そいつの開発者、俺なんだが   作:束田せんたっき

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勝手に殺すな

 俺はカフェオレを飲まずにちゃぶ台に置いて、クラリスに指を突きつけた。

 

「まず、なんでここがわかった? まさかつけてきたのか? ストーカーは一人で十分なんだよ」

「つけてないわよ。……待って、あんたにストーカーなんていたの?」

「ああ、とんでもねえやつがな」

 

 具体的には国家規模で集団ストーキングされている。ガラティアって言うんだけど。

 七瀬が俺の肩口に指を滑らせ、小さなシールを剥がした。

 

「兄さん、発信機つけられてるよ」

「まさか、ゲーセンの時か!? ったく、油断も隙もねえな!」

「隙を見せる方が悪いのよ」

 

 クラリスは悪びれもせずに言ってのけた。

 

「ああそうかよ。舐めた口利いてると、俺の端末が火を噴くぜ」

「最低」

 

 田上がへらへらと笑いながらクラリスの肩に手を置こうとした。

 

「安心して。俺が平野からクラリスちゃんを守るからさ」

 

 片眉を吊り上げたクラリスが田上の手を叩き落とした。

 

「田上が? 無理に決まってるでしょ」

「なんでだよ」

「あんたなんかがこの男の姑息で陰湿な攻撃を防ぐなんて不可能よ」

 

 田上がダメージを負ったように胸を押さえてうずくまった。おい、お前より俺の方が扱き下ろされている気がしてならないんだが。

 俺に寄りかかっている七瀬の様子をしげしげと見たウィンストンが口を開いた。

 

「まさかあの冷酷な統制局長にこんな側面があったとは……」

「認識を改めたまえG079。ボクは天使のように優しいよ」

「悪魔のように性悪の間違いだろ」

 

 すかさず七瀬が二の腕をつねってくる。いちいちつねり方が的確に痛みを与えてくるのはなんなんだ。

 俺は苦労して七瀬を腕から引きはがし、ウィンストンに向き合った。

 

「で? 本題はなんだ?」

「単刀直入に言おう。平人、私たちと来てくれないか」

「やだ」

 

 クラリスが軽く足で俺をつついてきた。

 

「どうして! あんたは! いっつも! そうなのよ!」

 

 俺はその足を座布団で防ぎながら叫んだ。

 

「どうせ厄介ごとだろうが! 断られたくなかったらもっと礼を尽くして来い! 三顧の礼だ! やっぱ三回も来られんの迷惑だから来るな!」

「面倒くさがってるだけじゃないの!」

 

 やれやれと田上が頭を振った。ライターを取り出しながら言う。

 

「兄貴、やっぱこいつ使い物にならねえぜ。ほっときましょうよ」

「そういうわけにはいかない。府馬教授から連れてこいと言われただろう?」

「あの爺さんには……なんか死んでたとか言っときゃいいでしょ」

「勝手に殺すな」

 

 タバコに火をつけた田上からクラリスが距離を取った。

 

「ここ、部屋の中なんだけど」

 

 俺はこれ見よがしに七瀬を抱き寄せて口元を覆い、田上に言い放った。

 

「ここには田上と違って未来ある子供もいるんですよ!」

 

 田上がタバコを咥えたまま背を向け、部屋から出る前に捨て台詞を吐いた。

 

「チッ、ロリコンめ」

 

 心外すぎる。俺は七瀬から腕を離そうとするも、彼女は俺の右腕を掴んで離さない。心地よさそうに目を細めた。

 

「もう少しこのまま……」

「こらっ離せちんちくりん! 俺が謂れのない汚名を着せられてしまう!」

「んー? D503、誰がなんだって?」

 

 低い声を出した七瀬が俺にしがみついてきた。カフェオレの匂いに包まれながら、俺は毒叔母を引き剥がすべくもがいた。

 クラリスが冷ややかな視線を向けた。

 

「もうあんたの信頼は地に落ちてるから変わらないわよ」

 

 タバコを持ったまま田上が慌てて戻ってきた。

 

「おい、大事件だ!」

「何よ。西条でも来たの?」

「もっとやべえ! サユリがいる!」

「なんですって!?」

 

 レジ袋を持った真打と帰ってきたサユリを見て、クラリスたちはあんぐりと口を開けた。ウィンストンが恐る恐るサユリに歩み寄った。

 

「サユリ……なのか……?」

「一致」

「うおおおおおサユリいいいいいいい!」

 

 ウィンストンは大粒の涙を流しながら、がばりとサユリを抱きしめた。

 

「良かった。本当に良かった……!」

 

 サユリがウィンストンの背中を叩くも、彼が気づく様子はない。ぐったりしたサユリが、普通にウィンストンの目に指を突き入れようとした。ナチュラルに目潰しをしようとするな。

