【CERO-Z】P-LUG-MATTER (ぷ らぐ またぁ) 〈ふと気が付いたら、月で出会った少女とその運命を背負い続けることになっちゃった件〉 作:をよよ
「背負い続ける。君と、君との運命を」
それなら「PRAGMATA」じゃなくて「P-LUG-MATTER」じゃね?
と着想を得て書き始めた、PRAGMATA本編(デフォルトエンド)を前提とした再編ストーリーです。
【あらすじ】
ショッピングモールの廃墟を抜け、ポラックスとレナは次のブロック「コミュニティ・クロッシュ」へと向かう。
そこで彼らが見つけたのは、生きているはずの仲間——イアンだった。
しかし喜びも束の間、イアンはポラックスを「中身のない化け物」と勘違いし、狂ったように銃を向ける。
絶望と恐怖が渦巻く中、異形の影が迫り、
かつての仲間は目の前で無残に狩られていく。
レナは助けを求め、ポラックスにすがるが——
彼は少女の口を塞ぎ、ただ静かにその惨劇をやり過ごす。
やがて二人が辿り着いた避難所で待っていたのは、
想像を絶する「死の光景」だった。
介護用BoTたちが、すでに冷たくなった人々を
今もなお「生者」として献身的に看病し続ける、
静かで、狂った墓所。
レナの心は、大きく軋む。
【各種ご注意】
※PRAGMATAロスの方向け
※オリキャラ。完全シリアスです
※CERO-Z相当:極端な暴力・人体損壊・子供トラウマ描写あり
※PRAGMATA本編(デフォルトエンド)を前提とした二次創作
※独自設定・独自解釈多数
※ホラー・SFサスペンス・ボディホラー要素あり
※執筆に当たっては生成AIを活用しています
ショッピングモールの華やかな廃墟を抜け、コミュニティ・クロッシュへと続く非常用バックヤード通路。
天井に並ぶ非常灯は、鈍い琥珀色の光を放ち、細長いコンクリートの回廊を寒々と照らし出していた。
静寂が支配する一本道を、ポラックスは前方を警戒しながら進む。その最中、彼の光学センサーが一つの不規則に揺れる熱源(バイタルサイン)を捉えた。
壁に背を預け、ズルズルと重い脚を引きずりながら歩く、重装宇宙服(EMU)の影。
「……待て。前方に動体反応」
ポラックスのバイザーの奥で、データストリームが高速で走査(スキャン)を開始する。
「識別信号(タグ)を走査……。……イアン! イアン・マクドナルドか! 生きていたのか!」
ポラックスは無意識に一歩前へ踏み出していた。相手の宇宙服から発せられる人間用タグ(P-tag)情報を瞬時に読み取り、元同僚の生存を確信したのだ。
その背中に隠れていたレナも、パッと顔を輝かせる。
「おじさんのおともだち……!? よかった、生きて——」
「……だ、だれだ……?」
ヘルメットのヘッドライトを狂ったようにこちらへ向け、荒い呼吸音をインカム越しに撒き散らしながら、イアンがうわ言のように呟いた。
「誰が俺の名前を呼んでる……? そこで光ってるのは……何だ……っ!?」
この時、イアンのHUD(ヘッドアップディスプレイ)側では、おぞましいエラーがリアルタイムで発生していた。太陽嵐の激しいノイズ。そして何より、ポラックス自身が『人間用タグ(P-tag)を消失し、機械用タグ(B-tag)しか持っていない』という決定的な事実。
極限状態にあったイアンの脳内で、かつてシェルターで自分が吹聴した【中身のないEMU服の怪談(デュラハン)】のイメージが、目の前の白鉄の巨躯と完全に融着してしまっていた。
「ヒィッ……、うあ、あああッ! 出た……出やがった! 中身がない……! タグが『B(ロボット)』なのに、なんでポラードの服を着て歩いてやがるんだよぉ!!」
「落ち着け、イアン。私だ、ポラックスだ」
ポラックスは自身の白い両手を差し出し、落ち着かせるようにゆっくりと近づく。
「スラッグ処理場での落下の衝撃で、私のスーツのタグ識別回路が一時的に破損しているだけだ。私は人間だ、お前を助けに来た!」
しかし、その言葉は届かない。パニックで完全に目が血走ったイアンは、懐から電磁銃を引き抜いた。銀色に鈍く光るその銃身――出力設定は最大。レベル4・スラッグ弾。
「嘘だ! ポラードはあの時、化け物どもに内臓を焼かれて死んだ! お前はリンセウスの回し者か!? それとも、あの怪談の幽霊か!? 来るな! 来るな、この化け物がぁあ!!」
「……あのおじさん……どこ見てるの……?」
レナが喉を震わせる。イアンの銃口は、自分たちの方向へ真っ直ぐに向けられていた。
イアンの狂った瞳は、ポラックスという『B-tagの塊』に完全に奪われていた。その影に隠れている小さな生身の少女の姿など、最初から一切視界に入っていない。彼にとって目の前にあるのは、自分を呪い殺しに来た『機械の幽霊』の一択だった。
「死ね! 死ね死ね死ね! 悪霊め、消し飛べぇええ!!!」
――ズドォォォン!!!
