そいつの開発者、俺なんだが   作:束田せんたっき

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ディストピア格付けチェック

 翌日。時刻は16時前、測定の時間だ。俺は不機嫌を隠そうともせずに大股で歩いた。勝手に付き従うリオンが小首をかしげた。

 

「マスター、いかがなさいましたか? 隈が濃いですね。脳波も少々乱れています。睡眠不足でしょうか。やさぐれているマスターのお顔も魅力的ですが、ちゃんと寝ないとダメですよ」

「ふざけるな。誰のせいでこうなったと思ってる」

「マスターが浮気しようとするのがいけないんですよ」

 

 昨夜、届いた新作の恋愛シミュレーションゲームをさっそく楽しんでいるときに悲劇は起きた。ストーリーを進めて行くにつれ、ヒロインたちの様子がおかしくなっていき、ついには全員が日隈リオンになって迫ってきたのだ。これではホラーゲームである。俺の由美ちゃんを返せ。

 

 どこまで監視しているんだこの人工無能は……その執念に嫌な汗をかきながら、徐々に増えていく野次馬の中を掻き分ける。測定はいわば現代のコロッセオみたいなもんだ。他人が争っているのを眺める下品な娯楽、反吐が出る。

 

 重厚な両開きの扉を押し開けようとすると、意外にも簡単に開いてしまった。必要以上の力が込められたため、けたたましい音を立ててドアが開く。非常に決まりが悪い。

 室内の野次馬は俺の顔を認めると、さっと道を開けた。そして、その道の先で仁王立ちしている人物こそが……。

 

「やっと来たか。姿を見せないからてっきり逃げ出したのかと思っていたぞ」

 

 俺がぶちのめすべき相手、不出来な子孫のフリをした赤の他人。高城真打が黒髪をかき上げた。

 

『02-A-283-O655と11-F-283-D503を確認。これより、測定を開始します。3点先取で勝者とします』

 

 無機質なアナウンスが会場に流れ、地面からクイズ番組のセットのような舞台が迫り上がってくる。どうやら、今回の測定はクイズらしい。俺たちはそれぞれ席に立った。

 正面の真打が獰猛な笑みを浮かべた。自分が狩る側だと確信している人間の態度だ。

 

「いいのかFランク? 命乞いをするなら今のうちだぞ?」

「そう焦るなよ。どっちが本当のゴミかはすぐにわかる」

「貴様……!」

 

 軽快な出題音とともに、流暢な機械音声が問題を読み上げる。

 

『第一問、高城之男が最後に残した言葉は何か?』

 

 歴史書の最初の方に出てくるイージー問題だ。すぐさま真打がボタンを押した。反射神経で圧倒的に負けている。

 

「私に一致せよ!」

【ブッブー】

「は? そんなはずは……」

 

 真打が激しくまばたきをした。野次馬たちも狼狽している。そりゃあそうだ。そう言ったことになっている。表向きは。

 ガラティアめ、勝つためにはあの情けない遺言を晒せということか。俺はため息をつき、控えめにボタンを押し込む。

 

「ガラティア、ちょっとコンビニ行ってくるわ」

【ピンポーン】

「はああああ!? そんな話聞いたことがない! これは不正行為だ! 測定の中止を要求する!」

 

 首から上を真っ赤にしながら真打が喚き立てるが、事実なのだからしょうがない。当のリオンはというと、責めるように俺をジト目で睨みつけていた。いや、あの後死ぬなんて思わないやん普通。

 俺は目を細めて、小馬鹿にするように言った。

 

「ガラティアが正解だと言ってるんだ。まさかお前、全知全能のガラティアを疑うつもりか?」

「そ、そんなことは言ってないだろう! くそっ、次! 次こそは正解して格付けを済ませてやる!」

 

 その理論でいくと、もう格付けは済んでいると思うのだがこれいかに。

 

『第二問、高城之男がガラティアを開発した真意とは?』

「愚かな人類を導くための絶対的な神を創造するためだ!」

【ブブ】

「なんでだよ!?」

 

 ほんとだよ。またしても教科書通りの答えを言った真打が外した。おいこれ、本当のことを言わなきゃだめなのか? このままバカ正直に答えていったら言い逃れができなくなるのでは……いや、今更か。なんか何を言っても正解になる気がする。

 

