パレード
出発直前、廃病院にいる連中がエントランスに揃い踏みしていた。白ジャージ、黒装束、タンクトップ、矯正官服、レザージャケットにニット帽。これから世界を救いに行くというよりは、タチの悪い仮装集団にしか見えなかった。
記憶を取り戻したテレンスの左目には、青黒い痣ができていた。おそらく、サユリに思いっきりぶん殴られたのだろう。洗脳されていたとはいえ、実際にサユリの矯正を担当していたのだから残当である。
テレンスが言うところによると、一致省内で俺の扱いについて紛糾しており、大まかに二つの勢力に分かれているらしい。テレンスは人差し指と中指を立て、手首を曲げて斜め下に向けた。高城式の数え方だ。
「一つは、日隈リオン統制局長代行が率いる統制派。当主の高城大兄や川口長官も一枚噛んでいる。やつらはどんな手を使ってでも、高城之男へ一致せよを……違う。高城之男を奪還しようとしている」
パークで買ったイチゴ色のパーカーを着た七瀬が眉根を寄せた。
「不愉快だね。ボクの統制局がぽっと出の変なやつに使われるのは」
ガラティアはもう俺にさえ容赦しないだろう。力尽くで監禁しに来るはずだ。管理者権限もどこまで通用するかわからない。なんか帰りたくなってきた。帰る場所なんかないけど。
テレンスが続けた。
「もう一つが、高城影打矯正局長の矯正派。連中は高城之男を自分たちに都合が良いように作り変えようとしている。そして、このことに関連して報告しておくことがある」
テレンスが自分の左手を押さえた。
「矯正局にいた間、俺は白い錠剤を何度も飲まされていた。平野平人を捕らえに行く直前にも、影打様――影打から直接一錠渡された」
七瀬の顔から、わずかに笑みが消えた。
「アラインだね」
「名前までは知らなかった。『D503の詐術を鈍らせる』とだけ聞かされていた。飲んだ後は左手が焼けるように熱くなった。それから……影打の命令と、自分の考えの区別がつかなくなった」
俺は病室で見た正体不明の署名について、かいつまんで面白おかしく説明した。七瀬が小さく吹き出しただけで、ほかには誰も笑ってくれなかった。
俺とガラティアの間に七瀬を挟むように、何者かがテレンスを中継器として割り込んだのか? あの陰険眼鏡が何か企んでいるのは間違いなさそうだが……あれは誰の署名で、どうやって俺の命令に割り込んだ? 情報が少なすぎる。
「実に反一致的な薬だね」
七瀬は冗談めかして言ったが、その目は笑っていなかった。
ジョンが難しい顔でテレンスの左手を見つめた。
「テレンスさん本人は端末にも触ってないのに、平野さんの命令には別の署名が割り込んだんすよね?」
俺は頷いた。ジョンは顎に手を当てて考え込むと、深刻そうに眉をしかめて言った。
「なんかやばそうっすね……」
くっそ浅い感想だった。おい、技術者。
「ああ、かなり高城之男へ一致せよだ。特に平野平人、お前は影打に捕まったら終わりだと思え」
俺はあくびしながら言った。
「へいへい、気をつけるよ」
「もう少し緊張感というものをだな……」
「いや、こんなふざけた格好の野郎がいるのに緊張感もクソもあるか。さっさとこれを説明してくれよ」
俺の指さす先には、俺がいた。白いジャージに、義手混じりの左手を腰に当てて、不遜な笑みを浮かべている。俺の姿をした男が言った。
「俺は平野平人。高城之男の生まれ変わりだ。以後よろしく」
偽物、キター!
