火属性貴族の俺、ステータスオープンしたら適性値が「ふぃっしゅ数」だったので追放されました 〜ふぃっしゅ数がクソデカ巨大数だと痛感したらもう遅い〜   作:元近ちか

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第2話 ふぃっしゅ数の理解ある友人

 追放された。

 大聖堂の扉が、フィッツの背後で重々しく閉ざされる。

 

 石畳の上に立ったフィッツは、しばらく動けなかった。

 

 先ほどまで、彼はフレイムベル家の長男だった。

 それが今は、追放された少年である。

 

 理由は、炎適性がふぃっしゅ数バージョン1だったから。

 

「……ふぃっしゅ数」

 

 口に出してみたが、やはり意味が分からなかった。

 語感は強そうではない。ただただ、困る。

 

「なんだったんだろうな、ふぃっしゅ数……」

 

 フィッツはとぼとぼと歩き出した。

 

 屋敷には戻れない。

 父は「荷物は最低限のものだけ後で使用人に持たせる」と言っていたが、あの様子では本当に最低限だろう。

 

「フィッツ?」

 

 ふいに、後ろから声をかけられた。

 振り返ると、一人の少年が立っていた。

 

 銀縁のメガネをかけた、細身の少年である。

 

 名はカシコーイ・アッカーマン。

 フィッツの幼なじみであり、友人であり、そしてメガネをかけているので頭が良い。

 

「カシコーイ……」

「どうしたんだよ、その顔。火属性適性が70以下だったのか?」

「70以下だった方が、まだよかったかもしれない」

「えっ」

 

 カシコーイが目をまたたかせる。

 

 その手には、小さな羊皮紙が握られている。

 おそらく、彼も成人の儀を終えたばかりなのだろう。

 

「僕も今終わったところなんだ。見てくれよ」

 

 カシコーイは少し得意げに羊皮紙を広げた。

 

筋力:42

素早さ:24

耐久:20

知力:88

魔力:46

炎適性:31

水適性:42

土適性:25

雷適性:37

風適性:40

光適性:29

闇適性:33

 

「知力88だぞ」

「すごい。よかったな」

「反応が薄いな」

「ごめん。今ちょっと、家を追放されたばかりで」

 

 カシコーイの表情から得意げな色が消え、友人への心配の色に変わる。

 

「追放!? なんで!?」

「炎適性が……変だった」

「変?」

 

 フィッツが地面に座りこみ、その落胆を表す。

 ステータスの記された羊皮紙を、カシコーイに渡した。

 

「ふぃっしゅ数……だって」

 

 カシコーイは沈黙した。

 

「……魚?」

「魚ではないらしい」

 

 カシコーイは腕を組んだ。

 

「ふぃっしゅ数バージョン1……。確かに、バカみたいな数だな」

「数なのか?」

「数って書いてあるからには、数なんじゃないか?」

「そういうものかな」

「神の表示だろう? 神が『数』と言ったら数だ。

 神はたぶん、数字と文字列の区別くらいはついている」

 

 カシコーイは軽く笑った。

 その笑いに、フィッツは少しだけ救われた。

 

 大聖堂の中では、誰もが彼を見ていた。

 笑う者、哀れむ者、囁く者。

 

 父は怒り、神父は困り、貴族たちは噂した。

 だが、カシコーイだけはいつも通りだった。

 

「それで、これからどうするんだ?」

「分からない。とりあえず王都を出ようと思う」

「いきなり?」

「屋敷には戻れないし、これ以上王都にいたら、みんなから笑われそうだし。

 だから、どこか別の町へ行く。働ける場所を探すよ」

「そうか……元気でな」

 

 カシコーイはうなずいた。

 そして、ふと大聖堂を振り返る。

 

「しかし、少し気になるな」

「何が?」

「ふぃっしゅ数バージョン1だよ。神父様は何か説明してくれなかったのか?」

「父上が怒鳴っていたから、説明どころじゃなかった」

「まあ、そうだろうな」

 

 カシコーイは顎に手を当てた。

 

「ステータスに通常と違う表示が出た場合、教会には詳細な神託が降りていることがある。

 スキル名とか、称号とか、特殊適性とか。神父が理解しているかは別として」

「神父が理解していない神託って何なんだろうな」

「神託なんてだいたいそういうものだろう」

 

 カシコーイはメガネを押し上げた。

 

「僕が聞いてくる」

「え?」

「ふぃっしゅ数バージョン1について、教会で確認してみる」

 

 カシコーイはそう言って、大聖堂へ向かって歩き出した。

 フィッツはその背を見送る。

 

「カシコーイ」

「ん?」

「ありがとう」

 

 カシコーイは振り返らず、片手を上げた。

 

「友達だからね」

 

 その言葉だけで、フィッツの胸は少し軽くなった。

 

 ふぃっしゅ数バージョン1。

 よく分からない数字のせいで家を追われたが、少なくとも友人は残っていた。

 

 それだけで、まだ歩ける気がした。

 

 フィッツは王都の東門へ向かって歩き出した。

 その後ろで、カシコーイは大聖堂の扉を開けた。

 

     *   *   *

 

「ふぃっしゅ数バージョン1について、詳細を知りたい?」

 

 応対したのは、ほぼ2番目の神父だった。

 

 大聖堂の奥では、神父たちがまだ完全には片付いておらず、1/256番目の神父が燭台の陰で迷子になっていた。

 