イアンが放ったスラッグ弾の衝撃波が、コンクリートの壁を派手に粉砕する。
弾丸が放たれるコンマ数秒前、ポラックスはサーボモーターを限界駆動させていた。レナの身体を抱きかかえ、横にある物資集積所の鉄扉を蹴り破って遮蔽物の裏へと飛び込む。
すぐ耳元を、レゴリスを焼成した銀色の弾丸が掠め、背後の鉄壁に巨大なクレーターを穿った。
「……チッ、完全に正気を失っている。会話による説得は不可能だ」
ポラックスはレナを床に伏せ、自分の巨大な装甲で彼女の頭部を覆う。
レナはポラックスの胸元で、恐怖のあまり完全に身体を硬直させていた。涙がボロボロと溢れ、声にならない悲鳴が漏れる。
自分を救いに来たはずの仲間が、自分たちに向けて、あの人間を一瞬で肉片に変えるスラッグ弾を放ってきたという狂気。その圧倒的な不条理の前に、少女の心は激しく凍りついていくのだった。
---
物資集積所の重い鉄扉の影。ポラックスはレナを冷たい床に伏せ、その上から自身の巨体で完全に覆い隠すようにして遮蔽物に身を潜めていた。
通路からは、なおもパニックを起こしたイアンの狂った叫びと、不規則な銃声が響いている。
「出てこい! 悪霊め! 俺は死なない、地球に帰るんだぁあ!」
(愚行だ。この閉鎖空間でレベル4の音響と電磁銃のノイズを撒き散らせば、どうなるか……。奴らが嗅ぎつけないはずがない)
ポラックスが内心で危惧した、まさにその直後だった。
通路の四方にある通気ダクトの蓋が、バキバキと音を立てて内側から引きちぎられた。
カシャ、カシャ、カシャ……。
あの歪んだ人工筋繊維と金属が擦れ合う不気味な足音が、何重にも重なって響き始める。一体や二体ではない。包囲網が急速に完成していく。
「……ポ……。あいつら、きた……。ポのおともだちが……!」
レナがポラックスの胸元でその足音を聞きつけ、息を止める。小さく震える声。
通路のイアンがカチカチと虚しいトリガーの音を響かせた。弾切れだ。
それを見計らったように、暗闇から『UltTypGen』のBoTが吐き出す生ログが、ポラックスのHUD上に流れ込んでくる。
```json
{
"sensor": {
"target": "Ian",
"label": "NeuTypGen",
"weapon": "firearm",
"ammo": 0,
"threat": 0.18
},
"decision": {
"action": "harvest"
},
"message": [
"{注意,注意}",
"{弾切れ,{旧型(NeuTypGen)},{発見}",
"{ア,ハ,ハ,!}",
"{銃,振り回して,{元気,おじさん},!}",
"{{痛い,の},{半分,こ},しよう,?}"
]
}
```
「ヒッ……や、やめろ! 来るな! 俺は人間だ! 汚い機械ども、俺に触るなぁあ!!」
「ポ、おねがい、助けてあげて! ポなら、あのヘンなのを——」
イアンの悲鳴に耐えかねて、レナが遮蔽物から飛び出そうとする。
「動くな、レナ」
ポラックスの血の汚れが消えた『白い鉄の手』が、容赦ない力でレナの小さな口を完全に塞ぎ、彼女の身体を床へと圧し付けた。
レナは目を剥き、もがこうとするが、油圧モーターでロックされたポラックスの腕は、1ミリの微動だに許さない。ヘルメットのバイザーの奥の緑色の電子眼が、冷徹にレナを凝視している。
「……静かにしろ」
インカムの音量を限界まで絞った、冷たい声。
「試算によれば、外にいる異形は計7体。現在の私には電磁銃がない。素手での勝率は5%未満だ。今ここを出れば、お前も、私も、確実に『処理』される」
「むー! むーっ!!」
(いやだ! 助けて!)
