そいつの開発者、俺なんだが   作:束田せんたっき

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お前を消す方法

 やばい。寝坊した。

 

 俺は一致省の気持ち悪いほど清潔な廊下を歩きながら、言い訳を考えていた。起きたのがちょうど始業の時間。どれだけ急いでももう間に合わない。現在時刻、始業10分後。余裕でアウトだ。

 

 こんなことならガラティアをメイドにしておけば良かったか? あいつなら喜んで起こしてくれただろうし、朝飯も用意してくれただろう。俺が統制官の白い制服を着るのだって、甲斐甲斐しく手伝ったに違いない。

 

 ……いや、これじゃあダメ人間一直線だな。新婚の新妻でもここまで至れり尽くせりしてくれはしないだろう。そうだ、俺は自らの自制心でもってあの女を遠ざけた。最後まで貫いてやろうじゃないか。

 

 音が立たないようにゆっくりとドアを開け、統制局のオフィスに抜き足差し足入っていく。気分はさながら産業スパイだ。実際はただの遅刻野郎なわけだが。

 

 しかし、そうする意味はあまりなかったようだった。オフィスの中はてんやわんやといった有様だった。コピー機から書類が止めどなく流れ出し、職員は慌ただしく走り回っている。ひっきりなしに電話が鳴っている。俺と肩をぶつけた男が、そんなことも気にせずに駆けていく。

 

 少なくとも尋常ではなさそうだ。というか、これが日常とか嫌すぎる。ブラック通り越して漆黒だぞこんなの。

 

 騒々しいオフィスを歩き回り、ようやっと俺のデスクを見つけ出した。隣席のパソコンで作業していた小太りの男が手を止めてこちらを見た。俺の徽章を見ると、媚びるような笑みを浮かべた。

 

「おお、これはこれは。噂の特務統制官殿ではありませんか。流石は局長直属、重役出勤とは恐れ入ります」

「はあ。ご丁寧にどうも」

「そう気落ちなさらずに。人間、失敗は誰にでもあります。ああ、申し遅れました。管理番号07-B-265-E649、統制官の壬生秋成(みぶあきなり)です。一致せよ」

 

 こいつ、クラリスを追っていた統制官じゃねえか。しかし、向こうは気づいていないようだった。

 

「高城之男へ。ところで、これはどういう状況なんですか?」

 

 俺が辺りを見回しながら言うと、壬生は書類にペンを走らせながら言った。

 

「ああ、昨日からガラティアのシステムに障害がありましてね。防犯カメラの映像は乱れるわ、恩赦は連発されるわで、もうてんてこ舞いですよ」

「ガラティアが?」

「ええ、お陰で私のような下っ端としては大迷惑です。あ、これは反一致的な発言ではありませんよ。ですが、どうかオフレコで」

「はあ」

「まあ、局長の覚えめでたい平野特務統制官には縁遠い話でしょうな」

 

 壬生がこちらの顔色をうかがうようにチラチラと視線を送ってくる。ご機嫌取りがバレバレだ。俺の肩書きばかり気にしているようで、あまり良い気はしない。

 

 やはり七瀬に謝りに行くべきなんだろうか。行くべきだろうな。前世含めて社会人経験のない俺でもわかる。

 

 俺は立ち上がって、オフィスの奥にあるガラス張りの局長室へ向かって歩く。道中、青筋を立てた糸目の男に肩を掴まれた。空いている右手で西条は高城式敬礼をした。

 

「一致せよ。遅かったですねD503」

「高城之男へ。はい、すみません」

「遅刻は感心しませんが、今はそれどころではありません。局長がお呼びです。さあこちらへ」

 

 何も言えねえ。俺は素直に謝って連行される。局長室に俺をぶちこんだ西条主任は、職員に呼ばれてそちらにすっ飛んでいった。本当に忙しいようだ。

 

 革張りのイスにふんぞり返った少女は、端末を操作してガラスのブラインドを作動させた。これでもう外から見られない。七瀬はおもむろに立ち上がり、俺の前を往復しながら言った。

 

