そいつの開発者、俺なんだが   作:束田せんたっき

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牢獄

 気がつくと、俺は白い独房の固いベッドの上に寝かせられていた。清潔感のある天井が俺の視界いっぱいに広がる。

 

「知らない天井だ……」

 

 これ、一回言ってみたかったんだよな。頭を起こして周りを見回すと、壬生が独房の外に立っていた。

 

「じゃあ知っている天井って何なんですか」

「知りませんよ。起きたので、とりあえずここから出してください」

「無理です。川口長官と統制局長の連名で、厳重に監視することを命じられていますので」

「そっちがそう来るならいいですよ。俺は梃子でも出ませんからね」

「出たいのか出たくないのかどっちなんですか」

 

 壬生は俺がよく見える位置にあるパイプ椅子に座ると、退屈そうに俺のことを眺め始めた。

 

「俺はパンダか」

「パンダならば娘に見せたかったですな」

「犯罪者は流石に見せられませんね」

「つい先ほどまでは特務統制官だったのですがね」

 

 呆れたようにため息をついた壬生は、しげしげと俺に視線を送った。

 

「いったいどんなことをやらかしたらこうなるんですか?」

「田上を逃がしたらこうなりました」

「明らかにそれだけじゃないですよね」

「実は俺ってタカギニアを崩壊させる力を持っていて~」

「はいはい」

 

 俺が真面目に答える気がないと思い込んだ壬生は、そのまま『週刊一致時代』を読み始めた。監視役、そんな適当でいいのかよ。

 

 俺は旧五百円玉を取り出していじった。いつかの歯っ欠け爺さんと交換したものだ。これだけは価値がないと思われて、そのままにされていたらしい。親指で弾くと、古い金属音が小さく響いた。

 

 横の独房を見ると、真打が壁にもたれかかって休んでいた。その奥には、じっと敬礼をしてはやめているサユリが見える。ということは、ここは72階にある統制局の特別保護区画か。毎日通っているところに収監されるとは、これはもはや帰宅ではないだろうか。

 

 俺の視線に気づいた真打が、自嘲混じりで口を開いた。

 

「とうとう貴様も僕と同じところに落ちたか」

「いや、落ちたというか、遥か高いところに昇天したというか」

「皆まで言うな。未だに自分の状況を信じたくないんだろう。まあ、心配せずともいずれ慣れる」

 

 なんか真打が同情というか、妙な仲間意識を見せてきた。ただの放蕩息子と始祖を同類扱いするんじゃない。

 

 サユリも俺の存在に気が付いたようだった。俺の側の壁に手を付けて敬礼する。そう、彼女のリハビリは俺を認識して反応を返すまで成功していたのだ。しかも、彼女は単語を口にした。

 

「之男……一致……! 之男……一致……!」

 

 前半と後半に分割できるようになったところから、単語ごとに発音できるようになっていた。あのガンギマリ小説を書いていた頃の言葉のキレはないし、何を言いたいのかわからないが、これでも大きな進歩だ。

 

「ああ、すまんサユリ。お前の面倒を最後まで見られなくなっちまった」

「一致……せよ。之男、へ……一致……!」

 

 これで「高城之男を殺す」とか言っていたらどうしよう。俺がそんなくだらないことを考えていると、真打がぽつりと呟いた。

 

「彼女は、気にしていないと言っている」

「は?」

 

 俺は真打側のガラスにべったりとへばりついて叫んだ。

 

「お前、サユリの言葉がわかるのか!?」

 

 壬生が雑誌から顔を上げた。

 

「うるさいですよD503」

「ああ、すみません」

「特に指示されていないので会話は制限しませんが、せめて私が雑誌に集中できる程度には抑えてくださるとありがたいです」

 

 俺は小声で真打に言った。

 

「おい、マジのガチでわかるのか?」

 

 うっとうしそうに真打がこちらを流し見た。

 

「そらそうだろ。僕は二十四時間この狂人の譫言を聞かされているんだ。最初に一致が来たら肯定、最初にせよが来たら否定。最後にせよが来たら命令だ。嫌でもわかる」

「一致……!」

「合ってるんだ」

 

 意外とシステマチックだな。これも彼女の言語感覚あってこそか。

 サユリは天を睨むと、一言一言を吐き出すように言った。

 

「高城之男へ……せよ……!」

「今、彼女はなんて……?」

「高城之男を殺せ、だとさ」

 

 俺はずっこけた。

 サユリは全然丸くなっていなかった。少ない語彙数で殺すとか言っているから、むしろ悪化しているんじゃなかろうか。俺が高城之男だとバレた日には、本当に撃ち殺されてしまうかもしれない。

 

 俺がサユリの完全復活に怯えていると、エレベーターの扉が開き、白い外套を羽織った黒髪の少女がやって来た。壬生は雑誌を隠して慌てて敬礼した。七瀬はそれをガン無視して、鍵を開けて中に入ってくる。後ろ手に扉を閉めた七瀬が端末をいじると、透明だったガラスが真っ白になった。

 

