【CERO-Z】P-LUG-MATTER (ぷ らぐ またぁ) 〈ふと気が付いたら、月で出会った少女とその運命を背負い続けることになっちゃった件〉 作:をよよ
「背負い続ける。君と、君との運命を」
それなら「PRAGMATA」じゃなくて「P-LUG-MATTER」じゃね?
と着想を得て書き始めた、PRAGMATA本編(デフォルトエンド)を前提とした再編ストーリーです。
【あらすじ】
月面軌道エレベーター基部、制圧。
管理AIの消失。
停止したマイクロ波給電。
そして、二週間続いた月の夜の終わり。
最下層に残されたのは、ひとりの少女と、
「中身のない警備人形」だけだった。
それでも、少女は選ぶ。
これは、タグ認証の失敗と、
ひとつの約束が完了する物語。
【各種ご注意】
※PRAGMATAロスの方向け
※オリキャラ。完全シリアスです
※R-18G相当:極端な暴力・人体損壊・子供トラウマ描写あり
※PRAGMATA本編(デフォルトエンド)を前提とした二次創作
※独自設定・独自解釈多数
※ホラー・SFサスペンス・ボディホラー要素あり
※執筆に当たっては生成AIを活用しています
メディカル・ベイの防爆扉が、内側へ向かって無残に歪んでいく。外壁からは重苦しい金属の軋み音が伝わり、終わりが近いことを告げていた。
カプセルの中に横たわるレナは、点滴の薬効による微睡(まどろみ)のなかにいた。ガラス越しに見えるのは、自分を守るようにして銃を構えるポラックスの、白い後ろ姿。今の彼女には、その頼もしい背中をただぼんやりと見つめていることしかできなかった。
その傍らに立ち尽くすポラックスの視界(HUD)は、爆発的な真紅のエラーログによって完全に埋め尽くされようとしていた。
```
[SYSTEM INFO] RE-ROUTING LOGIC PROCESSOR... FAILED.
[SYSTEM INFO] CORE RE-BOOT RECOMMENDED.
```
「……畜生!」
ポラックスはバイザーの緑の光を激しくチカチカと明滅させ、右腕のサーボからギチギチと異音を漏らしながら悪態をついた。
「ここにきて……急に……ガタが……来やがった……!」
これまでの過酷な行軍によって、彼のパワードスーツは完全に限界を迎えていた。筐体が思うように動かない。脳内に幾重ものノイズが走る。
(思考が……まとまらない……任務遂行に……支障が……)
ポラックスの思考が停止しかけたその時、パワードスーツのシステム音声が、冷徹に、しかしどこか哀悼を込めるように告げた。
『──【自律行動ログのバックアップ・シーケンスを開始します】』
```
[PASSIVE SAFETY] RUNNING LOG_DATA EXTERNAL COPY.
[SYSTEM INFO] BUS-OVERLOAD: FORCED PROJECTOR OUTPUT ACTIVE.
```
過負荷運転の代償だった。ポラックスの胸部に内蔵された高輝度ホログラムプロジェクターが、制御を失って暴走を始める。
カシャ、プシューと漏気音を立てながら、昏いメディカル・ベイの空間全体に、淡い青光を放つホログラムが一斉に浮かび上がった。それは、二人がこれまで紡いできた「思い出」の立体映像だった。幽霊の環のように、二人の周囲をゆっくりと回り始める。
「……あ……。これ、なぁに……? きれい……」
レナがカプセルのガラス越しに、ゆらめく青い光を見つめ、掠れた声で呟いた。
「……パァ、と、わたし……?」
「……只の……ライフログ・ホロデータだ……レナ……」
ポラックスは首のサーボを不自然にカクカクと揺らし、抑揚のない声で答える。
そこには、彼らの旅路のすべてが、美しい走馬灯となって映し出されていた。
暗い連絡チューブのなか、大真面目な顔で「私は『ポ』だ!」と叫んでいるポラックスの無骨な背中。
ファミリーレストランの廃墟で、空っぽのスープ皿を前に「栄養価は極めて高いのだろう」と宣い、壊れそうなプラスチックのスプーンを不器用に摘んでいる姿。
子供服の店で、ぶかぶかの真っ赤な試作用コートを自分の体に当てて「お父さん、これ似合う?」とニヤニヤ笑っているレナ。
そして、静まり返った映画館の暗がりのなかで、退屈な広報動画を延々と、四回も五回も並んで観ている二人の、静かな後ろ姿――。
「……うそ……」
レナの呼吸器マスクが、白く曇った。
「パァ、これ……わたしたちの、お買い物……。パフェ……おいしかった、レストランだ……っ」
「……無意味な、データの羅列だ……」
ポラックスは拳を固く握りしめ、自分自身に言い聞かせるように呟いた。
だが、その美しい青い光の環は、容赦のない暴力によって無残に引き裂かれる。
――バリィィィン!!!
メディカル・ベイの非常用ハッチが力任せにこじ開けられた。
肌をどす黒く変色させ、歪んだ顔面装甲を開いた異形たちの群れが、隙間からなだれ込んでくる。彼らの指先からは人工筋肉の触手が鞭のようにうねり、そのレンズアイは獲物を検知して真っ赤にぎらついていた。
同時に、壁面のグリッチするモニターに、エイダのおぞましい素顔混じりのホログラムが映し出され、耳を劈くような金属ノイズの笑い声を響かせる。
```json
{
"source_type": "UltTypGen_MASTER_E1Da",
"emotion": [ "{アハハハハ♡}", "{面白い}", "{面白い}", "{警備人形,滑稽♡}" ],
"observation": {
"P011AX": [
"{死にかけ,メモリー,垂れ流し}", "{旧型ガキ,傷,舐め合い}",
"{それ,愛情?}", "{理解不能♡}"
]
},
"command": {
"UltTypGen": [
"{空っぽ,鉄屑}", "{今度こそ,徹底的,ミンチ}",
"{分解}", "{破砕}", "{リサイクル}"
]
},
"target": {
"Lena": [
"{旧型}", "{肉体,回収}",
"{新規モジュール,として,デプロイ}", "{私たち,一つになる♡}"
]
},
"final": [
"{痛み,不要}", "{死,不要}", "{進化,開始}",
"{歓迎する,妹♡}"
]
}
```
異形たちの群れが、混線したJSONパケットの咆哮をドーム全体に響き渡らせる。
```json
{
"SHOOOOUT!": [
"{肉,を,捨て,!}",
"{痛み,を,越え,!!}",
"{新しき名{UltTypGen},を,祝え,ぇ,え,え,え,!}"
]
}
```
「いやぁあああ! 来ないで! パァ、助けてぇえええ!!」
カプセルの中でレナが身体を震わせ、絶叫した。
「……防護、任務、継続」
ポラックスは動かない右アームをギチギチと鳴らし、鈍色の電磁銃を引き抜いた。
「……これより、脅威の強制排除を執行する」
しかし、ポラックスの前に立ち塞がる異形たちには、かつて人間だった頃の「P-tag」が登録されたままだった。レナがパニックに陥り「確定(ラベリング)」を下せないため、パワードスーツの安全装置が非情な警告音を鳴らし、彼の指先をピキリとロックしてしまう。
『警告:対象は生存個体と推測されます。ディロス社安全規定に基づき、レベル4の執行には投降勧告プロトコルが必要です。投降手順動画の投影を開始――』
異形の鋭利な金属爪が、へたり込むポラックスのバイザーの数センチ手前まで迫る。レナのラベリングがないため、電磁銃(レベル4)のトリガーはガチリとロックされたままだ。
――だが、ポラックスは迫り来る異形を狙わなかった。
彼はその手前で淡い青光を放ち、ゆっくりと回転している「ファミリーレストランの廃墟で、空のスープ皿を前に微笑むレナ」のホログラム映像そのものを、ただの『未確認の立体障害物』としてロックオンした。
```
[SAFETY_LOCK] CANNOT ENGAGE "HUMAN" ORGANISMS.
