そいつの開発者、俺なんだが   作:束田せんたっき

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第一章 しょうもない偶像
Hello, Brave New World!


「管理番号11-F-283-D503、平野平人(ひらのひらと)

 

 遂に呼ばれた。深呼吸。さっきからうるさい心臓の鼓動が、いくらか落ち着いた気がした。俺は手汗を支給品のジャージで拭い、白衣の測定官の前へ進み出る。

 

 今日は一致度検査の結果発表の日だった。10歳になった全員が受ける、人生の値札貼りみたいな検査である。人格、能力、生体反応、行動傾向。そういうものをひっくるめて、高城之男(たかぎゆきお)にどれだけ近いかを測られる。似ていれば上へ。似ていなければ下へ。つまり、より高城之男に近い人間を持ち上げ、そうではない人間を振り落とすクソ制度だ。

 

 測定官は手元のファイルを一瞥すると、意地の悪い笑みを浮かべた。嫌な予感がする。

 

「一致度:0.42パーセント。よってランクF」

 

 そばに控えていた男に取り押さえられる。俺に逃げる気なんかない。薄々予感していたのだ。俺は高城之男とは全然似ていない。

 

 台の上に腕が固定される。Fと彫られた烙印が、左手に近づけられた。熱が空気を通して伝わってくる。

 

 俺は激痛を予感して歯を食いしば――痛あああああああああああ!?

 

 熱い、熱い、熱い。遅れて手の甲がかき混ぜられているかのような痛みがやってきた。異物が無理矢理体内に入ってくる。ナノマシンが注入されたのだ。左手が悲鳴を上げている。涙で視界がぼやける。苦痛で脳の回路が焼き切れそうだ。その感覚はまるで、錆び付いた箱を無理矢理こじ開けるかのようで……。

 

 

 

「俺、高城之男じゃん」

 

 俺は勢いよくベッドから跳ね起きた。無機質な狭い寮の自室。カーテンの隙間から差し込む朝日が、浮遊する埃を照らす。時計の秒針だけが音を発している。俺はため息を一つ吐いた。

 また、あの悪夢だ。七年前、俺の人生がゴミカスになることが確定した日。左手に大きく刻まれたFの字が、あれは夢ではないと如実に語っている。

 

 とはいえ、問題はそこではない。俺の前世がこのディストピアで崇拝されている始祖・高城之男だったということを、たった今思い出したのだ。

 

 しかし、いつまでも衝撃の過去に驚いているわけにもいかない。身支度をしていると、テレビから爆音で陽気な音楽が流れてきた。定時放送だ。この不愉快極まりない放送を止めてやりたいといつも思っているが、生憎とこの部屋にリモコンの類はない。

 

高城之男へ一致せよ(おはようございます)。こちらはタカギニア中央放送局、朝の定時放送の時間です。本日は高城歴300年4月1日、高城之男が初めて自転車に乗られた歴史的日です。まずは昨日の執行報告です。昨日は六人が執行されました。一致省統制局・高城七瀬局長の発表によると――』

 

 執行とは、要するに粛清だ。高城之男に似ている程度が全てというゴミみたいな社会に疑問を抱く輩は、当然一定数いる。そういった人間を炙り出し間引く猟犬が統制局だ。本当に俺の名の下に人を裁くとかやめてほしい。

 テレビは哀れな犠牲者たちを列挙し終えると、赤文字でテロップを流した。

 

『今週は測定強化週間です。タカギニアの人民よ、一致せよ』

 

 測定、俺には縁遠い言葉だ。測定なんて当たり障りのない言葉で誤魔化しているが、実態は一致度を用いた決闘だ。双方が己の要求を通すために、与えられたお題をこなして一致度を測る。勝敗は絶対だ。オールFの俺は、負けることが確定しているから必死に測定を避けてきた。でも、もうその必要はないかもしれない。

 

『速報です! 大変喜ばしいニュースです! ガラティアによる本年度予測が公表されました。今年度、一致度100パーセントの人物が現れる確率は97.3パーセントと、史上最高値を更新しました』

 

 ガラティアとは、三百年前に高城之男が開発したマザーコンピューターである。インフラから治安維持まで俺たちの生活に関わること全てを管理しており、楽園の守護者なぞと呼ばれている。諸悪の根源の間違いだろう。

 しかし、100パーセントか。80パーセントで優秀、90パーセントで天才扱いされるレベルだ。普通だったら眉唾ものだ。……あれ? でもつい今しがた本人降臨してるから合ってるのか?

