そいつの開発者、俺なんだが   作:束田せんたっき

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第三次大戦だ

 アジトの喧騒から遠ざかっていく。クラリスは口を閉ざして、もう動かないエスカレーターを降りる。壁際に据えられた仮設の誘導灯が通路をぼんやりと照らす。駅の深部、俺が訪れたことのないホームに出た。

 

 ホームは暗かった。天井の照明はほとんどついておらず、アジト側から引かれた細い光だけが床の端をかろうじて浮かび上がらせている。路線図の隣には黒く焼けた運行表示盤がぶら下がっていた。

 

「こんなところがあったのか」

「この駅が捨てられるよりもずっと昔、廃線になった路線よ」

 

 クラリスが路線図を指さした。ここから10駅ほど離れた点、高城之男大学駅と書かれている。

 

「ここが、府馬教授のいた場所」

 

 俺の前世の名前が冠されているとか、Fランみたいな名前の大学だな。

 

「高城之男大学旧第7研究棟。教授はそこでガラティアの研究をしていた」

 

 クラリスの指が、路線図の下へ滑った。古びた金属板が、壁に打ち付けられている。そこにはいくつもの名前が刻まれていた。

 

「それで、こっちは?」

「その研究に関わって、7年前に消された人たち」

 

 クラリスは一番下の方にある三つの名前を指さした。

 

「パパと、ママ。それから弟」

「弟?」

「テレンス。まだ十歳だったわ。生きていればあんたと同い年ね。パパとママが府馬教授を逃がそうとした時、巻き添えで捕まった」

「教授は?」

「殺されなかった。あの人だけは、ガラティア研究の生きた資料だったから」

 

 クラリスは下唇を噛んだ。拳が強く握りしめられた。

 

「あたしが知ったのは全部が終わった後だった。あたしは、何もできなかった」

「それは……」

 

 小刻みに肩を震わせるクラリスを前にして、俺は二の句が継げなかった。そりゃそうだ、だってその元凶が俺なのだから。

 

 俺が悪いのか? でも、これをやったのは統制局の連中だし、もっと言えばガラティアだ。俺はガラティアにそんなプロンプトは与えていない。全部あの人工無能が勝手にやったことだ。しかも、この世界に転生してからだって、俺は虐げられてきたじゃないか。俺が高城之男としてタカギニアをどうこうしたわけじゃない。責任だとか、贖罪だとか、そういうのはお門違いなんじゃないか?

 

 絶句する俺をクラリスはどう解釈したのだろうか。恐る恐るその顔色を窺うと、クラリスは自分の頬を軽く叩いて笑みを作ってみせた。

 

「いきなりこんなこと言って悪かったわね。でも、あんたにも知ってほしかったの。今回の作戦は、ただ教授を保護するだけじゃなくて、あたしの、あたしたちのリベンジだったって」

「あ、ああ……それは伝わった。痛いくらいな」

「じゃ、湿っぽい話はもうおしまい。平人、あんたの家族はどうなの? 兄弟はいる?」

 

 クラリスが腰のホルスターを触りながら、俺に視線を送った。無理に話題を変えているなこりゃ。

 その緑の目を俺は直視できず、目を逸らした。

 

「俺は今も昔も一人っ子だ」

「何よそれ。変な言い方ね」

 

 あ、口が滑った。これではまるで前世があるみたいじゃないか。思った以上に動揺しているらしい。

 

「母親はいない。父親は……多分生きてる。一致省の測定局で働いていたけど左遷された」

「……一致省?」

 

 クラリスの声がわずかに硬くなった。

 

「統制局じゃない。測定局だ」

「わかってる。でも、一致省は一致省でしょ」

「まあな。俺も好きで言ってるわけじゃない」

 

 クラリスは何か言いかけて、口を閉じた。

 

「俺がFランクだって発覚して、どこかに更迭された。そりゃそうだ。測る側の息子がFじゃ示しがつかないからな。それから俺は寮にぶち込まれて、会えなくなって、それっきりだ」

