なるべく離ればなれにならないように四人一塊になって先頭車両に乗る。ウィンストンの背中に隠される形になり、七瀬とクラリスの姿は完全に見えなくなった。俺は人に押されて、出入り口のドアのガラスに押しつけられた。
ウィンストンが俺と人垣の間に割って入り、そのままドアに肘をついて、背中で俺を人混みから守ってくれた。トゥンク……。
「次の駅で大方降りるだろう。それまでの辛抱だ」
俺が頷くのを見て取ると、ウィンストンが小声で言った。
「ところで、平人は誰が好きなんだ?」
俺は咳き込んだ。唾が変なところに入った!
ウィンストンを睨みつけると、ノンデリ筋肉は全く申し訳なさそうに笑った。
「いきなりすまなかった。しかし、こうも目の前で繰り広げられてしまっては、つい気になってしまってな」
俺はしばらく逡巡した後、その盛り上がった胸筋に語りかけた。
「……実は、ガラティアからこの間告白された。振ったけどな」
「ほう、それはまたどうして?」
「やってることが魔王すぎるからだよ。言ってることほぼ『わしの味方になれば、世界の半分をやろう』と同じじゃねえか」
「魔王云々はわからないが、まあだいたいわかった」
わかってねえだろ。
俺は金髪の女と黒髪の少女のことを思い浮かべた。どちらも出会いは良いとは言えなかった。しかし、もう俺の中ではなくてはならない存在に膨れ上がっているような気がした。
「クラリスも、七瀬も、どっちも俺には過ぎた女だと思う。俺なんかに釣り合うはずがないんだ。今は状況が特殊だから勘違いしているだけだ。まともな社会になれば、もっとあいつらに相応しい男がそのうち現れて、俺はお払い箱になるだろうよ」
「随分と自己評価が低いんだな」
「うるせえ。お前みたいなテストステロン常時まき散らしているようなやつには理解できないだろうな」
列車が大きく揺れた。ウィンストンの腕の力が少しだけ強まった。ウィンストンは、前を見据えたまま言った。
「私は、ちょうど君くらいの年齢から本格的に筋トレを始めた」
「ふーん」
「新米統制官だった私は、任務先で妻と出会った。私はすぐに食事に誘ったよ。一目惚れだった」
一目惚れ。嫌な言葉だ。ただの本能による脊椎反射を美化し、恋愛に糊塗する魔法の単語。まあ、俺も都合良く使っていた一人なのだが。
「その時なんて言われたと思う?」
「さあ? 統制官なんて素敵! とか?」
「正解は『私ベンチプレス150キログラム上がる人じゃないと嫌なのよね』だった」
「ハードル高」
ウィンストンは苦笑した。
「ああ、それから死に物狂いでトレーニングしたよ。結果、彼女は私が100キログラムを上げた時に、交際を認めてくれた」
「150キロじゃねえじゃん」
「そうだな。妻は断り文句で言ったつもりだったが、あまりにも私が本気だから、最終的に折れてくれたらしい」
まさに、筋肉で伴侶を掴み取ったわけだ。待てよ、その後ウィンストンはその奥さんを自らの手で執行しているわけで……。
「その後のことはまた別の話だ。私が君に伝えたいことは一つだ。パートナーを幸せにするのに、自分の価値は関係ない。問題は、どれだけ本気で愛することが出来るかということだ。そして、私は最後の最後で失敗した。平人、君は私よりずっと強い芯を持っている。君は誰と一緒になっても大丈夫だ」
ウィンストンの言葉が、やけに重く響いた。列車が停車し、人だかりがはけていく。車両に俺たちだけが残った。
駅のホームからニュースの音が聞こえてくる。
『おおっと! 猊下走る! 猊下走る! 最終コーナーを抜け、統制局の車両とデッドヒートを繰り広げています!』
真打の野郎はいったい何をしているんだ?
ウィンストンの巨体に隠れていたように、クラリスと七瀬が背後から現れた。二人とも、緊張した面持ちで立ち尽くしている。いや、全部聞かれてますやん。
列車が再び動き出す。
気まずくなって、俺は車両の座席に座った。右隣をクラリス、左隣を七瀬が座ってくる。俺は両サイドからの石鹸とカフェオレから逃れたかった。声が上ずる。
「なんでここに他には誰もいないんだよ」
ウィンストンがどこかへ向かっていくドローンの群れを見て笑った。
「田上たちがうまくやっているんだろう。民衆も、本物の高城之男がいるなら一目見たいに決まっているからな」
「ミーハーなやつらめ」
「右に倣えがタカギニア人だ。平人、私は他の車両を見回ってくる」
「や め て」
七瀬とクラリスが同時に足を踏んできた。いった!?