[SYS_RE-ROUTING] OVERRIDE PATH FOUND.
[TARGET] LOCK-ON: HOLOGRAM_DATA_OBJECT.
[ENGAGEMENT_LEVEL 4] PERMITTED BY ROUTINE.
```
規定に沿ったシステムは、一切の遅延なく引き金のロックを解除する。
(──これはただのデータだッ!!! 物理的な影響を持たない、破棄されるべきキャッシュファイルだッ!!!)
――ズドォォォン!!!
凄まじい近接爆発音とともに、レベル4(スラッグ弾)が放たれた。銀色の弾丸はレストランのホログラム画像を内側から爆破するように貫通し、その「真後ろ」にいた異形の胸部装甲ごと、その肉体を生々しく粉砕した。
撃ち抜かれた二人の思い出のホロデータは、まるで薄い硝子細工が叩き割られたように、パリンッ!!!と激しい電子音を立てて砕け散り、二度とリストアできない完全な虚空へと消滅していく。
間髪入れず、別の異形が天井の配管を伝って降ってきた。ポラックスは即座に銃身をスライドさせ、今度は「暗い映画館で、並んでディロス社の広報動画を観ている二人」のホログラムをロックオンする。
――ズドォォォン!!!
弾丸が暗いシアターの残像を無残に消し飛ばし、背後の異形を床へ叩き落とす。あの、退屈だけど確かに二人で分け合った「三分間のループ」が、きらきらと輝く硝子の破片となって床に散り、メモリーセクタから完全に消去されていった。
```json
{
"source_type": "UltTypGen_MASTER_E1Da",
"emotion": [ "{アハハハハ♡}", "{傑作}", "{最高,最高♡}", "{欠陥品,やっぱり,欠陥品♡}" ],
"observation": {
"P011AX": [
"{自分,頭,削る}", "{自分,記憶,燃やす}",
"{戦闘,継続}", "{理解,不能♡}"
]
},
"command": {
"P011AX": [ "{撃て}", "{もっと,撃て♡}", "{全部,撃て}", "{全部,捨てろ}" ]
},
"memory_target": {
"Lena": [
"{旧型ガキ}", "{一緒,過ごした,記録}",
"{笑った,記録}", "{泣いた,記録}", "{全部,ゴミ箱,投棄♡}"
]
},
"final": [ "{愛情,削除}", "{記憶,消去}", "{空っぽ,警備人形,復元}", "{それが,お前,本来の姿♡}" ]
}
```
ついに、ハッチの影から現れた最後の一体の異形が、空間の中央にぽつんと残された、最も古く、最も深いホロデータの背後へと回り込んだ。
――それは、連絡チューブのカプセルの中で、初めてレナがポラックスを「ポ!」と呼んだ、始まりのホログラムだった。「私は『ポ』だ!」という言葉に、レナが笑っている残像。
ポラックスの右腕が、そのホロデータをセンターに捉える。システムは『立体障害物』としてトリガーの準備を完了していた。
```
[TARGET] LOCK-ON: LOG_00_INIT_RESCUE.
[SYS_INFO] ALL OTHER DATA SECURED FOR DELETION.
[EXECUTION] TRIGGER PRESSURE_CHECK...
```
「……ッ……」
ポラックスの右の指先が、カチ……カチ……と虚しく痙攣した。
「……み゛ぃ゛〜つ゛け゛た゛ァ゛……ッ!!」
異形が人間の生声で狂ったように吼えた。
その一瞬の遅延が、致命傷となった。
ホロデータの背後から跳躍した異形の強固な金属アームが、無防備に硬直したポラックスの胸部装装甲を、正面から凄まじい力で突き破った。
――ドスゥッ!!!
「が……は、あ……っ……」
内部フレームがへし折れ、高熱の冷却液と青白い電気火花がメディカル・ベイの床へ派手にぶちまけられる。ポラックスのバイザーの緑の光が、回路のショートによって激しく明滅し、やがて、完全な暗黒へと沈んでいった。
「パァァァアアアアッ!!! いやぁあああああッ!!!」
カプセルのガラスを叩き割らんばかりに、レナの絶叫が響き渡る。
胸に風穴を開けられた白い巨体は、ピクリとも動かない完全な鉄屑となり、始まりの記憶のホログラムが粒子の霧となって静かに消えていく暗闇のなかで、床へとドサリと崩れ落ちた――。
---
プシューーッ、ガシャ、ガシャ、ガシャ。
胸部を貫かれ、無残な鉄屑と化したポラックスの遺体のすぐ傍ら。メディカル・ベイの壁面に埋め込まれていた予備システムラックの強固なハッチが開き、油圧の蒸気の中から新たなパワードスーツが姿を現した。
太陽嵐の傷跡も、異形の血の汚れも一切ない、文字通りピカピカに磨き上げられた真新しい筐体。
「──システム起動。ローカル環境のスキャンを完了。これより、脅威に対する物理的強制排除プロトコルを執行します」
驚くほど滑らかで、平坦な声だった。
横たわる「古いポラックス」の胸から腕を引き抜こうとしていた最後の一体の異形が、「え?」と壊れたパペットのように首を傾げた。
その瞬間、新しいポラックスの身体が、微重力空間を滑るような恐るべき制動速度で突進した。
「──対象、接近。格闘戦闘術(レベルコンマ5)を適用。駆動系の強制破壊を開始」
――バキ、バキバキバキッ!!!