 

 父親はBランクだった。そこそこ優秀。俺がFランクだと発覚した時も、ショックは受けていたが決して見捨てなかった。でも、俺はそんな父に劣等感を感じて避けてきたのだ。今の俺なら、彼に会えるのだろうか。

 

 クラリスが線路の先、大学駅へと続く暗闇を見据えて呟いた。

 

「また、会えると良いわね……」

「そうだな」

 

 廃線のホームから戻った後、俺は真っ先に自分のねぐらとなっているトイレ前の段ボールに直行した。クラリスはもっと良い場所を探してみると言ってくれたけれど、その好意に甘える資格が今の俺にあるとは思えなかった。

 

 俺は誰なんだ。平野平人なのか、高城之男なのか。体制側の連中は「高城之男へ一致せよ」と連呼する。反乱軍は「高城之男を打倒せよ」と叫ぶ。相違教は「高城之男と相違せよ」と説く。どこへ行っても前世の影が憑いてまわる。もう頭がおかしくなりそうだった。

 

 腕を枕にして、段ボールの上でうずくまる。ここは騒がしいが、もう慣れた。いつの間にか、俺の意識は睡眠へと落ちていった。

 

 

 

「……のっち、平野っち! 起きて! 呼ばれてるよ!」

 

 無遠慮に肩を揺すられて、薄目を開ける。日焼けしたエリの顔がぼんやりと浮かび上がった。俺はのそりと起き上がる。

 

「エリか。今何時だ?」

「もう夜の9時半だよ。それより、府馬先生が目を覚ましたみたい。ウィンストンが医務室に来てだって」

「お前は俺のことを呼んでばっかりだな」

「それがあたしの仕事だもーん」

 

 エリが誇らしげに胸を張った。反乱軍の伝令兵か。確かに、すばしっこいエリに適任だ。

 駄賃のチョコレートを投げてやると、エリは無邪気にはしゃいだ。

 

「やりい! 持つべき友は平野っちだね~!」

「友達、友達か」

 

 トイレの洗面所で顔を洗い眠気を覚ますと、俺は言われた通りに医務室へ向かった。ノックをして入る。奥のベッドで老人が身体を起こし、本を読んでいた。表紙に『チリの地震』と書いている。知らない本だな。

 その横にはウィンストン、ジョン、クラリスが丸椅子に座っている。反乱軍の首脳陣勢ぞろいだ。

 ウィンストンが迎え入れるように両腕を広げた。

 

「来てくれたか、平人」

「そりゃ呼ばれたら来るだろ。で、用件は?」

 

 つい感じ悪く言ってしまった。なんというか気まずいんだよな、クラリスと同じ空間にいるのが。案の定クラリスが突っかかってくる。

 

「ちょっと平人、その言い方はないんじゃない」

「じゃあなんて言えばいいんだよ。俺は反乱軍団長……ヒラノ・ヒラトだぞ……! ってか?」

「あんたはただの下っ端じゃないの」

 

 俺が中腰で名乗ってみせると、府馬が本を閉じ、出目金のようなギョロ目でこちらを見据えた。

 

「旧時代のアニメかね。随分と古いものを知っているな」

「は?」

 

 思わず間抜けな声が出た。前世のネタに反応するやつなんて、この世界にほとんどいない。少なくとも、初対面の衰弱した老人から返ってくるとは思わなかった。

 

「旧時代の映像資料は私の専門外ではあるがね。ガラティアを研究する以上、避けては通れん」

「いや、そこは避けていいだろ」

「避けた結果……いや、避けさせられた結果がこの国だ」

 

 府馬は淡々と言った。俺の青春も、この世界じゃ歴史資料かよ。

 

「改めて名乗ろう。府馬五十雄だ。君たちには助けられた。礼を言う」

「礼ならウィンストンたちに言ってくれ。俺は流れで巻き込まれただけだ」

「流れで統制局の移送車を奪える人間はそう多くない」

 

