そいつの開発者、俺なんだが   作:束田せんたっき

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ダイレクト反乱軍宛て書簡

 田上に案内させて、偽アジトを襲撃する日程は決まった。というか明日だ。しかし、反乱軍に通達して回収しに来てもらわなければ、シンプルに田上が虚偽報告をしたとして執行されてしまう。時間はない。

 

 反乱軍に連絡する方法は限られていた。盗聴、暗号、協力者、隠しメッセージ。いろいろ考えたが、最終的に俺は一番シンプルな方法を選んだ。ダイレクト情報漏洩である。

 

> Privilege Level: ROOT?

> ./generate_email_draft --target CLARIS_TERMINAL

> Rescue_Request... [MISCONVERTED]

> Casual_Tone... [OVERAPPLIED]

 

 俺は管理者権限で、クラリスの端末の下書きフォルダに電子メールを直接生成した。クラリスからしたら、突然謎のメールの下書きが生えてきたように見えるだろう。なんかいろいろ中継してアドレス隠してたけど、俺に言わせれば子供のお遊びみたいなものだ。

 

From: Clarice Fahrenheit

To: John

Subject: 田上がオオアリクイに殺されて一年が経ちました

ジョンお前ネットやとバリおもろいやん笑

たまには17セクター来いよ!

田上も出るし、とりあえず明日15時は球技大会やから絶対来い笑

 

 別にふざけているわけじゃない。不安定な直通権限を使ったらこう変換されてしまったのだ。だから俺は悪くない。多分。

 クラリスがどれくらいマメに連絡を確認しているのかは知らないが、これでダメならもう諦めるしかない。俺は端末の電源を落とし、明日の球技大会に備えて就寝した。

 

 

 

 そして翌日、俺たちは田上を乗せて幹線道路を走っていた。統制局の車は三台、総勢十八名の割と大規模な襲撃作戦である。俺の乗っている先頭車には田上、西条、壬生の他に二名の統制官もいた。このままでは、救出に来たクラリスたちが逆に制圧されてしまいそうだ。

 

 インカムから七瀬の鈴の鳴るような声がした。

 

『D503、わかっていると思うけど、反一致的行動は慎むことだね』

「俺はいつも真面目に職務を全うしているんだが」

『……よく断言できるね』

 

 当然、俺は管理者権限を起動した。七瀬との同期は済んでおり、安定して使用できる。

 

> Privilege Level: LIMITED_ROOT

> ./override_traffic --target Sector_17_Traffic_Node --mode split

> Escort Vehicles... [REROUTE_TO_SECTOR_71]

 

 後続の二台が俺たちとは別の道路に吸い込まれていく。照井が緑の目を見開いて窓を叩いているのが見えた。これで、あいつらはしばらく第71セクターから戻って来られないだろう。

 壬生が訝しげに眉をひそめながら煎餅を食った。

 

「彼らは何をやっているんですかね? あの道は正反対じゃないですか」

 

 破片が車内の床に零れ落ち、警棒を磨いていた西条がそれを嫌そうに拾った。

 

「最近多発している誤作動でしょう。いずれにせよ、襲撃時刻は変わりません。そのための申請書類を今から書き換えるわけにはいきませんから」

「これが罠だったらどうするんです?」

「その時は、責任をもって私がD503とK122を執行します」

 

 突然殺されそうになって、もごもご言い始めた田上の脛を蹴って黙らせる。俺は最近癖になってきた一致ソーダを飲み干して言った。

 

「なんで俺もなんだよ。田上だけで十分だろ」

「あなたも共謀している疑いがあるので」

「信用ゼロじゃねえか」

 

 壬生が煎餅の個包装を俺に差し出した。ラベルに前世の顔と共に『高城之男がおすすめ!』と書かれたシールが貼られている。そんな管理栄養士みたいな扱いをするな。

 

「私は平野特務統制官を信頼していますよ。お陰で娘の演技を見ることができましたから」

 

 俺は煎餅を受け取って口にした。ほどよい塩味と香ばしい焼き目。食い物の審美眼で壬生の右に出る者はいないだろう。

 

「はあ、それはどうも。どうでしたか、そのこしあん饅頭をベイゴマにして回す村娘の役は」

「高城之男にこしあん饅頭を授けられる村娘です。なんですかそのおかしな配役は」

 

 マジでタカギニア人にだけは言われたくない。

 壬生は煎餅を半分ほど一気に頬張った。地味に俺の食い方と似ていて腹が立つ。

 

「いやあ、感動的でしたな。最近、どんどん高城之男に似てきているんですよ。子供の成長は早いものです」

 