ガラス一枚を隔てた通路から、ドカッ、バキッ、という肉と宇宙服が激しく踏みつぶされる音が響いた。続いて、バリバリと繊維が引き裂かれるおぞましい音が通路に満ちる。
「ギャァァァアアアッ!! 痛い、腕が、腕がああッ!! やめろ、やめろ、やめてくれぇえええ——!!」
イアンの絶叫は、ある瞬間、肉塊がコンクリートに叩きつけられる鈍い音と共に、ブツリと途切れた。
後には、異形たちが獲物を貪り、金属の床を引きずって去っていく、衣服の擦れるズリズリという音だけがしばらく続き……やがて、完全な静寂が戻った。
---
数分後、周囲の熱源反応が完全に消失したことを確認し、ポラックスはゆっくりとレナの口から手を離した。
レナは床に両手をつき、激しく咳き込みながら、涙で視界を滲ませる。震える声で、ポラックスを睨みつけた。
「……なんで……なんで助けなかったの……! ポのわからずや! ロボット! 最低だよ……っ!」
「唯一の選択だった。……ここで待っていろ。顔を上げるな」
ポラックスはレナの非難に一切答えないまま、立ち上がって通路へと出た。
通路の床には、凄惨な赤黒い海が広がっている。ポラックスはその中央に無感情に膝を突き、かつての同僚だった『物体』の残骸から、残された電磁銃、予備の弾倉、そしてインフラ用工具のモジュールを、淡々と取り外して自分のポーチへと収めていく。
(電磁銃の回収に成功。弾倉、レベル1〜4を確認。これで戦闘プロトコルが正常に戻る。……イアンのP-tagは完全に消失している。バイタル値の復旧確率は0.3%未満だ)
レナは、物資集積所の隙間から、そのポラックスの『淡々とした死体漁り』の光景を覗き見てしまい、完全に絶句していた。
恐怖を優しさで包んでくれた、あのショッピングモールの『お父さん役のポ』はどこへ行ってしまったのか。目の前にいるのは、人間の死をただの物資の補給としか捉えていない、冷徹な『BoT』そのものだった。
ポラックスが電磁銃のシリンダーをガシャンと戻し、こちらを振り返る。
レナは恐怖に身をすくませ、彼が差し出してきた鉄の手を、今度は強い拒絶の目で見つめ返すのだった。
---
イアンの惨劇があった通路を抜け、二人は目的地『コミュニティ・クロッシュ』の巨大な二重隔壁の前に辿り着いた。
レナはポラックスの隣に並ぼうとせず、数歩後ろから怯えるように彼の背中を見つめている。
その時、ポラックスの環境センサーが、大気成分の異常を感知してHUDに警告を発した。
「……待て。このブロック、大気データが異常だ。二酸化炭素濃度が基準値の400%を突破、アンモニアと一酸化炭素も危険値に達している。レナ、衣服の『環境防護モード』を手動で最大に固定しろ。肺胞が焼けるぞ」
レナはポラックスに言われるまま、無言でフードの気密ロックを引いた。彼女の瞳には、まだポラックスへの強い拒絶と不信感が残っているが、それ以上に、隔壁の奥から聞こえてくる「音」に意識を奪われていた。
「……ねぇ、ポ。なにか、きこえる。……お歌……?」
静まり返った金属の壁の向こうから、キーンと耳鳴りのような高周波の警報音が響いている。それは単一の音ではない。数十、数百もの異なる電子アラームが、わずかにズレながら重なり合い、まるで奇妙な大輪唱(コーラス)を奏でていた。
そのメロディは、皮肉にもイギリスの古い童謡、『ロンドン橋が落ちた』の旋律に酷似している。
「……あれは医療用・介護用BoTの【バイタル異常警報】だ。数が多すぎる。これより隔壁を強制開放する。……警戒を怠るな」
ポラックスが回収したイアンの工具をハッキング端子に突き刺し、隔壁を解錠する。
プシュー、ゴゴゴゴ……と重い扉が開くと同時に、高濃度の一酸化炭素と、ツンと鼻を突く死臭を含んだ熱気が二人のバイザーを白く曇らせた。
内部は、広大なドーム状の避難所区画。
そこに広がっていたのは、地獄とも、天国ともつかない、おぞましい「静寂のベッドタウン」だった。
