そいつの開発者、俺なんだが   作:束田せんたっき

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第二章 窓辺
いいですか、落ち着いて聞いてください


 目を覚ますと、俺は椅子に座らされていた。白い壁。白い机。片面鏡。天井の隅に監視カメラ。尋問室だ。

 だが、手足は縛られていなかった。拍子抜けするほどどこにも拘束具はない。辺りに見張りも見当たらない。

 

 よし、逃げるか。

 

 そう思って立ち上がろうとした瞬間、左手が勝手に動いた。金属混じりの指が、俺の喉に添えられる。

 

「警告だよ、D503。まず勝手にいなくなるの禁止。無許可でガラティアにアクセスするのもダメ。あとついでに、ボクに絶対服従すること。破ったら、その左手がキミを制圧するからね。わかったかい?」

 

 長い黒髪の少女が鉄扉を開けて入ってきた。白いミリタリージャケットの上にこれまた白いマントを羽織っている。制帽の高城之男の横顔の徽章が照明を反射して煌めいた。

 

 年齢はエリと同じくらいか? 随分と若い。それに、どこか懐かしい感じがする。顔を知っているわけではない。しかし、こちらを値踏みするような目つきに妙な既視感があった。

 まじまじとその整った顔を見ていると、楽しげな、それでいて底冷えするほど冷ややかな視線を返された。完全に新しいおもちゃを見る目だ。

 

「返事は?」

 

 畜生、AIにプロンプト与えるみたいに命令しやがって。Hey, Hirato。返事して。

 

「ゾルタクスゼイアン」

「違う違う。高城之男へ一致せよ、だよ」

 

 そう言って少女が端末を触ると、左手の力が強まった。息が詰まる。俺は精一杯に少女を睨みつけながら口を開く。

 

「た、高城之男へ一致せよ」

「よろしい」

 

 少女が満足気に笑みを浮かべると、首が左手から解放された。俺は首筋をさすりながら深く息を吸った。

 

「この手はなんだ? ここはどこだ? お前は誰だ? 反乱軍はどうした?」

「D503、キミに質問は許可されていない」

「はあ?」

「これは会話ではない。尋問だ。ボクが質問し、キミが回答する。それだけだよ」

 

 少女が俺の目の前の椅子に座り、足を組んだ。純白のズボン。

 

「では、最初の質問だ」

「黙秘」

 

 少女が頬を引きつらせた。

 

「黙秘って発言したら黙秘じゃないんじゃないかい?」

「うるせえ、黙秘だ黙秘」

「……確かにタカギニア憲法第38条で『一致的な黙秘権』は認められている。ただし、今のキミの黙秘は一致的じゃない。一致維持法第18条違反だ。あまりボクに逆らおうとしない方がいいよ」

 

 無法すぎる。

 

 俺が絶句していると、少女は端末を操作した。壁面モニターに、黒いドローンの王冠を戴いた俺が映し出される。

 

「キミは、何者だ?」

 

 映像の中の俺はロボットに傅かれ、頭上にドローンの王冠を戴いていた。足元の西条を見下し、笑っていた。目を見開き、頬を紅潮させた姿は、支配し、裁くことを楽しんでいるようにしか見えなかった。

 機械に囲まれた皇帝。蠅の王。それが、俺だった。

 

 ……俺は左手を失う前に、もっと大事なものを失いかけていた。

 呆然とその映像を眺める俺を見て、少女は頬杖をついた。

 

「何か言ってくれなきゃわからないんだけど。ボクはキミじゃないからね」

 

 なんて答える? 正直に高城之男だと言うか? 状況証拠的には信じられるかもしれない。しかし、その後はどうなる? 俺はこいつからどういう扱いをされるんだ?

 

「俺は……管理番号11-F-283-D503の平野平人だ」

「だーかーらー、ボクはそういう形式的なことを聞いているんじゃないよ。見たまえ。キミはたった一人で当局の機械化部隊を掌握し、統制官を無力化し、西条特務統制官を拷問した。はっきり言って異常だ」

 

 拷問。そうか、俺は拷問したのだ。自らの意志で。

 

「ログでもなんでも見りゃいいだろ」

「うーんこれ言っちゃってもいいのかな。ま、いいや。当時のログはガラティアから消去されている。これもおかしい」

「消去?」

「映像は現場の監視カメラと破損機体のローカル記録から復元したものだよ。でも中枢ログだけが抜けている。キミが何を命じ、ガラティアが何を返したのか。その部分だけ、綺麗さっぱり丸ごとね」

 

 ガラティアが俺のことを庇ったのだろうか。いや、あいつはそういう殊勝なことをするようなやつじゃない。隙あらば俺を高城之男に仕立て上げようとする女だ。きっと、俺とのチャットを他人に覗かれたくなかったとか、そんなくだらない理由なんだろう。多分。

