そいつの開発者、俺なんだが   作:束田せんたっき

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上から来るぞ! 気をつけろ!

 もう朝だった。シャワーを浴びて出勤すると、オフィスに着いた瞬間、西条が待ち受けていた。能面のような顔で、右腕が突き出される。

 

「高城之男へ一致せよ。高城局長がお呼びです」

「来て早々かよ」

「今朝からずっと待っていたようですので、ただちに行ってください」

「嫌な予感しかしないんだが」

 

 面倒ごとを振られるだろこれ。俺がげんなりして局長室に向かうと、西条も後をついてきた。

 

「お前も来るのかよ」

「ええ、私にも関係がある件ですので」

 

 ますます碌なことにならない気がする。局長室では、七瀬が鼻歌を歌いながら端末をいじっていた。俺の姿を認めると口元がわずかに緩んだ。

 

「一致せよ。やっと来たかい」

「高城之男へ。朝っぱらからなんだよ」

「そうせかせかしないでくれよ。まずはゆったり会話を楽しもうじゃないか」

 

 七瀬は窓から差し込む朝日を浴びて、あくびを手で隠しながら言った。

 

「今日は良い天気だね。ああ、コーヒー頼んだよ」

 

 俺はため息をつくと、コーヒーを淹れ始めた。七瀬は両手で顎を支えながら、じっと見つめてきた。

 

「なんだよ。ちょっとやりにくいんだけど」

「んー? 別にー?」

「西条、局長の様子がおかしい。今日は休ませた方がいいんじゃないか?」

「私にはいつも通り一致しているように見えますが」

「お前に訊いた俺がバカだった」

 

 七瀬がからかうように言った。

 

「随分と冷たいんだねえ。ボクは婚約者だよ? もっと然るべき態度ってものがあるんじゃないかい?」

「だから体調を気遣ってるんだろ。お前やっぱ今日変だぞ」

「変にもなるさ」

 

 俺は湯気の立っているコーヒーカップを七瀬の前に置くと、七瀬が強引に左手を絡ませた。ナノマシンが同期される。

 

「げ、マジか」

「喜びたまえ。かわいい局長からのスキンシップだよ?」

「わーいやったー」

 

 七瀬は片眉を吊り上げた。少し不満げだが、同期が終わると手を離し、淹れたてのコーヒーを嗅いだ。

 

「キミたちも飲むかい?」

「まあ、じゃあ貰おうかな」

「私はすでに飲んでいるので結構です」

 

 西条が敬礼しながらそう言った。まあこの一致人間なら欠かさず飲んでいそうだけども。

 ポットに残った分を自分のカップに注ごうとすると、七瀬は制止して、手ずから注いだコーヒーを差し出してきた。

 

「はいどうぞ」

「どうも」

 

 俺が流れるように牛乳と砂糖をぶち込むと、七瀬は信じられないものを見るように目を見張った。

 

「なんでそんなものを入れているんだい?」

「今日は甘いコーヒーの気分だったんだよ」

「でも高城之男は常にブラックだったらしいよ?」

「知らねえよ」

「……信じがたいね」

 

 少し俺のコーヒーを羨ましげに見ながら、七瀬が顔をしかめてコーヒーを飲んだ。カップを皿の上に置き、デスクに肘をつく。

 

「それじゃあ、今日の任務を発表する」

「よっ、待ってました」

 

 七瀬がジト目で見つめてきた。

 

「……嘘つけ」

「なんでもいいからさっさと言えよ」

「指定反一致分子集団『レネゲード』の残党狩りだ」

 

 レネゲード……って確か、反乱軍の別名じゃねえか。ウィンストンしかそう呼んでなかったはずだが、統制局の資料ではそう分類されているらしい。

 俺が固まっているのを見て取り、七瀬が悪辣な笑みを浮かべた。

 

「そう、キミの古巣さ。平野特務統制官。彼らにしっかり成長した姿を見せてきたまえ」

 

 人の心とかないんか?