 

『本日の高城之男情報です。高城之男はつぶあんよりはこしあんを好んで食していたようです。一致度を伸ばすためには――』

「いや、つぶあんの方がうまいだろ」

 

 いい加減腹が立ったので、俺はテレビに向かって手を振った。

 

> ./mute_broadcast --target Dormitory_Room_11-F-283-D503

> Broadcast_Audio... [MUTED]

 

 陽気な音楽がぶつりと途切れる。

 ……ん? なんか今の通ったな。まあ静かになったならいいか。

 

 深く考えると遅刻しそうだったので、俺は自室を出た。学校までは電車で一時間かかる。同じ学園に通学する低ランクの連中とすし詰め状態だ。最悪である。

 

 昇降口の最も目立つところには、左手を腹に当て右腕を斜め下に突き出した高城之男の像が、陽光を浴びて屹立している。あまりにも美化されすぎている前世の自分の足元を通った。階段を上り廊下を曲がると、向こうから複数の男子生徒が歩いてくるのが目に入る。俺は内心舌打ちをした。

 

 そのグループの中心の生徒は、王子様という言葉が似合うような美丈夫だった。高城真打(たかぎしんうち)。生まれながらの特権階級。救世主の末裔。

 しかし天はやつに三物目までは与えなかったらしい。黒い噂の絶えない男だ。関わるだけ損をする。

 

 限界まで廊下の端に寄って、あくまで自然体に歩く。手の甲を隠すのは悪手。傲慢にも卑屈にも見られてはいけない。これが最低ランクを宣告され、七年かけて身につけた処世術だ。運が良ければこちらがFランクだとは気づかれない。

 やつはすれ違いざまに一言、こう言った。

 

「下等生物が」

 

 浴びせられる嘲笑。俺は歯を食いしばって……待てよ? こいつは今、崇拝しているご先祖様本人を罵倒しているというわけだ。絵面が間抜けすぎやしないだろうか。

 

 教室に入ると、一瞬だけ喧噪が止んだ。突き刺さる視線を無視して最後列の自分の席に座る。すぐに戻る話し声。わざわざFランクの俺に挨拶してくるクラスメートは存在しない。昔はFランクなんてざらにいたそうだが、300年の選別の末にほとんど淘汰されてしまった。今じゃむしろ希少種である。

 

 こうして席にいると、教室の様子がよく見える。表面上はみな仲良くしているが、根底には階級意識が横たわっている。時折、相手に悟られぬよう注がれる左手への視線。嫉妬、羨望、侮蔑、安堵。込められる感情は様々だが、碌なものはない。

 

 死んだ人間と似ていることに、果たしてどんな意味があるのか。物心がついた時から虚像を追い続ける毎日。AIの胸三寸で自分の価値を決められる。狂っている。

 

 個性という言葉が死語になって久しい。高城之男という理想だけを目指していればいいのだから当然だ。しかし、その高城之男が別に凄くもなんともなかったらどうするのか。ガラティアは答えてくれない。

 

 担任がやってくる。朝礼の時間だ。生徒が全員立ち上がると、左手を腹に当て、一斉に右腕を斜め下に突き出した。高城式敬礼。一致度の向上だの、高城之男への帰依だの、まあ色々と理屈がつけられているが、要は服従の敬礼だ。やらなければ思想犯罪を疑われるので、俺も倣うしかない。集団で落とし物を拾う練習をしているようにしか見えないがな。

