そいつの開発者、俺なんだが   作:束田せんたっき

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Fの帰還

 ガラティアが一致省を巻き込んで処理落ちしてから、三日が経った。省内ではまだ復旧作業が続いているらしいが、俺の知ったことではない。なぜなら今から最も行きたくない場所へ向かっているからだ。俺の母校。月例測定の会場警備である。

 

 月例測定の結果は測定局に集められ、統制局の監視リストと矯正局の処理候補に振り分けられる。人生の進路相談に見せかけた、国家規模の選別作業だ。

 

 七瀬め、俺がFランクだと知っていて送り込んだのだ。あの意地悪い笑みを見ればすぐにわかった。

 

 車に揺られながら、手の中にある銀色の警棒を見る。電流が流れる警棒。統制官の象徴にして、制圧兵器。Fランクでこれに怯える側だった俺が、これを携帯する側に回るとは。人生とは皮肉なものだ。

 

 隣席の壬生が、ポテトチップスを鷲づかみにして口に放り込んだ。白い統制官服にこぼれた破片を、片手で払い落とす。汚い。

 

「平野特務統制官もいかがですかな?」

「結構です」

「先日のシステム障害はまさに悪夢でしたな。始末書が何枚飛んだことか……いえ、私の責任ではないんですがね」

 

 そうだよ、俺のせいだよ。もっと言うと、管理AIの色ボケCPUのせいだよ。

 壬生はポテチを口に詰め込みながら続けた。

 

「その点、学園の測定警備は楽でいいですよ。ガキどもが震えてるだけですから」

 

 ついこの間まで、俺もそのガキどもの1人だったんだけどな。俺は喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。この小物官僚にそんなこと言っても、くだらないおべっかが返ってくるだけだ。

 

「娘も来年初回測定でしてね。まあ、家内に似て優秀なのであまり心配はしていませんが」

「娘さんもこの学園に?」

「いえ、別の学園です。いやあ、残念ですな。同じ学園ならご挨拶させたかったのですが。どうです? 今度、家族ぐるみでお食事でも」

「機会があればお願いします」

 

 絶対面倒くさい。俺の親父がどこにいるかもわからないのに、なんで壬生一家と飯を食わなきゃならんのだ。

 

 目的地に着き、車を降りる。久方ぶりの学園は、あの底辺だった頃と変わっていなかった。敬礼をしている高城之男像、日光が反射して目が痛い校舎。全部クソのままだ。

 

 教師に案内されて、測定会場へ続く廊下を歩く。昔、俺をゴミを見る目で見下ろしてきた教師どもは、俺の胸の徽章を見るやいなや、ペコペコと頭を下げることしかできない。生徒たちも、俺たちが廊下を通ると、高ランクも低ランクもすぐさま道を開ける。その視線は、羨望か嫉妬か。いずれにせよ碌なもんじゃない。

 

 特務統制官。その肩書きの力に、俺は嫌悪感を持たざるを得なかった。所詮、体制側の猟犬に過ぎないのに、彼らは何を恐れているのだろう。いや、弱者は恐れることしかできないのだ。

 

 壬生がビール腹を揺さぶって笑った。

 

「人気者ですな、平野特務統制官。統制官といえばエリート中のエリート。さらに特務とまで来ちゃあ、羨望の的ですよ」

「壬生統制官もそうなのでは?」

「いやいや、Aランクの特務統制官には敵いませんよ。私はBランクですから」

 

 俺、Fランクなんですけど。左手の烙印が狙撃で消えていて、判別がつかなかったようだ。どうせ管理番号でバレるから言ってしまおう。

 

「俺はFランクですよ」

「その上、ジョークのセンスもあると来た。どれだけ一致すれば気が済むんですか」

 

 これ、信じられてないな。まあそれも当然か。

 体育館に着くと、数人の白衣を着た測定官が待っていた。その中で一番高齢の爺さんが右腕を斜め下に突き出した。

 

「一致せよ」

「高城之男へ」

「ご足労いただきありがとうございます。平野特務統制官、壬生統制官。本日はよろしくお願いします」

 

 壬生が敬礼を解きながら言った。

 