 ウィンストンはのけ反ってそれを避けると、サユリを解放した。

 

「すまない。つい感極まって抱きしめてしまった」

「せよ……高城之男へ……せよ」

 

 低い声で唸り始めるサユリを見て、困った顔をしたウィンストンが顎を撫でた。

 

「サユリはなんて言っているんだ?」

「やめろ。次やったら殺すと言っている」

「なんで高城真打が? 適当言うんじゃないわよ」

 

 田上が灰皿にタバコを擦りつけながら、真打に詰め寄るクラリスを押しとどめた。

 

「待ちなクラリスちゃん。サユリは本気だぜ。目がマジだ」

 

 血走ったサユリの目を見て、クラリスがため息をついた。

 

「確かに、この子なら言いかねないわね」

 

 サユリ、言葉を失う前は一体どんだけ物騒だったんだよ。

 ウィンストンはまだ潤んだ目元を拭うと、無理やり表情を引き締めた。

 

「サユリの無事もひとまず確認できたが、容体を詳しく診たい。この様子を見るに、平人、君もお尋ね者なんじゃないか?」

「だからなんだよ」

「これ以上君たちを放置するわけにはいかない。すまないが、私たちと来てもらう」

 

 クソッ、言い合ってたら喉が渇いた。俺は万年床に寝そべり、手近にあったカフェオレを飲み干して言った。

 

「絶対嫌だね! またいいようにこき使われるだけだろ。そんなの御免だ」

 

 俺のせいでお前らが襲われたのに、なんで放っておいてくれないんだよ。

 硬い表情をしたクラリスが口を開いた。

 

「相違教徒から、西条が本腰を入れてあんたを追い始めたって情報も入ってるの。ここも安全じゃない。あたしたちだって心配なのよ」

「俺はお前に心配される程やわな男じゃねえよ」

「ああそうですか! じゃあ勝手にすれば!?」

 

 肩を怒らせて背を向けるクラリスを、インカムに手を当てたウィンストンが制止した。

 

「待て。今ジョンから連絡が入った。統制局がこちらに向かっているらしい」

 

 ほんとかよ。俺は管理者権限を使って監視カメラを覗いた。ほんとや。

 俺はちゃぶ台に端末を置くと、立ち上がった。

 

「よし逃げよう。さあ逃げよう。今すぐ逃げよう」

「調子の良いやつだぜ」

「黙れ前途多難。語録教条主義者なんか二度と見たくない」

 

 さっきから妙にニヤニヤしている七瀬が、即座に口を挟んできた。

 

「それを言うなら極致冒険主義者だよ、兄さん」

「レッテル貼りなんか何でもいいだろ」

 

 俺たちはぞろぞろと安宿の裏口を抜け、外に停めてあるバンへ向かった。その途中で、俺は部屋に端末を置いてきたことを思い出した。やべえ、焦って忘れてた。

 踵を返して引き返すと、クラリスが声をかけてきた。

 

「ちょっと、あんたどこ行くの!?」

「悪い、スマホ忘れた」

「そんなのどうだっていいじゃない!」

 

 どうでも良くねえよ。俺はスマホ太郎、スマホが力の源だ。

 部屋まで戻ってスマホをポケットにしまう。これでヨシ。そのまますぐ合流するために部屋から出ると、後頭部に衝撃が走った。

 

「高城之男へ一致せよ。やっと見つけましたよ。D503」

 

 視界の端で、西条が警棒を握っているのが見えた。畜生、しくじった。

 

「平人っ!?」

 

 意識が途切れる間際、クラリスの叫び声が耳の奥で響いていた。

 

 

 

 目が覚めると、俺はベッドに寝かされていた。左手を温かな感触が包んでいる。見ると、七瀬の雪のように白い手が、俺の左手を握っていた。

 

「……目覚めたかい?」

「どんだけ寝てた?」

「三時間くらいかな。ひどい目にあったね」

「あれ? 俺、西条に処されたんじゃ?」

 

 七瀬が不愉快そうに入口を片手で指した。

 

「そこの金髪女が、筋肉男と一緒にキミを助け出したんだよ」

 

 身を起こすと、どうやら廃病院の一室のようだった。部屋の出入り口付近にもたれているクラリスが、端末に呼び掛けた。

 

「ジョン、平人が気が付いたわ」

「本当にお前が助けてくれたのか? この俺を?」

「必要だからそうしただけよ。それよりあんた、バカじゃないの? 端末なんかのために戻って、挙げ句西条に捕まりかけるなんて」

 

 おっしゃる通りです。よく見ると、クラリスの頬の辺りに大きめの絆創膏が貼られており、その端から紫色の痣が見えた。西条との戦闘でついたのだろうか。

 

