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ランク戦初戦の前日、夜。
ぼくはリビングのソファに座り、父さんと母さんと三人で夕食後の時間を過ごしていた。テレビの音が小さく流れている。父さんはボーダーの制服の袖をまくったまま、母さんは淹れたてのお茶をぼくの前に置いた。
「渚……本当に大丈夫なの?」
母さんが心配そうに言った。目が少し腫れぼったい。ぼくが入隊したことを知ってから、ずっとこんな顔をしている。
「うん。平気だよ、母さん」
ぼくは小さく微笑んで答えた。でも母さんは納得していない様子だった。
「ボーダーなんて……危ない仕事だって聞いたわ。渚はまだ高校生なのに、どうしてそんな……」
父さんが隣で静かに口を挟んだ。
「広海……もう入ってしまったんだ。俺も驚いたよ。迅悠一さんからスカウトしたって聞いたときは、本当に信じられなかった」
父さんは湯飲みを両手で包むように持って、ぼくの方を見た。その目は優しいけれど、どこか不安げだった。
「漆間隊に入ったんだって? あの漆間恒の隊か……」
「うん。漆間くんは学校のクラスメイトで……すごく強い人だよ。六田さんっていうオペレーターの人も、すごく優しい人なんだ」
父さんは少し驚いた顔をした。
「漆間恒……B級で有名な隊員だな。一人でポイントを稼ぐって話は聞いていたが、まさかお前がその隊に入るなんて……」
母さんが父さんの言葉を継いだ。
「渚、変わったわね。最近。目が……前よりしっかりしてる。あの中学を卒業してから、ずっと元気がなかったのに」
ぼくは少し照れくさくなって、湯飲みを手に取った。
「そうかな……。この街に来て、父さんがボーダーに関わってるって知ってから、ぼくも何かしたいと思ったんだ。E組で学んだことを、誰かのために使いたいって」
父さんは静かに頷いた。穏やかな顔に、少しの誇らしさと心配が混じっている。
「渚が自分で選んだ道なら、応援するよ。ただ、無理はするなよ。怪我だけは絶対にしないでくれ」
母さんがぼくの手をそっと握った。
「本当に……危ないときはすぐにやめていいんだからね。お母さんは渚が元気でいてくれればそれでいいの」
ぼくは二人の温かさを感じながら、小さく笑った。
「ありがとう。でも、大丈夫だよ。僕もボーダーで頑張りたいんだ、父さんみたいに。この街で、家族で、みんなで暮らせるように」
その言葉に、父さんと母さんは顔を見合わせて、ほっとしたような、でもまだ心配そうな表情を浮かべた。
ぼくの変化を、いい方向に捉えてくれているのが伝わってきた。
自分の部屋に戻り、ベッドに転がった。
ぼくは天井を見つめながら、六田さんから聞いた話を思い出していた。彼女の『事情』について、結局ぼんやりとしか聞いていない。でも、それだけで十分だった。彼女がボーダーを続けたいという思いをぼくも『応援』したいと思った。
漆間くんのポイントの横取りや、効率だけを追い求めるスタイルには、今も少し抵抗を覚える。でも、それも1つの『応援』の形なのかもしれない。
あの二人が見ている夢をぼくも一緒に叶えたい。
(……明日、頑張ろう)
ぼくは小さく息を吐き、目を閉じた。
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B級ランク戦当日
武富桜子:「みなさんこんばんはー! 海老名隊オペレーターの武富桜子です! 本日もB級ランク中位戦第一戦夜の部の実況をお届けします! 気合を入れてまいりましょう!今日の解説はこのお二人です!」
時枝充:「……嵐山隊の時枝です。よろしくお願いします。」
当真勇:「冬島隊の当真だ。よろしくな。」
武富:「本日の対戦カードは、漆間隊(8位スタート)、鈴鳴第一(10位)、荒船隊(11位)、柿崎隊(13位)の4チームです! マップ選択権は柿崎隊が持っており、選ばれたマップは『市街地D』! 中央に巨大なショッピングモールがある地形ですね!」
時枝:「柿崎隊がこのマップを選んだ理由……気になりますよね。」
