そいつの開発者、俺なんだが   作:束田せんたっき

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第三章 目の前
はちみつください


 あの大脱走から三日が経った。安宿の一室、祖父母の家にあるような電灯の下で、俺は万年床に寝そべりながら、端末を使ってモンスターを狩るゲームをしていた。

 

 気色悪いティラノサウルスみたいなやつが、盆踊り染みた動きをしながら吐いてくるブレスを得物のガンランスで防ぐ。俺がそいつを引きつけている間に、オンラインでパーティーを組んだデイズアイさんがボウガンで弾を撃ち込んだ。邪悪なオーラを纏った恐竜が倒れ、クエスト成功の文字が流れる。

 

 せっせと学校でよく見る安っぽいお花紙の花を作っていた真打が言った。資金調達の内職だ。

 

「おいFランク。遊んでないで手伝えよ」

「遊んでませんー。西条が来たときのイメトレをしてるんですー」

「せめて格闘ゲームじゃないか?」

「あいつはモンスターみたいなもんだろ」

 

 それにしても、このデイズアイさんは本当に強い。俺が死にかけるとすぐに回復してくれるし、言わなくても罠張ってくれるし、理想の相棒みたいな人だ。俺はチャット欄にテキストを打った。

 

『ありがとうございます。デイズアイさんが来てから負けなしですよ。俺たちって相性いいんじゃないですか?』

『当然です』

 

 ん? 当然ってどういうことだ? だって、まだ一緒にゲームをし始めてから三時間しか経ってないじゃないか。

 俺は首をかしげながら、回復薬を調合しようとして材料が足りないことに気づいた。

 

『はちみつください』

「これでヨシと」

 

 勝手に俺の画面を覗き込んだ真打が呆れたように吐き捨てた。

 

「何がこれでよしだ。当然のようにタカるな」

「兄さんはタカってもいいんだよ。なぜならボクもよくそのゲームでタカるから」

 

 七瀬が俺たちの部屋に入り、流れるように俺の隣に寝っ転がりながら言った。俺は仰向けになると、電灯の明かりを端末で遮った。

 

「流石七瀬、わかってるなお前」

「ふふん。囓れる脛は限界まで囓れ、囓れなくなったら出汁を取れ」

「『高城之男語録』第4章1節」

 

 俺はデイズアイさんからはちみつを受け取りながら言った。真打が口の端を引きつらせた。

 

「語録を捏造するな。不敬だぞ」

 

 不敬も何も本人なんですが。真打経由でサユリにバレたら絶対ぶっ殺されるから、こいつにも言えないけど。

 俺は七瀬に意味深な笑みを浮かべた。七瀬もにまーっと口の端を吊り上げ、真打を小馬鹿にしたように鼻を鳴らす。真打は眉をしかめた。

 

「貴様ら、なんだその不愉快な目は。言いたいことがあるなら言ってみろ」

 

 俺が口を開くのと同時に、七瀬が言った。

 

「「別にー?」」

 

 ハモるな性悪女。

 真打がため息をついた。

 

「はあ、それにしても信じられないな。僕と貴様が親族だなんて」

「年下の叔母よりはマシだろ。……七瀬、悪かったからつねるのやめて」

「真打は兄さんなんて呼んじゃダメだよ。もうあの陰険眼鏡がいるんだから」

「誰が呼ぶか……!」

 

 七瀬についてきたサユリが右腕を突き出した。

 

「之男……一致?」

「真打、通訳」

「飯はまだかと言っている」

「まだ夕方の五時だぞ? あと一時間は早い」

 

 サユリが不服そうに右手で俺の頭を突いた。

 

「せよ! 之男へ一致せよ!」

「あーはいはいわかりましたよ。だからあと少し待て。な?」

「一致……」

 

 俺はデイズアイさんに別れの挨拶をした。

 

『それじゃ、今日はありがとうございました。もう落ちますね』

『もう少しやりましょうよマs』

 

 マs? なんだ? いやまさか……こいつガラティアじゃねえか! 俺はゲームを切って、端末を布団にぶん投げた。

 七瀬が口に手を当てながらあくびをした。

 

「急にどうしたんだい? キミの奇行は今に始まったことではないけど」

「うるせえ。こうでもしないと、この監視社会では自我を保てないんだよ」

 

 オンラインゲームでもストーキングしやがってあの人工無能。初めて相棒と呼べる存在に出会えたと思ったのに。

 

 俺は大儀そうに、というか実際怠いのだが、布団から起き上がった。四人分の飯の準備をしなくちゃいけない。なぜなら、このメンバーの中で自炊できるのが俺しかいなかったからだ。

 そう、俺たちは一致省から脱獄した後、四人で逃亡生活を送っていた。

 

 ちなみに、ピンクの囚人服やら局長の白い外套やらは目立ちすぎるので、道中で適当に服をかっぱらった。俺は薄汚れた白いジャージ、七瀬はぶかぶかのパーカー、真打は配管工みたいなつなぎ、サユリは袖の余ったカーディガンである。