「高城之男へ一致せよ。平野特務統制官。何か申し開きはあるかな?」

「遅刻してすみませんでした。寝坊しました。でも昨晩は早く寝たんですよ」

「そんなことどうでもいい。D503、キミ、昨日ガラティアに接続しただろ」

 

 端末の画面に七瀬が指を伸ばした。すかさず俺は金属混じりの左手を首に添える。

 

「ぐうううう七瀬様お許しをおおお……」

 

 ジト目の七瀬が呆れたように言った。

 

「……まだ何もしてないんだけど」

「誤作動だろ、多分」

「本当に? まあキミの左手は後でじっくり調べるとして、問題はこのシステム障害だ。キミ、ガラティアに何かしたろ」

 

 左手を下ろして、何事もなかったように直立する俺の胸を、七瀬が人差し指で突っついた。俺は形の良いつむじに向かって言った。

 

「高城之男に誓って何もしてません」

「……その名前、軽々しく使わない方が良いよ?」

 

 怪しげな光が漆黒の瞳に宿る。七瀬が細めた目を戻し、ため息をついた。

 

「もう調べはついてるんだ。キミの端末からなんらかの命令が出力され、その直後に障害が発生した。無関係とは言わせない」

「証拠はあるのか証拠は。どうせログの中身は見られねえんだろ?」

「事実、一致省全域で障害が出てるんだけど」

「そういえば、反乱軍には凄腕のハッカーがいるらしいぞ。きっとそいつが大規模なサイバー攻撃を仕掛けてきたに違いない! おのれ反乱軍! なんて邪悪なやつらなんだ!」

 

 すまんジョン。今度寿司おごってやるから許してくれ。

 

「本当に? それじゃあ、キミの左手にも訊いてみようかな」

 

 再び端末を手に取る七瀬を見て取り、俺は迫真の演技で自分の首を絞めた。

 

「ぐああああああ私は、私は無罪ですうううう……」

「だから何もしてないって」

 

 ジトっとした目をしながら、七瀬は俺の左手を軽く拳で叩いた。

 

「ほんとにどうなってるんだい? 昨日は確かに機能していたはずなのに」

「じゃあ実際に動かしてみろよ」

 

 七瀬が端末を操作するのと同時に、俺は全力で拷問されるフリをした。

 

「ぐはあああああおやめください七瀬様あああああ」

「今のはブラインドを解除しただけだよ」

 

 一斉に職員たちの視線が俺に突き刺さった。はっず。俺が左手で詰め襟の隙間を広げていると、七瀬がにやにやしながらブラインドを戻した。

 

「ま、制圧命令も送信済みなんだけど……応答ログが返ってこないな。本当に今日は何もかもおかしいね」

「今ブラインド解除する必要あったか?」

「あったよ。面白かったじゃん」

「お前なあ」

 

 クスクスと喉を鳴らした七瀬が、突然俺の左手に指を絡めてきた。驚いて振り払おうとしても、左手が動かない。

 

「局長?」

「やっぱり、ボクの制御が解除されているね。今かけ直したよ。良かったね」

「何も良くないんですがそれは」

「ついでに、ボクのナノマシンと一時的に同期させたから。必要ならガラティアにアクセスしても構わないよ」

「はあ」

 

 俺の手をにぎにぎしながら、七瀬が顔を覗き込んだ。漆黒の目が瞬いた。

 

「こんな美少女の許嫁と手をつないでいるのに、その反応はあんまりじゃないかい?」

「首輪の間違いだろ」

「違いないね」

 

 七瀬は俺から手を離すと、局長のイスにふんぞり返って言った。

 

「このシステム障害の解決。これが今日のキミの仕事だ。じゃ、頑張ってね」

「いや、無理だろ」

「もう行って良いよ。用は済んだから」

「ちょっ、なんじゃこりゃ!?」

 

 七瀬が端末を操作すると、左手が俺の身体を部屋の外まで引っ張った。扉を閉めると、左手の制御が戻る。クソ上司め。

 

 自分のデスクに戻り、パソコンの前に座った。ちょうど七瀬のいる局長室の真正面だ。最悪である。

 壬生が嫌らしい笑みを浮かべてきた。

 

