そいつの開発者、俺なんだが   作:束田せんたっき

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高城精神注入棒

 翌日、俺は捕獲された田上の情報を照会するために、記録局へ行くことを命じられた。朝っぱらから、娘の演劇発表会なのに出勤しなければいけないことを愚痴っていた壬生が伝えてきたのだ。

 

 俺はエレベーターで地下42階を押し、地下深くまで落ちていく感覚に身を任せる。程なくして、扉が開くと古紙の匂いが流れ込んできた。

 

 記録局のオフィスは迷宮のようだった。所狭しと高い棚が立ち並び、オレンジがかった光が点々と通路を照らす。地味な白い制服を着た職員が、はしごに上ってファイルを抜き取り、個室へ戻っていく。その往復に俺は巣穴に餌を運ぶアリを幻視した。

 

 統制局から連絡が回っていたのか、エレベーターから降りてきた俺に、待ち受けていた記録局長が右腕を突き出し、左手で腹を押さえた。

 

「高城之男へ一致せよ。これはこれは平野特務統制官。あなたのようなお方が、このような埃臭い場所にどのようなご用件でしょうか?」

「とある男の記録を探しています。誰かに案内役を頼みたいのですが」

「それでしたら、どうぞこちらへ」

 

 記録局長が手近な個室に頭を突っ込み、何やら写真を仕分けしている男に声をかけた。

 

「平野君、こちらの平野特務統制官に記録照会の案内をして差し上げなさい。一致せよ」

「高城之男へ」

「案内は彼が致します。それでは」

 

 記録局長は俺に愛想良く敬礼すると、書架の森の中へ去っていった。

 

「高城之男へ一致せよ。……ああ、平人じゃないか。誰の記録が必要なんだ?」

 

 頭頂部が少々心もとないその男は、俺の父、平政だった。上司に顎で使われてる父親とか見たくなかったんだけど。俺は引きつった笑みを浮かべた。

 

「と、父さん。ええと、田上信輔……57-E-276-K122なんだけど」

 

 平政は骨董品のような分厚いパソコンで検索し、画面を見つめながら言った。

 

「……なんだ、その、特務統制官というのは。やっていけそうか?」

「まあ、別になんとかなる仕事しか振られていないから」

「それなら良いんだ」

 

 田上の件に関しては、なんとかなってはいけなかったんだがな。

 机の上には様々な写真が並べられていた。その撮られた時期も場所もどれも異なっていたが、一つだけ共通点があった。すべて高城之男が写っている写真だということだ。

 俺の視線に気づいた平政が、ある写真を取り上げた。

 

「父さんは今、高城之男の古いアーカイブを整理する仕事をしていてな。これは高城之男が十九歳の頃に撮られたものだが、一説ではこの写真が高城式敬礼の元になったと言われている」

 

 自分のせいで左遷された父親が、前世の自分のアルバム整理とかいう閑職をやらされてるとか、あまりにも地獄過ぎる。

 

 場所は大学の学食だろうか。写真の中の俺は、どこかを遠い目で睨みつけながら、左手で腹を押さえ、右腕を斜め下に突き出していた。

 平政が嬉しそうに語る。

 

「この写真、素晴らしいと思わないか。未来を見据える遠大な眼差し、自制するような左手、差し伸べられた右手は救世主の慈愛を表しているようだ。まさに私たちが目指すべき理想の人間の姿そのものだよ」

 

 段々とこの写真が撮られた当時の記憶が鮮明になっていき、俺は変な笑いを堪えなければならなかった。何が理想の姿だ。これはただ、腹痛に耐えながら落としたポケットティッシュを拾おうとしただけだ。俺が見ていたのは未来なんかではない。トイレだ。

 

 タカギニアの連中がバカみたいに繰り返しているポーズが、まさか本当に落とし物を拾う姿勢だったとは。こんなふざけたことがあるか。しかし、この国ではないとは言い切れないのである。もう終わりだねこの国。

 

 平政がエンターキーを押すと、天井からレシートのような紙が降ってきた。それを掴むと、立ち上がる。

 

「あった。ついてきなさい」

 

 平政と書棚の間を縫うように歩く。その疲労を滲ませた背中は、記憶の中よりも一回り小さく見えた。

 平政が前を見ながら、静かに言った。

 