 ふざけたポーズを取ったまま担任が声を張り上げた。

 

「一致せよ!」

「高城之男へ!」

 

 生徒が唱和する。これが挨拶である。終わっている。ちなみに、即座に反応できなきゃ密告だ。そういうゲームしているんじゃねえぞ。

 授業変更といったいつも通りの連絡を終えると、さらりと爆弾を投下した。

 

「あと、転校生だ。おーい入ってこーい」

 

 蜂の巣をつついたように騒がしくなる教室。それを一致度が下がるという一言で担任は黙らせた。呼びかけられて入ってきた女子生徒を見て、俺の思考が止まった。

 

 背丈は俺よりも少し低いぐらいか。ご多分に漏れず、この学園の制服――白を基調としたベストとミニスカート――に、純白のタイツを履いている。肩口で切りそろえられた茶髪に、感情が見えない透き通った青い瞳。黄金比もかくやの整った顔と無表情も相まって、直立する姿はまるで人形のようだ。平坦で凜とした声が鼓膜を震わせた。

 

「管理番号00-A-283-N404、日隈(ひぐま)リオンです。高城之男へ一致せよ」

 

 言い終えると、日隈は高城式敬礼をした。右腕を斜め下へ、左手は皺一つない制服の腹部へ。ぴんと伸ばされた指先、寸分違わぬ角度、わずかに伏せた視線。そのどれもが不気味なほどに正確だ。その姿を、俺はただ呆然と眺めることしかできない。なぜ、どうして。疑問符が脳裏を駆け巡る。

 

 彼女の……日隈リオンの姿は……前世(・・)の好きだった人に酷似していた。というか名前も同じだった。え? なんで?

 俺の困惑をよそに、事態は進行していく。

 

「それじゃあ、日隈の席は……」

「先生、彼の隣が空いています」

 

 そう言って、真っ直ぐとこちらを見据える日隈リオン。生徒たちが振り返り、ざわめき始める。何を言っているのか、だいたい見当はつく。よりによってFランクのあいつが。できることなら誰か変わって欲しい。

 

「そうか? でもあいつはFランクだぞ? 別の席にした方が――」

「いえ、構いません。むしろ好都合です」

「好都合?」

「はい、あの席が一番よく見えますから」

 

 何がだ? 黒板か? 教室か? まさか俺じゃないだろうな? ……流石に自意識過剰か。

 

「そこまで言うなら止めはしないが……おい平野、日隈が慣れるまでお前が面倒を見るように。以上」

 

 そう無責任なことを言い残し、担任は朝礼を締めた。どこからか机と椅子を持ってきた日隈が、隣に腰掛ける。こちらを観察するかのごとく、無感動に俺を見た。

 

「これからよろしくお願いします。平野平人さん」

「……どうも。ん? 何で下の名前知ってるんだ?」

「クラスメートの名前は全て記憶済みですから」

「すごいな……」

 

 口を開く日隈。しかし、会話が続くことはなかった。好奇心を隠そうとしないクラスメートたちに彼女が包囲されてしまったのだ。今の混乱した頭で会話するのは厳しかったので、正直ありがたい。

 

 まずは状況を整理しよう。ディストピアで底辺の扱いを受けていた男が、実は崇め奉られている偉人本人で、ついでにこの世界を管理するAIの開発者だった。しかも転校生はその片思いの相手に激似。わけがわからない。そんな三文小説があったら破り捨ててやる。

 

 ちらりと隣を見る。日隈は大勢に囲まれてもなお仏頂面である。その態度は常に愛嬌を振りまいていた昔日の彼女とは大違いだ。だが、彼女の姿形すべてがあいつと重なる。他人の空似では済まされないほどに。

 

 一体、彼女は何者なんだ……。

 

 クラスメートたちが素っ頓狂な声を上げるのが耳に入る。

 

「えぇっ!? 日隈さんって一致度99パーセントなの!?」

 

 本当に、何者なんだ……。

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