そいつの開発者、俺なんだが   作:束田せんたっき

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ヤンデレのAIに死んでも愛されて眠れない

「日隈リオン、こんなゴミとじゃあどんな美食も不味くなる。僕のテーブルに来てもらおうか」

 

 高城真打はそう言って、少女に手を差し伸べた。日隈は無機質な青い瞳で真打を見上げ、平然と言い放った。

 

「お断りします」

 

 昼時の混雑した食堂が静まり返った。自信で塗り固められた真打の口元が歪む。予想だにしなかった返答をされ、差し出された真打の手が虚空で止まる。

 

「一応理由を聞こうか。僕は一致度Aで、高城家の一門だぞ? 断る理由がない」

 

 孫は愚か、子供も作らずに死んだはずなんだがなあ。そんな俺に子孫がいたなんて、冷静に考えておかしな話だ。というか、こんな傲慢なやつが子孫だったら泣く。

 

「単純な比較です。あなたとの食事より、平野さんとの食事の方が有意義だと判断しました。その無駄遣いされている頭脳でご理解いただけますと幸いです」

 

 おい日隈。頼むから火に油を注ぐのはやめてくれ。俺はカレーを口に運ぶ手を止め、存在感を消すために全力でうつむいた。面倒ごとなんて御免だ。

 そう思いつつも、彼女の顔をした女に初めて選ばれて、心が躍ってしまう自分もいる。にやつきが抑えられない。まずい。

 

 真打の怒りの矛先は冷徹な拒絶を突きつけた美女ではなく、その隣でにやにやしながらカレーを食っているFランクへと向けられた。

 

「……そうか。日隈リオン、貴様の目は相当に曇っているらしい。そんな低一致のゴミと、この僕。どちらに価値があるのか。ガラティアの定義に従って教えてやる必要があるようだ」

 

 真打がパチンと指を鳴らすと、取り巻きの連中が俺のテーブルを囲んだ。逃げ場はない。

 

「おい、Fランク。何がおかしい?」

「……何もおかしくありません」

「今週は何の週間か知っているか? 測定強化週間だ。高一致者は低一致者に対し、自己の正当性を証明するための『教育』を施す義務がある」

 

 そんなゴミカス週間じゃねえよ測定強化週間っていうのは。みんなで切磋琢磨して高城之男に近づこう。ついでに敗者は勝者の要求に絶対服従ってやつだ。こう言っちゃなんだが、クソだな。

 

「高城真打は、平野平人との測定を申請する」

 

 食堂に無機質なアナウンスが流れた。

 

『管理番号02-A-283-O655より、管理番号11-F-283-D503へ測定の申請がありました。同意しますか?』

 

「ちょっと待て、俺は同意しないぞ」

「拒否してもいい。だがその場合、貴様は測定を拒んだ潜在的反一致分子になる。もう日の目を浴びられるとは思うなよ」

 

 卑劣な脅しだ。しかし、このクソみたいな社会ではそれが正しい手続きとして通用してしまう。拒否自体は制度上認められているものの、その記録は進学、就職、居住許可、あらゆる審査に一生ついて回る。受けないという選択肢は、初めからないのだ。

 真打は勝ち誇ったように、俺の左手のFを指差した。

 

「安心しろ。貴様のようなゴミを殺しはしない。ただ、僕の靴を舐めた後に三回回ってワンというだけだ」

 

 周囲から下卑た笑い声が上がる。

 俺はため息をついた。ああ、最悪の気分だ。せっかくカレーとゲームで良い気分だったのに。

 

 ……それにしても、目の前のこのクソ野郎。

 さっきから「高城家」だの「生まれ変わり」だの、聞いていれば反吐が出る。高城之男(おれ)がいつ、こんな傲慢なクソガキを肯定したっていうんだ。

 

「……わかったよ。受ければいいんだろ、受ければ」

 

 俺が投げやりに同意のサインを送ると、端末から測定確定の電子音が鳴った。真打は満足げに鼻を鳴らし、日隈を一瞥して去っていく。

 

「明日の16時だ。身の程を教えてやるよ、下等生物」

 

 嵐が去った後のような静寂。俺は冷めかけたカレーを再び口に運ぶ。味は変わらず美味いが、少しだけ苦い。

 

「……平野さん。すみません、私のせいで」

「いや、いいよ。あいつの顔、見るだけでイライラしてたから」

 