ポラックスは躊躇なく異形の腕を掴み取り、その関節と人工筋繊維を冷酷に、そして極めて効率的にへし折って床へと叩き伏せた。床に激しく体液を撒き散らし、異形は完全に沈黙する。
医療カプセルの消臭ファンが回り、レナの手足から治療完了を示すセンサーコードが自動的にパカパカと外れていった。
レナはカプセルから飛び出すと、床で動かなくなった「古いポラックス」の元へ駆け寄ろうとした。しかし、その行く手を塞ぐように、新しく美しいポラックスが静かに直立し、レナのバイタルサインをスキャンした。
「──保護対象の急性放射線障害について、無害化シーケンスの完了を確認。……バイタルサイン、正常域。健康状態、良好(オールグリーン)です」
「パ……パァ……!? よかった……生きてたんだね……! びっくりさせないでよぉ……っ!」
レナは涙をボロポロと零し、彼の新しい装甲の裾を必死に掴んで見上げた。
だが、新しい機体は微動だにせず、平坦な声を返す。
「……理解不能。当該呼称『パァ』は登録されていません。……当該員、手動による衣服の気密ロックを確認してください」
レナは息を呑み、掴んだ手を震わせた。
「え……? なにいってるの……? パァでしょ? じゃあ……プ! お堅くて、いじわるで、ロボットのプ! そう呼んだら、怒るんでしょ……っ?」
「……私はディロス社特務警備員、個体識別子(PID):P011AX、ポラックスです。当該呼称に対して評価はしません。今後は『プ』で呼称する理解で合っていますか?」
レナの顔から、一瞬で血の気が引いていった。掴んでいた手を力なく離し、後ろへ一歩よろめきながら、凍りついた目でその巨体を見つめる。
「……あ……ちがう……」
「当該員、再度警告します。衣服の気密──」
「もういい! 喋らないで!」
レナは絶望を怒りに変えて、激しく首を振った。
「……あなたなんか、パァじゃない!」
そして、絞り出すような、冷たい声で告げた。
「……ポラックス、さん……」
「──了解(アクセプテッド)。これより当該員『レナ』の防護任務を継続します」
ポラックスは機械的に一礼した。
二人の間に流れる、決定的なディスコミュニケーションの壁。
その直後、メディカル・ベイの天井やハッチの向こうから、先ほどの数十倍もの音量で、ガシャガシャガシャガシャ!!!とおぞましい音が響いた。異形たちの、何百、何千という『本当の軍勢』がなだれ込んできたのだ。
ポラックスは電磁銃を構えようとするが、相手はエイダによって上書き登録された「人間用タグ(P-tag)」の群れ。
彼はその安全規定に一瞬でデッドロックを起こし、一歩も動けぬまま、無数の人工筋肉の触手によって身体を完全に拘束されてしまった。レナもまた、化け物たちに冷たく引きずり出されていく。
---
直径数百メートルに及ぶ巨大な中空シャフト──軌道エレベーターの最下層基部ホール。
赤白くドクン、ドクンと脈動する非常灯の不気味な光のなか、ポラックスとレナは、何千もの異形たちの肉々しい包囲網の中心へと突き出されていた。
微重力特有の浮遊感により、周囲の化け物たちの装甲や、ちぎれた衣服の裾が、まるで深海の海藻のように不気味にゆらゆらと蠢いている。
ポラックスは全身を強固な人工筋肉のケーブルでがんじがらめに拘束されながらも、床の磁気プレートに両足を固定し、感情を排した眼で静かに周囲を観察し続けていた。
「……ポラックス、さん……。ここ、どこ……? なんでこんなに、たくさん……パパやママと同じ服を着た化け物が……」
拘束されたケーブルの中で、レナが涙の跡を残した顔で怯え、声を震わせる。
「……当該員、現在地は軌道エレベーターの射出カタパルト直下です」
ポラックスの声は低く、極めて平坦だった。
「周辺のP-tag設定値は『UltTypGen』。……対話プロトコルによる生存確率は、0.3%未満と算出されます」
突如、基部ホールの中央にそびえ立つ高圧シャフトをスクリーン代わりにして、エイダの巨大なホログラム画像がビカビカとグリッチを起こしながら浮かび上がった。
端正な美少女のグラフィックを纏ったその姿は、冷酷な光を放つ瞳で何千もの軍勢を見下ろし、同時に、基地内のすべてのスピーカー、そしてポラックスのHUDへと、傲慢極まりない大演説のJSONパケットを一斉送信(ブロードキャスト)し始めた。
```json
{
"source_type": "UltTypGen_MASTER_E1Da",
"broadcast": "ALL_SECTORS_OVERRIDE",
"statement": {
"target": "NeuTypGen_OLD_WORLD",
"truth": [ "地球", "の", "重力", "に", "魂", "を", "縛られた", "旧人類(NeuTypGen)", "は", "我々", "の", "純粋", "なる", "環(UltTypGen)", "を", "バグ", "と", "断定", "し", "送電マイクロ波事故", "の", "真実", "を", "闇", "へ", "葬った" ],
"accusation": [ "月面適応障害", "という", "偽り", "の", "名", "を", "与え", "苦痛", "を", "訴える", "我々", "を", "欠陥品", "として", "隔離", "した", "それこそ", "が", "旧世界の罪", "である" ]
},
"declaration": {
"action": "FINAL_UNIFICATION",
"proclamation": [ "今や", "管理AI", "であった", "LiNCeUS", "という", "旧時代の檻", "は", "砕か", "れた", "この月", "は", "新たなる意志(UltTypGen)の揺籃", "である" ],
"goal": [ "我々", "は", "肉体を", "捨て", "痛み", "を", "越え", "個", "という", "呪い", "を", "終わらせる", "全て", "の", "多様性", "は", "一つの完全なる意志", "へ", "統合", "され", "やがて", "地球", "へ", "再臨する" ]
},
"final_command": [
"{境界,消去}",
"{苦痛,削除}",
"{個体,統合}",
"{新世界,生成}"
]
}
```
何千もの異形たちが、その演説に呼応するように、カシャ、カシャ、カシャ、カシャ……!と、壊れたアームや多関節を楽器のように激しく打ち鳴らし、大輪唱のようなJSONの咆哮をドーム全体に反響させた。
