漆間隊の暗殺者   作:気高き犬

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18話 B級ランク戦ROUND3 ③

 東は扉を正面に見据えたまま、アイビスの照準を合わせた。

扉が開き入ってきた瞬間を仕留める。それだけでいい。

カメレオンで姿を隠そうが、バックワームでレーダーから隠れていようが、扉を開けて入ってきた瞬間を撃ち抜ける自信と経験が東にはあった。

——その瞬間、ドアが光った。

ドア越しの狙撃。東は即座に身を捻った。弾丸が耳元をかすめ、態勢が崩れる。

(——イーグレットか!)

 

狙撃の反動で扉の隙間を大きくなる。その隙間を高速の物体が通り抜けていく。潮田渚だ。

距離はみるみる縮まり五メートル程。バックワームを解いており右手は背中に隠れていて見えないが、左手に拳銃を持っている。

アイビスからライトニングへ切り替える。この距離なら——当たる。例えカメレオンで消えようともライトニングなら連続して撃ち込める。

しかし、その時東の全神経が警告を鳴らした。

(なぜだ……なぜ潮田はバックワームをしていないのにレーダーから消えている?!)

 

——その謎は次の瞬間解けた。

渚は右手に隠し持っていたバックワームを、東の眼前へ投げ込んだ。

渚はバックワームを「外した」のではない。

——ずっと、手に持ったままだったのだ。

だから、隠密効果は、一度も切れてはいなかった。

 

視界が塞がれる。一瞬バックワームの左側から拳銃が見える。東は迷わず引き金を引き、数発撃ち込みながら右へ跳んだ。

——が

渚はそこにいた。

拳銃は持っていない。右手にナイフ型のスコーピオンを持っている。

ライトニングのリロード時間を無効化するためにアイビスに切り替える。視線を一瞬左向ければ床に転がっている拳銃が見えた。東は自分が誘導されていたことを実感した。

距離は一メートル。

通常の狙撃手ならばこの状態に追い詰められただけで抵抗も出来ずに終わっていただろう。だが東春秋という男は違った。東はどんな時でも冷静で勝負を諦めない。

東はアイビスの銃口を向ける。追い詰められたこの状況でも東には外さないという絶対の自信があった。

引き金を引く——その時。

 

乾いた音が鳴る——アイビスの長い銃身を、渚の両手が包み込む様に叩いた。

 

それだけのことだった。たったそれだけのことで、指が止まる。コンマ一秒にも満たない、ほんの一瞬。まるで電流が走って、脳と体が分離したかのように東の体の動きがとまった——

 

それで十分だった。

冷たい感触が、胸を貫いた。

膝をつきながら東は少年を見た。

表情は静かなままだ。しかしその目の奥に、小さく、しかし確かに暗い炎が灯っていた。

まるで底知れぬ湖の奥から、何かがゆっくりと浮上してくるような——

 

(……やるな)

東春秋は、それだけを思いながら光の粒子となって崩れ落ちた。

《トリオン供給機関破壊——戦闘体活動限界――緊急脱出》

 

ーーーーー

 

 ぼくは、東さんが光の粒子となってゆっくりと消えていくのを見送った。

静かな、静かすぎる転送だった。

最後に東さんがぼくに向けた視線は、怒りでも憎しみでもなく、ただ純粋な「驚き」と「認めた」という色を帯びていた気がした。

ぼくはナイフ型のスコーピオンを握った右手を、ゆっくりと下ろした。

指先が、まだ微かに震えている。

……やった。

胸の奥から、熱いものが込み上げてきた。

不思議な高揚感。

心臓が速く打ち、血が全身を駆け巡るような——そんな、甘く危険な感覚。

東さんを仕留めた瞬間、ぼくの奥底にいる何かが、静かに、深く、満足そうに息を吐いた気がした。

死神が、笑っている。

ぼくの才能が、喜んでいる。

E組で磨き続けたこの技術が、ようやく「正しい獲物」を捉えたことに、どこかで歓喜している。

 

……興奮が、ゆっくりと引いていく。

熱が冷めると、代わりに冷たいものが胸に広がった。

その時、通信が入った。

『すごいよ、渚くん。東さんを一人で……本当に、すごい』

六田の声は、少し震えていた。

「……ありがとうございます」

自分の声が、どこか遠くから聞こえる気がした。

『怪我は? 大丈夫?』

「大丈夫です。問題ないです」

言葉は自然に出てきた。でも頭の中はまだ、あの瞬間を繰り返していた。銃身を叩いた時の硬さ。胸を貫いたときの、わずかな抵抗。

(……また、殺してしまった)

東さんはトリオン体だ。死んだわけじゃない。わかっている。頭では、ちゃんとわかっている。

『渚くん? 聞こえてる?』

六田さんの声で、意識が引き戻された。

「……すみません、聞こえてます。中央に向かうのでまた連絡します」

努めて平静な声で返しながら通信を切る。違和感はなかっただろうか。六田さんには心配してほしくなかった。

 

東さんを刺した時の感触が悪夢で何度も見た、温かい血の感触と重なる。

胸が、締め付けられる。

自分が、怪物じみてきているような気がした。

ぼくの中にあるなにかが、静かに悲しんでいると感じた。

殺せんせーが教えてくれた「守るための力」が、いつしか「殺すための喜び」に変わり始めているんじゃないか——そんな恐怖がぼくを苛む。

でも。

ぼくは静かに息を吐き、目を閉じた。

……これでいいんだ。

この力は隊の役に立っている。

漆間くんを、六田さんを、父さんと母さんを守ることに繋がっているんだ。

漆間くんを撃った東さんを倒すこともできた。

この結果にぼくは満足するべきだと思った。

 