 

 俺はあり合わせで作ったペペロンチーノをよそった。七瀬の皿には唐辛子を少なめに、真打の皿にはニンニクを避けて、サユリのにはこれでもかと唐辛子とニンニクを乗せた。あの狂人、刺激物がないと勝手に致死量の一味かけ始めるからな。

 作ってから気づいて、俺は嫌な顔をした。なんで俺がこいつらの好みを把握しなきゃならねえんだ。

 

 四人で囲んで食べる。育ちのいい真打と七瀬はフォークで上品に食っているが、俺とサユリは普通に箸で食った。俺が啜りながら食っていると、真打が嫌そうな顔をする。

 

「もっとまともに食えないのか?」

「パスタぐらい好きに食わせろよ」

「そうだー」

 

 国会中継みたいな七瀬の野次が飛ぶ。七瀬までも啜って食い始めた。なんでも俺に一致させようとするんじゃありません。

 げんなりした真打が、麺をフォークに絡めた。

 

「三日連続これか。流石に飽きたぞ」

「もうカネがねえんだよ。高城家に残された時間はあとわずかだ」

「お 前 も 働 け」

 

 いや、あんな図工して稼げるカネなんて高が知れてるだろ。しかし、過去の俺に今の真打を教えてやったら、その変貌ぶりに驚くに違いない。ここはやつの成長に免じて、一肌脱いでやるか。

 俺は箸を置くと、拳を掲げた。

 

「それじゃあ明日、一攫千金の裏技をご覧に入れよう」

「おおー頑張りたまえ」

「一致せよ……!」

 

 パチパチと手を叩く七瀬とサユリの横で、真打が疑わしいものを見るように目を細めた。いや、一攫千金だから。マジで。

 

 

 

 翌日、俺たちは変装して第71セクターの旧地下街に来ていた。真打の内職の納品と、俺の一攫千金のためだ。カラフルな造花を詰めた段ボールを持った真打が言った。

 

「それで、貴様の言う一攫千金とやらはどこにあるんだ?」

「まずはお前の納品だ。俺の目的地もそこにある」

「どうだか」

 

 寂れた商店街を歩く。路傍には小汚い男や、変な煙を吸っているやつがいた。俺たちが通り過ぎると、にやつきながらじろじろと眺めてくる。サングラスをかけた七瀬があくびを噛み殺した。

 

「随分と治安が悪いんだねえ。統制局長は何をやっているんだい」

「お前だろ」

「でも今は違う。まさか空席のまま局長代行が任命されるとは思わなかったよ。影打よりはマシだけどね」

「捕まったらどうなるんだ?」

「さあ? キミは保護されるんじゃない? ボクらはきっと即時執行か再一致処理だろうけど」

 

 ケロっとした顔で七瀬が言った。簡単にそう言うが、それは俺がこいつらを連れて脱獄したからであって……。

 俺が内心複雑に彼女を見ていると、七瀬は性格の悪い笑みを浮かべた。

 

「どうしたんだい? もしかして心配してる? 優しいんだね」

「調子に乗るな」

「素直じゃないんだから」

 

 肘で脇腹を突っついてくる七瀬を無視してしばらく進んでいると、怪しげな幕を張られた店が見えてきた。サユリがサイドテールを揺らして、指差した。

 

「……へ一致?」

 

 真打が段ボールを持ち直した。

 

「ああ、あれが依頼先の闇遊戯場、『レトロポリタン』だ」

 

 中に入り、真打が納品のやり取りをしている間に店内を見回した。薄闇の中で所狭しと並べられた筐体が騒々しい音と光を発し、奥の方では観衆に囲まれている中、大画面で格闘ゲームが行われていた。

 

「闇遊戯場? ただのゲーセンじゃねえか」

「一致維持法では、タカギナイズされていない旧時代コンテンツの提供は禁止されているからね。遊戯による反一致宣伝煽動、つまり第58条の10。ゲームデータの保管で第70条。頑張れば第1条と第10条も乗る。だからこうやって地下に潜っているんだろうよ」

「リーチ一発ツモ平和みたいなもんか」

「キミすごいまとめ方するね」

 

 七瀬が壁に貼られたポスターを読んだ。

 

「旧世界格闘ゲーム大会。優勝賞金は10万高城ポイント、ね。まさか一攫千金ってこれのことかい?」

「そういうことだ」

「勝算はあるのかい?」

「愚問だな。俺はここ最近、ガンランスでイメトレは済ませてある」

「それはPVEであって、対人戦じゃないと思うんだけど……」

「ああうるさいうるさい。三百年前のプレイングスキルを見せてやるよ」

 

 タカギニアに旧世界のゲーム文化が残っていることが驚きだが、そのレベルなぞ高が知れている。かつてネットで数多の猛者としのぎを削った旧時代人の俺が負けるはずがないのだ。俺は受付でエントリーすると、戦場へと向かっていった。

 

 

 

 数十分後、俺はパイプ椅子に座って項垂れていた。真打が呆れたようにため息をついた。

 