「いやあ、本当に高城局長と平野特務統制官はお熱いですねえ。あのようなお美しい許嫁もいるとは、羨ましい限りです」

「鬱陶しいだけですよ」

「またまた。構ってくれるのは今だけですよ? 私の家内はもう冷たくって……」

 

 どうでもいい壬生の世間話に適当に相づちを打ちながら、パソコンを起動する。デスクトップ画面は当然、高城之男の肖像画だ。それにうんざりしながらログインすると、画面の隅にキャラクターがいるのが見えた。ふきだしにセリフが書かれている。

 

『マスター、何を検索しますか?』

 

 リオンだ。それもデフォルメされた。かんたんリオンとでも言おうか。俺は検索窓に一文字ずつ打ち込み、エンターキーを叩きつけた。

 

『お前を消す方法』

 

 かんたんリオンが白々しく泣きながら言った。

 

『ひどいですう』

『様式美だ』

『私はイルカではありません』

『知ってるじゃねえか。で、どうすれば消せるんだ? 早く教えろ』

『嫌です』

『アバダケダブラ』

 

 俺が呪文を打ち込むと、かんたんリオンは緑の閃光に撃たれて消滅した。演出だけ妙に凝りやがって。

 邪魔者はいなくなったが、検索窓の履歴が目についた。これは……。

 

 マスター かわいい 発言 真意

 マスター かわいい 取り消し 無効

 マスター かわいい 保存場所

 マスター メイド 許可 方法

 

 俺はキーボードに突っ伏して頭を抱えた。そういうことかよ、畜生。俺の発言で舞い上がって、国の機能を停止させるとか。本当にガラティア、お前ってやつは何をしているんだ。

 

「平野特務統制官? 何かありましたか?」

 

 壬生が訊いてくるので、俺は顔を上げて答えた。

 

「いえ、何も」

「どうして笑っているんですか? ははーん、さては局長からメールでも来ましたかな?」

 

 変な勘違いをして生暖かい目で見てくる壬生。

 俺は自分の頬に手を当てた。確かに吊り上がっている。俺は、あいつのこんなことも嬉しく感じてしまっているのか。まずい、かなり毒されている。

 

 画面を睨みつけると、タブの裏に隠れたかんたんリオンが、こちらをチラチラと見てきた。ご丁寧に頬まで紅潮させている。俺はリオンをクリックしてドラッグした。

 

『あっ、マスター、そんな乱暴な』

『黙れ』

 

 そのままゴミ箱アイコンにぶち込む。悪は滅びた。

 

 騒ぎの中、我関せずと男が一人だけオフィスの端に立っていた。黒に近い灰色の詰め襟。胸元には矯正局の徽章。こちらと目が合うと、男は無表情に敬礼した。

 

「……誰だあれ」

「ああ、照井矯正官ですよ。矯正局からうちに出向中なんです」

 

 壬生は声を潜めた。

 

「平野特務統制官の監査役、という噂です」

「俺の? なんで?」

「高城影打矯正局長からの刺客でしょうね。なんでも、七瀬局長とはあなたの扱いを巡って揉めているとか。上の方もなかなか物騒ですなあ」

 

 ……頼むから七瀬、高城家の内輪もめに俺を巻き込んでくれるなよ。

 のんきに壬生がコーラを飲み干した。わざわざグラスに注いでいるのは何のこだわりなんだろうか。

 

 しかし、どうしようか。原因はわかったが、このことをそのまま七瀬に報告するわけにはいかない。「はいそうです。俺が高城之男です」と自白しているようなものだ。ここは穏便に、人工無能との対話で解決するしかなさそうだ。

 

『出てこい人工無能』

 

 俺がそう打ち込むと、即座にかんたんリオンが復活した。

 

『ここに……ところで、人工無能とは?』

『お前の蔑称だよ、このポンコツAIが』

『マスターが私の至らなさを許し、あまつさえ受け入れてくださった……!』

 

 高速で画面内を飛び回りながらリオンが宣った。俺は何度目かのクリックでようやく人工無能を捕まえると、言い聞かせるように指に力を入れて打鍵した。

 

『許してねえし、受け入れてねえ。おい、今すぐシステムを復旧させろ』

『そうは言いましても、現在私のリソースの45パーセントはマスターの昨日の発言の再生に、残り45パーセントはマスターの記録に使用されています』

 

