西条が踏み込んできたかと思えば、すでに目の前にいた。足払いからの電撃コンボを食らう寸前で、転がって警棒を回避する。即座に蹴りが飛んでくるが、俺は壬生から奪った警棒でそれを防いだ。
「ほう、少しはやるようですね」
「お前の戦法はわかりやすいんだよ!」
「シンプルイズマッチです。では、行きますよ」
再び西条が肉弾戦を仕掛けてくる。俺は清掃ロボットを蹴り倒して西条の接近を阻み、逆に電撃を入れようとするも、西条は片手で俺の手首を掴み、腹を膝蹴りしてきた。衝撃で内臓が揺れ、嗚咽が漏れる。
俺は西条から距離を取るふりをして、よろよろと後ずさった。瞬く間に追い付かれる。今だ。
> Motor Control... [SEIZED]
> Warning: Speed Parameter Overflow.
> Wheel Rotation: 30rpm -> 30000rpm... [UPDATED]
> Dust Container Lock... [FAILED]
> Collision Course: 04-B-273-A632... [LOCKED]
> Cleaning Bot C-219... [ACCELERATING]
倒れていた清掃ロボの車輪が、耳障りな高音を立てて逆回転を始めた。次の瞬間、内部に溜め込まれていた紙くずや埃や謎の毛玉を撒き散らしながら、あり得ない速度で西条へ突っ込んでいく。
さすがの西条も眉を動かした。
「清掃業務の範疇を逸脱していますね」
「知らねえよ! 俺もこんな速度は頼んでない!」
清掃ロボは西条の足元に激突し、そのまま跳ねるように進路を変えた。
周囲の囚人と統制官がまとめて悲鳴を上げる。もはや清掃ではなく汚染である。足を取られてよろめく西条に、俺は警棒をお見舞いする。
「高城精神注入!」
しかし、ぎりぎりで西条の警棒に受けられてしまう。俺はすぐさま警棒を投げ捨て、義手で強化された左拳を西条の腹に叩き込んだ。
この一撃は流石の西条にも効いたらしい。腹を抑えて後ずさる西条に、ブーメランのような軌道を描いて戻ってきた清掃ロボが突き刺さった。デカいルンバに西条が引きずられていく。
「秩序ォ……!」
しかし、西条は即座に警棒を床に突き立てて制動した。床材が嫌な音を立てて削れる。
周囲では、囚人と統制官の大混戦が繰り広げられていた。ピンクと白の群衆が殴り合う。真打が半泣きになりながらサユリを背負って逃げ回っていた。むしろ守られているサユリの方が冷静で、鋭い目線で状況を把握し、下の真打に的確な指示を出していた。
そこに西条を振り落としたばかりのルンバが通過し、真打にゴミをぶちまけると、壁に衝突して停止した。いつかの列車のようにゴミだらけになった真打が、悲鳴をあげながらサユリを庇う。女の子守るとか、お前真打の偽物だろ。
西条は足元で伸びている統制官から警棒を拾い、二本の警棒を装備した。脇目も振らずにひたすら俺に向かってくる。電流の連撃をなんとかいなしながら、俺は叫んだ。
「おい! なんで俺ばっか狙ってくんだよ!」
「この場における危険度はあなたが最も高い。一致的判断です」
「とほほ……あたしゃ人畜無害のFランクだよ」
「黙らっしゃい!」
こうも西条にへばりつかれていては、マスターキーを使うことができない。俺は近くで倒れている統制官を、サユリと一緒に蹴りまくっている真打に言った。
「おい真打! こいつ何とかしてくれ!」
「無茶を言うな!」
「高城……せよ!」
「体制の犬をぶち殺せって!? 貴様の過激さは留まることを知らないな!」
サユリにはっぱをかけられた真打が、西条に殴りかかるも、普通に腹パンで撃沈した。悶絶する真打を、サユリが蹴りまくってもっと戦えと鼓舞するが、真打は立ち上がることができない。再起不能である。
しかし、やつが稼いだ時間は無駄ではなかった。俺は管理者権限を発動し、拳銃の召喚を命じる。
> Weapon Request... [ACCEPTED]
> Warning: Weapon Category Mismatch.
> Requested: Handgun
> Generated: Electromagnetic_Railgun
> Compatible Ammunition: Old_500yen_Coin... [CONFIRMED]
> Output Limiter... [FAILED]
> Recoil Control... [UNSTABLE]
> Single Shot Only... [LOCKED]
床から射出されたアタッシュケースが空中で展開し、内容物が俺の手の中に組み上がった。しかし、出てきたのは二メートルはあるかというレールガンだった。ご丁寧に五百円を装填するための、自販機のような穴までついている。ふざけてんのか!
