そいつの開発者、俺なんだが   作:束田せんたっき

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タカギニアじゃあ常識なんだよ!

 俺が七瀬に手を引かれるまま後部座席に押し込まれると、車はゆっくりと高城之男像の足元から滑り出した。運転席の西条がスイッチを切り替えると、サイレンが鳴り、青いランプが明滅する。他の車が道を譲り、赤信号でも突っ切っていく。

 助手席の壬生がハンカチで冷や汗を拭いつつ、窓ガラスの外を見やる。

 

「この車はどこへ向かっているんですか? 飲み会でしたら喜んでお供しますよ。遅くなるのでしたら家内に連絡を入れなければいけませんが……」

 

 隣で足を組んでいる七瀬が、クスリと喉を鳴らした。

 

「うん、奥さんには連絡しなくちゃね。なんと言っても、矯正局にカチコミをするんだから」

「カチコミ!?」

 

 壬生の身体の震えが目に見えて酷くなった。西条が無駄のないハンドルさばきで車を次々と追い越しながら、口を開いた。

 

「ええ、矯正局は一致維持法第58条の14に違反しています。ガラティアの命令を拒むことは、すなわち秩序への挑戦です。統制しなければなりません」

 

 この秩序バカが。俺はミラーに写っている西条の能面のような顔から目を離し、端末の時計を見た。18時29分。サユリが手遅れになるまで、あと1時間半。

 七瀬が俺の顔を覗き込んできた。

 

「C321を救いたい。そうだよね、ダーリン?」

「次そのおぞましい呼び方をしたらぶん殴りますよ」

「キミは女の子を殴ったりなんかしないよ」

 

 身を乗り出した七瀬が耳元で囁いてきた。リオンのデイジーとは違う、コーヒーと特有の甘い香りがした。

 

「それに、キミはボクに逆らえない。そうだろ?」

 

 左手をさすってくる。傍から見れば恋人のスキンシップだ。しかし、実態は飼い犬へのマウンティングである。落差が酷い。

 

 数分後、白い街並みの隙間に、矯正局第2観察施設の無機質な外壁が見えてきた。

 西条が、ミラー越しに見えているのかどうかわからない糸目を向けた。

 

「局長。D503をからかうのは構いませんが、切り替えてください。到着しました」

 

 車を降りて、正面玄関に端末をかざすと自動ドアが開いた。受け付けは無人だった。真っ白な廊下を七瀬が先頭に立って歩く。西条は後ろ手に手を組んで、悠然と後に続いた。身体を縮こまらせた壬生が早口で言った。

 

「局長、こんな忍び込むような真似をして、本当に大丈夫なんですか?」

「ガラティアのシステムはボクらを通したんだ。これは正当な権利だよ、壬生統制官」

「何か問題が起こっても、私は知りませんからね!」

 

 こいつは常に保身しか考えていないのか。俺が壬生の筋金入りの態度に呆れていると、廊下の先で矯正局の黒い制服を着た男が待ち受けているのが見えた。鋭い緑の瞳がこちらを見据える。

 

「止まれ。高城七瀬統制局長、貴官がなぜここに?」

「照井矯正官、それはボクのセリフじゃないかな? キミには別の業務を命じていたはずだけど」

「今は職務時間外です」

 

 ぞろぞろと黒い制服の矯正官が現れた。前後を黒い警棒を持った矯正官の集団に挟まれる。囲まれたか。

 七瀬が目を細めた。腰に差していた白い筒を引き抜くと、それが長大な狙撃銃に変形する。

 

「職務時間外に矯正官を動かすなんて、影打の犬は便利だね」

「物わかりが良くて助かる。その腐った性根、今ここで矯正してやる」

 

 スナイパーライフルを構えた七瀬が、俺たちに顎で前へ出るよう示した。

 

「彼はよっぽどボクに統制されたいみたいだ。望み通りにしてあげよう。平野、西条、壬生。照準を合わせる時間を稼ぎたまえ」

「かかれ!」

 

 照井が腕を斜め下に突き出して、号令をかけると同時に、矯正官たちが雪崩を打って襲い掛かってきた。俺は端末を起動し、ガラティアへ命令した。

 

> Local Nanomachine Sync... [OK]

> Privilege Level: LIMITED_ROOT

> ./override_firedoor --target Rear_Fire_Door --close

> Rear Fire Door Closing... [OK]