真打がサユリに脇腹をぶん殴られ、涙目になった。
「せよ! せよ一致之男!」
「演技のクオリティが低かったのは認める! 認めるから、泣くまで殴ったら泣きそうとか言うな!」
「高城之男へ一致せよ!」
「ああもう、わかったから!」
テレンスが頬を引きつらせた。
「ウィンストン・ゴールドスタイン。なんだこれは、ふざけているのか?」
「いいや、大真面目だ」
田上がタバコのフィルターを取りながら口を開いた。
「名付けて『偽高城之男作戦』、高城真打に平野の変装をさせ、囮として一致省の本隊と民衆を引きつける。この神算鬼謀の田上様が立案した完璧な作戦よ」
改めて真打を見る。態度はまるで似ていないが、見た目だけなら鏡合わせと言っても良いくらいのクオリティだった。真打と俺は血がつながっているし、確かに適任かもしれない。
「でも良いのか真打? 多分一番危ないのお前だぞ?」
「フッ、この僕がそんなことで恐れると思うのか? 貴様が怖じ気づいている間に、僕がガラティアを倒してしまうかもしれないな」
「お前はそういうタイプだったな……」
心配して損した。俺を知っている連中にはすぐバレるだろうが、ニュースだけ見たようなやつらにはちょうどいい目眩ましだろう。精々離れた所で大騒ぎしてくれ。
腕組みをしたウィンストンが、一座を一人ずつ見つめた。
「第1セクターへは、本隊と囮の別働隊に分かれて目指す。本隊は平人、クラリス、七瀬、私。別働隊は真打、テレンス、似内司教、それに反乱軍と相違教徒の混成部隊だ。指揮は田上に任せる。ジョンと府馬教授はここで後方支援だ」
皆が緊張した面持ちで一様に頷いた。サユリとエリが右腕を突き出した。
「はいはーい! ウィンストンさん! あたしとサユリンは?」
「君たちはここでジョンと教授を手伝ってくれ」
「せよせよせよせよ!」
サイドテールが蛇のようにうねった。サユリのつま先がウィンストンの股間めがけて蹴り上げられた。ウィンストンがバク転してその恐ろしい一閃を間一髪で避ける。男性陣が思わず内股になった。
「相変わらず容赦がないなサユリは」
「之男へ一致せよ!」
「すまないが、君を連れて行くことはできない。わかってくれ」
なおも暴れようとしたサユリは、黒装束の相違教徒五人がかりで取り押さえられ、別室に連れて行かれた。こいつ普通に戦えるんじゃないかな。
ジョンがグローブのようなものを俺と七瀬、真打、それからテレンスに配りながら言った。
「これはガラティアからの強制命令を一時的に遮断する装置っす。これをつければ、直接ナノマシンを掌握されて即ノックアウト、なんてことは防げるはずっす。ただし、長時間は保たないから注意っす」
影は薄いが仕事はできるんだな。
「反乱軍の連中はつけなくて良いのか?」
「そもそもナノマシンを注入されていないか、摘出済みっす」
府馬教授が、ギョロ目をこちらに向けた。
「平野君、これを君に」
ピカピカに磨かれた銀色の端末が渡された。府馬が痩せこけた頬を綻ばせた。
「私と佐藤君で開発した特別製の端末だ。これなら道中故障することはないだろう」
「自分と教授の気持ち、これに託したっす」
力強い瞳でニット帽を被ったジョンが俺を見つめた。俺は妙にその視線が気恥ずかしくて、目を逸らした。
「そんなん言ったって、別に俺は救世主でもなんでもねえよ」
府馬が静かに頷いた。
「知っている。しかし、平野君。ジョン・コナーもネオも初めから英雄だったわけではない。今からなるのだよ。君が」
「いや、俺にはエージェント・スミスもT-1000も荷が重いって」
「あまり老骨をいじめるでない。謙遜は美徳だが、過ぎた卑下は相手を傷つける」
その言葉が妙に胸に突き刺さった。俺が言葉を詰まらせていると、頭の後ろに手を当てたエリがあっけらかんと笑った。
「ほら、平野っち、元気出して。これから平野っちしかできないことをやるんだから」
「うるせえ。寝不足なんだよ俺は」
勢いよく振り返った七瀬がまぶたを細めた。
「ふーん、ボクの誘いを断った後、いったいどこで何をしていたのかな?」
俺が言い訳がましく口を開こうとした時、真っ黒な革のジャケットに身を包んだクラリスが俺の前に立った。
「平人はあたしの弟と戦ってたのよ」
「おばさんには聞いてないんだけど」
「何ですって……!」
なあ、これからこいつらに背中預けるんだよな。こんな調子で連携できるのか?
