漆間隊の暗殺者   作:気高き犬

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19話 B級ランク戦ROUND3 ④

 ぼくはビルの影に身を潜め、ゆっくりと息を整えた。

前方、約100メートル先の瓦礫の陰——生駒隊隊長、生駒さんの姿が、ぼくの視界に入った。まだ、気づかれてはいない。

残り時間はあと5分ほど。この市街地Aの戦いは、もう終わりが見え始めていた。

生駒さんは、静かに弧月を構え、周囲を警戒している。その佇まいから、ただの強さではない何かを感じた。今まで戦ってきた相手の中で、一番の強さ——そう思わせるだけの、静かな重みがあった。まるで、空気そのものが彼の呼吸に合わせて揺れているようだった。

背後から近づいて奇襲を仕掛けても、決まらないかもしれない。かと言って、イーグレットで遠距離から単発で撃破するのも、恐らく無理だろう。東さんは狙撃手としての卓越した技術と経験があった。でも、生駒さんはそれとは違う——近接戦闘での純粋な強さを感じる。研ぎ澄まされた反応速度と技術で戦うタイプだ。どちらが上ということではなく、ただ、種類が違う強さだと思う。

でも、生駒さんの方がぼくの苦手なタイプだと思った。

E組にいた頃から、ぼくは真正面からの力勝負があまり得意じゃなかった。体格も、筋力も、上には上がいる。だからこそ、タイミングと読みで戦う方法を磨いてきた。生駒さんのような、どこから来ても対応できそうな構えの相手には——正直、真っ向勝負は避けたかった。

(……どうする)

ぼくはスコーピオンを握ったまま、静かに考えを巡らせた。胸の奥で、何かが小さく息を潜めている。ただ、冷静に、効率的に、勝つ方法を探していた。

その時、六田さんから通信が入った。

『渚くん、漆間くんから伝言よ。——中央にあれを置いてきたから、使っていいって』

あれ。

言葉の意味を一瞬考えて、すぐに理解した。

漆間くんは既に撃破されて隊室に戻っているはずだ。恐らく使おうと思って準備していたけど、残ってしまったのか。直接言ってくればいいのに——そう思いながら、ぼくは小さく笑った。

E組でも、こういう時はいつもそうだった。一人では届かない相手に、みんなで知恵を出し合って挑んだ。あの頃と、やってることは変わらないのかもしれない。

「……わかりました。六田さん、サポートお願いします」

『……うん! 向こうについたら詳しい説明するね』

通信を切り、ぼくは再び生駒さんの方へ視線を戻した。

残り時間はあとわずか。中央へ——生駒さんを誘い込む必要がある。

 

ーーーーー

 

残り5分。

生駒達人は南側瓦礫の後を黙々と散策していた。

「マリオちゃん! 全然見つからへんで! どこにおると思う?」

オペレーターの細井が、飽き飽きとした声で返す。

『……もうこの下り三回目やで! どっかにおるやろ。探せ!』

「探せ言うたって……!」

生駒は尚も周囲を散策するが全く見つからない。

細井の後ろでは、隊の面々が適当に喋っているようで通信を通して聞こえてくる。

『イコさんが二宮さん倒したん見て、恐なってもう逃げたんとちゃう?』

『そんならタイムアップで引き分けかもなー』

『俺! 引き分けならトイレ行ってきていいですか?』

生駒は全く成果が見つからないことにため息をつき、仲間達のだらけきった会話に耳を傾ける。生駒本人の気分も一緒にだらけていく。

だが、ふと点数が気になった生駒は細井に尋ねる。

「マリオちゃん、今何点?」

『……ええと、生駒隊3点、二宮隊も3点、東隊2点、漆間隊も2点やで。やっと二宮隊に勝つチャンスなんやから、はよ最後の一人みつけえや』

「せやんな……」

生駒は小さく頷いた。

そう、今日は普段勝つチャンスが中々ない二宮隊に勝てるチャンスだった。生駒は早く潮田渚を倒さなければならないと思った。

他のメンツも同じことを考えていたらしく、口々に言う。

『なおさらはよ倒さなあかんなー』

『せやかて、見つからんもんはしゃあないわなー』

『俺漏れそうなんでトイレ行ってきます!』

 

生駒は真面目な顔で弧月を軽く構え直した。反面、内心ではもう見つからないかもと諦めきっていた。

「まあ、タイムアップまで粘って探すしかないか……」

 

その瞬間——

乾いた銃声が響き、イーグレットの弾丸が飛んできた。

「っ!」

生駒は咄嗟に弧月を振り上げ、弾丸を弾き飛ばした。危なげない動きだったが、目は鋭く光った。

(……来たか)