 

 背後で分厚い防火扉が落ちた。悲鳴と怒号がまとめて遮断され、廊下の敵影が半分に減る。照井が瞠目して叫んだ。

 

「制御を奪ったのか。非常識な真似を……!」

「タカギニアじゃあ常識なんだよ!」

「そんな常識があってたまるか!」

 

 照井は耳のインカムに手を当てた。

 

「第二班、第三フロアへ回れ。やつらをC321の処置室から引き離せ!」

 

 西条が前に進み出ながら、俺の左手を一瞥した。

 

「以前から思っていましたが、D503のソレは反則ですね」

「戦闘力が反則のお前にだけは言われたくない」

 

 西条は前方の敵を流れるように薙ぎ払っていく。電流を流された矯正官が白目をむいて崩れ落ちた。

 

「おい西条、殺してねえよな?」

「失礼な。これは一致的な鎮圧です」

「一致的な鎮圧ってなんだよ」

 

 西条の防衛線を突破してきた矯正官を壬生と二人で迎え撃つ。壬生は小太りのおっさんだが、流石は現役の統制官、体捌きは俺より遥かに機敏だ。

 矯正官はひっきりなしに湧いてくる。連中は戦闘が専門ではないから何とかなっているものの、時間がないことを考えると、うかうかしてはいられない。

 

 耳をつんざくような音とともに、七瀬が発砲した。照井の背後の観葉植物の鉢が砕け散る。俺は七瀬に向かって叫んだ。

 

「このポンコツが! 俺の左手は打ち抜けるのに、あのでかい的外すとかどういうことだよ!?」

「あの時は誰かさんがバカみたいに突っ立ってたからね! それにここはちょっと明るすぎるよ!」

「そういうことなら暗くしてやらあ!」

 

> ./set_lighting --target Main_Corridor --mode blackout

> Emergency Guide Line... [ON]

> Corridor Lighting Down... [OK]

 

 廊下の照明が一斉に落ちた。真っ白だった視界が黒に沈み、床の非常誘導灯だけが青白く浮かび上がる。混乱した矯正官たちの足が止まった。

 しかし、七瀬だけは違った。スナイパーライフルの照準器が淡く光り、闇の中で照井の輪郭を捉える。

 

「ありがと、ダーリン」

 

 軽い声とは裏腹に、発砲音は雷鳴のようだった。

 弾丸が黒い廊下を貫いた。照井のすぐ横を掠め、側面の制御盤を撃ち抜く。火花が散り、照井の背後の鉄扉が半端に開いた。左半身を鉄扉に押さえつけられた照井が、カエルを踏み潰したような声を上げる。

 

 矯正官から警棒を奪い、二刀流になっていた西条が闇の中で得物を振るった。電撃の光で浮かび上がった姿は、サイリウムを振っているアイドルファンのようだ。西条の通った跡に、矯正官の屍の山ができる。

 

「西条鬼つええ! このまま逆らうやつら全員ぶっ殺していこうぜ!」

「だから一致的鎮圧だと言っているでしょうが!」

 

 目につく矯正官を片っ端から黙らせ、俺たちは先を急いだ。扉に縫い止められた照井が、昆虫標本のような体勢のまま叫んだ。

 

「逃がすな! 絶対に捕まえろ!」

 

 時計を見ると、20時まであと45分しかない。背後からは矯正官が大挙して押し寄せてくる。西条が立ち止まって、それらに向き合った。

 

「壬生統制官、私たちでここを食い止めましょう」

「ええ!? 嫌ですよ、私には妻子と十五年分の家のローンがあるんです」

 

 七瀬が天使のような笑みを浮かべた。

 

「近々、特務統制官のポストが空くんだけど……」

「ここから先は高城之男だろうと通しません!」

 

 突然やる気になった壬生が白い警棒を引き抜いた。西条が警棒を軽く振る。

 

「D503、ここは私たちに任せて先に行きなさい」

 

 背後の戦闘音が小さくなっていく。しばらく廊下を走っていると、男たちの話し声が聞こえた。俺は七瀬ととっさに横の部屋に転がり込む。

 うす暗い部屋の中で息をひそめる。すぐ隣で七瀬のマントが俺の腕に触れていた。七瀬の呼吸の音がやけに大きく耳朶を打った。足音が外で大きくなる。

 

「局長も無茶を言いなさる。あの統制局最強の西条を止めろなどと」

「シッ、あの方がどこで聞いているかわからないぞ。お前も再一致したいのか?」

「そいつはごめんだな」

 

 高城家のやつは無茶ぶりしかしないのか。あれ? 七瀬のやつどこ行った?

