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基地の屋外訓練場には、午後の陽光が柔らかく差し込んでいた。
半崎くんに誘われ、荒船先輩の指導のもと、二人で並んでイーグレットを構えていた。
荒船さんは少し前に「飲み物を取ってくる」と席を外していて、今は二人だけで基礎練習を続けている。
半崎くんが、照準を合わせながらぼそりと呟いた。
「……一昨日の試合、凄かったな。香取をあんな風に仕留めるなんて、正直信じられなかった」
ぼくは少し気まずさを感じながらも、穏やかに微笑んだ。
「ありがとう……たまたま、タイミングが良かっただけだよ」
半崎くんは照準を外さずに続けた。
半崎くんの狙撃の正確さは今まであった狙撃手の中でもかなり上位に位置すると思う。……E組で言うなら千葉くんと同じくらいの技術があると思う。
やる気のないような態度を取っていても、実際に練習しているときの集中力は本物だ。
ぼくは、そんな彼の奥にある真摯さに、静かな好感を抱いていた。
半崎くんは少し迷うような間を置いてから、質問してきた。
「一昨日のさ……香取との一対一、どうやったんだ? 解説じゃフェイントだって言ってたけど、正直納得できなくて……」
ぼくは一瞬、言葉に詰まった。
ナイフを手放して注意を引く——ただのフェイントと言えばそれまでなのだが、殺し屋の技術だとは流石に言えない。
「……ただ、相手の視線を少し逸らしただけだよ。隙ができるのを待って……」
そこへ、コーヒーの入った紙コップを持った荒船先輩が戻ってきた。
「あまり人の技術を詮索するなよ、半崎」
荒船先輩の声は低く、穏やかだったが、どこか鋭い響きがあった。
半崎くんが少し肩をすくめる。
「すみません……ただ、気になって。渚、ごめんな」
「大丈夫だよ。気にしないで」
荒船先輩はコーヒーを一口飲んでから、ぼくの方をちらりと見たあと半崎くんの方を向く。
「潮田の動きは、お前が今まで見てきたものとは根本的に違う。詮索しても無駄だ。自分で感じ取れ」
ぼくは荒船さんに小さく頭を下げた。
荒船先輩から感じた視線は、いつも通り冷静で、でもどこか興味深げだった。
ーーーー
半崎くんとの狙撃練習が終わり、ぼくは隊室に向かうため、個人ランク戦のブースの近くを通っていた。
突然、後ろから肩を強く掴まれた。
「ちょっと、あんた」
振り向くと、一昨日戦った香取さんが立っていた。
彼女の目はまだ戦いの余熱が残っているように、鋭く光っていた。
「もう一度戦え」
ぼくは少し後ずさりながら、平静を装って答えた。
「……今は、ちょっと……」
「いいから。5本でいいわ。さっさと来なさいよ」
香取さんの、圧迫するような口調と視線に押され、ぼくは結局、個人ランク戦のブースへと足を運んでしまった。
短い5本の模擬戦。
結果は——5-0。
香取さんの圧倒的な勝利だった。
ぼくはほとんど何もできずに倒され続けた。
戦いが終わった後、香取さんがまだ納得いかない顔でぼくを睨みつけた。
「手を抜いてたんじゃないでしょうね?」
ぼくは小さく首を振った。
「いえ……本気でした。ただ、香取さんの動きが速すぎて……」
その時、若村先輩と三浦先輩が慌てて駆けつけてきた。
なんでも、香取さんが後輩の女の子を虐めていると通報があったらしい。色々、突っ込みたいところがあったけど面倒くさくなりそうなので飲み込む。
「……まあ、潮田ならいいか」
若村先輩がぼくを見て、少し安心したように肩を落とした。なにもよくないと思うんだけどな。
香取さんがまだ不満げに言い募る。
「このチビ、絶対手を抜いてるわよ!」
三浦先輩が苦笑しながら香取さんに言った。
「葉子ちゃん、落ち着いて……そういえば潮田くんって、ランク戦のブースにいるの珍しいね。いつもいないから」
ぼくは少し困りながら説明した。
「……普段は隊室にいるので。木曜の放課後は、荒船先輩から狙撃の練習を受けているんですが、その帰り道に香取さんに捕まってしまって」
三浦先輩が納得したように頷いた。
「荒船さんから狙撃を習ってるんだね。この前の狙撃、凄かったね」
三浦先輩は穏やかな口調で会話を続けてくれる。
