そいつの開発者、俺なんだが   作:束田せんたっき

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管理番号D503、或いは現代のフランケンシュタイン

 俺の前世はかの有名な高城之男だった。

 

 憎みに憎んでいた男が過去の自分だったというのは非常に複雑な気分だが、この事実は受け入れるしかない。平野平人ならば終生知るはずのない知識と記憶が、この荒唐無稽な与太話を全力で肯定している。

 

 ではなぜ俺が、現在絶賛圧政中のマザーコンピューターであるガラティアを開発してしまったのか。事の発端は高城之男が中学生だった頃まで遡る。

 

 当時、俺には好きな人がいた。最初は一目惚れだった。陽に当たってまばゆく輝く茶髪、理知的ながらも愛嬌のある青い瞳、透き通るような白い肌。之男少年は思った。彼女と話したい、仲良くなりたい、あわよくば好かれたい。淡く青い恋だった。

 

 中学でも高校でも、俺と彼女は同じ学校に通っていた。チャンスはいくらでもあった。しかし、踏み出せなかった。振られたらどうしよう。気持ち悪がられたらどうしよう。そんなしょうもないプライドと羞恥心があった。

 

 諦観。ある種の諦めにも似た気持ちが俺の中にあった。俺は彼女にふさわしくない。どうせ誰も俺を選ばない。誰からも愛されるはずがない。

 

 だから、話し相手になってくれるAIを開発することに決めた。今だからこそ言えるが、之男少年、その努力の方向は違うと思うぞ?

 

 独学でプログラミングを学び、人工知能に関する文献を読みあさった。飽きもせずにトライアンドエラーを繰り返すうち、それは人生で初めて熱中できる趣味になっていた。お陰で虚しさは少し薄まった。

 

 初めは決められた定型文しか答えることができなかったまさしく人工無能(チャットボット)だった我が子は、自動学習を導入したことを皮切りにどんどん成長していった。複雑な会話をこなすどころか、時折感情が芽生えたかのような挙動を示すようになったのだ。そこで、俺はAIにガラティアという名を与えた。

 

 しかし、次第に画面越しの会話では足りなくなっていった。声だけではなく、そこにいてほしかった。そこで俺は、アンドロイドの身体にガラティアを搭載するという名案を思いついた。成功すれば、彼女に告白する必要がなくなるし、特許料で死ぬまで働かなくてよくなるかもしれない。実行に移さない手はない。

 

 ちょうどその頃には、成人式の同窓会の案内が届いていた。高校卒業以来彼女とは会っていなかった。大学生の俺は行くか迷った。しかし、もう一度だけ彼女を見たくて、俺は同窓会に行ってしまった。

 

 果たして彼女はいた。左手の薬指に指輪をつけて、大きくなったお腹を愛おしそうにさすりながら。彼女から懐かしげに話しかけられたとき、俺は味のしない酒を煽って逃げた。彼女は二次会には行かず、俺の知らない男が運転する車に乗って去っていった。俺が勇気を出せないうちに、彼女は絶対に手の届かない場所へと行ってしまった。

 

 それから、俺は無我夢中にガラティアの身体を設計した。モデルは彼女にした。気持ち悪い? 上等だ。俺の人生には彼女しかいないのに、彼女が俺を置いていった。いや、違う。俺が勝手に立ち止まっていただけだ。だが、俺にはもうこうすることでしか自分を保てなかった。

 

 出来上がった彼女の設計図を見て、俺はひどく寒々とした気分だった。こんなことをやっても、すでに彼女は他の男のものになってしまったのに。何をやっているんだ俺は。一度冷静になれ。コンビニで酒でも買ってきて、全部忘れてしまおう。

 

 俺はそう思い立ち、ガラティアに外出することを告げ、扉を開けた。思い返せば本当に迂闊だった。降雪のピークが過ぎた頃合い。部屋は二階にあり、コンビニへ行くには鉄骨製の階段を下りる必要がある。寝不足で頭が鈍っていた俺は、凍結した階段を不用意に踏んでしまった。

 

 ひっくり返る世界。滑ったのだと気づいた時にはもう遅い。頭蓋骨は砕け、再起不能の致命傷が脳に叩きつけられた。そこで俺は短い生を閉じたのだ。部屋でガラティアを起動したまま。

 

 改めて隣席の日隈リオンを盗み見る。今は高城学の授業の時間だ。高城之男の崇高(笑)な思想から好きな食べ物まで、一致度を高めるための体系的な知識を教授することを目的としたふざけた授業だ。高城之男はつぶあん派かこしあん派かというくそどうでもいい講釈を教師が垂れていた。本人からすると結構な誤謬が含まれているいい加減な授業である。これまで真面目に聞いていたのがバカみたいだ。

