そいつの開発者、俺なんだが   作:束田せんたっき

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コンろ! 開けトロールビューローだ!

 局長室で俺と壬生から違法薬物の報告を受けると、七瀬は革張りのイスにもたれて言った。

 

「そういうことなら、アラインのことはキミに一任するよ」

「良いんですか?」

「元からキミが持ってきた案件だ。最後まで責任を取りたまえ。壬生統制官、彼のサポート頼んだよ」

「了解しました! 微力ながらお手伝いさせていただきます!」

「下がって良いよ」

「はっ、失礼します」

 

 壬生が敬礼して背を向けた。俺も後に続こうとするも、左手が動かない。見ると、七瀬が端末を触っていた。

 

「キミは残りたまえ」

 

 俺と七瀬を交互に見て、妙に含みのある笑みを浮かべた壬生が去ると、七瀬はイスを回して窓の外を見た。こちらから彼女の表情は見えない。

 

「平野特務統制官。コーヒーを淹れたまえ」

「……それは命令か?」

「いいや、かわいい許嫁からのお願いだよ」

 

 俺は盛大に舌打ちをして、コーヒーメーカーに豆を入れた。七瀬が淡々と続けた。

 

「時にD503、キミは一致省の怪事件について知っているかい?」

「知らねえな」

「……昔々、具体的には今から一ヶ月くらい前に、ハイパーウルトラ美少女が会食の幹事を任されました。それはお父さんや親戚を招いた大層豪勢な会で、彼女の能力を見せつける絶好のチャンスでした。少女は120人分の料理の材料を注文していました。しかし……材料は届きませんでした。待てど暮らせど、トラックは来ません。少女の用意した食材は、忽然と消えてしまったのです」

 

 七瀬が怒気の籠もった口調で続けた。歯ぎしりの音が聞こえた気がする。俺は冷や汗が止まらなかった。

 

「少女は大勢の前で赤っ恥をかきました。特に、彼女の従兄がほくそ笑む顔といったら。屈辱でした。こんな思いをしたのは初めてです。彼女は誓いました。必ずや、その犯人に自分と同じ思いを味わわせてやると。おしまい」

 

 クルリとイスをこちらに向けた七瀬が、まぶたを細めた。日光が端正な造作に影を作る。

 

「真相は高城之男のみぞ知るってやつだね」

 

 俺も知らねえよ、と言いたいところだが、知ってるんだよなあこれが。ちょうど反乱軍に拉致されて、晩飯が貧相すぎるから管理者権限で食材を盗んだんだった。あのビーフシチューが回り回ってこんなところでツケになって帰ってくるとは。

 俺はハンカチで汗を拭うと、七瀬から目を逸らした。

 

「と、とにかくその子は災難でしたねえ」

「この犯人の行動は、一致維持法第5条、反一致結社への支援に抵触する。拘束されたうえで、同法第22条に基づき一致省施設へ代用留置されても文句は言えないだろうね」

 

 七瀬の漆黒の目がこちらを見透かすように射貫く。ダメだ。隠せそうにない。

 

「本当にすみませんでした」

 

 淹れたてのコーヒーを俺から受け取った七瀬は、楽しげに喉を鳴らした。

 

「何を謝っているんだい? ボクが恥をかいたわけじゃないし、清廉潔白なキミが、まさか反一致支援なんてするはずがないだろう? だけど……」

 

 左手が強制的に床へつけられる。俺は体勢を崩して七瀬の前にひざまずいた。七瀬が俺の頬に手を添えた。

 

「少しでもその美少女が可哀想に思うなら、意地悪なお兄さんを叩き潰すのを手伝ってあげてほしいな」

「……はい」

 

 七瀬は俺から手を離すと、足を組んで笑った。

 

「キミは本当に優しいねえ。無関係の少女に同情して力を貸すなんて。許嫁として鼻が高いよ」

 

 そう言った七瀬はカップに口をつけて、すぐ離した。

 

「……苦い」

 

 

 

 翌日、俺は統制局が持つ裏社会へのパイプを使い、アラインの買い手を装ってカフェに手崎を呼び出した。待ち合わせ場所のボックス席に座り、コーヒーを飲みながらやつが来るのを待つ。

 

 壬生には別口で動いてもらっている。俺の仕事は手崎本人を釣って、アラインの出どころを吐かせることだ。

 

 俺の隣では、焦げ茶の髪にどこか見覚えのある緑の目をした男がサンドイッチを食っていた。七瀬の政敵からの刺客、照井だ。

 

 サンドイッチを見ると、クラリスを思い出す。文句を垂れながら手作りのやつをくれたっけ。ずっとあの調子ならまだ可愛げもあるんだが、普段のとげとげしい態度で台無しである。