「はい。フィッツ・フレイムベルの炎適性についてです」

「彼はもうフレイムベル家の者ではないと、パッパーロ様が」

「その辺の貴族事情はいったん置いてください」

「置きましょう」

 

 神父はすぐ置いた。

 神に仕える者は、切り替えが早い。

 

「正直に申し上げますと、私どもにもふぃっしゅ数が何なのかは分かりません」

「やはりですか」

「ただし」

 

 神父は祭壇の奥へ歩いていった。

 

 そして、やたら分厚い書物を抱えて戻ってくる。

 

 革表紙の中央には、金文字でこう書かれていた。

 

『神託・よく分からないけど表示されたもの一覧』

 

「便利な本ですね」

「便利ですが、あまり使いたくはありません」

「でしょうね」

 

 神父はぱらぱらとページをめくる。

 

「ええと、ふぃっしゅ数、ふぃっしゅ数……。ありました」

「あるんですね」

「神が書けと言われたので、書くのが神父の努めです」

 

 神父は本をカシコーイの前に置いた。

 

 そこには、細かな文字と記号がびっしり書き込まれていた。

 

 カシコーイは覗き込む。

 

 最初は軽い気持ちだった。

 どうせ、変わった名前を名付けられただけの数だろうと思っていた。

 

 だが、神託に記された定義は、その程度の顔をしていなかった。

 

「……これは」

 

 カシコーイの眉間にシワが寄る。

 

「このS変換というのは?」

「分かりません」

「このSS変換は?」

「分かりません」

「ここにある、63回というのは?」

「そこだけは読めます。63回です」

「読めることと分かることは別です」

「はい」

 

 神父は深くうなずいた。

 カシコーイは神託を読み進めた。メガネをかけていてもよく分からなかった。

 ただ、感覚として大きいな、というのが分かった。

 

「……これ、写してもいいですか?」

「構いません。というより、誰かに理解していただけるなら教会としても助かります」

 

 カシコーイは羊皮紙を取り出し、神託を書き写し始めた。

 

 S変換。

 SS変換。

 それを何度も何度も適用するという記述。

 

 途中で手が痛くなった。

 途中で1/1024番目の神父がインク壺に落ちた。神父がすくい上げた。

 

 それでもカシコーイは数式を書き写すと、外は夕方になっていた。

 

「ありがとうございました」

「こちらこそ。何か分かりましたら、ぜひ教会にもご報告ください」

「分かった場合、報告できる余裕があるか分かりません」

「そんなにですか?」

「そんなにかどうかを、これから確認します」

 

 カシコーイは書き写した羊皮紙を抱え、大聖堂を出た。

 

 東門へ向かうつもりだった。

 だが、その足は止まった。

 

 このままフィッツに追いついて、「よく分からないけど大きそうだった」と伝えるだけでいいのか。

 

 いや。

 もし本当に大きい数なら、正確に理解する必要がある。

 

 少なくとも、フィッツが火属性魔法を使ってよいのかどうか。

 それだけは、判断しなければならない。

 

「……少しだけ計算してから行こう」

 

 カシコーイは自宅へ走った。

 


 

 カシコーイの部屋は、本と紙で埋まっていた。

 

 

「よし」

 

 カシコーイは椅子に座る。

 

「たかが数字だ。どれだけ大きくても、定義があるなら追える」

 

 そう言って、神託を書き写した羊皮紙を広げた。

 

 最初は、鼻歌混じりだった。

 

 まずは記号を整理する。

 次に、S変換の定義を読み解く。

 そして、最初の段階だけでも値を出してみる。

 

「ふむ……ここは再帰的に……いや、これは関数の階層を上げているのか? 違うな。入力そのものを……ん?」

 

 羽ペンが止まった。

 

「んん?」

 

 メガネの位置を直す。

 

「……待て」

 

 カシコーイは別の紙を取り出した。

 

 計算する。

 書く。

 消す。

 また書く。

 

 羊皮紙が一枚埋まる。

 二枚埋まる。

 三枚目の途中で、鼻歌は消えていた。

 

「いや、いやいやいや。これはまだ第一段階だ。ここで驚くのは早い。

 落ち着け、カシコーイ。僕は知力88だ。メガネもある」

 

 彼は自分に言い聞かせる。

 

 さらに計算する。

 

 カシコーイの顔が少しずつ白くなっていく。

 

 途中で、彼は窓を開けた。

 夜風が入ってくる。それでも汗が止まらなかった。

 

「……おかしい」

 

 彼は呟く。

 

 カシコーイは震える手で、さらに紙を重ねる。

 計算を進めれば進めるほど、数字は遠ざかっていく。

 遠ざかるというより、こちらの世界が置き去りにされていく。

 

 億。兆。京。垓。

 それらは最初から比較対象ですらなかった。

 

 カシコーイは気づく。

 

 これは「大きな数」ではない。

 これは「大きい」という言葉そのものを置き去りにするための装置だ。

 

「……ウソだろ」

 

 カシコーイは立ち上がった。

 

 フィッツは火属性の名門貴族だ。

 追放されたとはいえ、幼い頃から魔術理論を学んでいる。

 もし身を守るために火属性魔法を使おうとしたら。

 もし誰かにそそのかされたら。

 もし本人が、自分の才能を証明しようとしたら。

 

 炎適性、ふぃっしゅ数バージョン1。

 その値が、魔法出力に反映されるとしたら。

 

 カシコーイは、自分の想像をそこで止めた。

 

「駄目だ……フィッツに火属性魔法を使わせたら駄目だ!」

 

 夜の部屋に、叫びが響いた。

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