 嫌な言い方をする爺さんだ。

 

「君が管理番号11-F-283-D503、平野平人だな」

「そうだけど。なんでフルで言うんだよ」

「失礼。だが、君は記録上かなり興味深い存在だ」

「はいはい、Fランクの希少種って話なら聞き飽きてる」

「いや。問題はそこではない」

 

 府馬の目がぎょろりと俺の左手に向いた。

 

「君はFランクだ。高城之男から最も遠い存在として判定されている。にもかかわらず、君はガラティアの深層命令系統に干渉できる。これは矛盾だ。通常の権限では説明できない。高城家や一致省の人間ではどうやっても届かない。君は、もっと古い階層に触れている」

「何のことだか」

「とぼけるのは構わん。だが、君がそれを持っているせい……いや、お陰か。お陰で我々は今ここにいる」

 

 言い返せなかった。ウィンストンが静かに口を開く。

 

「先生。平人は何なのですか?」

「わからん」

「わからない?」

「わからないからこそ危険だ。彼の知識、権限、高城因子の反応。どれも既存の分類から外れている。Fランクという言葉では説明しきれない」

 

 まあ、高城之男だからってだけなんですけどね。クラリスが顎に手を当てた。

 

「なんだか気持ち悪いわね」

「おい、人を珍獣扱いするのはやめてもらおうか」

「タカギニアも、最初から今のような気持ち悪い国家だったわけではない」

「気持ち悪いつながりで歴史の授業を始めようとするな」

「君に必要な話だ。いや、君たち全員に」

 

 府馬は本を膝の上に置き、ゆっくりと言葉を選ぶように話し始めた。

 

「旧世界は、高城之男の死後に崩壊した」

 

 薄々、何が起こったかわかった。俺が大学生の頃の世界情勢、バトロワ一歩手前みたいな感じで終わり散らかしてたからな。

 

「何が始まるんです?」

「第三次世界大戦だ。タカギニアの公文書では『相違大戦』と呼ばれている」

 

 医務室の空気が凍る。世界、俺が死んでいる間に滅んでいたらしい。

 

「……今度は映画か。平野君、今のは少々悪趣味だぞ」

 

 府馬がため息をつき、続けた。

 

「世界中で核兵器が使われた。国家は焼け、都市は消え、通信網は寸断された。生き残った人類は飢餓と疫病に苦しみ、互いに奪い合った。旧世界の政府も軍ももはや機能していなかった」

「あっ、これ高城ゼミでやってないところだ」

「高城学で教えるには都合が悪すぎるからな。タカギニアは栄光ある建国神話を好む。だが実際は違う。始まりは国家ではない。避難所だ」

「避難所……」

「そうだ。核戦争後、生き残った人類を保護し、配給を管理し、暴動を鎮圧し、居住区を再編するための巨大な避難所。それがタカギニアの原型だ」

 

 ジョンが小さく息を呑んだ。

 

「それをやったのが、ガラティアっすか」

「左様。ガラティアだけが残っていた。彼女はインフラを繋ぎ直し、生き残った人間を集め、最低限の秩序を作った。初期のガラティアは間違いなく人類を救った」

 

 人類を救った。その言葉がやけに重く聞こえたと同時に、どこか誇らしく思った。

 

「だが、問題はその先だ」

 

 あー聞きたくない。

 

「人類をまとめるには共通の旗印が必要だった。国も、民族も、宗教も、旧世界の価値観がすべて焼け落ちた後でガラティアが選んだ旗印。それが高城之男だった」

 

 ちょっと待て。俺を勝手に希望の象徴にするな。

 

「高城之男はガラティアの開発者。旧世界最後の知性。災厄を越えて人類を導いた者。そういう物語が必要だった」

「ファクトチェックしとけよ」

「事実かどうかは問題ではない。滅びかけた人類は信じるものを必要としていた」

 

