店に入ると、やばすぎる個人崇拝ワールドが展開されていた。Tシャツ、ぬいぐるみはおろか、定期入れからネクタイまで、ありとあらゆる物がプロパガンダに染められていた。店中、高城之男塗れだ。
七瀬が自分の身体に服をあてながら言った。
「うーん、どれが良いかな……そうだ兄さん、試しに着てみるから見ておくれよ」
ポケットに手を入れたクラリスが顔をしかめた。
「何、お土産まで買おうとしてるのよ」
七瀬が俺に服を押しつけた。ニヤニヤと笑みを浮かべる。
「そういうキミだって、さっきから妙に落ち着きがないね。本当は自分だって欲しいんじゃないの?」
「そうだけど、今はそうすべきじゃないって言ってるの」
俺はため息をついた。
「あのなあ、そうやっていつまでもいがみ合われたら、俺がやりにくいんだけど」
七瀬が挑発するようにクラリスを見上げた。
「うんうん。ボクとしても、どっちが一致的か決めておかなきゃいけないと思っていたところさ」
「はあ? なんでそうなる?」
好戦的な笑みを浮かべたクラリスが七瀬を見下ろす。
「平人、止めないで」
「決まりだね。それじゃあ、どっちがかわいいか兄さんに決めてもらおうよ。勝った方が服を買ってもらうってことで」
「望むところよ!」
二人が火花を散らしながら、それぞれ試着室に入っていった。え? 俺の意志は?
俺が所在なくカーテンの前に突っ立っていると、どこかで見たことのある小太りの男が、十歳くらいの女の子と手をつなぎながら、高城之男ぬいぐるみを見ていた。隣には妻らしき女性も立っている。どう見ても家族サービス中の父親だった。ボーッと眺めていると、男と目が合った。あれ、壬生じゃね?
向こうも気づいたようだった。壬生がとっさに目を逸らした。
「やっべ」
心の声漏れてますよ。
壬生はそれとなく娘の手を引いてこの場を離れようとしたが、彼女はデラックス高城之男オンザティラノぬいぐるみに夢中だった。壬生は口笛を吹きながら、端末をいじり始めた。どうやら見逃してくれるらしい。それでいいのか統制官。
カーテンが開いたのは同時だった。
七瀬はピンクのオーバーサイズのパーカーだった。右腕には「MATCH IS PEACE」とプリントされ、背面には敬礼している高城之男のシルエットが浮かんでいる。黒いショートパンツの裾から覗く膝小僧が眩しい。手の先まで隠れた袖を持ち上げて、あざとい笑みを浮かべた。
「どう、兄さん?」
一方、クラリスは黒いレザージャケットだった。中に着込んだ白いシャツには、小さく美化された高城之男の横顔が描かれている。細身の黒いパンツも相まって、彼女の手足の長さが嫌でも目に入った。ポケットに手を突っ込んで、こちらを一瞥した。
「平人、どうかしら?」
店内の隅にある広告用ディスプレイが一瞬だけ乱れ、俺にだけ見えるように茶髪の少女が映った。淡い水色のカーディガンに、白いブラウス。ふわりと広がるミニスカートに純白のタイツを合わせている。首元には細い黒いチョーカーが巻かれ、そこから下がる銀色のプレートには、小さく「D503」と刻まれていた。リオンが、美しい所作で高城式敬礼をした。
『いかがでしょうか、マスター』
張り合うな人工無能。
俺はため息をついた。これ、誰を選んでも角が立つだろ。
「これからトロイア戦争でも始まるのか?」
「わけわかんないこと言ってないで、さっさと決めなさいよ」
「そうだよ兄さん。早く選びたまえ」
『マスター、ぜひ愛と美の女神をご選択ください』
俺は彼女たちを交互に見比べる機械になっていた。七瀬はあざとかわいい。クラリスはかっこかわいい。ガラティアはくそかわいい。みんな優勝でいいだろ、もう。
「七瀬は苛つくくらいかわいいし、クラリスは似合いすぎて腹立つ」
白い頬を上気させた七瀬が飛び跳ね、耳を赤くしたクラリスがそっぽを向いた。俺はディスプレイに視線を投げ、不安げに立ちすくむ自称女神に、二人には聞こえないほどの声で囁いた。
「お前は……気色悪いくらい完璧だ」
リオンは青い瞳を細め、傲然と微笑んだ。
『当然です。私の本業ですので』
何の本業だよ。俺好みの女を演じることがか? 確かにかわいい。かわいいんだけど、何か物足りないんだよなあ。整い過ぎていて不自然というか。