二人は立ち上がった。腰に手を当てた七瀬が睨みつけてきた。
「兄さん!」
「はい……」
「ボクの、キミへの気持ちを舐めるなよ……!」
「すみません……」
「次、釣り合わないとかそういうこと言ったら、今度こそ許さないからな……!」
「はい……」
ポケットに手を突っ込んだクラリスが、静かに言った。
「平人」
「はい……」
「あたしさ、世界一嫌いなやつが、世界一放っておけないやつになっちゃった。どうしてくれんの?」
「すみません……」
「高城之男のことどんだけ貶しても良いけど、あんた自身のことを悪く言ったら怒るから。わかった?」
「はい……」
七瀬が眉間の皺を解き、クラリスが微かに微笑んだ。
「兄さん、死ぬ時は一緒だよ?」
「そうね。あんただけ逃げるなんて許さないから」
「お前ら……」
いや、怖すぎだろ。
でも、この二人だけじゃない。皆が、俺とガラティアの後始末のために力を貸してくれているんだ。それなのに何が「俺にはそんな価値がない」だ。ふざけんじゃねえ。
俺は初めて、府馬やウィンストンが言っていたことが腑に落ちた気がした。
「二人とも、ありがとう。お陰ではっきりした。俺が今何をなすべきか」
クラリスと七瀬が、軽く視線を交わした。七瀬がクラリスの肩を軽く押した。クラリスが押し返した。七瀬が強めに肩を叩いた。クラリスがもっと強く肩パンした。七瀬が拳を握って……。
「お前らやめんか!」
二人が同時に舌打ちして手を止めた。睨み合っている。
「フン、平人が言うならしょうがないわね」
「そうだね。ここは兄さんの顔を立ててあげるとしよう」
マジでこいつら面倒くせえ。もっとシンプルに癒してくれる女の子はいないの……?
コサックダンスをしながらウィンストンが入ってきた。体力温存しろよ。
「平人、調子はどうだ?」
俺はあまりのバカバカしさに無視することに決めた。
「そうか……無視か……」
ウィンストンがしょんぼりと床に手をつかない謎の腕立て伏せを始めた。お前はソ連兵か何かか?
隣の線路の白い車体が、車窓から差し込む日光を遮った。列車はゆっくりと駅に停車する。プシューと音を立てて扉が開いた。糸目の男を先頭にして、七人ほどの白い詰め襟の集団が乗り込んでくる。
クラリスが絶望的な表情で呟いた。
「西条……? どうして……?」
「高城之男へ一致せよ。私も侮られたものですね。私があのような低一致のデコイに引っかかるとでも?」
俺は銀色の端末を取り出しながら、立ち上がった。
「よう、西条。お前なら気づいてくれると思ってたぜ」
小太りの統制官が、俺と西条の間に割って入った。冷や汗をかきながら揉み手をする。
「まあまあ、まずは再会を喜びましょう。我々は猊下の敵ではありません。御身を保護するために参りました。どうかここは、タカギニアの王として我々と共に——」
「よし行くか」
「で、ですよねーってゑゑ!?」
クラリスが俺の肩を掴んで揺さぶった。
「ちょっとどういうことよ!? あんたはどっちの味方なわけ!?」
「俺は常に強い者の味方だ」
「最低!」
壬生が手錠を取り出して言った。
「それでは、念のためこちらをお付けください」
「どこの世界に手錠をかけてくる家来がいるんだよ! やめだやめ!」
西条が静かに呟いた。
「あくまで、任意同行は拒否しますか」
「やっと脳天気なお前でも飲み込めたようだな。こんな最低の国にはなんの未練もない。タカギニアの王などと、その気になっていたお前の姿はお笑いだったぜ」
西条が壬生を押しのけ、前に出た。壬生がおろおろと言った。
「本当にやるんですか? 相手猊下ですよ?」
「誰であろうと関係ありません」
統制官たちがおもむろに包囲陣を形成していく。前後の出入り口に一人ずつ、壬生が逃げるようにもう一人と共に後方車両への扉前に陣取った。残りの二人が、西条の一歩後ろに控える。