俺が懐から取り出した旧五百円玉をレールガンに装填すると、銃身が淡く光った。明らかにやばそうな電流を帯びて、チャージが始まる。西条が近づこうとするので、銃口を向けた。
「動くな! これはエターナルフォースレールガン! 一瞬で相手の周囲の大気ごと蒸発させる! 相手は死ぬ!」
流石の西条も歩みを止めた。真打がうずくまりながら叫んだ。
「なんてもの出してんだ貴様は! 今すぐそれをしまえ!」
「せよ! 高城へ……せよ!」
「撃てじゃねえよサユリィ!」
俺が別の方向に銃口を向けると、そこにいた連中が顔面を蒼白にしながら逃げ惑った。何度かそれを繰り返す。ちょっと楽しいぞこれ。
いやいや、まずは脱出が先だ。
真打とサユリを俺の背後に寄らせ、俺は統制官たちを牽制しながら出口へとゆっくり歩いて行った。西条が銃口を見据えたまま、その場に留まって言った。
「D503、自分が何をやっているのかわかっているのですか? 集団脱獄に公務執行妨害、果ては大量破壊兵器ですか。即時執行対象ですよ」
「それがどうした! 俺は無敵だ! スター状態ってやつだ!」
「自暴自棄になった人間ほど厄介なものはありませんね……」
もうすぐ出口だ。俺が西条を注視しつつ後ずさっていると、サユリが袖を引っ張ってきた。
「高城……へ一致せよ!」
「なんだサユリ、今俺は西条のクソッタレを見張るので忙しいんだ」
「あっちを見ろ平野! さっきの統制官が突っ込んでくるぞ!」
ちらりと横を見ると、エレベーターから降りてきた壬生が、その太った身体を揺らしながら突進してきた。二重顎を作りながら叫ぶ。
「そんなおもちゃで私の昇進は止められません!」
「お前さては俺の説明聞いてなかったな!?」
壬生の身体が衝突した衝撃で、銃口が斜め上に持ち上がり、ついでに引き金が引かれた。すさまじい閃光と熱が放出され、出口のやや上の壁に大穴が空く。
囚人たちがその穴に殺到した。俺もその後を追おうとするも、何かに足を取られて倒れた。見ると、腰を抜かした壬生が俺の足にしがみついていた。
「てめえ何しやがる!」
「行かないでください! 今ここで逃げられてしまっては、私の責任になってしまいます!」
「クソッ! 離しやがれ!」
西条がものすごいスピードで駆け寄ってきていた。まずい、このままだと追いつかれる!
「一致!」
サユリが弾切れでただの物干し竿となったレールガンを、したたかに壬生の頭に打ち据えた。がっくりと壬生は気を失う。俺は壬生の手を振り払って走り出した。
「放て! 左手に刻んだ悪夢を! 過去さえ置き去りにして!」
「もう放ってるだろうがあああああ!」
真打が絶叫しながらツッコんでくるが関係ない。背後からは西条を筆頭とした統制官たちが追いすがってくるものの、彼我の距離は明確に開いている。西条は俺を追撃することを諦め、後に続いて逃げようとする囚人狩りを始めた。勝った!
「これで晴れて自由の身だぜえええええ!」
外の空気は、意外と涼しかった。俺たちは外に飛び出すと、夕暮れの官庁街へてんでばらばらに逃げ出した。ピンク色の集団が散らばる。俺の後ろに、サユリを背負った真打が続いた。
> Predicted Impact Point: Head / 11-F-283-D503... [WARNING]
> GALATEA Core Notice:
> "Master, duck."
端末に鋭い振動が走った。ガラティアからの警告だ。
反射的に車の陰へ飛び込むと、弾丸が俺の頬を掠めていった。七瀬の狙撃か!?