武富:「そうですね! 漆間隊、荒船隊には有利な地形だと思うんですが、柿崎隊にとっては特別有利な地形ではないんじゃないでしょうか? 時枝さん、当真さん、どう思われますか?」
当真:「単純に狙撃手対策じゃねーの? モール内に柿崎隊が集まれば、近中距離では柿崎隊が有利だろ。」
時枝:「メテオラでの焼きだしは荒船隊が有利になってしまいますから、他の3隊は多分使わないでしょうしね。荒船隊がメテオラを使ったら居場所がバレますし」
当真:「あと、鋼を止めるには二人以上でかからないとキツイからな。最低限射線は切らねーと話にならないんだろ」
武富:「なるほど! それで上位に関わらず漆間隊より荒船隊の対策優先になったんですね! でも……漆間隊は人数が増えてるみたいですけど?」
時枝:「柿崎隊には誤算だったでしょうね。」
当真:「今からでもマップを変えたほうがいいんじゃねーか?」
時枝:「柿崎さんの性格上、事前の作戦を変えることはないと思いますよ。」
当真:「まあ、漆間に連携が取れるとは思えねーけど、中々きついマップだと思うぜ」
武富:「話題に上がっている潮田隊員についてですが……時枝さん、当真さん、印象はいかがですか?」
時枝:「そうですね。結構な隊が勧誘に動いてたと思いますが、漆間隊に入ったのには驚きました。」
当真:「1週間でBに上がったらしいじゃねーの。どんな戦い方をするのか楽しみだな」
武富:「では、そろそろ転送開始です! 各チーム、健闘を祈ります!」
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【漆間隊作戦室】
六田さんが資料を指でなぞりながら、静かに説明を始めた。
「今回のマップは『市街地D』です。中央に巨大なショッピングモールがあって、隠密行動がしやすい……その反面、接近戦になると混戦になりやすいと思います」
漆間くんは腕を組んだまま、わずかに眉を寄せた。
「市街地Dか。隠れやすくて俺たちにはやりやすいが、柿崎隊はなんで選んだんだろうな」
六田さんは少し緊張した様子で続けた。
「たぶん……柿崎隊は荒船隊の狙撃対策を優先したんじゃないかな。ショッピングモール内で合流できれば射線を切りやすいから……。合流したら数の有利を活かすつもりだと思います」
ぼくは静かに頷いた。
「なら、僕がモールの外側を担当するよ。漆間くんがモール内の方が、相手の予定も狂いやすいと思う」
六田さんがすぐに心配そうな顔をした。
「渚くん、外側を狙う場合は荒船隊長に注意して。荒船隊長は狙撃手でありながら、弧月もマスタークラスのアタッカーだから……接近したら返り討ちにされる可能性があります」
「わかりました。ありがとう、六田さん」
漆間くんが低く言った。
「あとは、村上鋼だな。村上は正直かなり強いアタッカーだ。正面からぶつかるのは絶対にやめろ」
ぼくは静かに胸に刻んだ。
「了解です。村上さんには特に気をつけます」
漆間くんが口の端を少し上げた。
「状況は分かった。あとはなんとなくで動けばいいだろ。六田先輩は敵の位置がわかったらマーカーを付けてくれ。あとは俺とチビでなんとかする」ぼくは静かに言った。
「僕も、隠密しながら積極的に取れる所は取るよ」
漆間くんが立ち上がり、ぼくの肩を軽く叩いた。
「いいか、チビ。お前はまだタネが割れてない。派手に動くな。でもやれる時は躊躇なくやれよ。じゃないとお前が入った意味がないからな」
その言葉に、ぼくは小さく頷いた。
作戦会議が終わり、ぼくたちはランク戦のフィールドへと向かった。
転送される直前、ふとE組の最後の戦いを思い出した。あの時、クラスメイトたちと絵の具ついた武器を使って殺せんせーの生死をかけて戦ったこと。命がけの暗殺訓練の中で、その集大成のような全力の戦い。
ぼくの口元に、自然と小さな笑みが浮かんだ。
「……なんだよ、チビ。急に笑ってんじゃねえよ。不気味だぞ」
漆間くんが怪訝そうに言った。
ぼくは小さく首を振った。
「いや、なんだか懐かしくてね……」
B級ランク戦ROUND1転送開始