おっと、いかん。ついガラティアのバグ取りみたいになってしまった。今はそんな場合ではない。俺はクラリスと七瀬に視線を戻すと、深刻な表情で言った。
「つーことで、ドロー」
「「は?」」
二人のジトッとした視線が突き刺さった。
「兄さん、ないわー」
「最低」
「はあ!? 良いだろ引き分けで、二人ともかわいいんだし」
急に二人とも黙り込んだ。チラチラとこちらに視線を送り、もじもじと身体を動かした。やめろ、そんな普通のラブコメヒロインみたいな反応をするんじゃない。
ガラティアが、捨てられた犬みたいな目を向けてくる。俺は薄く笑いながら監視カメラを流し見て、口だけ動かした。
お前は少しくらい隙を見せろ。
ガラティアはこちらに飛び込んでこようとして、第四の壁にぶつかり、画面外にずり落ちた。何やってんだこいつ。
壬生がため息をついた。
「いつか刺されても知りませんよ……」
インカムにウィンストンの低い声が入った。
『平人、こちらの準備は整った。始めてくれ』
そう言えば、非常電源を盗みに来たんだったわ。でも、今は陽動とかそういう気分じゃないかも。
仕方がないので二人分の服を買ってやると、あいつらは律儀に着たまま店を出た。日が沈んでいき、空が夕闇に染まった。テーマパークの中心部には演壇が用意されており、群衆がその前に雑然と集まっている。俺は隣に立っているクラリスに訊いた。
「今から何が始まるんだ?」
クラリスが不愉快そうに鼻を鳴らして、七瀬を見やった。
「知らないわよ。こいつの方が詳しいんじゃないの?」
「これは一致集会だね。パレードの前の余興だよ」
「遊園地のパレードの前座で政治集会を開くな」
光り輝く照明が、登壇する人物を照らした。足を引きずった老人が、高城之男の横顔をあしらった旗を背に、マイクの前に立った。一致省長官の川口だ。
「本日は、高城之男の大学受験合格記念式典にお集まりいただき、誠にありがとうございます。天気も一致しており、初代高城之男から連綿と続く三百年の歴史を、祝っているかのようです。まあ、前置きはこれくらいにしておきます。みなさんも、長々とした演説はお望みではないでしょう。私もです」
群衆から小さな笑いが上がった。自分の学校にいたら、ちょっと嬉しい校長みたいだな。
「なので、手短に」
スッと川口が右腕を斜め下に、左手を腹に動かした。群衆は、統率の取れた軍隊のように、同時に同じ姿勢を取った。俺も一拍おくれてそれに続いた。
「高城之男へ備えよ!」
「常に一致!」
別バージョンもあるのかよ。
花火が一斉に噴き上がり、夜空に高城之男の顔を描いた。大歓声の中を川口が降壇する。遠くから賑やかな音楽が聞こえ、山車が見えた。パレードが始まるらしい。
俺たちは人混みに紛れ込んだ。パレードは高城之男の巨大ロボットを先頭に、恐竜やサメ、大蛇なんかが連なって練り歩いている。俺は、俺の左手に指を絡めてナノマシンを同期している七瀬に言った。
「おい、なんでこんなバカみたいな取り合わせなんだ?」
「高城之男伝説に因んでいるのさ」
「絶対碌なもんじゃないだろ」
七瀬はなぜか得意げに語り始めた。
「ある時、ティラノサウルスとサメとバジリスクが三つ巴の戦いをしていて、村人は大変困っていた。そこに偶然通りかかった高城之男が、物珍しさから写真を撮った。怪物たちは争っている姿を偉大な男に撮られることを恥じ、戦いをやめた。高城之男は村娘にこしあんの饅頭を授け、怪物たちを従えて去っていった。村には平和が訪れた……って話、知らないかい?」
「あまりにも嘘過ぎる。最後の饅頭の下り意味不明だし、せめてもっと英雄的に止めろよ」
目の前で、高城之男に似合うのはティラノサウルスかサメかを巡って、小さな男の子と壬生の娘が喧嘩をしていた。壬生が面倒くさそうに「それより、バジリスクじゃないかな?」などと言って、仲裁するどころか火に油を注いでいた。全部似合わねえよ。
「こういうのを『高城之男が写真を撮る』って言うのさ」
「だから何なんだよ」
ふざけやがって。いいだろう。伝説の通りにしてやるよ。
> Privilege Level: LIMITED_ROOT
> ./trigger_rampage --target Parade_Monsters
> Parade_Monsters... [RAMPAGING]
> Welcome to Yukio Park.