「D503、助けに来たよ」

「はあ?」

「今すぐボクと結婚すると言うんだ。そうすれば、キミはここから出ることができる」

 

 俺はベッドの上であぐらをかくと、調子をつけて言った。

 

「新しい檻の間違いだろ。犬拾ってくる感覚で求婚するなよ、お嬢さん」

「茶化すなよ、高城之男……!」

 

 七瀬は歯ぎしりをして俺に詰め寄った。俺の姿が、その怒気のこもった瞳に映る。

 

「ボクのどこがそんなに不満なのかな……? 自分で言うのもなんだけど、ボクは容姿も頭脳も一致的だと思うんだ……! その上この間、キミはボクを自分と似ているとさえ言い切った……! 何か文句があるなら言えよ! 高城之男!」

「いや、常識的に考えて無理だろ」

「何がだよ!」

「年齢、立場、血縁、倫理観、全部だよ」

「多すぎるだろ!」

 

 七瀬は深呼吸して息を整えると、こめかみをひくつかせながら言った。

 

「三歳差くらい誤差だ!」

「その誤差で警察が来るんだよ!」

「警察はボクの部下だよ!」

「そういうところだわ! そもそも年下の叔母ってなんだよ! 気持ち悪い!」

 

 七瀬は端末を取り出すと、高速で何かを打ち込んだ。その画面を突きつけてくる。

 

「正確にはボクはキミの半叔母だ! これを見たまえ! 半叔母の血の一致率は12.5パーセント! いとこも12.5パーセント! つまりボクはキミのいとこだ!」

「そうはならんだろうが!」

 

 端正な顔を歪ませた七瀬は、俺の襟首を掴んで詰め寄った。

 

「ボクを否定するなんて許さない……! しかもよりによって高城之男が……! 言え……! ボクと結婚すると……!」

「……い、や、だ」

「このままだと、キミが影打に洗脳されちゃうんだよ……! ボクと結ばれればキミは洗脳されずに済む……! ウィンウィンじゃないか……! だから言えよ! 言って、くれよ……!」

 

 脅迫してきながらウィンウィンとか言ってくるやつがあるか。

 泣きそうな顔になりながら、七瀬は手の力を強めていく。しかし、その力は少女のそれだ。俺は手首を掴んで振り払い、顔を背けた。

 

「今結婚しても、どっちも不幸になるだけだろ……!」

 

 彼女は、七瀬は自分の利用価値を証明するために俺が欲しい。そして、それと同じくらい俺が壊されるのを恐れている。だからといって、はいそうですかと頷けるわけがない。こんなこと間違っている。七瀬も、それを強いるこの狂った環境も。

 フッとその表情が抜け落ちる。七瀬は外套の裾を揺らすと、制帽を目深にかぶって、独房の扉を開けた。

 

「もう、キミのことなんか知らない」

 

 勢いよく扉が閉まり、ガラスが再び透明になった。七瀬は壬生の尻の下から雑誌を引き抜くと、それを床に叩きつけた。癇癪を起こして滅茶苦茶になるほど踏みつける。壬生が狼狽えた。

 

「局長……?」

「うるさい! 職務中に読むな! 昇進なし!」

「そ、そんなあ……」

 

 七瀬は外套の裾を揺らして去っていった。顔面を蒼白にさせた壬生が、おろおろと雑誌の残骸を掃除し始めた。

 紙片が独房の前に飛んできた。高城之男のお家にお邪魔する時のコーデ特集が組まれていた。そんなファッションがあってたまるか。

 

 七瀬は結婚を強要してくるし、なんか影打に脳みそいじられるみたいだし、もうこんな所嫌だ。俺は襟元を直しながら、密かに決意した。そうだ、脱獄しよう。

 

 

 

 俺が脱獄するにあたって、障壁がいくつかある。第一に、今の俺には端末がない。気絶している間に没収されたのだろう。第二に、壬生が見張っている。まあ、これはどうとでもなる。そして第三に、管理者権限が七瀬なしでは不安定だということだ。これが地味に一番でかい。肝心なときに暴発したら目も当てられない。

 壬生はさっき怒られたばかりなのに、性懲りもなく別の雑誌を取り出した。監視カメラの死角にイスを移動させ、ページをめくり始める。だからいつまでもヒラ統制官なんだよお前は。

 

 さて、まずはあいつを呼ぶか。俺は右の手のひらを上に向け、壬生に聞こえないくらいの声量で呟いた。

 

「よこせ」

 

 天井がひとりでに開き、紐につるされた端末が降りてくる。俺は素早く紐を解くと、それをピンク色の囚人服の中にしまいこんだ。ポケットがないのが不便だな。

 というか、これ全部ガラティアに口頭で指示した方が速いのでは? しかし、それをやると本格的にあいつから離れられなくなりそうだ。俺は楽をしたい誘惑を頭を振って振り払うと、端末を触った。

 

> GALATEA Direct Access... [UNSTABLE]

> Privilege Level: ROOT?

> ./spoof_display --target Cell_72-B --object Officer_Card --count 1

> Visual Decoy... [ACTIVE]

> Warning: Output Count Mismatch.

