クラリスは筐体に身を隠しながら銃弾を放ち、少しずつ戦線を奥へ押し込んでいく。彼女の隣には田上やエリもいた。作業服を着た田上が顔を引きつらせながら撃っている。エリが発煙筒を転がした。店の中が白い煙で包まれる。
視界が悪い中をクラリスは身を転がして進み、統制官に捕まっていた男を取り戻した。反乱軍のメンバーだろうか。おそらく、彼女たちは仲間を救うためにやって来たのだろう。
壬生は前線で指揮を執っていたが、明らかに帰りたそうな顔をしていた。不意打ちで適当な犯罪者を捕まえてくるだけの簡単な任務だと思っていたら、反乱軍との銃撃戦が始まってしまったのだから、そうなるのも無理はない。それにしてはやる気がなさすぎる気もするが。
照井も冷静に矯正官に戦闘の指示を飛ばしながら、数人を連れ出そうとしていたが、クラリスたちの発砲のせいで連行は遅々として進んでいなかった。歯がゆそうにしている。
壬生か照井のどちらかに指揮系統を集めれば、反乱軍に数は勝っているはずだが、彼らはそれだけは嫌なのか頑なにしようとしなかった。統制局と矯正局はまったく連携を取れていない。たまに同士討ちをしている。
俺はこの戦いの余波に紛れて出ようと腰を浮かしかける。しかし、出口付近には田上とエリが陣取っていた。今出れば、間違いなく見つかる。しかもこの間、クラリスとは気まずい別れ方をしていたから、鉢合わせだけは避けたかった。
七瀬がちょいちょいと俺の袖を引っ張った。
「兄さん兄さん、どうするつもりだい? 誰からも見つからずってのは難しそうだよ」
「もう少し様子を見る。田上は勝ち確になったら前線上げるから、どうせ出口開くだろ」
「キミのK122に対するその熱い信頼はなんなんだい……」
そういうわけで、俺は密かに反乱軍を応援していた。実際、ここまでは反乱軍は終始有利にことを運んでいた。何よりもクラリスの戦闘力が高い。暗がりの中を縦横無尽に駆け回り、一人ひとり敵を無力化していく。しかし、照井と接敵した途端、彼女の動きが鈍った。
いつもは躊躇なく銃をぶっ放していた彼女の指が止まる。クラリスは呆気にとられたかのように、目を見開いて固まった。その瞬間、照井が放ったワイヤーに絡めとられ、拘束される。何をされている方なの?
いやいや、ふざけている場合ではない。クラリスが照井に捕まった。しかし、ここで堂々と義によって助太刀をすれば、俺の存在が見つかってしまう。焦って周囲を見ると、レジの下に古いゲームキャラのコスプレセットがいくつか突っ込まれていた。俺はその中から顔を隠せそうな覆面を選んで被った。
七瀬がジト目を向け、真打が頭を抱え、サユリが目を輝かせて右腕を突き出した。
「忍者だね」
「忍者だな」
「一致……!」
後ろのバカどもがなんか言ってくるが関係ない。俺はたった今から里を追われた抜け忍、二代目之男だ。俺は七瀬に左手を差し出して言った。
「七瀬、同期を頼む」
「仕方がないなあ」
口ではそう言いながら、七瀬はニヤニヤして左手を絡ませてきた。数秒後、俺と彼女のナノマシンの同期が完了すると、俺は端末を立ち上げた。
> ./override_lighting --target RETROPOLITAN_FLOOR --mode blackout
> Ceiling_Lights... [OFFLINE]
> Arcade_Cabinet_Screens... [FORCED_MAX_BRIGHTNESS]
次の瞬間、天井の照明が落ちた。代わりに、店中の筐体が一斉に最大輝度で光り出す。銃撃戦の真ん中にいた連中が、眩しさに目を細めた。俺はさらに畳みかける。
> Volume... [MAXIMUM]
『ハシモトがァ決めたァァーッ!』
店内スピーカーから、数分前の俺の絶叫が爆音で流れた。統制官と矯正官、ついでに反乱軍のやつらが同時に肩を跳ねさせる。俺も跳ねた。ウィナーコールってこれかよ。
> Cabinet_Stoppers... [RELEASED]
> ./activate_floor_cleaner --target AISLE_03 --mode push
> Cleaner_Unit... [MOVING]
重い筐体が、床をこすりながらじわじわ横に滑り始めた。統制官たちの射線が潰れる。
「筐体が動いているぞ!」
「何者だ!」
俺です。通りすがりの忍者です。
黒と白の制服がうろたえ、一時的に銃撃が止まる。俺の読み通り、田上が前に出た。
「押せ押せ押せ! 今なら行けるぞ!」
ほらな。勝てそうになると急に前に出始める男、田上信輔。単純な野郎だ。
七瀬が呆れたように言った。
「本当に前に出たね……」
「男同士の固い絆だ」
「嫌な絆だね」
呆然としていたクラリスが顔を上げた。端末をいじっている俺を見て、目を見開いた。
「平人……?」
アイエエエ!? バレた!? バレたナンデ!?