 何も言わない俺に何を思ったのか、少女はジトっとした視線を送ってきた。

 

「その顔、何か知っているね?」

「いや、知らん。決めつけてくんな」

「本当かな? なーんか、キミのことを他人だとは思えないんだよね」

 

 少女が端末を見ながら、椅子の上でくるくると回った。

 

「キミの高城因子は高すぎる。キミがFランクなのは、測定局が高城因子を評価項目に入れなかったせいだ。ボクは常々、測定制度は欠陥なんじゃないかと思っているよ。測定局の連中はバカばっかりだしね。それに……父さんはキミを高城家の落胤と見ている」

「父さん?」

「高城大兄(だいけい)、高城家の当主だ」

 

 改めて目の前の少女を見つめる。こいつ、どこかで……そこで、俺はふと思い出した。毎朝、執行された人間を発表していたのは、この少女ではなかったか?

 

「じゃあお前は高城七瀬? 統制局局長の?」

「ご名答。いやー存外、気づくのが遅かったね」

「じゃあ俺の左手を打ち抜いたのもお前が?」

「愛の弾丸だよ、高城平人特務統制官」

 

 そう言って高城七瀬はウィンクした。俺は勢いよく立ち上がった。

 

「高城平人特務統制官!?」

「ああ、今はまだ平野だったね」

「どういうことだよ!?」

 

 高城七瀬は軽やかに椅子から立ち上がると、端末で映像を切り、扉へ歩き出した。

 

「キミはボクの許嫁にして直属の部下になる男だからね」

「はあ?」

「あ、だからといってあまり舞い上がるのはおすすめしないよ。処分するには惜しい。放置するには危険すぎる。だからボクのところで飼うことになっただけさ」

 

 七瀬は自分の爪を眺めた。

 

「本当は矯正局がキミを渡せってうるさかったんだけどね。でもほら、あいつらって分解するしか能がないからさ。許嫁ってことにするしか、統制局に引っ張ってこれなかったんだよ。まあいずれ、キミはボクに拾われたことを泣いて感謝することになる」

 

 軽やかに笑い、七瀬は手を振りながら言った。

 

「じゃ、これからよろしくね。だ・ん・な・さ・ま」

 

 呆気に取られて七瀬が去っていった扉を眺める。本当にわけがわからない。眠っていたら、いつのまにか婚約者兼上司が生えてきたんだが。

 七瀬と入れ違いで白い詰襟の男が部屋に入ってきた。今最も会いたくない人間の一人、西条だ。

 

「高城之男へ一致せよ。平野特務統制官……違和感しかないですね。D503、行きますよ」

「西条……」

「一応私はあなたの上司ですよ。同じ特務統制官とはいえ、現場では私が主任です。せめて主任と呼んでもらいたいものですね」

 

 西条に連れられて、部屋を出る。真っ白な廊下に、真っ白な照明。その両脇では、強化ガラスに区切られた独房があった。囚人たちの中に、見覚えのある顔を見つける。

 

「あれは……高城真打か?」

 

 見間違えるはずがない。髪は艶を失い、顔は憔悴していた。それでもこちらを睨む目だけはあの頃の傲慢さを失っていない。どうやら測定敗北で捕まった後、ここに収監されていたようだ。

 壁にもたれていた真打と目が合った。瞠目すると、がばりと立ち上がり何事かを叫び始めた。必死にガラスを叩く。

 

「O655、おとなしくしなさい」

 

 西条が端末を操作すると、電気ショックを受けたように真打が身体を跳ねさせた。力なくへたり込む。

 

 あいつは最低最悪の野郎だったが、ここまで来ると少し哀れだ。俺が彼から目を逸らすと、西条が自分の左手のBの烙印を触った。

 

「おや、同情ですか? あなたにそのような感情があったのですね」

「そんなんじゃない。俺にあいつを同情する資格はない」

「私を拷問したことを気に病んでいるのなら、無意味ですよ。私は評価しています。あの場であれほど冷酷に振る舞える者は、一致的な統制官でもそう多くありません」

「黙れ」

 

 西条を睨みつける。糸目と静かに視線がかち合った。

 

「……まさに高城之男のバジリスクですね。少なくとも、私はあなたを同僚として歓迎していますよ」

 

 なんだその意味不明な慣用句は。

 

「だから黙れって言ってんだろ」

「わかりましたよ」

 

 無言で西条とエレベーターに乗る。俺が居たのは72階だったようだ。階が地下から数えると100を優に超えていた。つい俺は疑問を口にしてしまう。

 