 

「なぜ照井矯正官もここにいらっしゃるんですか?」

「本官はあなたの監査役です。壬生統制官が不在である以上、妙な真似をしないように見張る義務があります」

「はあ、好きにしてください」

 

 やがて、オールバックのチンピラが、革靴の音を響かせながらやって来た。背後には子分を二人引き連れている。俺の顔を見て、ぎょっとした顔をした。

 

「平野クン!? まさか、嵌めやがったな!?」

「嵌めたとは人聞きが悪いな。まあ、座れよ。手崎」

 

 警戒しながら、手崎たちが正面の席に座った。大の男三人には少し手狭そうだ。

 手崎は飲み物を注文すると、油断なく店内を見回した。

 

「そうビビるなよ。俺とお前の仲だろう?」

「特務統制官とは、運び屋から出世したんだね平野クン」

「ああ、残念ながらな」

 

 手崎の子分たちは照井を見たが、照井はサンドイッチから目を上げもしなかった。いや、なんか反応しろよ。

 

「気にするな。ただのストーカーだ」

「矯正官が? 縁起でもないね」

「ほんとだよ」

 

 照井がテーブルの下で足を踏んできた。いや、実際ストーカーだろお前。

 手崎はコーヒーを一口飲み、切り出した。

 

「それで、今日はどういう用件かな? 申し訳ないけど、平野クンの時みたいに反乱軍の居場所を売ることはできないよ? 彼らはずっと深い場所に潜ってしまった」

「なあ、手崎。お前、最近景気良いらしいな」

「お陰様でね。商売が軌道に乗ってきたんだよ」

 

 商売、ね。低ランクのガキを違法薬物で食い物にするのが商売かクソ野郎。

 

「へえ、何を売ってるんだ?」

「前に話したとおりだよ。酒、タバコ、チョコレートに石鹸。持たざる者にもささやかな楽しみを、が俺のモットーでね」

「なるほどねえ」

 

 手崎は店内の他の客をしきりに気にしながら、腰を浮かせた。

 

「なあ、世間話をしに来ただけなら帰っても良いか? 生憎と予定が詰まっていてね」

「まあ待て。手崎、アラインって聞いたことあるか?」

 

 手崎が目を細め、座り直した。深く背もたれに腰掛ける。

 

「それ、どこで聞いた?」

「ちょっとした伝手でな。見ての通り俺は今統制局にいるが、お役所仕事に正直退屈してたんだよ。聞けば、一致度を上げるついでに良い気持ちになれるらしいじゃないか。だから小遣い稼ぎがてらに、ちょっとな」

「優秀な平野クンにも悩みがあるんだねえ」

 

 手崎は声を低めて、ポケットからプラスチックの袋を取り出した。錠剤が入っている。

 

「これがブツだ。平野クンに免じて、今日はただで譲ってあげよう」

「良いのか?」

「統制局に販路ができるなら、こっちとしても悪い話じゃない。だからこれまでのことは水に流して、ね」

 

 手崎がそう言って差し出してきた手首を、俺は右手で掴んだ。にやりと笑みを浮かべる。

 

「俺の勝ち。なんで負けたか明日までに考えといてください」

「チッ!」

 

 舌打ちをした手崎がテーブルをひっくり返した。照井はサンドイッチの皿を持って立ち上がると、何事もなかったように食い続けている。いや、戦えよ。

 手崎の子分が殴りかかってくるのを左腕で防ぎ、逆に顎にアッパーを食らわせて体勢を崩す。七瀬のムカつく首輪だが、こういうときには便利だ。

 手崎が踵落としでしたたかに俺の足を踏みつけた。俺が手崎の手を離した隙に、やつは出口に走り出した。

 

「あばよ平野クン! 俺の方が一枚上手だったようだね!」

 

 出口に辿り着いた手崎が扉を開けると、小太りのおっさんが立っていた。

 

「邪魔だ!」

 

 手崎が突き飛ばそうとすると、小太りのおっさんがその手を掴んで壁に押しつけた。手崎の目が大きく見開かれる。店内の客が全員立ち上がり、手崎の子分はすでに彼らに制圧されていた。

 手崎を取り押さえている壬生がへつらうように振り向いた。

 

「お待たせしました。平野特務統制官。素晴らしい話術でしたな!」

「壬生統制官、ちょっと危なかったですよ」

「いえいえ、特務統制官殿がこんなチンピラごときに負けるはずがありませんよ!」

 

 手崎は泡を食って言った。

 