 

 いつの間にか七瀬が戸棚に頭を突っ込んで中身を漁っていた。薄暗がりの中でマントに包まれた小柄な身体がもぞもぞと動き、ファイルを引っ張り出した。満面の笑みで突き出してくる。

 ファイルには『Alignment Enhancer』と題された薬剤の開発計画が記されていた。

 

「見たまえ。これで影打も言い逃れできないはずさ。ふふふ、ボクの勝ちだ」

「浮かれるな。まだサユリが残ってる」

「ちぇっ、そういえばそんな名目もあったね」

 

 七瀬は折り畳んだ書類を統制官服の内ポケットに丁寧にしまった。廊下にはもう誰もいない。慎重に部屋を出て先を急ぐ。やがて厳重に閉ざされた扉の前にたどり着いた。

 

「ここだよ」

 

 俺は深呼吸をすると、端末を操作した。

 

> ./unlock_door --target C321_Room

> Door Lock... [RELEASED]

> Final Correction Sequence... [STILL_ACTIVE]

 

 重たいロックが外れる音がした。だが、安心するにはまだ早い。端末の赤い警告表示は消えない。むしろ、秒を刻むたびに強く明滅している。

 

「扉は開いた。でも処理は止まってない」

「なら、中で止めるしかないね」

 

 七瀬がスナイパーライフルを肩に担いだ。俺は唾を飲み込んで、扉に手をかける。

 

「危ない!」

 

 発砲音。七瀬が俺を突き飛ばした。背後の壁の焦げ跡が煙を上げている。部屋の中で、肩を押さえた照井が拳銃を構えていた。扉から脱出した後、職員用通路で先回りされていたか。

 

「影打様の計画は誰にも邪魔させない。殺す。ここで殺してやるぞ高城七瀬ェ!」

 

 血走った目の照井が倒れている七瀬に狙いをつけた。俺は必死に端末を叩く。

 

> ./override_medical_bed --target Bed_03 --subject 53-C-288-C321 --ram

> Safety Limiter... [BYPASSED]

> Bed_03 Route... [RECALCULATING]

> Medical Bed_03... [MOVING]

> Patient Behavior... [VIOLENT]

 

 部屋の奥にあった予備の処置用ベッドが、唸るような駆動音を上げて走り出した。

 

「同じ手は食わん!」

 

 照井が白いベッドを転がって避けた先では、倒れていたはずの七瀬が片膝をついていた。悪魔のような笑みを浮かべる。

 

「特別休暇だ。照井矯正官」

 

 七瀬はスナイパーライフルを振りかぶると、銃床で思いっきり頭をぶん殴った。ノックアウトだ。

 立ち上がった七瀬は、尻の埃を手で払うと、俺の脇腹を肘で突いた。やけにニヤニヤしている。

 

「今のはちょっとかっこよかったよ?」

「うるせえ。それよりほら、行くぞ」

 

 果たして、サユリはその部屋にいた。

 ヘッドホンをつけた少女が、イスに拘束されていた。虚ろな目は、正面のテレビを眺めている。画面では、延々と高城之男を讃えるパレードの場面が流れていた。群衆の歓声の中、高城之男を狙った暗殺者が統制官に取り押さえられる。次の瞬間、暗殺者は自ら喜悦の表情を露わにし、右腕を斜め下へ突き出した。吐き気がする。

 

 七瀬がヘッドホンを外すと、そこから小さく音声が漏れた。

 

『高城之男へ一致せよ。高城之男へ一致せよ。高城之男へ……』

 

 俺が拘束を解くや否や、サユリは立ち上がった。右腕を斜め下に、左手を腹に当て、機械的に言った。

 

「高城之男へ一致せよ」

 

 時間は間に合った。しかし、最終段階に入る前から彼女はすでに壊されていたのだ。

 俺は何も言えなかった。七瀬はしばらくサユリを見ていたが、やがて彼女の手を引き、無表情で無線に声を入れた。

 

「C321を保護。これより平野特務統制官と帰投する」

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