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ぼくは暗闇の中にいた。
深く、重く、息を止めても満ちてくるような暗闇。
息を吸えば、肺の奥まで冷たい湿気が染み込む——まるで、この暗闇そのものが、ぼくの呼吸に合わせて鼓動しているかのように。
手に、冷たい感触が残っている。
刃が肉を裂き、骨を削る感触。温かい血が指の間を伝い、滴り落ちる感触。
殺せんせーの心臓を、クラスメイトたちと一緒に貫いた、あの瞬間の記憶。
——違う。
今、ぼくが手にしているのは、ナイフ型のスコーピオンだった。
イーグレットを構えていた穂刈さんの背後に忍び寄り、後頭部を掴んで、ナイフを喉に突き刺す。
彼の体が硬直し、光の粒子になる直前、わずかに震えた喉の感触が、まだ手に残っている。
血の匂い。
温かく、粘つく、鉄の匂い。
――違う、穂刈さんはトリオン体だ。トリオン体は血なんて流がさない。
なのに、どうしてこんなにぼくに纏わりつくんだ。
指の間を伝う感触、掌に張り付く粘膜のような感触、爪の間にまで染み込んだ生臭さ。
拭っても、拭っても、消えない。
ぼくは暗闇の中で立ち尽くしていた。
足元がぬるりと湿っている。
ゆっくりと、何かが近づいてくる気配がした。
——2代目死神。
黒いコートを纏った、窪んだ瞳を持つ影。
あの男が、暗闇の奥からゆっくりと手を伸ばしてくる。
指が、ぼくを招いている。
(……来いよ)
声は聞こえない。
でも、はっきりとそう言われている気がした。
窪んだ瞳が、暗闇の中でぼくを射抜く。
瞳は時折赤く輝き、ぼくをじっと見つめていた。
ぼくの胸の奥で、何かが蠢いた。
E組で磨いた暗殺の技術。
人を殺すための、冷たい技術。
それが、静かに、しかし確かに渇望している。
——もっと。
——もっと、深く。
——もっと、確実に。
——喉を切り裂く感触を、もう一度。
——温かい血が滴る感触を、もう一度。
ぼくは震える手でナイフを握りしめていた。
刃が、血を求めている。
暗闇の中で、刃が微かに震える。
2代目死神の指が、ぼくの肩に触れようとする。
冷たい、腐ったような感触が、皮膚を這う――
「……っ」
息を呑んで、目が覚めた。
自分の部屋のベッドの上。
体はべっとりと汗で濡れていた。
シーツが肌に張り付き、息が荒い。
(……最悪の夢だ)
穂刈さんを貫いたあの時から、なぜか夢で殺せんせーを殺した時の記憶が蘇るようになった。
2代目死神の声が、耳の奥に残っている。まるでぼくをどこかに誘いたいみたいに。
ぼくはゆっくりと息を吐き、天井を見つめた。
手に残る冷たい感触は、まだ消えていない。
穂刈さんの喉を貫いた時の感触。
殺せんせーを殺した時の、温かい血の感触。
トリオン体も超生物も血なんて流れないはずなのに、なんでこんなに生々しいんだろう。
ぼくは静かに手を握りしめた。
この暗殺の才能を、誰かの笑顔のために使いたいと思っていた。
人を殺して悲しませるのではなく、誰かを守り、導いて笑顔にする存在になる——殺せんせーと過ごした時間の中で、ぼくが決めた道だった。
なのに、時折、胸の奥で何かが囁く。
——もっと、深く。
——もっと、確実に。
——あの感触を、もう一度。
ぼくはベッドから起き上がり、窓の外の夜空を見上げた。
星のない、暗い空。
2代目死神の窪んだ赤い瞳が、脳裏にちらつく。
「……大丈夫」
自分に言い聞かせるように、ぼくは小さく呟いた。
でも、その言葉は、どこか空虚に響いた。
暗闇の中で、ぼくは静かに手を握りしめ続けた。
指の間から、血が滴り落ちる幻覚が、まだ消えなかった。
ーーーー
【B級ランク戦上位戦第2戦 夜の部 実況】
小佐野:「はい、こんばんはー。実況つとめる諏訪隊の小佐野だよー。今日もB級ランク戦夜の部やってきます。 今回の解説はこのお二人ですー。」
風間:「……風間だ。よろしく」
荒船:「荒船だ。よろしくな」
小佐野:「それじゃー早速、今日の対戦カードを伝えるよー」
「今回は漆間隊(4位)、王子隊(5位)、香取隊(7位)の3チームによる対戦になるよ。 マップ選択権は香取隊が持ってて、選ばれたマップは『市街地A』になります」
