そいつの開発者、俺なんだが   作:束田せんたっき

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この車五人用なんだ

 作戦はこうだ。まず、俺のマスターキーで先行車と移送車を分断。田上のバンで移送車と後続車の間に割り込み、後続車を足止めしている隙に、ウィンストン・クラリス・俺の三人で移送車を襲撃し、府馬教授を救出する。最後は田上のバンで逃走する。

 

 移送車を先行車と後続車が挟むようにして、高架入り口の分岐地点に入った。上空では統制局のドローンが数機、隊列を組んで飛行している。俺はまず、端末から交通システムを掌握した。

 

> Privilege Level: ROOT

> ./override_traffic --target Traffic_Node_E-07-J04 --mode split

> Target Convoy... [FOUND]

> Lead Vehicle -> Main_Lane_A

> Transport Unit / Rear Escort -> Bypass_Lane_B

> Junction Split... [OK]

> We apologize for the inconvenience.

 

 先行車だけが本線の向こうに消え、後続の車両は黄色い誘導灯に従って、俺たちが待ち受ける退避用レーンに流れた。インカムにジョンの声が入る。

 

『田上さん、今っす!』

『おうよ!』

 

 側方から飛び出してきた田上のバンが、移送車と後続車の間に割り込んで分断する。ウィンストンが大きく振りかぶってガムテープで巻かれた球体を投げた。それはドローン付近の上空で炸裂し、すべてのドローンが制御を失って墜落した。ジョンお手製の局所的電磁パルス弾だ。

 

 異常を察知した統制官が車から降りてきた。移送車から一人、後続車から二人か。事前情報では統制官は六人。先行車に二人乗っていたとして、残っているのは運転手だけだろう。

 

 クラリスが先陣を切った。リボルバーで移送車から出てきた統制官の手首と肩を撃つ。たちまち一人無力化してしまった。

 墜落したドローンの残骸を拾い上げたウィンストンが、後続車側の統制官にそれを投げつけた。怯んだところで間合いを詰めて、肉弾戦に持ち込む。ウィンストンの鉄パイプと統制官の警棒が交わった。ここで想定外が起きた。

 

『まずい! 田上さんの車が制圧されたっす!』

「マジか」

 

 後続車の統制官の一人が、バンのタイヤをパンクさせ、田上を運転席から引きずり降ろしていた。それを見たクラリスが田上の方へ駆けていく。

 バンはもう使い物にならないだろう。しまった、逃げ足が潰された。

 俺はその戦闘のどさくさに紛れて、移送車の後部に張り付いた。

 

> Direct Link: GOV-TRN-PV-09... [OK]

> ./unlock_vehicle --target Rear_Hatch --silent

> Rear Hatch Lock... [SEALED]

> Authorization Required: CONTROL_OFFICER

> Bypassing Authorization... [OK]

> Alarm Output... [MUTED]

> Rear Hatch Lock... [UNLOCKED]

 

 音もたてずにハッチが開いた。警戒しつつ足を踏み入れる。中は薄暗く、4畳くらいの広さだ。奥には、椅子に拘束され、猿轡をかまされた老人がいた。出目金のようなギョロ目が俺を見据える。あれが府馬教授だろう。

 

「助けに来ましたよーっと」

 

 府馬教授に近寄って拘束具を解こうとすると、老人は目を見開いて唸った。嫌な予感がする。とっさに跳び退ると、俺と教授の間を青白く光った棒が通り過ぎた。車の床が少し凹む。

 

 移送車の隅の陰から、白い詰襟の男が姿を現した。俺はその顔を知っている。人工的な笑み、どこを見ているかわからない糸目。胸に鈍く光る高城之男の徽章が、やつが統制局の猟犬であることを雄弁に語る。

 

「不意打ちとはご挨拶だな、西条」

 

 西条はこんな状況でも律儀に右手を斜め下に突き出し、警棒を持った左手を腹の上に添えた。

 

「高城之男へ一致せよ。不意打ちとは失敬な。先に襲撃してきたのはあなた方ではありませんか。一致維持法第4条に基づき、D503、あなたを拘束します」

 

 言うが早いか、西条は警棒を横なぎに振ってきた。なんとか身体を捻って避ける。髪の毛が逆立った。この警棒、まさか電流が流れてるのか!?