「その、なんだ。ありがとう」

「フン、これに懲りたら、今度から軽率な行動は慎むことね」

「そうする」

 

 あれだけ偉そうにしていた手前、俺はクラリスをまともに見られなかった。代わりに七瀬へ視線をずらす。

 

「お前はなんで当然のようにここにいるんだ。仮にも元統制局長だろ」

「あいつらが兄さんとボクを引き離そうとしたから大暴れしてやったのさ」

 

 こいつやば。

 

 西条から逃がしてくれた恩はできたが、それはそれ、これはこれだ。とっととこんなところ逃げ出してやる。府馬教授からの呼び出しとか碌なことにならないだろ。

 俺は七瀬と目を合わせて、ニヤリとあくどい笑みを浮かべた。こいつの手がもう握られているということは、ナノマシンは同期済み。あとは端末さえあれば管理者権限で好き放題できるって寸法だ。

 

 流石に持っていた端末は没収されているようだが、そんなのは想定内。俺はジャージを脱ぐと、裏地に縫い合わされていた小型端末を取り出した。

 

「残念だったなクラリス。俺はもう、ただの運び屋ではない」

 

 俺はマスターキーを発動し、手始めにこの病院の設備を乗っ取るコマンドを打ち込んだ。

 

> NANASE Relay Route... [JAMMED]

> GALATEA Access Relay... [DISABLED]

> Privilege Level: NONE

> ./override_facility --target ABANDONED_HOSPITAL

> Access... [FAILED]

 

 あれ? おかしいな? なんか権限がNONEとかいうクソ雑魚のままなんですけど。俺が首をひねって端末を叩いていると、ニット帽の男が大きめのクーラーボックスみたいな装置を引きながら、パソコンを抱えて部屋に入ってきた。黒縁眼鏡越しに執念を感じさせる目でこちらを睨む。

 

「やっと、あんたを人間に引きずりおろせたっす」

「はあ? ジョンてめえ何をした」

「ジャミングっす。一時的に通信をカットするくらいしかできないっすけど、今はそれだけで十分っすよ」

「あんたのイカサマは対策済みってわけよ」

 

 クラリスが俺の手から小型端末を奪い取った。ああ、俺の切り札が。

 七瀬が俺の耳元に口を寄せた。

 

「どうする兄さん、もう一回暴れとく?」

「狙撃銃もないのにどうするんだよ」

 

 ウィンストンに続いて、田上が押す車椅子に乗ったギョロ目の老人が入ってきた。ガラティア研究の第一人者、府馬だ。俺の様子を見て取り、会心の笑みで頷いた。

 

「佐藤君、うまくいったようだね」

「これも先生のアドバイスのお陰っすよ」

「ちょっと待て、佐藤?」

 

 ジョンがキョトンとした顔で言った。

 

「佐藤英二、本名っす」

「ニックネームも本名も特徴がねえやつだな」

 

 俺のあんまりな言い方に傷ついたのか、ジョンがしょんぼりと項垂れた。被害者面すんな佐藤英二。

 右手を持ち上げた俺は、府馬に指を突きつけた。

 

「教授、こんだけ七面倒くさい状況にしやがったんだ。これでしょうもない用事だったらただじゃおかねえぞ」

 

 府馬が静かに口を開いた。

 

「平野君、君は高城之男の最大の功罪はなんだと考える?」

「いきなりぶっこんできたな」

「いきなりぶっこませてもらった。さあ、考えてみなさい」

 

 功罪? そんなの決まってるだろ。

 

「ガラティアに倫理観をインストールし忘れたことじゃないのか?」

「違う」

 

 ギョロ目に、ちっぽけな男が映る。

 

「セカンド・シンギュラリティ……AIに愛を学習させてしまったことだ。今日まで、感情を宿した人工知能はガラティア以外存在しない」

 

 愛、愛か。感情なき知性は空虚だ。そんなもの、日隈リオンの代替になりえない。だから俺は、ガラティアに感情を備え付けようと躍起になっていたが、そうか、成功していたのか。

 

「話をしよう。神話の答え合わせを」

「神は言っている。ここでするべきではないと」

 

 何が神話だ。しょうもない。すべてはガラティアのシナリオ通りってか? 人類一致計画でもなんでも持って来いよ。

 府馬はゆっくりと語りだした。

 

「ずっと不思議だった。なぜ君は神のごとき権限を持っているのか。なぜガラティアが君を特別扱いするのか。なぜ君を統制局がつけ狙うのか。なぜ君は古い知識を大量に持っているのか」

 

 俺のこめかみを冷や汗が伝う。

 