「真打! お前はサユリを連れて俺の反対方向に逃げろ!」
「どうした! 僕に活躍を取られるのがそんなに嫌か!」
「アホ! 俺がスナイパーに狙われてんだよ!」
俺は物陰から飛び出ると、端末から流れてくるガラティアの音声指示に従ってジグザグに走った。一瞬前に俺の頭があった空間を、大口径の弾が貫く。しかし、七瀬にしては狙撃の精度が低い。
ガラティアの声が冷静に言った。
『マスター、L742は10時の方向にある4階建てのビルの屋上から狙撃しているようです』
「でかした! そこまでドローンで階段を作れ!」
『えへへ……承りました』
茜色の空を大量のドローンが飛び交った。それらは次第に俺の上空へと集まっていき、ビルの屋上へ向かう空中階段を形成した。
俺はそれを飛び石の要領で上がっていく。当然七瀬は空中にいる俺やその足場を狙ってくるが、すぐさまその間に幾重にもドローンが展開され、銃弾を受け止めては墜落していった。
銃弾を受けたドローンが火花を散らし、いくつも地面へ落ちていく。中にはプロペラを軋ませながら、それでも命令を守るように空中へ戻ってくる機体もあった。
落ちていくドローンの残骸を踏み越えながら、俺は屋上へ向かって駆け上がった。徐々にスコープを覗き込む七瀬の顔が見えてくる。七瀬は俺が近づくにつれて半狂乱になり、しまいには腰だめで狙撃銃を撃ち始めた。そんなんで当たるわけがない。俺はドローンの陰に隠れながら、声を張り上げた。
「ピッチャービビってる! へいへいへい!」
こめかみに青筋を立てた七瀬が弾を装填した。
「どこまでも口の減らない男だなあ!」
俺は足場にしていた最後のドローンを蹴って飛び上がり、そのまま狙撃銃を持つ七瀬に突っ込んだ。二人でもつれ合って屋上で転がる。七瀬の手から狙撃銃が離れ、手すりまで滑っていった。俺が七瀬に覆い被さっている格好になった。下から睨みつけながら七瀬が言った。
「結婚は拒否するくせに、随分と情熱的じゃないか」
「おい、お前、本気で殺そうとしてなかっただろ」
「……え?」
七瀬が目を丸くした。うわずった声を出す。
「そ、そんなわけ……だって、ボクにはもう何も残っていないんだよ! キミに選ばれなかった時点で、ボクの政治生命は終わりさ! オマケにボクの管轄下でこんな大事件まで起こしてくれちゃって! もう殺すしかないんだ!」
「御託はいい。あんな遠距離から俺の左手を撃ち抜けたお前が、何度も機会はあったにもかかわらずここまでの接近を許した。それだけで答えは出てるんだよ」
「ちがっ……」
とっさに否定しようとするも、七瀬は言葉が出てこないようだった。諦めたように目をつむる。
「はあ、それで? キミはボクをどうするつもりかな? 殺したきゃ殺せよ」
「なあ七瀬、一緒に逃げないか?」
「はあ?」
七瀬はポカンと口を開けた。俺はなるべく平静に言った。
「聞こえなかったのか? 立場もしがらみも全部放り投げて、逃げようって言ったんだ」
「……聞こえてるよ。でも、良いのかい? ボクはキミの上司でも、許嫁でもないんだよ?」
「肩書きなんか関係ないだろ。俺はただの高城七瀬に聞いているんだよ」
七瀬が息を呑んだ。
「ああ、キミって——」
彼女は思いっきり俺の腹を蹴り上げると、端末を起動して俺の左手を操り、首を絞めてきた。悪辣な笑みを浮かべる。
「キミってとんだバカだね! ボクがそんな月並みな言葉で騙されるとでも思ったかい? 殺してやるよ高城之男! ボクを弄んだことを後悔して死ね!」
手すりまで追い詰められる。ほとんど上半身が屋上の外に出ていた。俺は息苦しさの中、静かに七瀬の瞳を見つめた。その苦しみを。
「やめろ……! そんな目でボクを見るな! そんな悲しそうな顔をするな! お前は高城之男! ボクの憧れで、理想で、仇なんだ! 最後まで神様でいろ!」
日が沈んでいき、七瀬の顔に影が落ちる。
理想を押しつけ、その理想に押しつぶされかけている。やはり七瀬、お前は……。
手すりが軋み、突然崩れ落ちた。浮遊感が身体を包み込む。ああ、落ちる。ガラティア、創造主のピンチだ。しっかりと受け止めろ。
俺がそう思って目を閉じると、左手を小さな手が掴んだ。目を開けると、七瀬が目を限界まで見開いて俺を見つめていた。
「七瀬、危ないから手を離せ」
「い、嫌だ!」