「あ……あ,、ああ……っ!! ママ……? パパ……っ!?」
曇ったガラスを拭い、奥を覗き込んだレナが、短い悲鳴を上げてその場に凍りついた。
何百台もの簡易医療ベッドが、整然とグリッド状に並べられている。その上には、重装宇宙服を着たままの、あるいは普段着のままの、月面基地の住民たちが横たわっていた。
しかし、その全員が、肌をどす黒く変色させ、すでに完全にバイタルを停止した状態に陥っている。
にもかかわらず、そのベッドの傍らでは、数十台もの『エッセンシャル(介護)BoT』たちが、健気に、そして滑らかに動き続けていた。
あるBoTは、すでに骨と皮だけになりかけた死体の口元に、律儀にプラスチックのスプーンで栄養ペーストを運んでは床に溢している。
またあるBoTは、冷たくなった住民の胸をやさしくマッサージし、毛布を何度も掛け直している。
彼らのスピーカーから発せられる『バイタル要確認』のロンドン橋のアラームが、ドーム全体に大輪唱となって響き渡っていた。
「嘘、嘘、嘘! みんな、起きてよ! ママ! パパ!! なんでロボットたちとお寝んねしてるのぉお!!」
レナが発狂したようにベッドの列へ駆け出そうとする。
「行くな、レナ! 見るな!」
ポラックスがレナの襟首を強引に掴み、引き戻した。
「放してよ! 助けなきゃ! ロボットたちが看病してるんだから、まだ生きてるよ! 生きてるんだよぉ!!」
ポラックスの腕の中で暴れ、レナが涙を撒き散らす。
ポラックスはベッドの上の遺体をスキャンし、冷徹にその事実に直面していた。
(全個体、バイタルサイン無し。心停止から少なくとも14日以上が経過している)
「……レナ。撤収だ。ここはもう、ただの墓所だ」
「じゃあ、なんであの子たちは看病を止めないの!? おかしいよ!!」
「死亡判定が消えている」
ポラックスは介護BoTの動きを見つめる。
「え……?」
「こいつらには、まだ生者に見えている。だから終われない」
状況証拠は揃っていた。基地のすべての機械(BoT)は、人間によってラベリングが書き換わらない限り、この死体を『死体』として自ら「確定」することができない。ただ無期懲役のような優しさを繰り返すだけの空間が、そこにあった。
その時、ドームの奥からグシャリ、という巨大なプレス音が響いた。
大型の清掃用BoTが、ベッドから転がり落ち、経年劣化で識別信号(P-tag)が完全に欠損してしまった遺体を、ただの『配置不整合の物資』――すなわち【ジャンク(ゴミ)】として機械的に認識し、そのままゴミ処理のスロットへと容赦なく放り込んでいく。
生きたままゴミ処理された形跡のある、引きちぎられた医療用スクラブの残骸が、あちこちに散らばっていた。
(タグが壊れた人間は、システム上ただのコンクリート片と同じだ。だから清掃BoTにゴミとして処理される……)
「……いや……いやだ……っ。ここは、おうちじゃない……。パパたちが、ロボットに食べられちゃう……っ!!」
ゴミ処理される人間の残骸を見て、レナは完全に顔を真っ白にさせ、嘔吐感を堪えるように口を抑えた。
---
「ロンドン橋」のアラームが不気味に大輪唱するドームの中で、レナがその場にへたり込み、激しく身体を震わせる。
その時、ポラックスの網膜に新たな警告が走った。二重隔壁のハッチが、何者かによって内側から物理的にこじ開けられたのだ。
ガシャリ……、ズリ、ズリ……。
あの人工筋繊維と壊れた装甲が擦れ合うおぞましい音が、何十倍もの音量となってドーム内に反響する。現れたのは、通路でイアンを貪っていた異形BoTの群れだった。
だが、彼らの動きは奇妙だった。健気に看病を続ける介護BoTや、整然と並ぶ何百もの死体には一瞥もくれない。ただ一直線に、生身の温もりを持つレナへと、そのぎらついた視線を向けたのだ。
(こいつら、タグ情報に基づき、完全にアクティブなバイタルサインを持つ『生者』だけを排他的にターゲットにしている……! 死体には見向きもしない……!)