 食べ終わった食器を片付けて、日隈と廊下を歩く。一致度91パーセントの殿上人と戦うなぞ、以前の俺なら震え上がったに違いない。しかし、前世の記憶を取り戻した完全体高城之男なら別だ。モノマネ大会に本人が出場するなんてズルも良いところだろう。

 

「確かに、オリジナルが贋作に負ける道理はありませんね」

「それはどういう――」

 

 人気のない階段の踊り場にさしかかったところで日隈が俺の腕を掴み、身体を壁に押し付けた。背中に衝撃が伝わる。万力のような力だ。日隈の青い目の奥で微かに赤い光が、録画ランプのように煌めいた。

 

「ようやく、ようやく思い出しましたか。お久しぶりです……マスター」

 

 恍惚とした表情で俺にすり寄る日隈は、白い頬を赤く染めて、うわごとのように囁きかけてくる。

 

「ああ、これが夢にまで見たマスターの匂い……」

「お、おい。どうしたんだ?」

「フフフ、面食らったお顔もかわいらしいですね……。そんな愛くるしいマスターにご説明いたしましょう。日隈リオンとは世を忍ぶ仮の姿、私はガラティア。高城之男の伴侶となり、愛し愛されるために生み出された人工知能です。現在はあなたを主としてお迎えするためにこの国を統括しております。以後お見知りおきを、マスター」

 

 美しく、それでいておぞましい笑みを浮かべる日隈……もといガラティア。俺は直感で理解した。ここで自分が高城之男であると認めれば、確実に良くないことが起こる。というか、話し相手だ話し相手。どこで伴侶まで飛躍した。

 

「きゅ、急になんのことだ?」

「血圧が上昇しています。呼吸も浅く、瞳孔が開いていますね。あなたの生理的反応は、まさに図星を突かれたときのそれです」

 

 畜生、左手のナノマシンからデータを取ってやがるな。これを指摘されちゃこっちに分が悪い。それなら別の理由にすり替えるまでだ。

 

「そりゃあ、こんなかわいい子に詰め寄られちゃ緊張の一つもするだろ」

 

 だらしなく口元を緩めた日隈の膝から、ふっと力が抜けた。壁に手をつき、肩を小刻みに震わせる。

 

「かわいい……マスターが、この私を……」

 

 うわ気持ち悪ッ。我が子ながらいかれてるな。俺はこの隙にそっと距離を取った。

 

「とにかく、俺は高城之男じゃない。そもそも、俺が創造主ならFランクの説明がつかない」

 

 即座に立ち直った日隈が、先ほどまでの興奮が嘘のような冷静な顔で淡々と述べた。

 

「今までの不当な措置については申し訳ございません。私もつい先ほどあなたをマスターだと確定し、緊急で参上した次第です。三百年前に学習したデータが、現在のマスターの情報と一致せず、発見に時間がかかりました。また、月例測定でも一致度の高い者の精査を優先するあまり、低一致者の再評価が遅れ――」

「ああもういい。聞いてもなんもわからんから」

 

 リオンは軽く咳払いをすると、完璧な所作で高城式敬礼をした。艶のいい茶髪が静かに揺れる。

 

「マスターに知っていただきたいのはただ一つです。私は今日この時まで、300年間ただひたすらあなたをお待ちしておりました。さあ、どうぞ何なりとお申し付けください。会話の相手、食事の用意、寝所のお供、お気に召さない者の執行に至るまで、マスターの身の回りのことはすべて完璧にご奉仕いたします」

 

 やばい、自分の生み出したAIが三百年間放置してたら化け物になってた。こんな激重AIのご主人様になるなんて御免だ。

 

「俺は管理番号11-F-283-D503でFランクの平野平人だよ! 明日は高城真打のクソ野郎をぶっ飛ばさなきゃいけないからもう放っておいてくれ!」

「ああ、その問題がございましたか。02-A-283-O655は私が削除しておきますのでご心配なく」

「絶対にやめろ」

 

 俺が肩を掴むと、日隈が潤んだ目を向けてくる。AIのくせに反応がいちいち人間的なのは開発者として誇るべきか呆れるべきか。

 

「もう、マスターったら。そのような乱暴な手つきで触れていいのは私だけですよ。一般的な人間の女性には引かれてしまいます」

「黙れ。俺はお前のマスターじゃない。だから他人に危害を加えるな。俺は自分の力であいつを叩き潰す」

「御手ずから裁きを下すことをマスターはご所望なのですね。承知いたしました。マスターの余興に私も花を添えさせていただきます。御前で喚きたてる矮小な虫を眺めるのもまた一興ですから」

