しばらくすると、病室にエリザベスカラーを巻いた不審者が、黒装束の集団を引き連れてやって来た。相違教の似内司教だ。信徒たちは俺の姿を見ると、皆一様に逆立ちをした。
クラリスが額に手を当てた。
「何やってんのよ」
「高城之男と相違せえ! これは試練です! 高城之男の復活と戦っているのです!」
七瀬が呆れたように肩を竦め、俺に寄りかかって、『こしあんの死』を読み始めた。
「付き合ってられないね」
自重に耐え切れず、変質者の集団がドミノ倒しのように崩れ落ちた。だから何やってんの?
ショートボブの少女、エリが左腕を斜め下に突き出し、右手を腹に当てる相違教式の敬礼をした。
「やっほー平野っち。相違してる?」
「知っての通り俺こそがその本体なんだが。エリお前、入信したのか?」
「まさか。でも、平野っちがいなくなってからちょっと思うところがあってね。たまに司教様の説法を聞いてるんだ」
ああ、反乱軍で唯一まともだと思ってたこいつまで変な思想にかぶれてしまった。
俺がため息をつくと、黒装束の連中は一斉に息を吸い込んだ。右手を上げると、やつらは左手を上げる。七瀬を押しのけると、七瀬は逆にこちらへ体重を預けてきた。相違教徒は無言で抱き合った。
「おい七瀬、体重かけてくんな」
「やーだね」
ムキになって押し合っていると、似内が関西弁もどきでまくし立てた。
「信徒平人! 我々をからかうのはあきまへんで!」
俺のこと信徒呼ばわりしちゃだめだろ。
俺は左腕を上にして腕を組み——当然相違教徒は右腕を上にした——似内に言い放った。
「ぶっちゃけ、こんなのバカげてる!」
「ですが、相違すべき邪神が蘇った以上、我々はこうする他あらへんのです!」
「いいか、高城之男からのありがたーいお言葉だ。耳の穴かっぽじってよく聞け」
俺がそう言った瞬間、バカどもは耳を全力で塞いだ。
「……やっぱ聞かなくていいや」
黒装束の一団が、俺を中心に円を描いて座り、傾聴の姿勢を取った。
「お前ら、こしあんとつぶあんならどっちを食う?」
「つぶあんに決まってます!」
「でも、俺もこしあんよりつぶあんが好きだぞ?」
雷に撃たれたように、似内ががっくりと項垂れた。滝のごとく、穴という穴から涙や鼻水や汗を流した。きたねえ。
「なあああああんということだあああああああああ! 私はッ! 高城之男の好物を伝道していたというのかああああああああああ!?」
「うるせえよ」
「ほぎゃああああああああああああああ!」
「フォルテッシモ」
スン……と似内が静かになった。黒いハンカチで顔面を拭う司教に、俺はふと思い出したことを言った。
「そういえば、一致省の連中は高城之男はピンクを着た記録がないから、囚人服をピンク色にしていた。お前らもピンクにしないのか?」
「迷える高城之男にお教えいたしましょう。それこそが邪悪なる一致省の姦計なのです。あの者たちは、随所に不一致の餌を撒きます。しかし、その不一致に飛びついたが最後、誘導され、高城之男と一致してしまうのです……!」
握った拳を震わせた司教が、またまた天啓が降ってきたように目を大きく見開いた。
「ああ、なんと……! そういうことだったのですか! 真実は、我々の想定と相違している!」
ドン引きしていたエリが、頬を引きつらせた。
「……司教様、何を言っているの?」
「我々は、邪悪なるこしあん派の奉ずる高城之男と相違すべく、日夜反一致的実践に励んできました。しかし、再来した高城之男は、彼奴らの掲げる偶像とは全く異なっていました。つまり……」
似内司教が、一片の曇りもない澄んだ目、言うなれば赤ん坊のように無垢な目で言った。
「すでに、我らは相違した高城之男と一致していたのです……!」