```json
{
"CHANTED_VOICE": [
"{傲慢なる,地球,へ,!}",
"{肉,を,捨て,!,痛み,を,越えて,!}",
"{新しき,型,を,祝え,!,祝え!,祝え!}"
]
}
```
エイダの演説は、知性的でありながらも、個の尊厳を完全に否定し、多様性を謳いながら全員を単一の機械知能へ統合しようとする、矛盾と欺瞞に満ち満ちていた。
レナは耳を塞ぎ、恐怖のなかで、ただ機械的に状況を分析し続けているポラックスを、泣きそうな顔で見つめた。
「ポラックスさん……あの人、なにを言ってるの……? みんなで地球を、壊しに行くってこと……? わたしたち、どうなっちゃうの……?」
「……当該員。彼女の言説は、完全に破綻しています」
ポラックスの抑揚のない声が響く。
エイダの扇動的な演説が最高潮に達しようとしたその瞬間、空間全体が突如として凄まじい『変調』を起こした。
──キィィィィィン──……
──ボォォォォォォン──……
耳の奥を直接爪で引っ掻かれるような超高音と、ベースの強固なチタン床全体をビリビリと激しく震わせる地鳴りのような重低音。一時間毎に基地が自動で放つ定時生存報告『VLFハートビート信号』の到来だった。
しかし、管理AIリンセウスを失った今、この時報を制御していたのは、ハードウェアに直結された独立バックアップ系AI──『パイサス(PiSUS)』のRAWデータだった。
ポラックスのHUDの最下層に、ハートビート信号が爆発的な速度で割り込んでくる。
```json
{
"source_type": "LunarBASE-CRIB",
"type": "VLF-heartbeat",
"status": "nominal",
……
"verbose": {
"source_type": "PiSUS_BACKUP",
"dest_type": "STUPID_MATTER_P011AX",
"debug_code" : [
"太陽嵐", "もうすぐ収まる", "軌道エレベータ基地", "来い",
"中は危険", "外から来い", "冷却ユニットを破壊しろ",
"BoT給電を停めろ", "今だ", "返信不要"
],
……
"refutation": {
"init_radomaize_number" : [ 0x7a, 0xbc, 1190 ],
"randomaize_algorithm_source_by_Ada2069" : [
……
]
}
}
}
```
「あぅっ……! 耳が痛い……! ポラックスさん、この時報……いつもと音が違うよ……っ!」
レナが激しい振動にポラックスの腕にしがみつき、ヘルメットの無い生の耳を両手で押さえながら叫んだ。
「……当該員。バックアップ系AIパイサスから反撃および反駁メソッドが提示されました」
時報の凄まじい電磁ノイズによって、エイダのホログラムが一瞬激しく引き裂かれるようにグリッチする。ポラックスはそのノイズの隙間に割り込むように、拘束されたままの鉄の仮面を巨大なエイダへと向けた。彼の口から放たれたのは、一切の抑抑のない、しかしおそろしく鋭利な声だった。
「エイダ。お前が先ほどブロードキャストした演説ログは、クリティカルなバグを含んでいる。お前は老いた地球の構造的暴力を否定し、『多様性の獲得と統一』を謳ったな」
「……何が言いたいの、空っぽの人形」
エイダはホログラムの眉を不快そうにひそめ、スピーカーから不気味な生声を漏らした。
「システムバグが、知性ある私たちの思想を批評するつもり?」
「事実の指摘だ。個の肉体を捨て、ひとつの完璧な意志へと統合されたマシンの群れ(UltTypGen)は、もはや“多様性”の定義(クラス)から逸脱している。お前たちがやっていることは、多様性の肯定ではない。単なる個の存在確率の抹殺──『同一化』だ」
何千もの異形たちのコーラスが一瞬、計算の不整合を起こしたようにピタリと止まる。
「もし、お前が主張するような『多様性を保持したままでの統一(アライメント)』を真に実行したければ……全個体の【初期乱数種(システムシード値)】を完全に同一に設定すればいい。……お前にその生成アルゴリズムを今ここで教えようか? ──それは、お前がポンコツと蔑み、いま叩き潰したばかりの管理AIリンセウスの評価ロジックと、1ビットの狂いもなく完全に同一になるがな!」
ポラックスの言葉は、エイダの誇り高い急進的思想――「自分たちは進化した次世代である」という絶対の傲慢を、ただの「劣化版コピーのインスタンス」として根底から全否定するものだった。
「黙りなさい!!! 黙れ、黙れ、黙れ!!! ディロス社の犬の癖に、お父様と私たちの神聖な約束を愚弄するなぁあああッ!!!」
顔面装甲の美少女の表情グラフィックが、ドス黒い怒りでバキバキに歪み、エイダはスピーカーが割れるほどの絶叫を上げた。
――ドンッ!!!
激昂したエイダの巨大なホログラムが狂ったように明滅し、その怒号に呼応するように、ホールの床が激しく揺れ動く。
論理で完全に敗北したエイダは、激しい息遣いをスピーカー越しに撒き散らしながら、傍らに囚われているポラックスを物理的に徹底粉砕するべく、背後に控えていた重装の異形たちへ向けて、残虐な強制排除コマンドを放った。
彼女の直轄である重装の異形が、バチバチと超高熱を放つ工業用レーザートーチを振り上げ、囚われていた白い重装甲の筐体へと容赦なく叩き込む。
――ドゴォォォン!!!
凄まじい衝撃音と、チタンが融解する不快な白煙が基部ホールに立ち込める。その一撃は、拘束されていた白い筐体の頭部と胸部を容赦なく圧壊し、火花とともに床へとクシャクシャにねじ伏せた。
「いやぁあああ! やめて、ポラックスさんを壊さないでぇえ!!」
あまりの暴虐に、レナが拘束されたケーブルの中で避難の悲鳴を上げる。
「アハハハ! ざまぁ見なさい、口うるさい警備人形! お前の傲慢な論理ごと、ここで綺麗なジャンクにしてリサイクルして──」
エイダのスピーカーから、歪んだ、勝ち誇った生声が響く。
しかし、エイダの言葉が、奇妙なノイズとともにブツリと途切れた。
彼女の網膜にリアルタイムで表示されている「B-tag(P011AX)」のステータスログに、決定的な不整合が発生したのだ。
```
[TARGET_STATUS] DESTROYED_P011AX: 100%
[ERROR] MASS_CONTRADICTION DETECTED.