 

「この法律人間が!」

「重要なのは法ではありません。それによってもたらされる秩序です」

「この秩序人間が!」

 

 予定では戦う必要がなかったから、当然俺は丸腰である。掠っただけでジャージの袖が焦げた。勝てるわけがない。俺はインカムに叫んだ。

 

「ジョン! 聞いてる通りピンチだ! 他の連中は何やってる!」

『みんな他の統制官に手間取っていてすぐには援護できないっす! 耐えてくださいっす!』

「畜生!」

 

 壁に備え付けられていた予備の警棒を取り、西条の攻撃を防ぐ。衝撃が腕に伝わった。一撃が重い。まともに直撃したら死にかねないぞ。

 外で銃声が二発続く。田上を押さえていた統制官の怒号が聞こえる。

 

「だいたいなんでてめえがいるんだよ! 情報にはなかったぞ!」

「統制局のデータベースに大変興味深いアクセスがありましてね。来てみたら大当たりでした」

「俺のせいかよ!」

 

 手が塞がっていて管理者権限を使うこともままならない。当然、素の俺の戦闘力なんか高が知れている。足を払われ、壁際に追い詰められた。

 

「意外とあっけなかったですね。これで終わりです」

 

 西条が警棒を大上段に構える。俺は反射的に目をつむった。次の瞬間、側面ハッチが蹴り開けられる音がした。目を開けると、西条と金髪の少女が取っ組み合っていた。

 

「平人!」

 

 金髪の少女が握るリボルバーから白煙が昇っている。西条はその銃口の先を逸らすので精一杯だ。

 隙は十分だった。俺は端末を操作し、車内の電子機器を統制下に置く。

 

「ジョン! この車を強奪する! ウィンストンたちにも伝えてくれ!」

『了解っす!』

 

> Internal Suppression Drone Bay... [STANDBY]

> Unit SD-03... [READY]

> Ownership Override... [OK]

> Target Lock: 04-B-273-A632 / SAIJO_ARATA

> Intercept Course... [CALCULATED]

> Suppression Drone... [LAUNCHED]

 

 車内の壁に格納されていた小型ドローンが、甲高い駆動音を上げて飛び出した。西条は舌打ちし、クラリスの腹を蹴り飛ばした。銃口が跳ねる。うめき声をあげて倒れ込むクラリスを、俺は片腕で抱きとめた。その頭上を、小型ドローンが西条の顔面目がけて一直線に飛ぶ。やつは身を翻してそれを避けた。

 だが、それでいい。そこが俺の指定した位置だ。

 

 外ではウィンストンが後続車の統制官を路面に叩き伏せていた。田上を押さえていたもう一人は、クラリスに撃たれた手を押さえて後ずさる。田上はその隙に運転席へ走っていく。

 

『平人さん、ウィンストンと田上さんが移送車の運転席を制圧したっす!』

「上等!」

 

> ./override_vehicle --target Prisoner_Transfer_Vehicle --mode force_eject

> Vehicle Interior Control... [ACTIVE]

> Bulkhead... [CLOSING]

> Rear Hatch Lock... [RELEASED]

> Ejection Route... [CLEAR]

> Manual Driver Input... [WAITING]

 

 隔壁が落ち、西条と俺の間を分厚い鋼板が遮った。警棒が叩きつけられ、青白い火花が散る。同時に床の搬送レールが逆回転を始めた。西条の身体が、開いた後部ハッチへと押し流されていく。それでも西条は壁に警棒を突き立て、片膝で耐えた。

 俺は端末を握ったまま、精一杯の笑みを浮かべる。

 

「悪いな、西条。この車五人用なんだ」

 

 西条が眉をひそめた。

 

「D503、あなたは何を……!?」

 

> Driver Input: ACCELERATION

> Force Ejection... [OK]

 

 田上がアクセルを踏み込んだ。移送車が獣のように唸り、急発進する。次の瞬間、西条の姿は開いたハッチの向こうへ消えた。

 

 しばらく車を走らせ、誰も追ってこないことを確認したクラリスが息をついた。

 

「勝った……のよね?」

「多分な」

 

 クラリスが静かに拳を突き出した。俺は身体の節々が急な運動で痛む中、黙ってそれに拳を合わせた。

 

 

 

 移送車を途中で乗り捨て、俺たちはとぼとぼと帰り道を歩いていた。ウィンストンに背負われた教授が静かに目を閉じている。統制局に監禁されていたせいか、頬はこけ、呼吸も浅い。田上がタバコをいじりながら言った。

 

「悪い、ミスった。クラリスちゃんにかっこいいところ見せたかったんだけどな」

 

 ウィンストンが申し訳なさそうに眉を下げた。

 

「いや、作戦が甘かった。今回の損害は全て私の責任だ」

 

 ほんとだよ。移送車奪えなかったら詰んでたとかガバガバ過ぎる。

 