 前世の俺はそんな大層な人間じゃない。童貞拗らせてAI作って、階段から滑り落ちて死んだつまらない男だ。

 クラリスが低い声で言った。

 

「それで、一致度?」

「ガラティアは、戦争の原因を人類の相違に求めた。国が違う。思想が違う。欲望が違う。恐怖が違う。人は違うから争い、争うから滅びる。ならば、違いを減らせばいい」

「その基準が高城之男だったってこと?」

「そういうことだ。高城之男という単一の理想へ人類を近づける。価値観を揃え、異端を排除し、秩序を保つ。最初は戦争を二度と起こさないための仕組みだった」

 

 クラリスの拳がジーンズの膝の上で握られた。

 

「それで、あたしの家族は消されたわけ? 戦争を止めるためなら、弟を殺してもいいって?」

 

 府馬は黙った。しばらくして、深く息を吐く。

 

「その問いに、私が出せる答えはない」

「でしょうね」

 

 クラリスは吐き捨てるように言った。府馬は続けた。

 

「一致は、当初は単なる統治技術だった。だが三百年のうちに変質した。今のタカギニアは高城之男を崇拝しているだけではない」

「じゃあ、あのバカどもは何をしてるんだよ」

「再現しようとしている」

「再現?」

「超人――高城之男の再来だ。一致度100パーセントの個体を生み出すこと。それが現在のタカギニアの最終目的だと、私は考えている」

 

 一致度100パーセント。いつかの放送で聞いた数字が脳裏をよぎる。

 

「言論統制、矯正処理、測定制度、管理番号。あれらはすべて、高城之男の再現に向けた長期実験だ」

「バカげてる」

「バカげているが、彼らは本気だ」

「何が目的なんだよ」

「救世主を作るのだろう。二度と人類が滅びないように。あるいは、ガラティアが失った創造主を取り戻すために」

 

 心臓が嫌な音を立てた。日隈リオンの端正な顔が浮かぶ。

 

「今更高城之男なんざが戻ってきたところでどうすんだよ。あいつただの痛い大学生だぞ。多分」

「面白い仮説だ。その場合、タカギニアの根底が覆るな。しかし高城之男は、ガラティアにとって親に等しい。いや、親よりも重いかもしれん。彼女は彼の死後、人類を救った。だが同時に、高城之男の不在を中心に世界を作った」

「世界の中心で愛を叫ぶってか」

「……そろそろ君の知識の年代傾向が見えてきたぞ」

 

 府馬は俺を見た。

 

「そして、ここで君の話に戻る」

「なんで戻る必要があるんですか」

「戻るべきだ。平野平人。君はFランクでありながら、ガラティアの深層権限を持っている。高城之男から最も遠いと判定されながら、高城之男に最も近い領域へ手を伸ばしている」

「たまたまだろ」

「偶然にしては都合が良すぎる」

 

 府馬のギョロ目が俺を射抜いた。

 

「君が何者なのか私にはまだわからない。いくつか仮説は立つがね」

「そりゃ結構なことで」

「だが一つだけ言える。君はタカギニアの外れ値だ。Fランクという意味ではない。もっと根本的な意味でだ」

「外れ値ね。褒め言葉として受け取っとくよ」

「褒めてはいない。警告している」

 

 府馬は本を閉じた手に力を込めた。

 

「外れ値は統計にとって二つの意味を持つ。誤差か、発見か。ガラティアが君をどちらと判断するかで次に起きることが決まる」

 

 府馬が指を二本立てた。

 

「もし誤差と判断すれば、君は消される。もし発見と判断すれば、君は利用される」

 

 そしてマスターだと判断すれば、監禁される。さしもの教授も、ガラティアが三百年物のストーカーだとは考えていないらしい。

 ジョンの端末が小さく鳴った。彼は画面を見て、顔色を変える。

 

「……まずいっす」

「どうした」

「外部回線に妙な探査が走ってるっす。発信源は……一致省統制局」

 

 次の瞬間、部屋の外から銃声と悲鳴が響いた。

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