「安全に子供たちが測定を受けられるようにするのが我々の仕事ですから。当然ですよ」

 

 白々しい野郎だ。俺にはガキで、測定官には子供たちか。

 手元の大きめの端末を見ていた測定官が、小さく声を漏らした。

 

「11-F-283-D503……?」

 

 壬生が腹を抱えて笑った。

 

「見間違いでしょう? Fランクなんて都市伝説、実在しても珍獣の類ですよ。そんなものが特務統制官など、それこそ――」

 

 俺は投げやりに言う。

 

「だから言ったじゃないですか」

「あー、都市伝説というのは比喩でして、ええと、その……」

 

 流石の壬生もお世辞が出てこないようだった。彼らを放置して体育館の隅に立っていると、頭頂部が少々薄くなった男が近づいてきた。地味な白い制服に身を包んでいる。一致省の記録官だ。

 俺はその顔を見て、固まった。相手も目尻にしわを寄せて口を開いた。

 

「平人? やっぱり平人じゃないか?」

 

 記録官は俺の父親、平野平政(ひらまさ)だった。左遷されたことは知っていたが、記録局にいたのか。平政は俺の肩に恐る恐る触れると、それから信じられないものを見るように胸の徽章へ目を落とした。

 

「……久しぶり、父さん」

「その、どうなんだ、統制局の方は」

「まあぼちぼちだよ」

「Fランクと測定された時はどうなることかと思ったが、本当に良かった。特務統制官なんてすごいじゃないか」

「いや、そんな良いもんじゃないよ」

「そう謙遜するな。お前は父さんの誇りだよ、平人」

 

 マジで気まずい。父さん、俺そんな順風満帆じゃないよ。というか、高城之男の記憶が戻ってから平政を素直に父親と見ることができなくなっている。なんか、親戚の冴えないおっさんというか。

 平政は嬉しそうに俺の徽章を何度も見ると、肩を軽く叩いた。

 

「いずれ、七瀬さんを連れてきなさい。いや、父さんがご挨拶に伺った方が良いかな?」

「どっちもしなくて良いから」

「そうか、まあ元気そうで良かった」

 

 平政は幸せそうに高城式敬礼をすると、持ち場に戻っていった。学園に来てから本当に良い思いをしていない。

 

 やがて、生徒が列を成して体育館にやって来た。高ランクの生徒は得意げに、低ランクの生徒は俯いている。クソ制度が。

 

 身長や体重なんかを測った後は、普通の体力測定のような種目をこなしていく。しかし、前世のものとは全く違う。生徒たちはより良い記録を目指しているわけではない。その年齢の高城之男の体力測定の結果と、同じ数字を出そうとしているのだ。

 

 シャトルラン。音楽に合わせて生徒たちが往復を繰り返す。たまに数人が絶望的な表情をして脱落していく。しかし、ある回数に到達すると、残った生徒は全員脱落した。まだ走れそうな生徒もいた。だが、誰も続けない。これが前世の俺の限界だったからだ。

 

 他にも、飛距離というよりは着地点を狙った砲丸投げ、身体の硬さを再現させられる長座体前屈、全員が一列になってゴールする50メートル走なんかがあった。ふざけてる。高城之男本人ですら、正確に再現できなかったぞ。

 

 その後は、教室に戻ってペーパーテストだ。俺も不正が行われていないか壬生と共に巡視する。ちらりと問題を覗き見ると、『高城之男はショートケーキのイチゴをどの時点で食したのか、論述せよ』とあった。いつでもいいだろそんなもん。

 

 体力測定、問診、反応検査、思想傾向の解析。そんなものをまとめて、最後に測定官が一人一人にランクを機械的に通告していく。C、B、D、C、E、D、C、C、B、D、A。まるで遺伝子の塩基配列だ。流石にFはいないようだが。

 

 特にトラブルもなく月例測定は終了した。壬生が昼食を食べようと誘ってきたので、かつて毎日通っていた学食へ向かった。俺はカツカレーにチーズと温泉卵をトッピングすると、壬生とテーブル席に着いた。

 壬生はぶり大根と味噌汁だった。俺のデラックスカレーを見ると、媚びるような笑みを浮かべた。

 

