漆間隊の暗殺者   作:気高き犬

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BBF2が出ることを心待ちにしている今日この頃







2話 入隊

 結局、気づいたら入隊していた。

昨日の土曜の午後、父さんの忘れた弁当を基地に届けたのがきっかけだった。廊下でよく知らないお兄さん(迅悠一という名前だったらしい)に軽く声をかけられ、話しているうちにボーダーの話になり、気がついたらトリオン検査を終えて入隊の手続きが進んでいた。父さんはかなり渋っていたけど、最終的に折れて……そして次の日の日曜日にはもう入隊式だ。何か作為的なものを感じるけど、乗りかかった船だと思って流れに身を任せよう。ぼくはやけくそ気味にそう思いながら会場の椅子に座っていた。

式は淡々と進んだ。本部長の挨拶や、嵐山隊からの詳しい説明。ぼくは軽く聞き流しながら、椚ヶ丘中学の頃を思い出す。E組の頃も、こういう格式ばった話はあまり好きではなかった。

その後、会場を移動して新入隊員向けの初訓練が始まった。

「バムスターを一人で何秒で倒せるか。実戦に近い形でやる。なるべく速く倒してみてくれ」

教官の声が響く。他の新入隊員たちが順番に挑戦していく。ほとんどの人が一分以上かかり、たまに30秒を切る好タイムが出る程度だった。

やがて、ぼくの番が来た。

久しぶりの実戦に、緊張が走る。ぼくは静かに息を吐き、E組での訓練を思い出した。殺せんせーの触手をかわし、わずかな隙を突いて一瞬で仕留める日々。血の滲むようなあの訓練で得た暗殺の技術は、半年やそこらでは到底忘れてしまうものではなかった。

【スタート】の合図と共にナイフ型にスコーピオンを展開し、気配を徹底的に殺して一気に間合いを詰める。中央にあるモノアイに向かって正確にナイフを突き刺した。

――5秒。

会場が一瞬、静まり返った。

「5秒……? 新入りなのに?」

「大型新人が出てきたぞ……」

周囲から驚きの声と期待の視線が一気に集まる。ぼくは慌てて小さくなり、できるだけ影に隠れるように後ろへ下がった。目立つのは、まだ嫌だった。

 

ーー

 その後、何度か本部で訓練に励む日々が続いた。

地形踏破、探知追跡、隠密行動。どれもE組の頃にやってきた訓練に比べれば、正直余裕だった。最初は半年近く体を動かしていなかったこともあって少し不安だったけれど、このトリオン体というものは本当に便利で、自分のイメージした通りに身体が動いてくれる。ただ、ランク戦の模擬戦だけは、なぜか気が進まなかった。

人を斬りつける行為自体に、抵抗はない。E組で過ごしたあの一年間、殺せんせーを本気で暗殺しようとしていたのだから。血の気が引くような緊張感や、相手の急所を正確に狙う冷徹さは、むしろ馴染み深いもののはずだった。なのに、仮想空間の中で他の隊員を相手にトリガーを振るうとき、どうしても踏み切れない自分がいた。理由は自分でもよくわからない。ただ、ぼんやりと胸の奥に引っかかる何かがあった。

 

 ある日の午後、訓練場で聞き覚えのある声がした。

「……女みたいな大型新人ってのは、やっぱお前かよ」

振り返ると、漆間恒が腕を組んで立っていた。学校の隣の席の、あの不遜なクラスメイトだ。彼はぼくを見て、口の端を少しだけ上げた。

「あんなに華々しくデビューしたのに、こんなところで地味に訓練してんのか。意外と面白いじゃねえか、チビ」

ぼくは苦笑いしながら答えた。

「漆間くん……ここで会うなんて。ボーダー隊員だったんだね」

「ああ。まあ、暇つぶしにやってるだけだけどな。……それより、初訓練のバムスター5秒って本当か? 大したもんじゃねえか」

漆間は興味深そうにぼくを見下ろした。その視線は、からかっているようでいて、どこか本気で値踏みしているようだった。ぼくは小さく肩をすくめた。

「たまたま、中学の頃にやってた訓練に似てたから……」

「はあ? どんな訓練だよ、それ」

それから、対人戦をしようとしないぼくを見兼ねて、漆間が練習に付き合ってくれるようになった。

最初は仮想空間での対人戦というだけで体が少し固くなった。スコーピオンを握る手が、ほんの少しだけ震えた。でも漆間は容赦なかった。

 彼の言葉は棘だらけだったけれど、その一つ一つに的確さがあった。B級隊員として積み重ねてきた経験の重みを、ぼくは痛いほど感じ取った。トリガーは突撃銃だけに制限されていたのに、漆間の動きは素早く、狙いは鋭かった。

