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自身の隊長の弓場が中央で奇襲を仕掛けるのを外岡一斗は北西のビルの一室からスコープ越しにじっと見守っていた。
弓場の二丁の拳銃が、同時に火を噴く。
目にも留まらぬ早撃ち。射程と弾数を極限まで切り詰めることによって実現した速度と威力。そのアステロイドはシールドを貼る時間も与えず——仮に張れたとしてもシールドごと——相手を撃ち抜くはず——だった。
影浦の足元から、スコーピオンが瞬時に生え伸びた。それを支点に、体が強引に弾き飛ばされるように方向を変える。
弾丸の雨が、影浦のいたはずの空間を通り過ぎていった。
王子の体に、かすめるような一撃が当たる。位置取りが良かったのか、致命傷には至らない。
樫尾は、避けきれなかった。左足に直撃を受け、大きく崩れる。
ただ一人——影浦だけが、無傷だった。
(——ッ!……マジ? 避けやがった)
外岡は思わず驚き眉をひそめた。
弓場の狙いは、最初から影浦に絞られていた。最も脅威になるのは影浦だと弓場は思っていた。だからこそ弾丸の大半を影浦へ集中させ、ここで仕留めるつもりだった。王子と樫尾への射撃はその余波に近い形になった。
だが、その狙いが裏目に出た。
影浦は、被弾を免れてしまった。外岡は影浦のサイドエフェクトのことを知っていたが、それだけでは避けるのは不可能だと思った。
(弓場さんが隠密してたのバレてたのかな………)
弓場の奇襲は結果として、本命だったはずの影浦には届かず、王子と樫尾にだけ軽傷を与える形に終わった。
戦場ではその後も立て続けに激しい戦闘音が響いていく。それでも、外岡は動かなかった。
転送直後、隊で交わした作戦を思い出す。
「今回も、いつも通りの作戦でいくぞ」
弓場が短く言った。
「俺が影浦や王子を潰す。神田、帯島はそのフォローとこぼれた奴を仕留めろ」
「……はい!」
「了解」
帯島が緊張しながら返事を返し、神田も短く答える。
普段から弓場隊が使っている、シンプルかつ効果的な戦術だった。弓場が少人数戦を挑み、他がそれが成立するようフォローする。単純だがそれ故に強力な戦術であった。弓場個人の戦闘力が圧倒的に高いからこそ成立する作戦でもある。
「神田、今日は特に気合入れろよ」
弓場が軽く脅すように言う。
「当たり前っすね。今期で最後のランク戦なんで」
神田は大学進学のため、この試合を最後に弓場隊を離れることが決まっていた。
「有終の美ってやつを飾らせてもらいますよ」
「お、言うじゃねえか」
「市街地Cは見通しがいい。奇襲が決まりづらいかもしれねえ。その時は、数の有利ですり潰す」
弓場はそう続けてから、外岡の方を見た。
「外岡、お前のターゲットは漆間だ。他には反応しなくていい。漆間が、必ず俺達に奇襲を仕掛けてくる。そこを狙え」
「了解っす」
「あとは……潮田には気をつけろ。高台も、無理に取りに行くんじゃねーぞ」
その忠告には、重みがあった。
外岡自身、ROUND6で初めて漆間隊と対戦した時、一度渚に奇襲された経験がある。あの時は高所を取りに行った直後、背後から音もなく仕留められた。自分自身の隠密に自信があったが故に、実際に体験するまで、その異常さを理解していなかった。
外岡は狙撃手仲間で学年も同じな半崎を通して、渚とは多少の交流があった。学校で世間話をしたこともある。物腰の柔らかい、どこにでもいそうな少年。そんな印象だった。
だからこそ、あの試合で見せた動きとのギャップが、外岡には今でも強烈なトラウマになっていた。
(あの時と同じ鉄は踏まない……)
序盤はひたすら潜伏に徹した。絵馬が落ちたのを確認した後、すぐに逆方向へ移動した。今は有効射程距離ギリギリの位置から、中央をじっと見据えている。場所も見晴らしのいい高台ではなく、比較的地味なビルの中だ。