「毎日高城之男の写真を見ていると、昔のお前を思い出すな」

「ななななんで?」

「何をそんなに驚いているんだ? よく話していたじゃないか。お前には高城之男の雰囲気、覇気がある。末は統制官か、矯正官かって」

 

 確かにそんなことも言っていた気がする。実際はFランクの特務統制官というロンダートみたいな進路になったわけだが。

 平政がとある書架の前で立ち止まった。その横顔は優しげな顔立ちをしているが、今の俺の顔とは似ても似つかない。俺は二重なのに、平政は一重だ。

 

「俺と父さんって全然似てないよね。母さん似なのかな」

「当然だよ。お前は父さんと血の繋がった子じゃない」

「え?」

 

 なんか突然、爆弾発言をぶちかまされたんだが。いや、まさかこの男、俺の正体に気付いているのでは? 長年一緒に暮らしてきた父親だ。違和感を抱かない方が難しいだろう。「そうです、私が高城之男です」とか言った方がいいのか?

 

「言ってなかったか?」

「まったく」

 

 冷や汗を垂れ流している俺のことはつゆ知らず、平政ははしごを昇りながら続けた。

 

「養子なんだよ。古い友人から預けられたんだ。もっとも、生みの両親が誰かは私もわからないんだけどね」

「その古い友人も知らないのか?」

「彼は反一致分子になってしまった。もう聞くことはできない。お前と同じ特務統制官だった」

 

 ん? 元特務統制官で反体制派の人物? サブリミナル筋肉が爽やかな笑顔で親指を立てた。やめろ、俺の出生の秘密を勝手に握るな。ダンベルじゃねえんだぞ。

 

 平政は田上の情報が書かれた書類を手渡しながら、まっすぐに俺の目を見据えた。

 

「しかし、これだけは言わせてくれ。平人、父さんはお前を我が子として今日まで育ててきた。それはこれからも変わらない」

 

 薄い書類の束を受け取りながら、俺はその視線を正面から受け止めることができなかった。俺はもう、父の知っている平野平人ではない。この国を覆いつくす亡霊が、俺の意識にログインしてしまったのだ。

 

 

 

 統制局に戻った俺が田上のスッカスカの記録を差し出すと、七瀬はパラパラとそれに目を通し、コーヒーに口をつけた。

 

「随分と情報が少ないね。今時こんな履歴書、売店のレジ打ちも通らないよ」

「そうだな」

 

 七瀬があからさまに頬を吊り上げた。片肘をデスクにつき、上目遣いで俺を見上げる。

 

「珍しくしおらしいね。何かあったのかい?」

「別に、何もねえよ」

「何を言うか。ボクは未来の奥さんだよ? 隠し事はなしでいこうじゃないか」

 

 底意地の悪い笑みを顔に張り付けた七瀬が、両手を精一杯広げた。クソガキが抱っこをねだっているようにしか見えない。俺に口を割る気がないことを察すると、七瀬はふっと笑みを消した。

 

「あっそ、キミがそういう出方をするなら、ボクにも考えがある。D503、K122を尋問してきたまえ」

「は? 俺が田上を?」

 

 七瀬は手を組んで肘をついた。逆光が彼女の顔に影を落とす。

 

「そうさ。記録局にまともな情報がなかったんだから。しっかりと情報を搾り取ってくるんだよ? ダーリン?」

 

 この許嫁は疫病神なんじゃないか。俺は悪態をつきながら局長室を出た。

 

 尋問室には、椅子に拘束されて睨みつけてくる田上と、記録係の壬生がいた。インカムから聞こえてくる七瀬の楽しげな声が、鼓膜を震わせた。

 

『それじゃあ、始めたまえ』

 

 さて、壬生と七瀬をどうごまかすか。俺は銀白色の警棒を抜き、部屋の隅のデスクに座っている壬生に振り返った。

 

「そういえば、娘さんはどんな役をするんです?」

「高城之男からこしあんの饅頭を授けられる村娘ですよ」

 

 なんだそのふざけた配役は。

 

「本日の業務はこれだけですよね? 今なら間に合うのでは?」

「しかし……」

 

 渋る壬生に俺は囁きかけた。

 

「調書の作成は後で俺が代わりにやっておきますよ。こんなしょうもない男の尋問は何回もありますが、今の娘さんの発表は今しか見られませんよね?」

「そうは言いましても……」

 

 壬生は半ば腰を浮かせていたが、チラチラと天井の監視カメラを気にしていた。行きたいが、七瀬の手前自分からは言い出しづらいのだろう。

 俺は監視カメラを見上げた。

 