何度目かの模擬戦で、ぼくはようやく本来の動きを取り戻し漆間を「倒せる」ようになった。その瞬間、漆間は珍しく目を丸くして固まった。

「……おい、チビ。今の……本気か?」

その唖然とした顔を見たとき、ぼくはふと思い出していた。赤羽カルマの負けた時の顔に、とてもよく似ていた。挑発的で、退屈を嫌って、負けず嫌いで、心の底から悔しそうな表情。漆間はやはり、どこかカルマに似ている。 

漆間は「ふん」と鼻を鳴らして、不貞腐れたようにその場を去ろうとした。……怒らせたかもしれない。

けど、すぐに遠くから彼の声がした。

「おい! なにぼーっとしてんだよ、早く来いよ。次の練習やるぞ」

どうやら、ぼくを認めてくれたらしかった。

それからは、漆間隊の隊室に招待される機会が増えた。お互いの悪かった点や、戦い方の癖を話し合う時間は、意外と心地よかった。ぼくは自然と漆間隊の隊室に入り浸るようになっていた。

隊室は思っていたより静かで、オペレーターの六田梨香さんがいつも優しく迎えてくれた。彼女はぼくが来るたびに温かいお茶を淹れてくれ、柔らかい笑顔でこう言ってくれる。

「渚くん、今日はどんな訓練だったの? 疲れてない?」

その穏やかな雰囲気は、E組の茅野カエデを少し思い出させた。下の者を自然に慈しむような優しさ。ぼくは六田さんの前では、つい肩の力が抜けてしまう。

他の隊からのしつこい勧誘が煩わしくなってきたぼくにとって、漆間隊の隊室はちょうどいい避難場所になっていた。漆間はぶっきらぼうに「勝手に入ってろ」と言ってくれるし、六田さんは「いつでも来てね」と微笑んでくれる。なんだかんだで、ぼくはそこにいる時間が一番落ち着くようになっていた。

あっという間に一週間が過ぎ、ぼくは昨日ようやくB級に上がることができた。

その報告を受けた本部長から、激励の言葉をもらった。本部長室を出て久しぶりにラウンジを通っていると、聞き覚えのある声が耳に入ってきた。

「……だからよ、ポイントを横取りすんじゃねえよ!」

B級の隊員が苛立った様子で漆間を詰め寄っていた。漆間は壁にもたれかかり、どこ吹く風といった態度で答えている。

「トロいのが悪いんだろ。獲物が弱ってるのに手を出すなってルールはねえだろ」

「ふざけんな! 俺らが苦労して削ったのに、最後にちょろっと……!」

漆間は悪びれる様子もなく、ただ肩をすくめただけだった。言い争いは続いていたが、漆間は明らかに興味を失った様子でラウンジを後にした。

ぼくはその場に立ち尽くし、胸にざわつきを覚えていた。漆間がそんなやり方をする人間だとは、少し意外だった。

隊室に戻ると、六田さんがいつものようにお茶を淹れてくれていた。ぼくはためらいながらも、先ほどの出来事を切り出した。

「六田さん……さっき、ラウンジで漆間くんが他の隊の人と揉めてるのを見たんです。防衛任務で手柄を横取りしたって……あれはいつもあんな感じなんですか?」

六田さんはカップを置く手を止め、少し困ったように目を伏せた。

「……うん。それは、わたしのせいなの。……漆間くんがああいうことをやってるのは私のためにやってるの」

詳しく聞こうとしたとき、ちょうど漆間が隊室に戻ってきた。彼はぼくの質問を遮るように言った。

「余計な詮索すんな。六田先輩のせいじゃねえよ。俺のスタイルがそういうだけだ」

ぼくがさらに聞こうとすると、漆間は適当な理由を並べ始め、最後にはこう締めた。

「第一、お前はうちの隊の隊員じゃねえだろ。部外者が口出すことじゃねえよ」

その言葉に、ぼくは胸の奥がざわついた。部外者。確かにそうかもしれない。

「……なら、僕を入れてください」

気づいたらぼくは言っていた。自分の口から出た発言に驚きながらも漆間の反応を伺う。

漆間は一瞬、眉を寄せた。

「は? 取り分が減るだろ。金が減る」

「でも、僕の隠密戦闘は認めてくれてるんでしょ? 六田さんのサポートもいらないって」

「ああ、認めてるよ。お前は一人で点が取れるし、俺のスタイルとの相性も悪くない。隊として回る可能性はある。でもな……入ってまだ一週間だぞ? A級なんて夢のまた夢だ。人数増やして報酬を減らすのは馬鹿げてる」

漆間は現実的に、冷たく言い放った。

ぼくは少し考えてから、漆間を真っ直ぐに見つめた。

「なら……僕と一対一で戦ってください。僕が勝ったら、僕を漆間隊に入れてください」

昨日ようやくB級に上がったばかりで、装備にもまだ慣れていない。漆間はそのことを知っているはずだった。彼はしばらくぼくを睨んでいたが、やがて口の端を歪めて笑った。

「……面白い。いいぜ、チビ。本気で来いよ」

漆間はそう言って、模擬戦の準備を始めた。

 

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