中央では樫尾は左足を大きく失ったまま、後退しようとしていた。だが、その隙を帯島が見逃さなかった。ハウンドを片手で打ちながら弧月で切り掛かる。
それを見て後方から、蔵内がハウンドを放ち樫尾を援護しようとするが——それを横から突然現れた神田が銃撃で奇襲し、蔵内は迎撃を余儀なくされた。
(神田さん、今日は一段とキレがいいな)
外岡はその様子を見ながら、内心で思った。
最後のランク戦である神田の動きにはいつも以上の鋭さがあった。これまで積み重ねてきたものを、最後にすべて出し切ろうとしているのかもしれない。
帯島の弧月が一閃し、樫尾の体が光の粒子に変わる。
《戦闘体活動限界――緊急脱出》
隊長の弓場は王子、影浦に畳み掛けるように銃撃を放つが——アステロイドの雨が放たれ、堪らず距離を取る。遅れて到着した影浦隊の北添が片手に機関銃を持ちながら影浦に合流する。王子も距離をとり、蔵内の近くに移動した。
戦場は、激しい混戦の様相を見せながらも、状況的には弓場隊有利と言えた。
外岡はその様子をじっと見つめながら、スコープの中心を中央付近に固定し続けていた。
——まだだ。
漆間が出てくるまで、自分の役目は始まらない。
ーーーーー
漆間恒は瓦礫の影に身を潜めながら、渚に通信を入れる。
「外岡の野郎、まだ一発も撃ってきてねえ」
『うん。トノくんは多分、僕を警戒してるんだと思う』
渚が静かに答えた。
『高台の隠れてそうな場所は大体スコープで確認したけど見つからなかった。もっと目立たない場所にいるかも』
「だろうな」
外岡が完全に沈黙している以上、こちらから位置を特定する手段は限られている。
「王子隊も影浦隊も撃てば撃破できそうなタイミングがあったけど撃たなかった。俺が来んのを待ってるな、アレは」
『……漆間くんが囮になる?』
「……いや、向こうがその気ならこっちにも考えがある。お前はとりあえずしらみ潰しに居そうな場所潰して行けよ……」
『わかった。中央は危なそうだから避けて、北の方に回り込んでみるね』
渚がそう答えた。
言い終わって、漆間は一瞬、言葉を止めた。
——今日は、なっていないだろうか。
何度もランク戦を重ねるたびに、渚が少しずつ変わっていくのを、一番近くにいた漆間は感じ取っていた。
最初に気づいたのは、漆間ではなかった。
『漆間くん……渚くん、最近撃破した後の様子がちょっとおかしい時がない?』
六田から、そう相談されたのは少し前のことだった。声は小さく、何度も言葉を選び直しているのがわかった。それだけ、簡単には口に出せなかったということなのだろう。
『なんていうか……いつもの渚くんじゃないみたいな。怖いとかじゃなくて……心配、なの』
最初は、漆間も気にしていなかった。六田が心配性なだけだろう、と思っていた。渚はいつも通り、穏やかで、丁寧で、たまに生意気なことを言う。特に変わったところなど見当たらなかったから。
——だが、前回のランク戦で、それを目撃した。
隣で敵を仕留めた瞬間の、渚の様子。
あの時の渚は、別人だった。
漆間がよく知る潮田渚ではなかった。穏やかさも、優しさも、その瞬間だけは綺麗に抜け落ちていた。代わりにそこにいたのは、何か別の——もっと冷たく、もっと貪欲な、知らない誰かだった。
ほんの一瞬だった。
瞬きをする間もないくらいの、短い時間。
それでも漆間は、はっきりと見た。
次の瞬間には、もういつもの渚に戻っていた。穏やかな表情で、何事もなかったかのように。
——あれは、なんだったんだ。
理由は分からない。聞いてもいない。だが、その一瞬の渚を思い出すと、今でも背筋の奥が冷たくなる。
今日も、そうなっていないだろうか。
「……今日は、大丈夫か?」
『え?』
渚の声が、少し戸惑ったように返ってきた。
「いや……別に、なんでもねえ」
うまく言葉にできなかった。心配しているとか、無理をするなとか、そういう直接的な言い方は、柄じゃない気がした。
『うん、大丈夫だよ。いつも通り』