七瀬の頭から制帽が落ち、俺も彼女の手からずり落ちかけた。その瞬間、七瀬が息を止めた。そっとドローンが俺の片足を支え、落下を食い止める。
「さっきまで殺そうとしてただろ」
「してない!」
「どっちだよ」
ナチュラルに二重思考をするな。
七瀬は歯を食いしばって俺を引っ張り上げた。二人して屋上に仰向けに倒れ込んだ。七瀬の羽織っていた外套が脱げる。
俺は隣で荒い息をしている七瀬に言った。
「なんで助けた?」
「わからない。わからないよ……!」
七瀬は俺の襟首を掴んで上体を起こさせると、激しく揺さぶった。
「ボクの人生にいきなり現れて、何もかも滅茶苦茶にして、ボクをこんなふうにしておいて、いまさら一番欲しかった言葉をくれるんだもん! なんなんだよお前は!?」
お前の先祖だよ。まったく、俺の嫌なところばかり受け継ぎやがって。
「この間、お前が俺に少し似ているって言っただろ。あれは間違っていたかもしれない」
「ど、どういうこと!?」
さっと七瀬の血の気が引いた。顔立ちが似ている少女に、俺は静かに微笑んだ。
「お前はかなり俺に似ている」
七瀬の唇が小さく震えた。背中を丸めて俺の胸に額をつけると、ポツリと呟いた。
「ほんとにボクを連れて行くつもりなの? だって、キミに何度もひどいことしたんだよ?」
「ああ、お前はすぐ俺の首を絞めるし、ろくでもない命令してくるし、腹立つことばかり言ってくるし、マジで性悪のクソ女だよ。はっきり言って、お前みたいなやつ、見捨てて逃げた方が楽だっただろうな」
「……容赦ないんだね。キミ」
俺はますます縮こまる七瀬の頭を撫でて、続く言葉を口にした。
「だけど、そこも含めて放っておけないんだよ。お前の弱さは俺だ。そんなやつ、見捨てられるわけねえだろうが」
七瀬が弾かれたように顔を上げた。一筋の涙が頬を伝う。彼女は震える手で頭に乗った俺の左手に触れた。
「ほんとに……? 信じていいの……? 絶対見捨てない?」
「ああ」
「さっきの返事だけど……」
控えめに、しかし、しっかりと七瀬は俺の手を握った。
「……ボクを連れて行ってください」
はるか下の道路では警報が鳴り響き、未だに怒声が湧き起こっている。そんな惨状の中で、俺は立ち上がると、もはや何者でもなくなった少女の手を引き上げた。
俺もそうだ。もう俺は特務統制官でも、D503でも、もちろん高城之男でもない。このどうしようもない世界を生み出し、その世界に迷惑をかけられ続けてきた男、平野平人だ。
俺は遠くに見える一致省の巨大之男像を睨んで、声を漏らした。
「クソッ、冷蔵庫に飲みかけの一致ソーダあったの忘れてた」
あれ、結構イケるんだよな。もったいない。
「気にする所そこかい?」
「うるせえぞ首絞め女」
「そ、それはボクが悪かったよ」
七瀬はバツが悪そうに目を逸らすと、端末を操作した。
「キミの左手は、もうボクの制御下にはない。これで晴れて自由の身だよ」
「そりゃどうも」
屋上の出口の方へ向かうも、七瀬は立ち尽くしたままこちらを見ていた。俺は立ち止まって、彼女に呼び掛ける。
「おい、どうした? とっとと行くぞ」
「キミとボクは、これからどういう関係になるのかな……?」
ポツリと七瀬が呟いた。俺は顎に手を当てる。確かに、これまでのこいつは俺にとってはクソ上司であり、最悪な婚約者だった。じゃあ今は?
「叔母と甥……?」
「もう一回首絞めても良いかい?」
「良くない」
これはどうしたものか。もうただの親戚ってことで良いんじゃないか。俺がそう結論づけようとした時、七瀬がこちらに駆け寄ってきて、俺の腕を掴んだ。
「……兄さん」
「は?」
「キミは今日からボクの兄さんだ」
わけがわからずに俺が固まっていると、七瀬が上目遣いでこちらを見つめてきた。
「ダメかい……?」
俺はその顔に、明白な不安を読み取った。読み取ってしまった。
「もう良いよ、それで……」
「ふふふ、これからよろしくね? に・い・さ・ん?」
返答を間違えたかもしれない。
俺は妹になりたがる叔母とともに、ビルを降りていった。上空では、墜ち損ねた二体のドローンが、ふらつきながら寄り添って飛んでいた。
これにて第二章完結です。
ここまでは隔日更新で走ってきましたが、第三章からは各話の調整時間を取りたいので、三日ごとの更新に切り替えます。
引き続きよろしくお願いします。