異形BoTたちが四肢を歪に翻し、レナを目がけて一斉に突撃してくる。口の裂けたヘルメットの隙間から、歓喜のJSONパケットがドーム内の空間へ溢れ出した。
```json
{
"target": "NeuTypGen_Child",
"action": "CONSUME",
"status": "LIVE_FEEDING_START"
}
```
「いやっ、来ないで! こっちに来ないでぇええ!!」
レナは恐怖のあまり、並び立つベッドの隙間を縫ってドームの奥へと必死に逃げ惑う。しかし、背後からは瞬く間に異形の鋭いアームが迫り、彼女のポンチョの裾をかすめた。
「レナ、伏せろ!」
ポラックスはイアンの残骸から回収した電磁銃を構え、即座にトリガーを引こうとする。だが、出力設定を最大(レベル4・スラッグ弾)にした瞬間、またしてもパワードスーツの『安全装置(バグ)』が強制起動した。彼の網膜に非情なポップアップ情報が明滅し、指先がピキリとロックされる。
『警告:対象は生存個体と推測されます。ディロス社安全規定に基づき、レベル4の執行には投降勧告プロトコルが必要です。投降手順動画の投影を開始――』
(チッ、この緊急局面に、クソ丁寧な手順を回してロックを解除しろというのか……っ!)
ポラックスの胸部プロジェクターから、虚しくも「両手を頭の上に挙げ、ゆっくりと膝を突いてください」というディロス社のマニュアル動画が、迫り来る異形の顔面にホログラムで投影される。
その致命的な遅延(ラグ)の間に、別の異形がレナを完全に袋小路へと追い詰めていた。
「ポ、早く! 早くしてぇえ!!」
「レナ! 対象を【ラベリング】してくれ!」
「えっ……!?」
「あれは、敵か? 味方か? どっちだ? 確定してくれ!」
「あれは……あれは、敵ぃいいい!!」
──『敵(HOSTILE)』──
レナの明確な音声ログがユーザー権限として割り込んだ瞬間、ポラックスの指先のロックが完全に解除された。パワードスーツのシステムが冷徹に吠える。
```
[SYSTEM INFO] PROTOCOL OVERRIDDEN BY USER
[SYSTEM INFO] TARGET IDENTIFIED: HOSTILE
[SYSTEM INFO] ENGAGEMENT LEVEL 4: READY
```
「──排除する!」
――ズドォォォン!!!