 

 

 

 二時間後、俺は第13セクターの貧民街に来ていた。任務は、反乱軍が物資のやり取りをしている倉庫で待ち受け、その構成員を捕縛すること。内容からしてやる気が出てこない。

 

 今は反乱軍の間抜けが出てくるまで倉庫の近くに止めた車で待機だ。俺がぼんやりと白い詰襟をいじっていると、銀白の警棒を整備していた西条が感情の見えない目線を送ってきた。

 

「いつにも増して勤務態度が反一致的ですね。気乗りしませんか、今回の任務」

 

 アンパンを食っていた壬生が、口の周りにこしあんをつけたまま言った。

 

「やはり今回は過剰戦力なんですよ。反乱軍の残党ごときに特務統制官二名なんて。平野特務統制官は、それが不満なんでしょう。私に手柄を譲っていただいてもよろしいのですよ」

 

 壬生のお世辞は、最後の「手柄をよこせ」の前座にしか聞こえなかった。

 

「ええ、全部壬生統制官にあげますよ」

「本当ですか!? ああ、いえ、無論冗談ですよ?」

 

 助手席から身を乗り出してきた壬生が、頭の後ろをかいて座りなおした。流石に露骨すぎる自覚はあるらしい。

 

 外では時たま、みすぼらしい服装の下層民が通りかかるだけだ。知っている顔はいない。当然だ。俺が反乱軍にいた期間なんてわずかしかない。

 

 クラリスは今頃どうしているのだろうか。ガラティアによれば、逃げ切れたらしい。だが、最後に見た時の彼女は頭から血を流していた。後遺症がなければいいが。

 

 そこまで考えて、俺は無意識に彼女のことを考えていたことに、なぜか気恥ずかしさを感じた。こんなナチュラルに思考に食い込んでくるのは、前世の日隈リオンくらいだ。しかし、クラリスは彼女と比べれば月とスッポンみたいなもんだ。あんな女。俺が心配せずともケロっとしているだろうが。

 

 せめて、顔見知りとは会いたくないものだ。統制官として働いているところを見られるなんて、気まずいなんてレベルじゃない。あいつらにしてみれば、俺は七瀬に尻尾を振った裏切者なのだろうか。それは少し心外だ。

 

 ぼーっと外を眺めていると、台車を押した男と麻袋を背負った少女が倉庫に入っていった。一拍遅れて、俺は気が付いた。あれ、田上とエリじゃないか?

 

 壬生がパックの牛乳を一気に飲み干して、意気揚々とドアを開けた。

 

「ノコノコと手柄……いえ、ホシが来ましたね! 行きましょうか!」

「もう少し様子を見てもいいんじゃないですか?」

「何を言ってるんですか平野特務統制官! 私は先に行きますからね!」

 

 西条が車から降り、警棒の電源を入れた。

 

「D503、そこで待機していても構いませんが、このことは局長に報告します」

「ああはいはい、行きゃいいんだろ行きゃあ」

 

 勢いよく車のドアを閉めると、大きな音がした。これで少しでも気づいてくれると良いんだが。

 

 倉庫の入り口に張り付いて様子を窺う。格子状の天窓から差し込む日光だけが、倉庫内を薄く照らしている。中は薄暗く、大量のコンテナが視界を遮っている。西条が淡々と言った。

 

「私はここで出入口を封鎖します。お二人は中で彼らを拘束してください」

「了解です」「あいよ」

「D503、最低限は働いてくださいよ」

「わかってるって」

 

 全力で妨害してやる。クソッタレが。

 

 壬生と倉庫内に忍び込む。コンテナに隠れながら、中心に近づくにつれて話し声が大きくなった。聞いたことのある似非関西弁が耳に入る。

 

「ほんまおおきに、信徒信輔、信徒エリ。助かります」

 

 腰にウェディングドレスを巻き、黒装束を二人従えた変質者が、田上たちと物資のやり取りをしていた。似内司教、あんたもいるのかよ。

 田上が無精ひげをこすりながら言った。

 

「恩に着るぜ司教様。こっちとしても助かってんだ。統制局のせいで、なかなか物資が入ってこなくなったからな」

「いえいえ、高城之男から離れようとする者はみな同志ですよ。今後もどうぞよしなに」

 

 壬生が警棒に電流を流して飛び出そうとするのを、肩を掴んで止める。小声で壬生が抗議してきた。

 

「何をするんですか平野特務統制官。早くしないと逃げられちゃいますよ」

「いや、あれはレネゲードじゃなくて相違教です。一度上に確認しないと面倒なことになりますよ」

「相違教も指定反一致分子です。とにかく捕まえましょう」

 

 壬生が飛び出していったので、俺は偶然を装って空き缶を蹴り上げた。金属が転がる音が倉庫内に響く。田上が弾かれたように振り向いた。

 

「誰だ!」

 

 頭を掻きむしった壬生が警棒を構える。

 

「神妙にしなさい。我々は統制局です。一致維持法……ええと第何条だったかな。まあ、それに基づきあなたがたを逮捕します」

 

 似内司教が左腕を斜め下に、右手を腹に当てて叫んだ。

 

「高城之男と相違せえ! 皆の衆、プランBや!」

 

 台車を捨てた田上がツッコんだ。

 

「プランBってなんだよ!」

 