「ひ、平野クン! 俺はただ、やつらに言われて仲介してただけなんだ!」

「やつら?」

「ああ、きょ――!?」

 

 乾いた音がした。照井が手崎に麻酔弾を撃ち込んでいた。今のは止めるのが早すぎだろ。せっかちにも程がある。

 壬生がぎょっとして手を離す。倒れかけた手崎の襟首を、照井が片手で掴んだ。黒光りする銃をしまうと、手荒に手崎を引きずりながら言った。

 

「話は局で聞きましょう。行きますよ、平野特務統制官」

 

 

 

「ふーむ、なるほどねえ」

 

 手崎逮捕の一部始終の報告を俺から受けた七瀬が、局長のデスクで頬杖をついていた。部屋の角の監視カメラの辺りを見上げながら、ぽつりと零した。

 

「臭うねえ、陰謀の臭いが」

「陰謀?」

「そ。今回の事件、どーにも一致省の誰かが裏で糸を引いてる気がしてならないんだよね」

 

 七瀬が俺の淹れたコーヒーの香りを嗅いだ。

 

「キミはどう思う? 何か違和感はなかったかい?」

 

 違和感? 俺は顎に手を当ててしばらく考え、ふと手崎の最後の言葉を思い出した。

 

「……そういえば、手崎が何かを言いかけて、それを照井が黙らせていたような?」

 

 突然、ノックもせずに壬生が駆け込んできた。七瀬が少々不機嫌そうにコーヒーに息を吹きかけて冷ました。

 

「壬生統制官、婚約者の逢瀬を邪魔するとは少し野暮なんじゃないかい?」

「も、申し訳ありません。しかし緊急事態です! B514……手崎が錯乱しました!」

「錯乱?」

 

 七瀬が端末を操作すると、ホログラムに手崎の独房が映し出された。イスに座った手崎は、両目を別々の方向に泳がせながら、涎を垂らしたまま呆けていた。

 

「あちゃー、これじゃあもう使い物にならないね。壬生統制官、これはどういうことだい?」

「い、いえ、私は極めて適切に尋問をしていたのですが、突然。し、信じてください高城局長、私が誰よりも従順に勤務してきたのはご存知でしょう!?」

「別にキミを疑っているわけじゃないよ。しかし、困ったねえ。逮捕後にB514へ直接接触できたのは、キミと壬生統制官と、それから……」

 

 七瀬は大仰に俺と壬生を指さした後、ガラスの向こうで素知らぬ顔で端末を叩いている照井を指した。

 

「照井矯正官だけだ。ふふふ、これは思った以上に大物が釣れるかもしれないねえ。壬生統制官、ありがとう。彼はもう執行していいよ」

「了解しました」

「ちょっと待て、何も殺すことはないだろ」

 

 俺が止めると、壬生が首を傾げた。

 

「B514は違法薬物の販売をしていました。明確な一致維持法違反です。執行が妥当かと。むしろ、ここで執行しなければ、我々の方が職務不一致を問われます」

「そういうことさ。D503、正義感は高城之男の共通点だが、過ぎた真似は身を滅ぼすよ?」

 

 壬生が高城式敬礼をして退出した。

 抜け殻になってしまった手崎を見て、俺はふと、矯正局に幽閉されている少女を思い出した。

 

「なあ七瀬。矯正局に収容されてる反乱軍関係者のリストって見られるか?」

「誰を探しているんだい?」

「別に。ちょっと思い出しただけだ」

 

 わざとらしく七瀬がコーヒーカップの縁に指を沿わせた。

 

「……53-C-288-C321。橋本小百合、か」

「そいつは関係ない」

「あんまりボクに構ってくれないと妬いちゃうよ」

「もう十分すぎるほど構ってるんだが」

 

 コーヒーを飲んだ七瀬が顔をしかめた。俺は釣られてコーヒーを飲んで、口を開いた。

 

「苦いのが苦手なら飲まなきゃいいだろ」

「愚問だよD503。高城之男がブラックで飲んだからボクもブラックで飲む。それだけさ」

 

 こんな小さな少女が、飲み物一つ自分で選べない。逸脱すれば壊される。狂ってる。模倣を強いるガラティアも、それに従うこいつらも。

 

「いいよ。リスト、見せてあげる。それで、冷酷な魔王に囚われたお姫様を見つけたキミは、次に何をするのかな」

「地獄から、まだマシな地獄に移す」

「キミらしい言い方だね」

 

 手始めに、目に入る不愉快を順番に潰す。今に見てろよ、タカギニアのクソども。ご本人様がこのバカげた神棚に泥を塗ってやる。




良い天気なので投稿しました。次話は予定通り明日です。
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