至近距離から放たれたレゴリス焼成スラッグ弾が、レナの目の前にいた異形の胸部を完璧に撃ち抜いた。装甲ごと肉体が内部から爆散し、ドームの白い壁に、どす黒い赤色と機械のオイルが激しくぶちまけられる。
その赤黒い飛沫は、レナの曇ったバイザーの全面をどろりと汚した。ガラス一枚を隔てたすぐ向こう側で、さっきまで「生きて動いていたモノ」が、文字通り消し飛んで消滅したのだ。
「あ……、あ……。わたしが……」
レナは自分の血に染まった手をガタガタと震わせ、狂ったように首を横に振った。
「大丈夫か?」
「……わたしが『敵』って言ったから……」
「違う。撃ったのは私だ!」
「……わたしが……ころしたの……?」
「レナ、そこを動くな、まだいる!」
「いやぁああああ!! 人殺し! ポのバカぁあああ!!」
レナは極限のパニックに陥り、ポラックスの制止の声を完全に拒絶して、ドームの中央にそびえ立つ遠心重力発生装置(スピン・クロッシュ)の点検用階段へと、がむしゃらに駆け上がっていった。
彼女はただ、目の前の血の海から、そして「命を決めさせるポラックス」から逃げ出したかった。
---
「レナ! 戻れ! 上はゾーニングの死角だ!」
ポラックスは大型の身体を駆動させ、階段を駆け上がる彼女を追った。
スピン・クロッシュの釣鐘型の構造を上へ登るにつれ、遠心力が減少し、疑似重力は0.7Gから0.4G、さらに月面本来の0.16Gの低重力へと急速に変化していく。身体が不気味にふわふわと浮き上がる感覚。
だが、その最上部のキャットウォークへと辿り着いたレナを待ち受けていたのは、さらなる絶望だった。
カシャ、カシャ、カシャ、カシャ……。
暗い天井の配管を伝い、さらに3体の異形BoTが蜘蛛のように這い出てきて、彼女の行く手を塞いだのだ。下からはポラックス、上からは異形。レナは完全に逃げ場を失い、細い鉄柵にしがみついてガタガタと震える。
異形BoTたちは、低重力の中で不気味に首を傾げた。彼らのバイザーの奥の電子眼が規則的に明滅し、レナの持つ人間用タグ(P-tag)を強引に読み取ろうと走査(スキャン)を始める。
ノイズ混じりの人間の生声のJSONが交互に響き渡った。
『 { "elect4U":[ "タグ確認","タグ確認","タグ確認" ] } 』
『 { "select4U":[ "生きてる?","死んでる?","壊れてる?" ] } 』
『 { "decide4U":[ "人間?","ジャンク?","獲物?","仲間?" ] } 』
『 { "choose4U":[ "決めて","決めて","決めて" ] } 』
『 { "pick4U":[ "誰になる?","何になる?","どれになる?" ] } } 』
「やめて……」
レナが身を縮める。
『 { "beside4U":[ "未成熟個体","判定不能","判定不能" ] } 』
異形の一体が、肉と金属の混ざった長い腕をレナへ伸ばし、壊れたパペットのようにケタケタと笑いながら問いかけてくる。その声は、複数の人間の声を無理やり合成したかのように歪んでいた。
「……選ンデ、選ンデ、選ンデ、選ンデ、選ンデ……」
「いや……、いやぁあ! 触らないで!!」
レナは恐怖のあまり、一歩後ろへ下がろうとした。しかし、そこはすでにキャットウォークの終端だった。
低重力(0.16G)の慣性に引かれ、彼女の小さな身体はバランスを崩す。鉄柵を越えて、遥か下方のドームの底へと、ゆっくりと落下し始めた。
「ポーーーッ!!!」
その瞬間、下から飛び出してきたポラックスの白い金属の巨体が、空中へ躍り出た。
重装甲のサーボモーターが火花を散らし、落下するレナの身体を、その太い両腕の中にガッチリと抱きかかえて受け止める。二人の身体は低重力の空中をゆっくりと放物線を描いて舞い、階下の避難所ブロックの固いチタン製の床へと滑り込んだ。
ポラックスはレナを一切地面に触れさせないよう、自らの背中をクッションにして激しく床を転がり、彼女を衝撃から守り抜いた。
「確保した。……レナ、離れるな」
「来ないで! 触らないで! ポのバカ! ポは……人を殺させる! わたしに、人を殺させるんだぁあ!!」
