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昼休み、半崎くん、漆間くん、あと鈴鳴第一の別役太一と共にぼくは屋上に来ていた。
この時期の屋上は冷たい風が吹いていて、正直寒い。
「うわー……マジか……」
太一くんが答案を見ながら、地面に座り込むような勢いで落ち込んでいた。
「赤点だ……。終わった……」
「え、太一、何点だったの?」
半崎くんが覗き込む。太一くんは答案を抱えるようにして見せたがらない。
「言えない……言えない……死ぬ……」
「いや、死なないでしょ」
半崎くんが突っ込む。
「今さんに見せたら絶対怒られる……いや、怒らないと思うけど、なんか哀れな目で見られる……それが一番きつい……」
「うわ……ダルそう。まあ大丈夫じゃない? 次があるでしょ」
半崎くんが慰めるように肩を叩いた。ぼくも何か言葉をかけようとしたけれど、特に思いつかなかったので、とりあえず頷いておいた。
漆間くんは少し離れた場所でパンを齧っていた。誰の点数にも興味がなさそうだった。
「義人は何点だったんだよ?」
太一くんが涙目で尋ねる。
「俺? まあまあかな」
半崎くんは答案を取り出して見せた。
50点だった。
「う、俺より30点も高い……?!」
太一くんの墓穴を掘る発言を横で聞いていると、漆間くんが会話に入ってくる。
「何だよ、お前もそんなに高くねーじゃん」
「ダル……悪くはないでしょ。赤点じゃないし」
半崎くんはあまり勉強を頑張らない主義らしい。漆間くんは大体70-80点くらいみたいで、自慢したかったみたいだ。半崎くんはそれをつまらなそうに見ていた。
それから思い出したようにぼくの方を見た。
「そういえば渚、お前何点だった?」
ぼくはちょっと面倒なことになりそうな気がして、答案を内側に向けたまま答えた。
「まあ、普通かな」
「普通って何点だよ」
太一くんが、すっと背後に回り込んできた。
「えっ、ちょ——」
答案が、後ろからひったくられた。
「へっへー、渚よ、俺は赤点仲間を見逃さないんだよなあ…… 普通って言う人ほど普通じゃないことが多いんだぜ!」
太一くんが答案を覗き込んで、固まった。
98点だった。
「……は?」
「ちょっと待って、98点? 100点満点で?」
半崎くんも横から覗き込んで声を上げた。
「すご……いや、待って。渚、お前頭良すぎだろ。なんでこの学校来たんだよ」
漆間くんも興味を持ったのか、横から答案に視線を落とす。
「……ほんとだ。うそだろ」
太一くんが答案を抱えたまま、絶望と感心が混ざった顔でぼくを見ていた。
「俺と80点近く差があるじゃん……人生って不公平だ……」
「学力的にもっと上の学校行けたんじゃないの?」
半崎くんが純粋な疑問という感じで聞いてくる。
ぼくは答案を取り戻しながら、少し考えてから答えた。
「家から近かったから」
「それだけ?」
「うん、それだけ」
本当はそれだけじゃない。
進学校に行けば、もっと時間を勉強に取られる。塾にも通うことになるかもしれない。せっかく取り戻せた家族との時間を、今は削りたくなかった。
——でも、それを口に出すのは、なんだか気恥ずかしかった。
「あれ? でも渚、学校の先生になりたいんじゃなかったっけ? 前にちらっと言ってた気がする」
太一くんが思い出したように言った。
「うん、そうだよ」
「進学校行った方が、先生になるのにも有利だったんじゃないの?」
「そういうものでもないと思うよ」
半崎くんの疑問にぼくは少し考えながら答えた。
「学校がどんな場所かって、結局そこにいる自分次第なところがあると思うんだ。良い環境でも腐ることはあるし、厳しい環境でも、自分の捉え方次第で意味のあるものになる」
「渚、なんか哲学者っぽい」
太一くんが感心したように言う。
「そんな大した話じゃないよ」
ぼくは小さく笑った。
「……なんで、先生になりたいんだ?」
珍しく漆間くんがぼくに質問してきた。
「なんで……か。うーん、中学の先生が凄く良くしてくれたんだ。だからその人みたいになりたいなって思ったんだ」
「ふーん。なんか普通だな」
「……ははは」
普通。そうかも知れない。
人間は自分を変えてくれたものに憧れる。