生駒は即座に駆け出した。狙撃が飛んできた方角——中央だ。

走りながら細井に通信を入れる。

「マリオちゃん、なんで一発しか撃ってこんのや?」

『……知らんわ。当たらんと思ったんとちゃう?』

「……せやかて、普通もうちょい撃つやろ」

『知らんて。——弾道から見て、中央広場の北寄りやと思う。爆発で瓦礫が多くなっとる場所や、気ぃつけや』

「了解」

引っかかりは残る。しかし今は考えている時間はない。

(……ようやく見つけたで)

残り時間はあと3分少々。生駒達人の目に、静かな闘志が宿ったまま、瓦礫の間を縫うように駆け抜けた。

 

ーーーーー

 

 中央付近に到着した生駒は、足を緩めた。

周囲は爆発の余波で瓦礫だらけだった。見通しが悪い。どこに隠れていても不思議ではない。

「旋空弧月」

生駒は即座に旋空を放ち、近くの瓦礫をまとめて薙ぎ払った。視界が開ける。同時に周囲への警戒を最大まで引き上げた。

その瞬間——レーダーが、騒ぎ出した。

大量のトリオン反応が、一斉に出現した。

「……なんやこれ!」

それは漆間恒が戦闘中に設置し、使わないまま残していったダミービーコンだった。今この瞬間、六田の手によって一斉に起動されたのだ。

『ダミービーコンや! 惑わされたらあかんで、機械的な動きやから見分けられるはずや——』

「マリオちゃん、大量すぎて無理やって!」

『泣き言言うな! とにかく本物の反応を見極めや!』

レーダーが反応だらけで埋め尽くされる中、生駒は勘だけを頼りに周囲を睨んだ。

瓦礫の影から、光が走った。

足元を狙った狙撃——生駒は瞬時に跳んで躱した。

しかし。

弾丸が着弾した地点で、爆発が起きた。置き玉のメテオラだ。爆風が生駒の体を揺さぶる。

(……罠か。ええ度胸しとるやないか)

体勢を立て直した瞬間、背後のレーダーに反応が迫った。大量のダミーの中で、それだけが明らかに違う動きをしていた。加速、減速、方向転換——まるで人間そのものの動きだった。

(そこや!)

生駒は考えるより先に旋空を放つ。

刃が切り裂いたのは、ダミービーコンだった。

(……くそ、騙された)

通信の向こうで細井が舌打ちをした。

『……あのダミービーコン、オペレーターが手動で動かしとる。せやから人間みたいな動きができとるんや。気ぃつけ!』

(……なるほどな。ほんまにえげつない)

感心している場合ではない。しかし生駒の体はすでに次の動きに入っていた。頭が追いつく前に、体が答えを出す。それが生駒達人という男だった。

次の瞬間、上から気配を感じた。

レーダーには何も映っていない。それでも生駒の体は反応していた。考えるより先に、上へ旋空を放つ。

刃が何かを切り裂いた瞬間、爆発した。

バックワームに包まれたメテオラのキューブだった。レーダーに映らないまま投げ込まれていたそれを、旋空が切り裂き起爆したのだ。

爆風がビルの壁を叩き、粉塵が視界を覆う。生駒はシールドを展開し、爆発に耐えた。

(……罠、罠、また罠か。ほんまにしつこいな)

それでも——崩れていない。体が、全部拾ってくれていた。

——その時。

背後のレーダーに、反応が現れた。

さっきと同じだった。背後に迫る反応——ダミービーコンかもしれない。

しかし生駒の体は、もう動いていた。

振り向きざまに、横薙ぎの一閃を放つ。

刃は空を切った。

(……また外れた——)

しかし、生駒の体はその瞬間、足元から気配を感じ取っていた。

潮田渚は低く滑るように生駒の刃の下をくぐり抜けていた。

カメレオンを解除した少年の姿が現れると同時に、右手のスコーピオンが生駒の首筋へ迫る——

生駒の左手が、反射的に動いた。

掴む。スコーピオンの刃が左手に深く刺さった。それでも生駒は離さなかった。

右手の弧月が、渚を捉える。

しかし——

渚の目は、静かなままだった。

笑みも、怒りも、恐怖も、何もない。ただ、澄んだ目が生駒を真っ直ぐに見ていた。まるで——これが最初から決まっていたことだと言うように。

渚の左手の冷たい銃口が、生駒の胸に押し当てられた。

右手の弧月が渚を両断するのと同時に、引き金が引かれる。

《戦闘体活動限界――緊急脱出》

《戦闘体活動限界――緊急脱出》

二つのアナウンスが、同時に響いた。







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