目の前で直立した西条が、判決文を読み上げるように明朗に言った。
「D503、あなたは高城之男でありながら、高城之男へ一致していない。一致維持法第4条、一致秩序破壊――いえ、猊下の御行動である以上、形式上は違反ではありません。ですが、実質的には最悪です」
「いや、お前こそ一致維持法第1条、猊下命令違反だろ」
「第1条は反一致結社の禁止です。私は高城之男猊下に警棒を向けているのではありません。あなたの中の反一致的なD503を制止しているのです」
俺はそれとなくウィンストンたちに視線を送る。大胸筋がピクつき、七瀬が悪辣な笑みを浮かべた。クラリスがそれとなく俺のそばに寄った。
俺は禁止カードを切った。
「俺本人なんですけど」
西条が拳を握った。平坦な声に怒気が混じる。
「『本人だから許される』という思考が最も秩序を破壊する」
暴論やめてね。
俺はポケットに手を差し入れ、密かに端末の電源を入れる。
「ゆえに、管理番号04-B-273-A632、一致省統制局・特務統制官であるこの西条新が——」
西条が右腕を斜め下に突き出し、左手を腹に当てた。
「——高城之男の名において、高城之男を止めます」
秩序の化身が、ここに顕現した。
——今だ。
> ./emergency_start --target FRONT_CAR --release_coupler
> Rail Control... [SEIZED]
> Front_Car... [STARTED]
> Coupler Lock... [RELEASED]
マスターキーでもって、俺は列車を急発進させた。線路の軋む音が響き、身体が列車後方に引っ張られる。西条を除いた統制官がよろめいた。俺も転びそうになったところに、西条がすぐさま警棒を叩き込まんと腕を振るった。
クラリスが俺を掴んで抱き寄せ、西条の電撃をかわした。座席のシートが黒く焦げる。
「あんた体幹弱すぎでしょ」
「うるせえ」
ウィンストンが壬生の方へ突撃し、二人にラリアットを食らわせた。その先のドアが開き、情けない声を漏らした壬生が後方車両へ吸い込まれていく。
すかさず俺は二の矢を放った。連結が解除され、推進力を失った後続の車両が取り残された。
七瀬はスナイパーライフルを腰だめに構え、出入り口に立っている統制官を撃った。怯んだ隙に蹴り落とす。これで四対四だ。
「どうした西条? もうイーブンだぜ?」
「数の均衡とは、すなわち秩序です」
さっきの倍の速度で西条が動き出し、蹴りがもろに俺の腹に突き刺さった。俺は肺の空気を吐き出しながら床に転がった。黒いウィッグが床にずり落ちた。
「兄さん!?」
駆け寄ってきた七瀬を、西条の超高速の警棒が襲う。とっさに七瀬は銃身で受けたが、衝撃で身体が弾き飛ばされてしまった。
いや、急に速すぎるだろ。わけがわからん。本気を出してきたのか?
「秩序が私に力を与える。感じます。混沌を統制する高城之男の力を」
「こいつ頭おかC」
周囲を見るが、倒れ込んでいる七瀬は浅く呼吸していてしばらく再起不能。クラリスは一人とやりあっているし、ウィンストンに至っては二人同時に相手している。またまた俺一人でこいつをどうにかせにゃならんらしい。
西条が電撃を振るってくる。
「秩序ッ! 秩序ッ! 秩序ッ!」
「一発ごとに変なコールを入れるんじゃねえ!」
転がって避けるも、いつまで保つかわからない。制服のブレザーを警棒がかすり、穴が開いた。早くこの秩序モードを解除しないとやばい!
「おい! 誰でも良いから一人減らせ! 秩序が西条を西条してる!」
「意味不明だわ!」
「良いから早く!」
爆走する列車がカーブに差し掛かり、強烈なGが片側にかかった。クラリスと戦っていた統制官が窓に押しつけられた。クラリスが即座に窓へ銃口を向け、連射した。ひび割れたガラスが弾け飛び、統制官が外に放り出される。これで秩序が崩れた!