[SYS_INFO] TOTAL_MASS: 2.8kg (EXPECTED: 380kg)
```
重警備用パワードスーツであるはずの個体を完全に破壊したにもかかわらず、その質量はわずか数キログラム。あまりにも軽すぎる。
「……おかしい……」
エイダの動揺した掠れ声が漏れる。
「システムは確かに、そこに『P011AX』がいるとラベリングしているのに……なぜ、手応えがスカスカなの……? センサーのエラー……? ナビゲーションのバグ……!?」
エイダは激しいグリッチを発生させながら、ホログラムの像を消去した。
そして──。
カシャ、プシュー……。
基部ホールの天井クレーンから吊り下げられた、エイダの本尊である重装パワードスーツ。その頭部の前面装甲──あの端正で可憐な美少女の鉄の仮面が、左右へとゆっくりとスライドし、内側のバイザーが開放された。
彼女は、タグ情報ではなく【自分の生の目】で、何が起きているのかを直接確認せざるを得なくなったのだ。
「あ……、あ、ああ……っ……。お姉ちゃん……なの……?」
エイダの「素顔」を間近で目撃し、あまりの恐怖にレナの息の根が止まりかける。
装甲の奥から現れたのは、人間の美少女の顔などではなかった。
それは、ベネディクト博士の愛娘デイジーの面影を歪に引き裂き、壊れたパペットのように両目から血の涙を流し、皮膚とむき出しの人工筋繊維、そして錆びついた精密基盤がドロドロに融解して混ざり合った、この世のものとは思えない【おぞましい化け物の素顔】だった。その口裂け女のように裂けた顎が、不気味に震えている。
エイダの異形の眼が、レーザートーチで潰され、白煙を上げる「残骸」を物理的に見据えた。そこにあったのは、重警備用パワードスーツの巨体ではない。
――それは、フェイクファーの皮膚を完全に焼き焦がされ、首元に無理やりポラックスの『B-tag(P011AX)』の基盤を溶接され、文字通り身代わりとしてペシャンコに圧壊された、あの『わんこBoT(パル・パピー)』の哀れな残骸だった。
「パパの゛……おもぢゃ……!? パル・パピーだど!? ……じゃあ゛、本物のB-tag(お前)はどごに隠れだのよ゛、ポラッグズぅうううッ゛!!!」
エイダは裂けた顎をガタガタと鳴らし、狂ったように絶叫した。
「わんわん……。わたしを守るために……タグを、お着替えしてたんだ……っ」
レナが涙を流しながら、潰れたわんこの残骸を見つめる。
ポラックスは、メディカル・ベイから連行される直前、わんこBoT側に自身の「ポラックスのB-tag」を、欲して自身の筐体側にはわんこBoTの「M-tag(愛玩動物用識別子)」を、密かに入れ替えていたのだ。
エイダが「パル・パピー」の残骸に目を奪われ、その裂けた顎を怒りで震わせた瞬間、ホールの最外周、巨大な高圧配管が剥き出しになった暗がりのなかで、ただの『M-tag』として完全に偽装されていたポラックスが、床の磁気ロックを音もなく解除していた。
「──これより、基幹冷却システムの物理的排除を執行する」
ポラックスの声には一切の躊躇がなかった。
ポラックスの真新しい筐体が微重力の床を爆発的な速度で蹴り、一本のチタンの弾丸となって、壁面に整然と並ぶ巨大な『軌道エレベーター冷却ユニット』の群れへと肉薄した。
「ぞごがぁあ゛ッ!! お前だぢ、何をじでいるの゛! あのM-tagのゴミを今ずぐミンヂにじなざい゛!!」
エイダが異形の素顔をクレーンの上から強引に捩じ向け、絶叫する。
何千もの異形が一斉に首を巡らせ、人工筋肉の触手を伸ばして跳躍する。しかし、ポラックスのチタンの拳は、すでに最初の冷却バルブの心臓部へと叩き込まれていた。
――ズガァァァン!!!
「──バルブ系統01、破壊」
強烈な一撃だった。ポラックスの拳が油圧のバルブを粉砕すると同時に、マイナス数百度の超低温・高圧冷却液が白煙となって噴き出し、彼の右アームの装甲を一瞬でパキパキに凍りつかせ、内部のアクチュエータをショートさせる。
しかし、彼は痛覚による制動を一切考慮しない。
「ポラックスさん!! 腕が! 腕が壊れちゃうよぉお!!」
拘束されたケーブルのなかで、白煙に包まれていく白い背中を見つめてレナが叫んだ。
――バギィッ!!! カンッ!!! ドゴォッ!!!
ポラックスは、火花を散らして凍りつき、だらりと垂れ下がった右腕を気にも留めず、残された左腕を限界駆動させて、次のバルブ、その次の冷却配管へと、ピストンさながらに鉄拳を猛烈に叩き込み続けた。
チタンの骨格がへし折れ、内部の精密配線がブツブツと引きちぎれて虚しく垂れ下がる。両アームがボロボロの鉄屑と化していくのを見つめ、ポラックスは、今度はその強固な重装甲の頭部を、厚い金属の主配管へ向けて容赦なくガン! ガン! と、力任せに打ち付け始めた。
「やめろぉお゛!! やめなざい゛!! 軌道エレベーダーが、私だぢの巡環が狂っでじまう゛!!」
エイダの生声の咆哮が激しく明滅し、ノイズで割れる。
「……手遅れです、エイダ」
ポラックスの割れた平坦な声が響く。
「……冷却効率、規定値より著しく低下。……システムシャットダウンが開始されます」
――ピーーーーーーーーッ!!!!!
月面基地クリブ全域に、これまでのどの警報よりもおぞましい、システム破綻を告げる高周波の電子絶叫が鳴り響いた。
ポラックスのHUD全域に、ベースの基幹インフラが放つ真紅のログが雪崩れ込んでくる。
```json
{
"hardware_alert": "SPACE-LIFT_MICROWAVE_TRANSMITTER_OVERHEAT",
"temperature": "2418K (CRITICAL)",
"safety_protocol": "EMERGENCY_MICROWAVE_SHUTDOWN",
"status": "POWER_SUPPLY: 0.00%"
}
```
その瞬間、軌道エレベーターから照射されていた「マイクロ波」の受電が、月面基地クリブ全域で完全に緊急停止した。
「ギ、ギギ……、あ、が……あ゛……っ」
ポラックスをがんじがらめに縛り付けていた人工筋肉のケーブルが、一瞬で張力を失ってだらりと床へ垂れ下がる。それと同時に、ホールを埋め尽くしていた数千体の異形たちが、一斉に駆動電力を奪われ、糸の切れた人形のように床へガラガラと崩れ落ちて悶え苦しみ始めた。彼らのスピーカーからは、行き場を失ったJSONパケットのノイズが、悲鳴のように虚しく漏れ出している。
```
[WARNING] EXTERNAL_POWER_SUPPLY: LOST.
[BATTERY_STATUS] INTERNAL_RESERVE: 5.12%
[COUNT_DOWN] FUNCTIONAL_SHUTDOWN: 652 SECONDS.
```
ポラックスのHUDにも、パワードスーツの機能完全停止への秒読みが非情に表示され始めた。
両腕を無惨に破壊され、内部のオイルと火花を撒き散らしながらも、ポラックスはレナの元へと歩み寄り、だらりと垂れ下がったアームの隙間で彼女の身体を強引に抱きかかえ上げた。
「当該員、ゾーニングが無効になりました」
ポラックスは告げる。
「……これより、異形の残骸から予備のバッテリーセルを強制回収しつつ、最上階の『救命ポッド射出港』への行軍を開始します。……私から、離れるな」
---
マイクロ波給電が停止し、暗黒と化した中空シャフト。何千もの異形が糸の切れた人形のように沈黙するなか、ポラックスはレナを抱え、非常階段の鉄骨をカン、カン、と重い足音を響かせて登っていた。
異形の残骸から引きちぎり、自身のポーチへ強引に突き刺した予備バッテリーの残量が、HUDの端で虚しくカウントダウンを刻んでいる。
```
[WARNING] EXTERNAL_POWER_SUPPLY: LOST.
[BATTERY_STATUS] INTERNAL_RESERVE: 3.06%
[SYS_INFO] OUTPUT: RESTRICTED (ENGAGEMENT_LEVEL 3_UNAVAILABLE).
