火属性貴族の俺、ステータスオープンしたら適性値が「ふぃっしゅ数」だったので追放されました 〜ふぃっしゅ数がクソデカ巨大数だと痛感したらもう遅い〜 作:元近ちか
翌朝。
王都から東へ2つ目の村。
その入口で、フィッツは干し肉をかじっていた。
父に押し付けられた荷物は、本当に最低限だった。
着替え1枚。干し肉2枚。金貨3枚。
そして手紙。
『家名を名乗るな』
短かった。
フィッツは手紙をたたみ、ため息をつく。
「これからどうしようかな……」
フレイムベル家を追放された。
火属性魔法も、今は使う気になれない。
いや、そもそも成人したばかりなので本式の属性魔法はまだ一度も使ったことがない。
この世界では、成人の儀を終えるまでは生活魔法しか扱えない。
属性魔法は、神によって適性が開示されて初めて回路が開く。
だからフィッツは、自分の火がどの程度のものなのか知らなかった。
ふぃっしゅ数バージョン1。
「分からない……僕は魚じゃない。人間だ」
「フィッツゥゥゥゥゥゥ!」
村の入口に、叫び声が響いた。
振り返ると、カシコーイが走ってきていた。
「カシコーイ!?」
「はあっ、はあっ、はあっ……!」
「大丈夫か?」
「大丈夫じゃない!」
カシコーイはヒザに手をつき、ぜえぜえと息を吐いた。
しばらくして、ようやく顔を上げる。
「フィッツ」
「うん」
「火属性魔法は絶対に使うな」
「え?」
「絶対にだ」
カシコーイはフィッツの肩をつかんだ。
「いいか。何があっても使うな。魔物に襲われても、盗賊に囲まれても、父親を見返したくなっても、夕飯の火種がなくても使うな」
「夕飯の火種くらいはよくない?」
「駄目だ!」
カシコーイが叫んだ。
「君の炎適性は、冗談ではなかった」
「ふぃっしゅ数バージョン1が?」
「そうだ」
「小さいのか?」
「大きい」
「100より?」
「そう。君が人生をかけて口にしても辿り着けないくらい」
フィッツは首を傾げた。
「つまり、すごく大きい?」
「そうだ。すっっっっっっっっっっごい大きい」
「よく分からない」
「僕も途中から分かりたくなかった!」
カシコーイは鞄から羊皮紙の束を取り出した。びっしりと数式が書かれている。
それをフィッツの目の前に突きつけた。
「とにかく、火属性魔法だけは使わないでくれ。
君が火を出した瞬間、この世界がどうなるか分からない」
「世界が?」
「滅ぶ」
「まさかぁ~」
「滅ぶ」
カシコーイの声には、冗談がなかった。
フィッツは少し黙った。
友人は変なことを言う。だが、ウソをつく人間ではない。
少なくとも、こんな顔で冗談を言う人間ではないことを、これまでの親交で知っている。
「……分かった」
「本当に?」
「よく分からないけど、分かった。
よほどのことがない限りは使わないでおく」
「よほどのことがあっても使わないでくれ」
しかし、無用に火属性魔法を使わせない事はできたようだ。
ひとまず、カシコーイは胸を撫で下ろした。
その時だった。
「おいおい、面白い話してるじゃねえか」
村の酒場から、数人の冒険者が出てきた。
先頭に立つのは、大剣を背負った男。
その後ろには、槍使いの女性、弓使いの少年、回復術師の女性が続いている。
「火属性魔法を使ったら世界が滅ぶ?