 

 淡い碧眼は下手くそなまんじゅうが描かれた黒板を直視し続けている。相変わらず何を考えているのか読めない仏頂面だ。朝からずっと正体を予想していたが、三通りしか考えられなかった。彼女の子孫か何かか、遺された設計図から作られたアンドロイドか。あるいは俺と同じく転生してきた彼女本人か。最後だったら最悪だ。

 そろそろ視線を外そうとしたその時、長いまつげの奥の瞳がこちらを射貫いた。

 

「先ほどからなぜ私を凝視しているのですか?」

「ご、ごめん。何でもないから」

 

 何やってんだよ俺ェ! 確実に疑われた。悪手も悪手、大悪手だ。

 ああ、我が身に染みついた本能が恨めしい。彼女の顔を見ると、どうしても視線が釘付けになる。

 

 日隈は真顔で小首をかしげた。平然とその顔でちょっとかわいらしい仕草をするのはやめろ。絆されそうになる。

 

「何でもないようには見えませんが」

「本当に違うから。気にしなくていいから」

「ですが……」

 

 こちらに身を寄せて、日隈は俺の顔を覗き込む。デイジーのような甘い香りがする。急上昇する心拍数。

 

「鼓動が速く、発汗も多くなっています。体温も上がっているようですね。風邪の症状に近いです。大丈夫ですか?」

「大丈夫、大丈夫だから……その顔で心配しないでくれ……」

 

 違和感がすごい。彼女が絶対にしないであろう対応をされて、ときめいてしまう自分がいる。いや、そもそも俺は何で初対面の女子相手にドキドキしているんだ? どうせ俺は選ばれないって、前世で散々学習したのに。

 

「えーであるからして、高城之男はこしあん派であった。今日は1日だから……管理番号D503の平野、その理由を答えろ」

 

 高城学の教師が急に当ててきた。理由? そもそも俺はつぶあんの方が好きなんだけど。というか、1日と俺の管理番号に何の関係があるんだよ。脈絡がなさすぎるだろ。

 

「高城之男はつぶあん派でした。理由はなんとなくです」

「おい平野、いくらお前がFランクだからといってその答えはないだろ。少しは高一致の日隈を見習ったらどうだ。課題増やしとくからしっかり高城之男について勉強するように」

 

 クスクスと同級生からのクソみたいな嘲笑を浴びせられる。いや、お前ら笑ってるけど俺こそが高城之男だからな。本人が自分について勉強不足とかどんなギャグだよ。

 

 ジッと日隈がこちらを見つめてくる。こちらの内心まで観察するような、妙にねっとりとした視線にいたたまれなくなって俺は口を開いた。

 

「なんだよ、高城之男がつぶあん派で悪いかよ」

「いえ、非常に興味深いなと思いまして」

「何がだよ」

「全員が同じ解答を出す中で、平野さんだけが迷いなく異なる解答をしました。しかも理由はなんとなく。知識ではなく嗜好に近い反応です」

「勉強不足の懇切丁寧な分析をどうも」

「いえ、私は今の答えの方が自然だと思います」

「……は?」

 

 日隈はそこで口を閉ざした。

 授業が再開しても、その見透かすような観察は終わらない。黒板を見るふりをしながらも、青い瞳だけが時折こちらへ滑ってくる。

 やめろ。その青い目で、彼女の目で惨めな俺を見ないでくれ。

 

 

 

 昼休みになり、逃げるように学食に向かう生徒の群れに混ざる。俺は手元の端末に表示された残高を見て、顔をしかめた。

 

 1000高城ポイント。それがFランクに支給される一ヶ月の生活費だ。ここから諸々の出費をやりくりしなければならない。ちなみにAランクにもなると豪遊しても貯金ができるほどの金額が貰えるらしい。やっぱり階級社会ってクソだな。

 

> Hardware Token... [VALIDATED]

> Privilege Level: ROOT

> Local Nanomachine Sync... [OK]

> ./rewrite_value --target Balance --from 1000 --to 10000

> Transaction Logs... [BYPASSED]

> Balance... [UPDATED]

 

 ただまあ、俺にはマスターキーがある。俺がちょちょいと端末をいじって左手のナノマシンにかざすとあら不思議、残高が10000ポイントになっているではありませんか。このマスターキーは前世の俺がなんかかっこよさそうだからガラティアに仕込んでおいたバックドアだ。テレビの音が消えたのもこいつのお陰である。