「いやあ、良いですなあ若いというのは。私くらいの年齢になると、そろそろ揚げ物がキツくってキツくって」

 

 こういう年齢自虐にはなんて返すのが正解なんだよ。

 

「はあ。でもポテチ食べてたじゃないですか」

「あれは別ですよ」

「そういうものですか」

「そういうものです」

 

 学食は昼時で混んでいたが、俺たちの席の周りはぽっかりと空いていた。時たま、生徒たちが様子を窺うように視線を寄越してくるだけだ。Fランク時代の飯はカスみたいなディストピア飯だったが、誰からも見られずに食えたのは利点だったな。

 

 うまいが、つまらない食事を終え、俺たちは食堂を後にした。廊下でトイレの前に通りかかると、俺は壬生に言った。

 

「ちょっとお手洗いに行くので、先に車へ戻っていてください」

「奇遇ですな。私もちょうど行きたいと思っていたところです」

 

 連れションかよ。俺はうんざりしながらトイレの扉を開けた。そこでは、複数の生徒に取り囲まれて、左手にEランクの烙印を持つ少年が笑われていた。

 全身びしょ濡れで、ただ唇を噛んで耐える少年。その姿に、過去の自分が重なった。

 

「お前ら、何してんだ?」

 

 気づけば、俺は電源の入っていない警棒を壁に叩きつけていた。衝撃音が辺りに響き渡り、笑いが止む。静寂の中で、虐めていた生徒の一人がへたり込んだ。

 

「特務統制官……?」

「あっ、これはその、違うんですよ。こいつに一致の心得を教えていたというか」

「そ、そうそう。なあ?」

 

 Eランクの生徒の肩に腕を回し、引っ張るCランクの生徒。いや、お前もそんな高くないじゃねえか。Eの少年は怯えるように肩を跳ねさせると、こくりと頷いた。俺はCの襟を掴みあげる。

 

「高城之男はこんなクソったれの憂さ晴らしをするようなカスじゃねえ」

 

 本当に? 俺は西条を拷問して、楽しんでいたじゃないか。

 

 頭を振って、過る考えを霧散させる。俺が睨みつけると、Cは嗚咽を漏らした。壬生が間に割って入る。

 

「まあまあ平野特務統制官。我々の領分は教育じゃないですよ。ここは教師に連絡して、穏便に……」

「黙っててくれますか壬生統制官」

「え、ええ。もちろん黙りますとも」

 

 ふと、クソどもの足下に白い錠剤の入った袋が落ちているのが見えた。拾い上げると、面白いようにやつらは慌てだした。

 

「これは何だ?」

「それは……」

 

 二重顎に手を当てた壬生が、しげしげと錠剤を眺めると、ポンと手を打った。

 

「ああ、これはアラインですな」

「アライン?」

「一致亢進剤。裏ではランクアッパーなんて呼ばれています。飲めば一時的に一致度が上がる、という大変ありがたい触れ込みのクスリです。まあ、本当なら私も少し欲しいくらいですが」

「おい」

「冗談です。中毒性が強くて、つい最近、指定違法薬物に追加されたはずです」

 

 俺はCに詰め寄った。

 

「おい、これをどこで手に入れた? 言え」

「て、手崎さんが……」

「は? 手崎?」

 

 カスどもが泣きながら話したところによると、少なくともあの手崎がアラインの流通に関わっているのは間違いなさそうだった。俺はCを解放すると、壬生に言った。

 

「壬生統制官、これは由々しき問題では?」

「ええ、少なくとも見て見ぬ振りはできませんね。一度持ち帰って、局長に相談しましょう」

 

 俺は錠剤の袋を証拠品として回収し、カスどもの名前と管理番号を控えた。教師に引き渡すのは癪だったが、ここで拘束して騒ぎを大きくするのも得策ではない。

 

 虐められていたEランクの生徒は、俺に何も言わず、逃げるように去っていった。俺があいつだったら、こういう時どうしていたのだろうか。

 

 とりあえず手崎は逮捕してやらなきゃ気が済まない。俺はこのクソみたいな制服の肌触りを感じながら、帰路に就いたのだった。

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