> Officer_Card Decoy x1 -> x37... [GENERATED]

 

 よし、これで餌はできた。隣の独房の床に、七瀬のものらしきカードが一枚……ではなく、三十七枚ほど散らばった。多すぎる。不安定にも程があるだろ。

 

「壬生統制官、反対側の独房に変なものがあります」

「変なもの、ですか?」

「ええ、確認してみないとわかりませんが、七瀬局長のカードか何かが大量に」

「なぜこんなに局長のカードがそこにあるのですか?」

 

 ええい、今日の壬生はやけに勘が良いな。俺は眉を下げ、深刻な顔を作って見せた。

 

「雑誌を蹴るときに飛んでいったのでは? いずれにせよ、なければ困るでしょう。さっきの失態の挽回にちょうどいいんじゃないですか?」

「なるほど……感謝しますよD503。後で一致ソーダの差し入れでもしましょう」

「ありがとうございます。あれはいいものです」

 

 ノコノコと壬生が独房に入ったところで、俺は罠を起動した。

 

> ./lock_cell --target Cell_72-B --mode temporary --duration 300

> Door Control... [SEIZED]

> Warning: Duration Parameter Overflow.

> Lock Duration: 300sec -> 300years... [UPDATED]

> Cell_72-B Internal Lock... [PERMANENT]

 

 ガコン、と重たいロック音が響いた。

 

「……D503?」

「すみません壬生統制官。五分で開けるつもりだったんですけど、三百年になりました」

「何してくれてるんですか!?」

「俺にもわかりません。西条辺りにぶち開けてもらってください」

 

 これで邪魔者はいなくなったな、ヨシ! 俺は次に自分の独房のロックを開けるべく、端末に命令を書き込んだ。

 

> ./unlock_cell --target Cell_72-A --mode local

> Warning: Target Scope Mismatch.

> Target: Cell_72-A -> ALL_CELLS / Ministry_Of_Alignment

> Cell Locks... [RELEASED]

> Emergency Alarm... [TRIGGERED]

 

 ガコン、ガコン、ガコン、と無数のロックが外れる音が重なった。少しして、大音量の警報が室内に響き渡る。

 自分の房だけのつもりが、一致省内すべての独房を開放してしまったようだ。壬生が震えながら言った。

 

「い、いったい何が起きているんですか!?」

「その短い間、タカギニアの全員が自由を感じていた」

「D503!?」

 

 俺は普通に扉を開けて独房を出た。見ると、他に収容されていた政治犯が数人、房から出てきている。俺はサユリを連れ出しながら真打に声をかけた。

 

「おい、俺は逃げるけどお前はどうする?」

「逃げてもすぐ捕まる。どうせ無駄だ。僕は行かない」

 

 サユリが真打に対して右腕を斜め下に突き出した。

 

「之男へ……せよ! 一致せよ!」

「……お前、僕に来いと言っているのか?」

「一致!」

 

 真打は俯くと、肩を震わせて笑い出した。

 

「あはははは! そうか! 来てほしいか! お前の言葉がわかるのは僕だけだもんな! 良いだろう! この高城真打が貴様らに同行してやる!」

 

 やはり、真打はどこまでいっても真打だった。調子に乗り始めた真打や、同じ区画に収容されていた政治犯たちと階段に向かおうとすると、壬生が警棒を持って立ちふさがった。

 

「D503、あなたバカなんですか? 全部開放したら私も解き放たれるでしょうが!」

「うるせえ! 行けお前ら!」

『うおおおおお!』

 

 政治犯たちが壬生を取り囲んだ。途端に震え上がった壬生が、警棒を放り投げて両手を挙げた。

 

「降参! 降参です!」

 

 俺は警棒を拾い上げ、壬生に突き付けた。

 

「自分の立場がわかったなら持ち場に戻れ!」

「はいいいい!」

 

 壬生は自ら、さっきまで自分が閉じ込められていた独房に戻っていった。これはひどい。

 俺たちは壬生を突破した勢いのまま、階段を駆け下りていった。真打が叫んだ。

 

「ここは何階だ!?」

「72階!」

「高すぎる! エレベーターじゃダメなのか!?」

「止められたらどうしようもねえだろバーカ!」

「平野貴様ァ!」

 

 真打をバカにしながら二段飛ばしで階段を下る。下の階に降りるほどに、囚人たちが合流していき、一階にたどり着くころにはピンク色の奔流のようになっていた。そのままエントランスに突っ込むと、吹き抜けの白い空間を埋めるように、白い制服の集団が横一列に展開していた。中央に立っている糸目の男が珍しく眉を吊り上げ、例の処刑ポーズを取った。

 

「高城之男へ一致せよ。一致維持法第1条、第5条、第12条、第58条の11及び第106条違反、並びに一致省施設管理規則違反その他軽微な反一致的行為を確認しました。同法第22条に基づき、これよりD503及びその一味の拘束に移ります」

 

 西条新。

 最強の統制官が、俺たちの前に立ちはだかった。

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