ははっ、いいじゃねえか。ロマンがある。
それぐらい、火属性が得意なんだろ?」
「得意かどうかは分かりません」
「ステータスに出たんだろ?」
「うん……ふぃっしゅ数らしい」
「よく知らねえけど、強いらしいじゃねぇか」
槍使いの女性がフィッツをじろじろ見た。
「ちょうど魔王討伐に行くところなのよ。火力役が足りなかったの」
「魔王討伐?」
「そうだ!」
大剣の男が親指を立てる。
「魔王セロ・フィース・メテオトースを倒しに行く。
どうだ、追放されたなら行くところもねえだろ? 俺たちのパーティに入れよ!」
「い、いいんですか?」
「もちろんだ!」
「待ってください!」
カシコーイが割って入った。
「彼に火属性魔法を使わせる気ですか!?」
「いざという時はな」
「その"いざ"が世界の最期になるんです!」
「ははは、面白いこと言うな」
「面白くない!」
大剣男はカシコーイの肩を叩いた。
「心配なら、お前も来るか?」
「行きます」
「即答だな」
「彼を見張る必要があります」
こうして、フィッツとカシコーイは魔王討伐パーティに加わった。
理由はそれぞれ違った。
フィッツは、追放された自分にも何かできるかもしれないと思ったから。
カシコーイは、フィッツに何もさせないためだった。
旅は順調ではなかった。
森を抜けたところで、巨大なオーガが現れた。
「グオオオオオ!」
「よし、フィッツ! 火だ!」
「これは仕方ないですね……分かりました!」
「でぇぇぇぇい!」
カシコーイが足元の石を拾い、オーガの目に投げつけた。
「グオッ!?」
「今です! ヒザ! ヒザを狙ってください!」
「おう!」
大剣が膝を斬る。槍が腹を突く。矢が首を貫く。回復術師が祈る。
オーガは倒れた。
「死ぬかと思った……」
「カシコーイ、すごいな」
「君が火を使わなければ何でもいい」
山道では、火竜が出た。
「ギャオオオオオ!」
「火竜か! なら火には火だ! フィッツ!」
「これは仕方ないですね……分かりました!」
「でぇぇぇぇい!」
カシコーイは叫び、タルを担ぎ上げた。
そして火竜に投げる。
火竜がそれを腹に受けて中の液体を浴びると、苦しそうに腹を押さえた。
「ギャアアアアアアア!」
火竜は逃げた。
「今のは?」
「濃フッ化水素酸です」
「濃フッ化水素酸鬼つええ! このまま大量に持っていって魔王に浴びせようぜ!」
「お代の32万ゴールド払ったらいいですよ」
「やめようぜ!」
魔王城に近づくにつれ、敵は強くなった。
城に至る階段の直前──パーティの前に立ちふさがったのは、240天王だった。
「240天王なのに……誰もいないように見える」
「ああ、240天王は以前の勇者に2人倒されたんですよ」
「じゃあ、238天王になったのか?」
「いえ、240天王は以前0人だったので、そこから2人倒されて0人になったんです」
そして一行は、魔王城の最奥へたどり着いた。
黒い玉座の間。
玉座に座る男が、ゆっくりと立ち上がった。
魔王。セロ・フィース・メテオトース。
「クックック……よく来たな、人間ども」
「俺たちはお前を倒しに来た!」
男が大剣を構える。
「人々のために!」
「報酬のために!」
「世界をふぃっしゅ数バージョン1で滅亡させないために!」
魔王は笑った。
「よかろう。来るがいい」
戦いは苛烈だった。
大剣は魔王の結界に弾かれる。槍は届かない。矢は途中で燃え尽きる。回復は間に合わない。
カシコーイの作戦は、3つ目まで潰された。
「くっ……! 強すぎる……!」
魔王が片手を掲げる。黒い雷が走った。
カシコーイはフィッツを突き飛ばした。
「うわっ!」
雷が床を砕く。
衝撃で、カシコーイのメガネが宙を舞った。
ぱきん。
「カシコーイ!」
「メガネが……!」
カシコーイは震える手で割れたメガネを拾った。
魔王がゆっくりと歩いてくる。
「終わりだ」
傷ついた大剣男が、フィッツに振り返った。
「フィッツ……! 火を!」
「駄目です!」
カシコーイが即座に叫んだ。
「でも、このままじゃ!」
フィッツは立ち上がった。
目の前には魔王。
背後には仲間たち。
足元には、割れたカシコーイのメガネ。
彼は拳を握る。
「フィッツ、駄目だ……!」
カシコーイが必死に言う。
「火だけは……火だけは使わないでくれ……!」
フィッツは振り返った。
そして、少し笑った。
「分かった」
「え?」
「お前と、約束したからな」
フィッツは魔王へ向き直る。
「実は、この旅の中で、こっそり練習してきたんだ……!」
その手に、炎は灯らなかった。
灯ったのは、白い光だった。
淡く、静かで、まっすぐな光。
魔王の表情が初めて変わる。
「その光は……!」
「父上には認めてもらえなかった」
フィッツは言った。
「でも、僕のステータスでは、火属性の次に適性がある」
魔王の周囲の闇が揺らぐ。結界にひびが入る。
「光属性魔法──!」
フィッツは手を掲げた。
「ブライト・ブレイド!」
白い閃光が走った。
それは炎ではない。闇を裂く力だった。
光の刃が、魔王の結界を貫く。
「ぐああああああああっ!」
魔王セロ・フィース・メテオトースの胸を、白い光が撃ち抜いた。
玉座の間を満たしていた闇が晴れていく。
赤い紋様が消え、天井の魔法陣が薄れていく。
魔王はヒザをついた。
「まさか……炎の家系の者が……光で……」
その言葉を最後に、魔王の身体は黒い霧となって崩れた。
沈黙。
やがて、大剣男が拳を突き上げた。
「勝った……!」
「勝ったのね!」
「魔王を倒した!」
カシコーイは割れたメガネを握ったまま、へなへなと座りこんだ。
「火じゃない……火じゃなかった……」
喜ぶよりも、心から安堵していた。
フィッツは仲間たちを見回す。
大剣男が駆け寄り、その肩を強く叩いた。
「やったな、フィッツ!」
「はい!」
「お前、すげえよ!」
歓声が、魔王城の玉座の間に響き渡った。
しかし、
「クックック……見事だ、人間ども。だが、我を倒したところでもう遅い」
魔王が、不敵に笑った。