 蜘蛛の子を散らすように、田上たちが逃げ出した。壬生が真っ先にエリの後を追いかける。子供なら捕まえやすいと踏んだか。

 

 俺は似内を追いかけるフリをしながら端末を起動した。

 

> Local Nanomachine Sync... [OK]

> Cached Relay Session... [ACTIVE]

> Privilege Level: LIMITED_ROOT

> ./override_crane --target Crane_B12

> Crane_B12 -> Control... [SEIZED]

> ./move_crane --target Crane_B12 --x 2.4m

> Load_stack_B12 -> Collapse... [EXECUTED]

 

 天井のクレーンが動き、積まれていたコンテナを押し崩す。エリと壬生の間でコンテナの雪崩が起こり、壬生の行く手を阻んだ。

 

「うわあ、なんじゃこりゃあ!?」

「壬生統制官! 上から来ます! 気をつけてください!」

「警告が遅い!」

 

 似内はパルクール染みた変態的な動きで出入口へと向かっていく。田上やエリが別のコンテナの陰から似内に合流した。エリが俺を見て、目を見張った。

 

「平野っち!? なんでそんな服着てんの!?」

 

 俺は顔を背けて、裏声で言った。

 

「わ、私はそんな宇宙生物みたいな名前じゃありません」

「やっぱり平野っちだ!」

 

 どこが俺なんだよ。道の先では、西条が待ち受けている。このままじゃ全滅だ。

 

> ./move_crane --target Crane_B12 --x -1.6m --y 0.8m

> Crane_B12 -> Arm Collision... [DETECTED]

> Light_rack_EXIT_01 -> Support... [BROKEN]

> Light_rack_EXIT_01 -> Falling... [EXECUTED]

> Exit Route -> Visibility... [LOST]

 

 天井クレーンのアームが出入口付近の照明を引っかけた。ライトが砕け散る音がけたたましく響き、西条が跳び退った隙に、数人が脇を逃げていく。

 

 ガラスに足を滑らせたエリが盛大に転んだ。体勢を立て直した西条の振るった警棒が、煌めきながら彼女に迫る。

 

「こん畜生があああ!」

 

 田上が抱えていた麻袋をぶちまけて電撃を防ごうとするも、西条の動きは止まらない。そのまま田上が西条に衝突し、二人はもつれ合って倒れた。エリが立ち上がり、田上を見る。

 

「田上!」

「エリ、早く行け!」

「ごめんっ!」

 

 彼女の目尻の涙が光った。エリが倉庫を出るのとほぼ同時に、コンテナを乗り越えてきた壬生が、転がっている田上に飛びついた。

 

「確保ーッ!」

 

 俺はその様子を見て、唇を噛んだ。何捕まってんだよ田上イイイイ!

 壬生が田上に手錠をかけ、手荒く立たせた。得意満面に西条に伺いを立てる。

 

「西条主任! こやつ、いかがいたしましょうか!」

「見たところ末端のようですね。そのまま執行してしまっても構いません」

「待てよ」

 

 俺は田上の隣に立つと、西条の糸目を睨んだ。

 

「俺たちの任務はあくまで拘束だ。それに、現場で潰したら、連絡網も補給路も追えなくなる。こいつだって何か有益な情報を持っているかもしれないだろ」

 

 田上が俺の姿を目に入れて叫びかけたので、全力で脛を蹴った。悶絶する田上に囁きかける。

 

「余計なことしゃべるなよ、この前途多難」

 

 西条は顎をさすって考え込んでいたが、やがて口を開いた。

 

「あなたにしては珍しく一致ありますね。では、この者は一致省に連れ帰って尋問しましょう」

 

 一理あるみたいに言うな。

 どうにか、即座に殺される事態は避けられた。俺は田上に猿ぐつわを噛ませながら、ほっと胸を撫で下ろした。

 

 西条が思い出したように言った。

 

「ああ、そういえば先ほどは天井のクレーンの挙動がおかしかったのですが……D503、何か知っていませんか?」

「な、何のことでしょう」

「いえ、少々気になっただけです。あなたは怪奇現象の専門家のようですから」

「さあ、またガラティアに何かあったんじゃないですか。この間みたいに」

 

 壬生がのんきに笑った。

 

「ガラティアも三百年でガタが来たんじゃないですかね」

 

 は? 俺のガラティアが三百年程度で壊れるわけないだろ。しばくぞ。

 

 警棒をしまった西条が咎めるように言う。

 

「壬生統制官?」

「じょ、ジョークですよ。もちろん。あはは」

 

 田上を車に詰め込みながら、俺は深いため息をついた。

 さて、この男をどうやって逃がそうか。死ぬほど面倒くせえ。

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