漆間隊の暗殺者   作:気高き犬

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24話 B級ランク戦最終ROUND①

《転送完了市街地C時刻朝》

 

 絵馬ユズルは静かに、しかし迷いのない足取りで高台への階段を上っていた。

開始前、隊で交わした短いやり取りを思い出す。

「今回は上取りに行くよ。市街地Cならその方がいいでしょ」

絵馬がそう言うと、北添が少し心配そうな顔をした。

「大丈夫? 漆間隊の罠かもしれなくない? 東さんも生駒さんも、それでやられてるよ」

「は? 東さんが?やられたのか?」

影浦が初めて聞いたという顔をした。

「カゲはもっとログをちゃんと見よーね……」

北添が呆れたように突っ込む。漆間隊のアタッカー、潮田渚が奇襲の名手だと説明する。

「……面白そーじゃねーか。俺にも奇襲が通用すんのか試してやるぜ」

 

「漆間隊の奇襲が怖いからって逃げ回ってるのも面白くないでしょ」

絵馬は無表情を崩さずに言う。

「転送位置が近くなるかもわかんないんだし、来るより先に他の相手倒すよ」

「ケッ……ユズルなら返り討ちにできんだろ……」

影浦が言う。

「一応やばくなったら早めに逃げるよ」

絵馬がそう答えると、オペレーターの仁礼が割り込んでくる。

「たくっ、その逃走ルート用意するのは私なんだからなー?!」

「ゾエさんもメテオラで逃げるのサポートするよ……!」

北添が続けて言う。

「ケッ……」

影浦はそれだけ言って、興味なさそうに視線を逸らしていた。

 

市街地Cは見晴らしのいい高台が点在している。狙撃手にとっては絶好の地形だ。絵馬の足取りは柄にもなく弾んでいる。

絵馬は自分の腕に絶対的な自信を持っていた。事実、狙撃の才能はボーダー全体を見てトップ層であった。師匠であり、姉のように慕っていた鳩原により、その才能は開花した。鳩原が去った後もそれは消えることがなく、現在も狙撃手としてトップの実力を有していた。

高台に到着すると、見晴らしの良さに絵馬の堅い表情が少し緩む。

(よし……ここなら全部見える)

 

絵馬は南、やや中央寄りの高台にいた。北添は南東端から中央へ向けて移動中、影浦は中央付近で動いている。付近の敵は南西に1人スポーンしたがバックワームはつけずに中央に向かっている。

イーグレットを構え、スコープを覗き込みながら、絵馬は戦場全体を見渡していった。

北東から、弓場が中央へ向かっているのが見えた。

中央では、樫尾と帯島が小競り合いを始めている。そこに影浦が接近しているのが見えた。

絵馬は通信を入れた。

「カゲさん、もうすぐ弓場さん近くに来るよ」

『おう』

短い返事が返ってくる。

さらにスコープを動かすと、中央南側の建物脇に、バックワームのマントが一瞬映る。絵馬の目は足元に写った特徴的な黒い制服を見逃さなかった。

(王子隊もこの辺りにいるか)

絵馬はそれも報告しながら更に戦場を観察する。普段は自由に動き点を取ることを重視する彼だが、基本的な狙撃手としての動きのレベルも非常に高かった。

だからこそ——気づいてしまった。

南西側から中央に向かう反応を一瞬だけ目視で確認した。また見えなくなって、隠れた。だがチラリと見えた。

高台という視点がなければ、絶対に気づけなかった一瞬だった。

(ダミービーコン、だ)

理解した瞬間、絵馬の体は動いていた。

逃げる。今すぐに。

スコープから目を離し、振り返ろうとした、その時——

高台の裏手から、何かが迫っていた。

絵馬は紙一重で、初撃を躱した。

(——っ)

態勢を整えながらアイビスに切り替え、素早く距離を取る。

距離はおよそ15メートル。目の前にいるのは漆間隊のアタッカー、潮田渚だ。渚はバックワームを解き、右手にナイフ型のスコーピオン、左手に拳銃を持っている。

「ゾエさん、メテオラ打てる? 最悪巻き込んで落とす。ヒカリ、フォローして」

絵馬は即座にオペレーターへ通信を入れながらアイビスに切り替える。

『たくっ、ほんとにお前らはアタシがいねーと何にもできねーなー』

仁礼はそう言いながらも、迅速にメテオラの着弾点を提示する。

『ユズル、わかったよ!』

北添が短く返事をして、レーダー頼りのメテオラを発射する。南東にいる北添との距離はそう遠くない。だが、山なりの機動を描いたメテオラが着弾するまでおよそ5秒程かかる。

北添の撃ったメテオラを感知し、その距離を詰めようとする気配を、絵馬は確かに感じ取っていた。メテオラが着弾するまでの時間を稼ぎつつ、最悪つかむなどして相手の動きを止めるしかない。

(詰めてくるか……。狙うなら足元……!)