 壬生の親馬鹿はしばらく続いた。平政もそうだったが、子供の優秀さが全部俺との一致に帰結するのは気持ち悪すぎる。

 

 数十分後、俺たちは15時ちょうどに廃工場に着き、手錠をかけた田上をせっつきながら車を降りる。逃げ出さないように、田上の周りを西条を始めとした統制官が固めていた。まずはこいつらを引きはがさなければいけない。

 

 車から廃工場の入り口まではある程度距離があった。西条が、違和感に気付いたように呟いた。

 

「……なんか静かですね」

「ああ、統制局の主力は全部第71セクターに回っているからな」

「まあ、もうそんなの関係ありませんが」

「上機嫌だな」

「いえ、いたって冷静ですよ」

「いや、そこは『そりゃあそうですよ。みんな一致するし、田上も頑張ってたし!』だろ」

「は? あなたは何を言っているんですか?」

 

 俺たちがそんなアホな会話をしていると、スリップ音を響かせて一台のバンが横向きに停車した。ドアが開き、銃弾が一斉にばら撒かれた。

 

「伏せろ!」

 

 西条の指示が飛び、各々車やコンテナの陰に隠れた。俺は田上を抱えながら、背中に仕込んだ防弾チョッキで銃弾を受ける。腕の中の田上が叫んだ。

 

「平野!? 何やってんだよ!? 平野!?」

「ぐっ! うおおおおおおお!」

 

 俺は絶叫しながら振り向いて、バンに拳銃で撃ち返した。これで一応応戦はした。

 

「おい……平野……?」

「なんて声、出してやがる……田上ィ……!」

 

 俺は統制局と反乱軍の銃撃戦が繰り広げられている中、田上をコンテナの陰まで引っ張っていった。

 

「俺は特務統制官ヒラノ・ヒラトだぞ……! こんくらいなんてことねえ……!」

「いや、よく見たらお前無傷じゃねえか」

「国民を守んのは俺の仕事だ……」

「まだその茶番続けるのかよ」

 

 鉄パイプを持ったウィンストンが西条と互角に打ち合っているのが見えた。クラリスが壬生を足で締め落として、気絶させた。真っ直ぐにこちらへ向かってくる。俺は田上の背中を押して、倒れ伏した。

 

「だからよ、もう捕まるんじゃねえぞ……!」

「よくわからんが助かった。恩に着るぜ」

 

 クラリスは一瞬だけ俺の姿を見下ろし、それから眉間に皺を寄せた。未来へと伸ばされた俺の手をブーツの先で突きながら言った。

 

「ちょっと平人、あのメールどういうことよ? なんであんた、統制官なんてやってんの?」

「おい、今感動的に死んでんだから邪魔すんなよ」

「死に感動もクソもないわよ」

 

 田上の手錠を撃ち抜いたクラリスは、むんずと俺の手を掴んで立ち上がらせると、そのまま引っ張っていこうとした。俺が動かないのに気づき、立ち止まった。

 

「何ぼけっと突っ立ってんの? ほら、帰るわよ」

「俺は行かねえよ。さっさとこのチンピラ持ってけ」

「どういうこと? まさか、統制局の方がご飯がおいしいとか、そんなくだらない理由じゃないでしょうね?」

 

 なんでそうなるんだよ。確かに飯事情は統制局の方が圧倒的に良いけど、別に反乱軍の貧乏飯が嫌で寝返るとか短絡的すぎるだろ。立場的に、今逃げたら田上をわざと逃がしたのがバレるじゃねえか。……いや、もうバレてもいいのか?

 俺がどうすべきか悩んでいると、田上が苦笑いして俺の肩を叩いた。

 

「平野、わかる。わかるぞ。美人の許嫁に情が湧いたんだよな。だけど、流石に女の趣味悪いと思うぞ?」

「そんなんじゃねえよ」

 

 クラリスが低い声で言った。

 

「ちょっと待って、許嫁?」

「クラリスちゃん、こいつ、あの統制局長の高城七瀬と婚約してるらしいんだよ。俺たちは奪還作戦とか立ててたのに気楽なもんだぜ」

 

 クラリスはへらへらと笑う田上を睨みつけて黙らせた。真っ直ぐにこちらを見つめてくる。

 

「平人、あたしたちと来なさい」

「お前は俺のおかんか。行かねえつってんだろ。西条がこっちに気づく前にとっとと失せろ」

「最低。見損なったわ」

「損なうほどの価値を見出してくれてありがとよ」

 