目を怒らせた照井が叫んだ。
「誰だお前は!?」
俺はレジの上に颯爽と飛び乗ると、身体を屈めて決めポーズを取った。
「地獄からの使者、ユキオカードマン! ここに参上!」
壬生が統制官を引き連れて、裏口へ向かいながら叫んだ。
「もうこんなの相手してられません! 私は帰らせてもらいます!」
照井もクラリスを引っ張りながら後に続こうとする。
「待て! 自分だけ逃げるな!」
まずい、クラリスが連れていかれてしまう。俺は近くの大型筐体に飛び乗ると、下部の搬送用ホイールに命令を流し込んだ。
> Transport_Wheels... [ACTIVE]
> Brake_Limiter... [RELEASED]
> Collision_Path... [SET]
甲高く車輪が唸り、照井目がけて筐体が突っ込んでいく。俺はその上に膝立ちで立ち、手で印を結んだ。
「奇遁、方舟の術!」
「何っ!?」
ギリギリで飛び降りる。照井は舌打ちしてクラリスのワイヤーを手放し、辛うじて横へ跳ぶ。勢いよく突っ込んでいった筐体が、クラリスのすぐ隣を掠めて壁に激突した。俺は照井とクラリスの間に着地すると、彼女を背に庇った。
照井は壁にもたれながら、忌々しそうにこちらを睨みつけた。足を筐体に轢かれ、追撃する余裕はないらしい。矯正官の肩を借りてゲームセンターから退いていく。やはり忍者は強い。語録にもそう書かれている。
俺が工具箱から取り出したワイヤーカッターでクラリスの拘束を解いてやると、クラリスがジト目で言った。
「やっぱり平人じゃない」
「拙者はそんなやつじゃないよ。いいね?」
「待って」
爆発四散して逃げようとすると、クラリスが肩を掴んできた。俺は冷や汗を垂れ流しながら振り返る。
「クラリス=サン?」
クラリスの翡翠の瞳が、控えめにこちらを見て、また伏せられた。
「あんた、統制局長についたんじゃなかったの?」
「いや、もう統制局は辞めた。一身上の都合ってやつだ。拙者は知らないけど」
「そう……あの後ずっと考えてたんだけど、多分あんたにも事情があるのよね。悪かったわね。蹴ったりして」
「お、おう……」
「それと、助けてくれてありがと」
しおらしく俺を見つめるクラリス。なんなんだこいつは。全然いつもの暴力女っぽくないぞ。
俺が彼女とじっと見つめ合って動けないでいると、七瀬が左手を引っ張って引きずってきた。
「兄さんはいつまでそいつとイチャイチャしているんだい! まったく、こんなにかわいい妹がいるのにまったく!」
「んなことしてねえよ」
クラリスは俺と七瀬の様子を見て、腕を組んでそっぽを向いた。
「ああそう! 今度は局長と辞職して兄妹ごっこってわけね! 最低!」
「いやこいつは妹じゃないから!」
「なおさら最低!」
俺はクラリスの罵声を背中に浴び、田上から散々煽り倒されながらゲームセンターを出た。畜生、助け甲斐のねえやつらだ!
俺は覆面を脱ぎ捨てると、店の外で真打とサユリと合流した。二人が用意していた電動キックボードに乗って逃げる。絵面がひどい。
安宿に戻った俺は、鬱憤を晴らすために件のモンスターハンティングゲームをしていた。俺の背中にもたれていた七瀬が言った。
「兄さん、またボクを吹き飛ばしたね。もうその武器使うのやめたまえよ」
「いや、お前が爆発に巻き込まれに行ってんだろ」
「キミが当てに行ってるの」
俺と七瀬は協力してドラゴンを狩っていた。俺がガンランスで七瀬がハンマーである。ゲーム内で七瀬が俺のことをかち上げた。
「おい、今のはわざとだろ」
「報復さ」
「これ一応協力ゲームだぞ? まあお子様には難しかったか」
「
「上等だ」
ああ、デイズアイさんが恋しい。正体が人工無能でさえなければ、最高の相棒だったのだが。
七瀬が無言でぐいぐいと押してきた。俺も負けじと背中で押し返していると、コンコンとドアを叩く音が聞こえた。この部屋に用があるやつなんていただろうか? ああ、きっとサユリと買い物に行っている真打が帰ってきたのだろう。鍵を忘れるなんてバカなやつらだ。
俺は画面から目を離さずに言った。
「七瀬、出ろ。役目でしょ」
「下手くそなキミが出たまえ。ほら、また死んだね。これで三回目だ。兄さんのせいでクエスト失敗だよ」
「ほんまこいつ……!」
俺はのっそりと立ち上がって、一応覗き穴に顔を寄せた。これで西条が突っ立っていたら絶望ものだからな。
外では腕組みをした筋肉ダルマが、爽やかな笑みを浮かべて立っていた。反乱軍の頭目、ウィンストンである。背後には田上とクラリスも従えていた。は? なんで?