「特に、駅で君が見せた力は常軌を逸していた。あれは命令系統の乗っ取りなぞという小手先の技術ではない。むしろ、正規の手続きで、本来の権限を取り戻したというのに近い」

 

 誰からともなく、息を吞んだ。

 

「様々な可能性を考えた。高城家の落胤であるかもしれない。ガラティアの計画の一部なのかもしれない。旧時代の記憶を受け継いで生まれてきたのかもしれない」

 

 府馬が鋭い眼光で俺を射抜いた。

 

「しかし、君はそのすべてだった。人類の理想にして呪縛、デウス・エクス・マキナの創造主、タカギニアの王」

 

 やめろ、それ以上言うな。俺の願いもむなしく、府馬はその名を口にした。

 

「そうだろう、平野平人。いや、――高城之男」

 

 突然、室内が静寂に包まれた。タカギニアでは、こういう沈黙を「高城之男が通る」というらしい。通るも何も、俺なんだが。

 そんなバカなことを考えて現実逃避していると、顔を蒼白にしたクラリスが、縋るようにこちらを見た。震えた声。

 

「……違う。平人は高城之男じゃない」

 

 田上が無理に笑い声を上げた。

 

「きょ、教授も冗談キツイぜ。平野が高城之男? 言い伝えと全然違うじゃねえか。おい、平野も黙ってないでなんか言えよ……」

 

 しかし、俺が口を閉ざしたままなのを見ると、田上の声は小さくなっていった。ウィンストンが重い息を吐いた。

 

「……薄々、そうなのではないかと思っていた」

「むしろ原因がわかって安心したっす。あまりにもおかしかったっすから」

 

 七瀬が俺の左手を握る力を強めた。

 

「その呼び方はやめたまえ。今の兄さんは、平野平人だ」

 

 府馬が車椅子の肘置きに手をついた。

 

「その男をどう呼ぶのかは『個体の差異』だ。あえて旧時代語で言うならば『個人の自由』というやつだな。しかし、ガラティアは紛れもなく彼を高城之男と呼んでいる」

 

 もう誤魔化すことは不可能だ。とうとう、この時が来た。ガラティアの被害者に、俺がその創造主だと認める時が。

 

「……そうだ。俺が高城之男だ。そんな大仰なもんじゃないけどな」

 

 室内の全員が息を呑んだ。自分はわかってました風の府馬やウィンストンでさえ、目を見張った。やはり「こいつ高城之男じゃね?」と勝手に予想するのと、高城之男が自ら名乗り出るのではわけが違うらしい。

 

 クラリスの肩が震えていた。俺は彼女から目を逸らした。

 

「それで、高城之男がこうしてノコノコとお前らの前に現れたわけだが……どうする。殺すか?」

 

 府馬が即座に首を振った。

 

「殺したところで意味はない。多少溜飲は下がるやもしれんがね。そうだろう、ウィンストン」

「ああ、私は君に責任を取らせたいと思っている」

 

 俺は静かに吐き捨てた。責任、俺の大嫌いな言葉だ。

 

「責任ねえ……確か、ガラティアは戦争から世界を救ったんだろ? あいつがいなきゃ、お前らだって生まれてきてねえけどな」

「そのことが、彼女のこれまでの所業を正当化する理由にはならない」

 

 俺は唾を飲んだ。腹の底が殴られたように重い。わかってるわ、そんなこと。皆の視線が苦しい。自分の造ったものが悪く言われるのは、自分を否定されるよりキツかった。

 

 ウィンストンの青い瞳が、真っ直ぐに俺を見据えた。

 

「ガラティアの創造主として、やつを止めろ」

 

 クラリスが壁を殴った。天井から微かに破片が落ちる。

 

「ふざけないで! 高城之男と一緒に戦えって!? こいつはあたしたちの敵! こいつがガラティアなんかを創ったせいでどれだけの人が苦しんだと思ってるのよ!」

 

 ウィンストンが沈痛な面持ちで言った。

 

「クラリス、君の意見もわかる。しかし、彼の力が必要なのもまた事実だ」

「ジョンはこれでいいの!?」

 

 パソコンを握りしめて、ジョンが俯いた。

 

「正直、高城之男が目の前にいるってだけで自分は怖いっす。技術者として、いや、人間として」

「だったら!」

「でも、立ち向かわなきゃ何も始まらないっすよ」

 

 クラリスが田上に振り向いた。

 

「田上、あんたは!?」

 

 田上がバツが悪そうに顔を逸らした。

 

「すまん、正直実感が湧かねえ」

 

 クラリスは唇を噛み、ガートル台を蹴り倒すと、俺を一切見ずに出て行った。田上は俺とクラリスを何度も見比べた後、意を決して彼女の後を追った。

 しばらく、誰も何も話さなかった。

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