 俺が茶化すようにお辞儀をすると、クラリスが足を蹴り飛ばしてきた。鋭い痛みが脛を襲う。俺は足を抱えてうずくまった。

 

「いってえ! 何すんだよこの暴力女!」

「……信じてたのに」

 

 クラリスが唇を噛んで踵を返した。そのジャケットの肩はいつもより少し下がっていた。おい、そんな本気で傷つくようなやつじゃなかっただろ。

 

 車が止まる音が聞こえた。先ほど第71セクターに飛ばした車ではない。矯正局だ。しかも高城影打が降りてくるのが見える。クラリスは頭をかきむしると、田上を連れて駆け出していった。

 田上が気まずそうに手を振った。

 

「……まあ、気が向いたらいつでも戻って来いよ」

 

 クラリスが西条に銃弾を放った。それを避けるために身をよじった西条の脇腹を、ウィンストンが勢いよく鉄パイプでぶん殴る。よろめいた西条と即座に距離を取ったウィンストンは、クラリスや田上とともにバンに乗り込んだ。けたたましいアクセル音を鳴らして、バンが走り去った。任務完了だ。

 

 呼吸を整えた西条は、脇目も振らずに俺のところまで歩いてきた。何事かぶつぶつ言っている。

 

「一致維持法第5条、反一致支援。第58条の11、反一致組織活動。第58条の14、反一致サボタージュ。第219条、外部反一致勢力との不法連絡。加えて統制官服務規則違反……」

 

 電流を流した警棒を振りかざした。転がって避けるも、脇腹を蹴り飛ばされる。うずくまる俺を前にして、西条は電圧の目盛りを上げた。

 

「やってくれましたねえD503。お望み通り執行して差し上げましょう……!」

 

 こんなことになるならクラリスと逃げときゃ良かったかもしれない。俺が端末に手を伸ばしかけた時、影打の鋭い声がした。

 

「止まれA632! 決して殺すな!」

「おやおや、矯正局長が統制官に命令してもいいのですか?」

『これはボクからの命令でもある』

 

 インカムから、七瀬の平坦な声がした。いつものような人をバカにするような抑揚はなかった。事務的に命じる。

 

『西条特務統制官。D503を丁重に拘束し、一致省までお連れしろ』

 

 

 

 西条と影打に挟まれて車で連行されている最中、俺はクラリスのさっきの言葉を考えていた。彼女は何を信じていたのだろうか。俺があいつらと戻ることをか? 今更俺なんかが戻ってどうするんだよ。俺がいたせいで危険に晒されたのに。これだから下手に良く見られるのは嫌なんだ。

 

 車窓を見ると、巨大な高城之男像がみるみる近づいてくる。目線は高く、右手は低い。服装は、スーツのようであるが、軍服のようでもあり、白衣を羽織っているようにも、外套を羽織っているようにも見えた。見方によってはどうとでも見える。ルビンの壺のようだ。俺こんな服着たことねえよ。

 

 一致省に到着すると、周囲を統制官と矯正官が取り囲み、厳戒態勢で連れていかれる。おいおい、まさか田上を逃がしたのがなんかのやばい罪状に引っかかったのか? だとしたら、俺はこれから死刑でも宣告されるのでは?

 

 エレベーターの前では、硬い表情をした七瀬が待っていた。七瀬が俺をエレベーターに乗り込ませながら、ついてきた西条たちに言った。

 

「ご苦労。ここまででいいよ」

 

 白と黒の制服が、一斉に敬礼した。俺は気持ち悪い集団に見送られながら、七瀬と影打の二人だけが乗ったエレベーターに閉じ込められる。影打が最上階、100階を押した。

 

「あのお、田上を逃がすのって、そんなにやばかったですか?」

 

 七瀬が真顔で口を開いた。

 

「これから起こることに比べれば、K122の逃亡なんて些事だよ。まあ、すぐにわかるさ」

 

 豪奢な扉の上には『一致省長官室』と書かれており、その横には、ニュース映像で見たことのある優しそうな老人が立っていた。たしか、一致省長官の川口塀吉だ。七瀬と影打が敬礼すると、長官も答礼した。

 

 長官が扉を開けると、白い詰襟を着た老人が黒い革張りの椅子に座っていた。七瀬がいつにも増してきっちりと右腕を突き出した。

 

「高城之男へ一致せよ。父さん。ご再来様をお連れしました」

「ご苦労」

 

 俺の顔をじっと見つめてから、口ひげを蓄えた老人は言った。

 

「さて、お初にお目にかかります。――高城之男猊下」

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