荒船:「市街地Aか。香取隊は戦い慣れてるマップを選んだな」
風間:「今回はどの部隊にも狙撃手がいない。なら、戦い慣れている場所を選ぶのは間違ってはいない」
小佐野:「なるほどー。 じゃ、次に各チームについての解説お願いします。 まず話題の漆間隊とかどうですか?」
風間:「漆間隊は上位チームとの対戦経験がまだ少ない。上位勢も漆間隊の新体制は初だ。漆間隊の隠密・奇襲を王子隊と香取隊がどこまで凌げるかが鍵だ。」
荒船:「それに加えて今回は狙撃手がいない。潮田の隠密能力は高いが狙撃手以外に通用するかも気になるな」
小佐野:「なるほど。じゃあ次は王子隊はどうですか 。」
風間:「王子隊は突出したエースはいないが、全体のバランスが良い。どんな状況でも崩れにくい。長期戦に強いタイプだ」
荒船:「走れる部隊だから、市街地Aも得意だろ。漆間隊の撹乱にどう対応するかが勝負の分かれ目になるな」
小佐野:「なるほどー。じゃあ最後に香取隊だね。香取隊についてどう思いますか?」
風間:「香取は調子次第で一気に無双する可能性もあるが、調子を落とすと脆いという弱点もある」
荒船:「ROUND1で影浦隊にボロ負けしているから機嫌は悪そうだな」
小佐野:「おっけー、2人ともありがとうございます。じゃあ、あと少しで転送まするよー。 各チーム、頑張ってくださいー」
ーーーー
隊室の空気が少し張りつめていた。
ランク戦第2戦、夜の部がまもなく始まる。
ぼくたちはいつものテーブルを囲み、六田さんが用意してくれた資料を広げていた。漆間くんは腕を組んで座り、ぼくは隣に座って静かに話を聞いていた。
「市街地Aか。普通だな」
漆間くんが低い声で切り出した。
六田さんが頷きながら資料を指でなぞる。
「市街地Aはどのチームもやり慣れてるので連携しやすい地形です。奇襲が決まりにくいかもしれないです」
漆間くんが口の端を少し上げた。
「まあ元から無理に狙うつもりはないから大丈夫だ。取れる相手から取るだけだ」
ぼくは小さく頷いた。
「六田さんは漆間くんのサポートをメインでお願いします。僕は単独で動きます。」
六田さんが少し心配そうな目でぼくを見た。
「渚くん……顔色が少し悪いみたいだけど、大丈夫?」
ぼくは一瞬、胸の奥がざわついた。
昨夜の悪夢が、まだ頭の片隅に残っている。
穂刈さんの喉を貫いた感触と、2代目死神の骸骨のような顔。
でも、それを言うわけにはいかない。
「……昨日、少し寝れなかっただけです。大丈夫ですよ」
ぼくは平静を装って微笑んだ。
六田さんは少し心配そうにしていたけど、それ以上は追及せず、優しく頷いてくれた。
作戦の確認を続けながら、ぼくの胸の奥でざわめいていた不安が、徐々に静かになっていくのを感じた。
転送が近づくにつれ、心が冷えていく。
E組の頃と同じだ。
戦いが始まる直前になると、余計な感情が削ぎ落とされ、ただ「暗殺者」としての自分が表面に浮かび上がってくる。
漆間くんがぼくの方をちらりと見た。
「なんだ……結局イーグレット入れるのか。」
「うん。使える武器は多い方がいいって前に習ったことがあるんだ」
「あぁ? またあの妙な学校の話か?」
「そうだよ、優れた暗殺者は第2の刃を持てってね。とりあえず遠距離からも援護できるよ。……あんまり自信ないけど」
カッコつけて殺せんせーの言葉を言ってみたけど正直狙撃は実戦で当たる気がしない。たぶんお守り代わりになってしまうだろう。
六田さんが資料をまとめながら、柔らかい声で言った。
「漆間くんの動きを中心にサポートするけど、渚くんが単独で動くなら、タイミングよくマーカーを入れるように心がけますね」
漆間くんが立ち上がった。
「よし、決まりだ。取れる点は全部取る。香取が調子良さそうなら一旦引いて、他をを狙うぞ」
ぼくも立ち上がり、軽く深呼吸をした。
胸の奥のざわめきは、もうほとんど消えていた。
代わりに、静かな集中が体を満たしていく。
漆間くんがいつもの不遜な笑みを浮かべた。
「いくぞ、チビ」
ぼくは小さく微笑んで答えた。
「うん、行こう」
【B級ランク戦 第2戦 夜の部 転送開始】
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