絵馬はそう判断し、足元の手前に向けてアイビスを放った。直撃を狙ったわけではない。足元の瓦礫を撃ち砕き、破片と土煙で視界を塞ぐ。たとえ避けられても、わずかな目眩ましと時間稼ぎにはなるはずだった。

 

ーーーーー

 

 足元に向けて放たれたアイビスが、瓦礫を撃ち砕いた。

破片と土煙が舞う。

——足止め。

ぼくは特に焦ることなく、土煙の中をそのまま前に進んだ。視界が悪くても、相手の位置はだいたいわかる。波長を読めば、いる方向もわかる。

正直簡単すぎて欠伸が出そうだった。

土煙を抜けた瞬間、目の前に絵馬くんがいた。咄嗟に掴みかかってくる手が見えた。

それを避けるのも、難しくはなかった。

ログで絵馬くんのことは何度も見返して研究した。狙撃の腕や戦い方だけじゃない。思考、精神、好きなこと、嫌いなこと。何度も見返して、感じて、彼の人間性を咀嚼する。

だから、絵馬くんが普段こんな風に相手を掴むことがないのも手に取るようにわかる。体の重心を少しだけ逸らして、伸びてきた手をすり抜ける。そのまま流れるように、相手の背中側へ回り込んだ。

——終わり。

スコーピオンを握った手を、首筋に滑らせる。

抵抗の暇もなかった。

絵馬くんの体が崩れ始める、その気配を背中で感じながら、ぼくはすでに次の動きに入っていた。

メテオラが来る。

肌で感じる爆風。爆風なら着弾点を逆算して、後方へ大きく跳んだ。

背中にはシールドを張り、爆風を耐えながら移動する。幸いなことに体はほとんど無傷だった。

これくらいなら大丈夫。

ぼくは着地して、軽く息を整えた。

特に難しいことをしているわけではない。

避けて、すり抜けて、刺して、跳ぶ。

それだけのことだった。

 

「六田さん、ありがとう。絵馬くん、完全に人間だと思ってたみたいだよ」

ぼくは通信を入れた。

『良かった』

六田さんの声には、少し安堵が滲んでいた。

ダミービーコンを装備したのは、今回の作戦の一部だった。

ここ数戦、ぼくの奇襲がうまくいきすぎて、他の隊の狙撃手が以前にも増して警戒し、隠密を徹底するようになっていた。その対策でぼくもダミービーコンを装備した。

ダミービーコンを起動した瞬間にぼくはバックワームで隠れる。こうすればダミービーコンのトリオンが切れるまでは相手からは隠密してないように見えるし、例え切れてもバックワームで隠れているように見える。普通なら機械的な動きで見破られるかもしれない。けど六田さんはダミービーコンを動かすことに関して熟練だ。リアルタイムで人間らしい揺らぎを再現することが六田さんにはできる。その間にぼくが高台に接近して奇襲する。単純な作戦だったけど、概ね成功した。

——少し、ほっとした。

それと同時に、ほんの少しだけ、物足りなさのようなものも感じていた。

絵馬くんはあっさりと終わってしまった。

ログで研究した時、もっと粘られるかもしれないと思っていた。実際には、初撃を躱されただけで、ほとんど反撃らしい反撃もなかった。

少しだけ残念に思った——

いや、ぼくは何を考えてるんだ。

——もっと手応えが欲しい。

——強い相手を切り刻みたい。

ぼくの中で知らない声が大きくなっていく。

 

ぼくは小さく息を吐いて、次の目標に意識を切り替えた。

 

ーーーーー

 