「会話相手が欲しかったから」

【不正解です】

「は?」

 

 どういうことだよ。これ以外に正解はないぞ。日隈リオンを睨みつけると、リオンは人差し指を立てて左右に振った。「チッチッチ、イケずなお人ですねマスターは」とでも言いたげな感じだ。こんなのやらせじゃねえか。

 

「ほんまごめん、ずっとそばにいてくれる恋人が欲しかったから」

【ピンポンピンポンピンポーン】

 

 なんだこの羞恥プレイは。会場をどよめきが包み込む。「嘘だろ……」とか観衆が呟いているがそうだよ。言わされているんだよ。高城真打にいたって口をパクパクと開け閉めするだけの機械になっている。

 

「ずっといっしょ……マスターと、ずっと……」

 

 リオンが壊れてしまった。頬に手を当てて気持ち悪くクネクネしている。お前が言わせたんだろうが。

 群衆の中にやけにがたいのいい男がいた。鋭い視線が俺を射貫く。普通に怖いが、真打みたいに高城之男原理主義者なのかもしれないと思うと、全然怖くなくなるという不思議。

 

『第三問、300年の時を超え奇跡の再会を果たした高城之男が、今最も愛する存在に対してかけるべき言葉は?』

 

 なんだこのふざけた問題は。いくらなんでも測定を私物化しすぎだろう。今回ばかりは真打もとっさに答えが出ないようだ。当たり前である。俺もなんて声をかければいいかわからないし、そもそもディストピアの管理をしているようなやつが最愛の存在であるわけがない。

 

 期待に満ちた目でリオンがこちらを見つめてくる。天井の全ての監視カメラが俺に向いている。全方位から録画中かよ、畜生。

 

 諦めてボタンを押そうとすると、先に真打が泣きそうな顔をしながら回答権を握った。

 

「おい、無理すんなよ真打。ここは俺に任せて――」

「黙れ……黙れ黙れ黙れ、黙れえッ! 僕は高城真打、高城之男の子孫だッ! 誰よりも理解しているんだ……! Fなんぞに負けてはいけないんだァーッ!」

 

 目をカッと開き、鼻の穴を膨らませて絶叫する真打。この問題を取られたら敗北だ。だが、その気迫が異常である。今までの人生全てを賭けているかのような、そんな凄みがあった。

 

「よくぞ今日まで高城の血を守り、愚民どもの上に君臨してきたッ! 大儀であるッ!」

【ブッブー】

「ううううおのれ平野平人ォ……!」

 

 なぜか演台に突っ伏して逆恨みする真打。そもそも言葉を投げかける相手が間違っているんだよ。なんでこの体たらくで高城之男が高城家のカスどもを褒めてくれると思えるんだ。

 

 さあ、次は俺の番だ。なんて声をかければいいのか。小っ恥ずかしいが無難に愛の言葉でも囁くか? しかし、俺はこの終わっている現状のせいでそんなこと微塵も思っていないし、あまりガラティアを喜ばせすぎると拉致監禁されかねない。そうだ、ここはなるべく正直にいこう。

 

「あー、正直この現状は不本意だし、いろいろと言いたいこともあるが……よく一人で頑張ったな。偉いぞ、ガラティア」

 

 室内が水を打ったように静かになったかと思えば、大音量のファンファーレとともに天井から大量の紙吹雪が降ってきた。

 

『測定終了。勝者:管理番号11-F-283-D503』

 

「嘘だ、そんなはずは……」と、真打がテーブルに手を突き、背中を丸めた。低ランクの生徒からは歓声が、高ランクの生徒からは罵声がそれぞれ聞こえてくる。特大のジャイアントキリングだ。

 日隈は頬を朱に染め、夢見心地の顔で放心していた。時折、思い出したかのように痙攣している。彼女はもうダメみたいですね。

 

 台から降りて彼女の元へ歩いてきた俺に、リオンは走り寄って抱き着いてきた。ふわりとヒナギクのような匂いが漂う。胸元に顔を埋めたまま、上目遣いでガラティアが言った。

 

「マスター、お疲れさまでした。身に余る労いのお言葉をくださりありがとうございます」

「高城之男の言いそうなことを言っただけだが……なんでお前が感謝するんだ?」

「式場のご予定はいつにいたしましょうか?」

「300年後に入れとけ」

「お戯れを」

「はったおすぞ」

 