心の奥で、なにかが小さく泣いている気がした。

ぼくはそれを見ないふりをして、目を開けた。

指先の震えは、もう止まっていた。

中央の戦いは、まだ続いている。

 

ーーーーー

 

 中央から少し離れた南側のエリアで、生駒隊の水上敏志は荒い息を吐きながら二宮と対峙していた。

生駒隊は今、二宮1人を水上と生駒の2人で囲んでいる。

隠岐が倒されながらも小荒井を狙撃し、南沢が両足を失った辻を撃破した後、生駒が合流して三人で二宮を追い詰めたはずだった。

しかし——南沢が最初に落ちた。

二宮の化け物じみた強さと冷静さが、予想以上に上回っていた。

(……やっぱり化け物やな、この人)

水上は左足を削られ、トリオンも残りわずかだった。

それでも彼は冷静に状況を整理していた。

生駒が苦笑しながら言った。

「二宮さん、固すぎ、バケモンやん……」

「いやー、俺もうトリオンないっすわー」

水上は軽く突っ込みを入れつつ、頭の中では次の手を冷静に考えていた。

二宮のトリオンもだいぶ減っているはずだ。こちらが二人いる以上、フルアタックは使いづらい。ならば合成弾もほぼ使えないと言っていいだろう。

これまで生駒の旋空弧月と水上の中距離での牽制を軸に、狙撃を警戒しながら戦っていた。東に横取りされのだけは点数的に避けたかった。恐らく二宮の思考も同じだと水上は思った。

その時、北側で誰かがベイルアウトした。

ポイントを確認した水上は、わずかに目を見開いた。

(……東さん、漆間隊にやられたんか……)

驚きはあったが、すぐに頭が回転する。

これでアイビスの脅威はなくなった。潮田渚がイーグレットで狙撃してくる可能性はあるが、東と比べれば精度は明らかに劣る。集中シールドで十分に守れる。

(……ここが勝負所やな)

水上は生駒に素早く通信を入れた。

 

『イコさん、旋空弧月で二宮さんの動き止めれます? もう狙撃警戒しなくていいんで、連続でやっちゃってええですよ』

『連続弧月解禁了解! 十字型に旋空斬ったるわ!』

『いや、普通の旋空で大丈夫なんで……』

 

生駒はぶつぶつ言いながらも、即座に旋空弧月を展開した。

二本の刃が十字を描くように放たれる。

二宮は避けることが出来ず、少しでも旋空の威力を落とすためにフルガードで受け止めた。シールドは旋空により粉々に割れたがなんとかその身を守りきった

しかし——

「アステロイド!」

その瞬間、水上がアステロイドをフルアタックで叩き込む。弾は散らして、逃げ道も塞ぐ。

二宮はシールドを再び生成し中央に集約させ守りを固める。これで致命傷は避けられるはず——だった。

 

二宮の逃げ道を塞ぐために放たれたいくつかの弾丸が、二宮の横を通る瞬間に突然軌道を変える。アステロイドと宣言しながらハウンドを混ぜて撃つ——水上敏志の得意とする欺きの射撃だった。

しかし——それすらも二宮は読んでいた。

中央のシールドを分割し、左右に展開して致命傷を防ぎきる。悲しいことに、水上のトリオン量では二宮の分割シールドすら割り切ることができなかった。技術で騙せても、トリオンの壁は越えられない。二宮国貴という男は、個人総合2位——数いるボーダー隊員の中で2番目に強い男なのだ。圧倒的なトリオン量の上に卓越したシューターの技術の両方を持っている。どちらか一方を崩せても、もう一方がそれを補ってしまう。

 

 二宮はそのまま、水上へ向けてハウンドを放った。フルアタック中の水上に守る手段はない。仮にシールドを張れたとしても意味はなかった——水上のトリオンでは、二宮のハウンドを受け止めるシールドを生成することすら不可能だった。

(……やられた)

弾が体を貫く瞬間、水上は思った。

しかし——後悔はなかった。

南沢が落ちた時点で、自分が囮になることは決めていた。二宮の意識を自分に引きつけ、トリオンを削らせ、シールドを展開させる。その一瞬の隙を、生駒に繋ぐ。それだけでよかった。

(……これで詰みや)

「旋空弧月」

水上の確信と同時に、生駒の旋空弧月が二宮を捉えた。

二宮の体が、光の粒子となって崩れ落ちる。

《戦闘体活動限界――緊急脱出》

 

ーーーーー

静寂が、一瞬だけ訪れた。

「……やったで」

生駒達人は小さく呟いた。喜びというより、確認するような声だった。

しかし——試合は終わらない。

生駒はきょとんとした顔でレーダーを確認した。敵の反応はない。二宮も落ちた。ではなぜ試合が終わらないのか。オペレーターの細井に聞いてみる。

「……マリオちゃん、なんで終わらんの?」

即座に通信が返ってきた。

『アホ! まだ漆間隊のアタッカーがもう一人おるで! レーダーに映っとらんってことはバックワームで隠れとるんや!』

「あ——」

生駒は思わず間の抜けた声を出した。

東を単独で仕留めた男。潮田渚。どこかでこちらを狙っているはずだ。

「……来るか」

生駒は弧月を構え直した。レーダーには何も映っていない。それでも——その目に、静かな闘志が宿る。

 

《最終生存者――生駒達人、潮田渚》





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