「チッ……!」

絵馬がやられた、その情報が入った瞬間、影浦雅人は舌打ちをした。

漆間隊。まだ当たったことはないが軽薄そうなガキが隊長を務めている隊だ。

苛立ちが腹の底でじわりと膨らんでいく。仲間がやられたことへの怒り、それを許した自分への苛立ち、その両方が混ざり合っていた。

(この落とし前はしっかりつけてやる……)

影浦は中央付近の状況を見渡した。

樫尾と帯島が、向かい合うようにして睨み合っている。互いに弧月を構えたまま、一定の距離を保っていた。

影浦が接近していることに気づいたのか、二人は等間隔に距離を取り直した。

(チッ……正面から切り合えよ)

真正面からぶつかってこないその慎重さに、苛立ちが増す。

ふと視線を、南側の壁に向けた。

少し前に絵馬から入っていた通信を思い出す。中央南側の建物脇に、王子隊の気配があるという報告だった。

(ここに隠れてるってことか)

死角になっているその位置に、もう一人の王子隊員が潜んでいるのだろう。

『カゲ! もうちょいで着く、待っててー』

北添から通信が入る。

「あ? んなもん待てるか、デブ」

影浦はそう言い返した。

待つ気など最初からなかった。

絵馬がやられた。なら、今すぐ何かやり返さなければ気が済まない。別に漆間隊でなくても構わない。つまりは八つ当たりだった。

影浦は迷わず、樫尾に向かって接近した。

南側の死角に王子隊が潜んでいることは、最初からわかっていた。

その瞬間——

腹の真ん中に、刺激が走った。

影浦は感情受信体質というサイドエフェクトを持っている。相手の強い敵意や殺意を、痛覚として受信できる。

気に障る感覚が来る。死角から背中に向けて多数。

シールドを展開し、視線は変えずに樫尾への接近を続けた。これくらいなら、防ぐのに造作もない。

 

死角から放たれた多数の弾丸は、当初はまっすぐな起動を描く。だが——弾道が、シールドに当たる直前、下に逸れるような軌道を描く。シールドの注意を上半身に引きつけながら、本命は足元へ。

視線誘導。トリオンを感知する通常の誘導とは違うハウンドのもう一つの打ち方であり、ハウンドについての理解が深い蔵内ならではの技術だった。

普通なら気づけないタイミングだった。

影浦は樫尾の方角を向いており、弾がシールドを避けたことすら感知できないはず——だった。

影浦のサイドエフェクトは、感知する。殺気の出所が、最初に感じたものとずれている。腹からもっと下に刺さるような痛みを感じる。

(——足か)

影浦は咄嗟に足元へスコーピオンを突き刺した。そのまま一気に伸縮させ、体を強引に方向を転換する。

足を狙った弾丸は、わずかに空を切った。

影浦は未だ無傷のままだった。

「ケッ……隠れてねえで出てこいや」

影浦が声を上げた瞬間、王子が動いた。蔵内の隣から離れ、弧月を構えて踏み込んでくる。

逆側の樫尾も、斬りかかる。前後から挟み撃ちにする構えだった。王子隊は最高戦力をもって、ここで影浦を落とすつもりだった。

(チッ……数だけは多いな)

影浦は舌打ちしながらも、両方の動きを見据えた。

前から樫尾、後ろから王子。同時に来る二つの弧月を、影浦は最小限の動きで捌く。

足元から生やしたスコーピオンで王子の刃を受け止めながら、もう片方の腕で樫尾の弧月を弾く。一対二だというのに、その動きには余裕すら感じられた。

「挟み撃ちにしたぐらいで勝った気になってんじゃねえぞ?」

影浦の挑発に焦ったのか、樫尾の踏み込みが、わずかに浅くなった瞬間を、影浦は見逃さなかった。

足元のスコーピオンを支点に体を半回転させながら、樫尾の右腕めがけてもう一本のスコーピオンを振るう。

「——っ」

樫尾の右手が、肘から先、宙を舞った。

樫尾が即座に距離を取る。影浦はさらに追撃をしようとする。しかし、王子が斬りかかりそれを阻止する。

後方からは蔵内が逃げ場を潰すようにハウンドを撃つ。

影浦の意識が、前後の脅威に引き裂かれる——

 

その一瞬の隙を、見逃さない者がいた。

路地裏に隠れていた弓場が、影浦たちの前に踊り出る。

弓場はバックワームを解除し、その両手を、静かにホルスターへと伸ばしていった。





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