「あれだけ大口を叩いておいて初戦敗退とはな。流石はFランクと言ったところか」

「たまたま調子が悪かっただけだし」

「負け犬はいつもそう言う。うっ、頭が……」

 

 過去の測定での敗北を思い出したのか、真打も頭を抱えて項垂れ始めた。自爆してんじゃねえよ。

 頭を上げて、大会の経過を見る。今は決勝戦だ。対戦カードは、前大会優勝者の男と……なぜか勝ち上がっていた一致せよガールのサユリだった。

 隣に座っている七瀬が足を組んで言った。

 

「彼女にあんな才能があったとはね」

「同感だ」

 

 しかし、サユリの戦術を見ていると納得するところもある。彼女は完全なインファイト型だ。押して押して押しまくり、相手に反撃の時間すら与えずに叩きのめす。高城之男暗殺小説といい、彼女は儚げな見た目に反して物騒すぎる。

 

 試合は最初、前回チャンピオンの優勢で進んだ。サユリの攻撃は通らず、第一ラウンド、第二ラウンドを立て続けに取られる。三ラウンド先取のため、次負けたら終わりだ。絶体絶命である。

 

 だが、ここでサユリは意外な粘りを見せた。なんとか第三ラウンドを取り返し、続く第四ラウンドももぎ取った。気が付けば、勝負は最終ラウンドまでもつれ込んでいた。これは、ひょっとしたら優勝もありうるのではないか?

 

 彼女が勝てば10万ポイントが手に入る。ここで畳みかけない手はない。俺は立ち上がると、司会のマイクを引っ掴んで叫んだ。

 

「ハシモトがァ! 捕まえてェ! ハシモトがァ! 画面端ィィッ!」

 

 サユリが操作する黒スーツのヤクザみたいなキャラクターが、対戦相手の空手家をどんどん追い詰めていく。

 

「一致せよ! 一致せよ!」

 

 誰かが悪ノリで叫ぶと、観客席から同じ声が返ってきた。やめろ。本人の症状をコールにするな。

 俺は実況のボルテージを上げた。

 

「バースト読んでえェッ! まだ入るゥッ! ハシモトがァ! ……ッ近づいてェッ!」

「一致……せよ!」

 

 サユリが右腕を突き出した瞬間、画面のキャラクターがアッパーカットを叩き込んだ。

 

「ハシモトがァ決めたァァーッ!」

 

 大歓声が巻き起こり、会場が熱気に包まれる。みなが立ち上がって、雄叫びを上げた。優勝だ!

 

 ああ、夢が広がる。今晩は御馳走だ。何を作ろうか。そうだ、ビーフストロガノフにしよう。そうしよう。

 

 俺たちはサユリに駆け寄ると胴上げした。サユリは微動だにせず神輿にされている。その妙に貫禄のある姿に七瀬が吹き出した。

 

 レトロポリタンの支配人が、金一封を持ってやって来た。地面に降ろされたサユリが、堂々とそれを受け取ろうとしたまさにそのとき、部屋の入口からガラスの割れる音がした。

 

「動かないでください! 統制局です! ただいまより反一致分子の摘発を行います!」

 

 壬生が徽章を見せつけて声を張り上げた。数人の白い制服を着た統制官が警棒を持って突入してくる。それと時を同じくして、裏口から黒制服が雪崩れ込んできた。

 銃を握った照井が大声で言った。

 

「矯正局だ! これより矯正対象の回収作業に入る!」

 

 壬生と照井がしばらく互いを見つめ合った後、怒鳴った。

 

「なぜ統制局が来ているんだ! 引っ込んでろ!」

「照井矯正官、ここは娘との高城之男パークを潰して休日返上している私に免じて譲ってくださいよ! 朝から口を聞いてもらえてないんです!」

「知らんがな!」

「D503の脱走の責任取らされて減給と始末書のダブルパンチ! 昇進の話もパー! 後生ですから!」

「知らんって言ってるだろ!」

 

 どうやら、最悪のダブルブッキングが起こったらしい。ふざけんじゃねえ。せめて俺がいないときにしろ。

 俺は金一封を見た。壬生を見た。照井を見た。もう一度金一封を見た。……さようなら10万ポイント、さようならビーフストロガノフ。

 

 俺は帽子を目深に被ると、七瀬たちと壁際まで忍び寄った。賞金は惜しいが、やつらに見つかるのは論外だ。

 

 大混乱の喧騒に紛れて出口まで走る。俺の後ろにはサユリを背負って青い顔をした真打と、余裕綽綽の七瀬が続いた。このまま何事もなければ、無事に脱出できる。

 

 あと一歩のところで、別の集団がまたもや乱入してきた。とっさに俺たちはレジの裏に隠れる。緑色のジャケットに包まれた金髪が視界に入った。俺は物陰から、通り過ぎていく集団を見た。

 

 クラリスが、白い制服と黒い制服の群れをまとめて相手取り、銃を撃ち合っていた。なんでお前もいるんだよ。

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