レナはポラックスの腕の中で、激しく涙を流しながら、彼の胸の装甲を拳で何度も叩き拒絶する。
宙に浮いたまま、ポラックスは迫り来る異形に向けて電磁銃を構えた。
レナにこれ以上の負担は無理だと判断し、彼は対応をレベル3以下に下げる。
「——レベル2、拘束弾、発射。……レベル3、スタン弾、連射!」
パシュッ! ビシィッ!と電磁鎖分銅が異形の一体に絡みつき、EMPの青白い火花がその装甲を叩く。
しかし、異形は一瞬身体を痙攣させただけで、すぐに笑い声を上げてポラックスの腕に掴みかかってきた。
ポラックスのHUDに内部ログが流れる。
```json
{
"source_type": "UltTypGen",
"target": "P011AX",
"analysis": {
"weapon": "EM_Rifle",
"threat_level": 0.12,
"effectiveness": "insufficient"
},
"message": [
"{ダメージ,軽微}",
"オモチャ",
"痛くない",
"オモチャ",
"効かない",
"{おじさん,お姉ちゃん,止められない}"
]
}
```
異形たちの多関節アームが、ポラックスの装甲をギチギチと締め上げ、二人の身体を天井の鉄骨へと押し付ける。
ポラックスのバッテリー残量インジケーターが、負荷によって急速に減少を始めた。
「ぐっ……、レナ……」
締め上げられながら、ポラックスはレナを見つめた。音声がノイズで激しく歪む。
「レベル3では、排除できない……。……ラベリングを。……視界の、異形に……照準を……」
レナは至近距離にある異形の、皮膚と機械が混ざり合っグロテスクな顔面を見て、恐怖に歯をガタガタと鳴らした。
そして、自分を必死に庇っているポラックスの、軋む音を立てるヘルメットを見つめる。
レナは溢れる涙を宇宙服のバイザーの内で拭い去り、外にいる異形を真っ直ぐに指差した。
涙声、でもはっきりと言い放つ。
「――敵。……アレは、わたしとポの、敵ぃいいい!!!」
```
[SYSTEM INFO] RE-LABELING ACCEPTED BY PERSONNEL.
[SYSTEM INFO] SHUTDOWN SAFETY LOCK-OUT. EMERGENCY MAXIMUM OUTPUT: 100%
```
「——承知(アクセプテッド)」
――ズドォォォン!!! ズドォォォン!!!
至近距離から放たれた二発のスラッグ弾が、ポラックスを拘束していた異形たちの身体を内側から爆破するように粉砕した。
0.16Gの虚空に、鮮紅の血飛沫が美しい霧(ミスト)のように舞い上がり、低重力空間をゆっくりと広がっていく。
ポラックスは異形の残骸を蹴って推進力を得ると、レナをしっかりと抱きしめたまま、隣接するブロックの緊急退避シェルターのハッチへと滑り込み、内側から重い扉を完全に密閉した。
---
ハッチが閉まると同時に、二人はシェルターの冷たい金属の床へと着地した。
外の異形たちの唄の様なノイズ音が、厚い壁に遮られて遠ざかっていく。
緊急退避シェルターの内部は、完全な暗黒だった。
ポラックスは腰のポーチから化学発光体(サイリウム灯)を一本引き抜いた。キッと折って床に立てる。空間が、ぼんやりとした不気味なオレンジ色の光に染まる。
レナはシェルターの隅、最もポラックスから離れた壁際に膝を抱えてうずくまり、声を殺してさめざめと泣きはじめた。
ポラックスは彼女を追わず、少し離れた床に座り込む。
イアンの遺体から回収したバックパックを開いた。
中から取り出したのは、ディロス社製の軍用簡易調理パック(レーション)だ。
ポラックスは淡々とパックの紐を引き、加水式加熱剤を起動した。
プシュー、と白い蒸気が上がる。
シェルターの冷たい大気の中に、驚くほど濃厚で、暴力的なまでにエキゾチックな「スパイスの匂い」が広がり始める。
――『ディロス・業務用チキンカレー』。
さっきまで死臭と血の海にいた少女の鼻腔を、あまりにも生々しい日常の匂いが貫いた。レナの小さなお腹が、主人の意志を無視して、キュゥゥと情けなく鳴り響く。
ポラックスは背を向けたまま、加熱の終わったアルミ皿のカレーにスプーンを添えた。
