漆間隊の暗殺者   作:気高き犬

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大規模進行まで行きたいので次でランク戦は終わります





21話 三雲修①

 三雲修は、今日も一人で訓練室に残っていた。

時刻はすでに夜の八時を過ぎている。他の隊員はとっくに帰っていた。

(……もう一回)

レイガストを構え直し、素振りを繰り返す。フォームが崩れる。また崩れる。何度やっても、手本通りにならない。修は入隊してもうすぐ二カ月になる。しかし、修の能力はほとんど上がっておらず、未だC級のままだった。

 

訓練の初日、修は時間切れだった。

他のC級訓練生が次々とターゲットを撃破していく中、修だけが何もできないまま制限時間を迎えた。

あの日のことは、今でも鮮明に覚えている。

そして——もう一つ、忘れられないことがある。

同期の中に、5秒で終わらせた隊員がいた。

潮田渚。

修はその名前を、訓練終了後にこっそり調べた。現在B級。漆間隊所属。特に先月のランク戦は修自身もブースで観戦したのでよく覚えている。東隊の隊長と生駒隊の隊長を——一人で撃破した。その後も戦績は追えば追うほど、同期とは思えない数字が並んでいった。

(自分と同じ……同期なのに)

そう思うと、胸の奥がざわつく。羨ましい、というより、ただ純粋に——すごいと思った。

素振りを続けていると、訓練室のドアが開いた。

入ってきたのは、小柄な少年だった。水色の髪。肩までの短髪。修より少し背が低い。

(あ——)

修は思わず動きを止めた。

潮田渚だ。

本人は修に気づいていないようで、少し離れた場所でナイフ型のトリガーを取り出した。そのまま静かに型を始める。

動きが、綺麗だった。無駄がない。小さなナイフが空気を切る軌道に、一切の迷いがなかった。それだけじゃなく——なんというか、全体から漂う空気が、修の知っているボーダー隊員とは少し違う気がした。

静かすぎる。

「……あの」

気づいたら、声をかけていた。

渚がこちらを向いた。

「同期の三雲修です。あの、訓練初日に……5秒で終わらせてた人ですよね」

渚は少し目を丸くしてから、穏やかに微笑んだ。

「うん、そうだよ。潮田渚です」

「あの……どうやったんですか。5秒って」

我ながら直球すぎる質問だと思った。しかし渚は嫌な顔一つせず、少し考えてから答えた。

「相手の動きを読んで、隙を突いただけだよ。特別なことは何もしてない」

「でも……俺は時間切れで」

「三雲くんは、どうしてボーダーに入ったの?」

突然の質問に、修は少したじろいだ。

「……自分がそうするべきだと思ったんです」

渚は静かに頷いた。その表情に、何かを読み取ろうとするような——不思議な間があった。

「そっか」

それだけ言って、渚は的に向き直った。

会話はそれで終わりだった。短い、あっけない。

でも修は、なぜかその「そっか」という一言が引っかかった。

渚の声には、責める色がなかった。馬鹿にする色もなかった。ただ——何かを静かに受け取ったような、そんな響きだった。

(……変な人だな)

修は素振りを再開しながら、ちらりと渚の方を見た。

渚は今度は拳銃を取り出し、的に向かって、静かに引き金を引き続けている。

その横顔に、修にはうまく言葉にできない何かを感じた。

自分と似ている気がする。でも、どこかが決定的に違う。

何が違うのかは、まだわからなかった。

 

 

ーーーーー

 

 

 東さんや生駒さんとの死闘から、もうすぐ二ヶ月が経つ。

家に帰る道すがら、ぼくはそんなことを思っていた。

あの試合のことは、まだ鮮明に覚えている。東さんの最後の目。生駒さんが刺さったまま離さなかった左手。二つのアナウンスが同時に響いた瞬間。

あれからランク戦を重ねて、漆間くんも六田さんも、少しずつ変わってきている気がする。ぼくも、たぶん。

でも現実は厳しかった。漆間隊は現在6位。王子隊、生駒隊、弓場隊と僅差で、二宮隊と影浦隊には大きく水をあけられている。最初の頃は奇襲と隠密で戦えていた。でも試合を重ねるごとに、相手もぼくたちの動きを読んできている。同じ手は通じなくなってきていた。