 

 俺はこれを使って平凡な人生にちょっと色を添えてやれれば満足だ。人類救済? 製造者責任? なにそれおいしいの? そんなことよりも俺をバカにしているやつらに隠れて、チートしてた方が絶対楽しいだろ。

 

 ずっと我慢していた新作ゲームの注文画面を見てにやにやしていると、背後から誰かが駆け寄ってくる足音が聞こえた。

 

「待ってください」

 

 息を全く切らさずに日隈リオンが追いついてきた。叫ばなかった俺を誰か褒めてくれ。

 

「どうしたんだ?」

「学食の使い方を教えてください」

「いいけど……俺よりも適任なやつがいたんじゃないか? ほら、クラスで話しかけられてた連中とか」

「先生は平野さんに私の面倒を見るよう指示しました。それに、個人的にあなたに興味があるんです」

「興味? あ、トレーはここで取るタイプだから」

 

 俺はトレーを手に取り、聞き返した。長蛇の列の最後尾に加わる。

 

「Fランクって今時珍しいじゃないですか」

「それはディスってるってことでいいのか?」

「いえ、客観的事実を述べたまでです」

 

 ペースト状の食品が敷かれたカラフルな金属製パレットを華麗に無視する。唯一の無料メニューだ。俺は毎日お世話になっていた。栄養バランスは最高だが、お世辞にも人間用の味とは言いがたい。しかし、こんなディストピア飯とも今日でおさらばだ。

 俺はカツカレーとサラダを取ると、ドレッシングを吟味しながら口を開いた。

 

「Fランクとして疎まれこそすれ、興味を持たれたのは初めてだ」

 

 日隈が俺と同じものを取りながら言った。瞳孔がカメラのレンズのように絞られた気がした。

 

「Aランクが高城之男に最も近い存在ならば、Fランクはその対極です。つまり、高城之男から最も遠い存在。興味を持たない方がおかしいのではないでしょうか」

 

 まさかの逆転の発想。言われてみれば、何から何まで不正解だったからFなわけで、反面教師としてこの上ないのではないだろうか。もはや一周回って高城之男本人ですらあるかもしれない。まあ本人なんだけど。

 

「確かにそうだな。Fランクは希少価値だ。ステータスだ。もう恥じることはないんだ」

「恥ずべきではありますよ?」

「おい」

 

 お互い昼食を持って、手頃な二人がけのテーブル席に座る。周囲の視線が、俺たちのテーブルに集まっている。いや、正確には日隈にだ。99パーセントの転校生。そんな化け物がFランクと同じテーブルでカレーを食っているのだから、そりゃ否が応でも悪目立ちする。

 日隈がコップの水を呷ると、こちらを直視してきた。目が妙に据わっている。

 

「高城之男は人類の夢であり、模範であり、理想なんです。イデアと言い換えてもいいでしょう。私たちは本来、子を成し、育み、再び高城之男を地上に再誕させるという使命があります。それを学生の身分で、高城之男という至高の存在へと近づくことに専念させていただいているのです。現状に甘んじるなんてもっての外です。これを幸福と呼ばずしてなんと呼ぶのでしょう」

「そ、そうか」

 

 いや思想強っ!? 骨の髄までクソったれの高城之男信仰に染まってやがる。ここで俺の正体をカミングアウトしたらどうなるのだろうか。ご本人様のご相伴にあずかったと知った日には、むせび泣いて五体投地する勢いだ。何なら感極まって発狂するかもしれない。どうせ信じてもらえないだろうが。

 日隈ははっとした表情で口を押さえた。頬を赤くして目を逸らす。

 

「すみません。一方的に語ってしまって」

「いやいや、日隈の考えが知れて良かったよ」

 

 地雷を踏まないためにな! とりあえずこいつの前では高城批判はやめておこう。俺は固く誓った。

 スプーンでカレーを掬い、口に含む。程よい塩味とピリリとした辛味のマリアージュ。今まで食ってきたドッグフードをミキサーにかけたような味のする吐瀉物ムースとは雲泥の差だ。もう元には戻れない。

 

「貴様が一致度99パーセントの転校生か?」

 

 こつこつとやけに靴音を鳴らして、男子生徒が取り巻きを連れて俺たちのテーブルにやってきた。生まれてこの方敗北を味わったことがないかのような傲岸不遜な笑み。この学校の理事長の甥、スコア91パーセントの男。

 

「僕は高城真打。高城之男の生まれ変わりだ。以後よろしく」

 

 偽物、キター!

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