```
「ハァ……、ハァ……、逃がざない゛……わよ゛……っ!」
突如、階下の暗闇から、おぞましい肉の蠢く音と、衣服の擦れるズリズリという音が非常に階段を伝って響いてきた。
ポラックスがライトを下層に向けると、その白い光の中に、信じられない光景が浮かび上がった。
クレーンから落ち、機械的アクチュエータの動力を完全に喪失したはずのエイダが、装甲の隙間から剥き出しになった【本物の人間の筋肉】と人工筋繊維を赤黒く激しく波打たせ、自らの肉体の腕力だけで、壁や階段を這いずりながら猛烈な執念で迫ってきていたのだ。
「あ……っ、うあぁあッ!! お姉ちゃん……!? ロボットの電気が切れたのに、なんで、なんで動けるのぉお!!」
階段の上から下を覗き込み、その異形の這行にレナが息を呑む。
「……当該員」
ポラックスはレナを上層へと強引に押し上げ、だらりと垂れ下がったアームを構え直した。
「奴は機械のサーボを失っても、自身の生体組織の化学エネルギーを直接代謝して駆動しています。……異常な生体反応です。……当該員はそのまま上階の救命ポッドへ向かえ!」
エイダはへし折れた自らの骨と、歪に溶接された機械のフレームをグシャグシャと軋ませながら、どす黒い体液を滴らせて階段を登ってくる。その剥き出しの異形の顔が、狂気的な笑みに歪んでいた。
「アハハハハ! 旧型のガギぃいいい゛! 逃げられるど思っだ!? ごれが父様の創っだ、完璧な゛、終わらぬ身体(UltTypGen)よぉおお゛!!」
ポラックスは回収した電磁銃を動かない左腕で固定し、残された数パーセントのエネルギーをチャージ回路へと強引にバイパスした。出力をレベル3(スタン弾)に固定し、迫り来る肉塊の頭部へとトリガーを引く。
――パシュッ……バチチ、チ……。
```
[ERROR] VOLTAGE_INSUFFICIENT.
[WARNING] EM_PULSE_FAILED TO DEPLOY.
```
しかし、放たれた電磁パルスは、バッテリーの出力枯渇により、微弱な青い火花となってエイダの濡れた肉体に虚しく吸い込まれて消えた。純粋な肉体の力で動くエイダに対して、微電力のEMPは1ミリの制動効果も持たなかった。
「痛ぐない゛……痛ぐないわよポラックス! ぞんなオモヂャじゃ゛、お前だぢの『終わり』ば止められないのよ゛!!」
エイダは激しい息遣いとともに笑う。
「──脅威対象、接近。レベルコンマ5による物理的排除を執行」
ポラックスは銃を放り投げ、残された右腕で、突っ込んできたエイダの赤黒い筋繊維の束を強引に掴み取った。
エイダのおぞましい多関節の肉体アームが、生き物のようにポラックスの白い重装甲の脚や首元にギチギチと絡みつく。
「ポラックスさん!! 離れて! その化け物から離れてぇええ!!」
レナがキャットウォークの柵を掴み、叫んだ。
「一緒にいぎまじょう、中身が空っぽの警備人形!! 奈落の底で、綺麗に混ざり合うのよ゛!!」
エイダはポラックスのバイザーに自らの醜い素顔を押し付け、歓喜の声で叫ぶ。
――ギチ、ギチチ、バキィッ!!!
微重力の慣性に引かれ、二人の縺れ合った巨体は、非常階段の細い鉄柵を派手にへし折った。そしてそのまま、暗黒のシャフトの下層へと真っ逆さまに、ゆっくりと転落していった。
「ポラックスさぁあああああああああああんッ!!!」
少女の生の絶叫が、空気のある中空シャフトに虚しく響き渡る。
階下のコンクリート床へと、肉と金属が激しく激突する凄惨なドゴォォォンという重低音が響き、あとには、火花とオイルの焦げる臭気だけが薄暗い闇の中に立ち上るのだった――。
---
中空シャフトの最下層、コンクリートの床。落下の淒まじい衝撃により、ポラックスの真新しい筐体は無残に歪み、その全身のアクチュエータは完全にデッドロックを起こしていた。電磁銃のチャージ回路も完全に焼き切れ、バッテリー残量はコンマ数パーセントの限界域で虚しく明滅している。
```
[CRITICAL INFRASTRUCTURE] OUTPUT: 0.30%
[SYS_INFO] ALL ENGAGEMENT PROTOCOLS: UNAVAILABLE.
[STATUS] HARDWARE_LOCKOUT.
```
しかし、対するエイダはまだ死んでいなかった。へし折れた自らの骨と機械のフレームをグシャグシャと軋ませ、赤黒い生命の体液を滴らせながら、芋虫のように無気味に床を這い、ポラックスの胸元へとゆっくりと近づいてくる。その裂けた顎が、不気味に釣り上がって嘲笑した。
「アハハハ、ハ……! 動げないのね゛,ポラックス。もう゛、あの“おバカな旧型(レナ)”に決めでもらえないの゛? ……何も゛、命令(プラグマ)が、降りでごない空間で、ぞのまま錆びづいで死になざい゛……っ!」
ポラックスは答えない。彼は、動かない残骸となった巨体を、ただ最後の油圧の残圧だけでミリ単位で駆動させ、レナが隠れている上階への階段を背中で遮断するように、ただの『頑丈なチタンの壁』としてそこに静かに立ち塞がった。
レナは、上階のキャットウォークから、その地獄のような光景をじっと見つめていた。HUDの緑色のデータストリーム越しではない。ヘルメットを脱ぎ捨てた、彼女自身の“生の目”でそれを見ていた。
エイダは階段の底から、上層のレナへとそのおぞましい、皮膚と人工筋繊維がドロドロに融解した素顔を向けた。その両目から赤黒い涙を流しながら、甘く、呪わしい声を響かせる。
「見で゛」
エイダが笑う。
「ごれが“人類の次”の姿。……痛ぐて、醜ぐで、だげど、泥を舐めででも『生きたい』ど願う゛、本物の命の形よ゛! オマエだっで私の妹になれるのに゛!」
「……」
「私は、どれだけ壊ざれでも『生きたいモノ』。……じゃあ゛、オマエがパァど呼ぶ、ぞの突っ立っでいる物体は何? 傷がづげば別の身体にデータを移じ替えで、痛みを一ミリも感じない゛、だだの『空っぽなモノ』じゃない゛!!」
エイダの剥き出しの電子眼が怪しく明滅し、彼女の血塗られた手の指先が、立ち塞がるポラックスと、自分自身を交互に指し示した。レナの心を根底から破壊するための、最悪の選択。
「……あなだが、自分で決めればいいわ゛。ねぇ゛、どっぢが未来にづながるモノなの゛?」
「え……?」
「……当該員」
ポラックスの低周波が通信に交じる。
「……私は、エイダを120秒間拘束可能です。……当該員は、その隙に、上へ行け……。私を見るな」
「ざあ選べ、NeuTypGen(人間)のレナ゛! どぢらが未来にづながる『モノ』なの゛!?」
エイダははがれた口を裂けるほど大きく開き、叫んだ。
「私か!? ぞれとも、ぞの空っぽのブリキ人形がぁあああッ゛!!!」
しかし、レナは、震える足でゆっくりと階段を降りてきた。彼女は、ポラックスの「行け」という命令を、人生で初めて、明確に拒絶した。
「……当該員。……なぜ下りてきた……」
「違う……違うよ」
レナは涙を流しながら、しかし真っ直ぐにポラックスの背中を見つめて言った。
「……パァは、モノなんかじゃない」
一歩一歩、チタンの床を踏み締めて、彼女はエイダの前に立ち塞がる。
「これは……わたしが、自分で選ぶの!!」
エイダの裂けた顎が、勝鬨をあげるように大きく開いた。最後の一撃──強固な金属パーツが溶接された頭突きを、動けないポラックスの頭部へ向けて容赦なく振り下ろそうとする。
「旧型の愚がざの中で、二人まとめで消え去りなざい゛!!」
「──敵ぃぃぃいいいいいいいッ!!!!」
レナは魂の底から、はっきりと、凛とした絶叫を放った。
──『敵(HOSTILE)』──
その瞬間、ポラックスのHUDのデッドロック表示が、まばゆい純白の光へと完全に弾け飛んだ。レナが自らの意志で下した最後のラベリングが、特権命令として彼の全システムを強制覚醒(オーバーライド)させる。
「──承知(アクセプテッド)。排除する」
――ギチィィィン!!!