ちょっと何言っているかわからない。
「皆さん! もはやこの高城之男への反一致的行動をする必要はありません! 我々は、これまで通り一致省が標榜する邪神と相違するだけで良い! さすれば、真の相違がタカギニアにもたらされることでしょう!」
黒装束たちが揃って感涙に咽び泣いた。集団の中から声が上がり、徐々にシュプレヒコールが大きくなる。
「平野平人と一致せえ! 平野平人と一致せえ!」
似内の頬を一筋の涙が伝う。陶酔した表情で、司教が言った。
「平野平人の国が来たれり……!」
エリが、芝居がかった調子で言った。
「かくして、高城歴三百年。後に廃病院公会議と呼ばれることになるこの神学問答によって、相違教は新たな根本教義を確立したのだった……」
「しなくていいわそんなもん! お前ら、絶対に俺の真似なんかするなよ! 絶対だぞ!」
俺が絶叫すると、信徒たちはコールを変えた。
「平野平人と相違せえ! 高城之男と相違せえ! 平野平人と相違せえ!」
もうやだこいつら。
ウィンストンが病室に顔を覗かせた。
「どうやら、もう揃っているようだな。みんな、ちょっと来てくれ」
俺と七瀬とクラリス、似内がウィンストンに連れられて部屋を出た。会議室のような場所では、すでに府馬教授とジョン、田上が待っていた。
ホワイトボードの前に立ったウィンストンが、全員を見回した。
「今回集まってもらったのは他でもない、今後の対応を話し合うためだ。知っての通り、ガラティアは平人を確保するために布告を発した。ここが見つかるのも時間の問題だろう。そこで、私は平人が直接ガラティアのメインサーバーに出向いて、停止することを提案する。ジョン」
水を向けられたジョンが、タブレットを見ながら口を開いた。
「っす。平人さんのお陰で、ガラティアのメインサーバーの位置が特定できたっす。場所は第1セクター、一致省の地下3000メートルっす」
俺は口の端を引きつらせた。ガラティアが前に地下深くに隠れ家を用意していると言っていたが、まさか本当だったとは。
府馬がギョロ目で俺のことを一瞥した。
「そして、かつて高城之男が死んだ場所でもある」
「え? 俺前世の自分の事故物件の跡地で寝起きしてたってこと? 最悪だな」
「タカギニアの聖地を事故物件呼ばわりするのは君だけだぞ……」
俺はパイプ椅子で椅子ブランコをしながら言った。
「つまり、俺がパーッと行って、パーッとあの人工無能にお灸を据えればいいんだろ。はい、作戦会議終了! 解散!」
ポケットに手を入れたクラリスが睨んできた。
「ちょっと平人、倒れたらどうするの? 危ないわよ」
「そっちかよ、てっきりそんな簡単に止められるわけがないとか言ってくんのかと」
「フン、どうせあんたなら苦戦しつつもギリギリでなんとかするでしょ?」
クラリスがそう言ってそっぽを向いた。クラリスお前、それで褒めてると思ってんなら大間違いだぞ?
七瀬が狙撃銃を矯めつ眇めつしながら口を挟んだ。
「ここはどこなんだい?」
「第71セクターっす」
確かゲーセン「レトロポリタン」があったのも第71セクターだった。そうすると、ここから第1セクターまでは……。
七瀬が嘆息した。
「かなり遠いね」
「ああ、だから移動手段も詰めなければならない」
似内司教がエリザベスカラーの縁を手でなぞった。
「ほな、我々は何をすればええんですかい?」
「司教には、相違教の面々をまとめて支援をお願いしたいっす。人手は多いに越したことはないっすから」
「高城之男と相違せえ!」
それ、前から思ってたけど返事になってないだろ。
ウィンストンがテーブルに手をつきながら……いや、ついてない!? テーブルから数ミリだけ手を浮かしている!? 疲れるだけだろそれ!?