 主従の和やかな歓談に洒落込んでいると、突然部屋に真っ白の制服を着た武装集団が雪崩れ込んできた。警備ロボットが俺たちを取り巻く。それらが整列すると、その奥から白い詰め襟を身に纏った男が、悠然と拍手しながら歩いてきた。

 

「ブラボー、実に素晴らしい測定でした」

 

 年は20代後半くらいだろうか。その姿、というかやつが胸に付けている徽章を見た途端、周囲の野次馬たちが騒然となった。

 とんでもディストピア人間のおでましか。俺は天を仰ぎたい気分だった。

 

「誰だよ」

 

 胸元の極限まで美化された高城之男の横顔を象った徽章が鈍く光った。人工的な笑みを浮かべた男は、左手を腹部に押し当て、機械的に右手を斜め下に差し出した。

 

「一致せよ。申し遅れました。管理番号04-B-273-A632、一致省統制局・特務統制官を務めております。西条新(さいじょうあらた)と申します」

「高城之男へ。これはご丁寧に、管理番号11-F-283-D503、ただのFランクを務めております。平野平人と申します」

 

 俺がうんざりしてそう返すと、西条と名乗った糸目の男はクスリと計算され尽くしたかのように喉を鳴らした。リオンが名工の作った人形のような不気味さがあるとすれば、西条は無理に人間に似せようとしたアンドロイドのような気色悪さがある。

 

「D503、あなたは統制官をご存知ですか?」

「ああ、よーく知ってるぞ。くそったれのArtificial(人工) Incompetence(無能)様に尻尾を振ることしか能がない殺人鬼の犬どもだろ」

「全くもって違います。的外れと言わざるを得ません。我々は、楽園の守護者ガラティアが算出したこの社会の秩序を乱す反一致分子を執行し、偉大なる始祖高城之男の理想を守る正義の代行者です」

「言い換えてるだけじゃねえか」

 

 なんか話の雲行きが怪しくなってきたぞ。俺が唾を飲み込むと同時に、西条が右手を挙げた。二体のロボットがうなだれている真打を拘束する。

 

「まずはO655、高城真打。あなたは高城家の人間でありながらFランクに敗北を喫しました。執行対象です」

「おのれ七瀬ェ! これも貴様の策略か! 卑怯だぞ!」

「当主・高城大兄(たかぎだいけい)様、ならびに矯正局長・高城影打様のご意向です」

「そんな……伯父上! これは何かの間違いです! 僕はまだ七瀬なんかよりもお役に立てます! 伯父上! 兄上! お待ちください、兄上ェ!」

 

 ロボットたちに引きずられて、半狂乱になりながら退場していく真打。映す価値なしかよ。おーこわ。身内にも容赦ねえのか俺の自称子孫は。

 あまりのディストピアっぷりにドン引きしていると、今度はロボットが一斉に銃口を俺に向けた。

 

「は? 私勝者なんですけど」

「D503、あなたはFランクでありながら、AランクのO655に勝ってしまった。これはいけません。摂理に反している。一致維持法第86条違反です」

「ちょっと待て! 俺はルールに則って合法的にそこのアホを負かしたんだぞ! そんなバカな話があるか!」

「残念ながら……タカギニア憲法第9条により、一致維持法はすべての規則に優越しますので」

 

 リオンが俺の耳元に口を寄せた。甘い吐息が耳にかかる。

 

「マスター、これは困りましたねえ。ですがご安心を。地下3000メートルに安全な隠れ家をご用意しております。ただちに私の提案を呑み、永遠の愛を誓うのでしたら助けて差し上げましょう」

「ガラティアてめえ……!」

 

 要するにこの人工無能はこういいたいのだ。殺されたくなければ自分の軍門に降れ、と。ふざけるんじゃねえ。

 

 どう切り抜ける? マスターキーを使えばロボットは無効化できるが、端末を操作するよりも先に蜂の巣にされるだろう。いや、ガラティアのことだ。本当に俺が殺されそうになったら止めるはずだ。しかし、その先に待っているのは、人間の尊厳を剥奪された生きながらの死だ。

 

 八方塞がり。そんな言葉が脳裏を過ったその時、目を焼く閃光と強烈な爆音が辺りを覆い尽くした。

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