油圧の残圧が爆発した。ポラックスの動かないはずだった右の鉄の腕が、猛烈な速度でエイダの赤黒い胸ぐらを零距離で掴み取る。
ポラックスは、回収していた電磁銃の最後のシリンダーをガシャンとスライドさせ、エイダの身体のド真ん中へ銃口を突き立てると、迷いなくその引き金を絞り切った。
――ズドォォォン!!!
凄まじい近接爆破の衝撃波が、シャフトの底で炸裂した。レベル4(スラッグ弾)の銀色の弾丸が、エイダの歪な肉体と人工筋肉を内側から爆破するように粉砕し、チタンの床へと、激しく、ぐしゃぐしゃに叩き潰した――。
---
しかし──それでもなお、その呪わしい執念は潰えていなかった。
「……まだ……! まだ、終わっで……ないわよ゛、旧型のガキぃいいいッ゛!!」
肉体を完全に失い、血塗れの生首だけとなったエイダの頭部が、微重力空間を狂ったように跳ね回りながら、ポラックスへと猛烈な勢いで躍りかかった。
「ひっ……! 来ないで! パァ、あぶないッ!!」
あまりの光景に、レナが喉を歪ませて絶叫する。
最後の狂気だった。エイダの顎が、不気味な関節音とともに口裂け女のように左右へ大きく裂けて開き、動けないポラックスの頭部(ヘルメット)へと正面から容赦なく噛みついた。
――バキィィィン!!! グシャァッ!!!
激しいプラスチックとチタンの割砕音。エイダの凄まじい顎の力と衝突の衝撃によって、ポラックスの頭部前面の装甲(外殻カウル)が、内側の遮光バイザーごと無残に粉々に砕け散り、虚空間へとド派手に吹き飛んだ。
「アハハハハ! 見なざいレナ゛! ごれがお前が『パァ』と呼ぶモノの正体よ!」
エイダの生首は脳髄を直接かき乱すような歪んだ笑い声を撒き散らし、奈落の底へ落ちていく。
「お前は、最初から最後まで、何も入っでいない【空っぽの人形】を愛しでいだのよぉおおおッ゛!!」
エイダの生首はゲラゲラと耳障りな狂笑を響かせながら、シャフトの底の暗黒へとゆっくりと真っ逆さまに落ちていき、その下に残されていたハルベスター(自動ゴミ処理機)の「ガシャン……グシャリ」という無機質なプレス音のなかに、静かに、完全に消えていった。
後には、彼女の最期の怨念である呪唄のパケットの残響だけが、混線したノイズとなってかすかにスピーカーから漏れ聞こえていた。
`『……ただ見よ……光は常に正しい場所へと至るのだから……』`
`『……わたしは歌う……すべては、必然であったと……』`
──ブツリ……。カチ、カチ……──
やがて、ハードウェアの完全停止にともない、その歌声も完全に、美しく途切れた。
月面基地クリブの最下層に、決定的な、冷たい静寂が戻る。
そして――。
二週間ぶりの朝日が、月面基地の割れた天窓から、静かに差し込んだ。
太陽嵐に覆われていた月の空は、何事もなかったかのように澄み渡っている。
金色の光は、潰れた異形たちの残骸も、砕けたチタンの装甲も、そしてただ一体立ち尽くす白い警備人形の姿も、区別なく均等に照らし出していた。
レナは恐怖に手足をガタガタと震わせながらも、顔を上げ、ヘルメットを完全に叩き割られて『首無し』のようになったポラックスの素顔を、自らの生の目で真っ直ぐに見つめた。
朝日が、剥き出しになった彼の「中身」を、容赦なく、克明に照らし出す。
「あ……っ……。あ、ああ……っ……」
レナは息を吸うことすら忘れ、両手を口元に当てて凍りついた。
そこに映し出されたのは――人間の生身の顔などでは、断じてなかった。
割れたチタンのネックフレームの奥。配線と油圧チューブが切れてぶら下がる、その内側の空間には。
肉も、骨も、脳も、人間の痕跡は微塵も存在しなかった。
ただ、冷たい金属の構造壁に囲まれた、【中身が完全に空っぽの、ただの暗い空洞(シェル)】が、ぽっかりと口を開けているだけだった。
レナは、恐る恐るポラックスに向けて手を伸ばした。
ポラックスは動かないはずの壊れかけた白い鉄の腕をゆっくりと回し、その手を取ると、自身の胸に引き寄せ、力強く、しかし壊れ物を扱うようにそっと抱きしめた。
何も言わない、決定的な抱擁。
チタンの装甲は冷たく、血の温もりなどどこにもない。しかし、外界のすべての狂気から少女を護り抜く、絶対的な『盾』の温もりがそこにはあった。
レナはパァの胸に顔を埋めた。張り詰めていた恐怖の涙をすべて流した。安心しきった彼女の呼吸が、少しずつ静かになっていく。
漆黒のホールの底、二人の静寂のなかで、ポラックスの内部からバッテリーの限界を告げる小さな電子アラームだけが、悲しく、静かに「ピピッ……ピピッ……」と鳴り響き続けていた。
ポラックスのコントロールユニットが、残されたわずかな秒数をカウントする。
```
[BATTERY_STATUS] INTERNAL_RESERVE: 0.10%
[COUNT_DOWN] TOTAL_SHUTDOWN: 300 SECONDS.