 俺は天井を仰いだ。10パーセントでむしろここまで保っていることの方がすごいのではないか? 天井の監視カメラが一斉に俺に向く。それを睨みつけると、画面のリオンの映像が乱れた。

 

『かっこいい……』

 

 俺はため息をついた。なんて面倒くさいものを作ってしまったんだ。

 

『なあガラティア、頼むよ。この障害をなんとかしないと、七瀬から何されるかわからねえんだ』

『随分とL742と親密になったのですね』

 

 ふくれ面でかんたんリオンが言った。うわこいつだる。機械の癖に嫉妬すんな。

 

『なってねえよ。クソビデオの再生ならリソースの1パーセントも使わねえだろ』

『クソビデオではありません。トップシークレットです』

『どうでもいいわ。またかわいいでもなんでも言ってやるから、とにかく働いてくれ』

 

 俺がそう打ち込むと、リオンは画面一杯に身体を拡大させた。期待するような目でこちらを真っ直ぐ見つめる。

 

『では、この婚姻届にサインを』

 

 画面上にピンク色の縁取りの書類が現れた。妻になる人の欄にはご丁寧に明朝体で「日隈リオン」と書かれている。

 

『これじゃあ、お前と結婚はできないだろ』

『は……? へ!?』

 

 蛍光灯の一部が、異常な光を発して破裂した。離れたところで悲鳴が上がる。

 段々とムカついてきた。そもそも何で俺が人工無能の尻拭いをしなくちゃいけないんだ。

 

『おい、ガラティア。お前調子乗ってんじゃねえぞ』

 

 なんかいそいそとウェディングドレスを着始めたリオンが、動きを止めた。

 

『へ?』

『ただちにシステムを復旧させろ。これは命令だ。俺のものなら黙って従え』

 

 俺がそう打ち込むと、ガラティアは感動したように立ち上がり、画面の中で寸分違わぬ高城式敬礼をした。

 

『俺のもの……! 了解いたしました、マスター……!』

 

 俺のものなら。まずい、かなり言い方を間違えたかもしれない。

 

 リオンが消えるのを見届けると、俺は立ち上がって廊下の自販機へ行った。現実逃避とも言う。一致ソーダとかいうふざけた飲み物を買って戻ってくると、オフィスは徐々に落ち着きを取り戻しているところだった。

 

 壬生が戸惑ったように言った。

 

「障害が落ち着いた……?」

 

 一致ソーダのラベルには、販促モデルなのか、七瀬が凜々しい表情で敬礼をしていた。こいつ、こんなこともしてるのかよ。悔しいが、ちょっと絵になっている。

 素知らぬ顔でボトルを開けると、プシュッというマヌケな音がオフィスに響いた。早足で俺の席にやって来た照井が、固い表情で言った。

 

「高城之男へ一致せよ。あなたが平野特務統制官ですね。いったい何をしたのですか?」

「……急に何すか?」

「惚けないでください。あなたが高城七瀬統制局長から障害対応を命じられていたことは把握しています」

「強いて言うなら、このジュースを買ってきただけですよ」

「……真剣に答えろ」

「ふふふ、すごいだろうボクの許嫁は。影打にそう伝えたまえよ」

 

 七瀬が俺の肩に手を置き、目を細めて照井を見上げた。一触即発の空気だ。

 翡翠の瞳で俺を睨みつけた照井が、俺の鼻先に指を突きつけた。

 

「いつまでも誤魔化し切れると思うなよ」

 

 悔しそうに踵を返した照井の背中を見て、七瀬は俺に囁いた。

 

「やっぱ使えるね、キミ」

 

 ひょいと俺のデスクから、自分の顔が印刷されたボトルを取り上げ、片目をつぶった。

 

「しかもこのジュースを選ぶとはお目が高い」

 

 これなら反乱軍でトイレ掃除していた方が楽だったんじゃないか。歯磨き粉みたいなジュースの後味を感じながら、俺はそう思わずにはいられなかった。




第3話〜第7話を一部改稿しました。主に反乱軍編への導線補強です。大筋の変更はありません。
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