「秩序……?」
一瞬、西条の動きが止まった。俺も釣られて足を止めると、次の瞬間には目の前を電撃が掠めた。イナバウアーで避ける。スカートの裾が破れ、服の焦げた匂いが鼻についた。
「秩序ーッ!」
西条の振るった警棒が、電車の手すりを歪ませた。汗が目にしみる。俺は制服の裾で顔を拭うと、ブレザーにべっとりとメイクが移ってしまった。
「なんで動き鈍らねえんだよ!」
「常識的に考えてください。秩序が力を与えるなんてあり得ません」
「確かに」
ウィンストンが統制官の頭を掴み、かち合わせた。同時に二人をノックダウンする。警棒を拾うと、複雑な表情を見せた。
「また、これを使う日が来るとはな」
「もうなんでもいいから助けて!」
「ああ!」
ウィンストンが西条に躍りかかり、クラリスが後ろから援護射撃をする。西条はウィンストンの電撃を完璧に捌きながら、銃弾を避け続けた。あいつやっぱバケモンだろ。
俺はこの隙にうずくまっている七瀬まで這っていくと、その背中をさすった。
「おい、大丈夫か?」
「うん、たった今大丈夫になったよ」
七瀬が脂汗を浮かべて笑みを浮かべると、寝転がったまま狙撃銃で西条を狙った。雷鳴のような銃声が西条を襲うも、つり革を掴んだ西条の曲芸染みた動きでギリギリかわされる。しかし、そこをウィンストンの警棒が捉えた。
糸目が微かに開かれた。
「秩序!?」
西条が錐もみしながら、割れた窓から外に打ち出された。列車を束の間の静寂が支配する。クラリスが座席にへたり込んだ。
「勝った……?」
「おいやめろ」
警笛の甲高い音が大気をつんざいた。隣の線路に、純白の装甲列車が迫っていた。装甲列車は空荷の貨物車を牽引しており、吹き飛ばされた西条がそこに着地した。西条が落ち着き払って埃を払った。
「秩序は自ら助くる者を助く……! よくやりました壬生統制官。備えあれば秩序ありとはよく言ったものです」
貨物車には機関銃が置かれている。その前に座った壬生が、大口を開けて笑った。
「へっへっへ! よくも私の提案を蹴ってくれましたねえ猊下! せいぜい私の昇進の糧となってください!」
「壬生統制官! 待て! 話せばわかる!」
「問答無用!」
壬生はタレットの照準をこちらに合わせた。
「住宅ローン完済ショットおおおおおお!」
唸るような連射音と同時に、固定式機関銃が火を噴いた。列車の窓ガラスが木っ端微塵に砕け散り、フレームが歪んだ。座席は蜂の巣にされていた。壬生の野郎!
頭を抱えながら伏せたクラリスが声を張り上げた。
「平人! なんとかして!」
「んな無茶言うな!」
七瀬とウィンストンも縋るような目で俺を見てくる。畜生! 俺のことユキオカードマンか何かかとお思いで!?
俺は銃撃の嵐の中で、端末を起動した。流石は府馬印の端末と言うべきか、こんな滅茶苦茶な戦場でも傷一つついておらず、バッテリーもほとんど減っていなかった。
> Derailment Warning... [IGNORED]
> Track_Line_02... [FORCED]
> Turret Line... [BLOCKED]
こちらの車両がぐんぐん加速していく。壬生がタレットを旋回させながら叫んだ。
「待ちなさい! 私の臨時ボーナス!」
列車は再び大きなカーブに差し掛かった。俺はここで乗っている車両に弾みをつける。車輪が線路を外れ、装甲列車の走っている線路に乗り上げた。俺たちの乗っている車両の側面が、そのまま装甲列車の先頭車両と衝突し、車輪が火花を散らす。クラリスと七瀬が悲鳴を上げた。
俺は端末を握りしめて叫んだ。
「奇遁ッ! 複線ドリフトの術ッ!」
「何ィーッ!?」
タレットの可動域を考慮すると、もう壬生は撃ってこられない。ガハハ! 勝ったな! 風呂入ってくる!
クラリスが俺の肩を揺さぶった。
「何やってんのよあんたはもう!」
「注文通りあの機関銃を止めただろ!」
「あたしの制服がズタズタじゃない!? 見苦しいからこれでも着なさい!」
クラリスがウィンストンの着ていた上着を剥ぎ取って、俺に被せた。俺にはオーバーサイズだが致し方ない。ウィンストンが剥ぎ取られた勢いを利用してトリプルアクセルした。もうツッコまないぞ俺は!
電流のメモリをマックスにした西条が、こっちに向かって走ってきた。なんだよ、もおおおおう! またかよおおおおおおお!