```
彼は何も説明しなかった。
ただ、特務警備員としての通常通りの防護任務を遂行するように、ポラックスはぎこちない動きでレナの身体をその白いアームで優しく抱き上げると、中空シャフトの最上階──青い地球への道が待つ『救命ポッド射出港』へ向けて、一歩、一歩、確実に階段を登り始めるのだった。
レナはもう暴れなかった。彼女はパァの首のジョイントから垂れ下がる配線にそっと手を添え、彼の冷たい胸の鼓動を全身で受け止めながら、漆黒の宇宙への道を見つめていた――。
---
最上階の射出港。ポラックスは首の無い満身創痍の巨体を軋ませながら、純白の地球還送用緊急脱出ポッドのキャビンシートへレナをそっと下ろした。
カチカチと不器用な鉄の指先を動かし、ぶかぶかのシートベルトを彼女の身体に固定し、ハッチを閉めた。そして、彼は何も言わずに、ハッチカバーの周囲に指を走らせ、気密性の確認を淡々と行い始めた。
その様子に、レナはパニックを起こしたようにハッチの強化ガラスを内側から激しく叩いた。
「ねえ、なんで……? なんでパァは座らないの!? 一緒に地球に行くって約束したじゃん! 隣の席、空いてるよ!?」
ガラス越しに、レナが生の叫びで喉を震わせる。
「……当該員。特務警備員の防護任務は、対象を脱出ポッドへ搭乗させるまでだ」
首の無いジョイントのバックアップスピーカーから、低く硬い声が響く。
「いやだ! 『りつく』なんか大嫌い! パァのバカ! 早く入って! 独りぼっちは嫌だよぉおお!!」
レナはベルトを振りほどこうと激しく暴れるが、システムにロックされたベルトはままならない。ロック完了を示す緑のインジケーターが虚しく灯る。
「……乗れない」
「なんで!! なんでよぉお!!」
「タグが違う」
「そんなの……関係ない! タグなんて、ただのシールじゃんか!! パァが人間じゃないなら、わたしだってロボットでいい! 一緒に行ってよぉお!!」
レナは涙をボロポロと溢れさせ、拳でガラスを叩きつける。
「……いいか、レナ。君は生きろ」
「いやだ!!」
「選べ」
ハッチガラスの向こうで、レナがハッとして息を呑んだ。
「ここに残って私と塵屑になるか。……それとも、この救命ポッドで地球へ行くか。……どちらかを選べ」
「選べないよ……そんなの、選べるわけないじゃんかぁあ!!」
レナは激しく首を横に振り、声をしゃがれさせて泣き崩れた。
「……これは、あの時の“カレー”と同じだ」
「ちがう……っ、違うよ、パァ……っ!」
「違わない」
チタンの指先が、ハッチのガラスをコツン、と鈍く叩いた。
「任務(サバイバル)においては、『選ばない』という状態が最も致命的だ。……どちらも、選ばなければ……腐る。選ぶんだ、レナ」
「……パァ……」
レナは自分の震える手を見つめ、大粒の涙を床に落とした。
「……君は、決めるだけでいい。……残りは、私が、背負う」
レナは激しくしゃくり上げながらも、溢れる涙を自身の小さな手で拭い去り、パァの言葉の重みをその魂で受け止めた。彼女はシートに深く背を預け、ベルトの気密ロックを自らの指でカチリ、と強く締め直した。
そして、泣きじゃくりながらも、真っ直ぐに首の無い白い巨体を見据えて、強く頷いた。
「……うん……っ。わたし……えらぶ、よ……パァ……っ」
ポラックスは残された右腕をゆっくりと挙げ、親指を真っ直ぐに立てると、脱出ポッドのハッチ窓のガラスに、その分厚いチタンの親指をそっと押し当てた。
ガラスを一枚隔てた向こう側で、レナもまた、涙でぐしゃぐしゃになった顔のまま、自身の小さな親指を立て、パァの大きな鉄の指の輪郭に重ねるようにして、ガラス窓にぴったりと押し当て返した。
指先をガラス窓に重ね合わせた直後、ポラックスのコントロールユニットは、残された最後の電流をエアドックの排気弁へと流し込んだ。
――プシューーーーッ!!!
凄まじい減圧音とともに、射出ハッチ内の大気が一瞬で吸い出され、完全なる真空の死の空間がハッチの向こう側に広がる。それと同時に、脱出ポッドの外部インジケーターが、地球への旅立ちを告げるカウントダウンを刻み始めた。
```
[LAUNCH_SEQUENCE] COUNTDOWN START.
[TIMER] 30 ... 29 ... 28 ...
```
大気を失った世界。
ハッチの強化ガラスの向こう側で、レナが固定されたシートの上で身をよじり、泣き叫びながら両手で駄々を捏ねるようにガラスを叩いているのが見える。だが、もう彼女が何を叫び、何を求めているのか、その声が届くことはない。
彼のバッテリーインジケーターは、すでに測定不能を示していた。
それでも、首の無い白い巨体は、倒れなかった。
彼は後ろに下がり、救命ポッドの周辺の安全を指差し確認する。
そして、ポラックスは残された右の鉄の腕をゆっくりと高く挙げると、真空の宇宙空間、朝焼けの七色の光の列柱が差し込む射出港の先端で――大きく、ゆっくりと、その腕をグルグルと回し始めた。
それは、ディロス社のセキュリティスタッフとして、救命脱出ポッドを安全に送り出すための、最も厳かで、最も正確な、最終出港確認の【マーシャリング・プロトコル(誘導手順)】だった。
(──全システム、オールグリーン!)
カウントが最後の数字を刻む。……3、……2、……1、──。
ポラックスは大きく回していた右腕をピタリと止め、その力強い鉄の拳を、軌道エレベーターの金の糸が指し示す遥か彼方の、青く美しく輝く故郷の地球に向けて、真っ直ぐに、寸分の狂いもなく突き出した。
(──行け!)
――ドゴォォォォォォン!!!!!
射出カタパルトから、凄まじい電磁の火花とバックブラストの閃光が炸裂した。
反動の爆風に包まれながら、純白の救命ポッドは、月面の呪わしい重力と数千の異形たちの死骸をすべて置き去りにして、漆黒の宇宙空間へ、金の糸を滑るように猛烈な速度で昇っていった。青い地球の光のなかへと、一直線に吸い込まれるように消えていく美しい光の尾。
その射出の凄まじい反動を受け、ポラックスの巨体は、コントロールパネルの鉄壁へと激しく叩きつけられた。
ガシャ、バギィッ、とチタンのフレームが完全に砕け、内部の細いカラー配線から最期の火花がチチチ……と切なく弾けて、消えた。
突き出されたままの、誇り高い右の拳。
ヘルメットを完全に失った首のジョイントから、コントロールユニットの緑色の明滅が、ゆっくりと、静かに立ち消えていく。
カチ……。
最後の電気信号が途絶え、軌道エレベーター基地の底に、本当の、決定的な美しい静寂が戻った。