俺はしばらく考え込んで、そっとドアから離れた。よし、居留守しよう。
戻ってきた俺を見上げて、七瀬がつぶあんの饅頭の包み紙を開けた。
「誰だった?」
「悪質な訪問販売だ。きっとプロテインの押し売りでもしにきたんだろう」
「ふーん。ねえ、このお饅頭食べてもいいかい?」
「もう開けてから訊くなよ。俺も食いたいから半分だけだぞ」
七瀬は饅頭を半分に割って口に放り込むと、パックのカフェオレを飲み始めた。俺はちゃぶ台に肘をついてその様子を眺めながら、口を開いた。
「お前、もうブラックもこしあんもやめたんだな」
「そりゃそうだよ。高城之男直々に必要ないって言われちゃったらね。ボクの基準はもう兄さんだけさ」
「基準ってなんだよ基準って」
「タカギニア人は誰かに一致しなきゃ気が済まない人種だからね。異端は統制され、逸脱は矯正される」
「今はもう他人の目はないんだし、緩くやれよ」
七瀬がストローをくわえたまま、片手の人差し指をこちらに立てた。
「それ、接近日和見主義だよ」
「なんだよそれ」
「状況に応じてぬるい一致で妥協する人間のことだよ。ボクは何度、T800……壬生統制官にこの言葉を使いかけたことか」
俺は七瀬が割った饅頭を食べた。あんこがほとんど持って行かれており、ほとんど皮だけだった。かわいくねえ食い方しやがって。
「そもそも完全一致とか無理じゃね? もう各自オリジナルの一致をすればそれでいいだろ」
「はいそれ、近似修正主義。キミの考えはもう何十年も前に論文で否定されてる」
「論文でやるような内容じゃねえだろ。じゃあ逆に、一致しすぎてるやつへの悪口はあるのか?」
七瀬が両手のひらを顔の横に立てて、視界を狭める仕草をした。
「一致のためなら何をしてもいいと思ってるあたり、A632には極致冒険主義がお似合いだね。影打みたいに語録ばっか言ってくるやつには語録教条主義がぴったりだ」
「よっしゃ、今度会ったら言ってやろ」
「それはやめておいた方がいい。一気に高城学論争になる。キミじゃ逆立ちしたって勝てっこないよ」
本人が解釈違いで論破されるとかおかしいだろ。俺がカフェオレを見ながら口を開いた時、何を勘違いしたのか、ストローから口を離した七瀬がカフェオレのパックを突き出してきた。
「飲むかい?」
「ああ」
俺はそれを受け取って、なんとなくその飲み口を見た。歯形で潰れている。よくないと思ってても、つい噛んじゃうんだよな。俺もよくこうなる。
……一拍置いて気づいた。これ、アレのアレでアレじゃないか?
固まっていた俺に向けて、七瀬が悪辣な笑みを浮かべた。
「あれれ? 飲まないのかい?」
クソっ、俺が慣れていないからってからかいやがって。そうだ、七瀬は俺の叔母だ。親族ならこういうのも普通だろう。よし、飲むぞ。
意を決してストローに口をつけようとした瞬間、高らかに銃声が鳴り響いた。吹き飛ばされたドアノブが畳の上を転がり、畳縁で止まった。
驚いて手を止めると、銃口から煙を出したクラリスが俺の前に歩いてきた。
「居留守しておいて随分とお楽しみのようじゃない。平人」
もう開き直るしかない。俺はちゃぶ台を叩きながら叫んだ。
「ドアぶっ壊しておいて何言ってんだ! 弁償しろ弁償! ついでに焼きそばパン買ってこい!」
「それはごめんなさ……焼きそばパン?」
「女扱いしてほしかったら、ちったあかわいげってもんを出したらどうですかい!? あとこのクソガキとはそんなんじゃねえから!」
クラリスと七瀬の左右から蹴られた。痛い。