次のランク戦が、今期最後だ。

……今日は、あまりそういうことを考えたくない気分だった。

原因は明白だ。香取さんだ。

ROUND2で敗北したことがどうしても気に入らないのか、あれから毎週何本も戦わされる。

今日も荒船さんの指導を半崎くんと受けた後、「付き合え」の一言で引きずられて気づいたら20本以上試合をやらされていた。結果はほぼ全敗。近接戦闘では、ぼくは香取さんに全く歯が立たない。

「……なんで」

最後の試合が終わった後、香取さんは静かにそう呟いた。怒りとも、疑問とも取れる声だった。

「あの時はあんなに強かったのに。本気でやってるのはわかるわ。なのに、なんで今はこんなに弱いのよ!」

ぼくには答えられなかった。

香取さんの目が、ぼくを見ていた。苛立ちが滲んでいる。でもその奥に、もっと別の何か——うまく言葉にできない感情が揺れているのを、ぼくは感じた。

「来週も来なさい」

それだけ言って、香取さんは帰っていった。

命令じゃなくて、脅しに近い言い方だった。でも不思議と、怖いとは思わなかった。

残されたぼくは、壁にもたれてしばらく動けなかった。体が重い。トリオン体なのに、なぜかひどく消耗した感覚がある。

……疲れた。

でも、今日の1日でぼくの頭にあるのは、荒船さんや半崎くん、香取さんではない。

気分転換に行った訓練場でであった一人のC級隊員だった。

 

訓練場に入ったら、もう遅い時間なのに訓練している人が一人いた。

レイガストを構えて、一人で素振りをしている少年。お世辞にも上手いとは思えなかったけど熱心さを感じた。

見覚えはない。ぼくはあまり交友関係の広い方じゃないから知らないだけかもしれない。

 でも、なんとなく気まずさを感じて、気づかれないように少し離れた場所でスコーピオンを展開して、静かに型を始めた。

彼もこちらに気づいたようで視線を感じる。

 

「……あの」

彼が声をかけてきた。

話しながら、彼の波長を感じる。

落ち着いている。でも焦りもある。どこか歪で、不思議な感覚だった。

母さんの機嫌を読み続けて磨かれたぼくの察知能力は、人の感情の波を捉えることができる。香取さんなら怒りと渇望が混ざった鋭い波長。漆間くんなら不器用な熱さを隠した静かな波長。

でもこの人の波長は、ぼくが今まで感じてきたどれとも違った。

動きはお世辞にも上手いとは言えない。でも、なぜか興味が湧いた。意識の奥底に、何か重いものが静かに沈んでいるような。強さじゃない。うまく言葉にできないけど、確かにそこにある何かをぼくは感じた。

ぼくは彼に聞いてみることにした。

 

「……自分がそうするべきだと思ったんです」

その返答を聞いたとき、ぼくの中で何かが、腑に落ちた。

強さからくる落ち着きじゃない。覚悟、とでも言うべきか。最初から何かを決めている人間の、静かな重さ。

ぼくとは、違う。

昔は自分なんかどうでもよかった。大切なものなんて空想上でしかなくて、ぼくはいつ消えても後悔はなかった。でも今は違う。父さん、母さん、漆間くん、六田さん——守るべきものが、失いたくないものが——できてしまった。その理由がなくなれば、今のぼくは自分を保てない気がしていた。

でも三雲くんは違う。守る対象より先に、自分の中に「すべきだ」という確信がある。理由じゃなくて、芯だ。

それがどれだけ強いことか——今この瞬間、ぼくには痛いほどわかった。

「そっか」

かろうじて絞り出したその言葉は、ぼくの中で空虚に聞こえた。

三雲くんに言ったんじゃなくて、自分に言い聞かせたような気がした。

 

帰り道の足どりは重い。

香取さんにボコボコにされた疲れは、まだ残っている。

でも今胸にあるのは、その疲れとは別の、もっと深いところにある重さだった。

 

ぼくは三雲くんのことが羨ましかった。






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