて掌にペンダントを叩きつける。

 彼女が慌ててペンダントを掴むその隙に走って逃げようと試みたドフラミンゴは、しかし、襟首を捕まれ醜い悲鳴をあげた。

 

「ぐえっ!」

「あ、ごめん」

 

 完全に首が絞まり目を白黒させる少年を見下ろし、コラソンが小声で謝る。

 なんと乱暴な女だろうか。陰気なくせに。

 鈍臭そうな彼女の見せる神速の反応に心の中で悪態を吐きつつ、ドフラミンゴは喉を押さえて睨みつけた。

 文句は言わない。と言うより、言えない。

 女とは言え近距離でこの体格差、何かあれば押し負ける。

 過ぎるのは炎の記憶。

 滲む恐怖。

 足が勝手に後退りそうになっているのに気付き、ドフラミンゴは何度も床を踏み鳴らした。

 地団駄にも見える仕草はドフラミンゴの癖になっており、他のファミリーには呆れられている。

 だが、コラソンは首を傾げるだけだった。

 

「ごめんね。お礼を言いたくてさ」

「だからって首を吊り上げるのは馬鹿なんだえ! このポンコツ! 殺人ピエロ!」

「そ、それはそうだけど、そこまで言わなくてもよくない?」

 

 ドフラミンゴの勢いに涙も引っ込んだらしく、ただたじろぐコラソン。

 ぼそぼそと謝罪を述べた彼女は、しゃがみ込んで視線を合わせ、ゆっくりと話し出した。

 

「ありがとう。あなた、名前は?」

「……ドンキホーテ・ドフラミンゴ」

「────ああ、そっか。あなたが」

 

 前髪から覗く目に険しい光が宿る。

 

 元天竜人という出自に対する世間の悪意。それを嫌と言う程心身に叩き込まれたドフラミンゴにとって、その反応は見慣れたものだった。

 彼にとって世界は全て己を害する敵だ。正確に言えば、ただ一人を除いて、だが。

 

 コラソンが手を伸ばしてくる。

 ドフラミンゴは思わず肩を強張らせ、逃げ出そうとするも間に合わない。

 

「────……?」

 

 硬く瞼を閉じていたドフラミンゴはそっと目を開けた。

 コラソンは驚いたような顔で目を丸くしており、それから何かを飲み込むように瞼を伏せる。

 

「そっか。そうだよね」

 

 独り言のように呟き、彼女は笑った。

 それは何かを悲しんでいるような、どこか苦しいような、ぎこちない笑みだった。

 

「驚かせてごめん」

 

 コラソンは囁き、再び手を伸ばしてきた。

 白い指がドフラミンゴの髪に触れ、ゆっくりと撫でる。

 

「ドフィ、あなたは優しい子だね」

「……やさしい?」

「あっ、ごめん。馴れ馴れしかったかな」

 

 離れた手に名残惜しさを感じてしまい、ドフラミンゴは口をへの字にする。

 じっと見つめてくるコラソンの瞳は、彼女の兄とは似ても似つかない。

 それは甘い飴細工のような光を湛えており、遠い記憶を呼び覚ますようで、さらに妙な気持ちになった。

 

「蹴られて罵られたのに『優しい』だなんて、お前、馬鹿なんだえ」

「うん? さっきのこと、気にしてくれたの? 全然痛くないよ、大丈夫」

 

 それはそれで傷付く。

 全力の蹴りだったのに。

 

 難しい年頃の心を理解できないのか、コラソンは微笑んだまま言う。

 

「ちゃんとお礼を言わせてほしいな」

「もう聞いたえ」

「何度でも言わせてほしいの。ありがとう。とっても嬉しい。大切な……すごく大切なものだったから」

「安物のペンダントが?」

「そうよ。大切なものだって分かったからここまで持ってきてくれたんでしょ? 嬉しかった。ドフィはすごく優しいね」

「それはそうだけどそんなんじゃないえ」

 

 上手く説明できず、尻すぼみになる。

 

 確かに、大切な物であると直感した。

 元々、ドフラミンゴはこういった勘に長けている。目利きも得意で物に金銭以外の価値があることも理解していた。

 しかし、それは優しさや道徳心から生まれたものではない。

 さらに言えば、コラソンの持ち物でなければ、きっと壊して捨てていた。

 コラソンはボスの『大切なもの』だと分かっていたから、面倒くさくなって届けただけなのだ。

 

 胸がむず痒いような不思議な気分になり、ドフラミンゴはますます口を曲げる。

 

「人の大切なものがわかる人は優しい人なのよ」

 

 コラソンが歌うように囁いた。

 

「優しい子。良い子だね、ドフィ」

 

 子どもからすれば大きな手が再びドフラミンゴの頭を撫でる。

 煙草の香りがするその手の温もりは存外心地良く、ドフラミンゴはゆっくりと目を閉じた。

 

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