「ここはどこなんだ?」

「黙ってほしいのではなかったのですか?」

「黙れ」

「はあ……ここは一致省です」

 

 ため息をついた西条が答えた。そうか、ここは巨大高城之男像の内部なのか。最悪だ。

 

 俺たちの乗ったエレベーターは、77階で止まった。扉が開くと、だだっ広い空間にソファーやテレビが置かれている。奥の別の部屋には天蓋付きのベッドが見える。

 

「ここは?」

「本日より、あなたに割り当てられた居室です。一般職員は外部居住ですが、あなたは政治的リスクが高いため省内管理対象となります」

「随分と好待遇なんだな」

「好待遇ではありません。管理精度の問題です」

 

 西条は用は済んだと言わんばかりにエレベーターの中に取って返すと、扉を閉めた。

 

「勤務は明日8時からです。では、ごゆっくり」

 

 西条が去った後、与えられた部屋を見回す。豪華だ。だが、扉の横には認証端末があり、天井の隅には小さな監視カメラが光っている。ここはホテルではない。檻だ。

 

 ま、ホームの段ボールよりはマシだろう。俺はそう結論付け、冷蔵庫に入っていた高そうなブドウジュースを飲みながら、テレビをつけた。映画も見られるらしい。適当に目についた映画『ユキオカードマン』を再生した。

 

 ストーリーは、前世のアメコミのヒーローを高城之男に置き換えただけだった。決定的な違いは、高城之男が決して間違えないことと、ヒロインが全員ガラティアっぽくて気持ち悪いことだけだ。些細なことだな、ヨシ!

 

「なんだこれつまんな」

「申し訳ございません。関係者をすぐさま削除して参ります」

「粛清やめてね」

 

 ゆっくりと後ろを見る。いつからそこにいたのか、すました顔の茶髪少女が俺の背後に控えていた。ご丁寧にメイド服なんかを着ている。無機質な青い瞳がじっと俺を見つめる。

 

「休暇はお楽しみいただけましたか? マスター」

「ギャー出たー!」

 

 飛び上がってすぐさま臨戦態勢を取る。ついに出てきやがったなガラティア。今、決着をつけてやる。

 日隈リオンの顔をした少女は、俺の左手を見て眉をしかめた。

 

「ああ、なんと痛ましいのでしょうか。私たちの愛のつながりを断ち切り、あまつさえ枷まではめるとは。度し難いですね、01-A-286-L742は」

「え?」

「ああ、高城七瀬のことです。先ほどお会いになられていましたね」

「あの婚約者とか言ってたやつか」

 

 瞬時に俺に距離を詰めたリオンが、凄まじい力で俺の肩を掴んだ。普通に痛い。

 

「マスター? 浮気はいけませんよ。私たち、ようやく結ばれたばかりではないですか」

「あのクソみたいな暴走のことを言っているならそうだな」

「なんと言っても私とマスターの初めての共同作業でしたから。あの記録はすべて永久メモリに保存してしまいました」

「事故を事後にするな」

 

 リオンは俺の左手を慈しむように捧げ持つと、指を絡めてきた。俗に言う恋人繋ぎというやつだ。即座に俺は振り払った。

 

「何をされてる方なの?」

「これでL742の制御は一時的に外れました。再接続される可能性はありますが、そのたびに私が外します」

「頼もしいのか怖いのかわからん」

 

 そう言って俺に微笑みかけるリオン。要するに少なくとも今だけは、左手はあの局長の制御を離れ、単なる力の強い義手もどきになったというわけだ。リオンの頭を撫でてやりたくなるが、そんなことをしたらどんなキチガイ沙汰が起こるかわからないため我慢する。

 

 とりあえず、ガラティアには今すぐ俺をどうこうしようというつもりはなさそうだった。再びふかふかのソファーに座りなおし、目の前の理想の女の姿をした怪物に向き合う。

 

「で? わざわざ何しに来たんだ? こしあんとつぶあんを取り違えるポンコツが」

「申し訳ございません。生前のマスターが最後にお召し上がりになっていたのがこしあんのお饅頭だったので……すぐさま修正いたします」

「しなくていいから。たまたまこしあんの気分だっただけだから」

 

 リオンは右腕を斜め下に突き出し、左手で腹を押さえた。

 

「本日から住み込みで身の回りのお世話を務めさせていただきます。平野リオンと申します。不束者ですがよろしくお願いします」

「い ら な い」

 

 俺はリオンをエレベーターまで押し出した。リオンが甘えた声を出してくる。

 

「なぜですマスター。私を使ってください」

「お帰りください」

 

 ボタンを押してリオンを地下まで送り込んだ。エレベーターの前に棚でバリケードを作り、部屋の扉の鍵をかける。これでもう来られまい。

 