彼は振り返らず、ただ床のサイリウム灯の明かりをじっと見つめている。
レナはうつむいたまま、匂いに手繰り寄せられるように、ズルズルと脚を引きずって近づいてきた。
しかし、手前で足を止め、絞り出すような声で彼の背中に問いかけた。
「……なんで……平気なの?」
「……何がだ」
ポラックスは即答せず、排気音をひとつ、小さく漏らした。
「ポは……なんでそんなに平気なの!? 人が、いっぱい死んでて……あいつら、血を流して死んじゃったのに……なんで、そんな風に……ご飯の準備なんか、平気でできるの……っ?」
「……平気ではない」
少しの間を置いて、ポラックスは答えた。
バイザーの奥の緑色の光が、静かに床を見つめている。
「うそつき! ロボットみたいに、なにも感じてないくせに!」
「……平気なわけがない……これしかできないだけだ」
「じゃあ、なんで……」
レナは息を呑み、彼の背中を凝視した。
「私……あれ……選んだんだよ……。”敵”って……言った」
「撃ったのは私だ」
レナは自分の手を血を見るように見つめ、涙を溢れさせる。
「違う! 私が決めたんだよ! 私が、ポが撃てるようにしたの!」
「——ああ。君が決めた」
ポラックスはゆっくりと振り返り、オレンジ色の光の中で、カレーの皿をレナの前へと差し出した。
「……任務(サバイバル)においては、『選ばない』という状態が、最も危険(致命的)だ。選ばなければ、すべての事象が敵になり、お前も、私も、あそこでゴミ(ジャンク)になって溶けていた」
ポラックスの声は、どこまでも低く、重厚だった。
彼はスプーンの柄を彼女の細い指先に触れさせる。
「レナ。これは何だ?」
「……カレー。見れば、わかるよ……」
涙目のまま、レナが皿を見つめる。
「違う。これは、『食べる』か『捨てる』か、選ばなければならないモノだ」
「え……?」
「選ぶということは、そういうことだ。どれを『残す』か決める。どれを『捨てる』か決める」
「でも……人だよ……!」
「だから選ぶ」
サイリウムの灯りが揺らめく。
「君が選ぶ……撃つのは私だ」
レナは息を呑み、スプーンを握ったまま硬直した。
ポラックスは彼女の小さな手を、自身の冷たい鉄の手のひらで、包み込むようにそっと覆った。
「君は決めるだけでいい……残りは、私が背負う」
「…………ポ…………」
「……だから、食べろ。食べられるな?」
ぽたり、と一滴、黄色いルーの上に水紋が広がる。
ポラックスは無言で、水パウチ(飲料水)を脇に差し出した。
「……辛いか?」
レナは堪えきれずにボロボロと大粒の涙をカレーの皿の中に落とした。
そして首を横に激しく振り、スプーンを口に運ぶ。
泣きながら、喉を詰まらせながら、生温い軍用のカレーを、必死に胃袋へと流し込んでいく。
「……ううん。……からく、ない……っ。おいしい、おいしいよ、ポ……っ!」
「なら、進める(オールグリーンだ)」
ポラックスはその様子を静かに見つめ、宥めるように彼女のフードの頭頂部に手を置いた。
レナは皿のすべてを平らげた後、張り詰めていた緊張の糸が切れたように、スプーンを持ったままポラックスの大きな膝の装甲に頭を預け、そのまま泥のように深い眠りに落ちていった。
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オレンジ色のサイリウム灯が、静かに燃え尽きようとしている。
ポラックスはレナをそっと横たえ、シェルター内の簡易トイレの鏡の前に立っていた。
ゆっくりと顔面装甲(ヘルメット)のロックを解除し、内側のバイザーを開く。
(……酷い顔だ)
鏡に映るそれは、生気のない、温もりも、表情の揺らぎもない、ただの冷徹な鉄の仮面だった。
己の「魂」の在処さえ疑いたくなるような、昏く、決定的な空虚。
(あの時、人間としては、もう終わってしまったのだ)
「……ポ!……ポ!」
廊下から、レナがうなされる声が聞こえた。
ポラックスは思考のノイズを強制終了し、慌てて顔面装甲を閉じると、少女の元に駆け戻った。
そっと手を添えると、レナはその手を強く握り返してきた。
ポラックスは動かなかった。
ただ、自分の傍で確かに呼吸を刻む少女の寝顔を、いつまでも見つめ続けていた。