怪物どもが暴れ始めた。恐竜がベンチを噛み砕き、サメが売店に突撃して粉砕し、バジリスクが高城之男ロボットに巻き付いて捻じ切った。場内が騒然となり、観客が逃げ回った。警備員が集まってきた。
俺は端末を翳すと、パレードを写真に収めた。
> Legend Pattern... [MATCHED]
> Parade_Monster Control... [SEIZED]
> Submission Routine... [ACTIVE]
> Speak to me, Yukio Takagi.
プログラムが起動し、怪物たちが傅いた。
> You're gonna need a bigger bun.
壬生とその妻は縮み上がり、娘だけが呆然と目を丸くしていた。俺が召喚したこしあんの饅頭を授けると、壬生の娘はぱっと目を輝かせた。
「かっこいい……」
ティラノサウルスに乗り込んだ俺は、どこぞのフランス皇帝のように人差し指を突き出した。それと同時に、恐竜の咆哮が轟いた。
「高城之男、ここに復活!」
青い顔をした壬生が絶叫した。
「なあにやっちゃってるんですか、あなたは!? せっかくの休日が滅茶苦茶ですよ!」
娘を抱え、妻を急かしながら壬生が逃げていった。俺は通報を受けて駆けつけた統制官たちを、恐竜になぎ払わせた。
クラリスがサメを乗りこなして、統制局の車両を弾き飛ばした。
「いくらなんでもやり過ぎじゃないかしら!?」
「ノリノリで暴れているやつが言うな! 文句は、こんなバカみたいな伝説を作ったアホに言ってくれ!」
今頃、ウィンストンたちは地下にある非常電源の部品をくすねているはずだ。あいつらが脱出するまでの間、せいぜいふざけ倒してやる。
統制局のヘリが上空を飛んでいる。恐竜はジェットコースターのレールによじ登ると、勢いをつけてヘリに向かって跳躍した。ヘリの足に噛みつき、空から引きずり下ろす。ヘリは錐もみしながら落下していった。乗っていた統制官がパラシュートで降下すると、ヘリは墜落して爆発した。
「このヘリ雑魚過ぎるだろ!」
パラシュートを切り離した白い塊が、拳をティラノサウルスの背に叩きつけるように着地した。糸目の男がゆっくりと体勢を整えた。ついに西条のおでましだ。
「あなたが墜落させたんでしょうが……!」
俺は片手を口に当てて、小学生のような純真無垢な笑みを向けた。
「さーいじょーくーん! あーそびーましょー!」
詰襟の左右の裾から警棒を滑らせた西条が、そのスイッチを入れた。鬼火のように青白い光が立ち上る。最初から本気モードかよ。
「高城之男へ一致せよ。一致維持法第4条、第58条、第58条の14、第220条及び第300条違反を確認しました。秩序に代わって執行します」
西条が電撃ロッドを振りかざし、恐竜の首の辺りにしがみついている俺に迫ってきた。辿り着かれる前に、俺は恐竜から飛び降りた。バジリスクに乗った七瀬が俺を受け止めた。
「ナイスだ七瀬。よくわかったな」
「家族だからね。当然だよ」
恐竜は身体を激しく動かして西条を振り落とすと、そのまま追い立て始めた。西条は屋台やアトラクションを遮蔽にしながら、恐竜の追跡を躱した。俺は西条を煽り立てた。
「そんなに逃げてばっかだと一致度が下がるぞ! 西条統制官!」
額に血管を浮き上がらせた西条は、ブツブツと何事か唱え出した。
「冷静になるのですA632……! 完全数でも数えて落ち着きましょう……! 6、28、496、8128、3355——」
「あ、もうBだし下がっても良いか!」
「今すぐ高城之男の元へ送って差し上げます!」
七瀬が持っていた白い筒を狙撃銃に変形させた。
「兄さん、あまりあいつのことを刺激しない方がいいんじゃないかい?」
「何言ってんだ。精神攻撃は戦いの基本だろ」
西条は限界まで観覧車に向かって走ると、突然九十度方向転換した。恐竜が勢いを殺しきれずに観覧車へ衝突し、頭が潰れて動かなくなった。やっぱあいつだけ戦闘力おかしいだろ。
糸目が鋭く光った。まずい、ロックオンされた。俺は七瀬の肩を揺さぶった。
「やばい! 恐竜がやられた! 早く西条を狙撃しろ!」
「わかってるから静かにしたまえ。後で好きなだけ構ってあげるから」
七瀬が引き金を絞った。重々しい銃声が轟き、銃弾が放たれた。西条は横っ飛びにそれを避けた。地面が弾け、弾痕が穿たれた。
「避けられたぞ! おい、避けられたぞ!」
「うん、兄さん、逃げよう」