俺がげんなりした顔をウィンストンに向けると、無駄に爽やかな笑みが返ってきた。
「平人、二人の調整は君に任せる!」
罰ゲームじゃん。どうして俺の周りはいっつもいっつもこうなんだよ。
話が一段落したところで、俺はずっと保留にされていた抗議をぶちまけた。
「あのなあ! 真打が囮まではまだわかる! だけど、俺がこの格好はおかしいだろうが!」
ヒビの入った鏡の中には、見たことのない美少女が映っていた。ウェーブがかった艶のある黒髪、中性的で影のある顔立ち、自信なさげな佇まい……性格の悪そうな目つきさえチャームポイントになってしまっていた。
ああクソッ、スカートが短すぎて足がスースーする。白いブレザーは動きにくいし、タイツもなんか違和感があった。
七瀬が顔を真っ赤にして笑った。
「フフッ、とってもかわいいよ。平人姉さん。ボクが丹精込めて化粧した甲斐があったね」
「うるせえ! おいこら田上! 写真撮ってんじゃねえぞこの野郎!」
俺が田上の襟首を掴んで揺さぶると、田上が鼻の下を伸ばして顔を背けた。
「落ち着け、こいつは平野、こいつは平野……」
「うげえ気色悪!」
慌てて田上から距離を取り、田上で汚染された手を真打のジャージで拭う。真打が俺を振り払いながら言った。
「低一致にも衣装とはこのことだな。貴様は自分の見せ方が下手だと常々思っていたが……信じられん」
「だいたい誰だよ!? 学園の制服を持ち歩いている変態野郎はよお!?」
周囲の視線がクラリスに突き刺さった。俺は必死に目を逸らしている彼女に詰め寄った。
「お前かクラリス!? 何だこの服装は!? もしかして、お前はこういうの着てみたかったのか!?」
「そうよ! 悪い!? 貸してあげてるんだから大人しく着なさい!」
「だからなんで俺が!?」
さっきから片手で逆立ちしながら腕立て伏せしているウィンストンが、余った手で親指を立てた。
「最強の変装じゃないか! これなら誰も君を高城之男だとは思わないぞ!」
もうやだこいつら。俺はため息をつくと、廃病院の出口に歩き出しながら言った。
「まあ、各自死なない程度に頑張れ。高城之男からは以上だ」
府馬が苦笑した。
「ぶれないな、君は……」
田上が相違教徒や反乱軍の連中を引き連れて、別の出口へ向かう。その列の中で、黒いローブの上に陣羽織を羽織った似内司教が、左腕を斜め下に突き出し、右手を腹に当てた。
「高城之男と相違せえ! 信徒平人! これは聖戦です! あんさんに真の高城之男の加護があらんことを!」
「高城之男と相違せえ!」
「……信徒平人、急にどうしたんですか?」
ノリに乗ってやってんのにいきなり正気に戻るな。
フィルターを取ったタバコをくわえた田上が振り返った。
「平野! クラリスちゃんに怪我させたらただじゃおかねえからな!」
「お前も調子乗りすぎるなよ!」
「ほざけ!」
田上は後ろ手に片手を振ると、声を張り上げた。
「田上軍! 全軍突撃!」
本当に大丈夫かよあいつ。
俺の周りをサングラスをかけたウィンストン、目深に帽子を被ったクラリス、マスクをした七瀬が固める。この本隊、指名手配犯が多すぎる。
街の様相は、まさに『つぶあんの一撃』で描かれていたパレードそのものだった。家々の窓から俺の肖像の横断幕が垂らされ、高城之男の横顔が象られた旗があちこちではためく。ひっきりなしにプロパガンダ曲が流され、ロボットとドローンが俺の再来を祝して行進する。インフルエンザで寝込んだ時に見る悪夢のようだ。
ティラノサウルスとサメとバジリスクを模した気球の群れが、連なって飛んでいるのが遠目に見えた。そこから降ってくるカラフルな紙吹雪が宙を舞う。
駅に近づくにつれ、人だかりは増え、パレードも悪化していった。駅前の広場では特設ステージが組まれ、紅白の法被を着たおっさんがこしあん饅頭をばら撒き、人々がつかみ取りに興じている。自転車に乗った一致省の職員が、一致ソーダをまき散らしている。