医者に命を救われた子供が……医者に憧れるように。美しい技術に見せられた子供が……殺し屋に憧れるように。
ぼくはあそこで——あの先生に憧れた。
「変わってんなー」
半崎くんはあっさり納得したように笑った。太一くんはまだ「80点差……」とぶつぶつ呟いている。
漆間くんだけが、少しだけぼくの方をちらりと見た。
何か言いたそうな顔をしていたけれど、結局何も言わずにパンの残りを口に押し込んだ。
「そういえば、組み合わせって決まった?」
太一くんが思い出したように声を上げた。
「うちは松代隊と吉里隊と間宮隊の四つ巴かな。最後に荒稼ぎして順位上げるって隊長が息巻いてた」
「荒船さん、気合入ってたよね、鈴鳴はどうなの?」
半崎くんの言葉にぼくは同意する。荒船隊は現在15位。ここで何点取れるかで中位に上がれるかが決まる。
「うちは香取隊と那須隊の三つ巴。香取隊が中位に落ちてきたのが厄介かなー。まだ鋼さんもあんまやったことないし」
太一くんが自分のスマホを確認しながら言う。
鈴鳴の村上先輩は強化睡眠記憶というサイドエフェクトを持っている。一度戦った相手には滅法強い一方、初めての相手には力をだしきれない。
半崎くんが思い出したようにこちらを見る。
「そういえば昨日も香取にやられたのか? 渚」
「……うん、香取さんは強いから気をつけて」
漆間くんが口を挟んだ。
「お前まだあいつとやってんのか。あんなのとやっても一銭の得もないから止めとけって言っただろ」
「……ごめん、でも約束しちゃってるから……」
正直ぼくもあまり楽しくないのでやめたい。でも若村先輩に断り辛いのもあって、なんだかんだ行ってしまっている。
「那須隊も調子いいからキツイけど、なんとか今回勝って上位に行ってやるんだ!」
太一くんの声が少し弾んだ。鈴鳴第一は中位グループでの戦いに燃えているようだった。
「渚のところは?」
半崎くんに聞かれて、ぼくは画面を確認した。
「うちは、弓場隊、影浦隊、王子隊」
「うげ……ダル……強そー……」
半崎くんが組み合わせを見ながら、げんなりした顔をしていた。
「渚が直接対決してないとこってまだあるの?」
「影浦隊かな。他は結構当たってるからだいぶ対策組まれちゃってると思う」
ぼくがそう言うと、半崎くんがこちらを見た。
「渚の狙撃、うまくいくか見といてやるよ」
「……ありがとう。練習の成果みせるよ」
今までよりも、はっきりした口調になっていた自分に、少し気づいた。
「お、なんか今日の渚は気合入ってるじゃん」
半崎くんが激励してくれる。
漆間くんがパンの最後の一口を飲み込みながら、ぼくの方を見た。
「まあ、最後に勝つのは俺たちだろうな」
「自信満々だな、漆間」
半崎くんが呆れたように言う。
「当然だろ」
漆間くんは立ち上がりながら、半崎くんと太一くんを見下ろすように笑った。
「お前らもせいぜい頑張れよ。下位と中位なんだから、恥ずかしい結果になんねーようにな」
「ダル……なんだその言い方」
「クッソ! お前絶対見返してやる」
「うわ、漆間くん、煽るのやめてよ……」
太一くんが涙目になりながら抗議する。半崎くんは苦笑いを浮かべながら、漆間くんの背中を小突いた。
ぼくはその様子を見て、苦言を言いながら少しだけ笑った。
昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。
「戻るか」
漆間くんが立ち上がり、屋上の出口に向かって歩き出す。
ぼくも続こうとして、足を止めた。
——なんだろう。
理由のわからない、小さな違和感だった。風向きが変わったわけでもない。誰かの波長を感じたわけでもない。ただ、胸の奥が一瞬、すっと冷たくなった気がした。
なぜか、家のことを思った。父さんと母さんの顔が、ふっと頭に浮かんだ。
なんでもない時に、なんでもない理由で。
「渚? どうした」
半崎くんが振り返る。
「……ううん、なんでもない」
ぼくはそう答えて、また歩き出した。
空はいつもと変わらず晴れていた。
それでも、その冷たさだけが、しばらく胸の奥に残っていた。
今のこの幸せが、いつか終わるかもしれない——そんな不確かな予感を、ぼくはまだ知らないふりをしていた。
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