バジリスクが脱兎のごとく逃げ出した。恐竜で無理だったんだ。石化させられるならいざ知らず、ただのデカい蛇が勝てるわけがない。
統制局の装甲車がバジリスクの横っ面にぶつかり、俺と七瀬は空中に投げ出された。即座にサメが受け止めた。クラリスが拳銃でドローンを撃墜しながら叫んだ。
「今度はこっちに来たわけ!?」
「来たくて来たわけじゃないよ!」
「ちょっ、狭い! おい七瀬ェ! どさくさに紛れてひっつくな!」
「いいじゃないか、少しくらい!」
サメはバジリスクや恐竜と違って控えめなサイズだった。そうは言っても、三メートルくらいはあるが。
西条がバジリスクの目玉に警棒を突き入れると、バジリスクは鳴っちゃいけない音を立てながら停止した。真のグリフィンドールは西条だったらしい。
サメは統制官を次々と跳ね飛ばしながら、パーク内を爆走した。俺は振り落とされないよう、クラリスの腰にしがみつきながらインカムを叩いた。
「ウィンストン! そっちはあとどれくらいかかる!?」
『今、搬送中だ。あと三分粘ってくれ。ああ田上、私は醤油プロテイン味で頼む』
「カップラーメン食おうとしてんじゃねえだろうな!?」
もう手札を二枚潰されてんだぞ。何余裕ぶっこいてんだ。あとその味、絶対不味いだろ。
こちらの圧倒的優勢が、西条一人にひっくり返されていた。
「待ちなさいD503!」
西条がバイクの後部座席に乗って、後を追ってきた。妻子をどこかに避難させたらしい壬生が、なぜかバイクのハンドルを泣きそうな顔で握っていた。俺は振り返ってスマホをいじった。
「誰が待つかよ! おらっ、これでも食らえ!」
> Basilisk_Remains... [RESHAPED]
> ./drop_hazard --target 07-B-265-T800 --item Basilisk_Remains
> Basilisk_Remains... [DEPLOYED]
> Kart_Rules... [ENABLED]
上半身だけになった高城之男像が両手を動かし、バジリスクの残骸をバナナの皮状に加工して、西条の目の前に落とした。ずしりと降ってくる鉄塊を、壬生は驚異的な生存本能でかいくぐり続けた。これもダメか。
涙目の壬生が絶叫した。
「西条主任! 無理ですよこんなの! 私には愛する妻も子供もいるんです!」
「諦めてはなりません壬生統制官! やつこそが反一致分子の首魁! なんとしてでも執行しなければ!」
「ひええええええ!?」
バナナが次々と降りしきった。七瀬が目を丸くした。
「なんでバナナなんだい!?」
「こういうのはバナナって相場が決まってんだよ!」
西条は徐々に距離を詰めてくる。サメも激しい戦闘で酷使されたせいか、あちこちから煙を上げていた。そろそろ限界だろう。
ウィンストンの声がした。
『よくやった平人。こちらは大丈夫だ。観覧車の陰で落ち合おう』
「やっとか!」
『真打、どうかしたか? え? サユリの分? この味噌プロテイン味でいいんじゃないか?』
「サユリは激辛しか食わねえよ!」
俺はクラリスと七瀬に言った。
「今からパークを脱出する。観覧車に近づいたら、一緒に飛び降りるぞ」
二人が頷いたのを見て取ると、俺は足をサメの背にかけた。西条が片手をこちらに伸ばしてくる。俺は目と鼻の先にまで迫った西条の顔に向かって、言い放った。
「これが新しい必殺技、サメライドだ」
「は……?」
呆気にとられる西条を放置して、俺たちはサメから飛び降りた。直後、サメがけたたましい轟音を上げて爆発した。西条のバイクが木の葉のように吹き飛ばされた。
田上の運転するバンが、俺たちの目の前に停車した。俺たちが素早く乗り込むと、田上がアクセルを踏んだ。後部窓越しにパークを振り返ると、目を回して倒れ伏す壬生の傍らで、制服がボロボロになった西条が立ち上がっていた。あいつ化け物だろ。
追いすがるドローンや統制局の車両にも、七瀬の狙撃や俺の管理者権限で対処した。追っ手を撒けたことを確認し、俺は胸をなで下ろした。
「ったく、西条の野郎いかれてるだろ」
「貴様の方がいかれてるわ! なんだあの惨状はァ!」
真打が叫んだ。助けを求めて七瀬とクラリスを見るも、二人は呆れたように頷いた。田上が薄く笑った。
「まあ、いいじゃねえか。こんぐらい頭おかしくなきゃガラティアなんか作らねえよ」
「そうだな! 平人は頭がおかしい!」
ウィンストンがそう爽やかに締めくくった。
「ふざけんじゃねえ未来人ども! 俺はまともだ!」
「「それはない」」