「七瀬、ここは局長として、部下の娘の晴れ舞台を祝ってやるべきなんじゃないか?」

『……そうだね。ボクら水入らずの尋問と行こうじゃないか。壬生統制官、上がって良いよ』

「高城局長、平野特務統制官、格別のご配慮ありがとうございます」

「いえいえ、これも同僚のよしみですよ」

 

 これで邪魔者が一人減った。

 ウキウキで高城式敬礼をした壬生が、尋問室から出て行った。インカム越しに七瀬が呆れた声を出した。

 

『貸し一だよ』

「返せたら返すわ」

『それは返さない人間の言い回しじゃないかい?』

「ご名答」

 

 壬生の足音が遠ざかる。俺は田上に背を向けたまま、端末を起動した。

 

> Local Nanomachine Sync... [UNSTABLE]

> Privilege Level: ROOT?

> ./mask_feed --target Interrogation_Room_B42 --audio --video

> Feed Mask... [PARTIAL]

> Whisper Range... [SUPPRESSED]

> Visual Severity... [AUTO_ENHANCED]

 

 やはり、七瀬の中継がないとナノマシンの接続は不安定らしい。理想は映像と音声の完全差し替えだった。しかし、これでは映像はごまかせるものの、音声は小声を消すに留まっている。要するに、田上との拷問劇場が開演したということだ。

 

 俺は警棒で肩を叩きながら、悪辣な笑みを浮かべた。手本はもちろん我が許嫁である。

 

「さて、K122。これは高城精神注入棒だ。今からこいつを使って、お前に高城精神を注入する」

『キミは何を言っているんだい?』

「平野てめえ! 裏切りやがったな!」

 

 顔を真っ赤にした田上が椅子で暴れた。俺はやつの耳元で、低い声で囁いた。

 

「死にたくなかったら、超痛そうな声上げろよ。田上」

「え?」

「ほら、わかったならやるぞ」

 

 俺は高城精神注入棒を大きく振りかぶり、田上の肩に丁寧に置いた。キョトンとした田上が、一拍遅れて叫びだした。

 

「ぎゃあああああいってえ! 超いてえ!」

「アアン!? 全然痛そうじゃねえぞこの野郎!」

「あびゃあああああ!?」

 

 田上の指に警棒でソフトタッチしながら俺は声を張り上げた。

 

「ホラホラ、反一致分子のアジトはどこだ!? 吐け!」

 

 吹き出しかけて、変な顔で堪える田上。何がおかしいんだよこの野郎!

 

「まだ吐かないか! オラッ! 注入! 注入解除! 注入!」

「いっちいいいいいいい!」

「早く楽になれ。次は本気で高城精神を注入する」

 

 小刻みに肩を震わせる田上。映像越しには痛みに耐えているように見えるのだろうが、こいつ、絶対に笑ってやがる。

 

「言う! 言うからその棒をしまえ! 第17セクターの廃工場だ!」

「第17セクターだな!?」

「ああ、間違いねえ! 多分!」

「多分ってなんだよ!」

「たかぎいいいいいい! 今は使ってるかわからねえんだよ!」

 

 高城精神注入棒で田上を顎クイしていると、七瀬のインカムからドン引きした声が聞こえてきた。

 

『D503、キミってこういうこともできたんだね……ボクも受け入れる努力は……努力は……』

 

 おい、そっちには一体どんな地獄絵図が映ってるんだよ。

 

「番号で呼ぶな。いつもより距離が感じられるんだが」

『でかしたよ、D503。まさに少女にこしあん、高城之男にフカヒレだね』

「だからなんなんだよその慣用句は! おい無視すんな! おい!」

 

 七瀬が一方的に通信を切った。とりあえず田上を救えたが、人間としての尊厳を失ったような気がした。

 田上の咳が落ち着くのを待って、俺は声を落とした。

 

「おい大根役者。廃工場には何があるんだ?」

「そこは昔使ってたアジトだ。今は何もない」

「救援は来るのか?」

「エリからウィンストンの兄貴に連絡は行ってるはずだ。俺がここから出される日時がわかれば、来てくれるかもしれねえ」

 

 今度は反乱軍に情報を流さなきゃいけねえのかよ。明らかに特務統制官の仕事ではない。俺は田上一人のために発生する仕事量にげんなりしながら、情報漏洩の方法を考え始めた。

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