コーヒー豆の被り物を被った集団が紅茶の茶葉を燃やし、そのかがり火を中心に円になった。『高城之男語録』を手に、朗々と合唱する。第9章22節。すべてのモデルは間違っている。ただし役に立つものもある……この言葉は誰のものだっただろうか。
頭がおかしくなりそうだった。世も末なんてレベルじゃない。目眩を感じてよろめく俺の肩を、クラリスが片手で支えた。
「ほら、しゃんとしなさい! あたしだってあまり寝られていないんだから!」
「そういう問題じゃねえよ」
なんとか狂気のパレードを抜け、駅の構内に着いた。クラリスが四人分の切符を買ってくるのを待っていると、駅のモニターにニュース速報が映し出された。
『高城之男へ一致せよ! 緊急速報です! ついに高城之男猊下が第71セクターに御姿をお見せ遊ばされました! タカギニア万歳! 管理番号万歳! 猊下万歳!』
上空のヘリから撮っているのだろうか。「高城之男参上!」とスプレーで殴り書きされた灰色のバンの周りを、チンピラや黒装束が運転する軽自動車やら原付やらが併走している。バンから顔を出した真打が、不敵に手を振った。その横からサユリが身体を乗り出し、追跡するドローンに局所パルス弾をお見舞いした。
え? あいつ留守番じゃなかったの?
冷や汗をかいたウィンストンがジョンに確認をとると、頬を引きつらせた。
「どうやら、サユリはバンの座席の影に潜んでいたようだ」
もう誰もサユリを止められない。出来ることと言えば、せめて彼女の暴力がこっち側に飛んでこないことを祈るくらいである。
七瀬がチラチラと売店の飲み物棚を見ていたので、俺は自販機でカフェオレを買って彼女に渡した。七瀬は小首を傾げて、マスクを取らずにカフェオレを飲んだ。
「ありがとう。でも良くボクが今カフェオレ飲みたいって気づいたね」
俺は一致ソーダを飲んで言った。
「見てりゃそれぐらいわかる」
盛大に七瀬が咽せた。顔を真っ赤にしてこちらを睨みつけてくる。
「くぅー! キミってやつは! 本当にもう!」
彼女はカフェオレでびちゃびちゃになったマスクのまま引っ付こうとしてくる。俺は頭を掴んで彼女を止めると、片手でマスクを剥いでゴミ箱に捨て、ティッシュで顔を拭いた。
「べたべたしてくんな! 俺までべたべたになるだろうが!」
「死なば諸共!」
「ふざけんな!」
ウィンストンがプロテインを毎秒七回ほど上下に振っていると、クラリスが戻ってきた。四人でホームに移動する。俺の持っている日隈リオンラベルの一致ソーダを見ると、口を開いた。
「平人、あんたいつもそれ飲んでるけどおいしいの?」
「不味い」
「じゃあなんで飲んでるのよ」
「飲めばわかる。飲んでみるか?」
そう言って俺がボトルを突き出す。クラリスは普通に飲み、渋面を作って突き返してきた。
「まっず。何よこれ、歯磨き粉じゃない」
俺は何気なく飲みながら言った。
「それがまた良いんだよ」
「頭おかしいんじゃないの?」
ちょいちょいと七瀬が袖を引っ張ってきた。反射的に見下ろすと、口にカフェオレの飲み口をぶち込まれた。そのまま片手で後頭部を押さえ込まれ、吹き出す限界まで飲まされる。
俺は彼女を振り払って叫んだ。
「何しやがる!」
「浄化だよ。そこの金髪女のDNAを同じ高城の血で洗い流してあげたんだ。感謝するんだね」
「こいつこそ頭おかしい」
クラリスが赤面してそっぽを向いた。いや、何でもない感じ出せよ。そういう反応されると俺も気になるんだけど。
ビールのように泡立っているプロテインを豪快に飲んだウィンストンが言った。
「列車だ」
真っ白な電車が、人で溢れかえったホームに滑り込んだ。満員電車である。
えー? マジでこれに乗るの?