 クラリスが俺の肩に肘を置いてきた。

 

「なんで成功したのにそう辛気臭いのよあんたたちは。想定外はあったけど、誰も失わずに帰ってこれたんだからそれで良いじゃない。ね、平人?」

「かもな。あと近いし重い」

 

 あくびしながらそう答えた。責任とか成功とかどうでもいい。眠い。疲れた。

 

「何よ、悪かったわね」

 

 クラリスがほんのりと耳を赤くして俺から離れた。いつもなら「最低」とか言いながら脛の一つでも蹴ってきそうだが、どういう心境の変化だろうか。

 それを不愉快そうに見ていた田上が道端に唾を吐いた。きたねえ。

 

「田上よ、百年の恋も冷めるぞ」

「ケッ、地獄に落ちろ」

 

 中指を立ててくる田上。そんな仕打ちされるようなことしたか?

 

 そんなこんなでアジトまでたどり着いた頃には昼になっていた。追跡を逃れるために何度も迂回したためだ。ウィンストンが府馬教授を医務室に送り届ける別れ際に、俺の片手を握った。

 

「今日は本当にありがとう。君の機転のお陰で、失ってはならない人を取り戻すことができた。ジョンが昼食を用意してくれているから、それを食べてゆっくり休んでくれ」

 

 駅のホームではジョンやエリたちが出迎えてくれた。ちょっとした凱旋だな。

 

「お疲れ様っす」

「おかえり平野っち。大丈夫だった?」

「余裕のよっちゃんだぜ」

「余裕の……何それ」

 

 ポケットに手を突っ込んだクラリスが、顎を上げて言った。

 

「結構ギリギリだったじゃない」

「うるせえ。だいたい、俺の負担デカすぎるんだよ。車の分断、ハッチ開放、西条の相手、おまけに移送車の強奪ときたもんだ。サポーターにタンクとアタッカーまでやらせんな」

「わかってるわよ、それくらい」

 

 髪の毛の先をくるくるといじって、クラリスが目線を逸らした。

 

「ありがと、あんたには助けられたわ」

「お、おう」

 

 こういう反応をされると調子が狂うからやめてほしい。

 

「まあ座ってくださいっす。ごちそうっすよ~」

 

 ジョンに勧められるがままにおにぎりなんかを食べていると、ナース服のスカートを腰に巻いた変質者が近づいてきた。相違教の司教、似内である。

 

「高城之男と相違せえ。流石ですねえ信徒平人、信徒クラリス、信徒信輔(しんすけ)、邪悪なる統制局を見事打ち破りはるとは。私の目に狂いはありまへんでしたわ」

 

 田上の下の名前、信輔だったのか。

 おにぎりを頬張りながら田上がうんざりして言った。

 

「お前の目はいつも狂ってるだろうが、司教様」

「信徒信輔、狂ってはるのは私ではありまへん。世界の方です」

 

 つい俺は口を挟んでしまった。

 

「どっちもだろ」

 

 司教の視線が俺にロックオンされる。

 

「信徒平人、あんさん、Fの祝福に胡坐をかいて、反一致的実践が足りてへんのではありまへんか? 高城之男は右利きでしたさかい、左手で箸を取る修行などはどうですか?」

「いやいいよ」

「それは残念ですわ」

 

 司教が俺たちと同じテーブルに着いた。ここに居座る気かよこいつは。

 ジョンが司教にコーヒーを注ごうとすると、頑として司教は言った。

 

「よろしければ紅茶はありまへんか? コーヒーとはそれすなわち、高城之男の愛飲した不浄なる液体。一致度が上がってしまいます」

「今、沸かしてくるっすね」

「おおきに。不一致は一日にしてならず、ですからね」

 

 クラリスが俺の肩を叩いた。振り返ると、うんざりした顔のクラリスが耳打ちしてきた。

 

「平人、前言ってたわよね。訊いてばっかりで不公平だって」

「言ったな」

「見せたいものがあるの。ちょっと来てくれない?」

 

 頷いて、二人で席を立つ。田上とエリが裏切られたような何か言いたげな顔をした。司教が反高城式敬礼をして立ち上がった。

 

「もう行ってしまわれるのですか」

「ああ、ちょっと用事があってな」

「そうですか。私も明日には発ちます。長く同じ場所に留まると、一致してしまいますさかい」

「何にだよ」

「あんさん方に、高城之男の加護があらへんことを」

「否定したすぎて日本語おかしくなってるぞ」

 

 田上たちと別れて、クラリスのあとについていく。彼女が見せたいものとはいったい何なのだろうか。

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