「では、具体的な作戦内容に移ろう。平人は……」
ガッシャーンッ! と大きな音を立てて、俺の視界がひっくり返った。したたかに背中を打ち、内臓が衝撃で痛む。ウィンストンの変態的筋トレに気を取られたせいで、椅子ブランコのバランスを崩したのだ。
床で呻いている俺を見て、田上が爆笑した。
「ギャハハハハハハハ! バカすぎるだろ平野! こんなのが高城之男ってマジかよ!」
田上……覚えてろよ……。
七瀬が肩を小刻みに震わせた。見ると、顔を真っ赤にして口を真一文字に引き結んでいる。俺が咳き込むと、その震えが酷くなった。
「プフッ」
「笑うな」
「だwっwてwにwいwさwんwがw」
俺に肩を貸して立ち上がらせながら、クラリスが冷ややかな視線を送ってきた。
「だから言ったじゃない」
「うるせえ。それもこれもこんな大事な時に筋トレしているウィンストンが悪い」
ウィンストンが何事もなかったかのように、スクワットを始めながら言った。
「それじゃあ、明日以降の動きを話し合おう――」
作戦会議は日没まで続いた。大枠は俺が一致省の深部まで行く。その途中どうせガラティアの妨害があるだろうから、反乱軍と相違教は俺が安全に辿り着けるよう道中の護衛をする。
俺は七瀬の部屋でカップラーメンを二人で食って、少しの間レースゲームをした。俺のキャラが前方の七瀬が操るゴリラにバナナをぶつけ、スリップしたところを追い越した。端末と一緒に自分の身体も傾けながら、七瀬が笑った。
「ひどいじゃないか! こんなかわいい妹に向かって!」
「叔母にはバナナがお似合いだ」
「どうやら死にたいようだね……!」
七瀬が一位を独走する俺に甲羅を投げ、足止めした。そのままゴールする。
「そこでそのアイテム出るのはズルいだろ。運だ運」
端末を静かに置いて、七瀬がカフェオレを一口飲んだ。
「確かに、ボクは運が良かっただけなのかもね。高城家に生まれたのも、一致度が高かったのも、運によるところが大きい」
冗談にそんなしんみりした感じで返すなよ。俺が反応を返せずにいると、寂しげに七瀬が笑った。
「おまけに、今はこんな優しい家族がいる。ちょっと不器用で無責任で、口が悪いけどね」
「後半必要ないだろ」
「だから……」
七瀬が俺の左手を取って握りしめた。小さな、しかし俺と爪の形が同じ手。
「ありがとう。あの時、ボクを屋上から連れ出してくれて。肩書じゃなくて、ボク個人を見ようとしてくれて」
「お、おう……」
ブラックパールのような瞳がこちらを見つめた。七瀬が毒気のない笑顔を浮かべた。悪辣ではない、素の笑顔。
「ふふふ、やっぱりちょっと照れくさいね。こういうの」
ほんのりと頬を赤らめた。俺は心臓の鼓動がやけに大きく聞こえた気がした。ちょっと待て、ちょっと待ってくれ。これじゃあ、まるで俺がこのガキを意識しているみたいじゃないか。
「らしくねえよ。お前」
「かもね」
「だけど、いつもの作った笑顔より良い。まあ、あの性格の悪い笑顔はお前の処世術というか、一種の防御みたいなもんだと思うけど……」
七瀬が目を丸くして、次いで潤んだ瞳を逸らした。
「……キミには、何もかもお見通しだったってことか」
おもむろに、彼女がこちらににじり寄ってきた。仄かにカフェオレの匂いがする。漆黒の瞳から目を逸らすと、黒髪の毛先の一本一本が見えた。
俺はがばりと立ち上がり、七瀬に背を向けた。彼女の声が聞こえる。
「待ちたまえ。夜通し一緒にいようよ」
「うるせえブラコンアウント」
「すっごい矛盾だね」
七瀬の引き留めを振り切り、自分の病室に続く暗い廊下を歩く。どうしちまったんだ俺は。あいつはただの親戚だろうが。一緒に来ようと誘っといてなんだが、七瀬だって他に居場所がないから仕方なくついてきてるだけに決まってる。そんなわざわざ礼を言うような間柄じゃないだろうが。
俺は剥がれ落ちたコンクリートの破片を蹴った。違う、そうじゃない。俺は好かれたくないのだ。純粋な好意を向けられるのが怖いのだ。経験がないから。
七瀬も、成長してもっといろいろと経験すれば、このおかしな関係から独り立ちできるだろう。俺はそれまでの繋ぎだ。兄貴代わりだ。変な気を起こすな平野平人。
俺はそう結論付けて部屋に入った。電気のついてない真っ暗な病室に、人影が立っていた。翡翠の瞳。まさかクラリスか? 女と話すとMP削れるから今日はもう回復挟ませてくれ。
「遅かったな……D503」
黒い詰襟の男が、俺に拳銃を突きつけた。カーテンの陰やベッドの脇から、矯正官たちが姿を現した。照井かよ!
> Target Personnel... [LOCKED]
> D503 Command Signature... [VALIDATED]
> External Administrator Signature... [DETECTED]
> Administrator ID... [UNRESOLVED]
> Command Priority... [CONFLICT]
> Execution Queue... [STALLED]
> Retry Protocol... [ACTIVE]
俺は端末を取り出して、起動した。そのまま命令を実行しようとするも、なぜか俺の署名に誰かの署名が割り込んでいるようで、なかなか実行されない。
冷や汗をかきながら、俺は照井に言った。
「ちょっとタンマ!」
「誰が待つかァ!」