渚の返事は、いつも通り穏やかだった。それ以上、何かを聞き取った様子もない。
——伝わっていない。
漆間は内心でそう思いながらも、それ以上は踏み込めなかった。安心できたわけではない。むしろ、何も変わらないその穏やかさが、逆に薄気味悪く感じられた。
『漆間くんも気をつけて』
「ああ……まかせろ」
渚に短くそう言うと、漆間は瓦礫の陰から様子を伺う。今回はいつもの様に取れる点にすぐ飛びつくことはない。この試合で必要なことは影浦隊に点を取らせないこと。そして5点以上とること。そのためには生存点も必須だ。
(精々潰し合ってくれよ……最後に笑うのは俺達だ)
それでも、頭の片隅には、消えない不安が残ったままだった。
ーーーーー
王子一彰は瓦礫の陰から、戦場全体を見渡していた。
(……まずいな)
状況は、お世辞にも良いとは言えなかった。影浦には王子の弧月もろくに通用せず、樫尾は既に撃破されている。
(移動したいな……いや……カンダタが居るね)
視線を巡らせる。神田が、退路になりそうな位置を完全に塞いでいた。派手さこそないが、こういう仕事を確実にこなしてくる。逃げ場はない。
ふと、王子の意識が一点に留まる。
——外岡が、一発も撃ってきていない。
外岡は隠密に長けた優秀な狙撃手だ。さっき自分や樫尾に向けて撃つチャンスは、何度もあったはずだ。それなのに、外岡は完全に沈黙したままだった。
(これだけ待つってことは……漆間隊を待ってるのかな?)
影浦には狙撃が効かない。だとすれば、外岡が狙っている相手は漆間か、渚のどちらかだと王子は推理した。
(……だとしたら、まだ勝ちに持っていける)
王子は冷静に思考を切り替えた。
打開策を探して、戦場の地形を改めて見渡す。
——その時、視界の端に、小さな違和感を見つけた。
瓦礫の隙間に、見覚えのあるキューブが転がっている。
小さく分割されて目立たないように置いてあった。
(あれは——ウルティマのメテオラか)
漆間が乱戦で周囲にメテオラを仕込むことは王子は身に沁みて良く知っていた。これまでの経験通りなら等間隔に置かれたメテオラは1つが爆発すれば連鎖して爆発するよう計算して散りばめられている。
王子の頭の中で、瞬時に計算が組み上がった。
「蔵内、聞こえるかい?」
『なんだ?』
「3時方向の瓦礫に、メテオラのキューブがある。アステロイドで誘爆させてもらっていいかな。メテオラも混ぜてその周囲も爆発させてほしい」
『……なるほど、了解した』
蔵内が即座に反応する。
数秒後、アステロイドの弾丸が正確にキューブへと着弾した。
最初の爆発が起きた瞬間、王子の読みは正しかったと証明された。
一つの爆発が、隣接していた別のキューブを誘爆させる。その爆発が、さらに離れた場所に仕込まれていた次のキューブを巻き込む。
連鎖は止まらなかった。
ドン、ドン、ドン、と立て続けに爆音が響き、戦場の中央一帯が次々と火柱に飲み込まれていく。
(——っ、こんなに繋がってたのか)
漆間が仕込んだ範囲が、想定よりもはるかに広かった。爆風と土煙が膨れ上がり、戦場全体を覆い尽くしていく。
「行くよ!」
王子は声を上げながら、爆煙に紛れて移動を開始した。
連鎖する爆発の合間を縫うように、これまで塞がれていた退路を強引に突破する。
——煙の隙間から、一瞬だけ、戦場の様子が見えた。
ブレードが交差する影、その直後——大爆発。
連鎖する爆発と、新たに発生する爆発。もはや中がどうなっているのかさえ見極めるのが難しい状況だった。
(……逃げて正解だったね、これは)
誰かが、ベイルアウトしていく。いくつもの光の柱が空へと伸びていった。
弓場隊か、影浦隊か、漆間隊か。
王子は、それ以上見ていられなかった。
2人は連鎖する爆発音を背に、爆煙の中を、ただ走り続けた。
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