その様子を不満気に見ていた香取さんは、突然宣言した。
「なら、来週のこの時間にもう一度やりなさいよ!」
若村先輩と三浦先輩が慌てて止めた。
「葉子ちゃん、ちょっと待って……」
「ヨーコ、やめとけよ……」
しかし、香取さんの強い視線に押され、二人は断念した様子だった。
若村先輩がぼくに小さく頭を下げた。
「すまねぇな……頼まれてくれねぇか?」
香取さんの波長は、どうやら乱れやすいようだった。それでも、根から悪い人だとは、とても思えなかった。
「……狙撃手の練習の後なら、いいですよ」
ぼくの返答を聞いた香取さんが若村先輩に命令するように言う。
「逃げないように連絡先交換しなさい」
若村先輩が少し顔をしかめた。
「お前が交換すればいいだろ」
「は? 私に男と連絡先交換しろっていうの?」
香取さんが逆ギレ気味に言うと、若村先輩はため息をついた。
「……すまねぇな」
結局、ぼくは若村先輩と三浦先輩とメアドを交換した。
香取さんはまだ不満そうな顔をしていたが、ひとまず収まったようだった。
その時、ぼくの端末にメールが届いた。漆間くんからだ。
「速く隊室に来い」
ぼくは小さく息を吐いた。
「すみません、漆間くんが呼んでるみたいなので……」
そう言ってぼくはなんとかランク戦ブースを後にした。
ーーーー
隊室に戻ると、漆間くんがソファに座って腕を組んで待っていた。
「遅いぞ、渚」
「ごめん……ちょっと絡まれてて」
漆間くんが眉を少し上げた。
「はぁ? 大丈夫なのかよ」
「もう大丈夫。で、なにかあったの?」
漆間くんは端末を操作しながら言った。
「抽選が終わって、次のランク戦の組み合わせが発表された」
ぼくは少し緊張しながら聞いた。
「……どこと?」
六田さんが資料を広げながら、柔らかい声で答えた。
「二宮隊(1位)、漆間隊(4位)、東隊(5位)、生駒隊(6位)の四つ巴です」
漆間くんがため息をついた。
「どの隊も強力な部隊だ。かなり厳しい戦いになりそうだな」
ぼくはあまり詳しくないので、六田さんが丁寧に説明してくれた。
「二宮隊は前期ランク戦の途中からB級に降格してきた部隊です。一度だけ戦ったことがありますが、その時は陽動が1つも決まらずに倒されました。非常に統率力が高く、守りが固いチームです」
六田さんは資料を指でなぞりながら続けた。
「東隊と生駒隊は、それぞれ東隊長と生駒隊長という生存率トップクラスの隊長がいるチームです。特に東隊長は過去にA級部隊を2度率いた実績があります」
漆間くんも補足するように続ける。
「この中で一番順位の低い生駒隊も普通に強い。ROUND1とROUND2で二宮隊と当たって、最後まで生き残ってるからな。ROUND2に至っては生存点まで取ってやがる」
漆間くんと六田さんの説明を聞いて、どの部隊も凄く強そうに感じる。でも、漆間くんは自信ありげにこっちを見て口元に笑みを浮かべる。
「まあ、お前と俺がいるからな。どうにかなるだろ」
ぼくは小さく頷いた。
心のどこかで、一昨夜の悪夢の残像がまだ薄く残っている。
トリオン体は死ぬわけじゃない——それは、ぼくが何度も自分に言い聞かせてきたことだ。
ぼくは殺すことに、未だに強い抵抗を感じる。
E組で学んだ「殺す」技術は、誰かを悲しませるためのものじゃない。
守るためのものだと思いたい。
でも、香取さんを倒した瞬間、蔵内先輩を撃ち抜いた瞬間、半崎くんや穂刈さんの喉を切り裂いた瞬間……
ぼくの中の「何か」が、確かに喜んでいた。
殺しの才能。
2代目死神のような、冷たい影。
トリオン体を殺すたび、その影は少しずつ大きくなり、ぼくを引っ張ろうとする。
小説『ジキル博士とハイド氏』のように、ぼくもまた、その影に飲み込まれていく気がして——ふと、怖くなった。
……いや
ぼくは小さく息を吐き、自分に言い聞かせる。
この才能は、今、皆を守ることに繋がっている。
漆間くん、六田さん、父さん、母さん……
この力で、彼らの笑顔を守れるなら、それでいい。
殺し屋の才能を認めつつも、今は「守るための刃」として使うんだ。
それが、ぼくがE組で学んだ、最後の答えのはずだった。
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