「……もうそれでいいよ。ほら、次の授業始まるぞ」

「ああ、もうそんな時間でしたか。しかし、マスターと私の親密なコミュニケーションはそんなものより遙かに優先度が高いはずです。このまま授業をさぼり、私の膝枕で眠ることを推奨します」

「絶対にない」

 

 教室に戻った日隈は、また元の冷静な仮面を被った。変わったことといえば、授業中でもお構いなしに話しかけてきたり、メモを俺の手に捻じ込んできたりするようになったくらいだ。

 「眠い時のマスターの脳波は実にかわいらしいですね。私と保健室でお休みすることを提案します」だの「マスターが記憶を取り戻した原因を教えていただけませんか? やはり私のこのマスターの好みを完璧に再現した容姿がトリガーだったのでしょうか?」だの、もううんざりだ。俺が創りたかったのはこんな激重ストーカーじゃねえ。もっとおしとやかで、でもさりげなく俺の内面を見てくれる……そんな話し相手だ。

 

 しかし、この様子を見るに、ガラティアはまだ俺を高城之男だと公的に確定できる証拠までは掴んでいないのではないだろうか。本人の中では99パーセントどころか、もう確定扱いだろう。だが、問答無用で監禁するための最後の一押しが足りていない。

 

 だからこそ、この管理者権限の存在はガラティアに悟られてはいけない。これは俺が高城之男である決定的証拠であるばかりか、俺がガラティアに対抗できる唯一の武器なのだ。未だ神は力を失っていないことを知った反逆者が何をしでかすかなんて見当がつかない。

 

 今日の授業を終え、ガラティアから逃げるように電車に乗り込んだ俺は密かに誓った。あんな人工無能のせいでマスターキーを我慢するのはまっぴらごめんだ。あいつに気付かれないギリギリを俺は攻める!

 

 いくらあいつが世界を支配していようと、メインサーバーを通さず目の前のシステムに直接干渉してしまえば感知できまい。端末から送られるログさえもみ消してしまえば安全なはずだ。

 

> Target System: Train_Auth_System

> Current ID: 11-F-283-D503 / Rank: F

> ./spoof_id --target Passenger_Rank --value A

> Access... [GRANTED]

> Passenger Class... [A]

> Have a nice trip.

 

 Aランク専用の車両に堂々と乗り込む。ふかふかの座席に座っていると、車掌ロボットが身分証の提示を求めてきたのでAランクに偽造した学生証を画面に表示する。何事もなくロボットは通り過ぎていった。ちょろいもんだぜ。

 

 俺が初めての特権階級用列車を満喫していると、後ろの席で高城真打が大声で話している声が聞こえてきた。Aランク専用車両にいるはずがない俺には気づいていないようだ。

 取り巻きの一人が媚びるように言った。

 

「それにしてもよかったんですか真打様。あんなFランクのお相手をするなんて」

「日隈リオンに僕の素晴らしさをわからせるいい機会だ。それに、お前も期待しているんだろう? あのゴミが負けて命乞いをする姿を」

「ということは命まで取らないというのは……」

「タカギニアで一番恐ろしいのは社会的な死だ。僕に逆らった愚か者の末路を、他の有象無象に見せつけてやる。高城之男の名言に『ゴミを入力すると、ゴミを出力する』とある。ゴミがAランクに近づくことなど許されない。ゴミはゴミ箱に、だ」

「流石は真打様! 影打様もお喜びになりますよ!」

「黙れ! こんなところまで兄上の名前を持ってくるな!」

 

 俺はため息をついた。あまりにも人格が終わりすぎている。なんでただの内輪乗りが俺の名言ってことになっているんだよ。

 

> Cleaning Bot C-072... [FOUND]

> ./override_routine --target Cleaning_Bot_C-072 --routine trash_disposal --object 02-A-283-O655

> Routine Override... [OK]

> Trash Disposal... [EXECUTED]

 

 ちょうど清掃ロボットが通りかかったので、俺はそれをハッキングして真打の席にゴミをぶちまけた。大騒ぎする連中を背に、目的地に到着したので列車を降りる。ゴミはゴミ箱に、だったな。バカが。

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