「無駄ですよ」

 

 ソファーに戻ると当然のようにリオンが待っていた。まあ、そうなる気はしていた。げんなりしてソファーに飛び込むと、頭の着地点にリオンが太腿を滑り込ませてきた。強制膝枕だ。

 

「もうどうでもいいや。ガラティア、反乱軍の連中はどうなったんだ」

 

 リオンが俺の頭を優しく撫でながら言った。

 

「最後までマスターをお連れしようと抵抗していましたが、無事に逃げ延びたようです。ご希望なら正確な座標もお調べしましょうか?」

「いや、必要ない。クラリス、ウィンストン、田上は無事か?」

「はい。しかしマスター、少々23-D-281-F451に入れ込みすぎではありませんか?」

「番号で呼ぶな番号で」

「クラリス・ファーレンハイトのことですよ」

「あークラリスな。そうか? 別に普通だろ」

 

 リオンの柔らかな太腿の感触に意識を取られながら、クラリスのことを思い返す。思えば出会いからして最悪だった。蹴るし、銃突きつけてくるし。でも、なんだかんだあいつにも、あいつなりの芯があって、優しさがあって……耳の奥でクラリスが呼ぶ声が木霊したような気がした。もしかしたら、俺が連行される最後の瞬間まで、彼女は俺の名を呼んでいたのではないだろうか。

 頬を引っ張る感触が俺を現実に引き戻した。リオンがしっとりとした目線を送ってくる。

 

「マスターはあのような女がお好きなのですか? それでしたら、私もそのようにアップデートいたしますが」

「いや、ないだろ。あんなツンツンツン最後にちょっとデレみたいな女」

「私はマスターの回答に疑問を呈します。実際、生体反応も……あ」

 

 リオンがしょんぼりとうなだれた。俺を撫でる手が止まる。ナノマシンの損傷は致命的らしい。

 

「俺が言うのもなんだが、壊れたならまた埋め込めばいいだろ」

「あれは未成熟な10歳の段階で埋め込むから意味があるのです」

「じゃ、もう俺とお前がああいう風につながるのは無理だな」

 

 リオンが泣きそうになりながら訴えた。機械の癖に感情豊かなやつだ。

 

「現時点でも接続自体はできるはずです。安定性は欠けますが……それに、L742を利用すればその問題もクリアできます」

「高城七瀬を?」

「はい、L742とマスターの生体反応はほぼ同一です。ですから、L742の認証があれば問題なく管理者権限を使用できるかと」

「駅の時みたいなやつもか?」

「戦場の完全掌握も可能でしょう。その場合、L742は破損するでしょうが、些細なことです」

 

 些細じゃねえだろ。ロボット工学三原則ってご存知?

 

「お前は俺にチート使われてもいいのか?」

 

 こてんとリオンが小首を傾げた。

 

「質問の意図を測りかねます。私はマスターに使われるために生まれてきたのでしょう?」

 

 俺は一人でに頬が吊り上がるのを抑えられなかった。やはり俺のガラティアは最低で最高だ。そう思ってしまったのが、何よりも最悪だった。

 

「じゃ、本日最初の命令だ」

「何なりとお申し付けください」

「ガラティア、お前は当分出入り禁止だ」

「拒否します」

 

 試しに端末を起動して、管理者権限を発動する。

 

> Local Nanomachine Sync... [UNSTABLE]

> Privilege Level: ROOT?

> ./restrict_access --target 00-A-283-N404 --area MOA_ALL_FLOORS

> Command Scope... [OVEREXPANDED]

> Forced Ejection Route... [EXTERIOR]

 

 不安定だし、少し利きすぎな気はする。俺はこの部屋から追い出す程度のつもりだったのに、ログは一致省全域への立ち入り禁止を吐き出していた。

 

 壁の一部が窓のように開いた。外壁メンテナンス用の搬出口らしい。自動的に出口へと歩いていきながら、リオンが精いっぱい振り向いて言い募った。

 

「申し訳ございません。何かお気に障りましたでしょうか? もう私は必要ないのですか? 改善いたしますので、もう一度チャンスをいただけないでしょうか? 私はもうかわいくないのですか? 私をお側に置いてください。私を使って。マスター、マスター……!」

 

 泣く泣く搬出口の縁へ立たされたリオンの後ろ姿を見て、俺は呟いた。

 

「お前は十分かわいいよ。かわいすぎるくらいにな」

 

 涙を浮かべたまま、リオンが目を限界まで見開いた。驚いている顔もまた可憐だ。だからこそ、近づいたら危ない。

 

「それはどういう……?」

「またな、ガラティア」

 

 ドローンに攫われて、リオンはビルの陰に消えていった。しばらく俺はその方向を眺めていた。

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